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桃源幻郷・ストーリー

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迷走

序章-僻村

真夏月十六日 朝

夏の空は晴れ渡っており、時より白い雲が過ぎる。鳥たちは木々の上で休んでいた。

しかし、墨閣の面々は違った。チキンスープの手紙を読み、全員が険しい表情を浮かべていた。

黙っている人たちを見て、窓辺に座っていた柿餅は率先して沈黙を破った。

柿餅:で、今回はまたどこなんだ?

董糖:「茗(みょう)」と呼ばる村よ。近頃、あそこで邪教が頻繁に活動しているという痕跡があるらしい。

蓮の実スープ:随分遠い場所ですね。信憑性はあるかどうか……

董糖:あのチキンスープの情報なら……今まで一度も間違ったことはないですし。

柿餅:じゃあ、俺が行く!

菊酒:私が行こう。

ほぼ同時に声がした。周りの者たちは柿餅菊酒に視線を向けた。

柿餅は素早く窓辺から飛び降り、余裕な表情を浮かべていた。

柿餅:安心しろ、俺一人で楽勝だ。

菊酒:あら?前回他人の家を破壊したのは誰かな?

柿餅:あん時、あんたも屋上の上まで上がっただろ?

菊酒:君一人で行くなら、その時は後始末なんて絶対嫌よ。

柿餅:あんたの手なんか借りないぜ、こっちには臘八麺もいるしな。なあ、臘八麺

臘八麺:私は……喧嘩は良くないですよ……一緒に行くのはどうでしょう?

柿餅:なんだと?

菊酒:……

董糖は争っている三人を見て、思わず笑ってしまった。

董糖臘八麺の提案は悪くない。一人より三人で行動した方が安心だし、お互いに補助も出来る。

柿餅董糖姉さんがそう言うなら、じゃあ今回は仕方なくあんたらの面倒を見てやるよ。

菊酒:誰かさんは自分の世話だけを見てればいいよ。

柿餅:……菊酒、お前!

蓮の実スープ:もし何か危険な状況に陥りましたら、こちらに信号を送るのを忘れないでください。

柿餅:おう、いつも通り機関鳥に信号を送るぜ!このボタンを押せばこの機関鳥が鳴るから。

柿餅は手に持っていたボタン状の小さな機械を掲げながら言った。


第一章-到着

真夏月十七日正午 茗村

地図に従い、三人は山に囲まれている場所にやって来た。遠く見渡すと、微かに畑や家屋などが見えた。

柿餅:ここか……入り口に守衛がいるみたいだな。

臘八麺:もしかすると彼らが……邪教の人達でしょうか?

柿餅:そうかもしれない、どうやって入ったら良い?

菊酒:不用意に近づくのはやめよう、慎重に行こう。

柿餅:俺に良い考えが!行くぜ!

臘八麺:兄弟子……!待ってください……

慌ただしく前に向かって走っていく柿餅を見て、二人もやむを得ず彼について行くしかなかった。

三人はすぐに村の入り口まで辿り着いた。二人の守衛は目の前に忽然と現れた見知らぬ三人を警戒しながら見ていた。

柿餅:おっす!……お兄さん方こんにちは、俺たちは道に迷ったみたいで、ここって……

黒い服を着た男:目の前の森を抜けて、東南の方に真っ直ぐ行け。

柿餅:……

柿餅の話はまだ終わってないが、無情にも守衛に遮られた。魂胆が見透かされたようで、彼は困り出した。

この時、もう一人の守衛も冷たい口調で話し始めた。

黒い服を着た男:どうして行かない?まだ他に用事があるのか?

黒い服を着た男:そうだ、お前らは何者だ?

突如声を荒げた守衛から敵意を感じた臘八麺は、次の展開の心配を始めた。菊酒は既に武力で強行突破する準備をしていたが、柿餅は急に機転が効いたような表情を浮かべた。

柿餅:ゴホゴホッ、お兄さん方落ち着いて!実は……さっき堕神に襲われて、逃げた時に怪我をしたんだ……

柿餅:ほら、こいつは俺たちを守るために、ひどい怪我を負ったんだ。早く休ませなければ!

柿餅は話しながら、傍の臘八麺を前に押し出した。

菊酒:……

臘八麺:???わ、私は……

黒い服を着た男:……怪我をしたように見えないが。

柿餅:アハハ……そ、そうだ!こいつは中治りしているだけだ!

柿餅は素早く臘八麺に目線を送り、力強く彼の背中を叩き、一枚の呪符を背中に貼った。

臘八麺から貰った「人の目をくらます呪符」が、まさかこんな時に役に立つとは思わなかった柿餅は、一つ盗み笑いをした。

柿餅の視線に気付くことは出来たが、無防備だった臘八麺は突如大きな力によって地面に叩きつけられてしまった。

呪符の力によって、臘八麺の背中には一本の長い傷、そして全員には大小様々な細かい傷が現れた。彼はすぐに柿餅の意図に気付き、苦しそうな表情を浮かべて怪我人のふりをした。

柿餅:……ぷっ!

菊酒:…………

守衛たちは、地面に倒れて目を閉じている臘八麺を見て、視線を交わし対処に困っている様子だった。

しばらくの沈黙のあと、一人の守衛は村に走って行った、そしてすぐに戻ってきた。二人は会話を交わした後、身体を逸らし通行を許可した。

拙い作戦が成功して、三人は喜んだ。柿餅菊酒は多くを考えず、素早く村の中に入ろうとした。

しかし、歩き始めてから突如何かを忘れていた事に気付く。

柿餅:弟弟子ーー!俺は絶対にお前を見捨てないーー!だからしっかりそろーー!

柿餅臘八麺の傍に駆け寄り、彼を抱えながら、感情を込めて声高らと叫んだ。

黒い服を着た男:……

黒い服を着た男:……

一人の守衛はついて行こうとしたが、もう一人が彼の手を引いて微妙な表情で首を横に振った。

前で歩く菊酒は自分の剣をしっかり握り締め、足を速めた。

この時、入り口の近くの木陰から、彼らを観察している視線があった。


第二章-変人

真夏月十七日正午 茗村

柿餅:おい臘八麺、起きろ。いつまで寝てるんだ、もう入れたぞ。

柿餅臘八麺の頭を叩き、彼は目を覚ました。自分が大きな木の下で寝ていた事に気付き、恥ずかしそうに立ち上がった。

三人が周りの様子を観察した所、どこも異常がなくただの普通の村のようだった。むしろ和やかな雰囲気が漂っていた。しかし、その平和そうな光景により菊酒は一層疑いを強めた。

その時、一つの影がゆっくりと近いた、純朴そうな中年男性だった。

???:あんたたちがさっき来た客だろう、怪我人がいるなら村で二、三日休んでいけ、今案内を……

菊酒:どちら様でしょう?なぜ怪我人がいると知っている?

龍:ハハハハ、自己紹介が遅れてすまん。俺は龍と言う、村長は俺の親父だ。さっき守衛から報告を聞いた、だから親父は俺にあんたたちを迎えに来させた。

龍:少し前になるけどこの村は堕神に滅茶苦茶にされたんだよ。まさかあの化け物供は人の姿にも化けられるとは思わなかった、だから警備を強化したんだ、すまんな。

この話を聞いて、三人はお互いに目配せをし、共通認識をもった。現状他に情報がないため、しばらくは目の前の人について行く事しか出来ないと。

龍は三人を連れて小道を抜けて、村の先に向かった。

龍:うちの村はなぁ、他はともかくお茶は最高だよ。特に「玉華」という種類のお茶は、ここの住民皆が育てている物だ。

三人は龍の話を聞きながら、周りを観察していた。

龍がまだ玉華の事を熱心に説明していた所、一つの人影が突如彼らの前に現れた。まるで今泥沼から出てきたように泥まみれで、精神状態も少し不安定でひたすら何かをつぶやいていた男の子だった。

???:玉華はまずい!ヒヒッ〜村のあちこちに人がいる、彼らは僕を見ている、彼らもあなたたちを見ている、ヒヒッー

龍:どけどけ!またお前か?

男の子の出現で四人の足は止まった。龍は不機嫌そうな顔を一瞬覗かせたが、また親切な顔で三人の方に向いた。

龍:こいつは洛だ、頭がおかしいやつだから気にしないでくれ。

言い終えて、龍は三人を連れて前に進んだ、洛という男の子はその場に立ち留まって笑いながら彼らを見ていた。

三人は状況がわからず、ただ黙って龍について行くしか出来なかった。

しばらくして、菊酒は足を止めて、道端の石を巻き上げて後方に飛ばした。近くの草むらから悲鳴が聞こえて来た。

洛:うっ……痛い……

先程の洛が腕を抑えて出てきた、腕には赤い痕が見える。

柿餅:俺たちを尾行してたのか?!

洛は何も答えず、またアホみたいに笑いながら、彼らに向かって歩いて来た。龍は怒って洛の行く手を阻むと、再び三人を連れて前に進んだ。

三人は龍について行き、一つの庭にやって来た。龍は熱心に温かな玉華茶を淹れて三人をもてなした。

緑色の若葉が透明の湯の中でゆっくりと広がり、甘い香りが空気に漂った。

龍:この玉華茶を飲んでみてくれ、一番新鮮な奴だ、ようこそ茗村へ!そのお兄さんの怪我は、後で村の医者を呼んであげるから心配しないでくれ。そうだ、まだ名前を聞いてなかったな

柿餅:あーその必要はない。こいつは回復力があるから、少し休ませてもらえるだけで十分だ。

柿餅:あー……俺は火晶(かしょう)、こいつは俺の弟弟子の臘八で、彼女は菊……

柿餅が話終わる前に、菊酒から鋭い視線が飛んできた。柿餅はビックリして、最後の字を飲み込んだ。

柿餅:アハハハ、最近堕神のような危険な妖魔や何やらが増えただろう。名前を知られるだけで呪いをかけられた事もあるって聞いて、だからこいつは他の人に自分の名前を教えたくないんだ……おいっーー俺の足を踏むな!

柿餅は文句を言おうとしたが、菊酒は何もなかったような顔でお茶を飲んでいた。臘八麺も湯飲みを持ってくすくす笑っていたから何も言えなくなった。龍は柿餅の様子を見て思わず笑い出した。

柿餅が鼻を鳴らして湯飲みを持って菊酒を睨もうとして一口飲んだ所、突然一つの小さな影が飛んで来て、汚い手で彼が持っていた湯飲みをひっくり返した。

突如乱入してきた人は洛だった。彼は踊りながら机に置いてあった湯飲みや急須を全部ひっくり返した。割れる音と共に、お茶は地面に広がった。

洛:ヒヒヒッー壊れた!茶が零れた!

龍:お前……!おいっ、誰かこいつを外に追い出せ!

龍は怒って叫んだしばらくして、木こりのような人たちが集まってまだ笑っている洛を急いで外に連れ出した。

和やかだった空気は、先程の騒ぎで気まずくなっていた。

柿餅:アハハ……大丈夫だ!子どもがやった事だし、片付け手伝うぜ!

龍:あぁ、すまん恥ずかしい限りだ、すぐ部屋に連れて行こう。


第三章-宴

平和の下に、何か隠されている。


真夏十七日夜 茗村

村の小さな広場で篝火が燃えていて、その光は夜色を照らした。

まさか村の人たちがここまで熱心だとは思わなかった三人は、少し申し訳なく思っていた。

村長:あぁ、村がこんなに賑やかなのは久しぶりじゃ。

上座に座っている老人は、自分の髭を撫でながら言った。

柿餅:村長さん、そうすると最近村に来た人はいないって事か?

村長:ああ、君たちは久しぶりの客人だ。

温かい光に照らされた村長の顔から、優しさが滲み出ていた。

しかし、柿餅たちにとってそれは怪しい点に過ぎなかった。今まで、邪教に関する話題は村人の口から一切出ていない。村自体も平和そうに見えた。チキンスープからの情報が正しいのなら、村長は何かを隠しているに違いない。

菊酒臘八麺もこの点に気気付いた。三人は目を合わせ、各自警戒していた。

龍:今夜の宴に集まってくれてありがとう!三人の客人を歓迎するため、遠慮せず楽しく過ごしてくれ!

周囲から歓声が沸き起こり、村人たちは龍に呼応し、盛り上がりは最高潮に達していた。

龍は杯を持って柿餅たちの方に向いた。三人も同時に杯を掲げた。乾杯する手前、あの洛という男の子がまた突然現れた。その手には泥団子をいくつも握っていた。

笑いながら三人の前にやってきて、三人の杯をじろじろと見ていた。突然!


ボンっ!ボンっ!ボンっ!


鈍い音と共に、泥団子は三人の前にある料理の中に投げ入れられた。その瞬間、お酒と食べ物は食べる事が出来ない姿に。

洛:贈り物!あなたたちへの贈り物!ヒヒッ!

突然の出来事で、周囲の人は思わず大声で叫び出した。当事者である洛は何もなかったかのように、むしろ誇らしそうにしていた。

これによって、賑やかだった雰囲気がぶち壊され、龍は顔色を変えた。「パンッ」と机を叩き、辺りがシーンとなった。

龍が手を振ると、数人が前に出て洛を連れて行った。その後、新しい料理を出すように命じた。

龍:すまんな、あいつはどんどん頭がおかしくなってる、ちゃんとしつけないといけない。

柿餅:いやいや、俺たちは大丈夫だ。ただ、彼は悪意がないように見えたが……

菊酒:あの、彼は……何故このような行動を?

龍:小さい時に頭をぶつけてから、ずっと狂っているそうだ。あいつは皆から嫌われていて、あいつに関わらないように好きにさせている。

重要な情報を得られず、菊酒は引き続き酒を飲んだ。


同時刻 一方

絡は黒い服を着た男達によって小さな小屋の前に連れられていった。彼は必死で抵抗したが、軽々と小屋の中に投げ入れられてしまった。

洛:うわっ、放せーー!


真夏十七日夜 客室

菊酒は嫌そうな顔で酔っ払って朦朧としている臘八麺柿餅を引き連れて客室の方に向かった。

柿餅:あぁーー化け物がーーまだ飲めるぜ、ヒクッーー!

臘八麺:兄弟子……うるさい……

柿餅:ヒクッーー臘八麺、お前もここにいるのか……?お前も化け物に掴まれたのかーー!うわっーーいってぇ!

菊酒柿餅を殴りたい衝動を抑えた代わりに、床にぶん投げた。

その後菊酒も自分の部屋に戻り、窓辺で今日の出来事を思い出していた。しかし徐々に瞼が重くなっていき、気付けば眠りについていた。


真夏十七日未明 庭

月は相変わらず空に掛かっていた、静寂が村全体を包んだ。

柿餅はまどろみながら身を起こし、あくびをした。喉がカラカラと乾いていた。しかしまだ眠りから覚めていないからか、まるで幽霊のように屋敷の中で水を求め彷徨い歩いていた。

気が付けば明かりが灯っている部屋の近くまで来ていた。中から微かに話し声が聞こえて来ていた。

???:あの酒、全部飲ませたか?

???:あぁ、明日の分も用意できてる。

話終えると、笑い声が響いた。まだ頭がはっきりとしていない柿餅は、その会話の意味を理解できず心に留める事はなかった。


真夏十八日朝 庭

翌日、三人は異なる言い訳を作って龍に挨拶した後、別々に行動して聖教の痕跡を探ろうとした。

庭から出ると、菊酒臘八麺は頭を抑えた、表情も少し変だった。

柿餅:どうしたんだ?表情がおかしいぜ、気分が悪いのか?

臘八麺:頭がくらくらします……昨日飲み過ぎたせいかと……

菊酒:私も、昨日君たちを運んだせいで疲れたのかもしれない。

柿餅:……俺はあんたに投げられたんだぞ!

龍:昨晩出した酒は、村人たちが造った物だ。度数が高いから、まだ酒が抜け切ってないのは当たり前だろう。

龍は彼らの後ろから出てきて、優しそうな笑顔で彼らに向かって説明した。そして彼らにお茶を差し出した。

龍:お茶を飲むと良い、少しは楽になるだろう。

三人は礼を言って湯飲みを受け取った。しかし、龍が笑んでいた事に気づく事はなかった。


第四章-異様

違和感が多い、真実はどこ?


真夏日十八日午後 茗村の隅

臘八麺は薬草を探しに行くと言って、一人で村で聖教の痕跡を探していた。しかし、すぐに道に迷ってしまい、気付けば彼は辺鄙な場所に辿り着いていた。近くのボロ小屋から声が途切れ途切れと聞こえてきていた。

???:誰かいるのか……助けて……誰か……

彼は戸惑いながらその小屋に近づき、扉の鍵を砕いた。乱雑な部屋の中、手足を縛られた洛が必死で叫んでいた。臘八麺が入ってきたのを見て、目を輝かした。

洛:お願い助けて!

臘八麺:洛くん?!

臘八麺が状況を飲み込む前に、小屋の外から足音と話し声が聴こえてきた。

洛:守衛の連中だ!早く逃げなきゃ!

洛は縄で縛られた両手を掲げた。臘八麺はすぐさま意図を汲み、縄を切った。臘八麺が動くより前に、洛は彼を連れて外に駆け出した。

後ろにいた守衛が何か叫んでも、洛は急ぐ足を止めなかった。まるで旋風のように小道を抜けていった。

しかし二人は知らない、遠くで大工のような二人と黒い服を着た男が落ち合っていた事を。

職人:おのれ、あの小僧足が速すぎるだろう!

黒い服を着た男:ちくしょう、どうしてあの二人は一緒に居るんだ?まさかあの白い服の奴も逃すとは。

川によって道が塞がれるまで、二人はずっと走っていた。息を荒くしながら、洛は周りを確認し、焦っている様子だった。

洛:はあ、水、村の水に、毒がある!あ、あの村の村長と、龍の話、信じないで!

臘八麺:えっ……?それはどういう……?

この時村人のような人たちが横を通ろうのなしていた。洛はすぐさましゃがんで川沿いの泥に身をひそめた。

臘八麺は頭を掻いて、意味も分からずその場で立ち尽くしていた。

一方で、村のあちこちを回りたいと言って出た菊酒はとある場所にやってきた。

空は晴れ渡っており、田んぼから人々の作業している声や子どものはしゃいでいる声が聴こえて来た。菊酒は何かを考えながら歩き、ゆったりと木々の合間を縫って行った。

夏真っ盛りだったからか、木々は高くそびえたっており、高い枝によって空は遮られていた。

黄色い服を身に纏った菊酒は木々の合間を歩いていたが、突然歩きの前で立ち止まった、まるで何かを考え込んでいるように。近くの草むらから感じていた視線も落ち着いたようだった。

林の中では葉っぱのサラサラとした音しか聴こえない。草むらに隠れていた人が目線を菊酒のいる木の方に向けた瞬間、そこに立っている筈の菊酒は忽然と姿を消していた。その人は驚いて、慌てて飛び出した。

再び静けさを取り戻した時、黄色い人影は木の上から素早く降りた。菊酒は服についた埃を払って、忽然と林から出てきた。前方に見える川沿いに、見覚えのある人影を見つけた。

菊酒臘八麺……?どうして二人が一緒にいるんだ?

同時にーー

一方の柿餅は、村人から他の情報を得ようとしていた。

彼は市場にやって来た。すぐさま菓子を売っている出店に目を奪われ、緑豆ケーキを食べながら、店主のおばあさんと話し始めた。

柿餅:おばあさん、ちょっと聴きたいんだけど……最近村に変な人は来てないか?

老人:変な人……おぉ、思い出したよ……村長は変な三人来ていると言っていたのお。黄色い服のと……赤い服のと……もう一人は……

柿餅:……ゴホゴホッ、おばあさん、その三人以外、他に変な人を見た事はないか?

老人:知らないのお……

柿餅:……まあいい、おばあさんありがとう!このケーキはうまいな、昔ながらの作り方で作ってるのか?

老人:昔からだよ……この菓子を作ってもう何十年になるのう……

柿餅:じゃあ昔の村は……今と何も変わっていないのか?

老人:昔からだよ……この菓子を作ってもう何十年になるのお……

柿餅:えっ?今それ聞いてないぜ?

柿餅は再び同じ質問を投げかけた、しかし同じ返事しかもらえなかった。

柿餅:(ひょっとして年を取っているから俺の話が聞こえないのか……他の人にも聞いてみよう。)

柿餅:おっす、そこの綺麗なお姉さん、最近村で変な人は見なかったか?

村人:変な人……村長が言っていた人達の事?黄色い服の女の子と……

柿餅:どうして同じ答えばっか返ってくるんだ……村長は村人全員に言ったのか?

村人:知らない、でも村長の話は全部正しい。

柿餅:全部正しい人なんていないだろう……

村人:どうして村長を信じないの?村長の言う事は全部正しい!全部正しい!

柿餅:はいはいはい、全部正しい……

近くにいた村人が突然声を張り上げたため、柿餅は急いでなだめようとした。村人たちの変な様子を見て、疑念が生じた。

疑念を調べるために、引き続き色んな人に話を聞いた。それぞれ答え方に違いはあれど、全員様子はなんだか変だった。

村人たちは自分の過去について、一言しか答えられない、しかもそれを復唱する事しかできない。しかし他の人に対し、村長以外は記憶にないけれど、旧知のように挨拶する事が出来る。

まるで……舞台に上がって、監督の言う通りの演技をしているようだった……

柿餅は考えながら歩いていると、人にぶつかってしまった。

柿餅:おっと!ごめん……大丈夫か!

柿餅:えっ?こんな暑い日にどうして真っ黒な服を着てるんだ?

柿餅:おいーーどうして逃げるんだ!怪我してないか?!

柿餅:……なんだあいつ、怪しすぎだろ。

第五章-手掛かり

意識が朦朧として、やっと殺意に気付く。


真夏十八日昼 客室

質素な客室の中、柿餅は机に突っ伏して、淡々と茶と酒を飲んでいる二人を見ていた。二人が飲み終わった所で、臘八麺は思わず彼に問いかけた。

臘八麺:兄弟子、いつまで私たちを見ているつもりですか?

菊酒:顔に何かついているとでも言うのか。

柿餅:なんか二人とも変だぜ。このままじゃ、俺もおかしくなりそうだ。

臘八麺:しかし私はそう思わないですが……

菊酒:……君がおかしくない時なんてあるのか?

柿餅:……

柿餅:いいや、話題を変えよう、あんたら今日誰かに尾行されなかったか?

臘八麺:尾行?どうして尾行されるんですか……

菊酒:君、また悪い事でもしたのか?

柿餅:……ひょっとして昨日隣のおばさんを手伝って野ウサギを捕まえてやったから、お礼しにきたとか?

その返事に菊酒は睨みを飛ばし、しかし柿餅はやっと雰囲気が元に戻ったと感じた。彼は手を振り、真面目な話を始めた。

柿餅:真面目な話をしようぜ、今日何か発見したか?

しばらく沈黙した後、誰も答える事はなかった。向かいに座る二人は困惑した表情を浮かべて柿餅を見ていた。柿餅は湯飲みを掴んで茶を飲み、自分を落ち着かせた。

柿餅:てことは、二人は半日外にいて何の手がかりも見つけてないのか?

臘八麺:兄弟子……?

菊酒:どう言う意味だ、どうして手掛かりを見つけなければいけないのだ。

柿餅:何を言ってるんだ?ボケたのか、それとも俺がボケたのか?一体……

柿餅は訳が分からず頭を掻いて、答えを見つける前に、菊酒臘八麺は同時に頭を抱え出した。臘八麺の湯飲みは床に落ちてバラバラに砕けた。彼は砕けた破片の形を見て眉間に皺を寄せた。

柿餅:どうした?!こ、これは天地否の卦……大凶の兆しだ!お前ら……

二人が怪しげでそして辛そうな表情を浮かべているのを見て、彼は慌てて質問を更に投げようとした。しかし、扉を叩く音が突然響き、会話を遮った。

龍:お客さん、晩ご飯の用意が出来たよ。

竜の声が聴こえてきた瞬間、菊酒臘八麺の顔色は落ち着きを取り戻した。話を聞き終えると、二人は何も言わず部屋を出て行った。親切な様子で呼びに来た家主についていっているようにも見えた。しかし、柿餅からすると、怪しさしか感じなかった。気付けば、部屋には困惑している柿餅ただ一人しかいなかった。

龍:火晶さん?調子が悪いのか?

龍の声が聴こえてきて、顔を上げた柿餅が見えたのは笑っている龍の顔だった。気付けば身震いをして、無意識に龍の視線から逃れようとして、呼吸も荒くなっていった。

柿餅:お、俺は大丈夫だ、先に行ってくれ、俺もすぐに行く!

龍は何も言わず、三人が去った後、柿餅は自分の部屋に逃げ込み、一息ついた。

彼は慎重に扉と窓を閉め、袖に隠していたボタンを押した。

柿餅:(ここはやはりおかしい、まず菫糖姉さんに伝えなければ……)

頭が混乱している彼は必死で自分を落ち着かせようとするが、何かを見逃しているのかもしれないと思い返そうとしても、自分の記憶はなんだかぼやけている事に気づく。

彼は自分の頭を押して、もう少しはっきりさせようとしたが、手元の湯飲みをこぼしてしまいその瞬間玉華茶の香りが部屋に充満した。この匂いを嗅いだ柿餅は突如ある事を思い出した。


前日

菊酒:気付いているか、この村の水は変な味がする。

柿餅:そうか?うーん……変な味なんかしないぜ?

菊酒:……机にある茶や酒ではない。

菊酒:川と井戸の近くに行ったが、そこの水は変な味がした、苦みがあった。

柿餅:そんな事もわかるのか?!

菊酒:今まで、私たちは普通のは白湯を飲んでない事に気付いたか?

柿餅:つまり……?!

菊酒:私の予想通りなら、茶と酒はその味を隠すためであると。

柿餅:(ひょっとして……茶と酒全部に問題があるのか?!)

柿餅は何かに気付きそうになったが、しかし意識はどんどん朦朧としていき、部屋の外からは足音が聞こえてきた。

龍:火晶さん、どうした?手伝おうか?

柿餅:俺……

柿餅が口を開こうとした瞬間、目の前が真っ白になり、脳には激しい痛みが走り、意識が奪われようとしていた。

柿餅:(まずい……でもまだ……)


第六章-異変

幸い部外者の目は澄んでいる。


真夏十八日夜 茗村

広い部屋の中、二人の人物がこらえきれない笑みを浮かべて得意げに、目の前に立つ三人をみていた。

普段から表情が落ち着いている菊酒臘八麺、明るいはずの柿餅も、全員が無表情で、目には光がなかった。

龍:入る事を止められなかったけど、自ら実験品になりにくるとはな。最早自業自得だろう、食霊なんて大した事ないな。よく聞け、今からお前たちは茗村の村人だ、無条件に俺たちの言う事を聞け。

普段の和気藹々とした姿と違い、この時の龍は怪しく狂った表情を浮かべて、三人に向かって命令を下していた。

徐々に、三人の表情は明るくなっていった。普通の人のように話し、笑うようになった。この光景を見て、龍の隣に座っていた村長も思わず笑い出した。

村長:成功したようだな。食霊にも効くとは。この事を上に報告した方が良いが、もう少し様子を確認しておこう。

龍:はい、かしこまり……誰だ?!誰か外にいるのか?!

外から微かに声が聞こえてきた、龍は叫びながら扉を開いたところ、小さな人影がすばやく暗闇に逃げていくのが見えた。

龍:おいっ!早く追え!


真夏十八日夜 墨閣

灯りが灯る蔵書閣の中で、二つの影が忙しなく本をめくっていた。近くに置いてあった機関鳥が長く鳴き声を上げ、ようやく落ち着いた。

董糖は最後の一冊を閉じ、思わず眉をひそめた。隣の蓮の実スープの表情も重い。

董糖:一体どこで間違えたのか……

蓮の実スープ董糖、こちらを!

蓮の実スープは叫んだ。菫糖は彼女の手から本を受け取り、同様の反応を見せた。

董糖:彼らが行った場所は……茗村などではない。

蓮の実スープ:だからこの資料ではあの村の記録が見つからないのですね……

董糖:行きましょう、機関鳥が信号を発したのだから、彼らは……きっと厄介な事になっているはず。


第七章-察知

戦い、見知らぬ気配しかない。


真夏日十九日朝 茗村

董糖たちは地図に従い、遠い村にやって来た。この山際にある小さな村はまだ朝日を浴びており、外から見ればとても平和なように見えた。

入り口にいた守衛は居眠りをしていた。一つの黒い影が過ぎ、一瞬のうちに守衛らは地面に倒れた。

宮保鶏丁:終わりました。

宮保鶏丁は歩いてくる董糖蓮の実スープの方を見た。董糖は心配そうな目で前方に視線を送る。

董糖:直接入ろう、時間がない。

彼女たちは堂々と村に入ったが、周囲を警戒していた。しかしすぐに前方に見慣れた姿が三つ立っている事に気付く、まるで彼女たちを迎えに来たかのよう。

宮保鶏丁:彼らは……

董糖:待って、まだ行かないで……

董糖は前に進んで確認しようとす宮保鶏丁の足を止めた。その次の瞬間、宮保鶏丁は自分の火銃を持ち上げた。


ギィィッーーン!


一本の剣が風を切って銃身に当たり、火花が散る。宮保鶏丁は突然の一撃を受けた後、数歩撤退した。相手を確認すると、彼女は思わず眉をひそめた。

宮保鶏丁菊酒……?!

菊酒は旧知の声が聞こえていないように、何も言わず剣を振り回して彼女たちに近づいた。後ろの臘八麺柿餅も戦闘態勢に入って、攻撃は次から次へと嵐のように襲い掛かってきた。双方の武器が交錯して、周囲の全てを引き裂こうと風が迸る。

彼らはいつもと変わらない表情をしていたが、彼女たち全員はかつての優しい仲間から見知らぬ気配が漂っている事に気が付いた。

不本意ながらも戦いを続けた、しかし仲間に刃を向ける事は出来ず、ただ容赦ない攻撃を避ける事しか出来なかった。

蓮の実スープ董糖、私の琴で一時的に彼らを落ち着かせてみます、このままですと埒があきません……

董糖:とりあえず意識を無くさせよう。

宮保鶏丁:承知。

宮保鶏丁は答えてすぐに菊酒に向かって飛んで行った。董糖も力を強め、菊酒臘八麺はすぐに抑えられた。

しかし、蓮の実スープは劣勢にあった。柿餅の剣は真っすぐ彼女の体を刺そうとしていた、彼女は力を入れて指先で琴線を弾いた。

しかしこの時、柿餅の刃先は意識を持ったように軌道を外れ、空振った。蓮の実スープは驚いたが、琴の音色が響き、柿餅はすぐにねじ伏せられ地面に突っ伏した、胸元には細長い傷が出来た。

しかし蓮の実スープは戦いの最中柿餅の腕が傷だらけで血が滲んでいる事に気が付く。

蓮の実スープ:(どうして柿餅だけこんな酷い怪我を負っているのだろうか?)

蓮の実スープがそれを考えていた時、宮保鶏丁はすぐに柿餅に近づき、攻撃をしようとした。しかし、柿餅は突然大きな声で叫んだ。

柿餅:待って!

この言葉を言うために大きな力を使ったようで、歯を食いしばりながら身を起こして座った。傷口を抑えながら、息を荒くしていた。宮保鶏丁は警戒を解かず、すぐさま銃口を柿餅の方に向けた。

柿餅:お、俺を殴らないで……

蓮の実スープ柿餅、貴方は……?

柿餅:俺は大丈夫だ……でもあいつらは……全てを奴らに制御されてる。

宮保鶏丁は彼の話を聞いてやっと自分の火銃を下ろした、菫糖もすぐに近づいて来た。苦しそうな柿餅を見て、蓮の実スープは琴に手を添え治療しようとしたが、柿餅に断られた。

柿餅:その必要はない……傷で……意識がはっきりする。

この時、近くの菊酒臘八麺が拘束を解こうと動いていた。董糖に確認を取った蓮の実スープは催眠曲を演奏し、しばらくして、二人は眠りについた。

やっと状況が落ち着いた所で、柿餅董糖たちに自分たちに起きた出来事を話した。

董糖:つまり、この村の水に問題があるのでしょう。ということは……何者かによって制御されている……邪教の者は村人の中に潜伏しているという可能性が高い……しまった!

董糖の話がまだ終わらない内に、後ろから大きな騒ぎ声が近づいて来た。

彼らは慎重に振り返ったが、目の前の光景に驚くしかなかった。村人たちが血相を変えて、獰猛な様子で向かってきていた。狂乱している姿はまるでゾンビのようだった。

宮保鶏丁:……

蓮の実スープ:村の人たちは本当に……

董糖:気を付けて、出来る限りこの無実の人達を傷つけないようにしなければ。

柿餅:良い考えがある。穢れを払う陣を組もう。それがあればしばらくは落ち着かせる事が出来る。

柿餅:ただ、この法陣を組むには、恐らく今の俺一人の力では足りない、お前らの力が必要だ。

董糖:その方法でいこう、まず村人たちを落ち着かせてから、邪教を一網打尽にしても遅くはない。

宮保鶏丁:邪教は私に任せて。

洛:あの人たちは裏山に逃げた!

透き通った声が聞こえて来た。近くの草むらから男の子が出てきた。柿餅以外は、警戒して彼を見ていた。

柿餅:お前は……あのおかしな子か?

洛:おかしくないよ……も、もちろん悪い人でもない!

洛:えっと……とにかく説明は後で!わざと話を聞いていた訳じゃない、ただあんたたちは……きっと良い人だと思って……

洛:そしてこの村を救えるのは……あんたたちしかいない……だからお願い!あの悪い人たちを倒して!

洛は怒りと悲しみを込めながら言った、遠くの村人たちの動きはどんどん速くなっている。

董糖:では村人たちは私らに任せて、宮保は邪教の者を追って。

宮保鶏丁:承知、気を付けて。


第八章-支援

暴走の中、事態はさらに厳しくなる。


真夏十九日朝 茗村の裏山

宮保鶏丁は洛が指した方向に向かって行った。林の中で黒い服を着た男たちは弓の音に怯える鳥のように逃走していた。

宮保鶏丁は火銃を握り、燕のように軽々と林の中を縫って追いかけた。

黒い服を着た男:だ、誰かが追いかけて来る?!

黒い服を着た男:声を出すな、速く走れ!

宮保鶏丁:もう遅い。

冷たい女の声が忽然と鳴り、そして目の前に一つの影が一閃した。男たちは驚いて立ち止まった。

冷ややかで険しい表情を浮かべた黒い服を着た女性が、落ち葉を踏みながら出てきた。彼女はゆっくりと歩いているが、男のリーダーは冷や汗が止まらなかった。

黒い服を着た男:貴様……

男が口を開いた瞬間、声は止んだ。瞳孔を見開き、真っすぐに倒れた。近くの人は顔に赤い何かが付いた事で、やっと事態を飲み込み叫んだ。


バンッ!バンッ!バンッ!


宮保鶏丁は自分の火銃を収めると、叫び声は既に銃声にかき消されていた。

黒い服を着た男:ハハッ……俺たちを殺したところで……解決すると思うか?……まだ他に方法が……ある……

宮保鶏丁が下を向いて、足元の死にそうな男を見た。全身血まみれながらも、途切れ途切れに話、そして小さな笛を口元に持って行き、最後の力を振り絞ってそれを吹いた。

耳障りな音が宮保鶏丁の耳に入った。彼女は眉をひそめ、再び火銃を上げた。

「パンッ」と鳴り、笛は半分に割れ、そしてあの男ももう声を発さなくなった、周りも再び静けさを取り戻した。

宮保鶏丁が立ち去った後ろ姿を見ながら、遠くない林の間に隠れていたチキンスープがゆっくりと出てきた。彼女は自信に満ちた笑みを浮かべて、薬の処方を握り締め、優雅に離れていった。


一方ーー

狂った村人たちは牙が剥き出しになり、物凄い形相でゾンビのように襲い掛かり、田んぼや家屋も破壊され、その場は混乱していた。

洛:うわーー!!くくく来るな!!!

目の前の薪の山が強い力でどかされ、獰猛な顔は急に洛の前に現れた。薪の後ろに隠れていた彼は逃げようとするが、地面に倒れた。

激しく動く腕が伸びてきて、もうすぐ彼の喉元に差し掛かった時、誰かが彼の首根っこを掴んで持ち上げた。彼は驚くが、そのまま高い木の上まで連れて行かれ、彼は幹にしがみつき腰を落ち着かせた。

柿餅:悪いな、しばらくは上に避難してろ。

洛:ふぅ……ありがとう!

洛の首根っこを引っかけていた剣は再び柿餅の手元に戻った、洛が木の茂みにきちんと隠れているのを見て、やっと安心してその場を離れた。

柿餅たち三人は村人の包囲を抜けて村にある空き地に来ていた。彼らは計画通りここに法陣を立てようとするが、蓮の実スープは急に倒れた柿餅の体を支えた。

それと同時に、けたたましい笛の音が鋭いナイフのように蓮の実スープ頭をよぎった。

蓮の実スープ:これは……

蓮の実スープがまだ考えている時、董糖はすぐさま彼女を後ろに引いた。その時、柿餅の剣は危うく彼女に刺さろうとしていた、なんとか彼女の袖を破っただけで済んだ。

二人が体制を整えた時、柿餅はまるで別人になっているようだった、目からは殺意が溢れ出て、体からも狂気が滲み出ていた。

蓮の実スープ:貴方も聞こえましたか……?

董糖:ええ、恐らく状況が変わったのだろう……

先の一撃が当たらなかったと気付いた柿餅は、再び容赦なく剣を振るいながら突き進んでいく。董糖蓮の実スープはなんとか彼の攻撃を避けているが、荒々しく規則性のない攻撃は、まるで狂った獣が殺戮しているようだった。

この時、村人たちの叫び声も響いて来た。空を貫くように、前よりも何倍も大きな声がした。

宮保鶏丁:……これはどういう事だ?

宮保鶏丁の声が聞こえた。彼女はいち早く董糖蓮の実スープが隠れている場所に向かった。

蓮の実スープ:一緒に暴走したようですね。笛の音のせいでしょうか……

宮保鶏丁:笛……確かに先程の連中は笛を吹いていた。しかし既に私に壊されている。

宮保鶏丁:そして彼らの持ち物からこれを見つけた。しかしあと一粒しかない。

宮保鶏丁は小さな罐と何かが書かれている処方箋を取り出した。罐の中には赤い丸薬が入っていた。

蓮の実スープ:つまり、あの笛の音によって彼らが動かされたのでしょうか……この紙に書いてあるのは解毒剤の作り方……董糖……試してみましょう……

董糖:まずは柿餅に飲ませてみよう。今解毒剤を作る余裕はない。まず村人たちの暴走を抑えなければならないから、方陣を組もう。

董糖の話が終わると、宮保鶏丁は思い切って外に飛び出した。柿餅も「獲物」の気配に気づいたようで、相手に真っ直ぐ突き進む。

董糖蓮の実スープはそれぞれ別の方向から飛び出て柿餅が間もなく宮保鶏丁の正面に近づく瞬間、いくつかの琴線が柿餅の手足を締め上げ、柿餅の攻撃が止まった。

一本の毛筆が彼の背中を叩き、顔を上げるように迫った。宮保鶏丁はこの機を逃すまいと、急いで丸薬を柿餅の口に入れた。

柿餅は錯乱しているが、他の三人は彼が丸薬を飲み込む音を聞いた。

「ガシャン」と柿餅の剣が手から滑り落ちると共に、彼の表情もゆっくりと柔らかくなっていった。間もなく、彼はいつもの姿に戻ったが、体はまだ弱っていた。

柿餅:俺は一体……何が起きたのか……?

董糖:覚えていないの?

柿餅:ああ……ただ頭が真っ白になって……目が覚めたら今になってる……

蓮の実スープ:調子は良くなりましたか?あまり時間はないです……


十五分後ーー


眩しい光が持続的に法陣の中心から溢れ出た。複雑な紋様は大地に流れ込み、広大な図案を構築していく。

高所に立つ四人は目を閉じ、自分の霊力を法陣に注ぎ込んだ。光はさらに力を強め、村は金色の光に包まれた。

暴走していた村人たちは、なんとお互いを殴り始めていた。阿鼻叫喚が止まず、悪い力が村全体を呑み込もうとしていた。



終章-花火祭

花火が上がり、日常を取り戻した。


柿餅たちは油断せず、更に霊力を注いだ、ようやく村全体が光に包まれた。

職人:ああーー!!

老人:うわーー!!

村人:#¥@%ーー!!!

乱雑とした悲鳴の中、村人たちの動きは徐々に遅くなり、濁った目も少しずつ綺麗になっていった。

悲鳴は少しずつ止み、地面から上がった光の中、村人たちは洗礼を受けているようだった。しばらくすると、村人たちは地面に倒れ、昏睡状態に陥った。

四人は地面で寝ている村人たちを見て、やっと一息ついた。

柿餅:この法陣は一時的に彼らの邪念を除去する事しか出来ず、完全に治せない。早く解毒剤を作らなければ。

その後、蓮の実スープは邪教から見つけた処方箋で解毒剤を作り出し、それを飲んだ村人たちは相次いで目が覚めた。


真夏日十九日夜 茗村

笑い声が満ちた広場で、再び宴が行われた。料理の匂いが周囲に溢れた。村人たちは色鮮やかで綺麗な花火を上げていた。

菊酒:まだ始まってもないのに、もう我慢できないのか?

柿餅:す、少しだけ……

菊酒は鼻で笑うと、酒を持って静かな場所に飲みに行った。柿餅は引き続き食べ物を口に入れ続けた。

柿餅:あんたも同じだろ。

村人たちは机を囲み、前よりもっと盛り上がっていた。

洛は汚らしい服から着替え、顔も綺麗になっていた。柿餅たちに見つめられて少し戸惑っていた。

洛:今回は本当にありがとう!皆がいなければ、僕は……村の皆が死んでいくのをただ見る事しか出来なかった……

柿餅:どうって事ないよ、やるべき事をやっただけだ!邪教の連中は卑劣だ、被害者はあんたら以外にも大勢いる。

柿餅:だけど、お前はいつから毒に気付いたんだ?

洛:実は最初から知っていた……あの日、僕は外から村に戻った時、裏山で変な格好をしてた黒い服の人たちが川に何かを流しているのを見たんだ。でもその時は特に気にもとめなかった。

洛:裏山のあの川は村全体を通ってる。あいつら河だけじゃなくて、村の全ての井戸にも薬を入れてたんだ。

洛:狂ったフリをした方が、調べやすい事に気付いて。何回か気付かれた時も、アホなフリをして誤魔化した。でも気付いたら監視されるようになって、動けなくなっていた。

洛:その後、柿餅兄さんたちが来てくれた。助けを求めるために、気を引こうと何回も会いに行ったんだ。

洛:ただ、まさか兄さんたちまでも……でも最後董糖姉さんたちが来てくれて本当に良かった。

洛:とにかく……狂ってアホなフリしていた僕をどうか忘れて欲しい……!

洛の最後の言葉は笑いを引き起こした、彼の顔はまた少し赤くなった。

臘八麺:あの姿も可愛らしいと思いますよ。

洛:臘八麺兄さん、川岸に居た時に警告したのに……全然聞いてくれなかったね……

臘八麺:川岸……あっ、思い出しました!あれは警告だったのですね……ごめんなさい……私……

洛:いや、臘八麺兄さんのせいじゃない……あの時僕の話を信じられないのはおかしな話じゃない……

臘八麺:別に信じてなかった訳では……ただ……あの時、菊酒は帰ってから話そうと言っていたので……まさか帰ったら既に薬が効いてたとは思いませんでした……

菊酒:……全部私のせいにされても。

柿餅:だから二人の反応がおかしかったのか!俺は賢いから騙されなかったぜ!

菊酒:そうだな、賢い賢い。自分の体をボロボロにするなんて、君ぐらいだろうな。

柿餅:……

柿餅:あれもあんたたちを救うためだ。

この時、遠くない所で綺麗な花火がパッと咲いた。周りの人たちは柿餅の話で笑った。笑いの中に花火に対する称賛も混じり合い、涼しい風に吹かれて、夜の中に消えていった。

一方、鶏ももを食べている柿餅は隣でボーッとしている蓮の実スープを見ていた。

柿餅:蓮の実姉さん、どうしたんだ?

蓮の実スープは少し笑ってまた遠くを見た。

蓮の実スープ:いいえ……ただ今回の件……簡単に解決できすぎていると……

柿餅:気のせいだろう!一緒に食べようぜ!この鶏ももは本当に旨いな!

蓮の実スープ:はい……そうであって欲しいです。

そう言って、笑みを浮かべてた蓮の実スープは酒を一口飲んだ。

遠くの闇の中で笑い声がした。黄色い服を着た妖しい姿が動き、手に持っている旗は夜風に煽られゆらゆら靡いていた。そして、暗闇に消えた。

桃源幻郷

起因

欲望は消えない。

事件発生前

邪教のある拠点にて


黒い服を着た男(一):よく聞け!毒医様がこの薬が完成するまで、一切の情報を漏らすなと言っていた!

黒い服を着た男(一):俺たちはあの選定された村で秘密裏に実験を行う。その間村を封鎖する、俺の許可なく誰も淹れるな。

リーダー格の男は上座に座って大きな声で叫んだ、下の人たちは整然と返事をした。

黒い服を着た男(一):この事は聖主様も一部しか知らない、もし成功すれば、俺たちは毒医様の前で大手柄を立てられる。

黒い服を着た男(一):報酬はなんと――俺が言わなくても分かるよな。

黒い服を着た男(一):とにかく、秘密は厳守!特にあの聖女に知られてはいけない、そうじゃないとどうなるかわかってるだろうな!わかったか!

リーダー格の男は声高らかに言った後、下からまた整然とした返事が届いた。彼が安心したその時、扉の外から微かに音が聞こえた、黒い影が梁を伝って扉の外に消えていった。


もう一方


チキンスープ:あら?この薬は興味深いわね。行け、実験場所を明らかにして地図を描きなさい。

黒い服を着た男(?):御意、聖女様!

チキンスープ:秘密?残念ね、それなら良い贈り物を用意しよう。


計画

黒服の打ち合わせ。

事件発生前

邪教のある拠点にて


黒い服を着た男(二):村に茶屋を作って、茶に仕込みましょう。

黒い服を着た男(一):いや、それだと村全員に飲ませるのは難しい。

黒い服を着た男(三):いっそ全員捕まえて、一人ずつ飲ませるのは?

黒い服を着た男(四):聖水の名義で村人を騙して飲ませる?

黒い服を着た男(一):もうちょっと頭を使え!テキトーな事を言うな!

黒い服を着た男(五):僕に良い考えがあります……薬を川と井戸に入れましょう。それなら全ての水源を汚染する事が出来ます、これは万全の策だと言えましょう。

黒い服を着た男(四):川は長い、どうして万全だと言い切れる……

黒い服を着た男(五):なので定期的に定量入れなければなりません。

黒い服を着た男(三):じゃあ俺たち自分の飲み水はどうしたらいいんだ?

黒い服を着た男(五):解毒剤を多めに作り、これで僕たちの身を守りましょう。

黒い服を着た男(四):……まあ、悪くない考えだ。

黒い服を着た男(二):賛成です。

黒い服を着た男(三):俺も異議ないです。

黒い服を着た男(一):よし、じゃあその方法で行こう。


怪訝

狂人の誕生。

事件発生前

茗村


普段通り買い出しから帰ってきた洛は荷物を背負って小道を抜けて村に戻ってきた。

家に着いた時、見知らぬ人が大勢いる事に気付く。その人たちは我が物顔で出入りしていた。

洛は荷物を下ろし、自分の父親を探して事の詳細を聞こうとしたが、遠くから父の名を呼ぶ声が聞こえて来た。彼は無意識に振り返ったが、そこにいたのは見知らぬ二人だった。


黒い服を着た男(二):龍さん、入口の守衛は用意出来ました。


洛は縮こまって、こっそりと自分の父親の名前を名乗る男を見ていた。二人は話しながら自分の方に向かってきているのを見て、まだ状況を掴めていない洛は隠れる事にした。

彼は慎重に他人の視線を避け、最終的に裏庭で自分の父親と祖父を見つけた。彼は喜んで駆け寄った。


洛:爺ちゃん!父ちゃん!ここにいたんだ!どうして家に……

龍:君は誰だ?

村長:君は誰だ?


洛が話し終わる前に、二人はそれを遮った。虚ろな目には訝しさと排斥が浮かんでいた。洛のは喜びから一転し驚きに変わった。


洛:えっ……?僕……僕の事を知らないの?!


洛の質問に対して、二人は黙っていた。その後どう洛が聞いても『祖父』と『父親』はずっと黙っていた、まるで彼を見たことがないように。


職人:お前ら!水を運ぶだけなのにどうしてそんなに遅いんだ!なんだ、一人増えたのか?小僧誰だ?


木こりのような人が彼に向かって吼えた。洛はすぐに壁を乗り越えて逃げていった。

孤立無援になった洛は、小道を歩きながら家で起きた事を思い返していた。


洛:(どうして逃げなきゃいけないんだ?あそこは僕の家なのに……)


この時、遠くない井戸から何か物音がした。洛が顔を上げると、黒い服を着た二人がある粉末を井戸に入れている所を見た。

彼はこっそりと二人について行った。その後、彼らはまた他の井戸に行って同じ事をしていた。休憩の時、一人が言った。


黒い服を着た男(三):あのさ、この薬本当に効くのか?

黒い服を着た男(四):当たり前だ。これは親分が毒医様から手に入れたもんだ、飲めば誰でもすぐ何でも言う事を聞く傀儡になるんだ。

黒い服を着た男(三):なんか村全部制御出来たみたいだな、元いた村長もハメられたって。

黒い服を着た男(四):そりゃそうだ、成功したら、村一個どころじゃねぇぞ、町一個だって制御できる。話はもう良いだろう、西の池にも行かないといけねぇ、出来なかったら怒られるぞ。


会話を聞いていた洛は目を見開いた、恐怖の感情に支配され、震えが止まらなかった。

黒い服を着た男たちが離れてから、洛は走った。諦めずに色んな人に話を聞いたが、あの男達の言う事は本当だったようだ。

見知った親戚や友達は全員知らない人を見る目で洛を見ていた、自分だけが除け者にされて、生活が滅茶苦茶にされた。

もしあの悪い人たちをそのままにしていたら、自分の故郷は奪われて、蹂躙されてしまう……最悪の結果を避けるため、自分がどれだけ弱くても、何かしなければと彼は思った……

洛は憤慨しながら拳を握り締め、何かを思いついた。

彼は池の傍に行き、歯を食いしばって濡れた地面で数回転がり、そして泥を掴んで体に塗りたくった。彼は心に決めた。


洛:(必ずみんなを救い出す!)


争い

自ら災いの種を蒔いたのか?それとも自ら罠に掛かろうとしたのか?

真夏十七日 正午

茗村


守衛は忙しなく部屋に駆け込んだ。中には村人の格好をした男性二人が座っていた。


黒い服を着た男(三):親方!外から変な奴らが三人やってきて、怪我をしたから村で休ませて欲しいと……

黒い服を着た男(三):その中に黄色い服を着る女がいました。彼女は剣を持っていて、教内に伝わるあの凄い食霊と似ています。他の二人は……頭があまりよくないみたい……

龍:黄色服を着た女……思い出した、俺たちの仲間をたくさん殺した食霊だ!

村長:危険すぎる、彼らを入れるな!

龍:待て、これは良い機会だと思う……

村長:頭大丈夫か?危険分子をのこのこ引き込むつもりか?!

龍:何を恐れている?彼らの狙いは俺たちじゃないかもしれないだろう。この機会を使って、薬の効果を実験しよう。上の最終目標は食霊を制御する事だろう?

龍:しかも――食霊を捕らえられたら、大きな手柄だ。

村長:しかし……

龍:彼らが入ってきたら、まず薬を飲ませよう。後は人を呼んで監視させる、食霊だとしても、彼らに打つ手はないだろう。

村長:それは……確かにいけるかもしれん……まあいい、今回はお前の言う通りにしよう。


玉華茶の味。

真夏十七日 夜

客室


柿餅たちは机を囲んでいた、その上にはお茶が置いてあった。柿餅臘八麺は玉華茶の味について討論していた。菊酒だけが自分の酒壺を持っていた。


菊酒:君たち、普段はだらだらしているが、今は随分と真面目だな。

柿餅菊酒は茶が嫌いだから、俺らの気持ちが理解できないのは当然だ。

菊酒:茶は苦い、味もない、酒に比べてつまらない。

臘八麺:しかしこの玉華茶は甘い、他の茶が持つ苦みはない、董糖姉さんが普段淹れてくれる物とも違う。

柿餅:あー……茶に牛乳を入れた感じがするな?

臘八麺:では……お土産として少し買っていきましょう?

柿餅:その提案、悪くないな!

菊酒:……


川岸

潜む未知なる危険。

真夏十八日正午

川岸


菊酒臘八麺と洛に向かって歩いた。洛は岸にしゃがんで泥を掘り、一心不乱に川に投げ込んでいた。隣の臘八麺は困った顔をしていた。


菊酒臘八麺……?何をしている?

臘八麺:えーと……

洛:彼らのマネをしてるんだーヒヒッ……


臘八麺の話を遮った洛は、顔を上げた瞬間慌てて背を向けて逃げていった。

菊酒は彼の目線に沿って見ると、木こりのような人が数人見えた。昨日の宴で洛を捕まえていた人たちだ。


菊酒:彼らを怖がっているのか……まあいい、臘八麺何か見つけたか?


臘八麺はゆっくりと首を横に振った。しかし、何かを思い出したかのように菊酒の近くに寄った。


臘八麺:先ほど誰かが私を尾行していました。

菊酒:君も……

臘八麺:でも……

菊酒:シーッ!


臘八麺はまだ話を続けようとしていたが、菊酒は彼を引き留めた。視線でここには危険が潜んでいるかもしれないと暗示した。

そこで二人は先に屋敷に戻り、柿餅と合流してから話そうと決めた。


臘八麺:そう言えば……菊酒はどうしてそこにいたんですか……?

菊酒:私?……あそこから来たんだ。


菊酒はテキトーな方向を指した。臘八麺に一言返事してから黙り込んだ。彼女は眉をひそめ、嫌な予感が湧き上がってきている事に気付く。自分は何か忘れているような気がしていた。


記憶

水源について。

真夏十七日 夜

客室


菊酒は窓辺に寄り掛かり、自分が気付いたおかしな点について思索していた。

彼女は玉華茶を疑っていたが、お茶について何もわからないため、確認が取れなかった。

龍が用意してくれた飲み物は、お茶とお酒以外ない事に気付く。白湯がなかったのだ。


菊酒の記憶


菊酒は村長の家に着いてからすぐ、玉華茶の出所を気にしていた。こっそり茶を淹れる人について行ったが、茶葉は確かに茶畑から摘んだ物だった。

その後、彼女は村の井戸と川の水を味見してみた、その両方とも変な味がした。


菊酒:(玉華の甘さは、この味を隠すためか?)


そう考えて、菊酒はこの推測を早く二人に伝えようと決めた。


混乱

足掻き。

真夏十八日 昼

客室


龍:火晶さん、どうした?手伝おうか?


机の傍で倒れている柿餅は突然頭に鋭い痛みが走り、眩暈がして、扉の外にいる龍が何かを言っている事しかわからなかった。


柿餅:大……大丈夫だ……


自分の意識がまだはっきりしている内に、彼はどうにかこの言葉を絞り出した。

右手で自分の羅盤を押し、歯を食いしばって飛んできた剣を左腕に刺した。

血液と混ざった鮮血が傷口から滲み出てきた瞬間、彼は自分の意識がはっきりしていく感じがした。食霊である彼は人間とは違い、先程付けた傷はすぐに癒えてしまった。

意識を保つため、彼はまた自分の太ももに何回か剣で刺した。そして頭の痛みも少し軽減された。こうする事で、彼はやっと事の顛末を少し理解する事が出来た。

柿餅は立ち上がろうとした時、茶道具をひっくり返してしまい、椅子を蹴ってしまった事で、音をたててしまった。彼は視線を入口に向けて、そこには人影が見えた。

外の龍は冷静に部屋の物音を聞いていた。中の音が完全に消えた時、彼は部屋に入った。無表情で床に座っている柿餅を見て、彼は満足そうに笑い出した。


龍:少しよくなっただろう、食霊も大した事ないな。俺に付いてこい、仲間が待ってるぞ。


柿餅菊酒臘八麺のさっきの様子を真似て、無表情に頷いた。手のひらにはとうに冷や汗が出ていた。

しばらくして、龍は彼らを広間に連れて行った。この時、龍の口ぶりは変わり、高慢な話し方になった。

菊酒臘八麺の間に立っていた柿餅は、バレないように二人の様子を観察すると同時に、傷口をつねって意識を保てた。彼は長くはもたない気がした。


龍:……今からお前たちはこの村の村人だ。普通の人間より強い食霊だから、もし妙な侵入者が来たら、お前たちは必ず侵入者を殺せ!決して俺の命令に逆らうな!


柿餅は他の二人と一緒に機械的に頷きながら、どうすれば事態を改善出来るか考えた。そして、董糖が早く自分の救援信号に気付くよう願った。


操り

制御出来ない体。

真夏十九日 朝

茗村


広間にて、龍は黒いマントを身に纏い報告を聞いていた。


龍:侵入者は普通の人間ではないようだ、食霊の可能性が高い。研究室の物を片付け、すぐに移転する!

黒い服を着た男:あの、この村の者達は……

龍:実験はほぼ成功したから、後は新たな実験場所を探してもいい。村人は……侵入者の足止めに使おう!


龍はすぐさま命令を下し、隣の菊酒臘八麺はすぐ外に飛び出た。柿餅も彼らのペースに合わせて急いでついていった。


柿餅:(董糖姐さんたちのはずだ!)


そう考えて、柿餅はやっと安心した。しかし村長の家から出た時、たくさんの村人が村の入口に向かって走っているのを見て、落ち着いた心はまた緊張状態となった。


柿餅:(しまった!村人たちもあいつらに制御されている事を忘れていた、これはまずい……)


柿餅がどうやって村人の暴動を抑えるか考えていた時、龍の声がまた聞こえて来た。


龍:そうだ、お前たちも食霊だろう。侵入者を殺してこい、俺たちの邪魔はさせるな!


柿餅は固まった。どうしてか強い怨念と命令によって頭が支配された。彼は顔を上げて、龍が妖しげな笑顔を浮かべていたのが見えた。

突如襲ってきた怨念によって彼の理性は呑み込まれ、全身には先程よりも強い痛みが走った。柿餅は再び剣を使って自傷する事で意識を取り戻そうとしたが、自分で制御できない感情が先に彼の脳を占拠した。


柿餅:彼らを殺す……!


思わず菊酒臘八麺と同じ言葉を口にし、身体もすぐさま反応して、迷いなく村の入口へと向かった。


錯綜

騒ぎの後。

真夏十九日 正午

茗村


洛:(僕を見ないで……僕を見ないで……僕を見ないで……)


洛は木に抱き着いて、心の中で呟いた。狂った村人たちの叫び声が耳元で鳴りやまない。

彼はわからなかった、一瞬のうちに村人たちの凶暴さの度合いが更に増していった理由を。冷や汗をかいて、両足も震えていた、幸い彼が隠れていた場所は見つけにくい場所であった。

その時、木が猛烈に揺れて、洛は枝をしっかりと掴み落ちないように自分を支えた。叫びそうになった所我慢して、こっそりと木陰から下を見て驚いた。

下では菊酒臘八麺がいつの間にか戦っていて。剣と剣がぶつかりあっていた。その衝撃で、周りの木が全部震えていたのだ。

洛は一時も手を離せないでいた、このまま落ちたら死ぬか、剣で切られると思ったのだ。

しかしこの木は大きいため、剣がぶつかり合う衝撃になんとか耐えられていた。揺れる木によって、洛は眩暈が止まらず、気持ち悪くなっていた。

目が醒めた時、辺りは静かになっていた。日暮れの陽ざしは昼程眩しくなかった。木の下にいた菊酒臘八麺の姿もなかった。


洛:(僕寝ちゃった……?でも……他の人はどこ……)


一方――


広場で、昏睡していた村人たちは次から次へと目を覚まし、気付けば村は活気を取り戻していた。


菊酒:……うるさい……

臘八麺:何があったのですか?……うっ……痛い……

柿餅:やっと目覚めたか!


疲れ果てた菊酒臘八麺は自分の傷口を見て、思わず視線を柿餅に向けた。


柿餅:……何見てんだ?俺のせいじゃない!信じないなら董糖姐さんに聞いて!

菊酒:しゃあ、これは一体……

柿餅:話が長くなるから、早く手伝え、まだ目が醒めてない村人がいる。

董糖:無事で何より。村長は、食事を振る舞ってくれるそうだ、今日はちょうど花火祭らしい。

柿餅:つまり――食べ物があるって事か?!よっしゃ――本当に疲れた、やっと食べられる!

柿餅:うーん……待って……なんか……なんか忘れてるか俺?……


同時に――


洛:(うううっ……みんなどこ……どうしてあそこはあんなに賑やかなの……)


機智

隠された幸運。

真夏十九日 夜

茗村


宴が終わった後、余韻に浸りながらも帰路に着いた。突然、柿餅は何かを思い出した。


柿餅:洛、村の水に毒があるんなら、どうしてお前はおかしくならなかったんだ?!

洛:実は……裏山の隠れた場所に池があって、あの人たちはそれを見つけられなかったんだ。

洛:僕はあの池の水で生き残った。

菊酒:……

臘八麺:なるほど……

柿餅:えっ?!じゃあ早く言ってよ!

洛:えっと……あんなに付きっきりで監視されたら、近づく事すら難しかったから。

洛:あと……もしバレたら全てが終わっちゃう。

柿餅:……


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