柿餅・エピソード
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柿餅のエピソード
明るく情熱的な青年妖魔退治師。
人当たりが良く、皆のムードメーカー。普段は遊び歩いているが、肝心な時は頼りになる。正義を貫くため、周りの者を守るため、ひたむきに修練を続けている。
臘八麺は弟弟子にあたる。
Ⅰ.日常
「シュッー」
握っていた剣が空に向かって飛んでいくのを見て、俺は呪文を唱え始めた。
法陣の中で剣気は荒れ狂い、地面から巻き上がった葉を切り裂き、埃と共に小さな嵐を巻き起こした。
のんびり伏せていたコウは、その光景に驚き突然大きな声で吠え始め、しっぽを巻いて遠くへと逃げて行った。
俺は跳び上がり、手の型を変えると、空中に浮かんている八卦羅盤が大きくなった。羅盤は空で舞っている剣を納めた後、俺の方に飛んできた。
最後に羅盤は本来の大きさに戻り、俺の手に納まった。
「ケホッ!なんだこれ......」
服を叩いただけで、埃が舞い散リ、咳が止まらなくなった。
今度はもっと地面が綺麗な場所を選んだ方が良い。
明日の修練場所を考えながら、木の後ろに隠れていたコウを口笛で呼びつけた。
コウはすぐさま俺の方に向かって走ってきた。しゃがんでこいつの柔らかな頭を撫でる。
ーー子どもはちゃんと教育しなければ成長しない。
どこかで聞いたその言葉を胸に、俺は決心した。こいつをちゃんと教育しなければ!
「俺に付いてもう長いのに、まだこんな事で驚くのか。コウ、きちんと反省しろ」
「ワンワンッーー!」
「妖魔退治屋の犬はカッコよくねぇと!走り方も気高くな!」
「ワンワンワンッーー!」
「そうだ、その調子だ!よし!果物を摘みに行こうぜ!」
雪間から若草が顔を視かせる季節、鳥の鳴き声と流水の音が交わり素敵な音色を奏でる。思わず町で聴いた曲を鼻歌を歌い出した、足取リも更に軽くなった。
空が夕陽に染まった頃、俺は新鮮な果物を引っ提げて帰路に着いた。
コウは野ウサギを銜えて、ゆっくりと俺の後ろを歩いていた。
「師匠、ただいま!桃を摘んできた......」
「師匠......?」
笑顔で扉を開けると、そこには手を背に回し立っている師匠が見えた。何か考え込んでいるようだった。
「柿餅、来い。話したい事がある」
(まずい!帰る前に身だしなみを整えるのを忘れてた!)
俺はヒヤッとして、埃だらけの自分の身体を見つめた。
(あぁ......また説教されるのか......)
気落ちしながら師匠の元に向かった、でも話というのは想定外の物だった。
「私から習った妖魔退治の術の起源は覚えているか?
「はい。俺が身に着けた術は師匠の家で代々受け継いできた物。真の退治術は遥か昔の光耀大陸で生まれ、とある滅びたー族が起源とされている......」
師匠がどうして急にこの質問を聞いて来たのかわからなかったが、俺は真面目に答えた。
「この術の真の威力は、私の祖先でも完全に掌握する事は出来なかった。往古の智慧も、長い時間を経て、今はもう失われつつある」
「私が使えるのは、二、三割程度に過ぎない」
師匠は依然として両手を背に、穏やかな声で語った。
「覚えておきなさい。何かを企んでいる人に狙われる事を必ず注意するように」
そう言って、師匠は突然振り返り視線を俺の方に投げた。俺は驚いて一瞬固まってしまった。
「何かを企んでいる人、とは?」
「全員だ。きちんと覚えなさい。そして、自分の事もきちんと守りなさい」
意味深な視線を俺に送った後、師匠は部屋に入っていった。残されたのは何も理解出来ていない俺だけ。
前から師匠に何かを諭される事はあったが。俺の脳裏で今でも忘れられないのは、あの時話し終わった師匠が浮かべた重たい表情。
今まで、あんな表情を浮かべた師匠は見た事がない。
Ⅱ.追撃
初春の夜はまだ少し寒い、木に登った俺は木の幹に寄り掛かりながら悶々としていた。手あたり次第に摘んだ葉っぱを口にくわえる。
師匠が言っていた事を振り返りながら、まだ何かを隠しているように思えた。
(あ一......俺の考え過ぎか......?あああ一!面倒くさい!)
自分の髪を乱暴に搔いて、悔しそうに木の上で四肢を投げ出して揺れていた。
俺の御侍、あの「絳雲道人」と呼ばれている俺の師匠。
師匠の家系では、光耀大陸にある古い術、妖怪退治術を代々受け継いでいる。
修練を積んだ後、師匠はこの静かな山で定住する事を選んだ。生活はのんびりとした物だった。
妖魔退治術の凄さは、ある程度堕神を制御する事が可能という点にある。
食霊の霊力には到底敵わないが、人間にとっては十分強い力だ。
師匠には子どもはいない、自由気ままに生きてきた。
俺が召喚されてから、師匠は自分の術を全て俺に教えると決めた。八卦羅盤も師匠から貰つた法器だ。
食霊の霊力と修練の相性が良かったからか、俺の修練は上手くいった。少しずつ周囲の堕神を退治する仕事を始めた。普段は師匠と一緒に修練をしている。
ここでは四季折々の風景を楽しめる。
毎日の修練が終わると、俺はよくあちこちに遊びに行った。果物を摘んだり、魚を捕るなど、たまに野ウサギも狩れる。大した事はないが、こんな自由自在な生活が俺は好きだった。
ーー遊び過ぎて、師匠に怒られた時は辛いけど。今の生活全てが心地良い。
でも......師匠の今日の顔は、今まで見た事がない。
(あぁーーーどうすれば............)
「ドカンッーー」
どこかの山から響いて来た鈍い爆発音によって、思考は中断された。
静かな夜に、突然響いた大きな音。
俺はすぐに堕神の気配を感じ取った。
木から飛び降り、すぐさま気配があった方へと向かった。
しかし到着した時には、全ては元通りになっていた。
慎重に辺りの林を見渡してみても、堕神の足取りは見つからない、まるでさっきの気配は気のせいだつたかのよう。
いくら探しても収穫はなく、俺はまた自分の髪を搔いた。
それから数日経っても、堕神の足取りは見つかっていない。
ひょっとし......あの時に感じた気配は本当に錯覚だったのか......?
こんな疑念を抱いたまま、ある日屋根の上で日向ぼっこをしていた時、ようやくまた同じ気配を捉えた!
気配がある場所へと飛んでいき、巨大な影が林の中見え隠れしていた。俺はそいつの足を止めるため、法陣を組んだ。
しかしそいつは狡猾で、どんどん山林の奥へと逃げて行った。茂った木々は天然の障壁となってあいつを隠した。
そいつを見事拘束した瞬間、そのデカブツは霧となって消え去った。
「ちくしょう!」
まさか幻影に騙されるなんて、俺は思わず歯を食いしばって叫んだ。
追撃する方向を変えて、今日必ずそいつを倒すと心に決めた。
その時、前方から戦っている声が聞こえて来た。あの化け物の咆哮が空を貫いた。
俺は驚いて、足を速めた。
俺が駆け付けた頃、一人の少年が血だらけになって地面に倒れていた。あの横柄な元凶はまだ牙をむき、鋭い爪を振り回しながら立っていた。
「これでもう逃げられないぜ!」
八卦羅盤から灼熱の光を放って、俺は力を込めて剣を振り、目の前の堕神の方へと向かった。
Ⅲ.事変
怪我した少年を家に運んでから、彼が俺と同じ食霊あると気付いた。
彼はボ口ボ口な服を着ていて、そして体にも多くの傷があった。
狼狽していたが、直感的に彼は悪者ではないと感じた。
師匠の助けを借りて、彼はすぐに目を覚ました。
珍しく客人が来ており、更には俺と同じ食霊だったため、俺は話が止まらなくなり、身振り手振りで彼にさっきの出来事を説明した。
でも彼はずっと俯いて、何かを避けているような様子だった。
「あの......ありがとうございます、臘八麺と申します......」
彼の視線から怯えを感じ取れた。俺を怖がっているものの、きちんと受け答えはしてくれた。
俺が彼を引き留めた事で臘八麺は、ここに残ってしばらく療養する事を了承してくれた。師匠は以前多くの命を助けた事があるため、こういった事には慣れていた。
コウは走って部屋に入り、臘八麺に飛び乗って尻尾を振りまいた。よだれが彼の服に付きまくった。
こいつ、普段俺が鶏ももをあげてもそこまで喜んだ事ないのに。
普通の人間に比べて食霊は回復が速い、短い期間だったが、俺たちはすぐに仲良くなれた。
俺は臘八麺に自分が普段楽しんでいる事を話してあげると、いつも驚きと呆れが入り混じった表情と反応をしてくれた。それを見るのも俺の楽しみのーつとなっていた。
ある日、俺はこっそり彼の呪符で身代わりを作ってみようとしたが、運悪く師匠に見つかってしまった。
しかし予想していた説教は飛んでこなかった。
逆に、師匠は臘八麺の能力は妖魔退治術と似通っている部分があると気付いたようだった。
そのため俺は師匠に臘八麺も弟子にして、一緒に修練しようと提案した。師匠もそれに反対せず受け入れた。
仲間が増えた事で、俺の日常は豊かになった。
臘八麺も来た当初のように口数少なく、逃げ惑う事は無くなった。俺と師匠は知っていた、彼が辛い過去を経験していても、心は優しく純粋だと。
ある日突然見知らぬ人が侵入して来なければ、俺たちの日常はそのま続いただろう。
あの日、家に帰った俺は異変を感じた。最初は家に泥棒が入ったのかと思った。
庭に行くとそこには黒い服を着た人が数人立つていて、師匠も怪我をしている様子だった。
その瞬間、焦る気持ちが理性を越えて、俺は躊躇なく身を乗り出した。
剣を持って師匠の前に立ち、奴らを俺の攻撃範囲外に避けた。
俺が来た事で、師匠はようやく息を整える事が出来た。師匠の指示に従って法陣を組んだ。
奴らは突然俺が乱入したせいで慌てた、俺が攻撃した事で出た強い衝撃を受けて数歩後退した。
師匠は驚いた顔をしたが、すぐに普段通りの表情に戻った。
奴らが先に口を開いた。マントを隔てても、奴らの口ぶりから軽蔑と嘲笑を感じ取れた。
「なんだ、自ら網にかかる奴がいるとは」
「あんたら誰だ?ここで何をしている?」
奴らの方が人数は多くても、少しも怯んではいけない。
「君とは関係ない!」
奴らが答える前に、師匠が先に叫んだ。自分の気のせいかわからなかったが、師匠の口ぶりはなんだか冷たく感じた。
「どういう意味ですか......師匠?!」
師匠がどうしてそう言ったかわからなかったが、俺が話し終わる前に、周りの変化に思わず大きな声で叫んだ。
俺はいつの間にか師匠の法陣に縛られて、脱出できなくなっていた。
「彼に手を出すな、私はお前たちと行く」
師匠は冷たく言い捨て、真っ直ぐ奴らの方に向かった。
「ふんっ、賢明な判断だ」
「この事は臘八麺に言うな」
突然、師匠の声が届いた。
俺は問い詰めたかったが、声の繫がりは既に断たれていた。
事態が急変し、師匠が奴らと一緒に消えていくのをただただ見ている事しか出来なかった。俺は混乱した。
大きな困惑、不安と焦りが胸の中で渦巻いて体は強張りまったく動けなくなっていた。
どれぐらい時間が経ったのかわからない、庭はもう完全に静かになっていたが、俺はまだ動けずさっきの出来事を信じる事が出来なかった。
コウが俺の足元にすり寄って来た事、ようやく意識が戻った。
夕方の冷たい風に当たって、頭が少し痛くなっていた。自分を落ち着させるため、俺は強く頭を叩いた。
奴らの態度や行動から決して良い人ではないという事だけははっきりとわかっていた。確かに師匠は自ら奴らに付いて行っていたが、事実はきっと違う。師匠は絶対にそんな簡単に妥協するような人ではない!
(ま、まさか脅されたのか?師匠を恨む奴が復譬しに来た?!)
俺は必死で様々な可能性について考えた。師匠の生死は不明、さっきは俺が来たせいで何かを憚ったみたいに見えた。
俺が事情を把握できなかったせいで、師匠を窮地に追いやったんだ。
俺の力不足から、事態はこんな事になってしまった。
このまま放ってはおけない。何と言っても、この世界に来て、俺がこの世で最も大切に思う人こそ師匠なのだから。
修練や生活から、師匠にたくさん助けられ、たくさんの事を学んだ。
しかも、事情を何も知らない弟弟子の臘八麺もいる。
師匠がわざわざ言いつけたから、これ以上犠牲者が増えないように、彼にこの事を隠さなければならない。
残酷な事実は、俺に今はまだ油断できる時ではないと告げた。
荒れた庭を少し片付けた後、俺は自分の焦りを少しでも抑えようと、平気なふりをした。
隣のコウは俺の考えを見透かしたかのように、耳を垂れ下げて隣で伏せていた。
心の準備がまだできていないうちに、臘八麺は帰ってきた。
「兄弟子......?師匠はどこですか?」
「あーしっ、師匠は......えーと......いや、あの師匠は行脚に出かけた!そう!また行脚に出かけたんだ!」
臘八麺はやはり俺が一番答えたくない質問を聞いて来た。俺は一生懸命普段の話し方を保ちながらも、冷や汗が止まらなかった。
とにかく行脚に出かけたというのは、一番ましな言い訳みたいだ。
臘八麺は深く気にする事なく、少し変な目で俺を見るだけだった。
誤魔化せた後は......とにかく彼をこの危険な場所から遠ざけなければ。
奴らが二度と来ない保証はない。奴らが来る前に俺が必ず自分の手で奴らを止めなければならない。
そして連れ去られた師匠を救い出す。
自分のやり方は確かに考えが足りていないかもしれない。師匠が聞いたら、きっと軽率だと叱るだろう。
しかし目下の状況で、俺はこれ以上考える余裕はなかった。
早く行動しなければ......
もしかすると、もう二度と師匠の説教を聞けなくなるかもしれない......
他の村から救援要請が来ているという理由で臘八麺を遠ざけ、考えた後彼に一通の手紙を残す事にした。
もし自分が帰って来られなくても......大丈夫なように。
手紙を機関鳥の匣に入れると、俺は荷物を持って家を出た。
最後、俺はコウをいつも良くしてくれてる町の人に預けた。
でもまさか俺が立ち去った後、彼がしばらく俺の後ろをついてくるとは思わなかった。
「ワン......」
なんだか寂し気な鳴き声を発していた。俺仕方なく、振り返って彼の頭を撫でた。
「コウ、そんなに悲しむな。オマエを捨てた訳じゃない、ただ今は他にもっと大事な用があるんだ」
「ワン......」
「怖がるな、覚えてるか?あの人たちはよくあんたに鶏ももを食べさせてくれただろう?」
「心配するな、全てが終われば、きっとオマエに会いに来るから」
「ワンワンワンッ!」
目の前のコウは真ん丸な目をして、可哀そうな様子だった。
突然、コウが拾ったばかりの子犬から、俺の半分ぐらいの大きさになっている事に気付いた。
なんだか目が潤んできたが、俺は手を振った。それを見たコウは、足を止めてもう追いかけては来なくなった。
「ごめん......」
お前たちを置いていくべきではなかった。だけど、 きっとまた会える。
Ⅳ.決別
全てを片付け、俺は本当の意味でこの町を離れた。
八卦羅盤の示す方へと、俺は急いで向かった。
奴らと対峙した時、こっそりと残した目印が役に立った。
一日後、俺は見事奴らの拠点へとたどり着いた。
驚いたのは、その中には人間以外にも、食霊も捕まっていた事。
拳を握り締め、努めて冷静にしていた。
身体にはまだ契約の力が漲っていた、師匠の命は無事あるはず。
(冷静になれ、柿餅。冷静にならなければ)
師匠を探そうと中の様子を伺おうとした時、何故か拠点内で混乱が起きていた。
屋根の上には、監禁されていた食霊の数人が、拘束から逃れて、見張りの黒い服を着た人らに追われていた。
思わず眉をひそめた。この身に覚えのある力、どう考えても師匠の物だった。
師匠は無事だ!
しかし、師匠はあの食霊たちの事を助けているのか......?
これ以上考える暇はなく、とにかく師匠を探す事が最優先だ!
俺は急いで見知った姿を探した、見つけた時彼も俺の方を見ていた。
白髪で質素な服装を身に纏っているが、依然として堂々としていた。
すぐに気が付いた、俺が師匠の力を感知できるのなら、師匠もきっと俺の事を感知出来ていたんだ。
「師匠、来たぜ!」
俺は素早く彼の元に飛び降り、どうにか笑顔を浮かべた。
周囲は混乱していて、俺たちに気付いている人はいなかった。
「お前が来ている事ぐらい、わかっていた」
師匠はゆっくりと髭を撫で、その悠々とした姿は周囲の様子と相反しているように見えた。しかし、顔からは疲れが見えていた。
「大変な目に遭わせたみたいで......俺を責めるか?」
「私自身が行くと決めたのだ、どうしお前を責める。しかし、あまりにも軽率だ、たまたま私が手を出していたから、そうでなければお前も奴らの餌食になっていただろう!」
「俺は......怖くねぇ!奴らは小細工しか出来ない、捨て身で戦ってやればいい!とにかく師匠を救わなければ......」
「あぁ......バ力弟子、師の命はもう長くないのに、どうしてこのような危険を冒してまでここに...... 」
「......師匠、今なんて?」
師匠が淡々と言った言葉を聞いて、俺は驚き慌てた。
俺は知っている、師匠はこんな冗談を言う人じゃないと。
話している内に、奴らに囲まれた。
「クソジジイ!全部てめぇの仕業か!」
「もうすぐ死ぬのに、まだあの化け物共を助けようとしてんのか?!まず自分の身を大事にしたらどうだ!」
「誰がもうすぐ死ぬだと!」
悪意しかない耳障りな叫び声が響いてきて、俺は思わず声を荒げた。
「まだお前に言ってなかったみてえだな。お前の師匠はなー-もうすぐ死ぬんだ」
「俺の記憶が正しければ、明日までもたないだろうな」
「大人しく術を差し出せば、もう何日か生き延びれたのによ」
「ハハハハッ!」
言いながら、笑いが止まらない様子だった。
俺は剣を握り締め、怒りはとっくに全身を駆け巡っていた。
しかし手に温かな感触が伝わる。怒りで震えている俺の手を師匠が抑え、頭を横に振り勝手な行動を取るなと伝えてきた。
落ち着いた表情から、取り乱している様子が一切見えなかった。
「師匠......奴らが言ってる事は本当なのか......?」
「ここから離れろ、そして前に言った事を忘れるな」
師匠は質問に答えてはくれなかった、だけどそれが奴らの言葉が間違っていない何よりの証明だった。
俺は今までこんなにも悲しみに、そして怒りに満ちた事は無かった。振り返ると、師匠の表情は段々と冷たくなっていった。
「バ力弟子、私とお前の縁は今絶たれた、もう何も聞くな一一」
「早く行け!私はもうお前の師匠ではない!未練を捨て去れ!」
次の瞬間、俺の足元から法陣の光が漏れだした。俺が反応する前に、大きな力によって俺は十数メートル押され、地面に落ちた。それと同時に、法陣によって隔離された。
「師匠ーー!師匠ーー!」
眩暈がした。俺は必死で法陣を破ろうとしたが、どう足搔いても見えない壁はびくともしなかった。
視界には黒い人の群れと逃げ惑う食霊の姿しか見えなかった。
彼らを通して、師匠のやせ細った体が、夜色の下揺るがず立っているのが見えた。まるで死を覚悟しているように。
埃が空を舞い、周囲には火が燃えていた。緋色が混濁とした暗い夜色に向かっていた。まるで大きな怪物の手が全てを吞み込むように。
師匠の姿も、少しずつ炎と灰の中に消えていった。
師匠は最後の力を使って、この悪を終わらせようとしたのだろう。
くらくらとした感覚がまた俺に襲い掛かり、瞼が閉じていく、周囲の全ても消えていった......
「バ力弟子、弟弟子の事を頼んだ。これは師としての最後の命令だ」
慣れ親しんだ声が再度聞こえて来た。俺は両目をガバっと開き、必死で束縛から逃れその声の元を辿ろうとした。
しかし、声は徐々に消えていき、世界には静寂と暗闇しかなくなった。
俺は、意識を失う瞬間に、何かを見た事を覚えているーー
朝陽が注ぐ庭で、俺と弟弟子が日々の修練をしている中、師匠は横に座って微笑み、コウは舌を出しながらまだ眠っている様子を......
それは本当のようで、幻のような......
Ⅴ.柿餅
柿餅が再び目を覚ますと、彼は既に法陣によってまったく別の場所まで転送されていた。
黒い服を着た人も、烈火もなく。見知らぬ、安全な場所に。
身体にある筈の契約の力は消え去っていた。
地面に座った彼の心に悲しみ、怒り、絶望の感情が入り混じっていた。
空は明るくなっていたが、傍にはだれもいなかった。
全ては無駄に終わった。師匠の予想は本当になったのだ。
彼は理解できなかった、どうして師匠の妖魔退治術はここまで狙われているのかを。
もしかすると、背後には彼が知らない秘密が多く隠されているのかもしれない。
それと同時に、師匠の言付けも浮かんだ。妖魔退治術をこのまま失わせる訳にはいかない、そしてそれを利用しようとする者の手にも落ちてはいけない。師匠の代わりに永遠に守っていかなければと。
彼はすぐにあの黒い服を着た男たちこそ、光耀大陸で悪名高い邪教の人たちであるとわかった。
彼は邪教を討伐すると決心した。奴らの為す事が、どれだけの無実の人そして食霊を巻き込んでいるか。
師匠の命と引き換えに得られたのは、束の間の安息でしかない。
他の場所に潜んでいる悪によって、また新たな悲劇が引き起こされる。
彼はこのような悲劇をもう二度と見たくはなかった。自分の剣を振るう事、より多くの悪を撲滅しようとした。
しかしその前に、彼は自分の弟弟子に会いに行く顔が無かった。
自責と悔しさが彼の心に満ちていたため、例え臘八麺が自分を青める事は無いとわかっいても、自分を説得する事は出来なかった。
だが、柿餅が予想していなかったのは、彼が離れてすぐ、奴らがまた家に行っていた事だ。
たまたま奴らと鉢合わせた臘八麺は、奴らの言葉と柿餅が残した手紙から真相を導き出した。
二人の想いは、気付けば同じ方向を向いていた。
懐かしの姿と再会した時、柿餅は自分が思っていたよりも怯えていない、逃げていない事に気付き、むしろ懐かしさを感じていた事に気付いた。
更には、呼吸が合っている、釈然とした気持ちになっていた。
「それなら、一緒にやろうぜ。長い間会ってないが、腕は鈍ってないだろうな?」
「はい、失望させたりしませんよ、 兄弟子」
臘八麺が柿餅を墨閣に連れて行き、志を同じくする仲間と出会う事、彼自身の信念は間違っていない事に喜んだ。
彼は信じていた、もう二度と周りの人たちを危険に晒したりはしないと。
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