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天使と悪魔のパラダイス・ストーリー

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ターダッキン/不死の炎

「どけ!しつこいやつだ!」

暗い洞窟の中、ミネストローネの赤い弾丸が容赦なくターダッキンに襲い掛かり、彼女の黒い翼に当たった。

彼女は少し首を傾げた、自分の体に何か変化が現れた事に気付く。

長年感じていた、何かに束縛されていたような感覚が消え、身軽になっていた。そして、体内の力も強大になり……まるで……まるで……あるべき姿を取り戻したかのようだった。

しかし、彼女の身に一体何が起こっているのか?

彼女は飛んで来る弾を軽々と焼却しながら、この日何か特別な事は起こっていないかを思い出そうとした。

午前、彼女は墓園でアンデットパンと共にお客様の葬儀に出席していた。

午後、彼女はザッハトルテの依頼を受け、家族が見つからないご遺体のために顔の修復を行った。

その修復は少し難航していたため、またもやアンデットパンが用意した夕食を食べ損ねた。寝室に戻った時は、クッキーが嫌がらせのために派遣したキツネを追い払ってから就寝した。

全てはいつも通り、確かに普通の一日だった。

どこで手違いが起きて、夢の中でこんな姿になり、突然行った事もない洞窟の中に現れる事になったのか、彼女はわからなかった。

しかも、彼女に怒りをぶつけているのが、久しく会っていなかった愚劣な食霊──ミネストローネ、とは。

考えている間、ミネストローネはまた彼女に向かって何度も銃弾を撃ってきた。

彼女は仕方なく考えるのを止めて、目の前の状況を真面目に対処する事にした。

ミネストローネは銃を構えて、彼女を警戒していた。彼の後ろには慌てた顔をしている白髪の食霊がもう一人。

彼女はミネストローネが後ろの食霊をかばっているのを見て、少し興味が湧いた。

ひねくれていて、凶暴で、よく問題を起こしていた子どもに久しぶりに会ったら、まさか他人を守る事を覚えるようになっているとは。

しかし、事態はそう簡単な物ではなかった。彼女は、ミネストローネの体には、尋常じゃない魂の影が重なっている事に気づいた。

それが何なのかは彼女にはわからなかった。

しかし、彼女は本能的にその黒い影に吐き気を覚えた。それは排除しなければならない存在であると理解した。

彼女はニルヴァーナの火を召喚した。

「私が君の魂の穢れを取り去ってあげる」

彼女はこう言った。

しかしその瞬間、ミネストローネの顔色が変わった。まるで他者に知られてはいけない、彼にとっての鬼門に触れてしまったようだった。

彼女は勘付いた──どうやら、私が何を言っているのか、彼ははっきりとわかっているみたいね、と

(それなら、なおさら彼を逃がす訳にはいかない)

彼女は攻撃を開始した。今までより更に強い炎が、鳳凰の姿でミネストローネに向って飛んでいった……

「あぁ……五官のこの間隔、この比率がちょうどいいわ……」

聞き覚えのある声が聴こえて来て、ターダッキンは目を覚ました。

クッキーは満面の笑みを浮かべながら、ベッドに寝ていたターダッキンの顔から離れた。

「あら?戻ってきたのね?」

ターダッキンは、クッキーが背中に隠した物差しを無視して、起き上がって手を上げた。

「(体が……重い……)」

違う、体が重くなった訳ではない、夢の中の体が軽すぎただけだ。目が覚めて、魂が縛られているような苦痛をまた感じるようになったから……

ターダッキンはぎこちなく手首を回した。「……クッキー、今夜あなたを招待した覚えはないわ」

クッキーは肩をすくめて、ゆっくりとソファーに身を沈めた。

「あなたが突然失踪したのを感知したから、わざわざ様子を見に来たのよ」

ターダッキンはぽかんとして、困惑しながら自分の手を見つめた。

クッキーは自分のあごをつついた。

「どうやら私の推測は正しいようね。それに、まだ覚えているでしょう?先程、あなたの魂は別の所へ行っていたのよ。ここには空っぽの肉体しか残っていなかった……本当に驚いたわ」

ターダッキンは目を伏せて、しばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。

「私は不思議な所に行っていた。そこにある力はとても……純粋な物だった」

「力?」

クッキーはソファーに身を預けて、眠そうに目を細めた。

「力なんてどうでもいいわ。もしあなたがその場所を面白いと思うのなら、教えてくれるかしら。それを彫刻して、記念に差し上げるわ……ただあなたが私のモデルになる事に同意してくれたらね」

ターダッキンクッキーの言葉を無視した。

「そうだ……さっきあなたが起きた時、目は金色になっていて……あなたの魂と同じで……綺麗だったわ……」

ぼんやりと最後の言葉を言い終え、夜中にミドガーの半分以上の距離を駆けてきたクッキーは、ようやくターダッキンのソファーで眠りについた。

ターダッキンはベッドサイドに寄りかかり、窓の外を眺めた。

墓園の夜は月が明るく、多くの白い魂がぼんやりと徘徊していた。彼らの世界は軽やかで単純だ。

彼女はそれらを見て、千年の間眠っていた心の琴線が静かに揺れ動いた。

最初の目的は何だったのか……この世界に長くいすぎたせいで、危うく忘れそうになっていた。

「もし本当にそんな場所があるのなら、この肉体から解き放たれる事が出来るのなら、私は必ず見つけよう……例え……夢のように儚くても……」

彼女は毛布をそっとクッキーに投げかけて、体の向きを変えて横になった。

まだ夜は明けていない、彼女には時間がある、夢を見て魂の故郷を探す時間が……


シャンパン/真実の目

「ダメだ」


玉座に座っているシャンパンは、強い口調でそう言った。反論の余地など微塵も与えない。


フォンダントケーキは軽くため息をついたが、すぐに揺るぎない目つきで口をまた開いた。


「陛下、グルイラオの王室はシチリ島を放棄する事を宣言致しました。こちらは彼らの民間教会から私たちへの救助要請です。もし私たちの教会が応じれば、帝国は間違いなく国際的な名誉を得られるでしょう。島の難民らも居場所が出来る、これは一石二鳥ではないでしょうか?」


――やはり、彼女はそう簡単に説得されない。


シャンパンは顎に手をやり、椅子の背にもたれかかった。上げた口角を隠し、ものぐさそうに口を開けて言った。


「悪の花に感染した島の住民はもう助からん。彼らを一時的に延命させるために、我が国を感染拡大の危険に晒す訳にはいかん」


「感染しませんよ。私が細心の注意を払って看病致します!陛下、彼らを隔離出来る場所を与えてくださるだけで――」


「もう良い、神子よ」


シャンパンフォンダントケーキの話を遮る。


「俺の言う通りにしろ。彼らの教会に、丁寧な文で断りを入れておけ。それでお前の役目は終わる。この件はもうこれ以上議論する必要はない」


シャンパンの高慢な表情を見ながら、フォンダントケーキは拳を握り締めた。そうする事で、極力自分の怒りを抑えた。


シャンパンは見てないフリをして、懐中時計を取り出し、時間を確認してから言った。


「俺と大臣はこれから重要な会議がある。他に用事がないなら、去れ」


「――シャンパン!貴方は酷すぎます!」


フォンダントケーキは怒りながら大声で叫ぶ。


シャンパンは一瞬固まった。


――彼女は俺の事を何と呼んだ?


フォンダントケーキは王宮に住んで以来、時々シャンパンと意見が衝突する事はあっても、少なくとも言葉遣いに関してはお互い気を遣ってきた。


国王陛下と神子。こう呼ぶ事で、後に続く言葉が言い争いばかりでも、なんとか冷静に相談する余地は生まれる。


常にお互いを尊重している彼らの協力関係のように。


シャンパンはこれを当たり前の事だと、これが最善だと思っていた。ついさっきまでは――


「貴方はいつもこうです、いつも……まさか貴方から見た私は、貴方を名実ともに王座に据えるためのマスコットにすぎないのですか?」


「……おい!」


怒りながら去ったフォンダントケーキを見て、シャンパンは立ち上がり、彼女を呼び戻そうとした。しかし、先程名前を呼び捨てにされたばかりなのに、「神子」という呼び方も急に言いづらくなってしまった。直接「フォンダントケーキ」と呼ぶのも顔が立たず……


したがって「おい!」というぎこちない一言しか発せられなかった。だが、足を速めて去っていくフォンダントケーキを見ると明らかに、この失礼に聞こえる呼び方はただ火に油を注ぐだけの効果しか果たせていなかった。


「チッ、この件に限った話ではないか。俺がいつそんなことを言った!面倒くさい女だ、何を考えているか分からない!」


シャンパンは心の中に渦巻く苛立ちを抑えた。


「ふふ」突然、宮殿の片隅から笑い声が聞こえてきた。


シャンパンは振り返って、音が出る所に向かって大股で歩いた。


「鹿、お前の観察範囲は俺まで含まれているのか?」


白い長髪の男がゆっくりと隅から出てきた。口元には笑顔を浮かべ、両手で王笏を捧げる。


「申し訳ございません、陛下。ただの偶然です」


シャンパンは何も言わず、鹿のそばを大股で通り、王笏を受け取った。そして一面の壁の前まで歩き、王笏に自分の霊力を注ぎ込んだ。


淡い金色の霊力がまるで滑らかな美酒のように王笏の上から流れ出て、目の前の壁に注がれた。すぐに一つの金色の眼の模様が二人の目の前に浮かぶ。その眼は面前の二人を見回して、身元を確認した後、壁に穴を開け、内部の空間を開いた。


八つの椅子が円卓を囲んで並べられている大きな会議室がそこにあった。


シャンパンが上座に座る。鹿はその向かい側に座り、贈答用の箱のような物を円卓に置いた。


「よし、始めるとしよう」


鹿はうなずいて、贈答用の箱のリボンを解き、円卓の真ん中まで押し出した。突如、箱が自動的に開き、中から一束の光を噴き出した。光の中に一人の姿が投影された。


「陛下、鹿教官。お久しぶりです。僕は今この通信のメッセージでシチリ島事件の最新動向を伝えさせていただいています」


投影されたのは、まさにミドガーで食霊調査機関「ホルスの眼」を設立したザッハトルテである。


食霊調査機関「ホルスの眼」の裏の支配者は実はシャンパンであることを、ほとんどの人は知らない。


表面上、彼らはミドガーで長きに渡り人間と食霊、堕神の間に起きた様々な事件を処理しているが、実際はシャンパンのために「アーク」という組織に関する手掛かりを調べている。


「あなたの予想通り、悪の花事件が発生して間もなく、グルイラオ王室は島との関係を徹底的に断ち切ると宣言しました。しかしその前に、あなたのご指示に従い、ホルスの眼は事前に島に上陸し、島の一部の生存者を救助しました。そして彼らをミドガーにある、古い教会で隔離しています。その教会は強大な食霊・クッキーに守られているため、人間に気付かれる事はありません」


映像の中のザッハトルテは冷静に述べる。


「生存者との交流を通し、シチリ島が王室に放棄されたのは、王室に隠したい秘密があるからだと彼らは教えてくれました。数十年前、シチリ島の住民はグルイラオ王室に属するある謎の機関に集団で食霊を販売し、それと引き換えに豊富な発展のための資源を得ることが出来たと」


これを聞いて、シャンパンの目付きが鋭くなった。


「……また人身売買か」


「そして、今回の悪の花事件は、当時シチリ島で売られた食霊の復讐行為だと言っていました。食霊の名前はミネストローネ。偶然、我々は以前ミネストローネと何度か交戦しており、彼の魂にはヒビ及び堕化に似たような特徴がある事を確認しています」


「シチリ島の住民の話に結び付けると、ミネストローネは何らかの改造を施されており、それを行った組織とグルイラオ王室は何か関わりがあると判断しました。その組織がおそらく今まで我々が探してきた"アーク"です」


……


箱の光が消え、再び鹿の手に戻った。


「全力で追跡するようザッハトルテに伝えろ。資金と装備に何か問題があれば、俺が何とかする」


「はい」と、鹿は優しく答える。


「それでは報告は以上となります。陛下、もし他に議題が無ければ、お先に失礼します」


シャンパンは手を振った。鹿は振り返ってこの場から離れる事に。


「……鹿」突然、シャンパンは彼を呼び止めた。


鹿は少し戸惑って振り向いた。


「陛下、他に何かご用件が?」


「俺はお前を信頼している。だがこの件の機密保持に関して……再度強調しておく」


鹿はすぐさま反応して笑った。


「ご安心を。普段から神子様と連絡していませんし、今後も近づくつもりはありません」


「チッ、彼女に対する話ではない!」


「かしこまりました。私も彼女に疑われないよう、故意に距離を取ったり致しません」


「だからそういう意味ではない!」


シャンパンは鹿のその無邪気な表情を見て、相手はただ自分をからかおうとしている事が分かり、イラつきながら手を振って、この腹黒い大臣を追い出した。


空っぽの密室にシャンパンだけが残っている。


彼は手に持つ王笏をさする。周りには陽光はなく、蝋燭の火だけがこの空間を照らしている。


彼はもう慣れた。


この世界が光明だけではないように。王者として、シャンパンが握るべきなのは決して手段だけではなく、彼自身もまた闇に深く入る責務を負わなければならない。


そして、光明そのものであるフォンダントケーキは、これを知る必要はない。


当時、シャンパンは将軍の手からこの帝国の王笏を引き継ぎ、この帝国を食霊によって支配される最初の国にした。


その時から、国際情勢は激しく変わり始めた。

内戦の安定に加え、多くの国際外交問題を処理し、帝国と人間国家の間の、必要な交流と協力の維持に努めなければならなかった。


幸いにもフォンダントケーキの助けがあって、教会という共通の信仰を通じ、帝国は最初の外交危機を平穏に乗り切ることができた。各国と新たな外交協力関係も樹立した。


しかしその時期、とある巨大な連合組織だけが、シャンパン帝国との協力を終始強硬に拒否していた。


この組織が「アーク」である。


「アーク」は人間国家の間で有名な国際公益組織であり、その創立はアルフ紀元終わりまで、人間歴の最初まで遡る。


最初の堕神が大量にこの世に現れた時、一部の人間が世界に世界終末の言論を広めた。当時最大の人間国家である「グルイラオ」は率先して「アーク」計画を立ち上げ、各国の力を集め、人類文明の最後の防衛線を作ろうとした。


シャンパンが帝国を引き継ぐ時、アークは既にこの世界で千年に渡り発展していた。その間、多くの政権が代替わりしたが、どこかの国と協力関係を断ち切ったのを聞いた事がなかった。


従って、シャンパンは少し不思議に感じた。過去の王室の資料を探し当てた時、この組織の記録をしっかり調べるつもりだった。しかし、大量の資料が改竄された事に気付いた。国内のアークメンバーも消えていなくなっていた。


それだけではなく、調査を進めると、料理御侍の怪死、食霊が堕化、または行方不明になるという過去の事件をいくつか発見した。それが全部アークと何かしらの関連がありそうだった。


これらの変わった現象は全て、過去百年の間に発生したものである。


その時のアークの最高権力者は、まさにグルイラオのクレメンス一族である。


アークが裏で何をしているのか、食霊の生存を脅かしているのかを明らかにするため。シャンパンザッハトルテが率いる偵察チームをグルイラオの首府・ミドガーに派遣した。


ミルク/悪魔の主

今日はサタンカフェの大掃除の日だ。


気付けば、私とコーヒーがこの森に来てから、結構な時間が経っていた。


始めは、私たち二人しかいなかったが、その後色んな仲間がやって来た。


サタンカフェの人数が増えると同時に、カフェにも色んなものが増えていった。


それで今日は時間があったので、積み上げた物をきちんと整理する事に。


「……これはミルクのドレス?」


一緒に整理していた紅茶は驚いた顔で聞いてきた。振り向いたら、彼女は私のクローゼットからある黒いロングドレスを取り出していた。


「そうみたいね」


見覚えがある気はしたが、よく考えてみれば、何故私のクローゼットにあるかは思い出せなかった。


それは私の趣味と大幅にかけ離れていたので。


考えていたら、紅茶はまた腰を曲げて、クローゼットの下にある重そうな物を引っ張り出してきた。


「……これもなの?」


紅茶は手に取った巨大な黒い斧を指して、「私が知っているミルクではない」と言いたげな複雑な目付きで私を見た。


これを見てようやく思い出した。


このドレスについては、ずっと昔の話まで遡らなければいけない。


――あの時、まだ「サタンカフェ」もなかった。


私とコーヒー、それと私たちの御侍様は一緒の町に住んでいた。でも思い掛けない火事ですべてが燃え尽くされた。御侍様は亡くなり、家も廃墟となった。


私とコーヒーは御侍様の生前の願いを叶えるため、町に最初のカフェを開いた。ティラミスのおかげで、カフェは繁盛していた。


しかしその後、ティラミスはこっそり私に真実を話してくれた。


私たちの目に映っていたにぎやかなカフェは、御侍様が生前ティラミスに頼んで造り出した物だったのだ。


人々はコーヒーという新しい飲み物を全く受け入れていなかった。ティラミスから報酬をもらって、カフェに来ていただけ。


そして、ティラミスによると、御侍様の死は事故ではなく、食霊が人間と平等な権利を有する事に反対している者たちの犯行だと。


何故私にだけ教えてくれたのか、理由をティラミスに尋ねた。


御侍様が亡くなった後、私がコーヒーより冷静に見えたので、この事実をより早く受け入れられるのではないかと、彼女はそう思ったそう。


彼女はコーヒーの事をとても心配していた。いずれ話さなければならない事だが、コーヒーの店への情熱を見て、伝えられなかった。考えた結果、先に真実を私に伝えて、私に決めてもらいたかったそう。


コーヒーにも教えてあげてください。コーヒーには、自身の判断があると思います」


私はこう答えた。


翌日、店は相変わらず忙しかった。私もいつも通りの作業を行った。


目の前の人々は恐怖に耐えながら、私たちに笑顔を見せているのかもしれない。きちんと包んだ持ち帰り用のコーヒーも店を出た後、何処かに捨てられるのかもしれない。これらを知っても、私はいつも通り、顔に不満など出さなかった。


ただ商売をしているだけ。来た理由はともかく、お金を払ったので、私なりのサービスを提供すればいい。


その時、ティラミスが来た。


案の定、コーヒーを呼び出した。


その日、店が閉まるまで、彼は戻ってこなかった。


店を片付け終わった後、屋上に一人でいる彼を見つけた。


彼は遠くを見つめ、ボーっとしていた。ティラミスはいつの間にか帰っていた。


彼は全てを知った表情で、私を見ていた。私も彼を見て、彼が下す決断を待っていた。


長い沈黙の後、彼は口を開いた。


「ここを離れよう、人間が簡単に見つからない所で生活しよう」


彼がどんな決断を下しても驚かない心持ちでいたけど、いざ聞くと冷静に答えられるまで少し時間が掛かった。


私は「分かりました」と返事をした。


その日から、短い間だけ経営していたカフェを閉めて、荷物を片付け始めた。


コーヒーの気持ちはずっと晴れないでいた。彼は私に何も言ってはくれなかった。


いつもなら、彼が盛り上げて何か話しかけてくれるから、彼が話さないと、私は何を話せば良いか全くわからなかった。


それは、出発の前日まで続いた。


私は自分の荷物を全部片付け終わって部屋を出た。コーヒーは既に店に座っていて、前のテーブルには鍵が置かれていた。


――それは御侍様の家の鍵、私とコーヒーの家でもあった。でも火事によって、門は既に燃えてしまったので、この鍵ももう使えない。


面倒な事は嫌なので、普段はひとの考えを読み取ろうとする事はほとんどしない。


でもその日は、コーヒーのために何かをしてあげたかった。


「家を見ていきますか?」と尋ねた。


その火事の後、一度も帰っていなかった。


コーヒーは変わり果てた家を見て、悲しい気持ちになりたくないと言っていた。私は御侍様がいなけば、家だけあっても意味がないと思っていなかったので、帰らなかった。


コーヒー、同じ事を何度も聞きたくはありません」


「……いいや、やめとく。明日にはここを離れるから、怒りと衝動で何か取り返しのつかない事をしたくない」


「明日は早いので、今夜は早めに休んでください。私は少し散歩に出掛けます」


コーヒーは立ち上がって、私の隣を通った時、慰めるように私の頭を撫でた。でも私よりも、彼の方が慰められる必要があると感じた。


私は置きっぱなしの鍵を手に取った。



家は火事で廃墟となっていた。


どうしてコーヒーはこのような廃墟に未練があるのか分からないが、彼の代わりにここにくる事を決めた。そうすれば、彼も少しは嬉しくなると思ったから。


でもこの黒い灰の中に立つと、何に対して、どう御侍様に最後の別れを伝えれば良いか、分からなくなった。


文字通り変わり果てていたから。


周りを見渡すと、ドアの前に倒れた牛乳箱を見付けた。


すっかり黒くなって、記憶にあるそれとまったく違う物になっていた。


でも見つけた時、一瞬気持ちが揺れた。


こうなるのは、おそらく昔、御侍様のために毎朝牛乳箱から牛乳を取るのは私の仕事の一つであったから。


つまらない仕事なので、御侍様に何度も抗議したが、いつも屁理屈で誤魔化されていた。


「一見同じ事を繰り返すように見えますが、毎日違う所がありますよ。毎日取る牛乳は違うし、その日の温度も違う。それと庭にある花や草も違いますね。後……」


鬱陶しくて、いつも最後まで聞かずにいた。


コーヒーが来てから、こっそり私に教えてくれた。御侍様はわざとこうしたのだと。普段の私の反応が薄いので、同じ事をやらせると面白い反応が見られるから。


つまりは、わざと私を怒らせようとしていたのだ。


本当に悪趣味な人間だ。


昔は確かに考えた、いつかこのような同じ動作を繰り返さなくても良くなればと。


御侍様がいなくなり、この考えは実現したが、それほど嬉しくはなかった。


ここまで思い出して、私は最後にこの箱を開けてみようと決めた。家の鍵を中に入れて、正式に家に別れを告げるつもりだった。


しかし箱を開けると、そこには手紙があった。


火事の中心から離れていた牛乳箱は、奇跡的に無事だった。これが世界に唯一残された、御侍様の物かもしれない。


私は手紙を開けた。


思いもしなかったが、それは御侍様から私とコーヒーへの手紙だった。


御侍様は火事の前日に身の危険を感じたため、私とコーヒーを外に出した。一人で家に残り、この手紙を書いたそう。その後反対派の襲撃に遭い、炎の中で亡くなられた。


とても長い手紙だった。相変わらずの鬱陶しさ。


まとめると、


御侍様は、食霊は天から授かったプレゼントであると信じていた。だからずっと争って、反対派の人々に食霊の存在を受け入れさせようとしていた。しかし、この争いの中で、もし自身が亡くなったら、私とコーヒーは人間がいる場所から離れて、二度と戻ってこないと考えた。


だからこの手紙を残した。御侍様によれば、食霊の助けが必要な人間はたくさんいる。これからも、私たちは人間を助け続けて欲しいと願っていると。でも、無理はして欲しくないため、この手紙を牛乳箱に残した。


――「ミルクはこの箱が嫌いでしょう。私がなくなった後、二度とこの箱を開けたくないかもしれない。だからこの手紙を読んでくれるかどうかは運命に任せます」


――「もちろん、万が一の確率でミルクがこの箱を開けて、手紙をここまで読んだら、一言だけ言わせて。同じ事をただ繰り返すだけでも、思い掛けない収穫を得られるでしょう?この議論は、私の勝ちですね」


……本当にしょうがない人だ。


手紙を持ってカフェに戻って、全てをコーヒーに伝えた。


彼は手紙を読んでから、長く沈黙した。


荷物は既に片付いているし、明日の馬車も用意した。カフェも他人に売り払った。


しかし、これらは重要じゃない。大事なのはコーヒーの考えだ。


人間を助ける?それとも人間から離れる?


「明日は早いから、早めに休もう」


結局、コーヒーはこう言った。


私とコーヒーが町から出た後、グルイラオの各地に、神秘的な黒い郵便箱が出来た。


人々は驚くと同時に、恐れた。誰も箱を設置した人を知らなかったのだ。


これはコーヒーのアイデアだった。


結局、人間にチャンスを与える事にしたのだ。


御侍様の言葉を借りると、「このような郵便箱では、手紙を書いて、それが届く確率は万分の一でしょうか」だ。それが、コーヒーができる限界だった。


人間が食霊を恐れるなら、同じく恐れられている「サタン」を私たちの印にしようと。


コーヒーは知りたのだ。どういう状況で人間は欲望に負け、代償を問わず彼らが「悪魔」と認定した者と取引をするのか。


長い間、箱は空っぽだった。


初めての手紙が、届くまでは。


手紙の内容は、私たちの予想とかなり違っていた。


手紙を書いたのは子どもだった。子どもの言葉で、村が堕神に襲われたため、自分は魂を悪魔に売ってもいいので、両親を返して欲しいと書かれていた。


私たちは迷わず手紙に書いてあった場所に行ってみた。


なんと村に着いた時、久しぶりにティラミスに会った。


ティラミスは村人に協力して、怪我人の治療をしていた。災害時の再建などにも慣れているようだった。


私たちを見かけて、ティラミスは一切私たちに遠慮せず、労働力としてこき使った。


夜まで働いて、ようやく全てを解決した。


「来てくれて良かったですわ。おかげで順調に物事を進められました。お疲れ様です」


ティラミスも働き詰めだったが、優しい笑顔を保ったままだった。


周りの村人からの沢山の感謝に対して、私とコーヒーは戸惑って、どうしたら良いか分からなくなった。


すぐに村から出ていってしまった。


帰り道、突然コーヒーから、御侍様の手紙に込められた意味が少し分かったかもしれないと言われた。


人間は生まれつき食霊が嫌いな訳ではない。あまりにも弱いためか、強く未知な物全てをただ恐れているだけだと。


弱いからこそ強い者を排除しようとしている。


私は彼の考えに同意した。


帰った後、彼と共に、あの子どもの親のフリをして返信した。


両親はサタンカフェという所で元気に生活している。離れていても、彼の事をずっと見守っていると伝えた。


最後に、コーヒーの「脅迫」のもと、黒いドレスを購入して、本物の悪魔を装って、手紙を直接子どもの家に届けに行った。


子どもは手紙を読み終えると、それを宝物のように胸に抱き締めたまま、恐る恐る私を見ながら聞いた。


「私の魂を取っちゃうんですか?」


「はい。でもその魂はまだか弱いので、一旦身体に保留する事にした。期限は百年です」と答えた。



これがこのドレスに関係する話だ。


私とコーヒー、それとサタンカフェの話は、そこから始まったのだ。



ソフトクリーム/生き残った芽

「新入り?」


ソフトクリームです。魔導学院のサイモン先生の紹介でここのシードライブラリへ実習に来ました」


ソフトクリームは両手で推薦状を渡し、大人しく結果を待っていた。


受付窓口のぽっちゃりとした女性は推薦状を手に取り、窓越しでソフトクリームを一目見た。


「実習の準備はちゃんと出来てるの?」


「はい。エデンのシードライブラリにずっと憧れていました」


「前に来た実習生もそう言っていたよ。数日も経たないうちに凍っていなくなったけど」


「大丈夫です、生まれつき冷たい場所が好きなので」


「まあ、長く続いて欲しいけどね。ここで少々お待ちください」


女性は早口でぶつぶつと言った。


そしてお尻の位置をズラして、少し嫌そうに深呼吸してから椅子から飛び降りた。一瞬、女性の後ろに尻尾みたいな物がついているように見えたが、すぐに見えなくなった。


ソフトクリームは見なかったフリをした。


来る前から、ミドガーのエデンは風変わりで神秘的な植物園だと聞いていた。ここには多くの食霊が住んでいる。実習に来たら、むやみにちょっかい掛けたり、興味を持ったりしない方がいいとされている。


エデンにはティアラで最高レベルの生態ライブラリがあり、研究者の天国とも言われている。

ソフトクリームは完全にここの最先端の研究施設を目当てに来たので、どんな同僚や仕事環境だって受け入れられる。


「これを着て、私についてきて」


女性は受付の部屋から出てきて、白衣を渡してきた。


ソフトクリームは白衣を受け取り、大人しく着た。


女性についていくと、程なくしてある平屋に辿り着いた。


「ここよ、これ以上進まなくていい」


女性は更に進もうとするソフトクリームを呼び止めた。


「……はい?」


ソフトクリームは瞬きをして、戸惑いながら女性を見てから平屋の方を見た。


ここは森で、この平屋以外は何もなかった。


「ここですか?」


「そう、ここよ」


女性は両手を伸ばした。袖から現れたのは細い腕だった。この時ソフトクリームは気付いた、女性はぽっちゃりしていた訳ではないと。ただ大き目のセーターを何枚も重ね着していただけ。


女性は平屋のドアを開けた。中の空間はとても狭く、何もなかった。


「入ってきて」


ソフトクリームは困惑しながらも平屋に入った。


疑問を口に出す前に、セーターを着込んでいた女性はドアを閉め、何かしらのボタンを押した事で、床は突如物凄いスピードで下へ落ちていった。


「きゃっ!」


ソフトクリームは思わず叫び出した。


程なくして下降は止まった。


平屋のドアは再度開かれ、強烈な光が差し込むと同時に、冷たい空気も一気に入ってきた。


「出てきて、ここがシードライブラリよ」


ソフトクリームは目をこすって、周りを見た。


周りには四方八方に通じている通路があった。彼女と同じように白衣を着た人々は、忙しなく通路を縦横無尽に歩いていた。


――なんど地下に研究センターが!


「しっかりついてきて。ここで迷子になって、行ってはいけない所に行ったら、助けてあげられないから」


ひとしきり驚いたあと、ソフトクリームは急いで女性の後を追った。


しかし好奇心を抑えきれず、思わず質問を投げ掛けた。


「行ってはいけない所とは、どういう所ですか?」


「それはもちろん古い精霊植物の種がある所よ」


「そんな物もあるんですか?」


ソフトクリームは驚いて声を上げた。


女性は予想外な顔でソフトクリームを見た。


「そんな事も知らないの?」


「すみません、魔導学院でずっと食霊の生態を研究していたので……サイモン先生からも、自然学科への知識が欠けていると言われました。実はこの分野に関してはあまり詳しくないんです……」


「サイモン先生に免じてよしとするわ」


女性は肩をすくめて、こう言った。


「とにかく危険な物だから、園長からも接近禁止令が出されているの」


「ただの植物の種なのに、近づいたらどうなってしまうんですか?」


「それらの種は、あんたが想像しているような種と違うわ。寄生されたら、大変な事になるわよ」


女性は何かを思い出したかのように、目を細めた。


「昔何かあったんですか?」


女性は首を横に振る。


「あんた本当に何も知らないのね」


「本当にすみません。でも物すごく知りたいので、教えてくれませんか、先生?」


ソフトクリームの「先生」の一言で、女性の機嫌は一気に良くなった。


「まあ、別に秘密じゃないし良いでしょう」


女性はまんざらでもない顔で話し始めた。


「あの時、エデンにはまだこれ程の施設はなかったし、スタッフも少なかった。だから園長はよく自分で種子の採取や実験をしていた」


「ある時、園長は"悪の花"と呼ばれている古い精霊時代の種を手に入れた。"悪の花"を育てて、当時まだ種が少なかったシードライブラリのラインナップを増やそうとした。だけど、実験中にその種はある食霊に盗まれた。"悪の花"はその食霊に寄生して、彼を人殺しの悪魔に変えてしまった。ミドガーで大きな騒ぎにもなった……それ以来、園長は接近禁止令を出した」


「エデンにはそんな事があったんですね」


「そうなのよ。そう言えば、幸いあの寄生された食霊は"アーク"に関わっていたわね。もしそうじゃなかったなら、あんな騒ぎになったんだから、園長はきっともっと大変な目に遭っていたでしょうね……その表情……あんたまさかアークの事も知らないの?」


ソフトクリームは恥ずかしそうに笑った。


「あんたね、本当に世間に関心がないのね。話が長くなるから、詳しい事は後で調べて。とにかくアークは公益組織のはずなのに、当時は極端な人間が集まっていて、裏で食霊の人身売買に関わっていたのよ。こっそり買った食霊で実験を繰り返していたみたい。食霊の体を武器に改造して、人造の神なんてのを作ろうとしていたらしいわよ。終末に備えるためって謳ってたけど、おかしいと思わない?」


「食霊で神を作るんですか?愚かですね!」


ソフトクリームは驚きの声を上げた。


「本当にその通りだわ」


女性は話を続けた。


「あの寄生された食霊も、アークの実験室から逃げ出した実験品だったの。寄生されてからは、悪の花の力を利用してアークへの復讐をして、大変な騒ぎになった。まあ最後は園長と園長の友達がどうにか問題を解決したみたいだけど、大きな代償も払ったらしい……」


「そういう事だから」女性は足を止め、通路にあるドアを開け、ソフトクリームを中に通した。


「今後絶対にそういう植物に近づかないでね。あんたは食霊だけど、あの種はやっぱり危険だわ。分かった?」


「はい、近づかないようにします!言われた仕事だけやるつもりです」


ソフトクリームは大人しく答えた。


女性は満足げに頷いた。


「ここがあんたの実験室。主な仕事は各地で採取した新しい種の分析、それからシードライブラリにある種を最適な状態に保つ事。詳細は指導の先生が来たら教えてくれるから」


「案内して下さって、ありがとうございます」


女性は手を振り、そこから離れた。


ソフトクリームは一人で実験室に残り、少し落ち着いたようだった。珍しそうに目の前にある器具たちを見ていた。左手でルーペを取り、右手でガラスの模型を開けて、観察しながら独り言を言った。


「食霊で神を作る?センスがなさすぎるよ。私の御侍が生み出そうとしているあれこそ、本当の新しい神だよ……」


カプチーノ/運命の槍

ガシャンと音が鳴って、カプチーノがこの部屋の最後の一つの花瓶を壊したが、寝室の扉や窓はまだ完全に壊れてはいない。


「出してくれ!ダニエル先生を助けに行きたい!」


カプチーノ様、旦那様と奥様が言っていました、どんな理由があろうと、今日が終わるまであなたを出してはいけませんと。あなたは朝こっそり逃げ出しましたからね。」


ドアを隔て、召使いの声が蚊の鳴くような声で聞こえたが、それでもからかう感じがあることが分かる。


カプチーノは腹を立ててその場で腰を下ろした。


どうしてこんなことになったのか彼にはさっぱり分からない。


今日の朝、彼は御侍さまと一緒に王室の宴会に参加するつもりだが、この宴会は普通でくだらないので、馬車が途中まで走っている時、カプチーノは御侍さまと奥様が気付かないうちにこっそり逃げ出した。


カプチーノは家に帰らず、ダニエル先生のところへ行った。今日エデンでは無料の遊覧イベントがあって、彼は手伝いたいと思っていた。


しかし、誰にも予想できないことに、カプチーノがエデンに着いて間もなく、アークからの衛兵たちが急になだれ込んで来て、ダニエル先生の植物園には危険な邪悪植物があると言って、そして変な装置を使って、その場でミネストローネの真の姿を暴露させた。


――ミネストローネの体にはなんとも恐ろしい悪の花が寄生している。彼は逃げたが、ダニエル先生は悪の花の実験をした責任者として、彼ら衛兵たちに連れ去られた。


彼は阻止したいと言ったが、ダニエルはこう返事した。「当面の急務はエデンの事務をちゃんとこなすこと、なにせミネストローネの暴走によりお客が驚いてしまいましたから……」


それで、彼はいやいやながらそこに残って、一人でエデンの事態の後始末をして、そして片時も休まず家に帰った。


彼は御侍さまに助けを求めたくて、彼の王族の身分でアークにダニエル先生を解放させたいと考えたが、思わぬことにすでに待ち構えていた召使いたちがすぐに彼を「逮捕」した。罪名は「若旦那さまがまた宴会から逃げたせいで、旦那さまが大変ご立腹だから。」


普段なら、外出を禁じられても彼にとってはただの日常茶飯事だったが、今日の状況は違う。ダニエル先生がまだ危険な状況から離脱できていないというのに、彼がどうしてじっと座っていられるだろうか?


しかし、どう繰り返し繰り返し頼み込んでも、どう怒って騒ごうとも、見張りの召使いは一切聞こうとしない。彼らにとっては、このやんちゃな若旦那さまの悪知恵はよく働くので、騙されないために、旦那様がお帰りになって処遇を決めるまで待つ方が一番である。


もしかして本当にぼくが普段遊びすぎたせいで、これがぼくに対する罰なのか?


無駄なあがきをした後、カプチーノは落ち込んで地面に腹ばいになる。


太陽の光はガラス窓を透き通って部屋を照らし、窓外の朝顔はすでに夕暮れの訪れと共に少し紫となっている。


時間が一分一秒と流れて行く……。


「あ!」


突然、扉の外から聞こえてくる異様な音がカプチーノに聞こえた。


彼は警戒心のあまり飛び上がり、入り口へ跳びつく。


「どうした?」


「き、君は誰だ???うっ――」


扉の外で、召使いは彼に返事することなく、声がどんどん弱まっていく。


「おいーー!大丈夫か??」


カプチーノの心臓がドキドキ跳ねて、彼は焦りながら扉を叩く。


その時、扉の外から鍵が鍵穴に挿し込まれる音が伝わって来て、カプチーノが鋭敏に後ろに何歩か下がる。左右を見て、無造作に傍らに置いてある装飾品の槍を持って、扉口に向かって警戒している。


ガタッと扉が開くと、ミネストローネが傍らに倒れている召使いを蹴飛ばし、ゆっくりと歩いて来る。



扉が開くにつれて、束縛の魔方陣が破壊され、霊力が再びこの部屋に流れて来た。


カプチーノはようやく霊力を使えるようになったが、彼は自由を取り戻した喜びをちっとも感じていない。


「そのまま立て、動くな!!」


彼は槍を構えて、ミネストローネに向かって大声で叫ぶ。


正直、今彼の気持ちはとても複雑である。過去の日々の中で、ミネストローネは時々自分と言い争ったが、エデンガーデンの旅から帰った後、彼らの関係もだいぶ緩和になった。彼と時には争う事もあるが、本当に仲たがいすることはなく、永遠にその関係は続くとカプチーノは思っていた。


でも今日、今、彼の目の前で――ミネストローネは何らはばかる事なく悪の花の邪悪な力を示している。


「なんでこんなことに?」


――今日これで二回目だ、カプチーノがこころの中の自分にそう聞くのは。


「こいつらは一時的に悪夢に陥っただけだ。オレはお前と喧嘩をしに来たわけじゃない、小僧。」


彼はカプチーノの槍に対し何の心配もなく、大股で彼を無視し、まっすぐに窓へ歩み、片方のカーテンを開け、そしてさっと閉めた。


突然、部屋の中の太陽の光の大半を弱めた。これでミネストローネの気分がよくなるようだ。彼がぎゅっと寄せられていた眉を少し緩めたが、彼の邪気もまた理由もなく三割上がった。


これはカプチーノをさらに緊張させた――彼はこんな悪意に満ちているミネストローネを見たことがなく、今と比べたら、以前エデンでたまに感知出来た悪念なんて大したものではなかった。


「一体どういうことだ!お前はなぜ、なぜそんなものに染まったんだ!」


「お前に関係ない。」ミネストローネが冷たく言う。


カプチーノは一瞬ぽかんとして、そして歯を食いしばる。


「じゃあダニエル先生は?もし彼が尋ねたら、お前はそう答えるのか?」


「……」


ミネストローネの動きが少し止まったが、すぐに、彼はもう片方のカーテンを閉めた。部屋が徹底的に暗闇になったのに伴って、カプチーノは彼の低い声を聞こえた。


「オレがここに来た理由はお前からアイツに伝えてほしいことがあるからだ。悪の花の種はオレが極雪原で盗んだ。オレは悪の花目当てであそこに来た。アイツと知り合ったのも偶然なんかじゃない。アイツを救ったのもエデンガーデンの所在を知っているからというだけだ。」


「とにかく、アイツはオレに騙された。最初からすでにだ。だから今後オレのことを見知らぬ者として欲しい。また赤の他人と関わったらもう二度とそんなに無邪気でいてはいけない。」


「だから、それがぼくに言いたいことなのか?」

カプチーノは低い声で問う。


「そうだ。」


「馬鹿野郎!」


ミネストローネは冷笑しながらうなずく。次の瞬間、いきなりパンチを喰らって倒れた。


カプチーノは飛びかかって、彼の襟を掴む。


「お前……お前は……そんなこと伝えたら、彼が悲しまないとでも思ってるの?」


「誰が勝手にこのまますべてのケリをつけていいって言った?」


「ダニエル先生、先生は……先生はお前のこと、最高の友達だと思ってるんだよ!!!」


「……」


カプチーノの泣き叫ぶ声を聞いて、ミネストローネが少し止まり、しばらくの間、彼は血が付いた口元を拭いて、ゆっくりと立ち上がる。


「アークがエデンに訪ねて来たのは偶然じゃない。アイツらの真の目的はダニエルからエデンガーデンを奪うことだ。」


彼は話の向きをさっと変え、カプチーノは一瞬ぽかんとした。


「なんだって?」


「オレの体に悪の花が宿っていること、これは事実だ。でも悪の花の種はアイツが管理しているから、オレが徹底的にアイツとの関係を断ち切るしか、ダニエルの嫌疑は晴れない。」


ミネストローネが平静に話す。


カプチーノはいらだって自分の頭を掻く。

「いや、おかしいよ。仮に悪の花に寄生されても、それがまたどうしたって言うの?ただの実験ミスで、あなたとダニエル先生は誰も傷つけて……待って……もしかして……」


カプチーノの話が止まり、まるで何かを思い出したかのように、「信じられない」と言いたげな顔をしてミネストローネを見る。


「そうだ。人を殺した。人を沢山殺した。」


カプチーノの顔色がすぐに青白くなった。「……悪の花の寄生のせいか?」


「いや、オレは自ら悪の花を利用し、復讐を果たした。」ミネストローネはそっけなく言う。


「……復讐?かたきでもいるの?」



「これはお前が質問すべき問題ではない。」

ミネストローネは迅速にこの話題を飛ばした。


「お前は、今回アークがオレのことを言い訳としてダニエルを連れ去ったということだけを覚えていればいいんだ。次、誰がどんな方法でアイツに近づくか分からない……その時は小僧、アイツのそばにはお前しかいないんだ。」


「……」


カプチーノはもう二度と聞かず、沈黙がこの部屋に蔓延した。


暫くすると、カプチーノが無力な囁きを口にした。


「なんで、こんなことになるんだよ……」


潮水のような辛い気持ちが彼の心の底からどっと現れたが、なぜなのかは彼自身にもわからない。


「おい。」

突然、ミネストローネカプチーノの額に思いっきりデコピンをした。

「いつまでもガキなままだと、ダニエルのことを守れないぞ?」


「いた――」


カプチーノが額を覆うと、心の中にある原因不明の辛い気持ちがすぐさまきれいに晴れた。彼はミネストローネをじろりとにらんだ。「心配するな、ぼくは必ず先生を守る!」


「守ってやれよ……」ミネストローネは腰をかがめ、目を細める。「じゃなきゃ、オレはここに帰って自分のやり方で処理するしかなくなる。」


「お前……そうはさせないよ。帰るチャンスなんて与えないからな!」


「ふん、そうだといいんだけど。」


ミネストローネはまっすぐに立ち、口元を引き上げ、ズボンのポケットから一枚のメモを取り出して、空中に投げる。


「ダニエルが監禁されている場所の住所だ。お前の代わりに調べた。そこにいる奴はお前を困らせない。アイツを取り戻せ。」


言い終わると、彼は手をポケットに突っ込んで、振り返りもせず去った。


カプチーノは慌てて空に舞い落ちるメモをキャッチした。


彼がメモを持って部屋から出て追いかけた時には、ミネストローネはすでに空っぽの廊下から消えていた。



どこから来た風かは知らないが、その風で寝室の閉めたはずのカーテンの一部が開いた。


光が再びこの空間に入った。


この世界に一筋の希望さえあれば、太陽の光は再び大地に戻る。


カプチーノは一息深々と空気を吸い込んで、手中にあるメモをぎゅっと握って外へ歩みだす。


「見てろよ、ぼくはお前が思ってるよりずっと強くなるからね!」


マッシュポテト/罪を被る身

「これらの金貨をあなたにあげます、全部あげます。」

「え……先生、それは……お金の問題じゃなくて……」

「お願いします、その船を貸してください。」


グルイラオの南部沿岸に島がある。その名はシチリである。

邪悪な精霊植物「悪の花」に侵入されて、グルイラオの王室は「島全体を封鎖隔離しろ」と強制的に命じた。

マッシュポテトは今小船を操作して、独りで海を渡ってそこへ向かっている。


航路が封鎖されたので、彼はたくさんの金貨を使って航路を見張っている職員を買収した。「空が暗いうちに、こっそりと行ってください、道中で生きようが死のうが私には関係ありません」とスタッフが言った。


マッシュポテトはためらうことなく承知し、その危ない道に足を踏み入れた。


「あの島はもう救いようがないですよ。上にいるのは全部汚いものばかりですよ。王室ですら手に負えないのに、あなたが行って何の役に立つんですかね?」


船の鍵をマッシュポテトに渡してる時に、そのスタッフが善意から彼に再び忠告する。


彼はついさっき目の前にいる食霊のおかげで大金を儲け、貧困な生活から抜け出せる喜びに浸っていたので、彼はマッシュポテトに幾分か同情をつけ加えた。


マッシュポテトはただ頭を横に振り、何も言わずに去った。


他人から見ると、彼は意地っ張り強がりの馬鹿かもしれないが、彼は分かっている。この旅は他人を救う旅なんかじゃない……自分を救う旅だ。


悪の花は、初めは彼が極雪原に植えた物だ。


もし当時彼が一個目の種を植えなければ、極雪原を通り過ぎたミネストローネも寄生されず、その後も悪の花の力でこの島丸ごとを全滅させるような結果になったはずがない。


「すべては僕のせいで起きたことなので、僕は無視するわけにはいきません……。どんなまずい状況であっても、少なくとも僕も何かできることをして、自分を安心させます。」


そんな思いを抱いて、マッシュポテトは小船を浅瀬に泊めて、この見知らぬ土地に足を踏み入れた。


シチリ島はグルイラオでもっとも人気がある観光島だったそうだ。ここの四季は春のように暖かく、景色が良く、島の住民も情熱的で客好きであった。


しかし現在は目の前のすべてがすでに別物のように変わっていた。


濃霧に包まれた町で、日夜が混同し、街灯がない暗闇の中に、一つ一つの怪しい幽光が梁、壁の隅や町じゅうの窓などにくっついている。


マッシュポテトは知っている。これらはまだ形が出来ていなくて、宿主を探している悪の花の花霊。


やつらはまるで深夜にうろうろしてえさを捜している空腹の悪鬼たちのようだ。マッシュポテトが近づくのを見ると、あちらこちらで騒ぎだした。何匹か大胆なやつが襲いかかろうとしたが、何かに遮られたように弾け飛んだ。


マッシュポテトは一息深々と空気を吸い込んで、胸のあたりで微かに発熱しているネックレスをぎゅっと握る——そのガラス瓶の中には、ガイアが彼に送ったライフツリーの葉がある。


ライフツリーの力が彼を守っていて、悪の花の花霊からの襲撃を止めてくれていることを彼は知っている。だが、独りで行動することを、彼は依然として怖がっている。


自分は大胆不敵な人なんかじゃないとマッシュポテトは知っている。ただ毎回試練に耐える時、彼のそばにはいつも手を差し伸べ、力を与えてくれた人がいた。


ふと、彼は思わずミネストローネのことを思い出した。


時宜にかなわないかもしれないが、この島にいる彼が恐れるすべてが、まさにミネストローネの傑作である。


しかしマッシュポテトは今でも彼のことを思っている。


その理由は、彼の生涯で経験した数少ない暗闇の冒険は常にミネストローネと一緒だったからかもしれない。


極雪原の時、エデンガーデンの時、それらの暗闇と幻影(ファントム)に陥る時、ミネストローネが自分のそばから離れることはなかった。


今に至っても、自分自身の目でミネストローネが起こしたこの悪夢を見た今でも、彼は記憶の中でいつも自分を守ってくれた友人と、このすべてを引き起こした罪の元凶とを結びつけることができない。


「あなたは一体、どうしてそんなことをするんだ……」


マッシュポテトは瞼を垂らす。悲しみ、疑問、苦しみ、迷いのすべてがこの一言の囁きに変わるが、その一言はただ夜に散りゆく。それに応答してくれる人は誰もいない……


急に、状況が変わった。


手のひらの中の、ライフツリーの力による熱が急に下がった。マッシュポテトは我に返って、びくっとして「まずい」と心の中でつぶやく。


「悪の花は精神属性の精霊植物であり、人間の負の感情が重ね合わさった隙に人の心に侵入する」と出発する前に、ガイアは何度も彼に言い聞かせた。マッシュポテトはライフツリーの葉の加護があるが、心を揺れ動かしてしまったら……


一塊の紫黒色の幽光が襲来してくる。マッシュポテトは驚いて振り返るが、防御姿勢の構えが間に合わず、悪の花との絡み合いの中に陥った。


「これらは……何だ!」


泣き声。至るところ苦しい泣き声と悲鳴ばかりだ。


マッシュポテトは頭を抱え、悪の花の精神攻撃に耐えられず地面に倒れた。


紫の藤蔓が召喚されるばかりで、まだ力を発揮できず、すでに虚弱になって動かなくなっているが、主人の体にしっかり張り付いて、彼の最後の防衛線を守っている。


マッシュポテトの脳裏に、無数の歪んだ顔がどんどん湧いてくる。


彼らは悲鳴をあげ、争って、ヒステリックに見えない敵を攻撃する。彼らはこの島で死んで逝った住民たちである。


マッシュポテトの心の中の最大の負担がまさにこれらの死んだ島民たちだと、悪の花は明らかに知っている。つまり、彼らが死ぬ直前に経験した苦痛を彼の目の前で再現することで、彼の罪悪感をより一層深く強くさせようとしているのだ。


マッシュポテトはどんどん窒息感を感じた。彼からすると見るに忍びないが、悪の花はあえてこの一つ一つの残酷なシーンを彼に見せる。


突然、ファントムの中によく知っている姿が現れた。


それはミネストローネだ。


マッシュポテトの呼吸が一瞬止まる。見たことがない凶悪な笑顔のミネストローネが自分の目の前を通り過ぎるのを見た。彼が歩いたところには、黒色の悪の花が咲いて蔓延している……


マッシュポテトは無意識に彼の方へ手を伸ばす。だがファントムの中のミネストローネはこちらに気づいていないようで、彼の体を通り抜けた。


マッシュポテトは慌てて振り返る。ミネストローネがゆっくりと苦しみにあがいている島の住民たちに近寄るのを見た。


ミネストローネはその中の一人の人間の胸倉を掴んで、蛇のような凶悪な笑いを浮べながら彼を見ているが、一言も発しない。


その彼に掴まれている人の意識が一瞬はっきりしたように見えたが、目の前の人の顔を見た時、ハッと怖がる顔つきをした。


まるで、まるで地獄から帰ってきた悪鬼を見たかのように。


「そん、そんな、お前だったなんて!!」

「久しぶりだな……オレの……御侍さま。」ミネストローネは笑いながら言う。


マッシュポテトはぽかんとした。


彼はまだ我に返ることができない。ファントムの中で、ミネストローネはすでに手を離した。

その人間はまるで泥のように地面に倒れ、しばらくすると、瀕死のあがきをしている魚のように跳ね上がり、ほふく前進しながらミネストローネの足元にひれ伏した。


「お願い、お願いだ。許してくれ!私たちを許してくれ!殺さないでくれ。あの時は仕方なかったんだ!」


「御侍さま、何ふざけたこと言ってるんだ。」


ミネストローネは体をぴんと伸ばし、その人を蹴り飛ばす。


「オレたち食霊は命令を受けずに、御侍を殺すことがきない……これは当初アンタが教えた道理じゃないか?」


ミネストローネは笑いながら頭を横に振る。


「殺すわけないだろ。オレはとっくに諦めたよ。ただ……オレをヤツらの実験で死ぬまで苦しませ、そして生き延びて、またこの美しい悪の花に出会わせた人は誰なのかな……」


御侍「いや、いや、いや……わ、私が間違ってた。私が間違ってた!お前を売るべきじゃなかった。でも彼らはお前にこんな、こんなことをするとは思わなかったんだよ!彼らのために働く食霊を欲しがってるだけだと思った!」


ミネストローネ「……やれ。」


一瞬、マッシュポテトミネストローネの手のひらから一つ黒い鬼の影が飛び出したのを見た。


世界は無惨な白色になり、クチャクチャという音と、その口で人間を飲み込む影しか残っていない。


突然、すべてが終わった。


マッシュポテトはゆっくりと目を開ける。東の方から一筋の赤色に染まった朝の光がこの島を染め上げている。暗い夜の怪物はやむなく一時退去する。この世界の自然の摂理が彼を運よく救った。


マッシュポテトはその場で伏せて、荒い息をついでいた。藤蔓は彼が攻撃された傷口を哀れみながらなでる。でも彼はまだぼんやりしていて、気付いていない。


しばらくして、彼は立ち上がり、疲れ果てた体を引きずって前方の土地へ行く。


マッシュポテトは首のガラス瓶を外して、その中にあるライフツリーの葉を取って、それを土に埋めた。


瞬く間に、水色の光波がそこから広がった。その影響で島全体が揺らいでいる。一つの青色の苗が土の中から出てきて、新芽が少し見えて来た。


「今後は、あなたにお願いします。」


マッシュポテトは手でそれを軽く触り、小声で言う。


ガイアが彼にあげたライフツリーの葉、ここではエデンガーデンのように強いエネルギーではないが、依然として島の負のエネルギーをゆっくりと浄化することができる。ただ少し時間がかかる、十年か、もっと長い時間かもしれない。


しかし彼は今ここから離れるつもりだ。


自分の代わりに、そしてミネストローネの代わりに始まった救いの道が、すでに新たな方向にあると彼には分かっている。


一体誰がミネストローネの御侍と食霊売買の商談をし、ミネストローネに極悪非道な実験を行ったのか。その中にどれくらいの人が関わっているのか。彼は必ず調べ出す。


無罪、有罪、どちらともはっきり言えない。とにかく過去のことはすでに取り返しがつかない。


彼はミネストローネの代わりに犯した罪から逃れることはできないが……少なくとも、次を阻止することはできる。


「これが僕が君のためにできる、最後の贖罪です。」



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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