蟹醸橙・エピソード
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蟹醸橙のエピソード
蟹醸橙は情熱的で小さな太陽のような人、よく色んな方法で他の人を喜ばせたりしている。機械の研究と改造が好きで、色んな変わった作品を制作してきた。たまに自分の作った機械でいたずらをする事もある。蟹醸橙は特殊な機械を持っており、それは色んな姿形に変わる事が出来る。
Ⅰ.からくり
トーン、トーン、トントンッ!
太陽が西に沈み、空は茜色に染まった。
いつもこの時間になれば、部屋からは木を叩く音が聞こえる。
「もう何日も経ったんだろ?いつまで閉じこもるつもりなんだ?」
「食事は一応ちゃんと取ってるらしい……けど、本当に大丈夫かよ?」
僕は手すりに寄りかかり、池の中で楽しそうに泳ぐ鯉を眺めながら、ぼんやりとしていた。突然、何かを思いついたようで、腰にかかっているが入った百宝袋に手を伸ばした。
僕は、少し前に家から持ち出した小さなからくりを、おずおずと池の中に下ろした。
突然現れた木船に鯉が逃げ惑い、そして木船が駆け出したら、僕は思わず歓声をあげてしまった。
「御侍様!からくり木船成功したよ!!動いた!見てよ!ついに完成したな!」
いや…彼が作ったものだし、彼よりも僕の方が興奮してるって……
2ヶ月前、僕は御侍によってこの不思議な世界に召喚された。
認めよう、最初あの冷たくて近寄りがたい顔を見たとき、さすがに勢いに圧倒され、怯えてたよ。
特に、あの巨大で冷たい機械に加え、プレッシャーが半端ないんだけど!
最初は僕に冷たいのかなと思ったが、そうでもないことに後々気付いた。
僕の御侍は、この町では歓迎されてない機械技師だった。
笑顔のない、いつも冷たい表情のせいか、みんなから恐れられ、仲間外れにされることが多かったようだ。
そのためか、ほとんど外に出ず、機械をいじっているだけ。
あの巨大なメカは、彼が作ったからくりの一つ、一振りで家ごと解体できそうだ。
みんなは知らないが、御侍はただ、笑うのが苦手なだけだ。
機械の話題になったときだけ、無表情な顔に笑みが浮かび、その目には普通の人と変わらない安堵感と幸福感が漂っていた。
そして、笑った時の御侍は、本当かっこいいぜ。
御侍が作ったものはどれも奇想天外で精巧にできているが、人の前で展示や使用したことはなかった。
「御侍様、うちにはこんなにもいいものがあるのに、街のみんなと分かち合わないのか?」
「……使ってくれないぞ。」
「なんでだ?こんなに面白いくせに?」
「恐いからか…まあいい。言ってもわからないだろうしな」
その日、初めて御侍が落ち込んでる姿を見た。
次第に僕は御侍の言う「恐ろしい」とは、町の人々が機械を恐れているのではなく、御侍と彼が作った物に限って怯えているらしいということを理解した。
「見て!川に木の船があるよ!きれーい!」
「うわー本当だ!かっけえなぁ!俺もこんなのつくれたらなぁー!」
遠くから聞こえてくる歓声に、土手に集まった数人の子供たちが、俺が川に投げた木船について熱く語っている。
御侍が作った物に全く怯えてる様子がなく、明らかに楽しんでいたのだ。
ただ……機会がなかっただけだ……
突然、思いついたんだ。
僕が、これらの機械の本来の価値を引き出してやろう!
Ⅱ.歓迎
「御侍、御侍様!使ってない機械を借りてもいい?」
「また何をするつもりだ?」
「あっ、えっと……もちろん、機械にとても興味があるからだよ!」
彼の目には一抹の疑念があったけど、意外にも深追いしてこなかった。
「……使いたいのなら、自由に使うと良い。まだしばらくは閉じこもるから、私の邪魔はするな」
「わかった、御侍様、ありがとう!」
許可を得た後、僕はカニちゃんに指示を出して、百宝袋に物を押し込んだ。
僕の百宝袋は、大きさを自由に変えられる、物を入れたり運んだりするのに非常に便利な優れ物だ。
機械を磨くのに必要な材料から、こっそり買ったおやつまで全部この百宝袋に入れられるんだ。
だから、町の人たちは僕に「移動倉庫」という名前をつけてくれた。
変な呼び方だけど、なんか妙にカッコよく聞こえる。
僕の計画の第一歩は、町の市場に出店することだ。
実際に見て、使ってもらって、実体験させることで、不安や心配を払拭したい。
世の中に悪いものなんてない、使いこなせない人がいるだけだと思うんだ。
御侍はきっと、心を込めて作った機械が皆に認められなくて悩んでいるに違いない、だから誰かに見せたりもしてこなかったんだ。
御侍は人の目を気にする人だから、どうにか町の皆にその価値を認識させたい!
賑やかな市場で、僕は誰よりも懸命に声を出した。
「機械雑貨屋が開店したよー!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!良くなかったらお金は取らないよー!」
徐々に集まってきた人々の目は、機械に向けられていた。
「あら不思議!この木の鳥は本当に飛ぶことが出来るのね!」
「この揺り椅子は按摩まで出来るのかい?ふぅ……気持ちがいいな!」
「このカニも木で出来ているのか?本物みたいだな、物を運ぶのに役立ちそうだ」
「待って、そのカニたちは機械じゃない!」
結果的に、僕の判断は正しかった。いや!正確には、御侍が作った機械はとても人気があったと言うべきだな。
一日も経たないうちに、機械は全部町の人に持って行かれて、数が足りない物まで出てきた。
だから、御侍が閉じこもっている間、雑用をする以外僕はほとんど町で過ごしていた。
僕が持ってきた、ずっと隅っこに置きっ放しにされていた小さな機械たちは、今や大人気の道具になっている。
「お兄ちゃん、すごいね!この木の船は自分で曲がれるんだよ!」
「風の力で方向を変えているんだどうだ!すごいだろう!」
「お兄さん、改造したあの椅子だけど、揺れないし、折りたたんで持ち運べるし、座り心地も良かった。本当にありがとうね!」
「そんな、助けになったなら良かった!」
「おっ!蟹醸橙(しぇにゃんちぇん)!言われた通り、木の鳥を畑に置いたら悪い鳥が作物を食べに来なくなったぞ。本当に助かった!」
「それとな、改良したあの弩弓も使い勝手が良かった!いっぱい狩れたから、いくつか持って帰ってくれ!」
「お兄ちゃん、また遊びに来てもいい?」
「もちろん、いつでもどうぞ!」
これら感謝の言葉を聞いて、僕は今すごく満足している。だってこれは、彼が作った機械が人々に認められた証拠だから。心を込めて作られた作品は尊重されるべきなんだ。
人々の笑顔が、これらの機械により一層深い意義を与えてくれた。
だけど、僕が「御侍」の話をすると、何故かみんなぎこちない笑顔を浮かべるんだ。
特に、機械が彼の手によって作られたって話を持ち出すと、誰もが目を背けるようになる……
おかしい……どうしてみんな「御侍」のことをこんな風に思っているんだろう……
前に何かあったのかな……
徐々に、皆に安心して受け入れてもらうために、彼の名前を隠さなければならなくなった。
もちろん、僕はこんな結末を望んでなんかいない……
とにかく、良い物は良いんだ、偏見なんかで埋もれさせてはいけない。
良い物とは、皆に幸せや喜びをもたらすことが出来るんだ。
御侍の名前を堂々と言えるようになるまで、御侍が皆から直接褒め言葉を聞けるように、そんな偏見を必ず僕が打ち破ってみせる!
Ⅲ.不遇
いつの間にか、皆の笑い声は僕のそばから消えていった。
遊び盛りの子どもたちも、「新しいおもちゃを見せて!」とうるさく言ってこなくなった。
「お兄ちゃん、またあの船が見たい……」
「行くな!あれは危険なのよ、何度も言っているでしょう?もし怪我をしたらどうするの!」
その子が母親に連れ戻されるのを僕はただ呆然と見ていた。
これで何回目だろう、回数なんても数えていない。
皆が僕を避けるのは、僕が何か怒らせるようなことをしたからかな?
つい最近聞いた変な話を思い出した。
機械は不浄なものだとか、機械がなければ人が傷付く事故が起きないとか……色々。
どうして急にそんな話が……
「蟹醸橙、まさかまだ知らないのか?」
「一体……何があったんだ?」
「はぁ……ある子どもがお前の弩弓をこっそり持っていって、何人かに怪我させたらしい。全然お前のせいではないが……」
「だから言っただろ?これは不吉なもんだって!」
「……うちの椅子も処分した方がいいね……」
僕は大きな石が頭上に落ちてきたような衝撃を受けた。
僕がどこかに置きっぱなしにしちゃって、まだ修理を終えていない弩弓が……
誰もそんな物を……拾ったりしないって思っていたのに……
事実、僕が持ち出した改良された弩弓は、僕の知らないところで人を傷つける道具になっていた。
違う!違うんだ!
よく機械を借りに来ていた子を探し出し、真相を聞き出そうとした。
「お兄ちゃんに教えて、あの弩弓を持って行ったのは君か?どうして人を打った?」
「ご、ごめんなさい……あいつらは……僕をいじめて……ちょっとおどかそうとしただけなんだ……」
「武器を使って人を脅したら、君をいじめた子たちと同じになったちゃうだろ!この弩弓は本当の悪者を退治するための物なんだ!」
罪悪感に苛まれている子どもを見て、僕も少し言葉に詰まってしまった。
弩弓を回収したとしても、人の心に与えた傷の取り返しはつかない。
皆が本当に怖いと思っていたのは……これだったのか?
でも、本当は人を傷つける為の物じゃないのに!
御侍がやりたいのは、僕が伝えたいのは、人々に価値と幸せをもたらす物なんだ!
どうにか皆に気持ちを伝えようとした時、突然、町に大きな嵐がやってきた。
どこからともなくの咆哮が飛んできて、突如として町の平和を打ち砕いた……
Ⅳ.楽しい
堕神は、人間の全てを喰らい尽くす恐ろしい怪物だ。
堕神がどれだけ恐ろしいのか僕にはわからない、出来れば一生出会いたくなかった。
でも今、町の外で暴れているのは、間違いなく堕神だ。
町全体が堕神に飲み込まれていくのを感じる。
泣き声、叫び声、助けを求める声が絶え間なく聞こえてくる。
ボロボロになった木の鳥が扉の前を転がっている、木の船も転覆して水面に浮かんでいた。御侍はこんな時でも部屋から出てこない……僕は思わず大胆な決断を下した。
御侍、君が作った物は皆を幸せにする物で、決して人を傷つける物ではないと、今がそれを証明する時だ!
四方八方から砂嵐が巻き上がり、遠くで大きな轟音が鳴り響いた。
頑張って百宝袋の中を探ったけど、どうにか弩弓だけ見つけた。
「それで戦場に出るつもりか?」
御侍の声が聞こえてきて、顔を上げると、彼のそばには巨大な金属製の戦車が止まっていた。大きくて、堂々としていた。
「御侍様……?そっ、それは?」
突然、過去の記憶が頭の中に流れ込んできた……
「蟹醸橙、何週間後の集会にあんたも来るんだろう?皆がな、あんたんとこの機械を楽しみにしているんだ!」
「集会?何の事?」
「知らないのか?三年に一度しか開催されない、俺たちの町で最も有名なお祭りだよ。他所からも人がやってきて、自慢の手芸品を展示したり競走したりして、とても賑やかなんだ!」
「集会のために皆も一生懸命準備しているしな!」
「そうそう、素晴らしい機械をいっぱい持ってるんだろう?参加しない理由がないだろ!」
「御侍様!集会があるらしいよ、参加してみ……」
「参加しない」
「なんで?……そのために何週間も引きこもって、準備してたんじゃ……」
「行かないと言ったら、行かない」
「パーンッ!」
記憶に残っているのは、固く閉ざされた扉だけだった。
その時、僕は御侍が嘘をついているのではないかと思った。
そうでもなければ、昼夜問わず自分の部屋ち閉じこもって、あの機械を研究する必要もないだろう。
どんなに小さな部品相手でも、彼の目は真剣だった。
機械に心血を注いできた彼は、他の人たちと同じように、自慢の機械を輝かしい舞台に立たせたかったに違いない。
そして何より、御侍はそれを使って町全体を守りたいと考えていた。
僕が気付いた時、既に戦車は僕の前に佇んでいた。
僕は霊力が弱い、どうしたって自分の力だけではあんな巨体には勝てない……
……唯一の方法は、大型弩弓を頼るしかない……とは言え今持ってる弩弓は太刀打ちできないだろう。
でも、今更……
「言いたい事はわかっている。物は、使われるために作られているんだ」
「ちゃんと自分の事も守れ」
「……はいっ!安心してくれ!御侍様!」
弩弓を手に、堅固な戦車に乗り、一人で恐ろしい堕神に立ち向かった。
暴れている堕神が怖くないと言ったら嘘になるけど、御侍や皆を守るためにも僕は……!
この命を捨てても、なんとしても食い止めてみせる!
戦車がある事で、僕の力だけでもなんとか戦えた。すぐに、堕神が悲鳴をあげながら倒れ、僕はホッと一息ついた。
すると、一気に疲労感が襲ってきた。
僕は破損した戦車の上に横たわり、息が整わない。
結局、僕は御侍がこれまでずっと頑張ってきた成果を台無しにしてしまった。
きっと許してくれないだろうな……
「蟹醸橙!本当にありがとう!」
「貴方がいなかったらどうなっていたか。あの怪物どもを倒せたのは貴方と……貴方の御侍が作った機械のおかげだ!」
「すまないことをした。俺たちは……誰かがあんたたちの機械を使って悪用しただけで、あんたとあんたの御侍に冷たくしちまった、本当にすまなかった!」
「実は……あの機械たちに記されている印を見て……わかっていたんだ……全部貴方の御侍が作ったものなんでしょう?今まで誤解して……申し訳ない」
「どうか私たちを許してくれないか?」
「お兄ちゃん……無事で本当に良かった!ごっ……ごめんなさい!僕は、もう二度と機械を使って人を傷つけたりしない!約束するよ!」
顔を上げると、少しぼやけた視界の中に、災害で苦しめられた顔に笑顔が戻っているのが見えた。
僕はうまくできなかったのに僕を慰めて……褒めてくれた。
「蟹醸橙、良くやった」
頭の上に大きくてあたたかい何かを感じた……
同時に涙も溢れ出た。
「二人ともありがとう!」
……久しぶりに皆の笑顔を見られて良かった。
ようやく、御侍も自分の耳で、皆の肯定の声を聞くことが出来た。
危険な時に皆を守れて、皆が幸せに笑顔でいられるような物があれば、それが存在意義になるはずだ。僕はこういう物をいつまでも残しておきたい。
僕の百宝袋は小さくても、無限の力を秘めていると信じている。
この力はきっと適した時に特別な光を放ってくれるはずだ。
Ⅴ.蟹醸橙
光耀大陸の南東部にある辺鄙な町に、とても優秀な機械技師がいる。
幼少期に堕神と遭遇した悪夢のような体験から、彼は「皆を守れる機械を作る」と決意した。
しかし、誰かが機械の使い方を間違えたことで事故が起き、周りは全てを機械技師のせいにした。
彼は弁明することなく、自分の部屋に閉じこもって、全てから逃げ出してしまった。
蟹醸橙を召喚した事で、彼の平穏な生活は打ち破られた、そして意外な展開が彼を待ち受ける事となった。
蟹醸橙は最初から、御侍と自分の夢を叶えたいと考えていた。
疑われたり、鼻で笑われたりしても、彼は自分の探求を諦めなかった。
その結果、ようやく御侍と機械への誤解を解いた。
御侍の表情は以前よりも柔らかくなり、笑顔も増えた。きっと心の底から幸せを感じたからだろう。
蟹醸橙は人に喜びや幸せをもたらす物は追求する価値があると信じていた。
だから彼の小さな百宝袋の中には広い世界が隠れている。
三年に一度の集会は予定通り開催され、皆の賞賛を得たのは、堕神から多くの人々を助け、ボロボロになったあの大型戦車だった。
機械技師は長い人生を笑顔で生きた、老人が優しい微笑みを浮かべながらこの世を去った後、蟹醸橙は初心に戻って、機械技師が残した伝承を胸に、町を出て南離印館の一員となった。
「館長様、御侍様が手紙を書いてくれたから、僕はここに入れた。だから真面目に仕事をこなして認めさせてみせるよ!」
「噂には聞いていたが、やる気があるのはいい事だ。館内の品物の保管や移動を任せたい……これから宜しく頼む」
「はい!必ずや……」
「……おっと、ちょっと急用を思い出した、先に失礼する」
蟹醸橙が返事をする前に、館長はあっという間に消えてしまった。
すぐに、青緑色の人影がやって来た。
「失礼ですが、先程こちらにいた方がどこに行ったかわかりますか?」
「えっ?えっ?」
「どこからこんなにいっぱい取り出したの……えっ?その袋から?!」
「すっ、すごいです!こんなにたくさんの物が入るんですね!わぁ……雪丸はカニさんたちのことが気に入ったみたいです……」
桃色の髪の少女と巻物を持った小さな少年が、蟹醸橙の周りに集まってきた。
「へへー!驚いたか?まだまだたくさんあるよー!あれ?何この変な絵巻と……飲みかけのお酒?どこから来たんだ?!」
「あはははは!」
「その……多分それは……館長様の物かと……」
仲間たちと共に過ごす心地良い日常の中、時間がゆっくりと流れていく。
蟹醸橙は今でも屋根の上に寝そべり、鼻歌を歌いながら古書を読むのが好きだ。
この本の扉には、こんな文章が書かれていたーー
自分の信じる道を、大胆に歩んで行けば良い。
世界によって貴方の笑顔を変えさせるな。貴方の笑顔で世界を変えて、人々に幸せと喜びをもたらせ。
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