SP北京ダック・エピソード
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SP北京ダックのエピソード
上品で冷静沈着な青年、いつも笑顔を浮かべているが実は少し腹黒い。常にキセルを手放さない。誰にでも分け隔てなく接するが、彼の心の内は誰にもわからない。
SP北京ダックは、彼がかつて邪教に潜入していたころの姿である。
Ⅰ
女性:ほら藜さん、明はもうこんなに大きくなったわ。藜さんの書いた手紙をいつも見せてあげているの。きっと将来、明は藜さんのように強い人になると信じているわ……
子ども:父さん、僕はきっと母さんを守るよ。父さんが付けてくれた名前に恥じないように、この闇に落ちた土地に必ず光を取り戻してみせる。
麻の喪服を着た婦人と同じものを着た子どもは、名もない墓石の前で丁寧に頭を下げている。秋風がまだ燃えている紙銭を巻き上げると、宙に浮かんだその火の粉は冷たい風に拭き消された。余った欠片は一人の青年の手によってそっと受け止められた。
北京ダック:……明、吾はもう行きます。
子ども:……ダックおじさん……
女性:北京ダックさん…貴方からは返しきれない程の恩をもらいました、貴方の夫への恩情も一生忘れません。しかし、貴方が進もうとする道は余りにも危険です、藜さんもそんな危険を冒しては欲しくないはすです……
北京ダック:娘よ……吾は正史を手に入れ、彼に報告すると約束しました。そのためにも、必ず悪都に行かなければなりません。
女性:この子には読み書きを教えてもらう先生が必要です……いっそのこと、私たちとここを離れませんか?……彼はきっと貴方を責めたりはしません!
北京ダック:娘……
女性:悪都は悪鬼の巣窟なのでしょう……貴方がお強いことは知っています、彼もいつもそう言っていました……
北京ダック:娘。
女性:……北京ダックさん……
北京ダックは俯いたまま訴え続ける女性の頬を両手で包み、顔を上げさせた。かつてのあどけなかった顔には苦労が刻まれており、白髪の交じった髪のせいで年老いて見えた。
しかし、彼女の前にいる優雅な紳士は、初めて会った時のままだった。
いや、むしろ……服装を変えた北京ダックは以前の飄々とした姿より、もっと凛々しく見えるぐらいだ。
女性:端正な出で立ちの貴方が……わざわざあの場所に行くなんて。私たちと共に行きましょう、貴方を慕ってくれる女性はいくらでもいます。何も、何も自らそのような悪しき場所へ……
女性は声と同じように微かに震える手で、青年の赤くなった目尻にある涙ぼくろを撫でた。
女性:わかっています、殿方の志は天下にあると……しかし……あの者たちは……強すぎます……貴方お一人で……あんなに多くの敵に立ち向かうなんて……私は不安でたまらないのです……
女性:ダックさん、彼はもう逝ってしまった……貴方まで、いなくなってしまったら……
北京ダック:娘よ、泣かないでください。そなかたを泣かせたと知られたら、彼は怒るでしょう。ろくでなしを片付けに行くだけです。泣かないで、そなたが強い人だということは知っていますから。
青年は指で優しく女性の涙を拭い、いつもの優しい笑顔を浮かべた。
北京ダック:明、吾の留守中にそなたの母上とこの子らの面倒を見てください。
子ども:ダックおじさん、どこに行くの?すぐに帰ってくるよね?
北京ダック:……少し、遠方に行ってきます。
黄色いアヒルたちは別れが近づいていることを察し、もふもふの体を青年の足首にこすりつけ、名残惜しそうに鳴いているが、いつもの元気はなかった。その鳴き声は、夕暮れの風に混じってどこか寂しげだ。
北京ダック:明、この子らは任せました、すぐに迎えに戻ってきます。
子ども:うん!
細長い指先がアヒルたちの柔らかい頭を撫でた。青年は立ち上がり女性に一礼をすると、まるでお酒の買い出しに出掛けたかのように、子どもに向かって軽やかに手を振った。その顔には春風のようにあたたかな笑みが浮かんでいた。
簡単な別れの挨拶を残し、青年は踵を返す。その足取りには何の未練もなく、潔さすら漂う。明と呼ばれた子どもは、その後ろ姿をみながら、これが最後の別れであると予感した。
子ども:……母さん、おじさんは……どこへ向かったの? ……もう帰ってこないの?
女性:……
子ども:母さん?母さん、どうして泣いているの?!
女性:……おじさんの代わりにちゃんとこの子らの面倒を見てあげてね、彼はきっと帰ってくるか。 女性:彼はきっとあの地獄から、光耀大陸の正史を持ち帰って、貴方の父の潔白を証明してくれるわ。
Ⅱ
邪教徒:ダックさん?ダックさん!もう着きましたよ。
北京ダック:……ああ、すまない、少しぼんやりしていました。もう着いたのですか?
北京ダックはキセルで暖簾を開け、馬車から降りた。顔を上げると巨大な看板があった、その上には乱暴な文字でたった二文字だけが書かれている。
ーー悪都。
北京ダック:ここが……悪都……
邪教徒:はい、こここそが我らの極楽、我らの桃源郷、悪都でございます。ついてきてください。
悪都に入った北京ダックは街角に咲き乱れる華やかな花々に目をやる。城門にあった血で書かれたような赤い悪名を除けば、他と変わらない街並みだ。
通りでは少年少女たちが追いかけっこをしている。老人は明るい日差しの下に座り込んで、手にした布を縫い合わせていた。
案内人のいう通り、ここはまるで桃源郷のような場所だった。
大通りは平坦で広々としていた、花鳥風月の中をさらさらと流れるおがわのせせらぎも、青年の想像通りだった……
しかし奥へと進んで行くと、目の前の橋や楼閣は次第に威厳を帯びてくる。そして、幾分の陰気がた漂う。
北京ダック:……これは?
邪教徒:悪都は加入を希望する方を無条件で歓迎しますが、貴方の事情が事情なので、国王も丞相様も、是が非でもお目にかかりたいと仰ってました。もし失礼がございましたら、お許しください。
北京ダック:わかりました。
金色の龍が施された柱の前を通り過ぎると、かつて御侍と共に人間の帝王の元へ訪れたことのある彼は、目の前の玉座を見つめた。帝王の前に跪き、自信と憧れの元面会した過去を思い出していたのだ。
皇帝:そなたが、今年の新たな状元か?
藜民:はい、藜民と申します。お目通り出来て至極光栄です。
皇帝:藜民?
藜民:「藜」は藜民百姓の「藜」であり、「民」は国民のために尽くすの「民」です!
皇帝:はははは!苦しゅうない!藜民、国民のために尽くすか!良いだろう!恩賞を授ける!今年一番の松花硯を持ってゆけ!
悪都丞相:……北京ダック?
耳障りで不快な声が広い大殿に響き渡る。北京ダックは金殿で万人の上に立つあの「悪都丞相」を見上げた。
悪都丞相:ハッ!今まで我々と手を組む事を散々拒んできたというのに、どういう風の吹き回しだ……
悪帝:我ら悪都は普通の国とは違う。加わりたいと願う者を拒否したりはしない、これこそ我々悪都の原則だ。
悪都丞相:……
悪帝:ははは、すまない。ここには自ら参加してくる食霊はほとんどいなくてね、丞相もやや警戒しているようだ。気にするな。ははははっ。
男のわざとらしい豪快な笑い声は刃物のように青年の心に突き刺さった。彼の笑顔はますます華やかになったが、眉間に感情はなく、心の内は死んだように静まり返っている。
北京ダック:構いません。かつてあの愚かな人間に従っていたのは、契約に縛られた身だったためです。しかし、丞相様が警戒するのも無理はありません。
悪都丞相:フンッ!我ら悪都は来る者を拒まぬとは言え、入国の掟がある。
北京ダック:……掟?
悪都丞相:全ての悪都の民の手は血に染まっている。北京ダックさん、貴方は悪都の一員となるに相応しい悪名はあるのか?
北京ダック:……ふむ……
少し困ったような青年の表情に、男は得意げに唇の端を吊り上げた。しかし、次の瞬間……
ドカーンーー
悪都丞相:うわあああーー!!!!!
天を衝く炎が、つい先程まで勝ち誇っていた男を一瞬で包み込んだ。華麗な官服を身にまとった男は炎の中、まるで煉獄から這い出た悪鬼のようにもがいていた。
あまりにも激しい炎は反応する隙すら与えなかった。鮮やかな橙色が消えると、黄金よりも高価な赤い絨毯の上には黒く濁った灰だけが残った。
自分を幾重にも取り囲み、刀剣を構える護衛たちを見て、長い髪を炎と共に舞い上げていた青年は、満面の笑みを浮かべた。
北京ダック:一国の丞相を惨殺したという悪名で、果たして吾を悪都の一員にしてくださいますでしょうか?
Ⅲ
悪都
祝宴
悪帝:今回も北京ダックさんのおかげだ。貴方という食霊の協力がなければ、あの心臓を苦もなく手に入れることは叶わなった!ははははーー
北京ダック:国主様、ありがたきお言葉。もし用事がないのなら、吾は先に戻っています。
悪帝:すまなかった!確かに顔色が悪いな、疲れているのだろう。早く休むといい!何しろ……旧友との再会も果たせたことだしな……
骨と血で築かれた金殿から自分の庭園に戻るまで、北京ダックは笑顔を保ち続けた。
金銀宝玉で築かれた庭園には、黄金より貴重な花々が咲き乱れていた。しかし、これらの高価な花は愛されてはいない。ただ無造作に、生きていくのに適した場所ではないこの場所で咲いているだけ。
窓の外の光は寒々とした室内には差し込んでこない。食霊である北京ダックは、人間のように火を焚いて暖を取る必要はないのだ。
笑みを浮かべて料理を運んで来た下女たちを追い払った。飲み過ぎた事を理由に一人で休みたいと、北京ダックは足早に書斎にはいり、霊力を帯びた錠で扉を閉めた。
北京ダック:……うっーー
崩れることのなかった笑顔は瞬時に消えた。誰も来ない窓際に伏せたまま吐き気を催す。顔から髪が滑り落ち、自信に満ちたいつもの北京ダックの面影はそこにはなかった。
北京ダック:うえっーー
何も食べていない北京ダックは何も吐き出せない。全身を蝕む罪悪感によって、吐き気だけが止まらない。
長い間そうしていたが、やがて気を取り直したのか、彼は窓際に寄りかかったままゆっくりとくずれおち、震えている自分の手を持ち上げた。
この手によって……再び、命を呑み込む炎を燃やしてしまうとは……
天を呑む炎を土産として、北京ダックは奇妙な方法で悪都の一員となった。それに伴い、隠しきれない悪意を持った試練が次々と彼を襲った。
お願い、お願いします、どうか見逃してくれ、俺には子どもがいるんだーー
お前も食霊なのにーーどうして!!!!!どうして!!!!!
お願いだから、見てなかったことにしてくれ!そうすれば誰も知らない!知る訳がない!
目の前の人間に逃げ場や助かる可能性があったとしても、彼の手に落ちてしまった者は、最後には一握りの焦土と化す。
薄暗い部屋で、白い手は光っているように見える。綺麗に見えるその手は、幾度となく汚れた赤に染まった。
今日いたあの旧知だって……同じだ……
悪都が悪意を持って探りを入れる度に、疑いは炎の中に消えていくのを北京ダックは感じた。彼の背後から絶えず覗き込んでくる視線も、次第に警戒を緩めていた。
だが、彼は悪都の悪意を甘く見ていたのだ。
???:何故だ!!!!!藜さんは貴様を信じていたのに!!!!! どうしてあんな連中と一緒にいるんだ!!!!!
???:裏切り者!!!!!この裏切り者め!!!!!藜さんを裏切ったな!!!!!!!!!!
目の前の怪物は、これまで殺してきた堕神と同じようで、違った。
人間の顔を持っていた。綺麗な顔だったが、この時ばかりは怒りのせいで歪んでいた。
彼はキセルを手にしている青年を凝視し、叫び、咆哮した。そしてそな凄まじい叫びと共に喉は張り裂け、黒い血が噴き出した。
邪教徒:ダックさん、国主の試験の大部分に合格しました、おめでとうございます。最後のお祝いとして、最高のショーをご用意しました。彼とはお知り合いであると伺いました……
邪教徒:さあ、彼を殺しさえすれば、正式に悪都の真の臣民として……いや、新たな丞相の誕生です。
その瞬間、北京ダックの目に映ったその人間の表情は、あの「堕神」よりも更に歪んで険悪なものに見えた。
あの堕神には良く知っている顔がついていた。状元と共に屋根の上で、素敵な未来を描いていた青年の顔だ。
???:藜!お前は状元で、俺は探花になれた。藜には及ばなかったけど、やっと出世したんだ!この土地を桃源郷にしよう、その時が来たらまた会おうな!
???:藜!藜、早く逃げろ!ダックさん!どうか彼を助けてください!!!
悪意の籠もった視線を向けられ、最初北京ダックは反応出来なかった。目の前で自分を罵り続ける青年には、意気揚々としていた少年の面影があった……
邪教徒:さあ、彼はずっと貴方を罵っていますね。早くその口を黙らせる必要があると思いますが、いかがですか?
邪教徒:ああ、そうでした。国主様はその者の体の中にある、堕神と融合して異化し心臓をご所望です。お手数ですが、灰になるまで焼き尽くさないようにしてください。
北京ダックは、これ以上自分の心が動じることはないと思っていた。
だが、自分の手が怪物の胸を貫き、バクバクと鼓動し続ける心臓を掴んだ時、聞き覚えのある声が脳裏で響いてきた。良く知っている優しさを携えて。
ダックさん……ありがとう……藜のためだってわかっています深い理由があるのでしょう……彼らに気をつけて。ありがとう……解放してくれて……
ドカーンーー
巨大な怪物は地響きと共に倒れた。
北京ダック:……
北京ダックが我に返ると、掴んでいた心臓は教徒によって特殊な器に収納された。彼は俯いたまま、手の中の血が怪物と共にゆっくりと消えていく様を見つめた。
この瞬間、先程の囁きはあの青年が残した言葉なのか、それとも自分の妄想でしかないのか、彼にはわかなかった。
窓辺に座り込んだ彼は、顔を両膝に埋め、身を影の中に隠した。窓から差し込む太陽の光によって境界線が作られ、まるで彼を世界の温度と切り離しているかのようだった。
北京ダック:誰一人……助けれなかった。なのにどうして……吾に感謝するのですか……
Ⅳ
炎。
巨大な炎はこの世の全てを呑み込み、最後は灰しか残さない。
どれほど高価なもの、どれほど深い罪、どれほど大きな責任であっても、全ては炎の中で灰になるだけ。
ただ一人、炎の中から男が現れた。
無数の人間が悲鳴を上げている。かつての桃源郷のような景色は一瞬にして煉獄と化した。
炎は漆黒の筆のように、全ての色彩を消し去り、焼け焦げた風景だけを残した。全ての笑顔は、無数の白骨と血涙の上に築かれた美しい絵巻物から消え去った。
綺麗な楼閣も、優雅な東屋も、曲がりくねった小川も、炎の中粉々となった。
ここは悪人たちの楽園だった。
そして、彼らが行きつく末路でもあったのだ。
逃げるために実の姉妹を火の海に突き落とす少女、財産と引き換えに生き延びようとする老人、食霊と戦わんとして血走った目をした武人……
そして……自身に忠誠を誓う食霊を虎口に突き落とす料理御侍……
身体に受けた傷は、食霊が消えてしまう程のものだったが、金殿に足を踏み入れた青年の顔には狼狽の色はなく、むしろ安堵の色さえ浮かんでいた。
北京ダック:……やっと……辿り着いた……
金殿にいる諸悪の根源を燃やしてしまえば、全てが終わる……
悪帝:ははははっーーやっと来たかーー
玉座から一歩も離れたことのない金色の仮面をつけた男は、血まみれの北京ダックを見て笑っていた。
悪帝:やはりな!貴様が訪れた時から、この日が来ると思っていたのだ!だがまさかこれ程までとはな。
北京ダック:……
ドカーンーー
巨大な炎が天を衝き、目の前の者を包み込んだ。悲鳴を上げる筈の男は突如、狂ったように恐ろしい笑い声を漏らした。
悪帝:たかが天地の霊が一人、まさか人間のためにここまで出来るとは。貴様が完全に闇に堕ちた姿が楽しみだな……ハハッ……ハハハハッーー
北京ダックは乾いた唇を舌で潤しながら、目の前の狂人に対する怒りが不気味な悪寒に覆われていくことに気付いた。彼は辛うじて唾を飲み込み、炎で歪められ悪鬼のような顔をした男を、眉をひそめて見つめた。
北京ダック:……そなたは……一体何者なのですか。
悪帝:ハハハハッ、わかったところで……どうするつもりだ?
悪帝:貴様のその両手は、その体は、既に永遠の闇に沈んでいる。
悪帝:人間が存在する限り、例え悪都を壊しても、次の悪都、次の悪都が現れる。貴様のしてきた事には何の意味もない。
北京ダック:何を言っているのですか?
悪帝:既に闇の中にいる貴様は、これだけの犠牲を払えども何も成し遂げていないのだ。
悪帝:貴様は、誰一人救えない。
北京ダック:……なんだと……
悪帝:そうだ。貴様が何のためにここにやって来たのか、はじめからわかっていた。何しろ貴様の魂は綺麗な白色だったから。だから、貴様を引き入れた。
悪帝:そして予想通り、貴様の魂の色は一人殺すごとに、少しずつ私に近づいてきた……
悪帝:今の貴様の魂は……既に灰色になっているのだ……ハハハハッ!!!!!
北京ダック:……
悪帝:私のところへ来い。私の側にいれば、もう白黒や善悪を考える必要はない。……共に望む世界を作ろう……魂の色などに惑わされない世界へ……
笑い声が金殿に響く。青年は溶け始めた地面を見つめたまま、握り締めていた拳を緩めた。突然、彼は顔を上げら疲れは見えるが怯えは一切見えない上品な笑顔を浮かべた。
北京ダック:……国主様。
悪帝:ん?
北京ダック:そなたの言う通り、いつか吾は真っ黒になってしまうかもしれません。しかし、この世にはまだ光があり、決して汚すことの出来ない白もあります。
足先から広がる熾烈な炎が金殿全体を呑み込み、先程まで黄金色に輝いていた大殿は、あまりの熱さに煉獄と化した。
巨大な柱に巻き付いていた金色の龍は醜く溶け、死霊のように冥府に落ちるべき罪深い人間を抱え込み、全ては火の中に散った。
炎の中からやってきた男性は、炎に飲み込まれていく大殿を見つめた後に背を向け、二度と振り返らなかった。
例え彼の背後から、笑みを含む声が、呪いのように渦巻いたとしても……
悪帝:天地の霊よ、貴様は我が同胞だ……いつの日か、我が元にやってくるだろう!!!貴様は救えない、誰一人として救えないのだ!ハハハハッーー
Ⅴ
年月がそよ風のように吹き去り、柳の長い枝が小さな墓石をそっと撫でた。かつて名が刻まれていなかったその墓石には、一つだけ名が記されている。
柳の枝のように成長した子どもは、すっかり立派な少年になり、静かに墓石のそばに立ち、水で埃を洗い流していた。
表紙の読めない一冊の本が火鉢の中で燃え尽き、黒焦げの破片がそよ風に吹かれて粉々になって舞い上がった。
少年は傍らで泣いているご婦人を支え、遠くないところに向かって深々とお辞儀をした。
麻辣ザリガニ:本当にもう会わないつもりか?
北京ダック:悪都の残党、そしてあの奇妙な国主、彼らは吾のことを覚えています。それに、彼女たちはもう十分苦しんだ、平穏な生活を送るべきです。
麻辣ザリガニ:フンッ、あいつらには優しいじゃねぇか。
北京ダック:……行きましょう。
麻辣ザリガニ:おいっ、これがあの馬鹿が求めていたもんか?潔白を証明すること?それと正史が刻まれた史書?本人はもうこの世にいねぇのに、こんなもんだけあって何の意味があんだ。
北京ダック:……
麻辣ザリガニ:チッ。前はお喋りだっただろ、帰って来てから随分愛想が悪くなったもんだな。
北京ダック:何故……皆、吾に感謝するのだろう?吾は……何も出来なかったのに……
麻辣ザリガニ:は?
北京ダック:……いや、聞く相手を間違えました。
麻辣ザリガニ:誰かがやらなければならねぇ事は確かにある。だがてめぇ自身すらどうしてこんな事をしたのかわかってねぇのに、どうして他人がてめぇに感謝する意味を問うんだ?
北京ダック:……
麻辣ザリガニとすれ違った北京ダックは立ち止まり、少し間を置いてから手を上げ、まるで旧友に別れを告げるかのように彼の肩を軽く叩いた。
北京ダック:ふふ、行きますね。
麻辣ザリガニ:おいっーー
北京ダック:え?
麻辣ザリガニ:この悪徳商人!忘れんなよ、一つ貸しだ。例えボロボロになっても、大人しくこの世の終わりまで生きろ。必ずこの世のあるべき姿を見せてやる!
北京ダック:はいはい。うるさいですね、もう行きますよ。
麻辣ザリガニ:どこに行くつもりだ?
北京ダック:絶対に黒く染まらない光を探すのです。
主人公:ダックさん?ダックさん?ダックさーん!!!
北京ダック:ああ……(主人公)さん?どうかしましたか?
主人公:ダックさん、何を見ているんですか、そんなに夢中になって?
北京ダック:……いえ……その手に持っているのは……
主人公:ああ!ライスがさっき古本の山の中から見つけた光耀大陸の古地図だ!ほら!聞いたこともない場所がたくさんあります!
主人公:成衛都……うーん、それに悪都という場所がある!
主人公:成衛都は他の本で読んだことはあるけれど……この悪都って……ダックさん、この悪都がどこにあるか知らない?
北京ダック:……悪都ですか……
主人公:知ってるんだ?!流石ダックさん!すごい!
北京ダック:そこはもう存在していません。
主人公:……え、どうして?
北京ダック:それは語られてはならない歴史。暗すぎた過去は、亡くなった者たちと共に地中に埋められるべきです。闇を葬るために命を捧げた者たちのことだけを、覚えていいのです。
主人公:……ダックさんの話はいつも難しくて、なんだかよくわからないな。あっ!!!赤ワイン、ビーフステーキ、目玉焼きを盗み食いするな!ダックさんも何か言ってやって!!!
北京ダック:……どうやら、吾が先に見つけたようですね……
主人公:え?何を?
北京ダック:何でもありません……
主人公:えー教えてくれよー
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