最中・エピソード
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最中のエピソード
ちゃらんぽらんな天文館館長。いつも意味不明なことをブツブツと呟いている、本人曰く星占いをしているらしい。周りの人から見れば、彼の占いは一度も当たった試しがなく、やがて誰も彼の呟きを気にしなくなった。しかし実際には、彼の占いはほとんど当たっていて、何か重大な変化が起きそうな時はどうにか解決しようとするから当たらないように見えるらしい。
Ⅰ.辰星夜に現る
太陽と光は並んでいる本棚の間を抜け、細長い線を床に映した。
塵はその光によって黄金色に染められ、漂っている。
「和光同塵、興時舒巻」
私は本棚の間の狭い通路を進みながら、どこからともなく頭に浮かんできた言葉を唱えた。
占星館の蔵書室は全て探し尽くした。
ここは神国で一番大きい、そして唯一の蔵書館だ。
書物を全て見尽くしたけれど、自分が抱えていた疑問を解決してくれる内容を見つけることは出来なかった。
「最中兄さん、あなたの占星術は本当に当たるの?当たったことないよね?」
「勿論当たるさ!占星術の問題ではない。神国が特殊だから占いの結果が外れてしまうのかもしれない」
「でもでも、つじうら煎餅の占いはいつもよく当たるよ?最中兄さん、いっそのこと趣味を変えたら?この前出掛ける時、晴れだって聞いたのに雨に降られちゃったし、あとこの間だって……とにかく、ラムネはもう騙されないんだから……」
「騙す訳がないだろう……天文学と占星術の法則に従って予測をしてだな……」
「だーかーらー、その法則が間違っているかも知れないじゃん」
「……」
今朝のラムネとの会話を思い出して、突然の無力感に襲われた。
ラムネでさえ私の占星術を信じてくれないのなら……一体誰を探して占星術の理論を実践すればいいのだろうか……
まさか……占星術へ抱いた強い関心も、今まで信じてきた天文移動の法則が示した客観的事実も、全て……偽物だったということなのか?
「いや、この天才が、間違えるはずがない……」
まるで何千何万回もの実践を重ねてきたような確信めいた声が、心の奥底から響いてきた。私は本能的にそれを信じることにした。
そして、自分の直感を疑うより、自分が今生きている神国が嘘の元凶ではないかと、そう疑うと決めた。
よく自分の夢に登場する星々が夜空を彩る異様な景色をふと思い出した。
そうだ、よく考えてみると、ここの全てはなんだかおかしいーー
ここの空は、昼も夜も極光によって覆われている。
ここの星々もいつも気まぐれに現れていて、軌跡などない。
更に、ここの天気も季節によって変わりやしないし、荒れやしない。
全てが完璧すぎる。神子を名乗る羊かんが期待するようなーー痛みなど生じない場所のようだ。
それはまるで、彼によって操られた偽りの世界……
なら真相は?
落花流水も、流雲も、風雷も雨雪も星月も……全てがおかしい。
ここまで考えて、私は突如閃いた。
占星館には、何か大切な物が隠されているような気がした。
そこで私は占星館の中で最も物を隠しやすい場所である蔵書室に入り、見逃していた手掛かりを探し始めた。
「『七星摘要』も『天官星経』も読んだ。この『暦象本注』も確か読んだ覚えはある……おや?なんだこれは。書名がない?」
これこそ運命がこの天才たる私に与えてくれた祝福なのか?!
まさか本の山の中に紛れている一冊を見つけるとは。
見慣れた筆跡が目に飛び込んできて、それが自分のものであることはすぐにわかった。
こんなにも荒れ狂っているのは、心を揺らぐ程の何かに遭遇したのだろう。しかし問題は、書かれている内容に何の心当たりもないということだ……
「最中」
その冊子の中身をどうにか解読しようとした時、女性の綺麗な声に呼ばれて少し驚いてしまった。
「っはい!……瓊子様?」
瓊子様と天沼様はよく似た兄妹だ。神子の代行者で、皆からは「巫女様」と呼ばれている。
私は神子には多少の嫌悪感を抱いているが、巫女様には何故か親しみやすさを感じていた。
「扉を叩いたのですが、夢中になっているようで気付いてくれませんでした。何を見ているのですか?」
「読んだことのない本を見つけただけです。えーと、何かご用でしょうか?」
笑顔で話題を変えたところ、瓊子様も掘り下げる様子はなかった。
「神子から、相談があるようです」
そこで私は立ち上がって、表紙に何も書いていない冊子を本の山に置き、後でじっくり読もうとした。
何しろ、こんな芸術的な字を読める人はいないだろうから。
ただ……
心地の良いあたたかな昼下がり。
私の感情や記憶は神子に取られてしまったーー言わば「浄化」された私は、かつて感じた苦痛や疑問を忘れた。そして、真相を記録したあの直筆の冊子を開くこともなかった。
自分の部屋に戻ると、頭はスッキリしているが、心は疲れている状態だったため、やがて眠りに就いた。
またあの夢を見た。満天の星と高く懸かっている月が見える。辰星が瞬き、月と輝きを競い合っている。
辰星が夜に現れるということは、昼夜の秩序が逆転しているということ。
この異状が現れているということは、天下や白黒が逆転し、善悪の区別がつかなくなっている、つまり悪い兆だ。
Ⅱ.白虹日を貫く
無限の輪廻の中、時間はその意味を失くしていた。
長い長い、金色の夢の中……数百、数千、はたまたそれ以上の神秘的な力が、四方から伝わってきた。力強く何度も何度も最中にこう呼びかけてくる。
「「「目覚めて……貴方にはまだやるべき事がたくさんある!早く目覚めて……!」」」
白い虹が眩い光を放ち太陽を貫くと、完全無欠の金色の光の中に一点の白が混じり、そこからひび割れ夢の世界が崩れていく。
白い虹が太陽を貫くのは、変革の兆だ。
巨大な黒い渦から引きずり出されたような感覚がして、目が醒めた。なんだか眩暈がする。
私を起こしてくれたあの声は、聞き覚えのあるものだった。しかしどうしても思い出せない。
いったい誰なのだろうか?
永遠に続きそうな、あたたたかな昼下がりが目の前に広がっていた。
太陽の光は極光を通ることで、まるで色のついた硝子を通ったかのように、霞んだ光を降り注いだ。
空は相変わらず綺麗だ。しかし心の中で何かが欠けているような気がする……
私は中庭を宛もなく歩き、心を無にして散らかった思考を整理した。
「落花の如く、雲水の如く、星月の如く、雨雪の如く、風雷の如く、真を現せ」
「誰だ!ーーああ、瓊子様?そして天沼様……」
「思い出しました?」
「何……を?待て、確か、どこかで聞いたような気がする……」
混乱した景色が頭の中で浮かんできた、ただでさえ混乱している頭をさらに混乱させた。
どれくらい時間が経ったのだろう、私はある名前を思い出した。
「鯛のお造り?」
その名前はまるで呪文のよう、唱えることで封印された記憶が戻って来た。
「現世は食霊が不足しています。天災や人災のほかに堕神も横行しているため、これ以上耐えられなくなっています」
「黄泉の状況も決して楽観視出来ません。神器が壊される前に、全ての者を黄泉から救い出さなければ、全員黄泉と共に葬られてしまうだろう」
巫女たちの話を聞きながら、「黄泉」と「現世」を思い出すために脳を高速で回転させた。その二つの名詞を最速で理解しようとしたのだ。
そして、私は神国に関する全てを思い出した。
簡単に説明すると、桜の島の現実に固定されている部分は「現世」、影の中に隠されている部分が「黄泉」だ。
神国は羊かんが八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の神力を借りて創られた小さな世界で、現世の食霊たちの牢獄となっている。
更に、ここは二つの世界を繋ぐ唯一の場所でもあった。
私と鯛のお造りの計画は、この繋がりを利用し、黄泉が完全に破壊される前に人々を神国に映し、そして神国を通して現世に戻すことだった。
しかし出入りするには、神国の創造主である羊かんの許可が必要となる。
「もしかしたらこの願いはアナタを困らせてしまうかもしれません。しかし今は貴方だけが頼りなのです」
「最中よ、どうか……どうか皆を現世に戻してください!」
巫女の願いを聞いて、かつて私が鯛のお造りに誓った言葉を思い出したーー
「……」
なんだか肩の荷が重くなった気がするな。
しかし、星空からの最初の啓示によれば、転機は必ずある。
私が目覚めたということは、この神国はついに変革の時が来たということだ。
Ⅲ.熒惑守心
「熒惑が心宿を守る時、必ず災いが起きる。四方で戦乱が起き、天下は乱れる」
このような光景は、桜の島の現世で二度起きたことがあるらしい。
一度目は巫女が暗殺される前、すなわち私が召喚される前のことであった。
巫女が暗殺されたということは、王権が神権を凌駕することを意味する。その後陰陽家は庇護を失い、衰退していった。
私の御侍は、最後の典籍を持って、彼の溢れる才能と共に雲隠れした。
勿論、これは御侍自身の言い分だ。私にとってのあの余裕綽々の老人は、堅苦しい見た目をしているが、弱い心を持った屁理屈しか言わない研究爺さんに過ぎない。
突然夜中飛び起きて、巫女が堕ちた方法に向かって涙を流しているのを見たことがある。
そして、子どもに陰陽術を笑われて、言葉も出ないほど怒っている姿も見たことがある。
年を取ったせいか、重いものが持てず、労働も出来なかった……
彼の最大の功績といえば、私という天才を召喚したことだろう!
「最中よ、星を眺めることを忘れるなかれ!」
「御侍、心配しないで。こんなに綺麗な星空はいつまで眺めても飽きないからさ」
これが御侍と私の交わした最後の言葉だった。この小さな老人は旅立つ前、言霊のような陰陽術を私に掛けたのか、私はこの言葉に従わずにはいられなかった。
もしそうでないのなら、どうしてあれからの長い年月が経っているのに、私は星を眺めることを止められないのだろうか……
陰陽家は彼の死と共に、完全に没落した。私は星の奇跡をより良く観察するため、時代の流れに乗って一般の人にも開放する天文館を建てた。
まさか、天文館を通して水無月が訪ねて来るとは思わなかった。
しかも二度目の「熒惑守心」という異象が発生した頃に。
来者善からず……ということか。
目を細めて微笑む、人畜無害そうに見えるあの少年が、まさか私よりも遥か前に召喚された食霊であるとは。
彼はかつて巫女の世話をしていたそうだ。そのため王族を裏切り者とみなし、その憎しみは後に人間全てにまで及んだ。
「こんにちは最中、僕は水無月。君も陰陽師の家系を受け継いでいて、昔のことをよく知っていると聞いてね。一緒に陰陽家を復活させようよ」
「貴方の考えは確かに面白い。しかし憎しみを持って何かをするということは、その面白さを奪うことになると思うな。それに、私は地上の事より、星空に専念したいからさ」
「そうでなければ、私のところに来る必要もなかっただろう?」
「全てをわかっているなら、人間がいかに卑劣で利己的なのかを理解しているはずだ。食霊はこのような不義の種族を助けるべきではないだろう?」
「しかし、巫女様も同じく人間だ。いつかまたそのような方が現れ……」
「黙れ!汚れた人間と巫女様を一緒にするな!ハハッ、君はとても警戒心が強いみたいだね。説得出来なさそうだ」
私は返事をしなかった。自信に満ちた水無月の笑顔が一瞬にして崩壊し、またすぐに元に戻る様子を微笑みながら眺める。
彼は協力という名目で私のところにやってきて、一緒に人間に復讐してくれと頼んできたのだ。
しかし彼のことを占ってみたところ、例え今どれだけ人間を憎んでいようが、彼は未来誰かによって救済されるという結果が出たのだ。
だから、反論する必要はない、ただ笑顔でその日が来るのを待つだけだ。
残念ながら、水無月は私の笑顔の意味を勘違いしたようで、私をじーっと見つめた後、急に爽やかな笑顔を見せてきた。
「おかしいな、仲間になれないどころか、敵になっちゃうかもしれないんだね。見てろ、僕が先にこの状況を壊す方法を見つけ出してやる。その時、君は偽善な人間共を守れるかどうか見物だね。最中さーん」
「……?」
私は一つ瞬きをした。熒惑守心、異変が横行する。
食霊の力を借りないと普通に生活出来ない人間たちは、既に十分苦しんでいる。この水無月という奴はこれ以上何を望むのか。
「君にはわからないだろう、僕が望むのは公平だ……あいつらは存在する価値すらない」
あれ以来、水無月が私の前に現れることはなかった。
彼の計画の全貌を知った時には、私は既に神国にいて、ほとんどの記憶を失っていた。
ーー八尺瓊勾玉によって再び目を覚ますまでは。
Ⅳ.両月相承
神国、占星館。
昨晩は記憶の整理で夜更かししたため、翌日は時間通りに起きられなかった。
ようやく占星館に到着すると、練り切りと花びら餅は既に到着していた。
「館長、遅刻ですよ」
几帳面な練り切りは真面目で険しい表情で私を見つめた。
私が散らかした部屋は、既に片付けられて綺麗になっていた。
部屋の中に置いてある草花も丁寧に手入れされ、生き生きとしている。
この全てはこの練り切りの仕業だろう、恐ろしい程にきっちりとした男だ。
彼が占星館に加わってから、私も不本意ながらも規則正しい生活を送ることとなった。
「おはよう、練り切り。遅刻とか堅いことを言うな。たまたまだ」
「そうはいきません。この占星館の長である以上、範を垂れるべきです。どうか反省してください。次はありませんよ!」
「……はいはい、反省します」
練り切りをあしらった後、扉の後ろに隠れている花びら餅を見つけた。また頭の中で何か奇想天外な妄想を繰り広げている顔をしていた。
「おい、花びら餅、毎日毎日何を妄想しているんだ!」
「いえっ!何でもありません、貴方には私は見えません、貴方には私は見えません……」
風変わりな二人を見つめながら、抹茶の探偵社とおでんのこの可愛らしい子どもたち、そして教養のある草加煎餅のことを考えていたら、なんだか悲しくなってきた……
私も可愛くて知識が豊富な館員が欲しいな!
「コホンッ!本日をもちまして、我々の占星館は正式に天文館と改名することにします!」
「えーー」
「賛成です。占星館よりも、現実味のある名前だと思います」
「練り切りは賛成なんですか?天文館……それだと眼鏡を掛けた大人しい男の子がいそうな場所にしか……お二人とも……ちっともそのようには……」
「なあ、こういうのは館長である私が勝手に決める事だ。二人の意見を伺う必要はない」
「……急に名前を変えようとしたのは、もしかして……」
「花びら餅!おかしな妄想をやめるんだ!」
「館長様、お静かに。天文館の中では静かにしてください」
……
昼までの時間を全部費やして、やっと占星館の看板を天文館に出来た。
そして、当然のことながら私は羊かんに呼ばれてしまった。現世で持っているのが天文館だったから、急に名前を変えたことで疑われたのだろう。
私は隠し続けるつもりはない。
もう隠してもしょうがない。面と向かってやり合うしか道はない。
時間は限られている。もう後戻りは出来ないんだ。
「全てを知ったのか」
「ああ、もう二度と忘れられない程にな」
一見哀れみに満ちているが全く無表情な羊かん、彼は私の言葉を聞いても表情を変えることはなかった。
ちっとも動じない羊かんと比べれば、水無月なんかの方がよっぽど可愛い。
しかし、水無月がいなければ、今のような状況にならなかったのも事実だ。
私は羊かんの向かい側に座り、心を落ち着かせた笑顔で彼に向き合った。
「貴方が浄化した水無月は驚く程単純な奴になったな。もう彼は貴方の助けにはならない」
「私はただ、皆を不幸と苦痛から遠ざけたいだけだ。そして水無月にも忘れる権利がある」
「だが、私たちは過去を忘れたくない」
「それは断じて間違っている。あなた達を正すことこそ私の使命だ」
隙のない羊かんの表情を見て、言葉だけでは納得してもらえないと思い、私は首を横に振った。
「私は貴方と議論することに興味はない。ただ、貴方の浄化はもう私には通用しないとだけ言っておこう」
「しかし、それは他の者達にはまだ有効だ。彼らに何か教えたとしても、どうにもならないよ」
「つまり、貴方は私を操れない、私も貴方の世界を邪魔出来ないってことだ。心配するな、そんな無駄なことはしないさ。誰かに話すつもりはない。ただ静かに貴方を倒す方法を研究するまでだ。貴方が間違っていると証明するためにね」
羊かんは沈黙した。私の予想が外れて、彼が襲ってくるのではないかと思った瞬間ーー
彼は立ち上がり、最後に私に一言だけ残して去っていった。
「なら、健闘を祈る」
Ⅴ.最中
神国、占星館。
一方の天沼は、二人が去った後に現れ、手を伸ばして本の山の上に置いてある冊子を拾い上げた。
最中の荒れ狂う筆跡が目に留まった。
これは、記憶を失った彼自身へ宛てた長い手紙だったのだーー
「落花の如く、雲水の如く、星月の如く、雨雪の如く、風雷の如く、真を現せ」
「この言葉に見覚えはないか?何か心当たりは?」
「これは鯛のお造りの言霊の術だ。惑わされないよう守ってくれるらしい。一度試してみたが、効果はいまいちだった」
「この冊子を見つけたということは、貴方は神国と呼ばれるものに疑いを持ったということだ。或いはただ幸運なだけか。神国の正義を深く信じている場合、私が書いていることが信じられないだろうな」
「ははは、何を書いているのだろう……とにかく、真相は至って簡単な話だ。この神国は偽物だ。水無月と羊かんによる計画の一つだとわかってくれ」
「あの二人は、貴方と鯛のお造りが苦労して現世に送った八尺瓊勾玉を使って、この偽りの檻を作った」
「しかし、神国は黄泉と現世を繋ぐことが出来る。それを利用すると良い」
「水晶玉を開いてごらん、召喚方法を覚えているか?鯛のお造りと連絡を取ることが最優先だ」
「彼はずっと、貴方を待っている」
「あと、冊子の存在を羊かんにバレないようにしておけ。まあ、あいつは読書に全く興味がないはずだから大丈夫だろうな……毎日何をしているんだろうな、こんな偽りの平和を見つめて、つまらなくないのか?」
「まあ、これ以上書く時間はない。最中!私は貴方だ。だから貴方なら出来ると信じているさ」
「巫女様を、鯛のお造りを信じろ。そして自分を信じて。あと、星を眺めることも忘れるな、自分の声を疑うな!」
「ご武運を」
全て読み終えた天沼は、冷静に冊子を本の山に戻した。
右手を上げると、温かな光沢を持つ勾玉が現れた。
「もしかしたら……」
天沼はゆっくりと勾玉を強く握りしめ、揺らめく光を放つそれを再び掌に溶け込ませた。
そして彼も落ち着きを取り戻した。
その「もしも」のために、天沼と瓊子は自分たちの存在を支えている八尺瓊勾玉で最中を目覚めさせた。
「私たちがこれから話す事は、貴方にとっては少し迷惑なことかもしれません」
「ここ数日、私たちは幾度も計算しました。”黄泉”はもう救う事が出来ない。全員をそこから救い出す他に方法はありません」
「しかし、全ては羊かんの同意がなければいけません。更に、”現世”にいる者に、外界から開けてもらう必要があるようです。」
「残念ながら、”現世”ではここについての全ての記憶がありません。もし祭壇を見つけたとしても、神力がなければ開けることは難しい……そのため、外界から助けを求めるのは至難の業です」
「私と兄様は限界が来ております。羊かんの指令のまま動いてしまう日もそう遠くないかもしれません」
「我々は貴方が”黄泉”と連絡が取れることを知っています。申し訳ありませんが、皆を救うには貴方の力が必要不可欠です」
「これを受け取って下さいーー」
「勾玉?」
「瓊勾玉の本体を持っていてください。これを持っていれば幻境の影響を受けず、二度と忘れたりしません」
「しかし、貴方たちは……?」
「いつか我々の力は失われます。力があるうちに出来る事をしておきたいんです」
「”黄泉”と”現世”は我々が作ったものですから、私たちが責任をもたなければなりません」
「ここで再び会えただけで嬉しいのです、そうでしょう?」
最中は勾玉を受け取り、久しぶりに水晶玉を手の平に召喚した。そして、勾玉を水晶玉の中にある時空の狭間に隠した。
「どうか、皆を救ってください」
無理難題を押し付けられているはずなのに、最中は微笑んだ。
勝利を既にこの手に収めたかのような確信を持って、彼はこう言った。
「心配するな。私たちの勝利は星象が既に示してくれている!」
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