ルートフィスク・エピソード
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ルートフィスクのエピソード
ルートフィスクは食霊組織【学校】に所属する教師7人の内の1人、薬学を担当している。彼は天才と狂人の狭間にあり、善悪は全て仲間の誘導次第で決まる。感情が高ぶると全身から腐食性のある液体が発散されるため、他の者から嫌われ拒絶された過去がある。彼は強烈な劣等感と不安を抱えており、死物しか自分を嫌わないと思っている。シャンパンは彼のために【学校】に独立した実験室を設けた。その中に保管されている各種の標本は彼の授業を受ける「生徒」である。
Ⅰ.死亡
スタンドライトだけがついている。
御侍様はまた夜中に目を覚ました。
えんぴつのカサカサとした音、紙を引き裂く音。
どうすれば……彼は……辛そうにしている……
でも僕が中に入ると彼の気分が悪くなり……
彼の邪魔はしないでおこう……
御侍様が何を探しているのかわからない。
彼は引き出しを開けた。
何かユラユラ、ユラユラと揺れて、ぶつかり合う音が聞こえる。
そうか、薬だ。
御侍様は医者だから、どんな病気にどんな薬が良いかわかっている。
安心した。
鍵穴から中を覗き見なくても良くなったから、僕はそっと僕の屋根裏に戻った。
屋根裏の窓から外を見ると、空がおかしかった。黒いのに、黄色。
あっ……僕の目だ。
どうして僕の目からまた変な液体がでてきたの?
感情が強く揺れ動いていないのに……
夜が明けて、腐蝕した床を御侍様に見つけられたら、また怒られる。
隠れちゃおう……
もう隠れた。
悲しい……
目を閉じるのが怖い。
目を閉じたら、もっと多くの液体が流れ出てきちゃう。しょうがない、止められない……
イヤだ……
夜が明けるのを待って、自分から御侍様に謝りに行こう。
夜はいつになったら明けるの?
どれぐらい待てば良いの……
どれぐらい待てばいいのかわからない。
そもそも……
待っていれば、必ず夜は明けるものなの?
……
僕は夜が明けるのを待てたけど、御侍様は待てなかった。
御侍様の同僚たちは白衣を着て、彼を囲んで忙しなく動いていた。彼を遺体袋に入れて家から運び出すまで、上を見る暇さえなかった。
契約が切れたから、御侍様がどこにいるかを知るには、彼らについて行くしかない。
彼らに付いて病院に行った。ここは御侍様の仕事場だ。
御侍様は霊安室に入れられた後、同僚たちは慌てて離れていった。
彼らはどうして御侍様をこんな暗いところに一人にさせられるの?
一人で暗いところにいて、学会の人がいないのは、きっと怖い。
でも、御侍様怖がらないで。
僕が教えてあげる。
怖くなくなったら、また僕を抱きしめてくれる?
Ⅱ.充満
「あー幽霊がー!」
看護婦は大声で逃げていった。
僕は静かな御侍様を一目見て、思わず爪を噛んだ。
どうしよう……今の状況を気に入ってるのに……
……だけど……見つかってしまった……これ以上いたら……追い出される……
なら、帰るしかないね。
家に帰った。
主人を失った家もとても静かになった。
初めてだった。
明るい内に、小さな屋根裏から出られたのは。
僕を止める人はいない。
僕を嫌がる人もいない。
僕は裸足で全部の床を踏んでも、誰かに叱られる心配はない。
行ったり来たりして、家の中を何度も歩いた。
浴室に行って、バスタブに横たわった。水をいっぱい入れると、僕は魚になった。
海の中で泳いで、空の中で泳いで、行きたいところまで泳げる。
疲れたらまだ寝た事の無いベッドを探して寝ればいい。突然追い出される心配はない……
「誰?」
目を開けた。
浴室の入口に小さな女の子が立っていた。
「どうして私の家にいるの?」
彼女はまた聞いてきた。
「ジェニー、一人でどっか行かないで……どこにいるの?」
「ママ、二階の浴室にいるよ……」
僕は浴室の窓から逃げ出した。
気付けば二ヵ月も経ってたみたい。
御侍様の家は他人に売られた。
新しい家主は三人家族だった。彼らは家具を全部変えて、壁も塗り替えた。
家の中にいる彼らの笑い声が聞こえる。
女の子はお母さんのお腹に体を乗せていた。ああ……もうすぐ彼らに新しい家族が増えるようだ。
僕は窓の外からそっとこの場を離れた。
彼らはとても幸せそうだった。
どうしてみんな元気そうにしているの……
僕だけだ……話にならない位酷いのは……
Ⅲ.侵入
酷い奴は、酷いところにいたらいい。
病院の中、みんな忙しくて、よそ見する人はいない。
僕がちゃんと隠れていれば、ずっとここで生きていける。
たまにミスすることもあるけど。
病院には古い廊下があって、出口が塞がっていて、普段は誰も通らない。
僕はそこが好き。
夕方、そこの壊れた窓から光が差し込む。
僕はチャンスを逃さずに太陽を浴びる。
ある日、そこの床に突然空き瓶がいくつか増えた。
どっかの医者が、それとも家族が、昨日の夜ここに来て飲んだくれてたんだろう。
それに気付かず、突き倒してしまった。
酒瓶が大きな音を立てて、看護婦が呼び寄せられてきた。
僕はすぐにその場から逃げた。
見つかっちゃダメ……
見つかっちゃダメ……
僕は一つの病室に駆け込んだ。
ああ、本当に……バカな選択だった。
僕は後悔しながら病室の隅にうずくまった。
病床の上には、見覚えのある女の子が目を大きく開けて、僕を見ていた。
……あの……御侍様の家に引っ越した…女の子だった……
「君?君を覚えてる!」
……彼女はまた母を呼んでくるだろう。
僕は体を縮めた。
どうしたら逃げられるんだ……
「行かないで!君と、話がしたいの!」
「……」
何を話すの……話せることなんてない……
「この前はごめんね!君を驚かせるつもりはなかったの!」
「君はあの家に住んでいた精霊さん?」
「君の物を見付けた……ママに残して貰ったよ!全部まだ屋根裏の中にあるの!いつになったら戻ってくるの?」
……
あぁ、きっと聞き間違えだ。
まさか……
まさか……僕の帰りを待っている人がいるはずがない。
「怖がらないで!飴あげる!」
彼女は飴の缶を持って僕のそばまで走ってきた。僕は驚いて壁際まで後ずさった。
彼女が僕の手を握ろうとして、触れた瞬間、すぐに手を引っ込めた。
「あっ!」
……そうだった、どうして忘れてたの……
僕みたいな存在は……触れた人に……怪我をさせる……彼女も……御侍様も……他の誰かも……理由なく僕を嫌うわけじゃない。
僕のせいだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。
僕みたいな存在は、元々この世界に現れるべきではないんだ。
彼女が手を押さえている内に、僕は背を向けて逃げ出した。
Ⅳ.変質
僕と僕のいる世界は友達にはなれない。
全員の敵になる運命なのかもしれない。
だけど、僕は世界で一番ダメな悪役だ。
持ってはいけないと知っていても、多くの物事に惹かれちゃう。
僕は太陽の下で、人の群れの中で歩きたい。
話をしている人が、無意識に耳を塞がない姿が見たい。
僕は彷徨いたくも、追い払われたくも、恐れられたくもない。
僕は家が欲しかった、床が綺麗じゃなくても大丈夫。
家には家族がいて、バスタブがあって、太陽を浴びれる窓がある。
……僕を抱きしめてくれる人が欲しい。
僕は我慢できなくてあの女の子の病室に戻った。
誰も僕に気づかない内に。
彼女はとっくに寝ていたみたい、飴の缶を抱きしめながら。
おかしいな。
彼女の父と母は?
ずっと見ていない。
目を閉じて、寝てるけれど、涙が止まらない時は、彼女が本当に辛い時だ。
僕は静かに彼女を見ていた。だけど涙を拭うことはできない。
だから僕はそっと離れるしかなかった。
彼女は僕と友達になりたい人だから、彼女にはちゃんと生きて欲しい。
行こう、行こう……
知らない匂いで溢れていた。
久しぶりに病院から離れたからか、この町の匂いは全部変わってしまった。
硝煙の匂いだった。
半分拓けた道を見ると、刀剣砲火の跡があった。
悪い予感がした。
やっぱり、御侍様の家に辿り着くと、そこは灰で覆われていた。
……僕と同じように捨てられたの?
どうしてあんなに良い人も……捨てられちゃうの……
納得がいかない。
納得がいかない。
そうだ……彼女自身は?
このことを知ってるの?
病院に戻ると、彼女のベッドサイドに飴の缶を置いた。
帰り道、捨てられたお店の中から探してきた物だった。
僕は本当にバカだ……これっぽっちのことで……彼女を起こしてしまった。
彼女は「ママ!」と叫んだ。
「……精霊さんだったんだ」
彼女はショックを隠して、僕に笑いかけた。
「今日の昼は、ごめんね。また君を驚かせちゃった」
何か言うべき?
大丈夫?って?
悪いのは僕の方なのに。
「精霊さん、どこにも行かないで。お願いしたい事があるの」
何?僕に手伝える事があるの……
「もうこれ以上耐えられない。でも、私本当に怖くて」
「死んだ後、虫に食べられたくないよ。精霊さん、私を助けてくれない?」
あぁ……それは……なんておかしなお願いなんだろう……
彼女の青白い顔を見ていると、目の前はまた湿った黄色に染まった。
どうしよう……どうしよう……これって……嬉しいのか…それとも悲しいのか?
Ⅴ.ルートフィスク
ルートフィスクの御侍はうつ病を患って自殺した、何の遺言も残していない。
ルートフィスクだけは、彼が薬を飲む前の晩、何回も何回も繰り返して何かを書き、最後にビリビリに破いているのを見た。
彼はルートフィスクを嫌っていた。まるで心の中の敏感で卑屈な自分が嫌いなように。
そこで彼はルートフィスクを屋根裏に閉じ込めた。こうすれば、自分の心に直面しなくても良いと思ったからだ。
しかし彼は結局このような方法で自分を救うことは出来なかった。
彼と同じように敏感で卑屈な食霊を残しただけ。
ルートフィスクの情緒が高まる時、彼の身体から無意識に腐食性のある液体が滲み出て、他人を傷つける。
だから、彼はいつも強い劣等感と焦燥を感じていた。最終的には、あるものが死んでから、やっと自分はそれらを好きになって良いと考えるようになった。
御侍が仕事をしていた町の病院を徘徊していたら、この国の戦火は既に燃えていたことが分かった。
まず町の人がたくさん逃げていった。そして、病院のスタッフも次々と離れていった。
彼の御侍の家に住んでいた一家は、戦火の中残酷な現実に直面しなければならなかった。
──娘が不治の病にかかっていたため、彼女を連れて逃げたら、治療を継続して受けられない彼女の寿命は減る一方だった。
そしてこの家の母は健康な赤ちゃんを産み落としたばかり。
そこで、彼らは最終的に残忍で現実的な選択をした。このような状況を知って、ルートフィスクは病院で女の子と一緒に、最期の時間を過ごした。
彼は自分のやり方で、女の子を生前の姿のまま残した。
……
その後、戦争の硝煙はやった過ぎ去った。
しかし、町は相変わらずがらんとしていた。
町の住民と小動物たちはみんなどこかへ行ってしまった。
病院にはルートフィスクしか残っていない。
彼は退屈な時、病室を彷徨う。
空いている病室の中に何があるかを見に。
一つ目の病室のベッドの下には、乾いたフルーツバスケットがあった。
二つ目の病室のベッドの下には、オルゴールがあって、定刻になるとチクタク鳴る。
三つ目の病室のベットの下には、ラブレターがあった。兵士が残した物で、郵送される事はなかった。
でもルートフィスクは悲しくなかった。
彼はこのような状況が長く続かないことを知っていた。
夜明けは必ずやってくる。どんな方法を使っても。
きっと新しい、幸せな人たちが、この町を再び埋め尽くす。
その後、ルートフィスクの考え方が検証された。
しかし、ここが再び賑やかになると、彼は以前と同じように病院で彷徨う生活を送ることは出来ない。
新王のシャンパンが、この病院には幽霊が彷徨っているという怪談を知り、人を遣わせ彼を捕まえた。
彼の天才的な医学天賦のため、ルートフィスクは【学校】に行った。
シャンパンの采配で、彼は自分だけの実験室を持ち、特別な【先生】になった。
彼は彼に付き添う多くの「学生」がいた。彼が望むように、彼らは話を大人しくて静かで、ルートフィスクは彼らがとても好きだ。
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