たぬきそば・エピソード
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たぬきそばのエピソード
たぬきそばは、ずる賢い商人。九尾に所属しており、お金の管理と外交を担当している。
Ⅰ.妖怪
「銅銭三枚で寿命が延びるなんて、こんな良い話はないでしょう?」
「しかし、例え銅銭三枚でも、私は……」
男はとても迷っているようだ。私はため息をつきながら、箱の上に身を乗り出した。
「それなら、私から一つ、面白い話をしましょう」
「……そして、数えきれない程の銅銭に太郎は目を輝かせ、この貴重な土地の事を教えてくれた老婆を置き去りにして、ただひたすら袋に銅銭を詰め込むのに必死だった。次の瞬間、妖しい風が吹いたため目を閉じてしまう。しかし、再び目を開けると、銅銭も袋も全てなくなっていた」
ここまで話すと、ちょうど風が吹き始めた。
鳥居の上に溜まった黄色い葉が、バラバラと私の懐に、そしていつしか話を聞きに来ている子どもの頭の上にも落ちた。
「太郎は地面に寝そべって、狗みたいに銅銭を探しまわっていると、頭上から”何か忘れていないかい?”と枯れた声が聞こえてきた。太郎はそれに構う暇もなく、老婆を突き放そうと手を上げると、ドスンという音がした……」
「……で?」
「すると、彼の目の前になにか丸いものが転がってきた」
胡座を搔いていた事で痺れてきた足を伸ばし、日陰から顔を出した。
「わしを忘れたのさ!」
「うあああああ!!!!!妖怪だー!!!!!」
「はははははっ……」
いくつもの人影が慌てて逃げていく様子を見て、私は腹を抱えて倒れ込んだ。仮面も顔から滑り落ち、落ち葉の山に埋もれた。
「はぁ……実に良い肴だ!」
私は箱からお酒を取り出し、怯え切っていた顔を思い出しながら、酒の甘美を味わった。
「どうして人を怖がらせるの?」
ん?
声がするほうを見ると、坂の下、ぽっちゃりとした子どもが丸い目でこちらを見つめていた。
「君は……どうして逃げないのですか?私の事が怖くはないのですか?」
「人を怖がらせるのは良くない事だよ」
おや、こんな幼い子が、よくもまあ、確信を持って善悪を語れるものだ。
私は不思議そうな顔で、その子どもを見る。
「何がいけないのでしょうか?」
勢い良く落ち葉の山に仰向けで倒れ込んだ、持っていたお酒が零れて顔を濡らしたが、とても爽やかな気分だ。
「妖怪を信じているという事は、輪廻転生を信じているという事。死を怯えている人間に来世があると教えてあげているのです、悪いですか?」
子どもは私に口で勝てない事に気付いたが、それでも納得していない様子で口を尖らせた。
横目で真ん丸な小さな足が一生懸命草むらを歩くのを見て、笑いながらお酒を飲み干し、日陰に身を鎮めて眠りについた。
神社の周りは静かで涼しい。そよ風と落ち葉と日陰が、私を深い深い眠りへと誘った。
「父ちゃん!母ちゃん!」
耳元で心臓に響く程の大きな叫び声で聞こえた。一瞬、自分が地獄にいるのではないかと錯覚してしまった。
ゆっくりと目を開けると、肉付きの良い足が宙に浮いているのが見えた。怒りと恐怖に身を任せ、虚無を蹴り続けている。悪人の二文字が顔に書いているように見える者たちが、子どもの動きを見て嘲笑っていた。
これはこれは……
落ち葉を捻り力を入れて飛ばすと、それは弓で飛ばした矢のように、悪漢の肌に突き刺さった。
熱した油に押し込まれたイノシシのような怒号を聞きながら、私はのんびりと騒ぎが起きている方に向かった。
「弱い者をイジメ、眠っている者の邪魔をするなんて……いけませんね」
曇った眼は私の姿を見て身動きが取れなくなり、恐怖に怯えている。
「皆さん、どうか別の場所で騒いでいただけませんか?」
両親の腕の中に隠れている子どもは、逃げる悪人と足元の落ち葉を見つめながら、その目には恐怖が宿っている。
「あれは……武器?」
「いいえ」
手で落ち葉を撫で、手首を回すと、黄緑色は一瞬で黄金色に変わった。
「ああっ!金だ!これは、これだけのお金を……貴方は一体何者ですか?!」
そうだそうだ、もっと喜べ、そしてもっと怯えてくれ。実に愉快だ。
彼らの前にしゃがみ込み、首をかしげ、口角を上げてこう言った。
「私は妖怪です」
Ⅱ.善悪
「あの薬があれば、本当に長生き出来るの?」
「嘘ですよ」
「えっ?」
子どもは私の膝に乗せたあごを上げて、怒った顔をする。
「しかし、全てが嘘という訳でないですよ……」
その肉付きの良い頬を抓りながら、片手で薬瓶を持ち、全て彼の口の中に流し込んだ。
「人間の身体に良いものがたくさん入っていますからね」
「ゴホッ……うそつき!」
「嘘とは何ですか?一瞬でも長く生きられるようになれば、寿命が延びるという事でしょう!銅銭三枚で安心と幸せを買えるんだ。お値打ちでしょう?」
「でっ、でも……」
子どもはブツブツと呟くが、何も言い返せず、頬を膨らませる事しか出来ない。
思わずそのふっくらとした頬をつつくと、彼の鼻が鳴った。それが面白くて、落ち葉の上でのたうち回る。
彼は顔を真っ赤にしながら、勇気を出して私に聞いてきた。
「本当に妖怪なの?」
「いいえ」
「えっ?」
「嘘ですよ」
「けっ?!」
あーあ。
何を言っても、信じてくれないのだろう。
結局、人間という生き物は到底他人を信用出来ないものだ。
彼らは自分の事しか信じない。
子どもはぼんやりと私を見つめながら、やはり信用出来ないと判断したのか、走り去った。
つまらないな。
落ち葉の上に横たわり、空を泳ぐ赤い鯉のような雲を眺めながら、また眠りについた。
夜中、ガサガサという音で目が覚める。
十数人の気配がするが、私は動かずに彼らの様子を伺った。
「本当か?妖怪がこんな風に眠るなんて聞いた事がないぞ」
……
「ゴホンッ、今起きましたよ」
一番近くにいた男が驚き、松明を持つ手が震え、火花が私の頭の上に落ちそうになった。
縛られている両腕を見てから、光を頼りにその場にいた者たちを確認する。
「君ですね?」
丸い目をぱちくりさせて、こちらの方を見ている。
「妖怪は……悪い……人を傷つける……」
「生かしちゃいけねんだ!」
後ろの青年は子どもの言葉を遮り、私に斬りかかる。
「待て!」
たった二文字で、私の頭上にある斧が止められた。
声を発したのは子どもの父親だ、前日暴漢から助けた男。
「あいつは葉っぱを金に変える術が使える!」
言おうとしていたのはそんな事か……
しかし、周囲の人々はその言葉を聞いて目を輝かせた。
思わず笑みがこぼれる。そして、観客たちの期待の眼差しを浴びながら、一面に金貨、銀貨、銅貨を出した。
「あいつをこのまま死なせる訳にはいかない」
誰かがこう言った。
「もう術が使えない?どういう事だ?!」
「ですから……」
私はくつろぎながら、中身が減った杯を揺らす。
「君たちが仕事をした後に休まなければ行けないのと同じ道理ですよ。私は鉄人ではないのですから、休憩が必要です」
「誤魔化すな!早く金を出せ!」
ため息をついて、体を正す。
「では木を持って来てください」
「木?」
「私の法術の威力が弱まっています。葉っぱではもう変えられません。木にしないと」
訝し気に私を見た村人は、すぐにこの事を小屋の外にいる村人に伝えた。すると、村の半分の人たちが山に押し寄せ、木を拾いに行った。
静かになった事で、私はまた藁の上でくつろぎ、箱のヘンテコな収集物を整理し始める。
しばらくすると、目の前には木が積み上がっていた。とんでもない数があるので、山を丸ごと持ってきたのかと思った。
以前と同様に、木を一つずつ金銀に変えていく。だが今回は、いくつかを変えた後、私はため息をついて項垂れた。
「ダメですね、木でももうダメみたいです」
「お前!俺たちを弄んでいるのか?!」
私は木の中に辛うじて現れた金銀を指さし、明らかに困っている顔を見せた。
「私の法術はご覧のように、本当に弱っているんですよ。嘘ではありません」
「……本当にもう無理なのか?」
横目で銀色の光が見えた、またあの斧が私の頭上に振りかぶる前に、私はあごを触ってこう呟く。
「方法はまだあります、ただ……」
「ただなんだ?」
「木でもダメなら、次はもう子どもを使うしかありませんね」
Ⅲ 失敗
この言葉を聞いて、村人たちは慌てて小屋を出ていった。まるで一瞬でも長居すると自分もお金に変えられてしまうのではと怯えているかのように。
私は扉を閉めると、子どもを振り返って微笑んだ。
「怖がらないでください。すぐに終わりますから」
それから少しして、私は扉を開けた。
扉の外にいた男は、袖口で目尻をこすり、入ってくるのを躊躇った。
「どうぞ」
「……金は?金はどこだ!?」
私はその男と共に目を見開く。
「おや、お金がありませんね!」
「この野郎!金に変えられるって言ってただろう!!!!!」
「必ずうまくいくとは言っていませんよ。運悪く失敗したようですね」
人々は私の広げた両手と何もない部屋を確認して、どうしたらいいか戸惑っていた。
「子どもは……私の子どもはどこにいるの?」
何とか人々を振り切った母親は、涙で腫らした目で私の方に近づき、藁をも掴む勢いで私の襟元を掴んだ。
「失敗したので、もちろん子どもは消えました」
母親にとって寝耳に水だろう、この悲報を聞いて号泣し始めた彼女を見て、村人に尋ねた。
「だから、聞いたでしょう?本当に人の命をお金に変えるのかと」
笑顔の私を見て、誰もが恐怖に震えた。子どもを縛って私に投げつけたのは自分たちじゃないかのように。
「大変だ!大変だ!金が葉っぱになっちまった!」
天変地異が起きたかのように村人たちは顔面蒼白になった。
「きっ……貴様!!!」
「何故そんなに怒っているのですか?それらは、元はただの葉っぱだったでしょう?」
怒りと恐怖に満ちた顔面が面白くて、もっと面白いものを見ようと、つい火に油を注いでしまった。
「お金欲しさに、子どもを殺すだなんて、はははっ、実に滑稽ですね……」
「妖怪め!妖怪!!!!!」
「おやおや、最初から言いましたよね?」
「やつを殺せ!息子の仇を討つ!」
「はぁ、君の息子を殺したのは私だけではありませんよ」
「人殺し!あんたら全員人殺しだ!!!あんたらが私の息子を殺したんだ!!!」
村人たちは騒然としていた。
唐突に殺人容疑を掛けられたが、誰も自分は無実だと言えないでいる。この異様な状況に、冷静でいられなくなっているのだろう。
混乱している人混みの中で笑い疲れた私は、突然後ろから押され、そのまま前に倒れてしまった……
「ああー!!!」
突然響いた叫び声によって、先ほどまでの喧騒は沼に沈められた。
目を開くと、藁の山から涙に濡れた小さな顔が出てきた。幸せそうだった表情はもうどこにもない。
その肉付きのいい手は勢い良く動いている、血まみれになった私の首を抑えようとしているようだ。だけど命の熱さに怖気づいたのか、手を引っ込めた。
子を抱き上げて苦悶の声を上げる者、血濡れの刃物を慌てて投げ捨てる者……村人たちはようやく我に返り、それぞれの反応を見せてくれた。
「俺じゃない!あいつが勝手にぶつかってきたんだ!」
群衆は私を囲み、一歩も動こうとしない。まるで私に触れたら、消えてしまうかのように。
地面にうつぶせになりながら、目の前に広がる真紅を見つめていると、急に少し寒くなってきた。
子どもの服の裾を引っ張り、必死で肉団子のような彼の顔に自分の顔を寄せた。
「どう?」
「えっ?」
「私を悪だと言ったでしょう……なら、こんな君たちは、善なのか?」
器から地面に零れ落ち、泥の上で割れた肉団子のように、彼は狼狽えた。
面白い。
そう思いながら、私は満足気に目を閉じた。
Ⅳ .揶揄う
「ケホッ……ゴホッ……」
土の中から這い出た途端、咳が止まらなくなった。
普段農作業に力入れている様子はないのに、包丁は切れ味良いんだな……予想以上に、痛い。
私は体についた土埃を払って、土に埋もれたままの箱を引っ張り出した。
早速箱を開けて中身を確認してみた。どうやら村人たちは私の持ち物を探る勇気がなかったようだ。
少しだけからかうつもりが、まさか自分たちでこんな大事にするなんて。私欲のために、人の命まで売れるとは……
これが人間なのか?
自分は妖怪で、本当に良かった。
笑いをこらえながら、箱の中から軟膏を取り出し、首筋の傷を処置しようとした時、突然足音がした。
「なんでそんなに急いでんだ?!おいっ!俺が先に見つけたんだ!!!」
「……この近くだ」
「言われなくても、わかってるよ!」
声は段々と近づいてきた。明らかにこっちに向かっている。
このまま誰かと戦っても、勝てる見込みはない……
なら、得意技を繰り出すしかない!
箱の中から貴重なものをいくつか取り出して懐に入れ、箱を蹴り倒した。流れるように一連の動作をこなす。
息を止めて、自信満々に仰向けになり……死んだフリをした。
……
「あそこに誰かいる!うぅ……血の匂いがする、こいつ怪我してるぞ!」
「荷物が散乱している、強盗に遭遇したのかもしれない」
「……まず神社に担いで帰ろう」
箱!私の大事な箱を忘れないでくれ……
「僕が彼を背負う。貴方は箱を持って」
「命令するな!うわっ」
「どうした?」
「何でもない、瓶を割っただけだ。行こう!」
私の宝物……
「おや?二人とも急にいなくなったと思ったら、狸を拾いに行ったでありんすか?」
花とお酒の香りがする者が近づいてきた。あたたかいようでひんやりとした気配が私の周りを一周した後、首筋に何かが当たり、思わず変な汗が出た。
「血が付いているでありんす」
なんだ、私を負ぶっているお兄さんの事か。
「うどん、何を持っているの?」
安堵のため息をつく暇もなく、また別人の声が聞こえた。先ほどの艶やかな声より、幾分気高いように聞こえる。
「いなり様!これは、この男のそばで見つけた物です!」
稲荷様?稲荷……まさかあの奇妙な結界に包まれた稲荷神社の事か?
私は目を細め、縁側に座っているものが私の箱を開け、細い人差し指でいくつもの瓶をなぞり、ある箇所に止まったのがぼんやりと見えた。そして、その白い瓶を取り出していた。
しまった!それを忘れていた!
飲むのが勿体なくて長い間とっておいた珍しい美酒が、二つの杯に注がれているのを、私は歯を食いしばりながら見ることしか出来ない。
「目が覚めたのなら、そこから下りて話をしようか」
月光のような滑らかな顔に突然、妖艶な笑みが浮かび、私は怖くて目を固く閉じた。
おっと、これは……
まずい事になった。
Ⅴ.たぬきそば
「どうですか?」
「なるほど……面白いね」
「では、きつねちゃんを呼んできます」
「ああ」
たぬきそばはふらふらと部屋から出てきた。
いなり寿司が指折り数を数えると、聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。
「こここれは、女の子の服だろう!」
「おや、きつねちゃん、何故そんなに驚いているのですか?過去に何度もいなり様の着付けを手伝ったでしょう?」
「それはいなり様だから!!!俺が着た訳じゃないし!!!」
「どうして、そんな大声を出しているんですか」
「この狸野郎!ここから出て行け!!!!!」
きつねうどんが投げた刀を巧みに躱したたぬきそばは、壁に刺さった刀に一瞬目をやった後、その鋭い眼差しは一瞬にして柔らかくなった。
「出て行け?では、いなり様にそう報告しておきますね?」
「いなり様?まっ、待て!」
きつねうどんは放たれた矢の如く出て行き、奥の間の扉の前で立ち止まると、丁重に扉を叩いた。
たぬきそばは彼の反応を予想していたからか、気にせず笑いながら出掛けた。
「どうです、私が言った通りでしょう?このお札を貼れば、あの妖狐は人間界に留まる事が出来ます」
「仰る通りです!さすが先生!」
たぬきそばは男の濁った瞳孔を覗き込み、声を幾分抑えた。
「まだ元気だった奥様が事故で亡くなり、体まで乗っ取られるとは……」
「いやはや、あのブスは死んだと思ったら美女になって私のそばに帰ってくるなんてな、実に幸せ者だ!」
「……妖狐が恐ろしくはないのですか?」
「あはは、牡丹の花の下で死ねるのなんて、風流じゃないですか!」
「では、残りの料金を支払ってください」
「もちろんです、お納めください。本当にありがとうございました!」
たぬきそばはお金を受け取って帰ろうとすると、男が慌てて袖を引っ張った。
男は袖を引っ張りながら、「本当に元に戻らないですよね?あの女の死に様を思い出すと、今でも震えるんです……」と言ってきた。
嫌悪に満ちた男の顔を見て、たぬきそばは優しく微笑んだ。
「もちろんですよ」
家財の半分を花街に差し出した男は、残り半分の家財を騙し取ったたぬきそばに感謝しながら彼を見送った。
こうすれば、虐げて死んだ妻が傾城の美女になり、残りの人生を共に歩んでくれると、彼は本気で思っているのだ。
急いで部屋に戻る男の後ろ姿を思い出して、たぬきそばの両目は新月のように弧を描いた。
布団に包まれているのは、あの悲惨な死体だと気付いた彼は、一体どんな面白い顔をするのだろうか?
「さんざん人を騙して、罪悪感とかないのか?」
女装をしているきつねうどんがたぬきそばの背後から出てきた。昨晩から今朝に掛けて、あの男の前で傾城の美女を演じていた事が不愉快だったのか、不満そうな口調だ。
「あの男は妻の死にすら動じない。どうして私が罪悪感を覚える必要があるのですか?でしょう?きつねちゃん」
「きつねちゃんって呼ぶな!いなり様の命令じゃなかったら、お前なんかと喋るのもイヤだ」
「実に綺麗なお召し物ですね」
「黙れ!クソたぬき!」
口論をしながら、稲荷山の麓まで戻った二人。しかし、たぬきそばは突然足を止めた。
稲荷神社は今までの「来る者拒まず」というのをやめた。悪意を持つ者、誠意のない者は、きつねうどんの結界によって阻まれるようになったのだ。
しかし、お金は稼がなければならない。
そこで、たぬきそばは山の麓に小さな神社を建て、賽銭箱を置いて一日に数枚の銅銭を集めた。ちょうど油揚げらが神社でヤンチャをした時に、破壊した分の修繕代に充てられるようになった。
木に縛り付けられた絵馬をよく見てみると、疑問が湧いてきたたぬきそばに、きつねうどんが話しかけてきた。
「なんだ」
「いえ……最近、絵馬が少ないですね」
たぬきそばが賽銭箱を覗くと、笑みが一層深くなった。
「おや?結構入っていますね」
「近隣の村は栄えているから、もう願いはないじゃないか」
「近隣の村?」
「さあ、急に栄えたみたいだ、結構儲かっているみたいだぞ。そういや、俺と鯖がお前を拾った村だな……あああああ!!!思い出しただけでムカついてきた!なんで出て行かないんだ!クソたぬきがなんで俺たちきつねたちの中にいたがるんだよ!!!」
身長で勝っているたぬきそばは、きつねうどんの抗議を無視して、あごを触りながら微笑みながら山を登った。
(おや、あの命がけの芝居は、少しは役に立ったようですね)
「たぬきよ」
たぬきそばは、鳥居に寄りかかっている美麗な青年を見上げて、微笑みながら頷いた。
「大吟醸様」
純米大吟醸は物陰に隠れているが、笑顔が輝いている。
「この前の酒はまだ残っているかい?」
「大吟醸様が気に入ったのは存じ上げております。もちろんまだ残っていますよ」
「おや?またあちきを騙して、無駄な物を買わせようとしているのかい?」
「いえいえ、大吟醸様を騙すだなんて、それに……」
たぬきそばは顔を上げて、人畜無害そうな笑顔を見せた。その目から真意は読み取れないが、嘘をついているようにも見えない。
「商売する上で一番大切なのは、信用と笑顔ですからね」
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