ヴィーナー・シュニッツェル・エピソード
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目次 (ヴィーナー・シュニッツェル・エピソード)
ヴィーナー・シュニッツェルのエピソード
かつては冷酷無比な傭兵だったが、ある任務で当時まだ家族になっていない「スペクター」と出会い、何故か居ついてしまった。戦後はスペクターのメイドとなったが、メイドとしての自覚はないようで、いつも坊ちゃんを泣かせるだけでなく、名目上の上司である執事のクリームチキンをからかっている。彼女にとって、メイドとしての最大の喜びは、決して主人の笑顔ではなく、主人の日常の段取りをすべてコントロールできることだ。
Ⅰ.傭兵
北風と銃声しかない夜。
朽ち果てた要塞の中、3、4人の食霊がそれぞれの部屋の隅にうずくまり、黙々と傷の手当てをしていた。
戦争は明日で終わるが、ここでは誰もそんなにことは気にしていない。
なぜなら、勝つのは人間で、負けるのも人間だ。だが私たちはただの食霊。
サブマシンガンをヴァイオリンケースにしまい、顔を上げた途端、視線を感じた。
「なんです?どうなさいました?」
「何故……ヴァイオリンケースなんだ?」
「それは……音楽が好きだから、でしょうか?」
「音楽?なんだ、それは……?」
ああ、見た目は大人でも、召喚されてすぐに兵士として戦場に赴いたため、音楽が何かも知らない食霊か。
「残念ながら、普段は戦場にヴァイオリンを持って来ないので、残念ながら音楽を教えてあげられません」
そう聞いた少女は、残念そうな表情はしなかった。
痩せた膝が露わになり、傷口からはまだ血が滲んでいる。
私は彼女に歩み寄り、綺麗な包帯を渡そうとした。
パチンッ……
「どけ、傭兵」
人形のような彼女の目に警戒心が現れた。
私は彼女に微笑みかけ、彼女が捨てた包帯を手に取り、一番外側の層を引き裂き、残りをしまった。
私は彼らと違う。戦争が終われば、彼らには、治療してくれる御侍がいるだろう……まぁ、そうとは限らないか。リサイクルされ、廃棄される者もいるだろう。
だが私は傭兵だ、一人で去り、自分で自分の治療をするしかない。そしてまた一人で次の目的地へ行くのだろう。
だから、包帯は私にとって唯一の戦友……仲間なのだ。
赤い太陽がゆっくりと雲の切れ間から顔を出し、まるで白い包帯に滲み出る血のようだ。
御侍様は亡くなった後、このクモの巣と落ち葉しかない屋敷を私に残した。
彼はここにたくさんの武器を残し、倉庫には色々な物を陳列している。彼は自分が死んだら全てを私に残すと言っていた。
だが、実のところ私はこれらを一度も触ったことがない。
彼も傭兵で、この鉄屑を残していくためにずっと放浪を続けていた。彼は果たして何のために生きていたのだろう……
私にはよくわからない。
人間の人生とは、腹を満たし、繁殖し、死ぬまで安全に生きることだと思える。
しかし、これらは全て私たち食霊とは関係がない。
幸いなことに、私は人間より長い時間がある……
ならば、じっくりと見極めればいい。
そして今、私にとっての生きる意味とは、「音楽」なのだ。
任務開始前と終了後に聴く音楽は、とても素晴らしい。
前者は強い酒のようで、後者は心を落ち着かせる薬のようなもの。
そしてその音楽に私のヴァイオリンの音色を加える……
あぁ、なんと幸せな時間だろう。
残念ながら、この束の間の幸せをいつも邪魔する者がいる。
「戻ったのか?早かったな。」
葉巻を咥えたまま入ってきたヴィンセントは、嫌そうに靴底のクモの巣をこすり、存在しない埃を叩きながら、顔をしかめて家の中を見回した。
「家も必要なさそうだし、新人の寮にするのはどうだ?」
「まぁ……何人かの新兵を失ってもいいのなら、ご自由に」
「チッ、冗談だよ……ほら、新しい任務だ。期限は1ヶ月だが、いつもと同じ5日前には戻ってこいよ」
私はヴィンセントから小さな封筒を受け取り、少し躊躇いながら書類を開いた。
「珍しく長いですね……」
「あぁ、今回は大物だからな 」
彼は少し興奮した様子で、タバコの灰を床に落としながら、私を見つめた。
「”スペクター”を知っているか?」
「どこかの……マフィア一家ですか」
「いや、知らないのが普通だな。”スペクター”は魔道学院が開発した対堕神兵器集団だ。今確か邪神遺跡で堕神と戦っている。メンバーは……4、5、6……7人だ」
「堕神に対抗する武器……」
「あぁ、今回のターゲットは7体の食霊だ」
Ⅱ.部外者
長旅の末、ようやく目的地に到着した。
目の前に広がる黄砂の遺跡を見て、思わず笑みがこぼれる。
邪神遺跡、この名前からして良い場所ではないことは予想していたが、ヴィンセントがわざわざこんな「良い仕事」をよこしてくれたのはそういうことだ。
でも、まぁいいでしょう。私もそろそろ傭兵生活に飽きた……
この仕事で最後にしよう。
どれくらい歩いたのだろう……そう思った時、ようやく周囲に溶け込むように暗いテントが4つ見えてきた。
ターゲットは別々のテントにいるかもしれない。しかも相手は食霊だ……警戒されるのはマズイ。
一番大きなテントに近づいて、中にいる人数を確かめようとするが……
「……あそこの森には不思議な草木がたくさんあるので、探してみます。もしかしたら薬草があるかもしれません……わっ!」
テントから飛び出てきた青年は、混乱しながらも優雅さを失っていない。ただ私の姿を見て驚いて立ち止まった……
「堕神……ではないな、貴方は?」
「……通りすがりのものです」
「通りすがり……墓地を……?」
……
まったくその通りである、私も自分が嘘をつくのが得意でないことを知っている。なにしろ傭兵の仕事は殺すことと守ることだけで、誰とも二、三言以上話さないし、大体が遺言だ……
それにしても、私の嘘はここまで拙かったのか……
しかも、何故この青年に嘘をついたのだろう。自分でもわからない……
この状況の中では、黙って相手を消す方が正しいのに、でもーー
「さっき貴方たちの会話を聞いていました……薬草を探しているのですか?誰かお怪我をなさったのですか?」
「はい……先ほど堕神との戦闘でやられてしまって……食霊の自己治癒能力は高いはずなのですが、傷があまりにも深すぎて血が止まらないようで……」
そういう彼自身も、傷だらけだった。
私は彼の目の上のまだ治っていない傷を見つけ、包帯を取り出して彼に渡した。
「どうぞ、まずはこれで止血をしてください」
「……包帯!ありがとうございます!」
彼は迷うことなく包帯を取り、大喜びでテントに戻っていった。
空いた手を見ると、あの晩叩かれた手の感覚を思い出した。
冷たく、少し痛い……その感覚は先ほど温かさに包まれた感じがした。
今回のターゲットは、本当に……単純すぎて怖い。
「素敵な女性に出会ったのです。見てください。頂いたこの包帯で止血ができますよ!」
「は?こんなところに親切な女性なんているか?クリームチキン、少しは警戒しろ!」
「私の直感を信じてください!手当てをしますよ……」
テントの中から2、3人の声が聞こえてきて、私はふと旅の目的を思い出した。
ターゲットが負傷している時ほど、楽なシチュエーションはない。しかも相手は多少警戒を解いている……今なら例えバラバラに散らばっていても、全員を倒せる可能性は十分にある。
そう思って、手に持っていたヴァイオリンケースを開けて、サブマシンガンを取り出す……
「えっ?あれ、どうしてうまく巻けないんだ?おかしい……あぁ、またほどけてしまった……」
「クリームチキン、しっかりしろよ!」
「……ふと思ったのですが……どうして……今まで治療の講座を受けてこなかったのでしょう?」
「答えは簡単だろ、どうせあの人間どもはあたしたちを戦わせたいだけで、怪我なんてどうでもいいんだ」
テントの中の会話に悲しい沈黙が訪れたように思えた。私は手にした銃に目をやり、ケースの中に戻した。
相手は訓練を受けているので、気をつけたほうがいい。
まずはターゲットについて詳しく調べよう……どうせ時間はまだまだある。
ケースを手に取り、テントの中に入っていく。
中にいた4人は、驚いた顔をしていた。
「皆様、色々な疑問を持っているとは思いますが、その前に……」
最初に会った青年から、くしゃくしゃになった包帯を取り上げーー
「ますはこの可哀想な包帯を綺麗に巻いてからにしましょう」
Ⅲ.仲間
「レイチェル、彼らを誘き寄せてください!……クリームチキン!今です!」
ドンッ……
大きな音がした後、数十体の堕神が一斉に吹き飛ばされた。
クリームチキンは、巻き上がる煙を見て、目に驚きと喜びを浮かべた。
「せ、成功した?こんな楽に戦闘が出来たのは久しぶりです……ヴィーナー・シュニッツェル、ありがとうございます!」
「今回は知性のない堕神相手でしたので……次回はこう上手くいかないでしょう」
「それでも助かった!だが、どうしてそんなにトラップを仕掛けるのが上手なんだ?」
レイチェルは爆風で舞い上がった髪を掻き上げ、その口調は軽いもので、何気なく質問しているように聞こえた。
彼女に他意はないことも知っていた。ここの食霊たちは無邪気で、簡単に私を信用してくれたのだ……
ただ私が、包帯を巻くのを手伝ったからという理由だけで。
「この世を一人で生きていくには、何か特技がないといけませんので……」
クリームチキンとレイチェルサンドは「なるほど」という表情を浮かべていたが……だがその隣では違う視線で私を見ている者がいた。
「スペクター」のリーダーである、トフィープディングだ。
「そう言えば、ヴィーナー・シュニッツェル、貴方は何故こんな所へ来たのかしら?」
優しく微笑んでいるが、その目には詮索の色が濃く出ているように見えた。
私は彼女から目を逸らさずに、「堂々と」武器を仕舞い、誤って切った手に包帯を巻いた。
「注文していたヴァイオリンを取りに行く途中、堕神と遭遇し、逃げていたら、貴方たちに出会ったのです」
「あら?随分としつこい堕神だったのね、こんな遠くまで来てしまうなんて」
「はい、ここの堕神は随分としつこいようですからね……」
そう言うと、彼女は私の包帯を巻いた手をちらりと見て、肩を叩いて通り過ぎていった。
「お疲れ様……それと、ありがとう」
「ヴィーナー・シュニッツェル、本当にありがとう」
「あれ?では、何故ここに留まり、私たちを助けてくれるのですか?ヴァイオリンを取りに行かなくていいのですか?」
クリームチキン……私は笑顔で拳を握りしめる。
「ヴァイオリンは取りにいかなくても逃げませんが、ここの堕神は混乱を生みます……それに、邪神遺跡で単独行動するよりも、貴方たちと居たほうが安全だと思ったからです」
「そうだったのですね……」
「どうしたのですか?なんだか残念そうな口ぶりをしていますけど」
私は彼を見て、笑顔で首を傾げた。
「まさかクリームチキンは、私が誰かのためにここに残っていると考えているのですか?」
「えっ?誰かというのは……?」
「例えば、クリームチキンのためにここに残っている……この理由の方がお好みでした?」
「うっ!」
こう言ったら、彼は一瞬で顔を赤くした。レイチェルサンドは肘でクリームチキンをつつき、トフィープディングは口を隠して笑っている。
「ヴィーナー・シュニッツェルのヴァイオリン聞いてみたいわ、きっと素敵なんでしょうね」
「なぁ、ここを解決したら、一緒にヴァイオリンを取りに行こう、ヴィーナー・シュニッツェル!」
「いいですけど……私の出演料はとても高いですよ」
「お金を取る気なのかよ!」
そして、夕日を踏みしめ、冗談を言い合いながら、キャンプに戻った。まるで……まるで仲間のようだ。
そんなバカげた考えはすぐに捨て、テントの中に入っていく。
傭兵は仲間を持たない。
敵と一時的な協力対象しかいない。
私に仲間なんていない。
時は人を待たない、気付けばもう20日以上が経った。
トフィープディングも何かを感じ取っているようで、早く行動を起こさなければならない。
今日……いや、遅くとも明日には、「スペクター」を排除しなければ……
武器を拭きながら、具体的な作戦を考えていると、無意識のうちに手首のブレスレットに目がいった。
これは「スペクター」のメンバーである子ども2人が作ってくれたものだ。
これのために、丸一日かけ、手に7、8カ所の切り傷を作ったらしい。
私が2、3度治療したお礼だそうだ……
そしてこのテントも、私が邪神遺跡に着いた翌日、彼らがワイワイ楽しそうに張ってくれたものだ。
「小僧たち3人は一つのテントに詰め込んでもいいが、客人はもてなす!それがスペクター流だ!」
レイチェルサンドは手についた埃を払い、腕を組んでいた。その口調はなんだか誇らしげだった。
「私は小僧なんかじゃありませんよ?!」
クリームチキンの珍しく憤慨した声に、皆笑ってしまった。彼らは私をその場しのぎの「家」に押し込み、まるで私が永遠にここにいるかのようにテントの中の家具などを増やしてくれる。
……
私は今まで多くの人を救ってきた。
士官、学者、貴族、医者、商人……
その報酬は、必ず金や紙幣の入った重い袋と冷たい視線だった。
今回は違う……まるで私たちは……
「ヴィーナー・シュニッツェル、今大丈夫かしら?」
テントの外で突然、トフィープディングの声がした。
私は手にした武器を握りしめる。
そうだ、仲間はいない、私はただの傭兵。
孤独な……傭兵……
「……ええ、どうぞ」
さぁ、覚悟を決めるんだ。
Ⅳ.理由
テントの中に入ってきたトフィープディングは、嬉しそうに周囲を見渡した。
「まあ!最初よりは生活感が出てきたわね。困っていないか心配していたの」
「ええ、ありがとうございます。ただ流浪していたので、住む場所にはあまりこだわりはありません」
「流浪ですか?」
「私は傭兵です……仕事のあるところに赴き、人を殺し、金を得る、それが私の仕事です」
「つまり……私たちも貴方の標的なのね」
……
やはり気づいていたようだ。
どうせ、もう隠すつもりもないのだから、いいだろう。
武器を握り締め、顔を上げると目が合った。
「出来れば、貴方たちを殺したくはないです……」
トフィープディングは目を伏せ、やや真剣な面持ちで顔をしかめた。
「でも、それが貴方の仕事よね。じゃあどんな理由で、仕事を拒否するつもり?」
そうだ……どういう理由で?
ここの食霊たちは、私が何十年も得られなかった無条件の信頼を私に与えたから?
喜びのない傭兵の人生に、無邪気な喜びをくれたから?
住み家を単なるテントや建物ではなく、本当の「家」にしてくれたから?
どうでしょう……
これらの理由が、「お金を貰い任務をこなす」以上に説得力を持つかどうかはわからない……
「烏滸がましいかもしれないけど……この理由なら納得してくれるかもしれない……」
トフィープディングは、真剣な表情で、しかし殺気は感じさせずに近づいてきた。
一歩一歩が冷静沈着で、あんなに柔らかな表情をしているのに、どの軍人にも負けない不屈の精神を持っているように見えた。
彼女は私に歩み寄り、ゆっくりと私を抱きしめた。
「傭兵ではなく”スペクター”の一員であるなら、その仕事は断ってもいいんじゃないかしら?」
彼女の優しさに、私はたじろいでしまった。
私たちの間には冷たい武器が隔ててあったが、その冷たささえも彼女の体によって暖められているかのようだ。
「私は最初から貴方たちに嘘をついていたのです……私は貴方たちを殺しに来たのです……そしてずっと……貴方たちの仲間のフリをしていました……」
「貴方がそう言うなら、私もヴィーナー・シュニッツェルに嘘をついていたわ」
「えっ?」
いつもの雰囲気とは違い、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクしてきた。その姿はまるで純粋な少女に見えた。
「ヴィーナー・シュニッツェルが只者じゃないのはとっくに気づいていたわ。だけど知らないフリをしていた……貴方を観察するためにね」
「観察?」
「そうね……もしヴィーナー・シュニッツェルが本当に私たちに何かしてくるなら、私も躊躇なく同じことをしたわ」
それは、嘘でも脅しでもない。
彼女は言ったことは必ず実行する……きっと。
「ふふ、この理由の方がより説得力があるかもしれないと思ったの……ヴィーナー・シュニッツェル、私たちを殺すつもりなら、私がすぐに貴方を殺すわ……ええ、今すぐに」
温かい手が私の首を優しく包み込み、私は彼女を見上げ、微笑んだ。
「……ええ、実に非の打ちどころのない理由ですね」
敵は7人の食霊で、死闘を繰り広げ、そしてこの堕神の住み処から撤退する……不可能ではありません……
ですが、面倒くさいです。
だから……
「スペクターに加入させてください」
「あら、仕事はいいの?もしかして、黒ずくめの集団が暗殺しにくる可能性はある?」
「心配しないでください。ここに侵入する度胸のある人間はいませんから……来たかったら、来ればいい。皆殺しにします」
「あらまぁ、すごいわね」
「すみません、調子に乗りすぎましたか?」
「いいえ、とってもかっこいいわよ。ヴィーナー・シュニッツェル」
ああ、クソヴィンセント、金貨も冷たい視線もクソくらえだ。
今は……
私は、トフィープディングが数歩下がると、私に忍び寄った危険なオーラは消え、代わりに残ったのは……
数十年前から静かに妄想してきた「家族」の温かさだった。
Ⅴ.ヴィーナー・シュニッツェル
「ヴィーナー……起きてください……ヴィーナー……ヴィーナー!」
心地よい音楽を伴いながら聞き覚えのある声が断続的に耳に届いた。ヴィーナー・シュニッツェルは睫毛をぱちぱちさせて「眠り」から覚めた。
「あら、執事さん、どうしました?またオーブンで羽を焦がしたのですか?」
「からかわないでください!もうすぐ、お嬢様のアフタヌーンティーの時間です、忘れないでください!」
「あら、もうそんな時間……執事さん、ありがとうございます」
彼女は立ち上がり、スカートを正し、食器棚からティーセットを取り出した。
「あら?執事さん、どうして私をずっと見ているのですか?もしかして……」
「あぁ、もう!違います!」
ヴィーナー・シュニッツェルの言葉を阻むように、クリームチキンは慌てて答えた。
「突然ですが、ヴィーナーはどうしてメイドになったんですか?」
彼女は楽しげに、ティーポットにお茶と水を注ぎ、お湯が沸くのを待つ間、テーブルの上に寄りかかりながら、クリームチキンの質問に楽しそうに答えた。
「”スペクター”に罪を償うためですよ……執事さんも、私が何をしていたかご存じですよね?」
「ええ……ですがヴィーナーは誰も傷つけなかったでしょう?それにたくさん助けていただきました……貴方がいなければ、戦争もあんなにスムーズに終わらなかったはずです」
「スムーズに……終わった……」
ヴィーナー・シュニッツェルは笑顔を浮かべているが、何故だか悲しそうだった。
クリームチキンの顔に疑問が浮かんだ。だが次の瞬間、突然近づいてきたヴィーナー・シュニッツェルに顔を赤くした。
「あ、貴方は……」
「執事さんは何故執事になったのですか?それは、私を一人にさせたくないからですか?」
「いっ、いいえ……私は、ただ、自分ができることをしたいんです、私には特別な技能がないので……」
「ふふっ……できる事って、アイロンで服を焦がしたり、夕食を作っだけで厨房を半分燃やしてしまうことですか?」
「ゲホゲホ……あれはただの事故です!執事として、二度とあんなミスはしません!」
「ふふっ、じゃあ、期待していますよ。それと……」
音楽を止め、用意したアフタヌーンティーを手に、ヴィーナー・シュニッツェルはクリームチキンの前を通り過ぎた。
「私がメイドを選んだもう一つの理由……それは、ご主人様の衣食住、そして全ての手配を自分の管理下に置けるから……これ以上の喜びはないでしょう?」
「……怖っ……」
クリームチキンが「畏敬の念」をもって見守る中、ヴィーナー・シュニッツェルは厨房を出て、3階にあるお嬢様の寝室へと向かった。
コンコンコンッ……
ドアをノックしたが、返事がない。
「お嬢様?」
……
「入りますよ、お嬢様。おっと……」
窓からそよ風が吹き込み、机の上のページをそっと散らした。
トフィープディングは机の上で昼寝をしていたのだ。
ヴィーナー・シュニッツェルは、机の上で修正を繰り返した図面や文章をめくりながら、そっと彼女に近づいた。
これらは建物の設計図や家具のリノベーション計画
あちらは庭にどんな花を植えるか、その花を使ってどんなガーデニングをするかを計画している。
ひとつひとつが、トフィープディングが手がけた「家」の設計図だ。
戦後、傷ついた魂たちは、彼女の努力のおかげで、このような完璧な避難所を手に入れることができた。
「……お疲れ様です、お嬢様」
ヴィーナー・シュニッツェルは、これらのものが実際には何のためにあるのかを知っている。
美しいものは脆く、穏やかな毎日は今にも崩れそうなほど揺らいでいる……
しかし、彼女にできることは、毎日決まった時間にトフィープディングのためのアフタヌーンティーを用意することだけだ。
これは彼女の「夢」を守るためでもある。
「眠る」トフィープディングはいつもより衰弱している。何しろ、彼女は必要がなければ「眠らない」のだから。
ヴィーナー・シュニッツェルは、自身の霊力を静かにトフィープディングに注ぎ込んだ。
体から何かが失われて行く感覚は、かえって彼女の心を少し安らがにしてくれた。
今の彼女は、音楽と同じくらい大切な……人生の意味を見つけた。
トフィープディングの髪に手を伸ばし、その柔らかな髪先にそっとキスを残す。
「夢の中が貴方の思い通りになりますように……お嬢様……」
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