穴子寿司・エピソード
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目次 (穴子寿司・エピソード)
穴子寿司のエピソード
「安喜荘」の板前。冷徹な風貌と魚を捌く際に染みついた微かな生臭さから、人であれ鬼であれ、彼の存在に畏怖を覚える。しかし実際は気配りができ、自分では冗談を飛ばすのが好きだと思っている。周囲が避ける様子を「内気なだけ」と解釈し、自身の問題とは考えない。今は卓越した料理人だが、過去には人を震え上がらせる恐ろしい経歴があったという……
Ⅰ.安喜庄(※安喜荘)
「食材を弄ぶな。それに、春雨は毎日少なくとも一回は泣いているぞ。彼を泣かせてもつまらないだろ。」
「でも、そういう春雨の方がリアルじゃん。生きている人間みたいで。」
「『みたい』って何だ。俺たちは元々生きているんだ。」
「へへ、安喜荘に長くいると、たまに分からなくなっちゃうよね。」
甘露煮は楽しげに箸でテーブルをトントンとリズミカルに叩き、今にも歌い出しそうだった。
「で、アナゴには怖いものとかあるの?」
「怖いものか……」
「うん、例えばじめっとカビた畳とか、歯が浮きそうになるほど酸っぱい梅とか、ねちょねちょべとべとの餅とか、春雨のつまらない話とか……あ、春雨きたよ~!」
甘露煮は悪びれる様子もなく、いつの間にか厨房の入り口に立っている春雨に挨拶した。春雨は目を赤くし、鼻をすすりながら、かろうじて手を上げて彼女にも応えた。
「アナゴ、明日時間ある?」
「晩宴の準備前ならある。どうした?」
「……」
春雨は唇を噛んで黙っていた。俺と甘露煮はただ静かに彼を見ていたが、甘露煮が突然ひらめいた様子で言った。
「わかった!今度はアナゴの番だね!」
「何が俺の番だ?」
「春雨、小説を書くために、みんなの過去のことをあちこちで聞き回ってるんだよ。小説の素材にするってさ。でしょ?」
「うん……」
なるほど。さっき甘露煮に自分の話がつまらないって言われたばかりだから、今は言い出しづらいんだろう。
「わかった。明日、お前の部屋に行く。」
「ありがとう……」
春雨はようやく顔を上げてほっと笑うと、慌てて走り去った。
「座敷童子みたいだな……」
甘露煮は悪気なくそう感慨深げに言った。
「あまりいじめるなよ。そろそろ時間だ、仕事にかかれ。」
甘露煮はそれを聞いてうなずき、表情もようやく珍しく幾分か真剣になった。
今夜のメニューはアジの定食だ。俺は出来上がった料理を一枚一枚トレイにのせ、甘露煮と一緒に宴席場まで運んだ。
縁側を通る時、外はすっかり暗くなっており、壁際の数本の蝋燭だけが幽かに白い光を放っていた。
宴席場の中も同様だ。
数十張の卓袱台が宴場の四方に沿って並べられ、ほとんどこの暗闇と同じくらい真っ黒で、場内全体では白い紙の襖の上をゆっくりと這う幾筋もの黒い影がかすかに見えるだけだった。
俺と甘露煮は無言で宴席場に入り、五感のうちの四感だけを頼りにトレイを卓袱台に一枚一枚置いていった。
最後の卓袱台にも定食を置き終えた時、最初に食事を載せたあの卓袱台には、もう空のトレイだけが残っていた。
それと同時に、あの卓袱台の後ろの紙襖に映っていた黒い影も、ともに音もなく消え去った。
Ⅱ.刀鬼
安喜荘に来る前、俺は毎日魚を捌く料理人じゃなかった。
まあ、大した違いもないけどな。
ただその時、俺の刃が向かう先は人だったってだけだ。
「鉄は水に濡れると錆びる。良い刃は、人血でしか養えない。」
「斬れば斬るほど、お前の刃は良くなり、刃の腕も上がる。」
「同時に、これがお前の忠誠心と、お前自身の価値、唯一の価値を示すことにもなる。」
今でも、御侍が遺した中で最も深く記憶に刻まれているのは、この言葉だ。
あの時、これらの言葉に特別な感情は抱かなかった。嫌悪、苦痛、否定さえも、一切なかった。
真に受ける、深く信じる、当然と思う、といった感情も、同様に微塵もなかった。
ただ、御侍がそう言ったのを聞き、彼が自分にそうさせたいのだと理解し、それでそうした、そうするしかなかった。ただそれだけだ。
血、傷、死体も、単なる赤い液体、切り裂かれた肉、生命を失った人間に過ぎない。ただそれだけだ。
自分がどんな感情を抱くべきか、わからなかった。
俺にとって、自分の行ってきたことは、大きな魚が小魚を捕食して生きるようなものと何ら変わりない。
むしろ、俺と人間は大きな魚と小魚の関係ですらなく、俺たちは食霊と人間、異なる種だ。それに、俺は人間の死骸を食ったりもしていない。
これはただの任務でしかない。それだけだ。
長い間、俺は同じことしかできず、その結果、唯一できるこの一事にますます依存するようになっていた。
もしこれを止めれば、自分が刃の下にした者たちと同じように、死体になってしまうかのように感じていた。
今になってようやく気づいた。あの時の俺は、おそらく既に「恐怖」を感じ取っていたのだ。
「今回の任務は、何があっても完遂せよ。途中で何人殺すことになろうと、お前自身の命はおろか、俺の命ですら……」
「これがお前の最後の任務だ。必ず、必ず成し遂げよ。」
御侍の口調には厳しさだけでなく、抑えきれない興奮もあったようにぼんやり覚えている。
おそらく幾分かは俺の妄想も混じっているだろう、彼が具体的に何と言ったかはっきり憶えていないから。
とにかく、それが彼についての俺の最後の記憶だ。
目標は警備の固い屋敷に住んでいた。俺は密かに潜入するのは得意じゃないから、一路殺りくして進み、最深部の和室まで辿り着いた。
部屋の設えはとても質素だったが、しかしどこか奇妙な雰囲気が充満していた。
厳かながらも、苦痛を感じさせるような空気。
「な、何者だ!巫女様の寝室に無断で入るとは!!」
鋭い声が、なぜか放心状態だった俺の意識を突然引き戻した。どうやら目標は巫女らしい、そして目の前の人物はその侍女だとようやく理解した。
彼女が再び騒音を発する前に、永遠の静寂を与えた。
「私を殺しに来たのね。」
幽かな声がごく近くから聞こえ、言外には、目標は彼女なのに、無関係の人を殺した、という意味が込められているようだった。
だが、その声には全く責めるような響きはなかった。
俺は一瞬呆然とし、すぐに声のした場所を見定めた。
巫女は俺の手にある刀を淡々と見つめ、神色も変えずに言った。
「止めた方がいいわ。」
「なぜだ。」
「宿命だから。」
意味不明な言葉だ。
いらだたしさを覚えたが、なぜか、手が言うことを聞かないように感じ、刀を下ろせなかった。
「もし私を殺せば、あなたも、指図した者も、桜の島全体さえも呪いに落とされる……いいえ。」
巫女は冷たく俺を見た。
「あなたは既に呪われている。」
「あなたの刀は血に慣れ、これからも飲み続けねばならない。無数の怨霊に取り憑かれ、生き延びるため、もうこの刀を放せない。」
「あなたはこの刀と共に、終わりなく殺戮を続ける。」
「殺し続けるしかないのだ。」
Ⅲ.怨灵(※怨霊)
俺は鬼神も呪いも信じねえ。
だが、結局あの巫女を斬ることはできなかった。
あの屋敷をどうやって出たのか、まったく覚えていない。ただ、気が遠くなるような時間の中で、頭蓋骨を誰かに▫り割られ、泥を詰め込まれたような感覚だけが残っていた。
どれほど混沌とした日々が過ぎたか、気づいた時には、静寂の中に一声の鐘の音が闖入してきた。
正確に言うと、あの鐘の音で正気に返ったんだ。
「仏は人を渡さず、ただ人が自ら渡るのみ。鐘の音が施主の意識を呼び覚ましたなら、これからの道は施主自身が選ばねばならない」
誰かがそう言うのを聞いたが、顔ははっきり見えず、ただぼんやりとした人影が目の前の建物の中へ消えていくのをかすかに見ただけだった。
疲れた。
泥の感覚の後、頭の中には「疲れた」という思いしかなかった。
何が起きたのかはわからないが、真紅に染まり、もはや鬼の如き様相を呈したあの刀を見れば、安易に想像がつく。
「すごいわね。」
突然、女の声が響いた。冷たいが、あの巫女とはまた違った感じだ。
彼女は笑っている。
「あなたの後ろには……たくさんの怨霊がいるわよ。」
必死に瞼を持ち上げて彼女を見る。端正な着物姿の若い女が、落ち着いた、しかしどこか含みのある笑みを浮かべている。それはまるで、人に対する礼儀的な仮面のようにも見えた。
「今、あなたの命を狙っている者がどれだけいるか分かっているの?」
「俺の命を狙うやつら……これまで少なかったことなどない。」
「それでも、変わろうと思ったことはないの?」
「変わる?」
「まるで……まだ言葉も覚束ない幼子のようね。」
彼女は再び軽く笑った。
「歩ける?」
「どこへ?」
「あなたを変えられる場所へ。」
「聞こえなかったのか……仏でさえ人を渡せないというのに、お前ごときが……」
「仏が渡さないなら、私が渡す。仏と私はそれぞれ役割が違うだけ、何が問題なの?」
どうやら頭がおかしい女らしい。
そう考えた瞬間、体が突然軽くなった。
彼女はどこからそんな力が出たのか、俺を地面から引きずり起こした。
そして俺も、なぜか突然力が湧いてきて、気がつくと、わけもわからず彼女について行っていた。
どれくらい歩いたか覚えていない。冬から春へ、そして春から再び冬へ戻るかのように感じた。その間、日月は逆転し、星河は漲り落ち、天地はひっくり返り、俺も生死を繰り返したような気がした。
ようやく、立派な建物が眼前に佇んだ。
「着いたわ。」
俺は桜が満開の庭を見て驚いた。
「今は、どんな季節だ?」
「もうすぐ冬になる頃ね。」
「じゃあ、これは……」
「安喜荘の季節は、人々の願いで決まるのよ。」
わけのわからない話だ……
「大丈夫、ゆっくりわかるようになるわ。ああ、そうだ……」
彼女は桜色の炎のような花の下に立ち、手を腿の上で組み、軽く腰をかがめた。
「私は懐石料理と申します。ここの女将です……安喜荘へようこそ。今後、どうぞよろしくお願いします。」
「ここに留まるとは言っていない。」
「あなたはここに留まるわ。」
懷石料理(※懐石料理)は意味深い笑みを浮かべ、独りで旅館の中へ歩き去った。
俺は少し考え、結局ついていくことにした。
ここは異常に古風で、かつ異常に高級な旅館だった。桜の島の風格が濃すぎて、むしろ他の地域が真似て建てたかのようだ。
玄関と内縁側を抜けると、旅館内部の中庭が見えた。枯山水、築山庭、そして小さな茶庭。外の庭の華やかな桜とは違い、ここは侘び寂びの風情、いや、むしろ陰気な気配が漂っている。
歩みを止めず、我々は窓のない内縁側へ入った。光線はさらに暗くなったように感じる。いや、確かにどんどん暗くなっている。
その時、先を歩く懷石料理(※懐石料理)が突然口を開いた。
「今、見える?」
俺は意味がわからず、何が見えるのか聞こうとした瞬間、視界の隅にあるものに気づいた。
真っ暗な塊。一見、影かと思ったが、よく見るとゆっくりと蠕動している。
「怨霊よ。」
懐石料理が笑った。
でも、外にいた時よりはずっと可愛らしい姿になったわ。
Ⅳ.赎罪(※贖罪)
俺は懐石料理から渡された包丁を受け取った。
「これで怨霊を斬れるのか?」
「いいえ。救うためのものよ。」
「意味わからない。」
「私たち食霊は、どこから来たと思う?」
「希望だろ。」
「それだけ?」
「幻晶石、霊火、魔動炉……。」
「食物よ。」
そう言って懐石料理は横に一歩下がり、後ろの調理台を譲った。
「人類の最も原始的な欲望は、食物への渇望だ。それは彼らが生まれた時から備わっている、生きるための本能。」
「本当に自ら進んで命を絶つ者を除けば、生存、つまり食物への欲望は、人間と共にあり続ける……たとえ死んでもな。」
「欲望に際限はないが、死後の魂の食欲には限りがある。彼らを満足させ、遺志を果たすのは、そう難しいことじゃない。」
「私も仏と同じく、様々な理由で泥や渦に囚われた無数の人々を渡すことはできない。だが、もし彼らが死後も安らかに眠れず、三途川を彷徨うしかないのなら……」
「私はできる限りのことをして、最後の旅路を送り届ける。」
懐石料理の言わんとすることは、なんとなくわかった。だが……
「料理のことは何も知らねえ。」
「魚の内蔵を抜き、火にかけて焼き、調味料を散らす……お前がこれまでやってきたことと、大して変わらないだろう?」
「……」
「大切なのは、心の持ちようだけよ。」
懐石料理は強いる様子もなかったが、俺はなぜか断れなかった。
実際のところ、怨霊を恐れてはいない。取り憑かれてもどうということはない、自分で蒔いた「因」なのだから、その後に続く「果」を恐れることはない。
あの巫女の言った呪いも同じだ。その存在を恐れてはいない。
おそらく、ただ殺戮に倦んだのだろう。
ただ自分勝手に、もうあんなに疲れたくないだけだ。
自分の理解で、どうやら長い間準備されていたような魚を処理し、自分の理解で調理し、最後に皿に盛った。
「これを宴席場に運んでおいで。もちろん、相変わらずあなた自身でね。」
俺はうなずき、懐石料理が押してきたワゴンに料理を載せ、宴席場へと向かった。
そこは真っ暗だったが、部屋の隅々でゆっくりと蠕動する無数の黒い塊が、はっきりと見えた。
彼らは本当に何を求めている?ただの食物か?
俺の命を欲しているんじゃないのか?
ただの食物で彼らの許しが得られるなんて……彼ら自身にとって、あまりに不公平だ。
「だが、あなたも彼らの許しを請うているわけじゃないでしょ。」
懐石料理がいつしか宴席場の中央に座っていた。彼女の前には長いテーブルが置かれ、多くの茶器が並んでいる。
「あなたは怨霊の恨みを永遠に背負う覚悟はできている。今していることは自己救済ではなく、彼らを救い、魂を解放し、新たな旅立ちへと導くことよ。」
世の中に絶対的な公平などない。あなたがそれを不公平と思うことこそ、あなたへの罰……そしてそれはまた一つの公平さでもあるのよ。
懐石料理は軽く笑いながらそう言うと、手慣れた様子で茶を淹れ、俺が料理をすべて配置し終えると、今度はそれらの黒い影に茶を運ぶよう頼んだ。
この普通すぎてむしろ退屈な仕事の中で、俺は久しぶりに平和と静寂を感じた。
最後の一杯の茶を置いた時、一つの黒い影が消えたのに気づいた。
「どうやらあなたの心の奥深くには、深い悔恨と謝罪の念があるようね。ただ、自分では気づいていなかっただけ。」
懐石料理は茶を一口すすり、俺を見て言った。
「今、彼はついに解放されたわ。」
「ありがとう。」
Ⅴ.星鰻寿司(※穴子寿司)
「……それで、俺はここに留まることにした。」
穴子寿司は自分語りを終え、顔を上げると、案の定春雨サラダが顔を覆って泣いているのを見た。
彼は声をなくため息をつき、自分のハンカチを相手に渡した。
「別に悲しいとか感動するような話じゃないだろ。」
「違う……」
春雨サラダは遠慮なくハンカチを受け取ると、目をこすりながらさらに赤く腫らし、ますます痛々しい様子を見せた。
「僕が安喜荘に来た頃のこと、覚えてる?」
穴子寿司にとって忘れようもない記憶だ。
当時、汚れきった体をかがめ、長い髪が顔にかかり、普通に会話さえできなかった彼を、今の春雨サラダと重ねるのは難しい。
「その時はお前も怨霊だと思ってたよ。」
「うん、だからアナゴさんも料理を作ってくれたんだ。」
春雨サラダは涙目のまま笑顔を見せた。
「僕の御侍のこと、知ってるだろ?あの時アナゴさんの料理を食べて、御侍がついに解放されたような気持ちが感じられたんだ……」
春雨サラダは何かを耐えるように、肩を震わせた。
「あれは僕の錯覚じゃなかったんだ。御侍は、本当に救われたんだ……」
「ただ僕だけが御侍の解放を喜んでるんじゃない、御侍の解放が、同時にアナゴさんの自己救済にもなったんだ……」
「あの惨めな人生が最後に、ついに、ただ傷つけられるだけじゃなく、誰かを助けることもできて、ついに……鮮やかな色を持てたんだ……」
「これって……本当に良かった。」
「そこまで発想力があるなら、どうして話が書けないんだ?」
「……!」
泣き笑いの表情がそのまま春雨サラダの顔で固まり、少し滑稽な印象を与えた。
本人もそれを自覚したのか、苦しそうに顔全体を穴子寿司のハンカチに埋めた。
「もしかすると、当年他にも怨霊が遊廓からお前について来て、創作に影響を与えてるのかもな……」
「うっ!」
穴子寿司は泣き声で叫ぶのを初めて聞いた。どうすれば良いか一時的に戸惑い、しかし外見は相変わらず無関心を装っている。
しばらく考えた後、ようやく口を開いた。
「ありがとう、春雨。」
「え?」
「これまで、俺はずっと過去の馬鹿な行いの贖罪をしているだけだと思っていた――埋め合わせようのない過ちを修復しようとするのも、やはり愚かなことだってな。」
「だが今、お前のおかげで俺が過去の後始末だけしてるわけじゃないとわかった。たとえ一脚だけでも、前に進んでる……ありがとう。」
これで春雨サラダを慰められると思いきや、逆に激しく泣き出された。
穴子寿司は仕方なく、為す術もなく、ただそこに座って静かに相手に付き添っていた。
「アナゴ、誰か来てるよ……あなたたち何してるの?」
甘露煮がドアの外から首を突っ込み、二人を見る目はまるで面白い玩具を見つけたかのようだった。
「何でもない。誰か俺を找けて来たって?確かに『人』か?」
(※中国語では「找」(zhǎo/チャオ)と発音され、「探す」「見つける」、目的を持って訪ねたり、連絡を取ったりするニュアンスを含みます。)
「ああ、正確には人間じゃないけど、怨霊でもないよ、食霊だって。」
穴子寿司はますます怪しんだ。
自分で安喜荘に来られるのは、ほとんどが「黄泉」を彷徨い、転生できない「霊」だ。食霊と少し似ているが、今まで食霊が自分でここまで来たことはなかった。
「だって『黄泉』と『現世』の境界がどんどん曖昧になってるからね。これからもこんな状況はたくさん起きるよ、心配しないで~」
「いや、心配しないわけにはいかないだろ……」
今でもまだ、穴子寿司は甘露煮の何に対してもどうでもいいような態度に完全には慣れていない。彼女の話だけでは事の重大さが判断できず、穴子寿司は自分で確かめに行くしかない。
表口を出ると、穴子寿司は少し冷たいものが鼻先に落ちるのを感じた。
驚いて上を見上げると、細やかな雪が空から降り注いでいるのが見えた。
安喜荘の季節は、人々の願いで決まる。
今、桜の島の人々は……どんな願いを抱いているのだろう?
穴子寿司的心中に漠然とした不安がよぎったが、すぐに騒がしい声にかき消された。
「アナゴ、この子だよ~」
「俺は子供じゃないよ!頭撫でないで!頬をつねらないで!くすぐらないで!」
一人の少年が紫蘇甘露煮と取っ組み合いのけんかをしており、今にも雪合戦を始めそうなところを、穴子寿司が遮った。
「どういうこと?」
「あ、あんたが例の刀鬼か?」
「刀鬼?」
「あんたのあだ名だよ、みんなそう呼んでる。」
「……」
穴子寿司は少し気まずさを感じ、しばし沈黙した。少年はそれで自分が探している人に間違いないと確信した。
「弟子にしてください!」
「……何を学びたいんだ?」
「もちろん刀法だ!」
「何に使う?」
「もちろん人を倒すためだ!」
「もっと良いものを教えてやる、どうだ?」
「本当ですか!?」
少年の目は興奮の色で輝いた。穴子寿司は少し落ち着かない様子で視線を逸らし、傍らで紫蘇甘露煮は狡猾に笑っていた。
「問題ないなら、俺について台所へ来い。」
「はい師匠!台……え?!台所?????」
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