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ラザニア・エピソード

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ラザニアのエピソード

誰にでも変装出来る殺し屋、裏社会では「顔のない男」と呼ばれている。ターゲットの姿に変装する事を好み、「ドッペルゲンガー」になろうとする。故に世間では「ドッペルゲンガーを見ると近い内に死ぬ」という噂が流れ始めるように。彼なりの暗殺美学を持っている(ドッペルゲンガーをターゲットを殺す数日前に見せる)。刺殺、毒殺、絞殺、射殺、ターゲットを殺せるなら手段は問わない。


Ⅰ.天秤

ナイフラストを訪れるのは初めてではない。


気温が温暖で快適なグルイラオよりも、吹雪が吹き荒れるこの地の方が好きだ。


理由は至って単純だ。人間は極端な環境に置かれると、外界への感知力が低下し、殺し屋に隙を与えてくれるからだ。


壁にもたれ、引き締まった筋肉は湯気に覆われていて、隠れて見えない。


まあ、露天風呂ホテルと言っても本物の温泉水は腐食性が強いため、これは名実伴わない商売だ──だが気が休まるようなものというのは、とにかく儲かる。


背後から若者たちが騒ぐ笑い声が聞こえてきた。男と女の二人ずつ、魔導学院の学生らしい。

近くにあることから、学院の学生や教職員はこの温泉ホテルの常連客だ。


二十三歩、三十五秒。

掛かった。


「うわっ!いってぇ!誰だよ、道のド真ん中に物を置いた奴は!」


悲鳴が聞こえる。誰かが私が通路に置いたファイルを踏んだ。

まるで罠にかかったネズミのようだ。


私はごく自然に振り向き、口角を上げて微笑んだ。目尻や顔にある皺にも、慈悲と威厳を滲ませながら。


「大丈夫かい?怪我はしていない?」

出来るだけ穏やかに尋ねる。老けすぎた声に自分が笑いそうになって、口元が半秒程緩んだ。


しかし今、彼らの目には高名な教授が映っているだけで、他の事を気にするはずがない。


「……ウォルフォード教授!ここでお会い出来るなんて!」

彼らは少し驚いたように近づいてきて、謙虚な姿勢で私に挨拶をした。


「資料室が寒いから、教授をここに連れて来たんですね」

仲間に囲まれた青年は、春風のような爽やかな態度で私に近づいてくる。

他人と親密な関係を結ぼうとするその気弱さに、吐き気がした。


人生は一人芝居だ、舞台の中心に「仲間」はいない。

……他人と舞台を分け合う対価を、私以上によく知っている人はいない。


しかし、この子どもは良い道具になってくれそうだ。


人命と報酬を天秤の左端に置くなら、天秤の右側には自分に有利なものを出来るだけ多く置いて、バランスを取る事だ。

これは命がけの賭けであり、バランスが崩れた代償に耐えられる者は少ない。

行動する前に自分の身を危険に晒すのは、スリルを求める名ばかりのハンターか、頭がお花畑のバカのどちらかだ。


しかし、だからと言って全く美しくない仕事をする古臭い連中と同じ部類に入るのは納得いかない。

何故なら、私には私なりの原則と美意識がある。


「彼自ら影に触れた者は、自我の定義がぼやける……この罠にハマった者は、神に助けを求めるチャンスを奪われ、すぐに命を落とすだろう」


ある人はこうして私の創作過程を評価した。

道行く人々は私の事を「ドッペルゲンガー」と恐れた。


私は瞬きでそれに応え、説明の代わりに暗示をかけた。彼らが敷いてくれた階段を下り、準備した暗殺舞踏会に簡単に滑り込む事が出来た。


学問と将来の事で頭がいっぱいになっている若者たちにはわからないが、彼らが尊敬するウォルフォード教授は私のターゲットで──彼は今暖房の効いた資料室で、今まさに「副業」に励んでいるのだと。


Ⅱ.パズル

ノック音の違いから、私は訪問者の身分の高低を簡単に聞きわけられる。

アイロンのかかったコートを置き、ソファー横のハンガーにかけてから、ゆっくりと外にいる者を呼んだ。


「ウォルフォード教授、私をお呼びですか?」

訪問者は数日前、温泉ホテルで会った爽やかな青年だ。プライベートだったあの人違い、随分丁寧な態度を見せている。空いている左手をズボンの横につけ、落ち着かず、不安な感情が見える。


「私」は君を呼んではいない──笑いながらこの言葉を飲み込んだ。

何故なら本物のウォルフォードは青年を拒否する事はないから、例え彼が私に誘導され学生たちのいざこざの処理に行っていても。


「そうか、もう準備は出来ましたか?」

私は青年が握りしめているトランクを一瞥した。右に傾いている彼を見るだけで、この箱の中身は容易に推測出来る……

彼は私に頼みがあったのだ。それも公には出来ないような。


「お持ちしました、入学手続きに必要な書類は全て揃えてあります」

青年は私に愛想笑いを浮かべた。綺麗な顔はそのせいで憎らしくなった。私は額を叩いて、壁に耳ありと気をつける仕草をすると、彼は慌てて口を噤んでこちらを見た。

私が微笑み、拒絶する意思を示さなかったからか、彼はようやくホッとしたのか、机の上の新入生採用リストの脇にトランクをそっと置いた。


「では……教授、弟の入学をどうか"お願い"します」


青年が去った後、私は指一本でトランクのスイッチを無造作に開けた。

中に入っているのは、光耀大陸玉泉村で生産された上等の星村小種だった、市場に余り出回らない珍しい一品。


しかし私は動じることなく、ただ眉を上げて茶葉を空にし、茶筒を眺めた。

明らかに現代の工芸品ではない。漆塗りの擦り減った跡から考えて、この宝物は私よりも長い年月を過ごしている可能性も。


これこそ正しい──現金や貴金属は流通している限り、誰かに探られる危険性があるが、骨董品は違う。

私のような高名の「学者」の元には、身分を示せる物が幾つか手元にあるべきだろう。


金は、本当に便利なものだ。

そうだろう?私の愛しい……

相棒。


自嘲しながら茶筒をポケットに入れた。再びトランクに手を伸ばし、下敷きを軽く叩くと、鈍い音がした。

下敷きを裂くと、キツく巻かれた書類の束が見えた。


手にした物証をめくってみる。準備の整った入学証明書で、そこに写っている新入生の顔は、出て行ったばかりの爽やかな青年に似ていた。

これが今日の要件だ。


これは間違いなく丁寧に偽造された学籍資料だ。あとは印鑑だけが足りない。あとは新入生ファイルに少し手を加えれば、この子どもがどんなに愚かでも、新入生代表として入学する事が出来るだろう。


今日は収穫が多い。私は資料を仕舞い、音もなく口角を上げ、鋭い笑みを目の下に隠した。

本物が帰ってきたのか、近づいてくる足音がした。

私はドアノブが回転する一秒前に窓から飛び出し、ウォルフォードの部屋を出た。


Ⅲ.演技

学院の中を歩いていると、「学院には二人のウォルフォード教授がいる」という噂が時折耳に入ってくる。

どんなに信仰心の強い人でも、魔法でも説明出来ない事に直面したら動揺するものだ。


罵声を飛ばしながら「この世界のルールはまだ私が考えている通りなのか?!」と心の中で何度も自分に問いかけているだろう。

怒りのやり場がないウォルフォード教授も、今はきっとこう思っているに違いない。


機は熟した。注目の掛け合いが始まる。

私は唇を舐め、大講堂の方へと歩いて行った。


講堂の荘厳な銅門を押し開けると、私に気付いた学生や教職員たちはすぐに騒ぎ始めた。

快活な空気は一瞬で、疑惑と不安が蔓延る重い物へと変わった。

暗雲の中から、一筋の稲妻が閃いた。


私は掌で襟元を抑え、腰を曲げる時に布に皺が寄らないよう気を付けた。そして困惑と警戒の視線を壇上にいる白髪の男に向けた。


彼は私とまったく同じ顔を持っている。

──もう一人のウォルフォード。


「下りなさい。そこは私の場所です」

私は彼に歩み寄り、彼の目をじっと見つめ、強い口調で命令した。

先に怒りを露わにした方が疑われやすい、だが彼はこうも落ち着きがないのか。


私の言葉に彼は激怒し、自分が礼儀と論理の毛皮を被った獣である事を思い出したかのようだ。

破廉恥な泥棒だと、偽物だと私を罵倒し、自分を装って自分の名声を奪おうとしていると私を責めた。

しかし彼は忘れていた。人々が知っているのは、いつも優しく、何事にも動じないウォルフォード教授だという事を。


「私が偽物?」

私は振り返り、弟を「お願い」してきた爽やかな青年を見つけ、彼を手招きした。


「この学生の事を覚えていますか?」

私はウォルフォードにこう質問したが、彼は答えないまま、私を睨んだ。


そして、私は青年の方を向いてこう告げた。

「弟の事は、もう大丈夫ですよ」


青年は目を輝かせ、しばらく私と見つめ合った後、やがて悟ったように私を指差して大声でこう言った。

「俺が保証します!こちらが本物のウォルフォード教授だ。あそこにいるのは偽者だ!!!」


正義のチップは私側の天秤に落ち、全ては私が予想した方に進んだ。

なんておかしな正義なのだろう。


「この愚か者、よくも?!」

偽者に成り下がったウォルフォードが怒鳴った。

「忘れたのか、君の学籍は私が─!」

言いかけて彼は唐突に口を噤んだ、自分が講堂の中にいることを思い出したのだ。


しかし、茶番は簡単には終わらせない。私は話を続けた。

「──君の学籍も私がなんとかしてあげましたよね」

隣に立っていた爽やかな青年は私に暴露され、驚いたように口を開けてこちらを見ていた。講堂内が大騒ぎになった。


私は相手がここ数十年間、職務を利用して入学枠を売ってきた非行を延々と語り、先ほど持ち出した新入生の資料を笑いながら人々に見せた。

騒々しい講堂の中、自分の名誉が失墜するのを見せられたウォルフォードは、青い顔で大講堂から逃げ出した。


Ⅳ.チップ

逃げるウォルフォードに追いつくと、彼は平静を装ってこちらを見た。

「私の地位と富のためだけに私の代わりになっているのなら、このようなやり方で自らの道を絶つな……言ってみろ。何が望みだ?」


「君の命を取るようにと、頼まれたんだ」

「誰?!一体誰が……」

「忘れたのか?長年のパートナーを蹴散らした上、その息子まで殺して……ライバルを一掃して、金を独り占めしようとしたのだろう?」


私はノリノリで質問に答えた。

「それ以外の事は──私の暇つぶしだ」

私はターゲットの名誉が地に落ちる惨状を見るのが好きだ。これは多くの殺し屋が楽しめないものだ。

どうしてこんな事をするようになったのか……私はただ、かつて私の信頼を得ていたのに、裏切って私を捨てた誰かに彼らの姿を重ね合わせているのかもしれない。


ウォルフォードはじっと私を見る。こうなってもなお、彼の眼には欲望が燃えていた。死にかけの心臓は、汚く生き残る術を計算するために脈打っていた。

思わず笑ってしまった。どうしてまだわからない?その火こそが、彼の生きる道を全て焼き尽くしたのだと。


「……あの愚か者は、いくら払った?」

やがてウォルフォードは口を開いた。

落ち着いた口調だ。彼は明らかに私の背後にいる雇い主の正体を察したのだろう。


「ハッ、飯も満足に食えない貧乏人だろ?高値を提示している訳がない……こうしよう、そいつの倍は出してやる。私を見逃してくれ」

彼の視線は鋭くなった。

「そして……そいつを殺せ!」


巨額の見返りが約束された新依頼に直面し、私は明るい笑顔を見せた。

「悪いが、依頼人が提示した条件には遠く及ばない」

「まさか?!まだ金が足りないのか?まだ相談の余地が……」


「テキトーな事を言うな。私たち殺し屋は、プロ意識を大事にしている」

「だから、君がもたらしてくれる物は、あまりにも少なすぎる」


私はゆっくりと前に進み、影がこの愚かな男を飲み込んでいく過程を眺めた。

舞台は、闇に隠れた。


私はウォルフォードの死体と彼の犯罪が記録されたファイルと共に塔の下に捨て、追い詰められて自殺したように装った。

処理を終えると、蛇口を開き、顔と同化しそうになっていた化粧を丁寧に洗い落とした。


再び顔を上げると、鏡には見知らぬ顔が映った。

綺麗で、痩せている、私の顔。

……そうなのか?


「おや、これは一体……誰の顔だ?」

鏡に両手をついて、口角が引き裂かれる程の歪んだ笑顔を浮かべた。

考えていると、興奮してきた。


「そうか……君か、私の愛しの相棒?いや……」

「今は、元相棒だな」


Ⅴ.ラザニア

生きていくにはーーどんな生き方をしようとーーお金が必要だ。

何十年も付き添ってくれた犬や猫はおろか、愛や信仰や憎しみまで……どれも値札が付けられる。


「カレの認識では、金は万能だそうよ」

隣で微笑むラザニアを見て、ハカールは心の中で彼をこう評価した。


この男を初めて見た時の事を、彼女はまだ覚えている。

自分を裏切った元相棒を手に掛けた後、風変わりな曲を口ずさみながら彼女に背を向け、指の間の血を丁寧に洗っていたのだ。

例えその時、相手が自分を裏切った理由は、最初に思っていた「金銭」ではなく、所謂「正義」である事がわかっていたとしても。


「真相を知っていても、相棒を殺したの?例え彼が……アナタの御侍の息子でも?」

ハカールは目を細め、危険で制御不能なハンターをじっと観察した。

彼の笑顔はまるで細い針雨のようで、確かにこの世に存在しているが、他人に痛みを与えるだけ。


「そうだ。偽善者の言う大義って奴が、嫌いだ」

ラザニアは肩をすくめ、死者の顔を丁寧に自分の顔に模写した。

今回の作品が完成すると、彼は鏡を見て、ゆっくりと穏やかな笑みを浮かべた。


ラザニアをよく知っているからこそ、あの落ちぶれた老人がやってきて、彼に依頼してきた時、ハカールはただお酒を飲みながら、特に気にも留めなかった。


ーーこんな少ない報酬で、ラザニアを使って名望のある教授を殺せと言うの?

酔っ払いの白昼夢にも限度ってものがある。


しかし、これはハカールの見当違いだった。


「全部あの男のせいだ……ウォルフォード……金のために俺を蹴散らすだけならまだしも、金はまだ稼げるから……でも、あのクズ野郎は俺の一人息子を殺した!あいつの地位も名誉も全部地に落としてやる!」


地位も名誉も、全て地に落とす。


落ちぶれた老人の両手は、お酒が入っているせいで痙攣していたが、まだ物証をしっかりと握っていた。

ラザニアは嬉しそうに口を開いた。

「申し訳ないが、君の話は全然聞いていなかった」


相手が血相を変えて起こる間もなく、ラザニアはこう続けた。

「ーーただ、君の依頼は受けてやるよ」


彼のその意味不明な行動に、ハカールは一瞬呆気に取られた。誤って勢い良く流し込まれたお酒に、彼女は噎せてしまう。

彼女はグラスを置き、少しかすれた声で探りを入れようと声を掛けた。

「悪名高い殺し屋サマが、徳を積もうとしているのかしら?」


「徳を積んだら金の雨が降るなら、私は今すぐにでも医者にでも転職するよーー当然、君のような医者ではなく」

ラザニアの答えに心の中で白目を剥いたが、目の前の仲間がすり替えられていないことをハカールは確認した。


しかしラザニアの冷たい言葉は終わらない。依頼人の目の前、悪魔との取引の対価として、完熟した赤いリンゴを差し出した。


「あの男は欲望を満たすため、生きていくための金と溜め込んできた恨みを全て私に与えた。最早、彼にもう生きる理由はない」

「ーー私はこの報酬に、かなり満足している」


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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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