懐石料理・エピソード
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目次 (懐石料理・エピソード)
懐石料理のエピソード
「安喜荘」の女将。優雅で上品ながら、どこか神秘的な美人。神か鬼か見分けがつかないような雰囲気を持ち、人であれ鬼であれ、誰もが自然と畏敬の念を抱く存在である。
肝心な場面で強い安心感を与える存在でありながら、一方で子どもっぽい一面も待ち合わせています。思わぬ場所にいたずらな落とし穴を仕掛け、人々が彼女の罠に慌てふためく様子を見るのが何よりの楽しみなのです。
Ⅰ.安喜庄(※安喜荘)
安喜荘の一日は、たいてい悲鳴で始まるものだ。
私はこの絶妙な悲鳴を愉しみつつ、新しく摘んだ椿の花を水盤に挿した。花がふわりふわりと浮かんでは、また息を吹き返す様を見つめながら。
「女将さん!幽霊です!今度は本物の幽霊です!」
伊達巻が慌てふためいて私の部屋の前まで駆けてきて、障子に張り付き、恐怖に満ちた真剣な表情を見せている。
彼が安喜荘に来てまだ数日。ここの生態には、まだ慣れていないのだろう……
なかなか面白い。
「どんな幽霊だい?どこに?」
「見せますよ!」
私はうなずき、彼について外へ出た。
伊達巻は廊下をそっと歩きながら、腰の刀を握りしめ、片目をギョロギョロと緊張して辺りを見回している。私はその後ろに付き、声を漏らさぬよう、そっと広い袖で口を押さえた。
「こ、ここです!ここです!半透明の何かが窓から這い入ってくるのをこの目で見たんです!」
彼は「幽霊」の形を手で勢いよく比画し、その動きを真似してみせるが、次第にしょんぼりと元気をなくしていく。
(比画(bǐhuà)は主に中国語で、「身振り手振りで示す」「ジェスチャーをする」という意味)
「おかしいな、どこへ行ったんだ……」
嘘つき呼ばわりされるのを心配しているかのように、彼は唇を噛み、いっぱいに悔しそうな表情を浮かべている。
私は思わず彼の頭をポンポンと叩き、「昼間は『幽霊』だって急いで隠れるものよ、人に見つかるわけにはいかないでしょう?」と慰めてやった。
「でも夜だってそうです!あいつらはいつも俺ばっかり狙って、皆さんの前じゃ絶対に出てこないんです!」
「甘露だって見たって言ってるじゃない。」
「あいつの言うことなんて、幽霊だって信用しないよ!」
「おやや~?伊達ちゃんが私の悪口言ってるとこ、バッチリ聞いちゃったわ~」
甘露がいつの間にか私たちの後ろに立っていて、絶妙なタイミンクで口を挟んできた。軽薄ぶってはたきを振り回し、目も言葉も可愛らしい挑発に満ちている。
「あんたの悪口だよ!この前、わざと真っ暗な物置に閉じ込めた件、まだ清算してないんだからな!」
「自分が怖がりすぎて裏口があるの忘れたくせに、その件も私のせいにするのかよ?」
甘露は腕を組み、大人が子供をからかうような顔つきで、伊達巻は湯気を立てているようにカッカときている。
「まあ、みんな安喜荘に住んでいるんだし、清算はゆっくりでいい。いつでも遅くはないわね……甘露、何か用だった?」
「あら、伊達ちゃんが邪魔したせいで、大事な用事を忘れるところだったわ。」
「『お客様』ですよ。」
「お客様?」
「たぶんね。」
甘露がそう言うのを聞き、私の心の中にはおおよその見当がついていた。
「伊達、一緒にそのお客様をお迎えしましょう。」
「え?ああ……はい。」
私は伊達巻と共に一階へ降りた。甘露の言った客間に駆けつけると、そのお客様はすでに焦ってその場でぐるぐる回っていた。
「お待たせして申し訳ありません。さて……」
「あなたが安喜荘の女将様?お願いです、お願いです、私を助けてください……」
目の前にいたのは小柄なお婆様だった。肌は浅黒く皺だらけで、体は痩せているものの、とても丈夫そうに見える。貧しい家の出で、常に働いてきたのだろう。
「お聞きしました、あなた様は幽霊が見えると……それに追い払うこともできると!本当ですよね!」
彼女がどこでそれを聞いたのか少々気にはなったが、今は私の好奇心を満たす時ではない。
「私に幽霊を追い払ってほしいのですか?」
「できますか?もしお願いできるなら、どうか、私に付き添ってください……」
私はその誠実で切迫した顔をじっと見つめ、しばらくしてようやく決心を固め、うなずいた。
Ⅱ.成佛
「で……なんでまた俺を連れてくるんだ……」
伊達巻は腕を組み、刀を腕と体の間に挟み込み、顔には不満げな表情を浮かべている。
「ずっと安喜荘に幽霊がいるって心配してたじゃない?ちょうどいいわ、私の『除霊』の腕前を見せてあげる。これで安心できるでしょう?」
「それならまず、安喜荘の幽霊が見えないとダメだろ……」
「旦那様、もうすぐでございます。」
お婆さんが振り返って私たちに言った。
彼女が指さす先には小さな村があった。かつては豊かで賑やかな景色だったかもしれないが、今は焼け野原の荒れ果てた光景に取って代わられている。
「ここで何があったの?」
「ああ……どうやら二つの勢力が争い、わが村まで戦いを広げてきたようで……そのうちの一団が手っ取り早いとばかりに、火を放ってしまったのです……」
「ひどい……」
伊達巻がそう言うのを聞いたが、私は特に何も返すつもりはなかった。
「私に追い払ってほしい『幽霊』はどこに?」
「こちら、こちらです……」
お婆さんは先導を続けた。道中は焼け焦げて原型を留めない真っ黒な家々ばかりで、頭上には時折カラスが飛び交い、なんとももの悲しい光景だった。
伊達巻の眉間はますます深く刻まれていったが、結局どうすることもできず、ただ深い哀愁を帯びてほぐれていった。
「ここです。」
お婆さんは足を止めた。
そこには比較的“無事”な小さな家があった──無事と言っても、風雨をしのげる屋根が残っているだけのものだ。
壁四面のうち三面は崩れ落ち、家の中は丸見えで、何もない。残っているのは灰黒色の畳一枚だけ、その上には散らばったようにして、人々が横たわっていた。
「どうか旦那様、彼らを成仏させてやってください……」
私は断らず、出かける前に用意していた数珠を取り出し、前に進み出た。
長い年月が過ぎても、あの経文の記憶は少しも曇ってはいなかった。二度繰り返し唱えた後、私は老婆のそばへと戻った。
「終わったのか?」
「ええ、彼らはもう成仏しました。そしてあなた様も……」
私は微笑みながら彼女の手を握った。
「安らかにお眠りください。」
そう言い終わると、お婆さんの顔に満足げな笑みが浮かんだ。彼女はうなずき、やがてその姿は徐々に消えていった。
「幽霊……幽霊だ!」
「伊達、それは失礼よ。」
「あ、あなた、あの老婆が……あれが……って、最初から知ってたのか!」
伊達巻のその驚き恐れた可愛らしい様子が、初めて私を笑わせることはなかった。
私はため息をつき、数珠をしまい、彼を連れて帰路についた。
「実を言うと、正確には彼らを『幽霊』と呼ぶのは適切ではないのよ。」
「どういうことだ?」
「今、桜の島で何が起きているか、知っている?」
「何がって……さっきの……あの老婆が言ったように、二つの勢力が争い、それぞれの手下を率いて権力を奪おうとしているんだろ?」
「じゃあ、その二つの勢力がそれぞれ何を目的としているか、その違いは分かる?」
「えっと……一方は力で政権を奪おうとする侍、もう一方は自らの支配を維持したい皇族や貴族……結局何が言いたいんだ?」
「実はそう遠くない昔にも、似たようなことがあったのよ……ただその時の二つの勢力は、皇族貴族と巫女様に仕える陰陽家だったわ……」
「結果はもちろん皇族貴族の勝利……じゃあ、敗者の末路を知っている?」
伊達巻はしばらく沈黙し、手にした刀をひょいと揺らすと、ためらいながら自分の首を手で横に切るしぐさをした。
「そう。でも桜ノ島は巫女様の力があってこそ災いを免れてきたのよ。もし巫女様が命を落としたら……桜ノ島と島にいる人々はどうなると思う?」
「それは……」
「確かに答えにくい質問ね。何せ一人ひとりの状況は違うかもしれないけれど、一言でまとめるなら……」
「生と死が逆流し、時空が捻れ、全てが混沌に飲み込まれる。」
私と伊達巻は安喜荘へ戻る道を歩いていた。退屈を避けるため、私はわざと行きとは違う道を選んだ。
周囲には絶えず、川の流れのようにさらさらと流れる奇妙な力が漂っていたが、伊達巻は気づいていないようだった。だが無理もない、今この桜ノ島でそのことに気づいている者はほとんどいない。さもなければ、ここまでの事態にはならなかっただろうから。
「今はまだ始まりに過ぎない。これからどんな不思議なことが起きるか、誰にも分からないわね?」
「懐石?」
どこかで聞いたことのある声が響き、私は足を止め、その名を呼んだ僧の方へと目を向けた。
「瑾元大師、ご無沙汰しております。お変わりございませんか?」
Ⅲ.无我
「確かに久しぶりだな、懐石。空禅が円寂した後にはまた会えるかと思っていたが、まさかこれほど時が過ぎようとは。」
「生前でさえ彼は私に何も求めてはいなかった。まして死後なおさらのことだ。」
「相変わらずだな、君は。」
瑾元は軽く笑いながら言う。私はその時初めて、彼の肩にかけられた荷物に気づいた。
「これは……」
「見ての通り、今の桜の島には、もはや寺は必要とされていないのだよ。」
瑾元は振り返って少し荒れかけた山門を見つめ、その目には明らかな未練が宿っていた。
「私は懐石とは違う。長年修行を積んでも、私の悟りは当時の君には及ばなかった。神仏はとっくに私を見捨てておられるのだろう。ならば、別の行き場を探すとしよう。」
「神仏はあなた様を見捨ててなどいません。ただ、あなた様にふさわしい別の道を示されただけです。」
「……ありがとう。」
私は瑾元に会釈を返し、彼がゆっくりと遠ざかっていくのを見送った。この百年続いた寺も、ここで終わりを迎えるのだと心の中で悟った。
「女将さん、お前……以前は坊主だったのか?」
伊達巻は眉をひそめ、困惑の極みといった表情で尋ねてきた。
「ふふ、女性は坊主にはなれないわ。尼さんと言うべきね。でも、私、尼さんをしたこともないのよ……」
私とこの寺の縁は、無意識のうちに私を呼び出した空禅大師から始まった。
しかし今日に至るまで、あの日の「無意識」が真実だったのかどうか、私にはよく分からない。
とにかく、
そして私の御侍である空禅大師は、ただゆっくりと目を閉じ、他の者たちの相談を静かに聞き入っていた。
「神仏に男女の差別はない。男女の別という世俗の因習だけで、行き場のない者を寺から追い出すことこそ、あるまじきことだ。」
「しかし彼女が我々と同じ寺に住むのは、やはり不都合だ……」
「心に雑念なく、己の心に恥じるところがなければ、何が不都合なのだ?」
「お前自身はどう思う?」
議論が紛糾する中、御侍が突然私に問いを投げかけた。
私は慌てて皆の顔色をうかがい、ただこう言った。男も女も同じ島に住んでいることには変わりなく、違いは門の内と外にあるように見えるが、それは人々の考え方の違いに過ぎないのだと。
「もし皆様にご迷惑がかかるなら、私は門の外に住みます。」
どこに住むかという些細なことで言い争いを続けるのも煩わしく、私は大方の考えを代弁した。
御侍はうなずき、その後、寺の近くに小さな部屋を借りてくれた。
私はこの小さな部屋にずっと住み、二度と寺に入ることはないだろうと思っていたが、御侍は経を説き、禅を解くたびに、必ず私を呼んで立ち聞きさせた。
「武士」が次第に力を持ち始めた当時、武士と関係の深い寺は軒並み政局に巻き込まれていった。そのため、大師たちは講経の合間に、よく次のような議論を交わしたものだ。
「……巫女様による島全体の統治は確かに適切とは言い難い。しかし、欲望を持つ者には真の公平は不可能だ。そう考えると、巫女様に勝る適任者はいなかったとも言える。」
「兄弟子の言わんとするところは、無欲無求の者の方が巫女様より桜ノ島を統べるのに適している、と?これは、何か別の意味を含んでいるようだな。」
「巫女様は我々と信仰を異にする。むやみに議論すべきではない……」
「懐石、そちはどう思う?」
私は飛ぶ鳥と散る桜の美しさを眺めていたところ、突然名を呼ばれ、一瞬何を言われているのか分からなかった。
ここで私が口を挟むべき場か?御侍はなぜまたこんな時に問題を私に投げるのか?
「……私の知る限り、巫女様は桜ノ島を守護する役目を担っているのであって、統治しているわけではありません。そうでなければ、巫女様と信仰を異にするこの寺は、存在すらしていないでしょうから。」
「この地も、この身も、信仰を宿す空っぽの器に過ぎません。そんな虚無を統治しようなど、論じることもできなければ、意味もありません。」
「真にこの桜ノ島を統治しているのは、信仰そのものです。巫女様の信仰による統治であれ、皆様の信仰による統治であれ、本質的な違いは何もありません。統治という行為自体が一つの欲望であり、それは皆様が忌み嫌うものではないでしょうか。」
「だから、皆様が今議論されていたことは……全てただの虚妄に過ぎないのです。」
言い終わると、大師たちはそれぞれ複雑な表情を浮かべながらも、口を揃えて沈黙した。ただ御侍だけが静かに首を振り、軽くため息をつきながら「残念なことだ」と呟いた。
私は彼が何を残念がっているのか分からなかったが、残念に思うのは何かを期待していたからに違いない。
おそらく、御侍自身もまだ全てを悟り尽くしてはいなかったのだろう。
「懐石。」
座禅が終わり、私がその四角い小さな部屋へ戻ろうとした時、御侍が突然私を呼び止めた。
「そちは悟りが極めて深く、禅にも造詣が深い。しかし、どうやらこの道を認めてはいないようだ。私にそちの心の内にある真の思いを話してはくれぬか?」
これは私を恐れさせた。
私が何を参禅したというのか。どこに悟りが生じたというのか。
禅は禅、悟りは悟り、私は私だ。私は何一つ完全に理解することはできず、何かを完全に得ることもできない。ほんの少しの考えが虚無の中を漂っているだけで、それはいつでも煙のように消え去ってしまうものだ。
しかし御侍はその儚い考えを語るよう強く求め、私は従うしかなかった――
私は信仰の重要性を否定はしない。しかし、信仰で全ての問題を解決しようとする考え方には賛同できない。
信仰とは、人々が衣食足りて何も求めない時、あるいは行き詰まり手の施しようもない時の心の拠り所であるべきもの……
しかし今の桜ノ島は、誰もが衣食に困らないわけでもなく、かといってまだ窮地に陥っているわけでもない……
もっと現実的な方法が常にあるはずだ。足が地についた、確かなものが常にあるはずだ。ただあの虚無の中を漂うものだけに労力を注ぐのはではなく……
だから私は……
「だから私は、ここを離れたいのです。願わくば、御侍、お許しを。」
Ⅳ.物哀
御侍は私を引き留めることはなく、ただもう一度「残念でしたな」と言った。
「この寺を継ぐ縁がなかったことが惜しい。」
その言葉と彼の期待にどう応えればよいか分からず、私はこの間の世話への感謝を述べた後、その寺を後にした。
今、武士たちは領地を拡大するため、各地で兵を挙げ、元々皇室貴族のものであった土地を奪い合っている。
敗れた貴族たちは皆殺しにされるわけではない。武士たちは、横暴な貴族たちとは違うことを示すため、彼らを幽閉するだけで、相変わらず美酒佳肴を供する。
さらに、裏切りの汚名を着せられないために、武士たちは僧侶の口を借りて自らの統治の正当性を宣伝し、皇室貴族が神権と天理に背いたからこそ桜の島が民の生きる術を失ったのだと、大々的に批判する。
かつて皇室が神権を圧倒するのを大いに助けたのが、彼ら自身であったにもかかわらず。
巫女、皇室、僧侶、武士が次々と頂点を目指す……そして苦しみ、災いに遭うのは、元々何も持たぬ庶民に他ならない。
私は武士たちの勝利に花を添える気はなく、ただ何も持たぬ者たちに最後の慰めを届けたいと思った。
それは簡単だと思っていた。少なくとも天下を平定し、威を四海に加えるよりばずっと簡単だろうと。
残念ながら、物事はいつも私の想像とは逆を行くものだ。
私がそんなに多くの人を助けられるかどうかはさておき、私がたどり着いた人々でさえ、最期に慰めと安らぎを感じさせることは、最早不可能なことだった。
「なぜ私がこんな目に…なぜ私だけが……」
「まだ生まれぬ我が子にも会っていないのに……」
「十六歳だ、私はまだ十六歳なのに……」
私はただ、それらの人々の執念が黒く、粘り気のある塊へと変わるのを目の当たりにした。掴むことも、取り除くこともできず、ただそれがどんどん、どんどんと膨れ上がるに任せるしかなかった。
澄んだ月光さえも飲み込まれるまでに。ついには、桜の島全体がその影に覆われてしまった。
そうだ、なぜ君たちはこんなことに遭わなければならなかったのか?
もし本当に神仏がいるのなら、なぜこんなことを許したのか?
私は軽くため息をつき、その手で、悔しさをにじませた瞳をゆっくりと閉じた。
「あなた、なんでそんなに悲しむの?」
その瞬間、場の空気とはまったくそぐわない、軽やかで明るい声が突然響いた。
振り返ると、そこには見知らぬ少女がいた。紫の着物をまとい、団扇を手に揺らしている。今の季節は涼む必要など全くないのに。
「命はいつか終わるものよ。それに短いからこそ、長く続く煩わしさや飽きが断ち切られるの。儚く散りゆく、まるで月下美人の花みたいに、美しいと思わない?」
その声には悪意はなかった。軽やかで明るいが、しかし背筋が凍るものを感じた。
「はかない美は確かに美しい。でも、細く長く流れる、決して枯れない花もまた美しい。はかない美はその一瞬の輝きに価値があるのであって、短さにあるのではない。だから、称賛されるべきではなく、哀悼すべきものなのよ。」
そう言い終えて、私は少女がさらに議論を続けるだろうと思ったが、その後彼女の声は聞こえなかった。
再び見ると、彼女は驚きに満ちた顔で、目には涙さえ浮かんでいるようだった。
「あなたはおばあさまに似ている。」
「え?」
「あなたがこの旅館を引き継いで!」
「は?」
少女はこの意味不明な言葉の意味を説明することなく、興奮して駆け寄ると私の手を掴み、そのまま真っ直ぐにある方角へと走り出そうとした。
「待って、どこに連れて行くの?」
「説明するのが面倒くさい!ついてくれば分かるから~」
少女の身には奇妙な気配が漂っていた。純粋の中に生まれた混沌のようであり、千年も生きた道化児のようであり、邪悪な仮面を被った至善のようでもあった……
私は彼女を断れないような気がし、そのまま彼女に付いて走り、さらに奇妙な場所へと辿り着いた……
それはまるで世界の端っこ、一つの世界からもう一つの世界へと飛び込む暗闇の隙間のようだった。
暗闇を抜けると、爛漫とした薄紅色の桜が視界に飛び込んできた。
「ここがおばあさまが残してくれた温泉旅館よ。でも、どうやって経営すればいいのか全く分からないし、やりたくないもの。」
「あなた、おばあさまにそっくり!だから絶対うまくやれるわ!」
少女は嬉しそうに言い、その口調はまるで人生の大事業を成し遂げたかのように満足げだった。
「でも……私は旅館を経営するつもりなんて……」
「あなたが何をしたいか、知っているわ。まず、上を見てごらん?」
彼女の意図は分からなかったが、私は言われた通りにした。
「これは……」
「やっぱり見えるんだね。」
彼女は満足そうにうなずき、頭上に広がる巨大な黒い霧の塊を指さして言った。
「この旅館は行き場のない魂たちのために建てられたの。でも今はさまよう魂が多すぎて、旅館ももう限界なのよ……」
「だから、あなたに彼らを哀悼し、往生させて成仏させてほしい。」
「あ、そうだ……」
少女は両手を腰に当て、私に一切の警戒心のない、大きな笑顔を見せた。
「私は紫蘇甘露煮。これからよろしくね~」
Ⅴ.怀石料理(※懐石料理)
「安喜荘」についての謎は、数えきれないほど多いと言える。
まず、その存在を知る者は多くない。いや、知っていた「者」の大半は、もはやこの世にいない。
次に、その正確な場所を言い当てられる者はいない。「現世」の者は「黄泉」にあると言い、「黄泉」の者は「現世」にあると思っている。中には桜ノ島には存在しないと主張する者さえいる。なぜならそこは常に爛漫たる桜が咲き誇り、一度も冬を経験したことがないからだ。そんな場所は桜の島には存在しないのだと。
さらに、桜の島にも「百鬼夜行」の言い伝えはあるが、その言うところの「鬼」とは饗霊と堕神に過ぎない。しかし安喜荘の「鬼」は、どうやら本物らしい。
(※「饗霊(きょうれい)」は「食霊(しょくれい)のこと)
そして、安喜荘の主人についてだが……
懐石料理は紫蘇甘露煮に付き添い、当時まだ荒れ果てていた旅館へと足を踏み入れ、彼女の案内で少しずつその古びた建物を知っていった。
「数百年?つまり……あなたの婆さまがここを数百年も経営してきたって?」
「そうだよ?何かおかしい?」
甘露煮が当然といった様子でいるのを見て、私は一瞬、自分の驚きこそが異常なのかと疑ってしまった。
「あなたの婆さまも、食霊なの?」
「え?それは聞いてないなあ……でも彼女は私の御侍だったよ。食霊が……食霊を召喚してもおかしくないんじゃない?」
「そうかもしれないわね……でももし人間なら、どうして百年も生きられたのかしら……すみません、甘露煮、あなたの婆さまは……どうして亡くなったの?」
「なんで謝るの?婆さまは『時間』が来たって言って、そのうちすぐに骨の標本みたいになっちゃって、庭に埋めちゃったんだよ。」
「え?」
その描写は食霊にも人間にも似つかず、唯一の証人である甘露煮は説明する気もなければ説明もできず、むしろ懐石を連れて婆さまをまた掘り起こし、自分の目で確かめさせようとさえしていた。
「私はな、あなたが何を言おうと信じないんだ。この目で確かめなきゃな。」
「でもたとえこの目で見たとしても、私には何も見抜けないかもしれないわ。やめておきましょう……」
紫蘇甘露煮がようやく手にしていたシャベルを下ろすのを見て、私はほっと一息ついた。
彼女は再びこの壮大で壮観な旅館を見渡し、心の中に珍しく興奮が湧き上がるのを感じた。
「本当に、ここを私に一任するつもりなの?」
「見ての通り、俺の手に渡ったら荒れ放題になるだけだもん~」
「でも……どうやってあの怨霊たちを往生させて成仏させればいいの?」
「私に分かってたら、ここにこんなに怨霊が溜まったりしないよ。」
紫蘇甘露煮の顔には一片の苦悩も諦めもなく、むしろ希望と期待に満ちていた。
「あなたは、婆さまに似てるんだ!絶対に方法を知ってるはずだよ!今は分からなくても、いつかきっと分かるさ~」
懐石料理は相手の根拠のない信頼から力を得たような気がし、自分にもそんな不思議なことができると信じ始めた。
彼女は運命を受け入れるように首を振り、すぐに紫蘇甘露煮に向かって笑った。
「それじゃあ、こうしましょう。この旅館はあくまであなたのもの、でも私が代わりに経営する。どう?」
「もちろんいいよ~」
「え?じゃあ安喜荘の本当のボスって、甘露煮のことなの?!」
「そうでなければ、なぜ皆さんは私を『女将さん』と呼んで、『ボス』とは呼ばないのかしら?」
「あ?でもそう言うなら……女将さんってボスの妻……つま……」
「お帰りなさ~い!」
伊達巻が疑問を口にし終わらないうちに、紫色の着物をまとった少女が嬉しそうに走って二人を迎えに来た。
「最近ますます、私ってまるでドアボーイみたいだなって思うんだよね……懐石、またあなたを訪ねてくる人がいるよ。」
「人?」
「ああ、実は食霊だ。」
伊達巻の目には、紫蘇甘露煮が相変わらず「嫌な奴」に映っていたが、懐石料理は彼女の異常を鋭く察知した。
「どうやらあまり楽しくなさそうだけど?」
「まあね、ただその食霊が……なんかすごく変な感じで……会えば分かるよ。」
紫蘇甘露煮のような変わり者ですら「変」と感じる存在は、必然的にただ者ではない。
私の心中に警戒心がひそかに湧き上がり、彼女に付いて客間へと向かった。
遠くから、豪華な直衣をまとった男が、松のようにすっくと窓辺に立ち、外を眺めているのが見えた。
彼は窓の外の景色に見入っているようだったが、すぐに懐石料理と紫蘇甘露煮の到着に気づいた。
懐石料理が挨拶を口にしようとしたその時、彼が大股で近づいてきて、興奮した口調で問いかけた――
「巫女はどこにおる?今すぐにでも彼女を殺さねば、機会を逃すぞ!」
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