凍頂烏龍茶・エピソード
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凍頂烏龍茶のエピソード
悠然としている親王、政治争いから逃げるため、夢回谷に隠居している。しかし贅沢な貴族的生活を手放せないため、隠居場所に豪華な山荘を建造した。
Ⅰ.痕跡
「食霊が現れて、この世はもっと平和になると思ってたけど、まさか生活が更に苦しくなるとはな」
「獄卒はどうしてそう思う?」
「元々堕神から逃げ隠れするだけで、自分の家で何か起きる心配しなくても良かった。だけど今は堕神を倒すための食霊とやらが現れて、そいつらは人間の見た目をしているから、人ごみに紛れたらわかりゃしない。制御する御侍がいなかったら、誰も敵わないだろ!」
「そうだな」
「はぁ、今見せようとしてる奴も凶暴な奴だ!何人も死なせてやっと捕まえる事が出来た。ここに監禁して何年、指示もないし、処理しに来る人もいないし!困ってたんだ!」
「余はこの件を処理するために来た」
「そうですな!だけど言っちゃ悪いが、あんたのその体格だと気を付けた方が良いよ。あんたの指示を聞かないなら、全員で殴りかかって大人しくさせちゃえば良い!そしたらもう悩まずに済む!」
「今日来たのは、今のような乱世で、食霊のような貴重な資源は、色んな国が奪い合おうとしている……陛下が余を派遣したのは、戦力になれるなら無駄にしないようにするためだ……臣下として、危険だとしても陛下のために力を尽くす他ない」
「ああ、わかってる!皆保身のためにやってんだ!ほら、前にあるのが奴の独房だ!きちんと鎖で繋いでる、気を付けてくださいよ、入口にいるんでなんかあったらすぐに呼べば良い」
「苦労をかける」
「ハハハハ、大丈夫だよ!」
獄卒はお金を握って嬉しそうに離れていった。完全に視線から消えてから、余はゆっくりと暗い独房に入った。
独房には、重い鉄の鎖に繋がれている者がいた。
身体は大きいとは言えない、黒い服を着ている者が隅で項垂れていた。その者は噂の北朔城で百人を殺した「凶獣」とはかけ離れていて、普通の人間の青年にしか見えなかった。
顔には汚れがついていて、どんな顔をしているのかわからない。余はその者の前髪を払おうと手を伸ばした。
あの獄卒口は悪いが、言っていた事は正しい。食霊の見た目は人間と近い、力を示さなければどちらなのか判断出来ない。
しかし力を示されたら……すでに手遅れやもしれん。
キンッ――
耳元で強い風の音が聞こえ、手を引っ込めて首を守った。鋭い何かが宝珠にぶつかり、冷たい衝撃音が鳴り響いた。
「余は……」
「出てけ」
「……」
青年の声は暗器のように冷たかった。
監禁されてから、色んな者から色んな話を掛けられて来たのだろう。
――余は人が通った道をなぞったりはしない。
余は宝珠を操り、次の瞬間黒い宝珠の表面に亀裂が走り、炎をまとった小さな金色の龍と化し飛び出した。
余は一歩下がり、危機的状況から脱した。
しかし青年はこれ以上動こうとしなかった――避けたくないからではない、あ奴を絡めている鉄の鎖には呪法が仕掛けられており、先程余を狙うので精一杯だったのだ。
あ奴は恐れていない、むしろ顔を上げて余の姿をしっかりと捉えていた。
金色の龍の炎があ奴の目に映った。
危険を冒してここまで来たからには、やらなければ。
火龍は徐々に近づいて行き、そして――バンッ!
あ奴を繋げている鉄の鎖は全て砕け散った。
青年は一瞬固まり、次の瞬間自由を再び得たあ奴は稲妻のように独房から出て行った。
火龍が追いかけようとしたが、余に止められて寂しそうな鳴き声を発した。
「地火、新たな友を気に入ったようだな」
余は軽く頭を撫でてやった。
「だが今はまだその時ではない」
地火は大人しく丸まり、身体に纏った炎が消えたころ、黒い宝珠の姿に戻った。
そして、もう一匹の黒龍も大人しく余の手に戻った。
余は二つの宝珠を手の平で回しながら、独房から出た。
あ奴は上手く逃げ切れただろう。
天雷――余の黒龍は、先程の獄卒について行き、すべての障害と証拠を消し去ってくれた。
痕跡さえ残さなければ、食霊は……人間になれる。
Ⅱ.幸い
「皇室の方々と共に狩りに出掛けたのですが、本物の龍が二匹現れて、第三王子の傍を飛び交っていた、これは吉兆の証ですよ!貴方様は第三王子の補佐に力を尽くしてきましたが、やっと大成の時がやってきますな!」
「将軍、本日は友人だけの宴だが、そういった事を言うのは宜しくないかと」
「何を恐れる必要があるんだ?現皇帝は食霊に惑わされ、王位すら譲り渡そうとしておるのだ。もし本当にそうなったら、天下の笑いもんになってしまうだろう?北朔は魔物が横行する場所になってしまいますよ!」
「それは宮中の者の噂話に過ぎない、信じてはならん。もしほんとにその様な言葉を口にした事があったとしても、それはきっと王位継承者を立て続けに二人亡くされたから、思わず怒りに任せて口にしてしまっただけであろう」
「怒りに任せて口にした?もし皇帝がこのような事を考えていないのなら、どうして病を患っているにも関わらず、第三王子を王位継承者にしていないんですか?」
「第三王子の生母である東妃が北朔族の人間でないからであろう」
「ハッ!族外の血脈であっても、人に変わりはない!怪物よりはましだ!皇帝がこのように愚かとは、我が北朔は長く続かないだろう!」
「飲み過ぎだ。誰か、将軍を送り返してやれ」
……
机の上に散乱している食器を片付けに来た従者を追い払い、酔いを醒まそうと頭を抱えた。
扉の外から誰かが息をひそめて入ってきた。
「第三王子の手の者は帰った」
「いつから聞いていた?」
「申の時」
「二時間も聞いていたのか、第三王子はそ奴に褒賞をやらんとな」
「……」
「なんだ?」
「北朔王の命が欲しければ、俺に任せればいいだろ、なんでこんな面倒な手を使ってんだ」
「貴公に任せるつもりだ、しかし今ではない」
「なんでだ?」
「弱みや穴が多過ぎる、危険だ」
「抜かりなんて、全員殺してやるよ」
「なんだ?錦安城でやったみたいにか?」
余が軽く笑って問いかけたら、あ奴は眉をひそめた。
「何がダメなんだ?俺を助けた時、てめぇも同じ事してたろ?」
「違う」
余はあ奴を手招いた。
「ロイヤルゼリー、来い」
黒い服に金髪の食霊は大人しく余の傍に座った、身体からは淡い草花の香りがした。
初めてこ奴に会った日と同じ鎧を身に纏っていたが、身体の棘はあの日と違って優しく余を避けてくれていた。余はこの状況に満足していた。
「庭園を見ろ、昼間と比べ何か違いはないか?」
ロイヤルゼリーに聞いた。
酉の刻を過ぎていた、庭にはいくつか灯りが点されている。
「灯りがある」
「あとは?」
「灯りの下に虫がいる」
「あとは?」
「もう違いはねぇよ」
「いや、この暗闇がある」
「……なんだそれ」
余は杯を持ち上げて酒を注いだ。
「北朔は独房でも、貴公の小さな錦安城でもない。この広がった暗闇みたく、灯りで照らせる場所は少な過ぎる」
「灯りの下にいる虫は、貴公なら全部はっきりと見えているだろう。しかしこの暗闇の中には、あとどれ位虫がいるかわかるか?何年も余の傍にいて、全部見えているのか?」
「……」
ロイヤルゼリーは弱点を突かれたからか、それ以上言葉を発さなかった。
「故に、ゆっくりと進めていく他ない。少しずつ少しずつ虫を灯りの方まで導いて、そして……」
次の瞬間、杯はロイヤルゼリーに奪われた。
「その両目はもういらねぇのか?早く寝ろ。殺しは俺がやる」
あ奴は酒を地面に撒いて、窓から出て行った。
口ぶりに感情は乗っていなかったが、腹が立っているのを感じ取れた。
これは余がロイヤルゼリーを救ってから十年目の事だ。あ奴が怒る回数は少ないが、怒っているときは扉から出ない。
きちんと扉から出ろと何度も言い聞かせて来たからか。起こると必ず窓から出て、その行為を使って余への不満を示した。
あ奴の根っこは幼稚で偏屈な獣だ。
酒を飲んでいたから、突然十年前余の傍に来たばかりの事を思い出した。
十年前、余があ奴を独房から出した後、あ奴はずっとこっそりと余をつけていた。
余の予想通り、伝説の殺戮狂はただの幼稚で偏屈な獣だった。
信頼できる主人がいないため、自分を制御出来ず人を殺すようになった。
独房から解放され、あ奴は仕えるに値する主を見つけた気でいたのだろう。
ただその時点では、余はまだあ奴のお眼鏡に適ってはいなかった。
それからの一年、あ奴はひたすら余を試した。警戒心を一段下げて、余の屋敷の屋根に自分の巣をつくり、日夜余を観察して忠義を尽くすに値するか見定めていた。
余は見て見ぬふりをして、自分の仕事をこなした。
一年が過ぎた、あ奴が脱獄した件のほとぼりが冷めた頃。
あ奴は余を頭が切れる者、大事を為そうとしている者だと判断し、あ奴の事を告発しようとしていない所を見て、ようやく残る事を決心した。
余の命令に従うと同時に、余もあ奴を裏切らない、これが条件だった。
次の数年は関係性を築いていった。
前の御侍はあ奴に何も教えていなかったから、すべて余が教えた。
教えられた事もある。
ちゃんと服を着て、箸で食事をして、せめて髪だけでも整えて、身だしなみをきちんとする事。
半分しか教えられていない事もある。
例えば話し方だ。普通の人のように話して、汚い言葉を使わない。他人へは挨拶をして、失せろと言わない事。特に錦安の方言で人を罵らないようにと言い聞かせた。
だが彼は一向に口癖を直す事は出来なかった。余の言いつけをどうにか守ろうとして、第五は口を聞かなくなった。気付けば今のような寡黙な奴になってしまった。
あとは、教えてもない事。
――ロイヤルゼリーは天性の殺し屋だ。
あ奴に狙われた者は逃げられない。
余が言い渡した目標が平民であっても、守られている王子だとしてもだ。
Ⅲ.祭典
「昨晩国師監でまた長老が亡くなったそうじゃな、しかも大層醜い死に様だったそうじゃ。今北朔で凶霊が放火して人を殺しているという噂が広がっておるそうじゃな?」
「ロイヤルゼリーの仕業だ」
「名手じゃの……会わせてはくれないのか」
「あ奴は人と接するのが苦手故」
「妾は其方の御侍じゃ、他人ではないじゃろ?」
「……まあ良い。そのような笑顔を浮かべなくとも。会わせてくれるのならもう良い。あと半月で神を祀る祭典が始まる。結果を楽しみにしておる」
東極宮に繋がる道は、余がはるか前から用意した隠し通路だ。
隠し通路に入る度、暗闇によって目に違和感が生じた。
夜盲症は何気に重い病気だ、酒を飲めば悪化する。幸い余のこの弱点を知っているのは一人しかいない。
余が歩みを緩めると、すぐ余を掴む手が伸びてきて、当たり前のように前に進ませようと引っ張られた。
余はあ奴を引き留めた。
「帰らぬ。商店に行く」
「何しに行くんだ?」
「もうすぐ祭典だ。服を用意してやる」
「行かねぇ」
「貴公に決定権はない」
商店が並ぶ場所にて。
余が服屋に戻った頃、ロイヤルゼリーはちょうど着替えて出てきた。
「まるで貴方様のために作った服のようですね!やあ、お帰りなさいませ、見てくださいよ!この帯は最新の物でして、こう結べば――」
「触んな」
「えっと……」
店主が余に助けを求めるように見つめてきた。
「その服を貰おう」
「は、はい!ただいま新しい物を用意してきます!」
店主は余の気が変わらないよう、急いで取りに行った。
「どこ行ってたんだ?」
ロイヤルゼリーは眉間に皺を寄せながら聞いてきた。
「ぶらついていただけだ」
ロイヤルゼリーはそれ以上聞かなかったーーいつも余の言葉を信じてくれる。
「この服邪魔だ。動きづれぇ」
「そうだな。祭典の服はまた別のを作ろう」
「じゃあこれいらねぇじゃねぇか」
「見た目が良い」
「着ねぇよ」
「とりあえず買っておこう」
ロイヤルゼリーは鬱陶しそうにその服を脱ぎ捨てた。
「どうして俺もその祭典に行かなきゃなんねんだ?」
「その時だからだ」
北朔では十年毎に行われる神を祀る祭典で、皇帝は決まった時間に王宮を離れる。
祀るのは北の神である玄武神君であるため、山水や自然に向かって祈りを捧げる。北朔城都である玉京の郊外に祭壇を建て、崖の上で行われる。
余は御侍――第三王子の母君から連絡を受け、第三王子と将軍はその時に皇帝の腹心や奸臣を粛清する情報を得た。
目先の利益にばかりに気を取られていると、後ろから迫ってくる危険には気がつかない。
余が十年かけて仕掛けた罠を引き上げる時が来た。
Ⅳ.計略
「寝たか?」
「……ロイヤルゼリー?」
「明日使え」
「瑠璃鏡?」
「これは夜盲症専用のもんだ。作ってもらって、やっと今出来たらしい」
「明日何かあったら隠し通路に入れ。左側三本目の道が東極宮に繋がってる。間違えんな」
「余が作った隠し通路なのに、余より詳しいとは……これは……買ってきたのか?……少し眩暈がするがこれが普通なのか?」
「使い辛いか?」
「いや、ちょうど良い。感謝する」
「感謝される覚えはねぇよ。てめぇにつけたからな。店主が金を貰いに来る」
「休め」
かつて、ロイヤルゼリーが余への観察を終えた頃。屋根から降りてきて、余と「話し合い」をした。
あの日あ奴に茶を淹れてから、自己紹介をした。
「凍頂烏龍茶だ。東極の茶で、北朔はここでしか飲めない。飲んでみるか?」
ロイヤルゼリーは茶について知らないし、飲もうともしなかった。彼の「話し合い」は一方的だった。
「俺はここに残る事にした、何か言いてぇ事があんなら早く言え」
「ははっ……拾って欲しいのか?」
「ちげぇ。俺はてめぇを裏切ったりしねぇ。てめぇも俺を裏切らねぇ。どうだ?」
「……それは些か曖昧過ぎないか?貴公が言いたいのは、背後を相手に守って貰おうとする関係か?」
「どこだって良い。俺はてめぇの弱点を全部守ってやる」
そう言っていたが、余は心にも留めなかった。
当たり前に出来る事なら、誓う必要はない。
あ奴が余の事をよく知らないのと同じく、余もあ奴の事をわかっていなかった。
あ奴が余に近づいたのは、余があ奴に近付いたのと同じで……他の目的がある、からだと思い込んでいた。
故に、余は慎重にあ奴と付き合い、少しずつ計画を進めた。
余はあ奴を大事な駒として使って来た、その駒が自分の心を余に預けてくれたと気付くまでは。
だから、余は計画を修正しようと決めた。
「祭典――音楽――演奏開始」
楽し気な音楽が鳴り響いている最中、幕が上がった。
「瑠璃鏡を使っている所を始めて見た。目が悪いのか?」
第三王子はこっそりと余に聞いてきた。
「心配無用です。友人から頂きました。祭典の雰囲気に合うと思いつけてきました」
「似合っておるぞ、十年前の祭典の時初めて先生と知り合った時、まだ子どもだったが、今は歳を取った。しかし貴方は何も変わっていないな」
「貴殿は青年期に入りました故、成熟するのは自然な事で、良い事です」
「そうか……幼稚だった過去の方が楽しいように思える……先生は教えてくれたではないか。王の子はーー」
「もちろんです」
「先生の指導のおかげだ」
第三王子は余に一礼し、続いて杯を投げ壊し、席を外した。
王子が席を外したのを見て、祭典を見に来ていた民衆は混乱に陥った。
余は遠くの崖を眺めて、こっそりと信号を出した。
Ⅴ.凍頂烏龍茶
野史によると。
上古時代、光耀大陸北朔旧暦六十年。
北方の国である北朔国では、国都の玉京で神を祀る祭典を行っていた。
祭典が始まってすぐ、北朔の第三王子は食霊によって朝廷の秩序が乱れ、皇帝が惑わされた事を理由に、杯を壊したことを合図とし、北朔大将軍と連盟を組み、皇帝を皇宮まで連れ帰り、北朔皇帝を軟禁しようとした。
目先の利益にばかり気をとられていると、後ろから迫ってくる危険には気がつかない。
亡くなられて十年経つと思われていた第二王子が、突然精鋭を引き連れて出てきて、第三王子を撃退し、北朔皇帝を救った。
一難去ってまた一難。
祭典では玄武神君を召喚出来ずに、凶悪な食霊を召喚してしまった。
その食霊は黒い衣に金髪、背中には双翼があり、動きは素早い。目に映るすべてを手にかけ、非常に凶暴だった。
第二王子は必死に抵抗したが、人間と食霊では力の差は歴然、すぐに敗退した。
北朔皇帝は謀反を企てた第三王子の手から救われたが、最終的にこの食霊によって殺された。
幸い、第三王子に学問を教える師である凍頂烏龍茶が、食霊の身分を明かし、その凶霊と戦った。
凶霊を撃退した後、凍頂烏龍茶は重傷を負い崖から落ちた。皇室によって助けられ、国を守った功労から、北朔親王に封じられた。
北朔に戻った第二王子が皇帝の座を継承する事に。
彼は北朔の体制を変え、平等の理念を掲げた。食霊は身分を隠さなくて良くなり、強制的に隔離される事もなくなった。北朔では食霊と人間が平等な時代がやってきた。
……
凍頂烏龍茶は長い夢から覚めて、ため息をついた。
安魂香を焚いても眠りにつく度過去の夢を見るようになった。
夢を通して同じ時間を幾度となく過ごした。
忘れていたであろう些細な事ですら、夢の中でまた取り戻す事に。
彼は身体を起こして、瑠璃鏡をつけた。
――今回夢で見たのは、ロイヤルゼリーがこの瑠璃鏡を彼に贈った夜の事……つまりあの事変の前の日。
近頃一番よく見る夢だったーー
そしてその次の日に起きた全てこそ彼の悪夢の根源だ。
あの日計画通りにいけば、第三王子が退位を迫り、第二王子が皇帝を救った後、その凶霊役をやるのは自分であった。第二王子の協力の元、各方面の注意を引き付けるために。
しかしどうしてか、皇帝を暗殺した後その場から離れるべきだったロイヤルゼリーは半分堕化の状態に陥った……彼は計画通りその場を離れず、虐殺を始めた。
仕方なく、凍頂烏龍茶は自らロイヤルゼリーを人目につかない場所まで誘導した。
凍頂烏龍茶が崖から落ちた後、ロイヤルゼリーの行方はわからなくなった。
彼が目覚めた後、やった最初の事は、東極宮に行く事だった。
謀反を企てた第三王子は亡くなったばかり、彼の母君である東妃様の東極宮には白い布があちこちに掛けられていた。
しかし白い幕の間に座っている東妃様は笑顔が溢れていた。
「感謝するぞ、凍頂烏龍茶。良くやった、妾の実子が皇位に座る姿を見られるとは……喜ばしい事じゃ」
「……どうしてだ?」
「なんじゃ?ロイヤルゼリーに……其方が彼に近づいたのは、祭典の……儀式のためと言ったからか?それだけではないぞ、彼には……彼が北朔の独房に閉じ込められていたのも……其方の計画だと伝えておいたぞ……」
「……一体何を考えている……言った筈だ、余とあ奴の関係は、貴殿の目的の障害にはならないと!」
「ハハハッーーそうじゃ、そうじゃの……其方の計画は完璧じゃ、妾の目的を果たすための方法はいくらでもあった……しかし、凍頂烏龍茶……例え手を下したのは彼であろうと、其方であろうと……妾は……夫を殺した食霊を許せると思うか?」
「……何を言っているんだ?憎んでいるから、殺そうとしたのではないか?」
「そうじゃ、妾は確かに皇帝を憎んでおった。しかし全ての憎しみの根源は愛じゃ。そうじゃろう……」
「彼が誓ってくれたから、妾は東極から遥かに遠いこの北国に嫁いできたのじゃ……しかし……彼の正妃は、妾の子を持って行った……彼女の子が死ぬ運命であって、どうして我が子が身代わりにならなければならんかったのじゃ!」
「貴殿の子は余が救い出し、皇宮外で成長したであろう」
「そうじゃ……凍頂烏龍茶のおかげじゃ……其方がいなければ……妾の第二王子が今皇帝になっておらんかった……」
「ハハハッ、あの男は東極の血統を見くびっておった、妾は絶対に妾の息子に北朔を牛耳って欲しかったのじゃ!彼は死んでも思わなかったじゃろう……謀反を企てたあの雑種こそ、貴妃の子じゃと……」
「あの女は太后になるため、真相を言う度胸はないじゃろう。妾の子を自分の子だと認め、自分の子が死にゆくのを見るなど、ハハハッ……可哀そうなのは彼女か、それとも妾か?」
「御侍、狂っている」
凍頂烏龍茶は身を翻して立ち去ろうとした。
「凍頂烏龍茶――」
背後から東妃の声が聞こえてきた。
「最後の命令じゃーー最後のお願いじゃーー妾の子を助けよ……妾の子が王位にいつまでも座っていられるよう助けよ!」
……
「親王様は昼寝をしておられます、姫様また後でいらしてください!」
部屋の外から騒がしい声が聞こえて来た。
凍頂烏龍茶を悪夢のような過去から現実へと引き戻した。
「姫様!姫様!」
「妾は今会いたいんじゃ!あのクズ男に昼寝の資格はない!」
凍頂烏龍茶は察したーーこんなことを言えるのは、きっとエンドウ豆羊かんしかいないと。
エンドウ豆羊かんは太后の食霊で、姫と封じられている。太后が後ろ盾しているため、宮中では誰も彼女に逆らえない。
小娘は何かの野史を読んで、問い詰めに来たのだろう。
「凍頂烏龍茶、其方に聞こうーー」
やはりエンドウ豆羊かんは部屋に入るなり机を叩いて質問を始めた。
「当時、第二王子はどうして九死に一生を得る事が出来たのじゃ!其奴が皇宮の外で集めた勢力は、全部其方が手配したものじゃろ!」
凍頂烏龍茶はゆっくりと一つあくびをした。
「皇帝に聞けばわかることだろう」
「では本当なんじゃな!あと、第三王子の謀反も其方が手引きしたのじゃろうな!」
「それは貴殿の御侍に聞くと良い、彼女はもっと知っているであろう」
「なんじゃと、これも本当なのか……じゃ、じゃあ、最後に聞こう。其方は十年も掛けてあれこれ策を練り、ロイヤルゼリーを第二王子が王位継承するための踏み台にしたのか!」
「……」
凍頂烏龍茶は瞬時に冷たい顔になった。
「姫様、知りすぎた人は死ぬ運命にある。本当に知りたいのか?」
「まっ、待っておれ!」
エンドウ豆羊かんは彼の気迫に気圧されて、怒りながら帰って行った。
周囲は瞬く間に静かになった。
凍頂烏龍茶は空っぽになった寝殿を見て、起きて仕事をしようと決めた。
第二王子が王位を継承してまだ一年にも満たない、新しい政策はまだ実行できていない。軌道に載せないといつまでたってもこの王宮から離れる事はできない。
彼は自分がロイヤルゼリーを探し出せるかどうか知らない。
自分が許されるかも知らない。
ただ彼は待ちきれなかった。
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