シーザーサラダ・エピソード
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シーザーサラダのエピソード
仕事が嫌いなやる気のない少年。だけど憧れのジェノベーゼの前では真面目に仕事をして大人っぽいフリをする。率直な性格で、思った事をざっくばらんに言う。カーニバルにいる者たちの影響で、次第に単純で柔らかい一面も見せるように。
Ⅰ.ケース
曲がりくねった路地の奥、くすんだ金色の回転ドアが最後の客を送り出した。長い金髪の青年は御侍に付き添われて店から出ていく。
二人は話し込んでいるみたいだ。そのおかげで、俺はそこら中に散らばったタバコの灰や血痕を掃除する事が出来た。
掃除を終えると、俺は倉庫に戻り新たに仕入れた品物の整理を始めた。
そうだ、今日の売り上げもチェックしないと。御侍が気にするから、絶対にミスがあってはいけない。
半分ほど確認したところで、再びドアが回り始めた。
「いらっしゃいませ、ようこそウィリアム取引所へ」
この言葉はまるで俺の骨に刻まれているように、顔を上げて入って来た相手を確認するより前に、条件反射で口から出てしまう。
しかし、聞き慣れた慌ただしい足音から、入ってきたのは御侍だとわかった。
彼は誰もついてきていない事を慎重に確認してから、ドアに鍵を掛けた。そして、慣れたように右手を腰にある鞭に添え、太った体を素早く動かして俺の方に向かってきた。
「小僧、あのケース……世界を変えられると謳われているあのケースを、手に入れたか?!」
彼は居ても立っても居られないのか、手をこまねいて、見た事もない切実な表情で俺を見ている。
「はい……しかし、御侍様……」
予め用意しておいたケースを取り出すと、急に自分の手が震え始めた。
「盗むのは、良くないです……」
「バカな事を言うな!よくやったぞ、でかした!」
彼はケースを俺の手から奪って、俺を引っ張って自分の隣に座らせた。
「お前は知らないだろうが、あの男はかつて魔道学院の主要研究員だったそうだ。ケースに入っている資料は全て学院の最新研究データ、世界を変えられるほどの物ばかりだ。我々は今世界を救おうとしているんだぞ!」
「はい……」
「そうだ、私がいなかったこの二日間、何か問題は起きていないか?全て順調か?」
「特に何も起きていません、全て俺が片付けました……ところで、御侍様……給料を……少しだけ頂いてもいいですか?」
「チッ、お前は鳥頭か?お前たち食霊のおかしな呼び方は嫌いだ。私の事はウィリアム様と呼べと言っただろう……待て、今給料が欲しいって言ったか?」
「はい、ウィリアム様。少しだけ……少しだけお金が必要なんです。もっと、もっと働くので、どうか……」
俺の声が段々小さくなるにつれ、彼の顔は怒りで赤くなっていった。大地に突然雷が落ちたような高い音を立て、鞭で俺のふくらはぎを叩く。
激しい痛みは脳まで伝わったが……俺は下を向いて歯を食いしばり、一言も発さなかった。
こんなのもう慣れっこだから。
「この救いようのないクソガキが!私の金は世界を救うためにある。それを好き勝手浪費するとは何事か?!今まで躾けて来た事、全部忘れたのか?!」
ほんのちょっとで良いんだ、それにお金をもらえないと……
心の中でこう考えているけど、言っても無駄だと思って黙る事にした。
「フンッ!お前だけじゃない!あのクソジジイもだ!あれだけの貯蓄を全部大事な長男にあげるなんてな!私の取り分は一ミリもない!お前ら全員頭の悪いクソ野郎だ!!!」
これだけの暴言を吐いてもまだ足りないのか、彼は俺の体を掴んで更に数発鞭で叩いた。
あっという間に体中痣だらけの酷い有様になった。見てて怖いくらいだ。だけど彼は手を止めない……
俺が食霊だから、彼はこれくらいの傷俺にはどうって事ないって思っているんだ。
罵声と鞭打つ音が徐々に落ち着くと、人間の荒い息遣いしか聞こえない。
疲れ果てたのか、それとも何か用事を思い出したのか、鞭を片付けてケースを持ってこの場を離れていった。
俺の顔を一目も見ずに。
「はぁ……」
俺は長く息を吐いた。床から立ち上がり、カウンターの中から傷薬をかき集めた。
「いっ……痛いもんは痛いよ」
自分のこの独り言に、思わず笑ってしまった。
痛いに決まっているだろう、この体は別に鉄で出来ている訳じゃないし。
「あーあ、売上のチェックまだ終わってないし、早くしないと……」
手早く応急処置をした後、俺は売上のチェックを続けた。
月明かりが汚れたガラス窓を通って紙とペンの上に降り注いだ。俺は思わず顔を上げて窓の外を見る。
静かで平和な夜だけど、時々猫の鳴き声が聞こえてくる。まるで魂が自由を求めて叫んでいるように聞こえた。 服についた血も気付けば悪臭を放ち始め、鼻をつく。この酷い匂いを嗅いだまま、俺は何かを悟ったーー
「俺は……どうしてこんな事をしているんだろう……」
紙に並べられた冷たい数字と体につけられた熱い傷……これらに一体何の意味があるんだ?
そしてこんな仕事をしている俺に……何の意味があるんだ?
Ⅱ.屋上
屋上で寝ている子猫たちは、昨日市場の前を通った時に見つけて保護したんだ。
あんなに小さな体を震わせ、身を寄せ合いながら悲鳴を上げていたのに、連れて帰るとすぐに甘えるような声を上げて擦り寄ってきた。
なんて単純なやつらなんだ。
「シーザー兄ちゃん!ここだよ!」
屋上のドアが開く音を聞いて、エビーは微笑みながら俺に声を掛けてきた。
彼は蛇口の下で汚れた革靴を洗っている。汚い水が体に飛び散るのも気にせず、手で汗を拭って顔を汚した。
「猫ちゃんに餌をやっておいたよ。ウィリアム様と靴もそろそろ磨き終わる」
「うん、お疲れ様。ウィリアム様がもう遊びに行っていいって言ってたよ」
「やったー!」
話を聞いたエビーは歓声を上げたけど、次の瞬間頭を掻き始めた。
「あの、シーザー兄ちゃん、実は……僕が洗い終わっていない靴を磨いていたところを見たんだ……本当はウィリアム様からの許可なんてないんでしょう?僕のためにシーザー兄ちゃんが代わりに……」
「何言ってんだ、なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだ?お前がとろいから、ウィリアム様が俺に頼んで来ただけだ」
「そうなんだ……あれ、シーザー兄ちゃん、ふくらはぎに傷が……」
「バカ、早く行きな!ウィリアム様がまた怒るぞ!」
お喋りなエビーをどうにか屋上から追い出して、俺は急いでドアに鍵を掛けた。
世界はまた静かになった。
蛇口を閉めて、俺はエビーのブラシを手に取り、残りの靴を磨き始める。
「にゃあ」
小さな鳴き声、またお腹が空いたのか?
軽く手を拭って猫たちの傍に近づく。子猫たちは寄せ合って眠っているが、一番痩せ細っている子がその輪から抜け出そうとしていた。
「ごめん、給料もらえなかった……明日から食べ物をあげられないかも……」
子猫を抱き上げて、あごをヤンチャな毛玉に押し付けた。
こんなに小さくて、まだちゃんと歩けもしない……どうやって一人で生きて行くんだ……
でもどうすればいい?ウィリアム様は絶対飼う事を許可してくれない。
お金……ウィリアム様が言っていた、お金は大事だ、浪費してはいけない、お金は世界を救えるんだと。
何も出来ない俺とは違う……俺は彼を怒らせる事しか出来ない……
ウィリアム様はきっと素晴らしい事をやり遂げようとしているんだ、彼の言うことを聞くべきだろう、でも……
どうして、こんなにも苦しいんだ?
世界が救われるのなら……どうして……この子猫たちは救われないんだ?
子猫を巣に戻して、俺は屋上の端まで歩いて、そこに座って遠くの鐘楼を眺めた。 静かで月の見えない夜空から雨が降ってきた通りを埋め尽くす漆黒に、さざ波の一つも起こせない。
回転ドア、取引所、鞭、子猫……次々とイメージがフラッシュバックする。だけどこそから答えを導き出す事は出来なかった。
こんな時、食霊が持つ永遠の命は果てしない呪いのようだ。
苦しい……
俺は何をするべきなんだ?何が正しいんだ?どうすればこの苦しみから解放されるんだ?
今まで何度も何度もこう自問自答してきた。だけど答えは出ない。
しかし、今日は……
「現状を維持したままじゃ苦しみから抜け出す事は出来ない、変わらなければならない」
「誰だ?!」
Ⅲ.リピーター
「こんにちは、シーザーサラダ」
声に驚いて振り返ると、いつの間にか俺の背後に緑色のシャツを着た金髪の青年が現れていた。
「お前は……」
そこに立っていたのは、今日の最後の客……
つまりウィリアム様が盗むよう指示したケースの持ち主だ。
「鍵を掛けたはずだ……」
呟きながら、ドアは閉じている事を確認した。
「あそこから来たんだ」
彼は、取引所のすぐ隣にある家を指差した。
「お前は……何しに来た?それにさっきの言葉はどういう意味だ……」
「貴方を助けに来た。さっき言ったのはその方法だ」
「えっ?」
彼は真剣な顔で答えた。とても冗談を言っているようには見えなかったけど、俺はますます混乱した。
「俺を助ける?なんで?俺は……別に助けなんて求めてない……」
「貴方は苦しんでいる」
俺は俯いたまま黙り込んだ。
「今日、ウィリアムの命令で僕のケースを盗むはずだった、だけどそうしなかった」
「お前、知ってたのか?!」
「うん、だから貴方にお礼をしないと。これは社会の一員としてやるべき事、常識だから」
「?」
彼は頭を横に振った。今の言葉を気にするなと言っているようだ。
変なやつ……変な事をされないよう、彼を睨みながら手頃な武器がないか探した。
「僕は戦いは得意じゃない、だけど貴方は僕を倒せないだろう、今のところはね。だから無駄な事をやめて。僕は嘘をつかない、ただ貴方を助けたいだけだ」
「変わらなければ苦しみから抜け出せない……どういう意味だ?」
「字面通りの意味だ。現状を甘んじているから苦しくなる、苦しみから抜け出したいのなら、この現状から抜け出せば良い」
「つまり……どうすれば?」
「ここを離れなさい」
不思議な事に、この言葉を意外には思わなかった。
それでも、俺は拒否して一歩下がり、警戒しながら彼を見つめた。
「ウィリアム様は俺に命を与えてくれた。彼を裏切る事は出来ない」
「貴方は間違っている。貴方に命を与えたのはティアラ、造物主だ。とにかく、彼ではない」
「でも……ウィリアム様は世界を救うって言ったんだ、そのためには俺が必要だと……」
「証拠は?」
「えっ?」
「証拠がないだろう?だけど、僕が収集したデータによると、彼はかなりの悪徳商人のようだ。嘘偽りに満ちた言葉を使って人々を騙し続けている、このような人間を信用してはならない」
淡々と話す彼の声は軽やかで優しい、だけど耳が痛い。
「シーザーサラダ、どうしてここから離れようとしない?」
「ウィリアム様が俺を必要としている、契約の縛りもある。それに……子猫たちを保護したばかりだし……そうだ!エビーもいる!彼らを……」
「彼らは所詮貴方の言い訳に過ぎない。結局、上に登るより、その場でじっとしている方が気力を使うものだ」
俺は思わず拳を握りしめた。
「お前は何もわかっていない。俺がいなくなったら、彼らはどうやって生きていけばいいんだ……」
「貴方無しでは生きられないと……本気でそう思っているのか?」
彼はゆっくりと俺に近づき、港で唯一光を放っている鐘楼を眺めた。
「貴方は彼らのために働いている、なら彼らは誰のために生きているんだ?貴方のために生きている者はどこにいる?」
彼の長い髪と薄いシャツが夜風で靡く、まるで一対の蝶の羽のようだ。標本にされそうになっているけど、次の瞬間には空へと舞い上がっているような。
俺はどう答えていいかわからず、彼を見つめたまま握りしめた拳をゆっくりと緩めた。
「シーザーサラダ、世界とは虚無だ、ルールを守る必要なんてない」
「自分のために生きろ」
淡々と言葉を並べた後、彼はこの場を立ち去った。
俺は雨で体が冷えるまで、ずっとそこに立ち竦んでいた。
屋上の片隅にいる子猫たち。
彼らは前みたいに寄り添いながら震えていない。
頭を出して、興奮したように雨水を舐めている。
彼らの小さな頭は雨で濡れているけれど、寒さは全く感じていないようだ。むしろ、その目はキラキラしていた。活き活きとした光を灯して。
Ⅳ.帰らぬ人
「シーザーサラダ!出て来い!!!」
深夜、ウィリアムは鞭を持って、息を切らしながらケースを担いで小走りで戻ってきた。
「御侍様、どうなさいました?」
俺は子猫たちを抱いて、怒り狂ったウィリアムを見た。
「お前良い度胸だな?それとも鞭で叩かれたいのか?!」
ウィリアムは手に持っていたケースを床に叩きつけると、大量の白紙が空を舞った。
「鍵開けに掛かった費用は全部お前につけてやる!で、本物はどこだ?私の資料は?本物のケースは?どこだ?!」
「箱は、本当の持ち主の所にあります……」
激しい怒鳴り声に一匹の子猫が怯えて、俺の腕から飛び出した。
これを見て、ウィリアムは更に怒った。
「シーザーサラダ、こんなものを飼っていたのか!金はどこから手に入れた、私から盗んだのか!お前を甘やかし過ぎたようだな!」
怒りを通り越して、彼は笑いながら子猫に向かって鞭を振るった。
だけど、まさか俺が鞭を止めるだなんて、彼は予想だにしなかっただろう。
「お前、私に逆らうのか!」
鞭の棘が手に刺さり、血が滲み出ても、放すつもりはなかった。
「シーザーサラダ!この私を裏切るつもりか!」
「世界一の金持ちになって、貧困、病気、戦争がない世界を一緒に創るんだろう?世界を救うんだ!私とお前の二人で!これが私たちの夢だろう!」
俺は頭を横に振り、真っすぐ彼の目を見た。
「それは貴方の夢であって、俺の夢ではありません」
「このっ……!」
「いや、貴方の夢でもないですね。本当にこれが貴方の夢なら、どうしてエビーを、子猫たちを救わないんですか?」
「バカ野郎!世界を救うのは壮大な計画なんだ、エビーやこの畜生たちは必要な犠牲だ……」
「では、貴方の兄弟、妻子、母上は?お金のために彼らまで犠牲にしたのですか?」
「うっ、うるさい!お前に言われる筋合いはない!この野郎、お前も私の金目当てだったなんて、もっと早くに気付いていれば!死ね!」
彼は突然必死にもがき始め、俺の手から抜けた鞭を再び振ろうとしたが、俺を傷つける事は出来なかった。
なぜなら、鞭が振り下ろされた瞬間、俺は既に立っていた場所から離れていたから。
俯いて自分の足元を見た。
「離れる」というのは、こんなにも簡単な事だったんだ。
「世界を救えても、自分を救えなかったら……世界は俺たちにとって何の意味があるんだ?」
ウィリアムは何かを理解したかのように、そして泥沼に深く沈んだかのように、その場から動けなくなった。
だけど、それは彼自身の問題であり、俺にはもう関係のない事だ。
ウィリアムにとっても、エビーにとっても、そしてこの子猫たちにとっても、俺がここから離れた方が、彼らにとっては良い事だろう。
俺たちはみんな、自分のために生きなければならないんだ。
「御侍様、どうか自分のために生きてください」
ウィリアムはそれ以上何も言わず、片手で偽物のケースを、もう片手で低い椅子を持って、一歩ずつ奥の部屋へと向かった。
実は、彼はとっくにわかっていた。家族を犠牲にしてでも運営を続けた取引所も、既に風前の灯火だ。
彼は、誰かが直接教えてくれるのを待っていたのだ。
昨日も一日働きづめだったエビーが倉庫から出てきた。大きな物音で起きてしまったのだろう。目を擦りながら何があったか聞いてきた。
俺はただ笑いながら、子猫たちのために貰ったチップとスクラップを売って貯めたお金を彼に渡した。
エビーは最初戸惑っていたが、すぐに目を輝かせ、自由への憧れを俺に教えてくれた。
突然、億個部屋からドスンッという音がした。
何年にも渡って俺を縛っていた鎖が、遂に千切れた感覚がした。
「お前は今から自由だ」
俺はエビーに、そして自分に言い聞かせ、ウィリアム取引所のドアを押し開け、この場所を離れた。
Ⅴ.シーザーサラダ
「ジェノベーゼ、チビッ子があなたを探しているわ!」
ドンッ――
「いたっ!」
「チビって言うな」
レットベルベットケーキは蹴られた膝をさすった。そんなに力は強くないけれど、彼女は驚いた顔をしている。
(何よこのガキ、勝手に入り込んできて……!まあ、いいわ)
彼女は、かき上げる余地のない短い髪をかき上げ、無視する事にした。
「面接?」
「はい、ジェノベーゼ様!ここで働きたいです!」
ジェノベーゼは、テーブルに散らばった瓶の奥から顔を覗かせ、少年の顔に見覚えがある事に気付く。いつも何の感情も見られないその目が少しだけ揺れた。
「自分のために生きろと言ったはずだけど?」
「わかっています!だからエビーにお金を渡して、別の仕事に就かせました。それと数日掛けて子猫たちに良い飼い主も見つけて……」
「じゃあ、貴方自身は?」
「貴方のために働きたいです!」
ジェノベーゼは、人間の行動が理解できないロボットかのように首を傾げた。
シーザーサラダは緊張しているのか、唾を飲んだ。
「誰かのためではなく……もちろん貴方はきっと俺にして欲しい事なんてないでしょうし。とにかく、これが俺が今一番したい事なんです!」
「わかった、では今から会議を始めよう」
「えっ?」
ジェノベーゼは「カーニバル」の創始者だ。
このナイフラスト最大の娯楽施設には、変わった個性を持つ食霊たちが集まっている。平等、公正そして自由という原則のもと、新人はジェノベーゼの一存では加入出来ない、全員で議決しなければならない。
シーザーサラダは長いテーブルの前に立ち、人懐っこい営業スマイルを浮かべている。
実は会議が始まる前に、彼は既に結果を知っていた。七人が出席し、六人が賛成、一人が棄権、結果問答無用で可決されたのだ。
何しろ、一人一人に声をかけて、懇願したり、脅迫したりしたから。
しかし、一人だけ……
そう思いながら、彼は妖しい笑みを浮かべて椅子にもたれかかっている赤い服の女性を睨んだ。
宝物店「ドラゴンネスト」とオークションハウス「マジックケイブ」のオーナーであるレッドベルベットケーキ、彼女にカーニバルの財務を管理する権限はないが、シーザーサラダよりも適している事は間違いない。だから、彼の役職はドアボーイとなった。
おまけに棄権したのはまさに彼女だったのだ。
(意地悪な上に金の亡者だなんて……許せない)
シーザーサラダはノートに愚痴を書いて発散した後、満足そうにそれを閉じた。
屋上での会話依頼、シーザーサラダは人が変わったようだ。もしくは、閉ざしていた魂を解き放ったと言ってもいいでしょう。
自分のためにどう生きるべきか真剣に考え、最終的に「好きな事をして生きていく、自分が苦しくなるような事を拒絶する」という結論に至った。
だから、レッドベルベットケーキの店番という理不尽な残業を断り、理不尽に騒ぐ客に無理に笑顔を見せる事もやめた。
ジェノベーゼが黙認しているため、彼は悪態をつきたい時に悪態をつき、武器を振り回したいときに武器を振り回し、更には勝手にレストランの食べ物を持って道端の子猫に餌付けをしたりしている。
結果、苦情が絶え間なくジェノベーゼの実験室に届くようになった。
「ジェノベーゼ!あなたのわんころ最近調子に乗り過ぎよ!」
「わんころ?」
困惑した表情のジェノベーゼを見て、レッドベルベットケーキは思わず長いため息をついた。
「シーザーちゃんの事よ!勤務時間中に木陰の下でジュースを飲んでいたわよ!カーニバルの安全を守る気が一ミリもない!それにいつもあたしの事を悪徳商人って呼ぶし!」
「そう……カーニバルには今十人もの食霊がいる。帝国連邦が殴り込んで来ない限り、何ら問題ない。悪徳商人については……そうだな……」
ジェノベーゼは首を傾げた、その真剣な表情は何故だか少し天然のように見えた。
「本当の事だろう?」
レッドベルベットケーキの口角がピクピクしている。
「むしろ、貴方はどうしてシーザーに突っかかるんだ?彼は良い子だ」
「……あなたの前にいる時だけよ……まあ、彼をイジメているのは確かだわ、怒った顔がカワイイのがいけないのよ」
一方、レッドベルベットケーキが偽造したジェノベーゼの依頼書に従い、倉庫を整理していたシーザーサラダは大きくくしゃみをした。
最近無愛想キャラを演じすぎて、疲れて体調が悪くなったのではないかと、彼は考えていた。
間違ったやり方だが、彼はジェノベーゼの提案を貫こうとしていた。他人のために自我をすてた良い子から脱却し、改めて自分のために生きようとしている。
誰かを傷つけない限り、言いたい事を言って、やりたい事をやる。こうして、彼は堂々と自信満々に生きれるのだ。
「あの悪徳商人……何のためにこんなにケースを貯め込んでいるんだ?疲れた……あれ?これは……」
綺麗に飾られたケースの中に、平凡だけれど見覚えのあるものがあった。
それは、世界を変えられると謳われていたケースだ。使い古した様子はなく、あれから開けられていないのだろう。
「触るな」の髪が貼られているが、彼は好奇心を抑えきれず、そっと封を開けてしまった。
ケースの中にはメモが一枚だけ入っていたが、彼はそれを読むと目の前がぼやけた。
かつて御侍に殴られても叱られても、子猫を連れてどうしようもなく彷徨った時でさえも泣かなかった彼は、今メモに書かれている文字を見て貴重な涙を流した――
カーニバルへようこそ。
ジェノベーゼより」
ほら、誰も傷つけないわがままな行動も、たまには悪くないでしょう?
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