泡盛・エピソード
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泡盛のエピソード
桜の島にある小さな島の国王。熱血的で、親しみやすいと自称している。
篝火を燃やし、みんなで宴会をしたり、酒を飲んだり、雑談するのが好き。美女を眺めるのも好きで、同性の筋肉を見るのも好き。戦闘に興味は無いが、縄張り意識は強く、忍耐力もある。
Ⅰ.海風
「おいっ!あの角見ろよ!怖っ!」
「海の妖怪じゃないだろうな……」
「(うっ……頭いてぇ……)」
嗅ぎ慣れた海風の匂いと騒がしい議論の声の中、ゆっくりと意識が戻る。
なんだか気怠い体を両手で支えて起こし、ボーッとする頭を抱えて周囲を見渡す。
手入れのされていねぇ砂浜にボロボロの平屋、あとは……見知らぬ人間。
名状しがたい異物を見ているかのように顔を真っ青にして、アイツらは俺を囲っていた。
前列の数人は震える手で、モリの矛先を俺に向けていた。
まともな武器を持ってねぇ様子から見ると、アイツらは軍隊でも山賊でも海賊でもねぇ。
ただの無力な村民連中だ。
だが、何故か理由もなく俺を恐れていた。
俺は人間と友好な関係を築いてきた。人間に武器を向けられたのは、正直生まれて初めてだ。
だけどアイツらに何をしたかはさっぱり思い出せねぇ……そもそも俺はなんでここにいるかすらわからねぇ。
何か誤解があったんじゃねぇか?
どっから弁解すべきだ?というか何から聞くべきだ?
「妖怪、出てけ!」
俺が悩みまくってまだ声を発する前に、小石が飛んできた。
俺はその小石を受け止めて声の主を探した。
「なんだと?」
この伊波国王である俺に向かって「出てけ」と言う度胸がある奴がいたとは。
いつも大臣から国王としての威厳が足りねぇと言われてきたが、こんな失礼な言葉をぶつけられたのは初めてで流石にムカついた。
「凶暴だ!助けて!」
「何ぼさっと突っ立ってんだ!早く殴れ!食べられてから殴っても遅いぞ!」
人を食べる?それは何百年前の偏見だろう。
ここはどっかの辺鄙な村だろうな、俺の事を知らないのも無理はねぇ。
それならアイツらの言う事を一々気にしても埒が明かねぇな。とりあえず現状を把握して、伊波国に戻る方法を探さねぇと。
頼りがいのある国王が突然いなくなったら、大臣たちは今頃てんやわんやしてんだろうな。奴らの眉間に海溝よりも深い皺が刻む様子を思い浮かべながら深呼吸して、改めて人間らに説明を始めた。
「あー、俺は人を食わねぇし、アンタらを傷つけるつもりもねぇ。武器は必要ねぇよ。」
「……」
「武器を下ろせ、酒でも飲んで和やかに話でもしようぜ――」
だが俺が何を言っても、アイツらは自分らで話すばかりで、俺の声には応えてくれなかった。
いくら手が震えても、アイツらは決して俺に武器を向ける事を止めなかった。
どんだけ聞いても何も聞けねぇし、話も通じねぇ、だけどアイツらに手を上げる事も出来ねぇ。
長い沈黙の後、俺はもうここで時間を無駄にするのを止める事にした。
Ⅱ.迷路
しばらくして、村の外の空き地で。
「大体この辺にあって、島国で――」
俺は木の枝を拾って桜の島の地図を描いて、伊波島がある場所を大きな丸で囲った。
だが横に立っているカゴを持った人間の子供は首を横に振った。
「わからない……お兄ちゃん、ごめんなさい……」
この小僧は、ハブられている人間の子供だ。出会った時、チンピラ共がコイツを囲んでリンチしていた。しかも持ち物を捨てようとして、コイツ自身を焼き殺すと言った……流石に見てられなくなって、チンピラ共を追い払ってやった。
さっきの経験があったから、コイツは何も言わずに去っていくだろうと思った。だがこのチビッ子は他の村民と違った。礼を言ったし、俺と話そうとしてくれた。
だからコイツを引き留めて、現状の整理を手伝ってもらおうとした、だが……
「伊波だぜ!島国の!景色が良い所!本当に聞いた事ないのか?」
俺は必死で訴えた。
「伊波……伊波……うっ……全然、聞いた事がない……」
ここどんだけ辺鄙なんだ?村民は地図が読めねぇし、伊波も聞いた事ねぇだと!?
やっと俺の事を怖がらない奴を捕まえたと思ったのに、結局何も聞き出せねぇ……
終わった……一体これはどんな状況なんだ?
俺はどうやって帰れば良い?崩れ落ちるように長い溜息をついて、自分の髪を乱暴にかいた。
この時、耳元に慰めの言葉が飛んできた。
「お兄ちゃん、落ち込まないで……きっと見つかるよ!もしかしたら……僕が遠くに行った事がないから、聞いた事ないだけかもしれないし!」
頭巾と髪で顔の半分以上は隠れてたが、この小僧の真摯な眼差しを感じて、俺は少し気が楽になった。むしろ感動すら覚えた!俺は手を伸ばして小僧の頭を撫でた。
「ハハッ……そうだな、きっと見つかる!ありがとよ、チビッ子!」
「お礼を言わなきゃいけないのは僕の方だよ!お兄ちゃんがいたから、僕が作ったブレスレットは壊されなかったんだ……ころえは、明日町に持ってって売るんだ!」
「おっ!?全部テメェが作ったのか?器用だな……」
カゴの中身を見てみると、店の売り物に劣らず精巧に作られた綺麗なブレスレットが入っていた。この歳でこれぐらい出来れば、将来有望な作り手になれるだろうな。
「そっ……そんな事ないよ!」
小僧は照れながらブレスレットが詰まったカゴを抱きしめた。だが、少しの沈黙の後、小僧は俯いて何かを考え始めた。
急に喋らなくなったのを気になり出したタイミングで、小僧は顔を上げて聞いて来た。
「あの……お兄ちゃんは本当に人間じゃないの?」
小僧は俺の額、角が生えている場所を指さした。
「おう、違げぇよ。妖怪でも食霊でも、好きに呼べばいい」
「本当に妖怪なんだ!?」
「ハハッ、それは本当だ」
「じゃあ……じゃあ妖怪は……みんなあなたみたいに優しいの?」
「……」
この質問は意外だったが、なんだか心が温かくなった。
少し得意げになって、頭をかきながら言った。
「あー、俺みたいな奴は少ないだろうな?」
「そうなんだ……」
「ああ?どうした?」
急に落ち込みだした小僧を見て、意味が分からなくなった。
小僧は怯えながら俺を見て、何かを躊躇っているようだった……だが最終的に、口を開いた。
「村のみんなが、僕の事を……妖怪だって言うんだ……妖怪がみんな優しいなら、村のみんなは僕をあんなに嫌わなくて済む……」
Ⅲ.妖怪
「テメェが妖怪?ハハッ、そうは見えねぇな」
俺は小僧の丸っこい頬を引っ張った。出来立ての饅頭みたいに柔らかくて温かい。これが人間じゃないならなんだ?
だがこの動きによって、分厚い前髪の下から凸凹で奇妙な褐色が現れた。
これは……
「あっ!やめて……」
俺の視線に気付いたのか、小僧は慌てて顔を隠した。
火傷なのか?何故こんなに大きい痕が……どういう事なのか聞こうとしたが謝る声に遮られた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!変な物を見せちゃって!」
「うっ……みんな僕の事を疫病神、妖怪って呼んでるの……この痕は神様から与えられた罰だって……村のみんなに不幸をもたらしたから……」
「僕……僕が生まれた年、村は蝗害に遭った……4歳の時、家で大きな火事が起きた……去年、おばあちゃんは病気になって……今年は……雨が降らなくて、作物が育たない……僕のせいだって……今はおばあちゃんもみんなに嫌われてる……」
小僧は俯いて悲しそうな顔をしていた、俺はただ馬鹿げているとしか思わなかった。
こんな事で?
小僧からは大した霊力を感じられない、ただの普通の人間だ。不幸をもたらす?小僧のどこにそんな力が?出鱈目ばかり言いやがって、あの人間共はどう考えてもおかしい。
「あんな奴らの作り話を信じるな!しかも、テメェが本当に妖怪だとして……俺の同類になるのはそんなに辛い事か?」
「つ、辛くないよ!違う……そういう意味じゃないよ!」
小僧は眉間に皺を寄せて、手もばたつかせ何かを言おうとしていたが、言葉の整理がつかないようだった。
「じゃあ話は終わりじゃねぇのか?悲しむ必要はねぇ、災難はテメェのせいじゃねぇんだから」
小僧の頭をまた撫でてやった。
「チビッ子、居心地が悪いんなら、伊波に来ないか?強い国とは言えねぇが誰もテメェを苛めないって俺が保証する!」
「わぁー!!!」
小僧は嬉しそうに声を上げたが、少しして首を傾げた。
「だけどお兄ちゃんは迷子なんじゃ……?どうやって僕を連れていくの?」
「……」
この鋭い質問に言葉が詰まった。
「ゴホッ、それは……テメェも見つかると言ってただろ?どうしても見つからなかったら、テメェも俺と一緒に探しに行けば良い」
「でも、おばあちゃんはどうしたら……?」
「あっ……」
それはそうだ、病弱な老人は確かに長旅には耐えられねぇ。だが小僧を連れていかねぇのも、俺は絶対に後悔する。
「うーん……だったら、こうしよう!僕がお金を早く稼げばいいんだ!」
小僧はカゴのブレスレットを指しながら言った。
「おばあちゃんの病気は、すごく高い薬で治さなきゃいけないの……治ったら、一緒にお兄ちゃんを探しに行くよ!」
「おっ!?どんな薬だ?」
その話を聞いて、なんとかしてやれるかも喜んだ。
「“雪蓮”と言う薬で……山頂付近の崖に生えているらしいよ。採るのが難しいから、とても高いんだ……」
崖?これはいけるかもしれねぇ。俺の国民になると言ったからには、悩みを解決してあげるのが俺の仕事だ。しかもこのチビッ子の目は澄んでいる上に、強い光を宿していて綺麗だ。この良い目のためにも、手伝ってやらなければ。
「俺が探してやるぜ!」
Ⅳ.氷封じ
威勢よく言ったは良いものの、見つけるのは中々に大変だった。
俺があの“雪蓮”を持って下山した時、既に半月過ぎていた事に気付いた。
空を見上げてみたら、俺が村に辿り着く頃にはもう日が沈む。
薬が効き始めるのに、病が完治するのにどれぐらい掛かるのか。ご老人を連れてゆっくりと歩くのもやぶさかじゃねぇ。どうしてもアイツらを連れてここから離れたかった。伊波島に戻りたかった……
心の中の期待に背中を押され、歩くスピードが速くなっていった。
だがどうしてか、村に近づくにつれて、謎の焦げ臭い匂いが段々と強くなってきた。
日が落ちる前に、俺はチビッ子の村に辿り着いた。
予想通り、あの焦げ臭い匂いの源はここだった。煙がもくもくと空に上がっていた、それと共に鳴り物の音と人の声も聞こえてきた。
「妖魔は退治しました、神のご加護を……妖魔は退治しました。神のご加護を……」
妖魔を退治した?
奴らが言っている妖魔って……一体……
まさか……
声がする方を目指して歩くと、すぐに松明を持って巨大な焚火を囲んで歩く村民を見つけた。炎の中にははっきりと見えない黒い影があった、周りからチビッ子の姿を見つけられないでいた。
チビッ子への仕打ちや俺への態度を思い出し、嫌な予感はまるで岩礁にびっしりと蔓延るフジツボのように俺の心臓を覆った。息が出来なくなってきていた。
「何を焼いている!?」
奴らに向かって叫んだ。感情によって漏れ出そうになる霊力を極力抑えるように拳を握り締めた。この時やっと、おかしな祈祷に浸っていた村民が俺に気付いて、一斉に俺の方を見た。
「あの妖怪が来た!?また来たぞ!助けて!」
俺は答えが欲しくて焦っていたが、誰も俺の事を見ようとしない、ただ逃げ惑うだけ。
やはりそうだ、人間にとって真相や道理なんてのはどうでもいい物、奴らはただ安心したいだけ。俺を同類と見なさず交流を断つのも、罪のない子供を妖魔として排除しようとしているのも……
私利私欲にまみれ、愚かで醜い!
松明を掲げて俺を攻撃しようとした奴がいた、邪魔だったから奴らの足を地面に固定するしかなかった。
「俺の……俺の足が!凍った!」
「助けてぇえええ!」
奴らの慌てふためく声が耳に突き刺さった、今この状況を怖がるべきは俺ではないのか!
考えすぎであると、チビッ子が早くどこかに現れる事を願うばかり……俺はアイツが生きている事を確かめなければ、俺が遅れてない事を確認しなければ……アイツは俺の国民だ……俺はアイツらを連れていかなければならねぇ!
俺は炎の中に飛び込んだ、霊力を練り上げ炎を消していった。
――だがそこにあったのは、惨過ぎて言葉に出来ない目も当てられない情景だった。
大小二つの体が煤によって真っ黒に染められ、焚火の中央に横たわっていた。アイツらの顔は炎に焼かれ判別できない程になっていたが、小さい方の細すぎる腕に、アイツ自慢のブレスレットが巻かれていた。
「……」
すぐに、辺りは静かになった。
奴らの驚く声は聞こえなくなっていた。聞こえるのは骨を刺す冷たい風の吹く音だけ。
霊力はほとんど使い切り、俺は焚火の横に崩れ落ちた。花をチビッ子の胸元に乗せ、しばらくそこから動けなかった。
Ⅴ.泡盛
「もし……俺が早めに駆けつけていれば、あんな事にはならなかったんじゃねぇのか?」
「……」
泡盛が少し焦げ付いたブレスレットを手で包んだ。顔を上げた時、向かい側にいる羊羹の頬が涙で濡れている事に気付く。
「おい?テメェ……大丈夫か?」
伝説の神の子がこんなに泣くとは思わず、泡盛はハンカチなんて持っていなかったため、慌てふためく事しか出来なかった。
「大丈夫だ」
羊羹は手で顔を拭い、何も気にしていない様子を見せた。彼は冷静だった、少し赤くなった目元以外、泣いた痕跡などどこにも見当たらない程に。
「あぁ……」
泡盛はホッとした。羊羹が本当に悲しいのなら、温かい抱擁をしてあげる事ぐらいしか思いつかなかったのだ。
「泡盛」
「どうした?」
「後悔しているのか?」
「あぁ?奴らを凍らせた事か?」
羊羹は答えない。ただ静かに泡盛を見ていた。そして泡盛も知っていた、彼がどんな答えを期待しているのか。それこそ泡盛が彼に話を聞いて欲しいと思った理由だ。
「俺はただ自分が駆け付けたのが遅かったと後悔しているだけだ……自分の国民のために復讐した事に関して後悔する必要はあんのか?害虫を駆除しただけだ、テメェのやってる事と変わんねぇだろ?」
「フッ、そうだね……」
羊羹は笑った。笑っている時だけは普通の少年のように見えた。
泡盛は羊羹の背後に広がる荒れた土地を見た。あれらの瓦礫と残骸を、目の前の無害そうな少年と結び付けようとするのは難しいだろう。
「テメェはどうなんだ?後悔しているのか?この場所には、さっきまで立派な官邸があっただったろ?」
「後悔した事なんてないよ……」
羊羹は迷わず答える。
「私は初めから知っていた。自分はこういう事しか出来ないと」
あの邸宅に居た汚職官僚を殺した時も、今もそうだ。泡盛は羊羹の瞳から動揺の影を少しも感じなかった。
「じゃあ、私と共に来る?より良い世界を創るために」
泡盛が羊羹の瞳を見つめていた時、羊羹は彼に向かって手を伸ばしていた。
羊羹の声は落ち着いていて、人に安心感を与える。もしかしたら、これこそが多くの人が彼を神として崇めている理由かもしれない。
「ハハッ、その言葉を待っていたぜ!」
泡盛と羊羹は握手を交わした。泡盛が羊羹に話しかけたのは、まさに彼と一緒に行くためだったのだ。
もし泡盛の国の大臣らがまだ泡盛の傍にいたとしたら、きっと全員で関係のない事に手を出さないよう彼を止めていただろう。
しかし、泡盛は元来より辛い思いをしている人を見捨てられない性質であった。どうやっても家に帰る道が見つからないのなら、目的もなく彷徨うより、何か真面目な事をしていた方が良かったのだ。
「だが、俺はてめぇとは途中で別れなければならねぇ。最終的に伊波島に帰らなきゃなんねぇから。俺が急に失踪したとなると、大臣の奴らはきっと大騒ぎしてるはずだ。俺はこれでも国王だ、自分の国を放り出す事は出来ないだろう?」
「それに俺は……アイツらを連れて家に帰りたいんだ」
泡盛はブレスレットを強く握りしめた。これが彼に出来る唯一の事だった。
「良いだろう。では“伊波島”が見つかるまで……よろしく、泡盛」
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