鏡餅・エピソード
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鏡餅のエピソード
観星落に加わる前は、生まれて間もない食霊で、いつも皆に可愛がられているため、支えてくれた人々を守りたいと心に決めている。五大吉兆の一人である彼女は、家族の調和と繁栄を象徴している、神の寵児。彼女を見た人は順調な一年を過ごせると言われている。
Ⅰ.神子
認めるわ、この観星落という場所は、われがかつて住んでいた場所よりもずっとあたたかい。あまりのあたたたかさに、北の果てにある村のことも、肌を刺すような冷たい風のことも忘れてしまいそうだ。
「われは最初からここで生まれた」
たまにこんなおかしな考えが頭に浮かんできてしまう程。
だけど色が入り混じった夢で、ここが本当の故郷でないことを思い出させてくれる。
故郷の夢はいつも白い。
廃墟と化した村に、再び活気が戻ってきた。
村の中心部にある小さな神社は、今でも安心する線香の香りが漂っている。
われはここで生まれた。
生まれたばかりの頃、われは神社にある神棚に祀られていた。無数の線香の煙が目に飛び込んで、目が開けられなかった。
ぼんやりとしていると、細く柔らかい声と共に、澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
「ーー先祖代々の縁を結ぶため、契約を……」
「契約?」
われの周りで跳びはねている小さなミカンたちに囁いた、これらはわれの伴生獣だ。
「彼女が……このわれを召喚した人間なの?」
「吉」
……肯定の答えが返って来た。
とんな人なのか気になって、目を細く開けてみると……
涙でぼやけた視界の向こう、白と赤の服を着た女の人が、片手に鈴を、もう片手に扇子を持って、音に合わせて奇妙な動きをしていた。
われを召喚したのは、あのようなおかしなやつとは……
さすがに不安になって、本能的に背筋を伸ばして警戒し、心の準備をした。
でも、彼女や村人たちはまったくわれに気付かない。
「チリンチリンーー」
女の人は鈴を鳴らすと扇をしまって振り向いた、すると穏やかで優しそうな目が大きく見開く。
彼女の動きがピタリと止まると、村人たちは彼女の視線を追って、われを見つけた。
シーーーン。
われの姿は恐ろしいの?どうしてそんな目でわれのことを見るの?
俯いて自分の服を見てみたけど、変なところは一つも見つからない。
「吉?!」
その時、われの後ろに隠れていた小吉が突然、警戒音を出した。
直後、われの足は突然宙に浮いた、そして、あたたかな抱擁に包まれた。
我に返った時には、既にあのおかしな女の人によって、神棚から地面に下ろされていた。
今までわれの姿を見上げていた人たちがわらわらと集まってきて、見下ろされて少し腹が立った。
突然、われの手に温もりを感じた。顔を上げると、われの手に触れたのはあの女の人だった。
「手、冷たいね。緊張しているのかしら?」
われらにしか聞こえぬ小さな声で、われにたずねた。か細い声だけれど、ひな鳥を守るような優しさがあった。さて……われは早合点していたみたいだ。意外と良い人かもしれない。
そう言ってわれの手を引いて、周りに集まってきた村人たいに微笑みかけた。
「神々が私たちの願いに応じてくれたみたいです。神使をこちらに送ってくださいましたり皆少し離れて、彼女を怖がらせてはいけませんよ」
「神子様、貴方の祝辞を聞き届けた神様に違いませんよ!」
先頭の老人は興奮しているからか、数歩下がって膝を地面について、われに向かって大きく頭を下げた。
その興奮が伝わったのか、他の人たちもバラバラとわれの方に向かって拝み始めた。
正確に言うと、神棚の方に向かって拝んでいた。
全員がブツブツと平和や健康、繁栄を祈りながら。
その真摯な表情を見て、人間も案外可愛いものだと感じた。……このわれがしっかりと守ってあげよう。
そう思ったわれは、勇気を振り絞った。もちろん、神子の服の裾をもっと強く握りしめながら、初めて人間に向かって語り掛けた。
「せっ、誠心誠意祈る者たちよ……われが、守ってやろう!」
Ⅱ.異色
赤い夢は、めでたい新年の夢だ。
生まれた日があまりにも特別だったからか、村人たちから神のような扱いを受けた。神子はわれが自分が召喚した食霊に過ぎないと分かっていながら、村人たちと同様にわれの誕生したおかげで村が幸運な一年を過ごせると言った。
大晦日、豊作だった村人たちは様々な食べ物を持ち寄り、神子からたくさんの文字が書かれたおみくじを受け取り、鳥居の端にある御神木に結んだ。
夜が更けると、われも神子からおみくじを一枚ねだった。「安」という一文字だけが書かれたそれを、御神木に結んだ。雑にあしらわれたけれど、われは嬉しくて仕方がなかった。
「鏡餅、おいで、早くしないと和菓子が全部食べられちゃうわよ?」
……言っとくけど、われは決して駄菓子で妥協したのではない!こ、これは習わしだ!
和菓子をいくつかを取って、本堂に向かった。そこには鐘を鳴らして祈る人、神棚の下で参拝をする人、様々な人がいて、賑やかだった。
近年で、珍しくめでたく過ごせる日だったそうだ。
何故かというと、ここ数年間、村の外から徐々に不吉な「何か」がやってきていたそうだ。神子たちは抵抗していたけど、ますます強くなるやつらに抵抗出来ないでいた。災いを避けるため、引っ越しする人が増えて、村の中は不安で満ちていたのだ。
残った者は大晦日ですら、臨戦態勢で年を越すつもりだった。
その日まで、われは不吉なやつらに遭ったことがなかった、恐いものだとは思っていなかったのだ。例え数が増えても、われがきっと退治できると思っていたから。
このわれが皆を守ると、約束したから。
しかし、その晩、神社の鳥居が倒れた瞬間……「鏡餅……逃げて……」とか細く、柔らかい、初めて会った夜のような声が聞こえてきた。まるで冷えているわれの体に布団をもっと掛けるかとたずねているかのように……
その直後、夕焼けの中、村の外から黒煙が広がってきた。
最初は黒煙だけだった。それから慟哭のような、呻きのような、泣き声のような不快な音が響いた。
それは……人間の悲鳴だった。
夢も、ここから無限に長くなり始める。真っ赤で、生臭く、重い血の臭いが感覚を蝕む。
最後に神社が崩壊すると、見渡す限り、いつのまにか村全体が平地になっていた。
「鏡餅ちゃんは強いからね」と笑いながら褒めてくれたのに、その「強い」われは何も出来なかった。
誰も……守ってやれなかった。
彼女が空から落ちてきた時、どうやって助けたのか覚えていない。その後の体の痛みもわからない。
その時、自分は生まれて初めて涙を流した。
冷たい涙がこぼれ落ちた瞬間、それは風雪となって、辺りの砂ぼこりを巻き上げていった。
それから、風雪がどんどん大きくなって、あまりの寒さにわれも意識を失った……風雪によって村中が洗われて、やつらも追い払われたようだった。
でも、逃がしちゃダメだ……
「吉――」
Ⅲ.観星落
鯛のお造りという男の人が言った。人間の皇室の管轄である「観星落」にいていいって。うるさい子どもと一緒に堕神を倒してくれたから、彼を信じて観星落に向かった。
これは緑色の夢だ。
夢の中で、村を滅ぼした堕神を探し回っても見つからなくて、ようやく緑豊かな見知らぬ土地で堕神に出会った。村に侵入していたかどうかはわからないけど、人間を襲うならわれは黙っていられない。堕神の注意を引いて、襲われていた男の人に「帰れ」って言ったら、その人は二人を連れてきて、あいつらが堕神を撃退した。
われは……また何も出来なかった……
「美しく気高い鏡餅よ、もし宜しければ観星落で一休みしない?」
その時初めて、自分の体が埃だらけで全身汚い事に気付いた……
神子が知ったらきっと怒る……
鯛のお造りとお餅はそれ以上何も言わず、行っちゃった。少し迷った後、われは身体を綺麗にしたらすぐに離れようと決めて、小吉を連れて二人を追いかけた。
そこは賑やかで、町には行商人もいっぱいいて、「平和」そのものだった。
色んな道を通って、やっと静かな場所に辿り着いた。前には長い石の階段が続いていて、全然頂上が見えない。
「落」がどんな場所なのか、見た事もないし、考えた事もなかった。
金色の三文字が現れた時、なんて煌びやかな場所にやって来たのかと驚いてしまった。
階段を更に上って高い看板のある門をくぐって、池を通り過ぎると、やっと家屋に辿り着いた。まだ息が上がっているのに色んな人たちがやってきてわれを囲んだ。
なめられないように、われは大きな声で自己紹介をした。顔を上げると懐かしいようで、見知らぬ白い姿が見えた。
彼女は囲んできたやつらと同じで、まるで珍しいものを見てるみたいに。
われが観星落に入ると勘違いしているやつらに、絶対に入らないと啖呵をきっていると、彼女は口に手をあてながら笑った。そして人混みを抜けて、われの目の前にやってきたのだ。
「あら、どうしましょう?仲間たちのために特別に用意したお菓子なのに、入ってくれないと、食べられないですね」
彼女はそう話しながら、手を伸ばしてわれの前髪に張り付いていた小さな葉っぱを取ってくれた。あたたかな指先がわれの鼻先に触れて、少しむず痒い。
彼女は優しく微笑んだ。その時初めて、彼女の背後、玄関のすぐ上に目をやると、葉っぱの形をした和菓子の入った皿が置いてあるのを見つけた。そのつやつやとした色を見て、味も絶対良いんだろうな……
仲……間?まぁ、悪くないかもしれない。
なんだかんだ、そのまま彼女の後を追って玄関に入った。
そしてなんだかんだ、彼女に綺麗な服を着せられて、凝った髪型を作ってもらった。
緑色の夢の中、満天の星と春色の木々が広がっていて、植物と土の匂いが混ざり合っている。お赤飯姉さんは、これは春の香りだと言っていた。
もうちょっと早く召還されていたら、あの村の春を見ることが出来たかもしれないのに。
あの村の春もきっと、こんな感じだったのかな?
Ⅳ.始まり
夢は、起きている間には消えている。
でも不思議なことに、そういう時よくお赤飯姉さんと神子が混ざってしまう。
同じ笑顔で、同じ優しい性格で、柔らかい声でわれのことを「鏡餅ちゃん」って呼ぶ……
「じっとしてて、鏡餅ちゃん。今日はね新しく椿の花を摘んできたよ、つけてあげるわ」
冬、椿の花が満開の時、姉さんは庭からカゴいっぱいの花を持ってきた。キラキラとした朝露がついたままのそれを頭に乗せてくれた。
花はすぐに枯れるけれど、体に飾ればその美しさが生きるんだ。
神社にいた時もそうだった。村人たちは、色んな花を持ってきてくれた。手が器用な女の人たちは暇さえあれば、花輪を編んで、われにつけてくれて、祈りを捧げてくれた。
今日、われに着付けをしている時、姉さんはまるであの女の人たちと同じ表情をしていた。姉さんも嬉しかったのかな?
鯛のお造りに話しかける時、いつもそんな表情をしていた。鯛のお造りと言えば、いつかわれが彼を倒したら、あいつは今みたいにお赤飯姉さんを独り占め出来なくなるはずだ!
「今年は良い年になるわね。我が観星落に、初めて新年に祈りの舞を踊ってくれる子がやって来たんだもの」
「……うわっ!急に喋らないで!ビックリした!」
「あら、そんなに大きな声を出していないのに」
優しい笑顔で、われの顔をそっと撫でてくれたお赤飯姉さんは、われの髪を編み続けてくれた。われを怖がらせないように小さな声でなぐさめてくれて、そして夜の舞は上手くいくと、緊張しなくても大丈夫だと、言ってくれた。
フンッ、われがいれば、きっとうまくいく。
祈りの舞なんて、ちゃちゃっとやってみせる!神子が教えてくれたんだもん!今夜はきっとうまくいく!
「祈りの舞はきちんと踊ってみせるよ!」
「やる気満々ね、じゃあ、鏡餅ちゃんに任せたわよ」
Ⅴ.鏡餅
真っ暗な空には銀色の月が懸かっている。冷たい月光はある部屋の扉に差し込んでいた。
神棚の下で踊る少女は、一見冷静に見えるが、よく見ると緊張しているように見える。
少女は神楽鈴を持ち、澄んだ異色の瞳は、隣の列で先頭に立つ女性をじっと見つめている。まばたきの一つ一つが、少女が拍子を数えている証拠だ。
その真剣な眼差しが、どこか可愛らしく見えるのは何故だろうか。
彼女が最初に来た時の態度とは正反対であった。
鈴が鳴り、扇が納まる。
祈りの舞は無事終了した。しかし、踊り子は全く手を緩めず、その場で端正に立っている。伴奏が終わるまで待ち、小股で下駄のある場所まで移動し、履いてその場を離れた。
あの辺境の村を出てから、鏡餅が人前で舞を披露するのは初めてだった。一緒に拍子を数えていた神子も亡くなり、柔らかな声も聞こえなくなった。
その代わりに彼女のそばにいてくれたのは、観星落の人たちだ。新参者の鏡餅にとっては、かなりの挑戦だった。
幸い彼女の舞を見た人たちは、この舞のおかげで、穏やかで順調な一年を過ごすことが出来たそうだ。こうして、吉兆の名は広まっていった。
鏡餅は自分の舞でやっと誰かを守れたと思いら心の中の穴が少しずつ満たされていく。
「この扇子をあげよう」
鏡餅の舞を見て、扇子を作った冷たい男も少し嬉しそうに見えた。いつもは平淡な口調が、珍しく起伏があった。見送られていた時、鏡餅を見つめる彼の目は、笑みが浮かんでいるようにも見えた。
鯛のお造りは男の視線に気づき、まだ髪を整えている鏡餅を見た。彼女はその光景に全く気づいていないようだった。
まあ、大したことではない。気付かないのは失礼なことではないのだ。
「殿下、お気をつけて」
彼は男に頭を下げたが、その口調は礼儀正しさとは無縁であった。男は視線を戻し、籠に乗って去っていった。
鯛のお造りは手にした灯篭を掲げて行列を見送り、口元に弧を描いた。
ーーどうやら、鏡餅は受け入れられたらしい。
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