ジン・エピソード
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ジンのエピソード
シェリーと共に生まれた食霊、彼女と瓜二つだが、性格は全く違う。高い能力を持っているが、彼女のように情熱的で明るくはない。冤罪でタルタロス大墳墓に収監された後、「ジン」というコードネームと「学校」での職務はシェリーの物となった。故に、シェリーには複雑な感情を持っている。
Ⅰ.砂
「貴方はシェリーより強いのだから、どんな時も、彼女を守ってあげて……」
これが、シェリル夫人が生前最後に発した言葉だ。
夫人の骨ばった腕は、何かを掴もうと宙に浮いていた。
彼女がつかみたいのは、私の手ではなく、姉の手だったと思う。
夫人が病床に伏せる前、疲れてソファーで眠ってしまった姉に毛布を掛け、本当の母親のように、手の甲を愛おしそうになでて、眠っている姉をあやす姿を何度も見たから。
夫人は姉の方を愛していた。この気持ちを疑った事はない。
あの日、食事を持って姉と交代しようと病院に着いた時、病室の外で言い争う声が聞こえた。
「じゃあ、ジンにやらせればいいじゃない!」
……
「どうせ貴方は、ジンの方が何でも出来るって思っているんでしょう!」
姉はドアをバタンと閉め、ふてくされながら出て行った。彼女をこれ以上怒らせないため、彼女が出てくる前に、隣の空いている病室に隠れた。
夫人が病気になってから、彼女たちの口喧嘩が増えた。病院のベッドで骸のようにただ死を待つのがイヤだった夫人は、姉に介錯するよう頼んだ。しかし姉に却下され、そこから口喧嘩が増えていった。
いつもと同じ、ただの口喧嘩だと思った。私が知らないふりをしている限り、二人は仲直りすると思った……
でも、誰もいない病室から出て、夫人がいる病室に入った時、もう何もかもが遅かった。
目にしたのは夫人が腕に刺さっている針を抜いた瞬間だった。手の甲から指先へと、真っ赤な血が滴っている。
延命のために吊るされていた点滴は、震える彼女の手によって床に落ち、容器に割れ目が出来た。そこから中身がどんどん溢れ出し、床を濡らした。
「夫人__!」
心臓がバクバクと鳴り、喉から飛び出しそうになっていた。まるで私の代わりに医者を或いは姉を呼び戻そうとしているようだった。
「ジン……」
夫人に声をかけられて初めて、意識よりも体が先に動いていた事に気付いた__
私は既にドアの取っ手に手を掛け、体の半分は病室を出ている状態だったのだ。
彼女は冷静に私を手招いて、ベッドの横に座らせた。過去の事、彼女の実の子どもの事、私が来る前の姉がいかに可愛らしく素直であったかを、息を切らせながら話してくれた。
そして、喧嘩の発端について……
「楽にしてくれと、シェリーに頼んだら……彼女は、嫌がった……ああ、また怒らせちゃった……あの子ったらすぐいなくなるから、どこかで……怪我をしていなければ、良いけど」
……
「貴方はシェリーより強いのだから、どんな時も、彼女を守ってあげて……」
夫人の声は段々と小さくなり、彼女の口元からこぼれた最期の言葉は、耳を彼女の口元に近づけないと、聞き取れない程だった。
彼女が伸ばした手がゆっくりと落ちていくのを見て、何故か心が傷んだわこの痛みは全身に広がった。
無意識に彼女の手を受け止めようと自分の手を伸ばした。だけどそれを受け止めた瞬間、まるで風に吹かれて流れる砂を受け止めたかのように、軽くて脆かった。
何かで視界がぼやける、目の前が見えなくなった。
しばらくすると、窓の外からすすり泣く声が聞こえて来た。
姉の声だ。
初秋の頃、病室の窓から外を見ると、楓と銀杏の木が二列に並んでいるのが見える。燃えるような赤と目が眩むような黄金色が空中で交錯し、美しい天然のアーチを作り上げている。
そこに佇んでいるのは、肩を震わせて泣きじゃくっている姉だ。
彼女の涙と頭上に広がる鮮やかさが、デタラメに綺麗な風景を描いた。
Ⅱ.手紙
シェリル夫人が亡くなって一年程経った頃、楓と銀杏の葉が茂る午後に、青い制服を着た郵便配達員がやって来た。彼は明るい笑顔で、姉の名前が書かれた封筒を私を手渡した。
長旅を経たからか、褐色のクラフト封筒の端が擦り切れていた。
差出人と住所を見て、私たちの知人ではない、ましてや家族のいないシェリル夫人の遠い親戚でもない事は、すぐにわかった。
これは姉に宛てた手紙だった。
封筒の裏を見ると、金色の封蝋が施されてあったため、この差出人の所属が「学校」であることがわかった。
他の食霊と同じよう、そこを「訓練所」と呼ぶべきかもしれない。
ビクター帝国の暗部に存在するその機関は、人間と食霊の対立を緩和するため、毎年優秀な調査員を帝国各地に送り出している。
もちろん、この国の王に直接仕えるため、帝都に残る有能な人材もいる。
シェリル夫人の葬儀で、私を励ますために声をかけてくださった食霊に仕えることだ。
「お前はビクター帝国の全国民に信頼され、頼られた偉大なる女性の継承者だ。笑え、シェリル夫人が強敵に相対している時に浮かべるような自信に満ちた笑顔で笑え。そうすれば天国にいる彼女も安心出来るだろう」
一年前の葬儀の時、松の香りのするハンカチで姉の悲しみを癒し、言葉で当惑している私をなだめてくれた。
その直後、姉の様子がおかしくなった。
彼女は、私と話している陛下を見てから、夫人の墓を見た。
そして、墓の前で片膝をつき、夫人の意志を継ぎ、全身全霊でこの国を助けるとつぶやいた……
「……姉さん?」
陛下にお礼を言えないまま、慌てて姉の方を見て、戸惑いが隠せない。
「シェリル夫人はもういない。私たちには、もうお互いしかいないわ。ジン、私がバカな弟を守ってあげるわ」
彼女は微笑みながら夫人がしてくれたように、私の髪をなでた。
しかし、心の中の恐怖は、あっという間に津波のように広がり、皮膚の隅々まで染み渡った。
姉は……いつからおかしくなったのだろう?
その答えは明白だ。
でも、誰にも知られてはいけない。
私たちの家は既に夫人を亡くしている、姉まで失う訳にはいかない。
だから、姉の笑顔がおかしくなったと皆が思っても、「悲しみを隠すために無理やり笑っているからです」と無意識に彼女を庇った。
夫人を真似て、私を自分の後ろにかばっても、重傷を負ったとしても最前線に向かう彼女を見ても。
私は、彼女が言うように、「弟を守る」ために長女のように振舞っているだけだと、自分に言い聞かせて来た。
でも、この合格通知を手にした時、私はようやく気付いた。姉があんなにも頑張っていたのは……陛下の傍に……行きたいからだと……
Ⅲ.天賜
私たちの「家」を維持するため、私は姉の後を追って入学することにした。
姉の合格通知に書かれていた場所に向かうと、私は初めて「学校」に辿り着いた。そこは山と水に囲まれたとても心地の良い場所だった。
せっかく到着したのに、私は門前払いを食らった。
「申し訳ございません。今年の試験はもう終わっています、来年の試験を待ってください」
教務課にいる人間の教師は、申し訳なさそうにこう伝えて来た。
来年……来年を待つしかなさそうだ。
こう自分を慰めながら、帰路につこうとした時。
「ジン?」
低い声がした方を振り向き、目の前の人物を見た瞬間、姉の努力は気まぐれなものではなく、ましてやシェリル夫人の逝去によるショックでもない事に気付いた。
本当に、目の前のこと男のためだと。
「陛下」傍らの近衛兵に倣って、彼に頭を下げた。
「入学試験は終わった、それに満員で締め切っている」彼は、まるで私の心を見透かしたように、優しく微笑んだ。
「はい」私は平静を保つのがやっとで、わずかに頷いた。
彼を前にした途端、無力感に苛まれ、運命に導かれるように一歩一歩檻に囚われていく感覚がした。
しかし、私は彼の事が嫌いではない。
むしろ、流石姉弟というべきか、姉と同じく、この男が光っているように見える……
ただ、その時は気が動転していたので、あまり言葉を交わさず、別れを告げた後そのままそそくさと帰った。
しかし、数日後に状況が一変するとは予想もしていなかった。
「ジン、いつ試験を受けたの?」
彼女が去るという事実を受け止めた頃、郵便配達員がまた合格通知を届けてくれた。
この時、テーブルの上には美味しい夕食が用意されていた。私は陛下の代表する印を指で撫でながら、思いに耽った。
テーブルの向こうには姉が座っている。通知の内容についてすごく気になっているようで、じっと私の方を見つめている。
それに対して、私は戸惑いながらも首を振った。封筒を開けて「特例」の二文字を見た瞬間、戸惑った。どうして陛下が特例で自分を入学させたのか、見当もつかなかったからだ。
バンッ__
姉は黙った、どうしてか持っていたフォークとナイフを叩きつけ、口を尖らせていた。
何を間違えたのかわからず、私も沈黙した。
「ジン?食べ終わったら、買い物にでも行こうか?入学には必要なら物がいっぱいあるでしょう?」
しばらくすると、ようやく姉は表情を緩め、満面の微笑みで食事を始めた。
もう怒っていないのだろうか?
姉の事が読めない、そして怖くて聞けない。
何故なら、彼女の目は妖しく光っていて、おかしくなっているように見えたから。
Ⅳ.自由
「ジン、ふざけないで、私はいずれ精鋭クラスに昇格するんだから。クラス替えを要求しないの!それと、あまり頻繁にこっちに来ないで。来年私が精鋭クラスに入れなかったら、覚えてなさい?」
こう姉に脅されたから、私は彼女に会いに行かなくなった。行き場が私は、授業の合間は学校中を散策するようになった。
散策で時計台にある屋根裏部屋を見つけた。
木製の階段をわずかに軋ませながら、時計台の奥にある螺旋階段を少しずつ上がっていくと、隠れていた木製の扉にたどり着く。
コンッコンッ__
ドアを軽く二回叩いたが、中には誰もいない様子だった。
ドアの隙間から覗いて、誰もいない事を確認した上で、私はドアを開けて入って行った。
この小さな隠れ家は、大きな時計台の下に隠されているけれど、見晴らしがとても良かった。長い年月を経ても、腐食が進んでいない。
正時になると、最上階にある鐘が鳴り響く。
そと鐘の音は木を伝いながら屋根裏部屋に辿り着き、一瞬で風に乗って外へと飛んでいく。
その一瞬の響きによって、モヤモヤしていた心が洗われる。
やがて、ここは私の秘密基地になった。四方からの涼しい風を浴び、雨の潤いを肌で感じた……人間の言う「自由」はいかなるものかわからないが、これが私の「自由」だった。
異変を感じたのは、一年生のある満月の夜、屋根裏部屋に到着したばかりの時だった。
私が近づく前に、物陰に座っていた人が喧嘩を売って来て、私に襲いかかって来た。すぐに反応して躱し、反撃のタイミングを待ちながら、相手を倒すつもりだった。
しかし、月明かりに照らされてようやく彼の顔を見て、正体がわかった瞬間、すぐに手を引いて膝をついた。
シェリル夫人は、陛下はこの王国で逆らうことの出来ない存在だと言っていた。私、なんて事を……
「ジン、奇遇だな」
聞き慣れた陛下の声がした。
私が跪いたまま「陛下」と呼ぶと、
「立て。今後、二人だけの時はシャンパンと呼べ」
「はい、陛下」
私の答えに少し驚いた様子を見せたが、「お前って奴は面白いな、ははは!」た笑い出した。
それから、しょっちゅうここで会う事になった。時には世間話をしたり、時には切磋琢磨ししたり。
彼は私を試しているようだった、だけど何を試しているのかわからなかった。
気付けば、暗黙の了解で、毎週水曜日の夕方、彼は必ずここにやってくるようになった。
会話をする事もあれば、ただじっと傍で控えているだけの時もあった。
この事は二人だけの秘密だと思っていた。
油断していた私は、影に隠れている視線に気付く事が出来なかった。
私が一番熟知しているあの熱い視線に。
まさかその「視線」が引火し、ある夜私の全てを「燃やし」尽くすとは。
確固たる証拠を前に、私には弁解する余地も与えられなかった。
「学校」を卒業する「ジン」といSランクのコードネームは、姉の物となった。
そして私は、タルタロスの「0048」となった……
Ⅴ.ジン
姉弟食霊を高みから見物をしようとしたため、シェリル夫人には自分が来た事を誰にも言わないように伝えていた。
手加減をしているのをシェリーにはまったく気付かれない程に、ジンの動きは素早く綺麗だ。生まれたばかりの食霊にしては珍しい逸材だったが、稀有で危険な存在でもあった。
予想通り、ジンが一人で堕神を倒したという報告を受けたのも、この後すぐの事だった。
この時、ジンが召喚されてからまだ一ヶ月も経っていなかった。
彼らとの本当の出会いは、シェリル夫人の葬儀の時だった。
久しぶりの再会で、ジンは大人びた食霊に成長していたが、大切な人を失ったというショックにはまだ耐えられないでいた。隣で悲痛な声を上げて泣くシェリーと同じくらい悲しんでいる事が見てとれる。
シャンパンはジンの前に行って、悲しみに暮れている彼を慰めた。
それは親切心からな、それともシェリル夫人への敬意からの行動か……
しかし、彼が予想していなかったのは、シェリーが彼の慰めの言葉に反応したのだ。
この「姉さん」と呼ばれている人物の方が、弟のジン以上に危険な存在であることに後々気付く事となる。
彼らの卒業を前にして、火災が発生した。燃え上がる炎によって、シャンパンの推測は証明されてしまった。
ジンが逮捕された日、シャンパンは全ての資料に目を通した。全ての物証、証言がジンこそ犯人だと示している。残念ながら、彼の無実をシャンパンは証明する事が出来ない。
しかし、誰がそう仕向けたのか、彼にはお見通しだった。
彼は見回りを口実に、シェリーをタルタロスに連れて行った。
僅か数日で、ジンはここの囚人と同じような姿に落ちぶれてしまっていた、以前の面影は薄れている。
「"ジン"、しっかりしろ。そしてルートを確認し、次の見回りはお前一人でこなせるようにしろ」
「かしこまりました」
その声は穏やかで冷たい、だが監房の中で惨めになっていたジンの目を覚まさせる事が出来た。
「0048、今通り過ぎた女のひと、君にとても似ているね……」
シャンパンとシェリーが角を曲がった後、隣の監房にいる0044は不思議そうにジンに声をかけた。
ルート?
ジンはゆっくりと隅から立ち上がり、シャンパンの言葉の真の意味を悟った。
まるで何かを嘲笑うようにわフフッと小さく笑った彼は0044の方を見てこう言った。
「何故なら、彼女は"私"だからですよ……」
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