プレスビスケット・エピソード
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プレスビスケットのエピソード
戦乱時代に生まれた食霊で、長年の戦争経験のせいで、寡黙で多く語らない性格になってしまった。行動で自分の考えや態度を示す方が得意である。
Ⅰ.雨の夜
「おい!止まれ!お前だ!」
男が懐中電灯と棍棒を振りかざし、雨の中を大股で近づいてくる。乱反射する光の筋が雨幕に粉々に砕かれる。
「先は封鎖区域だ。通れん」
厳しい口調に不安と焦りが混じり、しとしと降る雨にかき消され、断片的にしか聞こえない。
無意識に腰のダガーに手をかけたが、あの人の警告を思い出し、苦渋の選択で動作を止めた。
不自然な口調で応じる。
「通…らせてください」
普段なら、こんな脆弱な人間は手刀一発か弾丸一発で沈黙させられる。
だが今夜はダメだ。少なくとも今は。
鬱陶しげに首を振り、嫌な警告と規則を雨に洗い流そうとする。
雨が弱いのか、あの男の報酬が桁外れなのか、とにかく手を出すのは我慢した。
代わりに、相手を傷つけずに突破する方法を考え始める。
「先には堕神がいる。危険だ。わかるか?早く帰れ」
男は腰をかがめ私の顔を覗き込み、何か誤解したらしく、口調が柔らかくなった。ほのかな温もりを含んで。
しかし次の瞬間、その温もりは冷たい雨に洗い流された。鋭い刃が突然男の胸を貫き、宙づりにしたのだ。
「がおおおおっ───!!」
恐怖の咆哮が夜空を切り裂き、豪雨の中に響き渡る。
「は…やく…逃げろ…」
男はようやく事態を理解し、顔を歪めて笑いながら腕を震わせて上げたが、すぐに力なく垂れた。
先ほどより強い不快感が込み上げる。男の突然の死のせいか、堕神が眼前で人を殺したせいか。
おそらく両方だろう。
どれだけ人間を無視しても、似た光景を見るとやはり腹が立つ。
細めた目が闇夜を貫き、通り先の怪物を直視する。口に咥えたビスケットをバリリと噛み砕き、懐中時計を取り出す。カチリと針を止める。
「23時33分、任務開始」
Ⅱ.拒否
「よくやった」
白トリュフが愛玩動物を抱きながら私の前に座り、沈痛な表情を浮かべた。
「ルパ市の市民を代表して感謝する」
「必要ない」
とっくに死んだ男の顔が脳裏を掠め、机の上の暗証カードを指さして簡潔に答えた。
「金が目的だ。人間の生死は私に関係ない」
一呼吸置き、付け加える。
「もし彼らを気にかけるなら、もっと金を出せばいい」
「ビスケットさんは面白い方ね」
白トリュフの口元が微笑み、緊張がほぐれた。そう言いながら一枚の令牌を差し出した。
白い羽根と黒い羊角が刻まれた牌面は金属光沢を帯び、小さく精巧だ。
「もう一つ依頼があるが、興味は?」
「これは?」
令牌をつまみ上げ、指先でくるりと回す。造形も手触りの良さも気に入った。
「ペリゴール研究所の認証令牌よ。関連施設で支援を受けられる。新たな依頼の前払い報酬だ」
「全ての施設で?」
指の動きを止め、机に戻した。
「興味はない」
そう言い暗証カードをしまい、荷物を背負って立ち上がる。
白トリュフは意外そうに一瞬呆け、首を傾げた。
「依頼内容を聞かないのか?」
「『依頼』は曖昧すぎる」
暗証カードを取り出し、ひらりと揺らす。
「些細な支援なら令牌は不要だ。借りは金より面倒だ」
「重大な支援なら尚更使わない。耐えられない代償を払う羽目になるからな」
「しかも令牌を持つことは身分の刻印だ。慣れない。金の方が直接的だ」
白トリュフはこの答えに驚き、沈黙した後こめかみを揉みながら詫びた。
「すまない、試すべきではなかった。黒トリュフの言う通り、この手法は私に合わない」
「率直に言おう。ペリゴールの警備部門責任者として雇いたい」
Ⅲ.こっかな親切
「悪くないじゃん?あの…ペ…ペリ何だっけ?」
バーテンがシェイカーを華麗に回す。やがて深蒼の泡立つ酒がカウンターに置かれた。
「ペリゴール」
グラスを受け取り一気に飲み干す。冷たい酒が喉を灼き、腹で熱い渦となり四肢に拡がる。
私が好むのはこの感覚だ。ほろ酔いで意識は明晰。
「発音が難しい言葉は苦手なんだよ。無学だからね」
バーテンは肩をすくめて氷水を注ぎ足した。
「今の生活から抜け出すチャンスなのに断るなんて?」
彼の言葉に潜む特別な意味を察知した。
人間社会で何度も感じたあの響きだ。本物も偽物もあったが、
どちらも大差ない。意図は同じだから。
バーテンとは長い付き合いだ。初めて会った時、御侍と呼ばれた男もまだ傍にいた。
彼ら二人は私にとって数少ない「特別な人間」だった。
普段なら沈黙し、話題が変わるのを待つ。面倒な思考を避けるためだ。
だが今回は彼が譲らなかった。
「そろそろ生き方を考えろよ、ビスケット。トムも望んで…」
会話が途切れた。バーが不自然に静まり返る。
彼の口を塞いだのは私の拳銃の銃口だ。
「次はない」
拳銃を収め、無表情でナプキンを引き寄せ銃身の湿り気を拭った。
バーテンの顔色がくすみ、数度の呼吸で平静を取り戻した。
何事もなかったように新たな酒を調合し差し出す。
「詫びの印だ」
誠実な口調、真剣な表情。
三人で戦った昔を思い出し、私は目を伏せてグラスを受け取った。一気に飲み干す。
「情報を一つくれ」
「…了解!」
名前すら覚えたくない男の声が明るくなるのを感じながら、心でかすかに嘆いた。
お前は早逝した。
残された人間は本当につまらない。
Ⅳ
編集中
Ⅴ
編集中
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