フィナンシェ・エピソード
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フィナンシェのエピソード
計算高いフィナンシェは策を練るのが得意、弱肉強食の法則を貫き通している。わがままなため、誰も彼女がしたくない事を共用出来ない。一度仲間だと認められれば、優しく接してくれる上に、守ってくれる。物々交換の特殊能力を持っているため、貴族の間で名が知られている。趣味が合うから、フルーツタルトとは親友、よくアフタヌーンティーを共にしている。
Ⅰ.金
金銭は原罪。
人間性は枷。
リスク、投資、利潤、コスト……
一見、難解で複雑に見える用語は、人間が発明したゲームに過ぎない。
取引の本質は、博打だ。
……
「それで、結局は彼の全財産を騙し取ったのか?」
「騙してなんていないわ、投資って言うのよ」
日課のアフタヌーンティーの時間になり、フルーツタルトと過去のゴシップに花を咲かせた。
「おぬしの御侍が生きていたら、どう思っているのだろうな」
「ふふっ、これでも期待通りに成長したのよ」
私の御侍は優秀なビジネスマンだった。
彼はお金の法則や人間性を熟知しており、ゲームの中で生き残るための術を惜しみなく教えてくれたわ。
しかし、死の床で、一人息子を「テスト」して欲しいと頼まれた。
「お金を支配できない者は、いずれお金に支配される」
これが、彼が私に残した最期の言葉。
もちろん、私は御侍の期待に応え、無能な息子からあっさりと遺産を奪い取った。
「ウイスキーがおぬしの話を聞いたら、きっと自ら訪ねてくるだろう」
ウイスキー?ああ、あのどこか怪しげな男ね……
正直なところ、彼には会いたくないわ。
暗闇に潜む毒蛇のクセに、牙を隠して善人ぶっている。
ムカつくわ。
「昔話はここまでにしよう。近頃、商売が繁盛しているようだな?」
「ふふっ、相変わらず耳が早いわね」
「貴族のお茶会では秘密など存在しないものだ」
フルーツタルトは傍若無人で得意気に笑った。
「秘密というほどのことではないわ、金貨と引き換えにちょっとしたゴシップを仕入れただけ……」
「ゴシップだと?伯爵家に代々伝わる秘密だろう?」
「あら、そう?だから伯爵に睨まれるのね」
利用できる物は何でも利用するわ。
交換によってより多くの利益を得られるし、多くの人脈を築ける。
どう見ても損にならない商売だわ。
「しかし、個人的な取引ばかりで、お得意様がいないのが残念」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「失礼します、どなたかいらっしゃいませんか?ここには特別な商人がいるとお聞きしました……」
ドアの外から若い男の声がした。
「噂をすれば何とやらだ」
フルーツタルトはからかうような笑みを浮かべる。
「これから忙しくなるようだな、わらわは席を外すとしよう」
彼女は立ち上がると、裏庭を通って優雅に去っていった。
今日のデザートは予定より早く終わってしまったわ。
渋々と彼女の後姿を見送りながら、身だしなみを整え、玄関へと向かった。
さて、今回はどんなお客様がいらっしゃったのだろう。
ジュジュとヤヤにドアを開けてもらうと、目の前にみすぼらしい格好をした青年がいた。胸元のネイビーのネクタイは色褪せて黄ばんでいる、白いシャツの袖口も擦り切れているのが目に見えてわかる。
貧乏人じゃない。
いや、目の前の青年はそんな単純なものではないと直感した。
「貴方が噂の商人ですね!ここは“交換”の取引ができると聞いたのですが……」
私の姿を見た彼は、たちまち目を輝かせた。
「ええ、私はフィナンシェ。何が欲しいの?そして、何で交換するつもりかしら?」
「現金が必要なんです!私の欲しいものは現金だけです!現金さえくれれば、欲しいものはなんでも差し上げましょう!もちろん、命と健康だけは勘弁してください」
「ふふっ、心配しなくとも、私は貴方の命になんて興味ないわ……私が欲しいのはもっと実のあるもの。だけど……どうしてこんな取引をしたいのかしら?」
「私の名前はベルナルド、金融トレーダーです。私は貧しい平民ですが、自力で上流社会昇り詰めました!貴族たちに仕えているだけですが、一生村で貧乏な生活を送るよりはマシです!しかし、金がないというくだらない理由だけで、私は未だに周りの奴から見下されているのです」
「なるほど、だからお金が必要なのね」
「そうです、この社会はゲームなんです、勝者になりたければ金で自分を証明しなければなりません。そうでなければ、この弱肉強食の社会では生きられないんです!」
口角が上がる。
彼の言う通りだわ。
弱肉強食、適者生存、それがこの社会の法則。
「悪くないわ。ベルナルドさん、貴方に興味が沸いてきたわ」
私は彼の期待に満ちた目を真っすぐ見つめる。
「なら……交換出来るもので何か面白い物はないのかしら?例えば……秘密とか?」
「秘密?」
彼は下を向いてしばらく考え込んだ。
そして、私の耳元に近づいた。彼の言葉はまるで悪魔の囁きの如く、一瞬で私を興奮させた。
「とても良い秘密ね、ベルナルドさん」
私は急いで小切手を取り出し、大金を記し彼に投げつけた。
「勝者になれるよう祈っているわ」
そう言いながら彼に向かって微笑んだ。
Ⅱ.権力
業界大手のスキャンダルほど、金融市場をかき乱すものはない。
ベルナルドの「秘密」を転売したら、すぐに多額のリターンを得ることができた。
「おぬしは実に容赦がない」
フルーツタルトはテーブルの上のミルクを手に取り、淹れたての紅茶に注いだ。
「ビジネスの世界は戦場と変わらないわ。容赦ってものは存在しない、あるのは利益のみよ」
「しかし、あの青年がそんな大スキャンダルを握っているのなら、何故自分で暴露しなかったんだ?」
「網の中でもがく魚が、網を引き上げる人間に盾突ける訳がないでしょう?」
「そうだな……それにしても、その程度の情報ならわらわに聞けばいいものを、そんな大金を払う必要はどこにあるんだ?」
フルーツタルトは、私のやり方に少し不満そうだった。
だけど私は紅茶を一口含み、答えない。
そうね、どうしてだろう?
もしかすると……彼の瞳に映る野心が、私に興味を抱かせたのかもしれない。
……
ベルナルドとの取引は、私にとって生活の中の小さなエピソードに過ぎない。
私はいつものように新聞や契約書、決算書に目を通し、フルーツタルトとゴシップを話した。時折玄関先で交換の依頼も受けている。
そうして、日々は過ぎていった。
「ジュジュ、ヤヤ、今日もありがとうね」
ある日の早朝、ジュジュとヤヤが最新の金融新聞を持ってきてくれた。
さて、今日の一面トップは……
「あら?」
一面トップにある写真を見た。
そこに映っている男性はにこやかに笑っている。洒落たスーツを着ている彼は、いかにも成功者という感じだった。
ふふっ、ベルナルドじゃない。
その記事をじっくりと読むことにした。
「天才投資家ベルナルドが金融取引所の会長に就任……ふふっ」
その時、私は確信した、彼は成功したのだと。
ピンポーン。
またしても、タイミング悪く玄関のベルが鳴った。
こんな早い時間から、誰かしら。
「おはようございます、フィナンシェさん」
ドアの外には、意気揚々とした青年が立っていた。
彼が着ているスーツは、オーダーメイドに違いない。
黒曜石のネクタイピンもしていて、かなり高価なものだわ。
そして彼は……数分前に読んでいた新聞に掲載された写真の男そのものだった。
「……ベルナルドさん?」
遅かれ早かれ相手が来るとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。
「私を覚えていてくださって、光栄です」
彼は満面の笑みを浮かべた。
「ええ、貴方は今や金融界でナンバーワンの男だもの」
「またまたご冗談を……」
そう言いながら、手にした派手なプレゼントボックスを見せてきた。
「もしよろしければ、一緒にお茶でもしませんか?」
……
今日はとても良い天気だ、テーブルに陽の光が降り注がれている。
席に着くと、彼が持ってきた上等な紅茶を堪能した。
「とにかく、貴方に感謝しているんです。フィナンシェさん。貴方が下さったお金がなければ、投資会社を設立できなかったでしょう」
「私がしたことは等価交換に過ぎないわ。でも……ベルナルドさんはただお茶を飲みに来ただけじゃないでしょう?」
私は目を細めた。
「貴方に隠し事はできませんね。実は、もう一度交換を頼みたいのです」
「あら?既に数え切れないほどの富を手に入れたのに、まだ何か欲しいというの?」
精巧なお菓子を手に取り、口に入れる。
ほどよい甘さでなめらかなクリームが口の中でとろけて、しっとりと焼き上げられたスポンジと絶妙なハーモニーを奏でた。
「権力です」
視線をベルナルドに戻し、彼の目は異様に熱く燃えていた。
「フィナンシェさん、例え私が金持ちになったとしても、貴族のやつらは……平民だからと私を排除しようとしているのです」
「私はわかったのです……金だけでは足りないと、私も貴族にならなければいけないんです!私に爵位をください!」
彼はどんどん興奮していった。
「残念ながらそう簡単にはあげられないわ」
ナプキンで唇の端についたクリームをそっと拭う。
「しかし、役人の不祥事ならいくつか握っているわ……ベルナルドさんなら何をすべきかわかっているはずよ」
陽の光に照らされた瞳孔がわずかに収縮した後、彼はペンと紙を取り出し数字の羅列を書いて、私に手渡した。
私は眉を寄せた。嫌悪感からではなく、驚きからだった。
しかし次の瞬間、私は平静を取り戻して笑顔でこう言った。
「取引成立よ」
Ⅲ.野心
「近頃、話題のゴシップがコロコロ変わっているようだ」
フルーツタルトはテーブルの上の高級紅茶を味わいながら満足そうに頷いた。
見慣れた庭園が花に彩られて豪勢な春色を演出している。
野薔薇のピンク色と黄色が春の空を背景に、躍動感の溢れた空間を構築し、アフタヌーンティーのひと時に華を添えた。
絶景から視線を彼女に戻し、微笑みながら尋ねた。
「例えば?」
「わらわにこれ以上隠し立てをするな。他国のスパイと内通しているポンデ伯爵が検挙されたそうだ。おぬしが知らない訳がなかろう」
フルーツタルトは「全てお見通しだ」という顔をしている。
「検挙した男が国王から伯爵の地位を与えられたと聞いたが、誰だと思う?」
「ふーん」
「ベルナルドだ。新任の金融取引所の会長。まったく、つくづく運の良い男だ」
「ふふっ、その運はかなり高価なものよ」
「フィナンシェ?まさか……」
フルーツタルトはすごく驚いている。
「せっかくの取引よ。逃す訳がないでしょう?」
私は耳元の髪をいじりながら笑い飛ばした。
「ああ……しかし、そのベルナルドだが……」
フルーツタルトは私に寄り添い、声を低くした。彼女の髪の香りが鼻先に残り、しばし物思いに耽った。
「裏で何か怪しいことをしているとか、変な噂がある。まだ根回しもできていないのに、もう他人の縄張りに手を出そうと考えているらしい」
「貴族内での彼の評判は最悪だ、距離を取った方が身の為じゃないか」
「取るに足らない客に過ぎないわ」
私は紅茶を一口飲んだ。
「それもそうだ。たかが人間の一人、飽きたら……」
フルーツタルトは手を伸ばし、細い指で自分の首筋をなぞった。
「心配しないで、把握しているわ」
新聞に載っているベルナルドの笑顔を見て、心の中で嘲笑した。
そう、私たちを繋ぎとめているのは取引。
自分の利益を損なわなければ、相手の行動に興味はない。
しかし、触れてはいけない領域に手を出そうとしているなら……
……
雨だわ。
私は雨が大嫌い。
じめじめとベタベタとした感覚が鬱陶しい。
「ジリリリリン!」
この日鳴ったのは、リビングルームにある古い電話機だった。
濡れた土の匂いを運んだ風が窓から吹き込み、家全体が揺れているような錯覚がする。
「もしもし、フィナンシェよ」
「フィナンシェさん?こちらはベルナルドです」
電話の向こうから聞き覚えのある男性の声がした。
「こんにちは、ベルナルドさん。いや……今は男爵閣下とお呼びするべきでしょうか?」
「流石情報通ですね。この肩書はフィナンシェさんが提供してくれた情報のおかげです。また後日お礼をさせてください……今後とも何かあれば、またお世話になることもあるかと思います」
「お互いにメリットのある取引なら断らないわ、ベルナルドさんがやってはいけないことに手を染めなければね」
「なっ、何を言ってるんですか?」
「ふふっ、何でもないわ。男爵閣下のような賢いお方でしたら、流石にあの人たちの二の舞になる訳がないわよね」
「ええ、もちろんです……では私はこれで」
「ではまた」
お金、権力……
次は何を手に入れたいのかしら?
どうやら御侍の言葉も全部が正しい訳ではないわ。
人間の欲望はお金だけでは満たされない。欲望を支配できない人は、いずれ欲望に支配されてしまう……
ドアを叩く慌ただしい音が私を回想から引き戻した。
今日はなんだか騒がしいわ……
温厚そうな庭師が、私の庭に立っている。
彼の作業着はびしょ濡れになっていて、大きな水玉が帽子のつばからこぼれ落ちている。
「こんにちは、お嬢さん。家族が病気で、すぐにお金が必要なんです!」
しかし、私が尋ねる前に、彼は「交換できるものがあります!私の主──つい最近男爵になった男、彼のスキャンダルを全部お教えします!」
あら?
私はこれを聞いてすぐに元気が出た。
「ええ、是非聞かせてちょうだい」
なんて面白いのかしら。
欲望の反動がこれほど早くやってくるとは、誰が予想できるの?
Ⅳ.暗殺
雨は長く続いた。
日暮れまで止む気配がない。
廊下やテーブルにある燭台は暖かい黄色の炎を揺らし、窓の外は夜色に包まれ、湿気によってガラスが曇っている。
私は頭を支え、サインを必要とする契約書の山に目を通した。
こんなに悪天候の中じゃ、やる気が出せないわ。
ガシャンッーー
しかし次の瞬間、私の背後でガラスが割れる音と重い物が地面に落ちる音がした。2つの黒い影が窓を突き破って部屋に入り込んだのだ。
揺らめく炎も強風に吹き消され、部屋全体が暗闇に包まれた。
「あら」私は書類をゆっくりと机に置いた。
「なんて無礼なお客様かしら、玄関はあそこにあるのに……」
当然、黒い服の二人は返事をしてくれず、武器を構えて、真っ直ぐ私に襲いかかってきた。
面倒くさいわ……
割れたガラスや壊れた家具を見ていると、モヤモヤとした気分が一層落ち込んだ。
すごい高いのよ。
「ルールを守れないお客様には、お仕置が必要だわ」
……
「フンッ」
私は地面に倒れた黒服の男たちを踏み越えた。
もちろん、殺しても意味がないから、気絶させただけ。
その程度で私の口封じをしようとするなんて。
人間というのは本当に身の程を知らない生き物ね。
ジュジュとヤヤに森に放り込んでもらおうかしら。
私は背伸びをして、のんびりと椅子に座り直し、ペンを手に取った。
「よし、仕事に戻ろう」
……
翌朝、ぼんやりと目を開けると、書斎はジュジュとヤヤが片付けてくれていたものの、壊れた家具はそのままで、修理を頼まなきゃと考えたら、頭が痛くなってきた。
「ん?」
窓辺に歩み寄ると、見慣れた人影が一人、中庭の外に佇んでいた。
こんな朝早くから……
私は微笑んで、早速階下に降りて、招かれざる客を出迎えた。
「男爵閣下……」
「こんにちは、フィナンシェさん」
ベルナルドの笑顔は自信に満ちていて、まるで生まれながらの貴族のように、自然な上品さが感じ取れる。
「どうぞお入りください、朝食の用意ができているわ」
もちろん、私も同じように笑顔で返した。
曇天には温かいものが一番だわ。
ジュジュとヤヤが用意してくれたラベンダーティーの香りに癒され、ストレスが一気に吹き飛ばされ、心はやっと落ち着いた。
「男爵閣下は今日どんなご用件で?」
「ええ、フィナンシェさん最近変な噂を聞きましたか?」
「噂?」
「いいえ、気にしないでください。フィナンシェさんがくだらない戯言に惑わされるのではないかと、すごく心配だったのです」
戯言?
私は心の中で嘲笑した。
「あっ」
ベルナルドはうっかりカップを床に落としてしまった。
薄茶色の液体が、バラ色のカーペットの上血痕のように飛び散った。
「失礼しました、破片は私が片付けます」
「問題ないわ、ただのカップよ……それに、お客様に片付けをさせるだなんて……」
私は身を屈めてカップの破片を拾った。
もちろん、彼の袖に隠された短剣にも気付いている。
「あっ!」
私は相手の手首を握り、落ちてきた短剣をキャッチし、彼の首筋に狙いを定めた。
「チッ……」
私は短剣の柄を捻りながら話しかけた。
「ベルナルドさんほど聡明な方なら、このような愚かな行為を取らないと思っていたのに」
「なんだと?」
「まさか昨日の暗殺者が貴方の部下だってことぐらい、とっくに気づいてるわよ」
「フィナンシェさん、何を言っているんですか……私にはさっぱりわかりません!」
自分が仕込んだ罠が見破られると予想していなかったのか、唇が震えている。
「ベルナルドさん、私は以前貴方の野心を高く評価していたわ。でも、今の貴方には失望した。能力を超えた野心に飲み込まれ……そうね、貴方は今、欲望に支配されているわ」
「そんな……貴方は以前、私の考えを認めてくれただろう!」
「勝者になる方法はたくさんあるわ……」
私は短剣で彼の顎をなぞった。
「貴方は一番愚かな方法を選んだわね」
「……私を殺すのか?」
「殺す?ふふっ……」
短剣を遠くに投げ捨て、私は背筋を伸ばし、困り果てた紳士を見下ろした。
「貴方の命なんて、私には何の価値もないわ」
「ベルナルドさん、おそらく私たちはもう会うことはないでしょうね」
「どういう……意味だ?」
「家に戻って庭師に聞いてみたら?」
彼は突然何かに気付いたのか、顔から徐々に血の気が引いて、その目から恐怖の色が溢れた。
Ⅴ.フィナンシェ
市内の主要新聞はこぞって青年男爵が金融犯罪で逮捕されたというスキャンダラスな記事を報じた。
なんともお茶会にピッタリの話題だった。
「あの男爵が囚人になるなんて誰が想像できたかしら」
フィナンシェの食卓には高級なカトラリーや軽食が並んでいて、花瓶にはピンクのバラも活けられている。
今日のドリンクはホットチョコレート。
苦味と甘味がちょうどいい割合で調和されていて、濃厚で甘い香りを放つそれは人を虜にする毒薬のよう、まるでフィナンシェそのものだ。
楽しいお茶会の時間を邪魔されないよう、今回彼女は玄関に「関係者以外立ち入り禁止」の札を下げた。
しかし、今日はフルーツタルトの他にもう一人参加している……
「わらわの勘違いでなければ……フィナンシェ、この件はおぬしの手柄であろう?」
「ふふっ、彼を陥れたのは彼自身の欲望よ、私じゃないわ」
そう答えながら、フィナンシェはホットチョコレートを一口含んだ。
「そのような言葉を貴方から聞けるとは思いませんでした」
テーブルの向かいに座っていたウイスキーが突然口を開いた。
その声を聞いただけで、フィナンシェは顔をしかめた。
「フンッ」
彼女は不機嫌そうにそっぽを向く。
「何もしてないでしょう、何故私にだけ敵意をむき出しにしてくるのですか?」
散々悪事を働いたのにまだそんなことが言える者は、この世にウイスキーしかいないでしょう。
フルーツタルトがいなければ、フィナンシェは彼を家に入れなかっただろう。
「私は欲しい物を適当な方法で手に入れます、手段を選ばない人と違って、ね」
「ふふっ、やりたい放題ね」
フィナンシェの棘のある言葉を聞いても、ウイスキーは怒ることなく笑い返した。
「コホンッ、わらわの大事なリラックスタイムだ、ケンカなどするな……」
フルーツタルトのおかげで一触即発の空気が少し和らいだ。
フィナンシェは今日の新聞をめくると、今日の一面トップを見た。
「ある庭師が高額な荘園を購入し、一晩で農園主に」
そのタイトルを見て、フィナンシェは口角を上げ、目を細めた。
「どうしたの?何をそんなに嬉しそうに見ている?」
「何でもないわ」
フィナンシェは新聞をテーブルに置き、ホットチョコレートを飲み干すと、満足そうにため息をついた。
彼女は最初から、その庭師には重病の家族がいない事を知っていた。
全部彼の嘘だと。
それでも、わずかなお金を秘密と交換できたのだから、悪くない取引だと彼女は考えている。
農園主の将来については……
それは、彼自身の選択次第だ。
何しろ、このゲームで生き残る秘訣は、適切な手段で最大な利益を得ることだ。
そして、欲望という両刃の剣は、常に皆の頭上にぶら下がっている。
主人か、奴隷か、その差は紙一重。
「それでは、本題に入りましょう」
フィナンシェは退屈そうに顎を支えながら、物陰に潜む毒蛇を見つめた。
「今回はどんな悪巧みを?」
ウイスキーもカップを置き、レンズの奥の赤い瞳が明るい日差しを銀色に反射した。
「ご安心を、きっと貴方を満足させられるでしょう」
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