アクタック・エピソード
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アクタックのエピソード
エクティスという極寒地区で誕生した食霊。触れた物を凍らせて氷にする事が出来るため、調合したカクテルはとても冷えている。御侍によってグルイラオに売られた後、ジェノベーゼによって闇オークションから競り落とされた。ジェノベーゼの恩に報いるため、カーニバルの悪ガキたちを取り締まる役割を担うように。見た目はクールビューティーだが実は短気、とても暴力的な手段で悪ガキたちを「教育」する。
Ⅰ.妨げ
暗闇。
灼熱。
クソッ……
黒い布で目が塞がれていても、外からの眩しい光を感じる。しかも気持ち悪い熱を帯びていた。
邪魔だ……
光と熱を全て捻り潰したい……
「商品番号11365!北の果てエクティスから来た食霊!」
突然、騒々しい声が耳元で炸裂し、次いで黒い布が剥ぎ取られ、あまりにも眩しい光に私は目を閉じざるを得なかった。
商品?それは……私のことか?
「金貨5万枚から、競売開始!」
無理やり目を開けると、見渡す限り人しか見えない。だがどの顔も真っ暗だった。
ここはどこだ、エクティスとは違うが、大した違いもないようにも感じる……
どっちも地獄だ。
ステージの下にいる人間たちはどんな意味をもつのかわからない数字を次々に叫んでいる、赤い服の女はその声につられどんどん興奮していく。
騒々しい。
跪いていることで痺れた膝を動かし、どうにか手首の拘束を解こうとしたが……
「無駄なことを……あなたの体に巻かれた鎖はタルタロスの特別な材料で作られた物、食霊がそれを付けると普通の人と変わらなくなる。あたしもそのツラさはわかるよ。でもすぐに衣食住に困らない生活が待っているわ〜」
こいつは何を言っているんだ?
こんなくだらない話を聞くために、エクティスから逃げてきたんじゃない!
ドンッーー
「10億」
突然静寂が訪れた。人々は皆頭上で飛び交う札を見つめ、口を開けて息を呑んだ。エクティスにとっては紙切れ同然のそれだが、会場はそれのせいでまるで水浸しになったかのように一切の雑音が聞こえなくなる。
ただ一人、あの人たちとは違った。
彼は暗闇を拭い私の前に立った。輝く金色の髪を纏い、まるで何も見ていない虚ろな目で私を見下ろす。お高くとまっているのに、何故だか不快感はなかった。
どうしてか、声が突然震え出した。
極寒と未知に対面したかのように。
「私は……商品ではない……」
「確かにそうだ。今、貴方は僕の物になった」
……そのような言葉を聞いたのはこれが初めてではない。
エクティスで、混沌より私を召喚した男も同じ事を言っていた。
だが、この青年はあの人間たちとは違った。
その声から驕りも興奮も聞こえない。この世のどこにでも漂っている空気のように穏やかで平和なものであった。
彼のような者が、私に何かを求めているとは思えなかった。
ナイフラストには、面白半分で食霊を飼う人がいるらしい、もし彼もそうだったら……
殺してやる。
「立ち上がれ」
……
命令ではない、水面を叩くような軽やかな声だった。
手首の拘束が解かれ、自由を取り戻した瞬間、頭の中で何千回も思い描いたように、彼の胸に蹴りを入れた。すると……
ドンッーー
きっ、気絶した?!
ほとんど抵抗することなくそのまま地面に倒れ込んだ男を見て、呆気に取られてしまい逃げることを忘れてしまった。
世界は再び騒然となり、ステージの下は混乱していた。まるで酸素が奪われたかのように息が出来なくなり、女の悲鳴が脳を揺さぶる。
しかし彼は動揺することなく騒ぎの中心にいた、まるで博物館に飾られている標本のよう。
しかし、彼は死体などではない。次の瞬間にでも飛び立ってしまうような、一時の休息を取るために眠りについている蝶に過ぎなかった。
Ⅱ.自分
「どうして……私がやらなければならないんだ?」
女は何か訳の分からないことを聞いたように、椅子から跳び上がりそうになっていた。その表情は大げさで可笑しかった。
「気絶させたのはあなたよ!それとも、このか弱いあたしに7階まで運べっていうの?!」
……
私は、地面に横たわっている熟睡している男を見て、途方に暮れた。
そして、明らかに彼の連れである赤い服の女は、心置きなく帰る気満々の様子を見せた。
「おいっ、彼をこのまま私に任せる気か?」
「いけないの?あなたが彼を殺すとでも?なら、最初からそうしたでしょう?」
「……」
「誰かさんのおかげで、恐怖に襲われたお客様をなだめにいかなきゃいけないし、金を払わずトンずらしようと思っている奴らも捕まえなきゃ……後は頼んだわよ」
そう言って、彼女は急いでこの場を離れた。
私は突然現れた挙句気絶した男を見て自分の不運を嘆いた。
エクティスで辛い生活を送っていた私にとって、男一人を7階まで運ぶのは大したことじゃなかった。
だけど7階にある彼の部屋を見つけるのは、案外簡単ではなかった。
「ここは……寝室か?」
7階にはドアが1つだけあり、それを開けると床一面に紙が散乱していた。あるものはボール状にくしゃくしゃになっていて、あるものは理解できない文字や記号で埋め尽くされていた。
そう遠くないところに、色とりどりの瓶と椅子が転がっているテーブルがあった……その隣には、まな板のように滑らかで平たい、しかし、もっと大きなテーブルもあった。
一人が横になるには十分な大きさだが……もしかしてこれがベッドなのか?
ゴミ処理場のような広い部屋で、いくら探しても他に横たわれそうな場所は見つからなかった。仕方なく銀色の台の上に彼を乗せることにした。
そろそろ……ここを出ないと。
だが私は入口に立ったまま、外に足を踏み出せないでいた。
「貴方を困らせる、おかしな運命とやらを……潰す方法を教えてあげよう」
……
どういう意味だ?何故彼は私の悩みを知っている?そして何故私を助けてくれたのだろう?
だが、私の一蹴りで気絶してしまうような奴に何が出来るんだ?
少しだけ期待していた自分を嘲笑いながら、腕を組んで彼のそばに戻る。
「いつまで寝たフリを続けるつもりだ?」
「あぁ……バレていたのか……演技は向いていないようだな……」
彼はゆっくりと体を起こす。その冷静な目には嘘がバレた時に見られる焦りは微塵もなかった。むしろ堂々とこっちを見ている。
「素晴らしい。この実験台が僕の寝床だとよく気付いたな」
「その逆だ。私はこれが実験台だってことも、実験台が何なのかもわからない」
「ああ、じゃあラッキーなんだ。運も実力のうちだ」
「……一体何がしたいんだ?」
彼は視線を逸らし、顎に右手を添えて困惑した表情を見せた。
「やりたいことは山積みだ。全て話した方がいいか?」
「いや……私に運命を潰す方法を教えると言っただろう。どういう意味だ?何を知っている?どうして私を助けた?」
「ああ……質問は多いけれど、答えは簡単だ」
彼は座ったまま足を下ろし、子どものようにぶらつかせた。だがその目は枯れて何年も経つ木のような老成さが見られる。
「そのままの意味だ。貴方のエクティスでの経歴を知っている。全てではなく、結果から導き出せる事だけ。どうして貴方を助けたかについては……」
彼は言い淀んだ。何か言い訳を考えているように見える。半開きの目は真剣なのか、冗談を言っているのかわからない。
「個人的な理由だ」
「どういう事だ?」
「貴方を助けたのは、僕の代わりに”カーニバル”を管理して欲しいからだ」
……
ああ、私が間違っていた。
真剣も冗談でもない。彼の目から見えるのは……狂気だったのだ。
Ⅲ.テーブル
「僕の代わりに”カーニバル”を管理して欲しい」
「……私の過去を知りながら、まだ新たな地獄に囚われるよう仕向けるのか?」
密かに拳を握りしめる。冷気が殺意の如く四方八方に広がっていく。
寒さを感じたからだろうか、彼の方が少し震えたが、それでも近づいてきた。
「いや、”カーニバル”は地獄ではない。快楽しかない場所だ」
ステージに縛り付けられ、家畜のように売られていた事を思い出し、思わず鼻で笑う。
「ハッ、快楽?他人の苦痛を売るのが?」
「苦痛こそがチャンスだ」
……また始まった。訳の分からないことを……
「これを飲むといい」
彼の手にある赤黒い液体を見る、その刺激的な臭いに顔をしかめた。
「どうして私がこんな物を……」
「一杯だけなら害はないだろう?それともビビっているのか?」
彼からグラスを奪い取り、一気に飲み干したが、咳き込んでしまう。
「ゴホッ……なんだこれは……」
「これは酒だ。神からの贈り物、魂の伴侶、人生に不可欠な物だと思っている人もいる。これのために健康や命をも投げ出す者もな」
彼は空っぽになったグラスを手に取り、グラスに僅かに残る濃い赤を光に透かして覗き込みながら呟く。
「貴方は何も気にせずそれを飲み干し、グラスを置き、蔑んでも良い。そして手持ち無沙汰の時にまた味わって……酒は貴方にとってただの酒でしかない」
「……何を言っているんだ?」
「これが運命を叩き潰す方法だ」
彼はグラスを頭上に掲げると、赤黒い液体が嵐が巻き起こる前兆かのように一滴だけ落ちてきた。
「抗えば抗う程束縛されていると感じてしまう。運命を一杯の酒だと思えば、飲みたい時に飲み、飲みたくなければ捨て、そうすれば貴方を縛るものはなくなる」
パリンッーー
グラスは床で砕け散り、彼の血が酒と混じり、花のように咲いた。
「いっ……おかしい。計算上破片で切られるはずはなかった」
彼は顔をしかめたが、痛みのせいではなく、ただ戸惑いながらガラスの破片で切られた足を見つめ、血を流すだけで、傷の手当をする気は全くないようだ。
……
「チッ、座れ」
彼は少し戸惑ったが、私が乱雑なテーブルから比較的綺麗な布を取り出したのを見て、素直に座った。
私は思わずつぶやきながら、しゃがみこんで彼の足の傷の手当てをする。
「頭の中で何を考えてんだか……」
「どうして計算ミスをしたのかについて考えている」
「……私を計算に入れていなかったからだろう。貴方を傷つけた破片は私に当たって跳ね返ったんだ」
「なるほど」
「私が知りたいのはそんな事では……貴方の言う”カーニバル”とはここの事か?さっきまでいた場所も、全て貴方の物?」
「ああ」
「全部貴方の物ならどうしてあんな大金を払って……私を買ったんだ?」
「でないと、レッドベルベットは手を引かないだろう」
レッドベルベット……あの赤い服の女のことか。
傷口に布を巻いて止血し、私は立ち上がった。この角度から見ていると、なんだか彼が子どものようにみえた。
「”カーニバル”の管理を任せると言ったな。私がこの場所を潰す可能性は考えていないのか?或いは何かを盗んで逃げるとか」
「”カーニバル”には成功も失敗もない。純粋に快楽を求める場所だ。そんな抽象的な物を簡単に潰せるわけがない。それに貴方はゴミを見るような目で金を見ていた。心配する必要はない」
彼は突然早口になった。まるで準備していた文章を暗唱しているかのように。
「お金に貪欲でなければ、レッドベルベットと対立することはないだろう。更に僕の狸寝入りの件から、貴方は普通の人間性を……この言い方は嫌いだが、それを持っていることも証明出来た」
彼は顔をしかめ、少し間を置いてまた言葉を続けた。
「貴方は責任感のある食霊だ。さっきの蹴りもなかなか悪くなかった。”カーニバル”を管理するには、それなりの戦闘力も必要だから……他に説明して欲しい事は?」
「いや……ただ、どうして他人に”カーニバル”を管理させようとしているんだ?」
「自分で管理することに疲れたからだ。防御には休息が必要だし……つまり個人的な理由だ」
貴方の個人的な理由が、私のチャンス……
ハッ、イカれてるな。
「わかった」
「……ここに残って、”カーニバル”の管理をしてくれるということか?」
「その通りだ。だがこれからは全て私の言う通りにしてもらう」
「うん?」
Ⅳ.魔
私が生まれた場所は、氷と雪しかない極寒の地、エクティスだ。
人々は、寒さの原因は呪いであると勝手に思い込み、それを解くには生贄を捧げるしかないと考えた。
食霊は問答無用で犠牲となったのだ。
だから長い間、私の人生は寒さと永遠に終わらない仕事だけだった。
だが私は人間の独善的な願望に屈することも、終わりのない輪廻の中、自分の人生を犠牲にすることも、嫌がった。
ただ、そこから抜け出したかった。あんな馬鹿げた運命から逃げたかった。
……私は温もりに耐えられない、寒さだけを焦がれたりエクティスにいなければならない運命のようだったから。
私はどんな対価をも払う覚悟でいた。
「棺桶が居心地が悪いのは知っている。だけどこうしないと村人たちに気付かれてしまう。彼らは君を逃したりはしないからね」
エクティスから脱出するための手助けをしてくれるという男は、笑みを浮かべながら私の頭上にある棺桶の蓋を閉める準備をしていた。
彼が信用出来ないことは分かっていたが、ここから出られるのなら最悪の事態も覚悟していた。
しかし、私は思いもしなかった……
息苦しく狭い空間に横たわりながら、気持ちを落ち着かせようとするが、視界は次第に闇に覆われていった。
外は騒がしいが、分厚い棺桶の中にいるから何も聞き取れない。ただ、わがままで残忍な私の御侍が追いかけてこない事を祈るばかりだった。契約の縛られている中、私は彼に逆らうことは出来ないから。
やがて、外からガランガランと音がした、誰かが棺桶に鎖を巻きついているような音だ。
うまくいった……鹿が言っていた通り、私はもうすぐエクティスから出られる……
「このクソ食霊が!この悪魔が!俺を殺す気か!」
この声は……御侍?!
「食霊を召喚すれば楽に生きられると思ったが、まさか……お前のせいでここで死ぬ羽目になるとは!」
彼の声はすぐ近くから聞こえてくる。まるで耳元で話しているようだ。全てがはっきり聞こえた。しかし……
一体何の話だ?
「お前がエクティスで大人しくしていなかったから、お前が逃げないように俺をこの棺桶に縛りつけやがった!」
「悪魔め!まだ逃げようとしているのか?!どうせこの地からは逃げられない!例え俺が死んでも、俺の魂はずっとお前に纏わりつくさ!呪ってやる!」
心の中の疑問が解けた。エクティスから逃げるにはそれ相応の代価を支払わなければならない。だけどまさか他人を傷つけることになるとは……
私はすぐに棺桶を壊して、この茶番を終わらせようとした。だが……
棺桶に御侍が縛られている。棺桶を壊せば彼を傷つける事になる。
私は食霊の運命に縛られ、どうすることも出来なかった。
「呪ってやる……お前の命が永遠に続くのなら……永遠に呪ってやる……」
「お前はお前が恨む運命からは逃れられない……俺の怨念から逃れられないようにな……永遠に……永遠に……」
彼の声は、徐々に寒さと雪の中に融けて消えた。
寒さはすぐに和らいでいき、私は目的地に届けられた。
棺桶から引きずり出され、新しい鎖を巻かれ暗闇から放り出されるまでの間、棺桶にしがみつく人骨が見えた気がした。
それは氷雪に覆われ、恨みに侵され真っ黒になっていた。まるで呪いのように、永遠に私の脳裏に刻まれたのだ。
……
「まあ……管理者さま、そこまで具体的に言わないでください、子どももいますし……」
「おいっ、俺は子どもじゃない!」
「オレもそうだ!それにオレはこういう話を聞くのが大好きだ!管理者、もっと話して!」
シナモンロールは、身長も精神も間違いなく子どもである2人の真ん中に立ち、緊張した様子で手を振り、続きを話さないよう制止してきた。
「カーニバル」の中で、一番私に迷惑を掛けてこない彼女の頼みだから、私は続きをせがむガキを押し退け、バーカウンターを離れた。
この話はそもそも彼らに聞かせようとして話したんじゃない。
狼の頭を乗せた少女は近くのソファーに座っている。彼女に酒を出すついでに、尋ねた。
「この話を聞いたら怒ると思ったが」
「あたしが?どうして?」
「……貴方が安らかにさせようとする魂を、私のせいで安寧を得られないから」
「そこまで面倒見る暇はねぇ」
「……貴方は呪いを信じるか?」
「信じる。だか人間は悪魔を呪う事は出来ねぇ。悪魔が自信を呪う事は可能だがな」
彼女は酒を飲み干し、豪快に口を拭い、離れる前に私に向かって笑顔でこう言った。
「自分を呪う前に、まず”カーニバル”の悪魔たちを呪ったらどうだ、魔王様?」
ハッ、そうだな。
「カーニバル」の管理者になって一か月以上経つが、彼が当時言っていた「疲れた」が身に染みてわかった。
この食霊たちは全員わがままだ。彼らを「大人しく」私の言う事を聞かせるために、着任初日に何人を氷漬けにした。
彼はその光景を一目見るだけで、何も言わなかった。
私は彼の事を完全に信用した訳ではない。彼の運命を潰す方法論がどれだけ合理的に聞こえても、私がここで大変な思いをする理由にはならない。
私は依然として温もりを嫌い、寒さに頼っている。
深夜にあの呪いの声が聞こえるし、時々まだエクティスという名の地獄にいるのではないかと錯覚を覚える。
彼の解決策はあまり効いていない。昔のように運命に怒りを覚えることはなくなったが、全ての怒りは「カーニバル」にいる狂人たちに移っただけに過ぎない。
でも……
何でも知っているようで何にも動じないあの顔を変化させられたら、きっと面白いんだろうな。
ここで、彼の方法が間違っていると証明出来る日が来るのを待つと同時に……
その日が来ない事を願っている。
Ⅴ.アクタック
エスティスに生まれた人間は、生き残るために命をかけて戦わなければならない。
彼らの食霊も、人間の短い命を守るために全てを犠牲にしなければならない。
それが運命だと、受け入れなければならないと言う人もいる。
抗った後に訪れる運命こそ、決められた運命だと言う人もいる。
実のところ、アクタックは彼の御侍のことも、自分を売らなければ生きていけない人たちや、自分でお金を稼ごうとする人たちの事も恨んではいない。
彼らは運命にひれ伏し、行く宛てがなくなっているだけだから。
彼が憎んだのは運命そのもの、運命が食霊に課した束縛。そして、世界のあらゆるものに命を与えながらも、それらの命を苦しめ、不平等にした事を恨んでいた。
彼は運命に傷つけられ、嘲笑われ、弄ばれた。彼の眼中には運命しかない。
だから、あの青年が現れた時、運命を叩き潰すと語ってきた時、アクタックはかつてない程に引き裂かれる思いを覚えた。
他人に頼るような救われ方をしたくないと思う一方で、運命を無視するような彼に憧れを抱かずにはいられなかった。
相手が、そこまで頼もしいとは言えないけれど……
「今日は、外出する日でないようだ」
「そうだな、予定では2日前だったはずだ」
アクタックは、研究室から無理やり引きずり出したジェノベーゼを見て、少なくとも10秒以上掛けて、相手を凍らせないよう自分に言い聞かせた。
例え大魔王と呼ばれていても、彼はこの「カーニバル」の創始者に情けをかけなければならなかった。
「これ以上実験室にこもってたら、シーザーサラダのガキが暴れるそうだ」
「ああ……問題ない、どうせリセットされる」
「またこの世界はゲームだって言いたいのか……」
アクタックは懐からお酒を取り出し、ジェノベーゼに投げつけた。
「これはブリヌイとボロジンスキーに隠れて残した、”カーニバル”にある最後の酒だ。入荷作業と……別件を片付けてくる。たまには責任もって自分の”カーニバル”の管理をしろ」
「ああ……」
ジェノベーゼは断らず、酒を持ってようやく7階を去った。
とは言え、アクタックの仕事はまぁ他にもある。
「カーニバル」は快楽だけを許容する場所だ、無節制な快楽はいずれあらゆるトラブルを招く。
ティアラの安全と安定を守ると宣う組織がやってくる前に、やらなければならない事はまだたくさんあった。
例えば、「カーニバル」でおかしな物の取引を禁止し、客が無事ここから出られるよう配慮する事。
そして、寒いと噂されている路地に行き、もう二度と会えないと思っていた食霊を見つけ出し、「カーニバル」に連れ戻さなければならない。
現状彼にとって最も安全であるこの場所で、数少ない友人を守るために。
実はアクタックはここにいるほとんどの者と「カーニバル」が嫌いだった。
彼らは邪悪で狂っていてらほとんどが無節操だからだ。
そういう者はこの世のどこにでもいる、逃れる事は出来ない。なら自分の支配下に置いた方がいい。
大魔王か……
まさに彼に相応しい名前であった。
とにかく、過去にきっぱりと別れを告げ、運命の存在を無視出来るようになるまで、彼はここに留まるつもりだ。
彼は、この地獄に囚われたのではなく……
彼がこの地獄を閉じ込めているのだ。
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