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タイガーロールケーキ・エピソード

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タイガーロールケーキのエピソード

食霊実験された食霊の一人、しかし他の実験品とは違って比較的自由に気楽に過ごしていた。そのため彼は歪むことなく、普通の元気な少年に育った。実験の残忍さを知らなかった彼は、ある日偶然フェタチーズと出会う。優しくて正義感の強い彼はフェタチーズを保護し、研究所から連れ出す事に。フェタチーズを守るため、いつも強がって強気なフリをしている、ケガしても弱音を吐かず、こっそり涙を拭うだけ。とても単純な彼は、フェタチーズの自分に対する異常な独占欲に気づかず、ただ彼を守ろうとするばかり。


Ⅰ.パレード

空が澄み渡っている、快晴の日。

満天のリボンが風に吹かれて、ゆらゆらと空を彩っている。楽し気な交響曲を奏でる音楽隊のメロディーと共に人々はダンスを楽しんでいた。


今日は、魔導学院近くの町で開かれる年に一度の祭りの日だ。


賑やかな屋台の前には大勢の人がひしめき合っている。ぽっちゃりとした店主が大きなスプーンを使って出来たてのプリンにシロップを掛けると、辺りに芳醇な甘い香りが広がった。


ヘヘッ、あれに決めた!


一歩踏み出そうとした時、ふらついている影が足元を通り過ぎようとしていた。


「おいっ!」

「うわーっ!」


俺は小さな柔らかい体を腕でしっかりと受け止め、ついでに地面に落ちそうになっていた綿あめもキャッチした。

「フゥ、良かった……今度から人混みで歩く時は気を付けろよ。こんなに美味しそうな綿あめを落としたら勿体ないだろ」


まだ状況を理解出来ていない女の子は、ボーっと俺を見つめたまま口を開いた。


「う、ん……お兄ちゃん、ありがとう!お兄ちゃんのネコの耳もネコの手もカワイイね!」

「はあ?!何がネコだ!トラだよ!」

「うぅ……トラ……」

「ハハーン、怖いだろ?」

「怖くない!だってトラさんはおっきなネコさんだもん!」

「……」

俺は言葉に詰まった。ちょっと前まで涙を浮かべていたのに、すぐにケロッとしてハイテンションになった女の子に少し呆れた。


「お兄ちゃん……お耳を触ってもいい……?」

「おいっ、待て……」


次の瞬間、耳先に柔らかな感触がした。

これ、思いのほか気持ち良いな……


「お兄ちゃん、シッポが立ってるよ!」

「はあ?!見間違いだよ!!!」


落ち着かなくてこの場から逃げ出そうとしたら、いつの間にか大勢の子どもたちに囲まれていた。


「トラの耳が生えたお兄ちゃんだ、カワイイ!」

「シッポももふもふしてるし、動くよ!」


「おいっ……どうなってんだよ……?!」

元気な子どもたちに囲まれたって気付いた時にはもう手遅れだった。


キラキラとした真っすぐな目で見つめられると、体が強張ってどうしても拒絶の言葉を口に出来なかった。


「うわっ!気を付けろ!登るな!勝手に肉球を押すなよ!」


……


逃げ出した頃には、もう全身汗だくになっていた。

まだ足元がふらついている中、突然後ろから激しい太鼓の音が響いた。


少し離れた場所で、人々は旗と看板を掲げながら声を揃えて賛美歌を歌っていた。

情熱的で高らかなメロディーだ。


「噂によると、魔導学院の堕神を消滅させる研究で、新たな戦果が出たらしいよ。この歌は彼らのためち新しく作った賛美歌らしい」

「らしいな、怪物が減ったのは確かに魔導学院のおかげだ。ナイフラスト……いや!ティアラ大陸が今の平和を維持出来ているのもそうだ!」


人混みの中からこんな会話が聞こえてきた。人々の顔には幸福と満足の笑みが浮かんでいた。

長い行列は町の入口から出口まで続いている。


「よぉ!そこの兄ちゃん!何突っ立ってんだ、俺たちと一緒に平和を謳おう!兄ちゃんにとっても良い日になりますように!」


情熱的な歌い手は、俺に旗を一本押し付けてきた。その旗の棒にはまだ温もりが残っている。


歌声に導かれるように、俺の全身も熱くなった。気付けば彼らと一緒にこの平和で楽しい雰囲気を楽しんでいた。



夕陽の中、騒がしい一日が終わった。魔導学院に戻っても、さっきまで聞いていた歌がまだ頭の中で響いている。


どれ位歩いたかわからない。今日はいつもより随分と歩いたと思う。

ふと、ひんやりとした風が通り過ぎて、俺は思わず身震いした。


顔を上げるとそこには見慣れない光景が広がっていた。

先に続いている道は雑草に埋もれていて、金属の小さな扉がちらりと見えた。


これは実験室への帰り道じゃない。


我に返ると、俺の視線はますますその小さな扉に釘付けになった。強烈な好奇心が湧き上がって、足が勝手に動き始める。


時間にはまだ余裕があるから、思い切って……中に入ってみよう。


Ⅱ.残酷な実験

古びた鉄の扉は冷たく鈍く光っていた。錠に絡まっていた蔓を払いのけると、簡単に中に入り込めた。


金属で出来た壁に囲まれていて、曲がりくねった廊下には電子音だけが無機質に響いている。

ドアの小窓から部屋の中を覗くと、複雑な精密機器が並んでいるのがなんとなく見えた。


得体の知れない圧迫感に胸が苦しくなりながらも、好奇心のままに俺は足音を殺して中に進んだ。


不意に、違う音が聞こえてきた。


左手の部屋から聞こえてきたものだ。

そっと小窓から中を覗き込む。


いくつもの白い背中が見えた。

白衣だ。魔導学院実験室の研究員が着ているもので、いつも健康診断をしてくれる人間たちのと一緒だ。


彼らはベッドを取り囲んでいるみたい。

ベッドの上の人影はよく見えないけど、誰かが注射器のようなものを持ち上げているのが見えた。


次の瞬間、微かに悲鳴が聞こえた。壁によって隔てられていても、苦しみがはっきりと俺に伝わってきた。


得体の知れない液体を垂らした注射器が投げ捨てられると、俺はようやくベッドの上に横たわる人物がはっきりと見えた。

羊の角と耳を持った痩せ細った少年、得体の知れない機器に繋がれて、動けないように手足は鎖で繋がれている。


突然、彼の角が少しづつ大きくなり、足首が羊の蹄みたいに歪み、キレイな首筋にも少しずつ毛が生えてきて……

彼は……本物のヒツジになりかけているのか?!


突然の変化に、俺は頭が真っ白になった。

白衣を着た人たちは、ただ冷ややかな目で少年を観察し、ノートに何かをびっしりと書き込んでいた。


汗でびっしょりになっている少年は青白い顔を歪め、とても苦しそうにしている。


それを見て、俺は全身が針に刺されたかのように苦しくなった。脳内で警告音が鳴りやまない、手足もその場に縫い付けられたかのように、重くて動かない。


すると、身に覚えのある霊力を感じ取った。

彼も食霊だったのか!

この人たちは一体何をしているんだ?!


頭の整理が追いつかないまま、突然どこかに設置された警報が鳴った。

部屋の中にいた人々は慌てて飛び出してきた。


チャンスだ!


俺は死角に身を隠し、あいつらがいなくなった隙に部屋に忍び込んで、ドアの鍵を掛けた。


誰かが飛び込んでくるって予想していなかったのか、弱っている少年はまるでヒツジのように怯えた表情を浮かべた。


「こっ、怖がらないで!全部取ってやるから!」

彼を縛っていた物を全て外しても、彼は怯えたまま体を縮こめ、俺に見向きもしない。


「なぁ、俺はタイガーロールケーキだ!悪い人じゃない!君と同じ、食霊だ!」


……

沈黙が続く。俺の頭がまた真っ白になった。


……やっぱり怖がらせてしまったのか?


頭を掻きながら何かを言おうとした時、ふとポケットに入っている物を思い出した。


「あっ、そうだ!このロリポップやるよ!怖い時は甘いもんを食べれば落ち着くぜ!」

ロリポップが効いたのか、彼はようやくゆっくりと口を開いた。

「ありがとう……ぼくは、フェタチーズ……」


ロリポップ……って何……?綺麗だね……」

「えっ?きっ、君はロリポップを知らないのか……」


言葉の意味がわからないのか、彼は目をぱちくりさせた。

俺の心に、言葉に出来ない気持ちが広がる。


「その耳としっぽ……わかった……きみは新入り?……あのひとたちに見つかったら……実験室に連れて行かれて、お仕置されるよ……」

俺の頭を見ながら、フェタチーズは濡れた目でおずおずとこう言ってきた。

「……新入りじゃない、何ヶ月前にもう魔導学院に来てる」


「それに、俺の耳とシッポは君みたいに生えてきたものじゃない……」

「えっ……?」

彼は少し驚いたように目を見開いた。


「だから、ここは一体なんなんだ?」


……


彼らはより上手く堕神を消すために存在すると、彼は言った。

「……こうしないと、ティアラの平和と安穏は守れない……ぼくが実験の痛みに耐えられれば……もっと多くの人たちが堕神の脅威から逃れられる……」


「ぼくがそうしないと……ティアラの人間は、みんな、死んでしまうって……彼らが言ってた……」


驚きを隠せなかった。


何を言っているんだ?

食霊の力だけでもう堕神に対抗出来る。ティアラ大陸も既に何年も平和と安穏を手に入れている……


あの研究員たちは彼に何を話しているんだ?


ベッドの端にある機器が点滅している。俺は嵐に打たれたかのように言葉が出なかった。


恐ろしい予想がだんだんと形になっていく。

騙されているんだ。

研究員たちは実験データか何かを得るために、この善良な少年を騙して、自ら苦しみを受け入れるように仕向けた……


クソッ……


手のひらに痛みが走る、爪が食い込んでいる事に初めて気付いた。

だけど、どんなに痛くてもフェタチーズの腕に刻まれたおびただしい数の傷跡には及ばないだろう。


心が、何かしなければと叫んでいる。


「……フェタチーズ、今すぐ君を連れてここから出る!あいつらが帰って来る前に、早く!」

「ここから、出る……?む、無理だよ……」


「無理じゃない、俺がいる!二度と君を傷つけさせない!」

「彼らはぼくの行動を、制限している……契約もあるし……ぼくたちは逃げられないよ……」


フェタチーズは俯いた、その目尻で何かが光っている。

タイガーロールケーキ、ありがとう……」


「でも……きみまで巻き込みたくない……早く……逃げて……」

「俺は……!逃げられる方法を見つけたら、また来るから!」

「また……来てくれるの……?うん……!」


フェタチーズは何かをつぶやいた。

気のせいかわからないけど、微かに笑みを浮かべているように見えた。


Ⅲ.憧れの正義

窓の外、月は雲の後ろに隠れてぼんやりとした光を放っていた。

周囲は静まり返っていたけど、俺は全然眠れなかった。


昼間の出来事がまだはっきりと脳裏に浮かぶ。だけど混乱もしている。


初めてここに来た時の事をふと思い出した。眼鏡を掛けたばあさんが俺に向かって……


「はあ?で、俺の任務は健康診断だけ受けて、他は何もしなくていいって事か?」

「このデータは我々にとって重要なものだよ。魔導学院だけでなく、ティアラ全体の安全にも関わるんだ」


「そんな大層なもんなら、俺にも何かやらせてくれ」

「なら、食霊の力を使って堕神という名の怪物を退治したらいい。或いは、近くにいる人間を助けなさい」


拳を握りしめる。

俺は力を駆使して郊外で暴れていた堕神を何度も退治して、町にいる悪者も何人も懲らしめてきた。

おじいさんの稲刈りを手伝ったり、木に引っかかった風船を子どものために取った事だってある。


ばあさんは、力を持つ者は正しい事をするべきだと、教えてくれた。


だから……



それ以来、タイミングを見計らって隙あらばフェタチーズがいる実験室に忍び込んだ。

大半の研究員は、ある実験が引き起こした災害の処理に借り出されたみたいで、警備が緩くなっていた。


おかげで毎回すんなりと入れた。最初の頃に比べるとフェタチーズの状態もだいぶ良くなったみたいだ。

でも、毎回わざと大きめのコートを着て、新しく出来た傷跡を隠す。


「そう言えば、あいつらは何を注射してるんだ?」

「ぼ……ぼくにもわからない……」

「じゃあ……注射した後、ヒツジの角が生えてくる以外に、何か起きるのか?」

「……知らない……」


眉をひそめて体中の注射痕を見ていたら、彼はすぐに服でそれを隠した。

「大丈夫だよ……これくらいの傷ならすぐに治るから……」


あんな酷い仕打ちを受けたのに、文句ひとつ言わないし、心配もさせてくれない。

あの野郎ども……


「絶対に君をここから連れ出すからな」

「え?でも……ぼくはここに残って、実験を受けないと……逃げるなんて……」

「命は平等だ。君もみんなと同じように太陽の下で自由に生きるべきだ。こんな不気味な場所で、必要のない実験を受ける必要はない」

「でも、ぼくは……最初からただの実験品だ……」


フェタチーズは静かに俯く、その目に薄暗い悲しみが浮かんでいるのが見えた。


俺は彼の肩を強く掴んで、力強く言い聞かせた。

「君は実験品なんかじゃない!俺の友達!」


「友だち……友だち……」

吹っ切れたのか、彼は小さな声でこの言葉を繰り返した。そして再び顔を上げると、笑顔が戻っていた。


俺は思わず手を伸ばして、その柔らかそうな頬を引っ張る。


「君は笑った方が可愛いぜ!もう泣きそうな顔をするな!」

「うっ……うん……」


フェタチーズが恥ずかしそうに頷くと、彼のポケットから、キラキラと光る何かが落ちてきた。

見慣れた包装紙を見て、最初にプレゼントしたロリポップだと気付く。


「なんで取っといてるんだ?!」

「……食べるのが、もったいないから……」


「……このバカ、食べないと賞味期限が切れるぞ!ただのロリポップだろ。これからはもっとたくさん美味しい物を持ってくるから!」

「うっ……うん……わかった!」


あの日、実験室から出た後、俺は何故かふらふらと祭りがやっている広場まで戻った。

街灯は星みたいに灯っていく。リボンと旗はまだ風に吹かれていた。


だけど、俺の心は大きな石に押さえつけられているかのように、沈んだままだ。


自由に呼吸出来る人がいると同時に、日の当たらない場所に閉じ込められて苦しまなければいけない人もいる。

まるで違う世界のようだ。


人々が自由と平和を賛美して酔いしれている時、その安寧は食霊の犠牲の上に成り立つもんだって、誰もそんな事に気付かない。


これは、罪だ……!!!


もし誰もその罪を止めようとしないのなら、俺がその役目を担おう。


Ⅳ.脱出

タイガーロールケーキ……どうして、こんなにたくさんのデザートを持ってきてくれるの……」

部屋の中で、フェタチーズが不思議そうに首を傾げる。


「コホンッ、もちろん子どものための食べ物だからだ。俺は好きじゃないから、全部君にあげる」

「うぅ……でも、このプリン、半分欠けている気が……」

「うげっ……!きっとどこかのネズミが齧ったんだろ!」

「ぷっ……」

「なっ、なに笑ってんだよ!」

「甘いものが苦手な人は、あんまりいないと思うけど……」

「フフーン、もちろんだ。甘いものは悪いものを癒やすためにあるんだからな、甘いものこそ……」


自由と、快楽の味……


急にドキッとして、切ない気持ちに引っ張られ、出掛かった言葉が喉に詰まった。


「甘いものこそ……何?」


フェタチーズの視線に気付き、俺は慌てていつものようにそっぽを向いて言い訳を探した。

「えーと、甘いものこそ、誰かとシェアするべきだ!君が嬉しそうに食べているのを見ると、俺も嬉しくなるから」


「ここから出たら、もっと色んな美味しい物を食べさせてやる。例えば……」

自分の記憶を辿り、俺は思わず興奮していっぱい話した。話終えてから、フェタチーズが真剣な顔で静かに聞いていてくれたことに気付く。


「いいな……ぼくも……一緒に食べに行きたいな」


彼に目に希望の光が灯っているのを見て、鼻の奥がツンとなった。

ダメだ、まだ悲しんでいる場合じゃない。


顔を引き締め、語気を強める。

「もちろんだ!ここから出たら、好きなだけ食べようぜ!」


数日後、いつものように実験室に忍び込もうとしたら、入り口で白衣を着た人たちを見つけた。

隠れようとした時、会話が耳に飛び込んできた。


「今日は……もうあの薬を……注射したでしょう……どうして……また……」

「薬の用量を変えないとは言っていない。逐次的に増やしていくことで、より有効なデータが手に入る」

「それは……ティアラを、救うため?」

「もちろんだ。堕神になってこそ、堕神を倒せる。そう言ってきただろう?どうしてまたそんな事を聞くんだ?」

「でも……堕神になったら……殺されてしまうよね?」

「……話はこれで終わりだ。きちんと協力しろ、そうすれば早く解放される」


沈黙が続く、電子音だけが聞こえてくる。


そうか……

薬の効果っていうのは……フェタチーズを堕神にするものだったのか?


こんな!こんな実験に、一体何の意味があるんだ?!


「やめろ!」


頭より先に体が動いた。俺は実験室に入って、研究員の手に握られている薬を見つめる。

だけど、研究員は俺が現れた事に驚いた様子も見せず、ただ少し困ったように眉を顰めただけ。


「ああ……お前はまた道を間違えたようだな。問題ない。すぐに”正常”に戻してやるから」

「どういう意味だ?」

タイガーロールケーキ!逃げて!」


歯を食いしばったフェタチーズの悲鳴を無視して、俺はまた一歩前に出た。


「どういう意味かって聞いてんだよ!」


「説明しても良いが、どうせすぐ忘れるからな……対照実験のために、お前は”純粋”でいる必要がある」


研究員は薬を置いて、背後の箱から別の注射器を取り出した。


対照実験?純粋?何を言っているんだ……


「契約に逆らえた前例があるから、魔導学院は現在契約による束縛の限界を研究している……お前たちはそのための実験品だ」


俺も……実験品?


「お前の虎のような耳も尻尾もその手も、霊力が強化された結果だ。食霊の霊力を最大限に発揮するため、我々は食霊・フェタチーズを堕神にする事に決定した」


「食霊が契約の束縛から解放されるのは、堕化のせいかどうかを検証するためだ……お前は、幸いにも堕化させない方に選ばれた」


研究員は注射器を持って、機械のように冷たい顔をして近づいてくる。


「お前が眠っている間に、時々霊力増強の薬を注射してやった。それ以外にも、お前はこの実験について何も知らないまま、”純粋”でいなければならない……」


俺は無意識に自分の腕を見た、毛の下には確かに微かに注射痕があるように見えた。


「こんな事をして何になるのかわからないが、”あのお方”が決めたことなら間違いない……じゃあ、もう一度全て忘れようか、タイガーロールケーキ


タイガーロールケーキ!!!」


フェタチーズの絶望に満ちた顔によって、俺は我に返った。


忘れる?こいつらの罪と嘘をか?

俺だけが……幸運だから?


いや……


「忘れたくない」

「なんだ?我々に逆らって、契約に呑まれたいのか?」


俺は俯いて、手の平に力を込めた。


「……そうだな、ちょっと試してみたかったんだ」

「お前……」


拳を強く握り、研究員に殴りかかろうとした時……


ゴォーンーー


何の前触れもなく、爆発音が耳元で響いた。途端に地震が来たかのように部屋が激しく揺れ、機械も信号が飛び、警報が鳴響く。


「何が起きた?!」

「あの方向は……制御室?!まずい!!!」


研究員は注射器を放り出し、慌てた表情で実験室を飛び出していった。


俺もすぐに反応して、フェタチーズを連れて外に向かった。


廊下で人々が逃げ惑っているけど、もう俺らを構うやつなんていなかった。

点滅する信号灯は赤い目のように、悲鳴と恐怖を見つめている。


制御室を通りかかると、そこは荒れに荒れていた。


機械が砕け壁も崩れ、廃墟の中に、ただ一人だけが佇んでいる……


埃が舞う中、その人はまるで白い幽霊のようだった。周りがどれだけ混乱していても、頭から血を流したまま動かない。


彼は何も恐れない。彼の高笑いは四方に響き渡った。


彼が向いている方を見ると、破れた檻が俺たちに向かって、大きく開いていた。


Ⅴ.タイガーロールケーキ

遠い記憶の中で、タイガーロールケーキは初めてあの眼鏡をかけたおばあさんに会った時、彼女が優しく自分お頭をなでていったことを覚えていたーー


「お前は幸運な子だ」


その時タイガーロールケーキは、言葉の意味を完全には理解していなかった。


幸運?

アイスクリームが溶ける前に食べられる事?

それとも地面に落ちそうになる綿あめをいつもキャッチ出来る事?


それらよりも何千、何万倍も深刻な事を指していると、その時の彼はまだ知らなかった。




黒雲が最後の光を呑み込むと、夜闇が戦場を静かに包んだ。

白衣は汚れた血に染まり、残骸の下に埋もれた。


フェタチーズを連れて廃墟の下に隠れていたタイガーロールケーキはようやく一息ついて、新しい傷が出来ていないか確認する余裕が出来た。


幸運にも、相手を守れていたようだ。


実に幸運だ……


真実を知った瞬間、彼は自分のことをずるいと、恥ずかしいと思った。


仲間が、フェタチーズがあの恐ろしい薬を注射されて苦しんでいる間、自分は幸運にも外で祭りを回って、気楽に遊んでいたなんて。


彼らは同じ実験品なのに、自分だけが……


不意にに彼の腕が掴まれた。力が少しずつ増していく。


「フェタ……チーズ?」

「腕から……血が……」

「えっ?」


少年の視線を負い、タイガーロールケーキはこの時初めて自分の腕に細長い傷が出来ていた事に気付く。


「ああ、多分さっき隠れていた時に、擦っちゃったんだろ。大丈夫……うっ!」


手首に激痛が走る。彼を掴んでいた手が急に力を入れたが、すぐに緩めたようだ。


フェタチーズは何も言わず、ただ傷を見つめている。

タイガーロールケーキは一瞬、知らない人を見ているかのような感覚を覚えた。


彼も、自分を憎んでいるのだろう……

訳のわからない幸運のおかげで、災難から逃れられたのだから……自分がいなかったら、幸運だったのはフェタチーズになっていた可能性だってあったのだ。


痛覚が戻ったのか、タイガーロールケーキの腕の痛みが強くなってきた。そして目眩もするようになり、まるで巨石によって押しつぶされたかのように息苦しくなった。


「いや、倒れちゃいけない……ここから逃げなきゃ……!」

何度も何度も自分にこう言い聞かせ、最後の力を振り絞ろうとした。


変な事を考えている場合ではない……自分には唯一無二の幸運があるのだから、その幸運が彼らをここから連れ出せると祈るしかない。


悪魔の巣穴から逃げ出し、苦しみしか味わってこなかった少年を、太陽の下に立たせ、甘いシロップで包む事が、彼にとって一番大事な事なのだ。


そして、タイガーロールケーキは拳を握りしめ、フェタチーズの手を取り、手探りで逃亡を続けた。


しかし、幾重にも重なる負担が遂に彼を押し潰してしまう。左目も次第に闇に覆われて、見えなくなっていった。


だけど彼は自分が良く知っている温もりに包まれている事に気が付く、それは静かで柔らかだ。

そしてその瞬間、苦痛の叫びとともに、灼熱の涙が飛んできた。


彼は突如強い不安に襲われる。


まるで火山のように、フェタチーズの小さな体の中から狂気に満ちた強い力が爆発したのだ。

瞳は不気味な緋色に染まり、闇の悪魔のような黒い霧が彼の周囲に渦巻いていた。


タイガーロールケーキは、それは本来堕神の気配である事に気付く。

だが、重たい手足と頭では止める事が出来ない。かつての優しかった男の子が殺戮狂になっていく様をただ見つめる事しかできなかった。


記憶には最後、血の色しか残らない。


……


生臭い海風が漆黒の隙間から吹き込み、かび臭さが混じった木の匂いが立ちこめる。

小さな二人は寄り添うように、散らかった船室にある一つの箱の中に蹲っていた。


波の音がする、重なった手だけに確かな温もりを感じる。


「コホッ、俺たちはもう一緒に困難を乗り越えた仲間だ。絶対に君を治す方法を見つけてやるって誓うよ!」


「この船がここから出発したら……一緒に……美味しい物を……食べに行こう……」

タイガーロールケーキ……!」

疲れた顔で自分の肩にもたれかかったタイガーロールケーキを見て、フェタチーズは胸が痛んだ。

柔らかなオレンジ色の髪にそっと手を伸ばし、彼は呟いた。

「うん……絶対に……ぼくも……ずっと守ってあげるよ……」


どの位時間が経ったのだろう。波の音はとっくに消え、代わりに海上にいる時とは違う揺れが続く。フェタチーズはその間、タイガーロールケーキの手を離す事はなかった。


箱が開き、眩しい光が差し、フェタチーズはようやく見知らぬ地をその目に映した。

華やかな帳と派手な装飾、壁の向こうには微かに賑やかな人の声がする。


突然、部屋のドアが空いた。

フェタチーズは警戒して、仲間を背後に隠し前方を見つめる。


蝶の羽を纏っているような金髪の男と、異香を放つ茶色い服を着た少女がゆっくりと歩いてきた。


「貴方たちか。実に……久しぶりだな」



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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