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豆沙糕・エピソード

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豆沙糕のエピソード

書生兼弟子として片児麺に拾われた少年。片児麺の恩義に報いるため、彼自身も古画や書籍が好きだったので、彼女に師事し、彼女の下で仕事をしている。温厚で勤勉な性格のため、南離印館の者に愛されている。

Ⅰ.南離印館から始まる


私の名前は豆沙糕(とうさこう)、南離印館で片児麺(へんじめん)様のお手伝いをしている。


南離印館は光耀大陸にあり、天下にある印章つきの骨董品を集めるところだ。


ここにはたくさんの骨董品、書画や篆刻がある。


片児麺様は館内でも有名な古画修復師で、卓越した技術を持っている。骨董品は彼女の手に渡ると、すぐに元の姿に戻る。


私の仕事は彼女のもとで雑事をこなすこと。


他には、彼女と一緒に博物館を運営し、彼女の使い走りや伝令係をしている。


彼女のもとで色んな事を学んだ、今まで見たことのないものに触れることも出来た。古い書画の裏に隠された逸話は、いつも私を驚かせてくれる。


どの書画にも、美しく唯一無二の世界が隠されている。


ここに来たばかりの頃、私が一日でも早くこの大家族に溶け込めるよう、片児麺様は南離印館の歴史や館内のお話をたくさん話してくれた。


彼女を通じて、私はすぐに南離印館の皆さんと親しくなり、友だちになった。


傍から見ると、片児麺様は冷たいように見えるけど、実は皆が言う程厳しくはないし、自分のやるべき事に対して真剣なだけだということがわかる。


彼女はとても強くて、格好よくて、お一人で何でも出来るすごい存在です。


南離印館で生活や仕事が出来るのはとても嬉しいし、片児麺様と一緒にいるのも楽しいです。しかし……

私の力は彼女程強くない。

これ以上、彼女の役に立つことが出来ない


どうすれば強くなれるのだろうか?


この問題は長い間私を悩ませてきた、でも一向に良い方法が見つからない。


世の中には助けを必要としているひとがたくさんいる。私もいつか、片児麺様のように強くなって、もっとたくさんの人を助けることが出来たら嬉しい。


Ⅱ.心からの献身


今日はとても暑かった。


片児麺様と他の仲間たちは公務で外出しているため、文化財修復センターで一人で御留守番することになった。


太陽を見上げてみると、もう少しで戻ってくる時間だとわかった。


この暑さで、あちこち走り回るのはきっと大変だったはず……


そう思いながら、私は手早く手元の額縁を修復し、暑さを和らげるための緑豆スープの用意を始めた。


夕暮れが近づくと、外から談笑する声が聞こえて来た。


「おかえりなさいませ!お疲れ様でした、良かったら召し上がってください」

そう言いながら、冷凍庫で冷やした緑豆スープを皆の前に運んだ。


豆沙糕もご苦労だったな、座って一緒に飲もうか」

京醤肉糸(じんじゃんろーす)館長はニコニコと笑いながら、私の頭を撫でた。


「私はもう頂きました、早く召し上がって暑さを和らげてくださいね」


皆が席につくと、私は急いで茶碗と箸を配った。


豆沙糕は優しいな!早くこっちに来て、ぎゅっとさせて!」

豆沙糕がいてくれるから、館内の仕事が本当に楽になりました」

豆沙糕豆沙糕!甘いお餅も食べたい!」

「あああ!じゃあうちも!かき氷が食べたい!」

冰粉も!!!」


黙っていた片児麺様が軽く咳払いをした。

豆沙糕は忙しい中、皆のために食べ物を用意してくれました。何もかも豆沙糕にやらせようと、考えてはいけませんよ」


「へっ、片児麺様、大丈夫ですよ」

豆沙糕、あまり彼らを甘やかしてはいけない。貴方が怒らないから、図に乗るんですよ」

「い、いや……そんな事は……」

豆沙糕は優しすぎる」


片児麺様の真剣な表情を見て、蟹醸橙(しぇにゃんちぇん)と彫花蜜煎(ちょうかみせん)は舌を出した後首をすくめて、大人しく緑豆スープを飲み始めた。


彼らのその様子を見て、皆笑わずにはいられなかった。


そして、皆の笑顔を見て、私も一緒に笑った。


皆とても良い人たちで、皆それぞれ南離印館のために頑張っている。

皆の負担を少しでも分かち合えたら、私にとってこの上なく嬉しいこと、だけど……


豆沙糕、真剣な顔をして、何を見ているんだ?皆に雑用を押し付けれて気に入らないのなら、私から注意しておこう」


京醤肉糸様はいつもそうだ、無関心のように見えて、いつも注意深く周りを観察して、優しい言葉を掛けてくれる。


私は笑顔を浮かべている彼を見て、頭を横に振った。


「いえ……自分には力がないから、皆さんのためにこれぐらいの事しか出来ないと考えていただけです。もっと強くなれたら、もっと皆さんのお役に立てるのではないかと……片児麺様みたいに強くなれたら、皆さんを支えられるようになるのでしょうか?」


Ⅲ.意味深な言葉


夜が更けているにもかかわらず、片児麺様の部屋には明かりがついていた。


試しに扉を叩いてみたけど、返事は来ない……


彼女はまた机に突っ伏して眠ってしまったのかもしれない。


部屋に入ってみると、予想通り彼女はぐっすりと眠っていた。


雪丸は甘えるように彼女の懐で丸まっていた。私が近づくのを見て、そっと私のほうに飛びついてきた。


壁にかけてあった外套を取って彼女に掛けた。そして机が散らかっていたため、骨董品を修復するための道具をそっと片づけ、雪丸を連れて部屋を出た。


外に出たら、館長様がニコニコしながら廊下の壁に背中をつけてもたれていた。


「館、館長様、こんばんは……!こんな時間に、どうしてここに?」


「天気が良いから、散歩にね」

いつものように、彼はニコニコしながら私を見ている。


「南離印館に来てしばらく経つが、どうだ?ここにいて楽しいか?」

「えっ?」


彼がどうして急にそんなことを聞くのかよくわからなかった。だけど、その質問に対し私は素直に頷いた。


「皆さん親切で……一緒に過ごせて楽しいです!」

「ここが好きです、南離印館は……私の家、です」


「そうか、それなら良かった」

彼はニッコリと私の頭を撫で、部屋に戻るため踵を返した。


その後ろ姿を見送りながら、ふと、今まで聞けなかった言葉が口に出た。


「館……館長様!」

私の呼びかけに応じて彼の足が止まった。彼が振り向く前に、私は大きな声で自分の願いを口にした。

「もっと皆さんの役に立ちたいです!もっともっと!皆さんの悩みを解決してあげたいです!でも、どうすれば皆さんと同じように強くなれますか?」


彼はまた、私の髪をくしゃくしゃに撫でた。

ボサボサになってしまったけれど……とても気持ちいい……


「強くならないと、皆の役に立てない訳ではない。力になりたいのなら、ずっと笑顔でいてくれ。どんなに悲しくても、豆沙糕だけの笑顔を、浮かべていてくれ」


京醤肉糸館長は、悠々とした足取りで廊下を去って行った。言葉の意味を理解出来ない私は、長い廊下に残され、じっと彼の後ろ姿を見つめた。


Ⅳ.笑顔の力


南離印館での日々は決して変化がない訳ではない。


修復作業や日常的な骨董品の売買の他、怪しげな噂のある骨董品の所在地を探索する時には、思いがけない事が起こることもある。


怪しげな地宮の中で、危険に遭遇することもあるのだ。


……そう、今回のように。


仲間たちは皆、血の匂いを帯びながら、お互い手を取り合いながら印館に戻ってきた。


包帯から滲んだ血を見て、片児麺様は顔をしかめた。


私は見ているだけで、何も出来ない。


片児麺様と京醤肉糸館長が先頭に立ってくれるなら、万事うまく運ぶだろうと思っていた。

それなのに、彼らは全身傷だらけになって帰って来た。


いつも陽気な笑い声が溢れる南離印館だが、この時の空気は一際重かった。


自分の服の裾をぎゅっと掴んで、言葉が出てこない。

皆暗い顔をしていて、悔しそうにしているのを見て、どう言葉を掛けたらいいかわからなかった。


……私は……皆の役に立てない。

……どうして私はこんなに役立たずなんだろう。


少し目頭が熱くなって来た、私は懸命に目を拭う。

泣いている場合じゃない、泣いたってしょうがない、私が泣いたって誰の為にもならない……


手のひらに爪が食い込み、傷んだ。下唇を噛んで、自分の無力さに苛立った。

しかしその時、私の頭の上にそっとあたたかな手が触れた。


顔を上げると、いつもの館長様の笑顔が目に入った。


その笑顔はいつもと変わらず優しく、硬くなっていた私はホッと緊張を緩めた。力強いその視線は、瞬時に私の心の不安を吹き飛ばしていった。


大怪我をしているのに……

もう……立っているのも辛そうなのに……


「館長様」

私の呼びかけには答えず、彼はにこやかに私を見つめ続けた。

豆沙糕、私が言ったことを覚えているか」


「力になりたいのなら、ずっと笑顔でいてくれ」


あの夜の言葉がふと頭に浮かんで、私はハッと顔を上げた。


館長様は笑いながら頷いてくれた。

そして手を上げて、いつものように私の頭を撫でた。


「行きなさい。貴方の笑顔は、皆を支える力になる」


私は力強く頷き、目尻の涙を拭いた。そして頬を叩いて、いつもの笑顔を取り戻した。


「皆さん!おかえりなさいませ!美味しい物を用意しましたよ!」

豆沙糕ーっ!!!」

「やったー!豆沙糕万歳!!!」


少し元気を取り戻した皆と、その顔に浮かんでいる笑顔を見て、私はようやく理解した。


私の笑顔で、皆の心の翳りを吹き飛ばすことが出来るのだと。

例え強くなくとも、皆を支える力になれるのだと。


Ⅴ.豆沙糕


土砂降りによってどんよりとした空は、逃げ場のない圧迫感を与える。


ボロボロの橋の下に飛び込んだ少年の手には、柔らかいウサギが抱かれていた。どうしてか、その少年が頭を振る仕草は、彼の手にあるウサギに少しだけ似ていた。

「雪丸、とりあえずここに隠れよう」


大小二つの姿が、雷鳴轟く雨の夜、橋の下でぴったりと寄り添っていた。


少年は腕の中のあたたかく柔らかいウサギを抱きしめながら、外の土砂降りを眺めた。


「タタタタッーー」


足音につられて、少年が顔を上げると、すらりとした姿が橋の下に現れた。


雨に降られて狼狽していても、彼女の身なりからは気高さが見て取れる。


高貴な気配を漂わせている彼女は、焦った顔で外を見ていた。その様子に優しい少年は不思議に思った。


全身びしょ濡れで、落ち着く様子のない彼女は、眉をひそめて橋の下から飛び出そうとした。


「ゴロゴロゴロ……」


しかし突然の凄まじい雷鳴に、少年の腕の中のウサギもたじろぎ、彼女も足を止め、唇を噛んだ。


少年は彼女の小刻みに震える手と、眉間の皺を見て、思わず立ち上がって彼女に近づいた。


その時になって、ようやく彼女は自分より背の低い少年に気付く。


「ちょ、ちょっと待ってください……このまま外に出ると……風邪を引いてしまいます」


柔らかな声は、彼の腕の中にいるウサギのようだった。彼の外見によく似合う声に、彼女は振り返った。


「病気にでもなったら大変ですよ」

「しかし……」


「えっと……もし何かを探しているのなら、私が代わりに探しに行きますよ。もし心配なら、この雪丸をあなたに預けても良いです。外には出ないでください、雨は酷いし、雷も鳴っています……」


再び雷鳴が轟いた。片児麺は真剣な顔で自分の袖を引っ張る豆沙糕に戸惑いながらも、口を開いた。


「……貴方だって……怖いだろうに」

「だっ、大丈夫です!私は食霊です!人間のように病気になったりしません!でもお姉さんは本当に行っちゃダメです。肺炎で亡くなった村人を何人も見て来ました……今の光耀大陸には堕神多くて、薬草が手に入りにくいんです……」


片児麺は、自分を掴む小さく震える手を感じながら、天真爛漫だが強い意志を持った目をもつ少年を眺めた。


豆沙糕片児麺も同じ食霊だと気付いていないが、彼女はそんなことを気にしてはいない。ただ、一つまばたきをして、目の前の小さな食霊に問いかけた。

「どうして食霊が人間のためにそんな事を?」


「えっと、それは……」


片児麺の質問にどう答えればいいかわからない豆沙糕は、何とも言えない表情を浮かべた。鼻の頭に寄っている皺を見て、彼女は思わず彼の腕の中にいるウサギに視線を移した。


「私もわかりません……しかし、うーん……こうすればあなたが助かるかもしれないでしょう?はい!あなたの役に立てるのなら、嬉しいです!」


この時の豆沙糕も雨に濡れて、酷い姿をしていた。しかし、その両目は、暗く湿った橋の下を照らす程に明るく輝いていた。


片児麺の心はそう簡単に動かない、しかし少なくともこの一瞬だけは、少年の目の光によって彼女の心は揺れた。


あれはあたたかく、全ての闇を照らす光だった。


彼女自身もどうしてそうしたのかわからないまま、少年に向かって手を差し出した。


「なら……より多くの者を助け、より多くの者の力になりたくはないか?」



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