アンデッドパン・エピソード
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アンデッドパンのエピソード
アンデッドパンは涅槃葬儀屋の霊媒師。彼女の仕事はお客様の送り迎え、死者のための葬式を執り行う事、そして死者の日のような祭りの準備も行っている。
彼女の本性は明るく、やんちゃ。仕事柄メイクをし、悲痛で落ち着きのある見た目や雰囲気を保ち、親族を亡くされた人々を思いやらなければならない(たまに崩れる時もある)仕事が終わり、他人がいなくなると、アンデッドパンはリラックスして、明るくヤンチャな性格に戻る。
Ⅰ.仕事
「これ以上悲しまないでください。あなたの最愛の夫は既に守護霊となりました。彼はあたしに告げています。ずっとあなたを見守っていると」
目の前の女性の手はどれだけ冷たいのだろうか。あたしに握られていても、寒気が止まる様子がない。
しかしあたしは手を放さなかった。
彼女をこの寒気から解放すること、地獄の縁にまで落とされた彼女の意志を温かな世界に連れ戻すこと、それこそがあたしの仕事だから。
彼女はあの不慮の事故で生き残った。生き続けるチャンスを与えられた。でしょう?
「いいえ、騙さないで。彼は死んだ、死んだのよ……彼はもうこの世にはいない……もう私の生きる意義はないの……」
女性はあたしの手の中から自分の手を抜き出し、顔を覆って号泣し始めた。
あぁ……だけど多くの場合、生き残った人々は、自分たちの幸運に気付かない。
彼らは不幸な境遇から生き残ってはいるが、その意志と生活はいくら日々を繰り返しても、苦しみを味わったその瞬間に留まっている。
あたしは御侍さまから全てを学んで霊媒師になった。それからほぼ毎日のようにこのような状況に面している。
御侍さまみたいに聞いた人が思わず信じてしまうような、まるで魔法のような言葉と比べると、あたりの経歴が浅いからか、皆半信半疑であたしの言葉を聞く。
仕方ないから、あたしはジランドールを持ち上げ、炎越しに目の前の女性を静かに見つめた。
「リリス、もう泣かないでくれ」
「……」
女性の泣き声は突然止んだ。
彼女は信じられないかのように顔を覆っていた手を外し、あたしがこの部屋に入ってから初めて、あたしの目を見てくれた。
「私、私の事をなんて……?」
「リリス、もう悲しむな、前に進んでくれ」
「どう、どうして……その呼び方は彼だけの……どうしてそう呼ばれている事を知っているの!」
「リリス、俺だ。霊媒師のお嬢さんの話を疑わないでくれ。俺の話を聞いて。俺はずっとお前の傍にいるから、お前から離れる事はない。だから俺の遺体を埋葬して、母なる大地に帰してくれ……」
……
やっとこの家から黒い棺が運び出された。
憔悴しているリリスは静かに棺と共に歩き、彼女らは墓地に向かった。泣いた事で彼女の目は真っ赤になっていたが、最初に感じていた寒気はもう消え去っていた。
更には微笑みを浮かべられるようにすらなっていた――彼女と彼女の愛する人が二つの世界での会話を終わらせた後。
ゆっくりと離れていく彼女を見ながら、あたしもホッとして笑顔を浮かべた。
うん!これで良いわ!
亡霊の祝福を受けて、これからも勇敢に生き続けなさい!
辺りに人がいない事を確認して、あたしはこっそりと背伸びをした。
ふぅ、近頃お客さんは前より増えたけれど、どうにか仕事をこなせている。
この後は――家に帰るだけ!
Ⅱ.日常
一番嬉しい事はなんだって聞かれたら、それは仕事終わり、メイクを落として、ハイヒールを脱いで、ラフな部屋着に着替えた時よ!
霊媒師という特殊な職業柄、仕事に行く時は必ずきちっとした正装を身に着けなければならない。話す時も何かをやる時も大きな動きや表情をしてはいけない。亡くなられた方を軽視していると親族に誤解されてしまう可能性があるから。
だけどそれはあたしの本性ではない。
だからあたしは仕事終わりの自分だけの時間をとても大切にしているわ。
「ターダッキン~ただいま~いる?」
玄関のドアを閉めて、あたしは素早くハイヒールを脱ぎ捨て、裸足で家の中に入っていった。
だけど家中探しても、ターダッキンの姿はなかった。そしてあいつも――ミネストローネもいなかった。
二人ともまたどっか行ってる。いつも神出鬼没なんだから。
あたしは肩をすくめた。
「しょうがない、今日も晩ご飯を独り占めだわ」
ぶつくさと言いながらキッチンに向かおうとした矢先。
突然ドアベルが鳴った。
「こんにちは、突然申し訳ございません」
ドアを開けると、そこには見ず知らずの青年が二人立っていた。
背の高い方は一瞬呆気に取られたけど、すぐに何事もなかったかのように優しそうな笑顔を浮かべた。
「僕はザッハトルテ、ホルスの眼の食霊執行官です。彼は僕のパートナー」
「こんにちは、フランスパンです。私たちはミドガルエリアの霊力に関係する異常事件の調査を担当しています」
「こんにちは、ご用はなんでしょうか?」
「すみません、ここにはアンデットパンという霊媒師が住んでいると聞いて来たのですが……家を間違えてしまいましたか?」
「あたしがそうですよ」
あっ、お客さんが来るって知ってたら、部屋着に着替えなかったのに。
多くの人の霊媒師に対するイメージは、祭典で神妙な顔をしてブツブツと話しているような人を思い浮かべるでしょう。
あたしは乱雑に縛った自分の髪を直しながら、体をずらして道を開けた。
「話は入ってからどうぞ」
「霊媒師さん、この人たちに見覚えはありますか?」
ザッハトルテはあるリストを差し出してきた。
受け取って見てみると、見覚えのある名前がたくさんあった。彼らは最近ミドガルで亡くなった人たちだ。
「彼らは全員あたしのお客様です」
あたしはリストを下ろして、緊張気味にザッハトルテを見た。
「執行官さん、もしかして彼らの家族に何かあったのでしょうか?」
家族が亡くなると、生き残った家族は深く傷つく。
その様な悲痛な気持ちを抱えていると、事故が起きる確率は大幅に上がる。
過去携わった案件で、一人が亡くなった後、家族が次々と事故に遭うケースもあった。
「焦らないでください、この方たちの家族は大丈夫です」
あたしはホッとした。
「それなら良かった……」
「しかし、霊媒師さん。あなたのお客さん――彼らの死には不審な点がいくつかあります」
「彼らの……死に?」
「そうです。僕たちは彼らのために来ました」
ザッハトルテの眼光は鋭くなった。
Ⅲ.訪問客
「彼らは、まさか誰かに殺されたのですか?」
あたしは驚いて口を覆った。
「まだ調査中です」
ザッハトルテは手を組んで、肘を膝の上に置いた。
「僕たちはミドガルに赴任して間もない。まず初めにミドガルの事件発生件数と死亡者数を調べてみました」
「そしてある事に気付きました。このひと月の間、ミドガルで亡くなった人は過去の同時期と比べると多いと。特に死因は事故死と自殺が多く不自然です」
「えっと……たまたまという可能性は?」
「その可能性もあり得ます。しかし執行官として、どんな異常も見過ごせません」
「では何か調べはついたのですか?」
「はい、調査していく内に怪しい点が二つ浮上しました」
ザッハトルテはフランスパンの方を見た。彼に続きを言うように促した。フランスパンは彼の分厚い本を開いた。
「一点目、亡くなった人間たちの家族は共通してある食霊の霊媒師を呼び、彼らのために亡霊を召喚し、最後の会話を行いました」
あたしは目をぱちくりさせた。
「そうよ、それがあたしの仕事です」
「では、亡霊と対話している時、何か異常に気付きましたか?」
あたしは一瞬考え込んで、首を横に振った。
「いえ、異常はなかったです」
「亡霊たちは自分たちが事故死であると認めていたのですか?」
ザッハトルテが質問を投げかけてきた。
「わかりません」
ザッハトルテの視線は鋭くなった。あたしは慌てて説明を始めた。
「亡霊たちはこの世を離れると、自分がどうやって死んだか忘れてしまいます」
「その上、トラブル回避のため、霊媒師は死と無関係の言葉しか伝えません。これはあたしたち霊媒師が、二つの世界と交わした約束です」
あたしは説明しながら、ザッハトルテの鋭い視線から逃れた。
「……そういう事でしたか、わかりました」
彼はすぐに元の温和な様子に戻った。
「申し訳ございません、あまり詳しくはないので」
「大丈夫です」
あたしは手を振って、辛うじて笑顔を見せた。
「二点目についても伺いたいです」
フランスパンはそう言いながら、分厚い本の中からあるイラストを取り出した。
「イラストに描かれている人物こそ、調査して浮上した二つ目の不審な点――不慮の事故が起きた数々の現場で、目撃者に怪しい人物を見ていないかと尋ねた所、彼らからこのような特徴の男性が現場にいたとの証言を得ました」
あたしは固まった。
イラストには簡易的なタッチで青年が描かれていた。赤い髪、右目にはおかしな眼帯、口元には怪しげな笑顔を浮かべている――ミネストローネだわ!
簡単に描かれていたが、これらの特徴によってあたしは瞬時に彼を思い浮かべた。
だけど……本当なの?
彼はどうして事故現場にいたの?
「アンデットパン、この人物を知っていますか?」
ザッハトルテの問いかけによって意識が引き戻された。
あたしは少し躊躇ってから、首を横に振った。
「……テキトー過ぎて、誰かはわからないわ」
「……わかりました」
ザッハトルテは何か思う事があるような顔であたしを一瞥してから、立ち上がった。
「今日はお邪魔しました、これで失礼します」
「大丈夫よ!何の役にも立てなかったけれど……」
あたしは話せば話すほど内心のビクつきが止まらなくなって、彼らに向かって笑うしか出来なかった。
ザッハトルテとフランスパンを玄関まで送ると、突然ザッハトルテは紙切れを渡してきた。
「これは?」
「僕とフランスパンの住所です。来たばかりで、まだ拠点を確保できていません。ひとまずこの旅館に泊まっています」
「あぁ……わかったわ、仕事のない日に、遊びにお邪魔するわ!」
「歓迎します」
ザッハトルテは笑った。
「そして、次に会う時は、霊媒師さんには僕たちを信じて、本当の事を話して欲しいです」
「えっ?」
あたしが次のリアクションをする前に、二人はもう離れて行った。
Ⅳ.仲間
まさかザッハトルテはあたしの嘘を見破ったの。
流石調査のプロ。
だけど、状況が状況だから、ミネストローネの存在を伝える訳にはいかない。
彼が色んな事故現場に現れた件については、ターダッキンが帰って来た時相談してからどうするか決めよう。
一か月前、あたしは同時にターダッキンとミネストローネに出会った。
ターダッキンはあたしの御侍さまの先祖の恩人らしい。御侍さまはこの世を去る前に、あたしに言付けた。もしターダッキンに会う事があったなら、絶対に恩義に感謝しなければならないと。
あたしは彼女に会える日を心待ちにしていた。
ひと月前の死者の日で、本当に彼女に会う事が出来た。
彼女はあの時満身創痍の食霊――ミネストローネを追いかけていた。
ターダッキンは彼を救おうとしていたけど、ミネストローネは彼女の事を悪者だと思い込んでいた。
仕方ないから、あたしはターダッキンを手伝って彼を昏睡させた。
ターダッキンはミネストローネの傷を手当てし、命を救った。その日からミネストローネはあたしの家で療養を始めた。
彼は少し変わった人だった。あたしは彼の事が少し怖くて、彼と接するのが苦手だった。
だけど心の中では彼に感心していた。
彼を救った当初の様子を覚えている。
全身至る所に傷があって、あたしが今まで見てきたどの不幸な死者よりも酷かった。
しかしそれでも、彼はターダッキンを攻撃しようとした!
もちろん、最後はあたしの投げた靴によって倒されたけど。
今になっても、あたしとターダッキンは彼から一体何があったのか聞き出せていない。
どんな目に遭えば、外界に対してここまで過剰反応できるだろう。
彼は口を閉じて何も言わない。これからの治療に関わるからか、ぼかしながらあたしたちに、彼の体が今のような傷だらけになっているのは、ある非人道的な実験から逃れたからだと。
あたしはザッハトルテに真相を伝えたくはなかった。完全に彼らを信用できなかったから。
あたしの一言で、ミネストローネを実験していた人たちが彼を見付けちゃうんじゃないかって。
あたしは彼がまた深淵に戻るリスクを背負ってまで軽々しく口に出来なかった。
あたしとターダッキンは知っていた。古くからこの世界には食霊への悪意が存在していると。
この世界にいる一部の人が、あたしたちを物や道具として見ていて、あたしたちの力を絞り切ろうとしている。
暗黒は永遠に消え去る事はないが、幸いにも限られた場所にしか存在しない。
あたしたちは、それらの限られた場所をなるべく避け、自分をそういう存在にさせない事しか出来ない。
――ミネストローネにも自分の憎しみによって、ああいった存在になって欲しくはない……
Ⅴ.アンデッドパン
ターダッキンが帰宅した時、既に翌日の午前零時になっていた。
アンデッドパンはソファーの上で寝ていた。顔には広げた小説が置かれていた。
ターダッキンは静かにアンデッドパンに近づき、彼女を部屋まで抱き上げていこうとして本をどけた瞬間、彼女は目覚めた。
アンデッドパンは目を擦りながら、ターダッキンを確認するともごもごと何かを話し始めた。その後ソファーから跳び下りて、スリッパを踏みながらミネストローネの部屋の方を見て、また目を擦りながら戻ってきた。
「なんでまだ帰ってないの……」
アンデッドパンは昨晩ザッハトルテとフランスパンが訪ねて来た時の事を全て包み隠さずターダッキンに伝えた。だが話の途中、玄関のドアはまた開いた。ミネストローネは冷たい空気を纏いながら、彼女たちに見向きもせず真っすぐ部屋へと向かった。
「戻りなさい」
ターダッキンは口を開いた。
「……」
ミネストローネは苛立ちを見せたが、足を止めた。
「どこに行っていたのかしら?」
「……」
「言いなさい」
「アンタは確かにオレを助けてくれたが、何でもアンタに話す筋合いはねぇだろ?」
ミネストローネの口調は荒かった。
彼がどうして気が立っているのかはわからないが、アンデッドパンが場を収めようと口を開こうとした瞬間、彼は彼女を睨みつけた。
「オレを追い出そうとしてんのは知ってる。今日出てってやるよ。もうどうやってオレを追い出そうか考えなくて済むな」
「……」
アンデッドパンは怒りのあまり何を話していいかわからなくなっていた。
ミネストローネは言い終えるとすぐにその場を離れようとしたが、ターダッキンはすぐに彼の行く手を塞いだ。
「ここ数日、ミドガルで多くの往生者が出た。貴方と関係はあるの?」
「ないって言ったら、信じるのか?」
ミネストローネは自嘲するように言った。
「目撃者は貴方を見たそうよ。男性、赤髪、隻眼」
「……それはあいつらの自業自得……ぐはっ!」
アンデッドパンは自分の口を塞ぎながら、一撃で倒されたミネストローネを見た。
彼女はターダッキンと共にミネストローネをベッドに運んだ。彼女は先に部屋を出て、ミネストローネの体を検査しているターダッキンを待った。
しばらくして、暗い顔をしたターダッキンが戻ってきた。
「ターダッキン……彼はどうかしたの?」
ターダッキンは沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「ここ数日往生者が増えていた事に気付いていた。調べもしたわ。まさか彼と関係があるとは」
「だから……ザッハトルテたちの話は本当で……あの人たちは、事故死や自殺で亡くなった訳じゃないのね?」
ターダッキンは首を横に振った。
「彼は手を下していないわ」
「えっ?」
「彼が持つ負の力が……弱い人間に影響を与えてしまったのね」
「そんな、まさか。食霊が負の力を持つ事なんて……まさか……あの実験が原因で?」
「もしかすると、彼は堕化していて、既に自分の行動を制御出来なくなっているかもしれない」
ターダッキンの話を聞いてアンデッドパンの心は一気に谷底まで落ちていった。
彼女は、ミネストローネは既に回復に向かっていると思っていた。
彼はあんなにも生きようと努力しているのに。
……どうしてこういう人に限って、まともな生活を送る事が出来ないのだろうか?
「ターダッキン、彼を救う方法はあるの?」
アンデッドパンは聞いた。
「安心して、私が彼をどうにかしてみせるわ」
ターダッキンの言葉を聞いて、アンデッドパンは目を光らせた。しかしその時、彼女らの背後にあるドアが突如開かれた。
バンバンバンッ!
ミネストローネは狂ったように、二人に向かって攻撃を始めた。
「気を付けてください!」
突然、窓の外からシュっと白い光の帯がミネストローネと二人の間に飛んできた。
銀髪の人影が目の前を通り、ミネストローネを追いかけていった。
「大丈夫ですか?」
隣からつい数時間前聞いた声が聞こえてきた。
「……ザッハトルテ?どうして……」
ザッハトルテは彼の地図をボックスに戻した。
「火の勢いが強すぎます。まずここを離れましょう」
アンデットパンはターダッキンとザッハトルテに支えられながらその場を離れた。
火元から離れると、彼女は腰が抜けて、地面に座り込んだ。
振り返ると、ミネストローネに攻撃された彼女の家は燃え盛る炎によって呑み込まれていた……
三か月後。
「はい、カギ」
「ありがとうございます。しかし……本当にここの半分を僕たちに貸してくれるのですか?」
「それはこっちの台詞だわ」
「普通の人はこの看板を見たら、きっと借りに来てくれないでしょう?」
二人の目の前にある大きなドアに掛けられた看板には「涅槃葬儀屋」と書かれていた。
この名前はターダッキンが付けた。彼女はここが火事の後に再建した場所なら、「涅槃」と名付けると良いと言った。
三か月前、ミネストローネはアンデッドパンの家を燃やして逃げた。ここには廃墟しか残らない。
アンデットパンはいっその事と思い、ここを一掃して建物を再建し、葬儀屋を開いた。
彼女はターダッキンと一緒にここを経営している。
そして葬儀屋の看板の下には、秘密めいた鷹の目の記号があった――それは「ホルスの眼」のマークだ。
ミネストローネの一件以来、彼女はザッハトルテとフランスパンとの交流を深めた。彼女は交流していく内に、彼らが人目に付かない仕事場を求めている事を知った。そして彼らを涅槃に招き、敷地の半分を好きに改造出来るように提供し、決して干渉しないと伝えた。
葬儀屋よりも人目に付かない場所なんてないに等しい。
「人目を避けるような場所を仕事場にし、仕事内容の多くも話せない、僕たちの事を悪い人間だとは思わないのですか?」
アンデットパンは首を横に振った。
「ターダッキンはあなたたちが良い人だって言っていた。あたしは彼女を信じている。そして……誰の仕事にだって秘密はあるものよ」
ザッハトルテはそれを聞いて微笑んだ。
「では受け入れました、信用してくださってありがとうございます」
ザッハトルテは手を伸ばした。
「僕たちはきちんと家賃をお支払いします」
「うん、よろしくね!」
この世界で、最も普通な死因は、自然死でも病死でもなく、「事故」死である。
毎分毎秒、様々な事故が起きている。
当事者の命を奪うだけでなく、当事者の家族、無数の親族友人に驚愕と現実を突きつける。
彼らは最愛の人との別れを受け入れられない。別れを告げる機会すらない。
よって、「霊媒師」という職業が生まれた。
伝説によると、霊媒師は自分を媒介とし、二つの世界を繋げ、最愛の人を失った人たちのために、もう一つの世界と連絡を取り合える。
一本のろうそくが燃え尽きるまでの間、二つの世界にいる双方に尽きない話をさせ、亡くなった者を安心させ、生きる者の願いを叶える。
アンデッドパンの御侍は凄腕の霊媒師だった。
アンデッドパンは召喚されてすぐ、御侍と共に仕事を始めた。彼女は御侍こそ世界で一番凄い人間だと思っている。もう一つの世界の亡霊と交流する事が出来るから。
――こんな事、食霊である彼女ですら出来ない。
しかし彼女の御侍は言った。この力は学べる。ただこれを学ぶ前には、まず他の事を学ばなければならないと。
そして、アンデットパンは様々な領域の知識を学んだ。彼女は占い、占星術、水晶などの色々な変わった学問そして心理学の知識も学んだ。
これらを徹底的に叩き込んだ後、御侍に一体どうすれば亡霊を見れるのかと聞いた所、御侍は霊媒師の最大の秘密を彼女に教えた。
実のところ、この世で亡霊を見れる人なんて一人もいない。
霊媒師がしてきた全ては、自分の実力を使い、悲しみに暮れている客のために虚像を創り上げているだけだった。
アンデットパンは御侍に聞いた。それは人を騙しているんじゃないのかと。
御侍は彼女に告げた。多くの人はこの世の真相に固執しているが、一握りの人にしかわからない。この世を構成しているのはいつだって真相ではなく現象であると。
多くの場合、優しい嘘というのは真相なんかよりも人に生きる勇気を与える。
御侍がいなくなってから、霊媒師の食霊として、アンデットパンは色んな人間から助けを求められた。
心優しい彼女は、この仕事を担うしかなかった。
多くの人間を悲しみから連れ出して行く内に、彼女は徐々に御侍の考えを受け入れて行った。
生きている魂を慰めるため、彼女は自分の本性を隠す事を決め、メイクを施し、ジランドールを持って、神妙な霊媒師になった。
この世に一縷の慰めを与えられるのなら、この仕事の最大の価値であったから。
このような生活は、ターダッキンとミネストローネに出会ってから、変化が起きた。
彼女は突然御侍に教わっていない道理に気付いた。
この世の大多数の人が慰めを欲しているとしても、それでも真相を暴く事を、真相を暴いた時の痛快感を求める人も一定数いる事を。
ザッハトルテとフランスパンはこのような仕事をしていた。故に、彼女は彼らの助けになろうとしたのだ。
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