羅布麻茶・エピソード
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羅布麻茶のエピソード
浮世離れした仙女に見えるが、口を開くと幻滅されてしまう。性格はわがままで乱暴、自分の決断に他人の口出しは許さない。しかし誰かを救うためなら、赤の他人であっても、顔色一つ変えずに自分自身ですら差し出せる。
Ⅰ.風災
駱駝と蹄鉄が混じり合い、朝日が地平線から顔を出し、雲を突き抜け、金砂の大地を照らした。
市場は賑やかで、香辛料の匂いと朝食の香りが鼻を掠める。
まだ早い時間だが、行きつけの店は早速混み合っていた。
頭巾を被ったご婦人は忙しなく客の相手をしながらも挨拶をしてくれた。
「いらっしゃいませ、神女様、今日も胡餅とバター茶ですか?」
「あと焼いた干し柿もお願い。シャヤール姉さん、その呼び方はやめてって言ってるでしょう?」
「ふふっ、そうだったね、つい癖で」
シャヤールは笑顔で答えて、仕事に戻った。
目の前の美味しそうな胡餅に手を付けようとした時、突然服の裾を引っ張られた。
俯くと、そこには純粋そうな幼い顔があった。
その透き通るような瞳が胡餅をじっと見ているから、あたしはその柔らかい頬を軽くつねった。
「ほら、あげるわ」
「ーーシーリン、また羅布麻茶(らふまちゃ)姉さんの胡餅を食べようとしてる!」
「うっ……お兄ちゃん……違うもん……」
後ろからもう一つの幼い声が聞こえてきた。振り返ると小さな少年が皿を持ったまま、妹を止めようとしている。
あたしは胡餅を半分ずつ分けてやった。
「今日は市場の日だから、朝からお母さんの手伝いをしてちゃんと食べていないだろう?はい、いっぱい食べないと働くための力が出ないでしょう」
「うちの子らは俺に似て、たくさん食べるぞ、あははっ!」
店に一人の中年男性が入ってきた。
分厚い帽子と砂まみれのコートを脱いだ浅黒い肌の彼は、爽やかに笑った。
「お父ちゃん!」
「お父ちゃんが帰ってきた!」
アクトに抱かれて興奮する子どもらを見て、あたしもなんだか嬉しくなった。
「アクト!帰ってきたのね!北の方の風災はどう?もう大丈夫なの?」
すると、彼の顔から笑顔が消えた。
その時、あたしは気付いた。彼の目の下のクマとその疲れた様子を。
「はぁ……北の水は全て汚染され、城壁も倒れている。なんとか村人たちの家を一部だけ修復したが……いつまでもつか」
「……あたしも何か方法を考えてみるわ、みんなご苦労さま」
「羅布麻茶も王城の流民たちのことで疲れたでしょう」
シャヤールは優しくそう言いながら、バター茶を渡してくれた。だけど、飢えている流民たちのことを思い出して、笑顔を作る気力もなくなってしまった。
アクト一家と別れたあたしは落ち込みながら、石畳が敷かれた町を歩いた。
「敦煌の神女だ……!」
「神女様……私たちが栽培した果物は全て砂嵐に潰され、家までなくなってしまいました!やっとの思いで王城まで辿り着いたんです……」
「神女様、どうかお助けを……!!!」
辺りは叫び声と泣き声で埋め尽くされた。
かつて賑やかだった市場も、狼狽した難民たちでいっぱいになっているのだ。
「安心して、これは全て一時的なものだわ。みんなでこの災害を乗り越えられるよう、方法を考えるから!」
あたしは歯を食いしばってそう言っている金になるものを全て配った。
一時しのぎにしかならないけれど、何もしないよりはましだろう。
この厳しい状況で、もう迷っている暇はない。
あたしは城の外に向かった。
ふと蹄鉄の声が聞こえて、あたしはある輿とすれ違った。
珍しい香りが漂ってきてそしてすぐに消え、横目で黄色い服が見えた。
異様な感じを覚えて振り返ったが、見えたのは人が混み合う市場だけだった。
「あれ……さっきの匂い……」
「いや、今はこっちに集中しなければ!」
Ⅱ.遭難
黄昏に暮れ始めた空、周りのものはすべて広大な砂漠に溶けていく。
額の汗はとっくに乾いた。あたしは視線を遠くにある玉沙城の方へとやった。
玉沙城はあたしの故郷。
あたしはこの果てしない黄砂、烈日、蒼穹を愛している。
楽しく談笑する声や、歌や舞を興じる人たちも愛している。
だけど、あたしはみんなとは違って、他人が想像できないような重荷を背負っている。
当時神女の継承者があたしをここに召喚したのはまるで運命のようだった……
まもなくして、彼女は玉沙を永遠に離れ、神女の座も当然のようにあたしが引き継ぐこととなった。
「昔々、鳳凰がおりました。鳳凰は神女となりました。神女は漠海に降りて、風沙を鎮めました。澤州は万年の繁栄を迎えました。」
これは玉沙人なら誰でも詠える歌、この砂漠の小国の絶対的信仰だ。
壁画に描かれた神女は容姿端麗で、空の上を舞っている。
彼の者はそばに鳳凰が飛んでおり、彼の者は命の果てまでこの土地を守り、玉沙人に福音と希望を与えた。
自分には不釣り合いだと思ったけれど、彼の者のような神力がなくても、あたしは自分の力でこの土地を守りたいと思った。
気がつくと、空は既に真っ黒になっていた。
近くの洞窟で踊る篝火があたしの気持ちを落ち着かせてくれた。
あたしが玉沙城を出て、もう五日目になる。
ずっと干魃が続いている。
数多の書物にある星占いそして経験からして、これは大きな砂嵐の前兆だ。
砂嵐は砂漠では珍しくないけど、連日続く悪天候は人々を落ち込ませる。
家は倒れ、雨が降らないため作物も育たない。全てが人々の生活に大打撃を与えている。
早く対策を練らないと、直感と現実がそう急かしてくる……
全員が、砂嵐が来る前に退避すれば、生き残る希望は生まれる。
そしてあたしは新しい避難所を探し求めて、玉沙城から人気のない地までやってきた。
新たな探検隊を編成し、アクト一家は数少ない支持者だった。
多く、いや、ほとんどの人は例外なくあたしの意見に反対した。
「玉沙城は神女様から授かったもの、そう簡単に引っ越せない!」
「外の砂漠はもっと危険です。わざと俺たちを外に行かせているんじゃないのか!」
「玉沙には神女様のご加護があるから、きっと大丈夫だ!あの女は大げさだ!」
こんな発言を思い出すと、頭がまた痛くなってくる。
幸い、近日の探検でやっと目星がついてきた。
「羅布麻茶、少し食べたらどうだ」
突然、目の前に食料が置かれた。
感謝の言葉を伝える前に、アクトの瞳に石窟の外で歯をむき出しにしている巨獣が映った。
「危ないっ!」
「グォオオオー!」
炎は一瞬で消え、静かだった夜は打ち破られた。
あたしは考えるよりも早く仲間の前に立ち、霊力の盾を維持しながら、彼らに撤退するよう促した。
しかし状況は思ったより厳しかった。巨獣は、一匹だけではなかったのだ。
一瞬で、至る所から悲鳴が上がった。倒れていく仲間たちを見て、あたしは震えが止まらない。
心と体の震えと共に、霊力は全て鋭利な攻撃と化して敵へと向かった。
「羅布麻茶!危ない!」
次の瞬間、よく知っている姿があたしの前に立った。血が飛び散った瞬間、あたしは絶望的な叫び声を上げた。
「……アクト!!!」
「羅布麻茶……みんなを……た……頼んだ……ぞ……」
「いや、いやあああああ!!!アクトー!!!」
血は砂にじわっと広がっていき、暗い夜の色にあたしは呑まれそうになる。
凡人対堕神、勝ち目なんて最初からなかった。
あたし一人じゃ探索隊を守ることもできない。
結局、結局あたしの力不足……
何が神女だ……
突然、またあの異様な香りが漂い、明るい黄色の外套を羽織った人物が現れた。
「フフッ、目の前で仲間が死んでいくのは辛いでしょうね?」
女は不気味な笑顔であたしに近づいてきた。
手を上げようとするけど、石に潰されたかのような疲労感のせいで手が上がらない。
「そなた……そなたが堕神を引き寄せたのか?そなたは……一体……」
「……神女様、疲れていませんか?砂嵐のために色々苦労してきたのに、誰一人貴方の言葉に耳を貸そうともしません」
「…………」
「一つ方法があります。聖物を使えばできますの。いかがでしょうか、神女様? 」
女は淡々と話した。友好的に見えるが、その瞳の奥には計り知れないものが潜んでいるように思える。
「何故聖物のことを?」
「あら、もちろん玉沙族長が親切に教えてくださったのですよ」
「寝言は寝て言え……!死んでも聖物を渡すものか!」
「まあ……今渡さなくても大丈夫ですよ、貴方と一緒に待ちます」
女の姿が夜に溶け込むと、あたしは傷口から伝わる痛みを我慢し、冷静を保とうとした。
ダメだ……
あの女は信用できない。彼女よりも早く、玉沙城に、戻らないと……
自分に神通力なんてないことは前から知っていた、それでも自分の力で玉沙を守ると誓ったのだ!
神女として、みんなを守らなければ!
Ⅲ.信頼を失う
「神女は仕事をせず何をしているんだ。玉沙がこんなになっているのに、外に行くだなんて!」
「あの予言者の言う通りだ。あいつが災いを呼んでいる。あいつがいなければ、玉沙もこんな目に遭わない!」
「そうだ!最初から食霊に任せるべきじゃなかったんだ!あいつが無理やり人を外まで連れて行ったから、天罰が下り、全員死んだそうだぞ!」
……
壁越しの言葉が針のように、何度もあたしの体と心を突き刺した。
あたしは何も感じなくなった手を握りしめ、哀しみを噛みしめる。
突然、温もりがあたしの手を覆った。
「羅布麻茶……!よかった……戻ったんだね……まだ外にいるのかと……」
「シャヤール姉さん……」
酷くやつれていた女が嬉しそうにあたしを見る、あたしはアクトが死ぬ前の瞳を思い出し、涙が溢れた。
「あたしのせいだ……みんなを守れなかった……」
「わかっているよ……全部……彼も、出発する前に話してくれたわ。全ては玉沙のためだから、何も怖くないって……」
「みんな貴方を信じているから、羅布麻茶。でも今は……逃げて!」
「逃げる……?」
「あの外から来た予言者が……貴方のことは不吉だと、貴方に天罰が下って、玉沙に災難が起きたって……」
「あの予言者は族長様にうまく取り入っている。最近みんな……彼女の言葉を信じているみたいなの……」
「今も貴方の……祭祀を行うと話しているそうよ……」
祭祀……
族長から聞いたことがある、継承者が命を聖物である凰羽に捧げることで、玉沙への加護を乞う儀式だ。
どうやらそれで天災から生き延びようとしているようだ。
でも生死なんて決められているもの。天災も同じ。あんなありもしない力なんかで、どうやって天災と戦うの?
それにあの予言者は……
玉沙人をあんなに殺したあいつが、本気で玉沙の手助けをする訳がない!
族長はきっとあいつに騙されたんだ。きちんと説明しないと!
「羅布麻茶!どこへ行くの?!」
「族長たちと話をしてくる……大丈夫、ちゃんと手はあるから」
カランッーー
「バカらしい!玉沙は神女様から授かった土地だ。勝手に移転などできるものか!」
「お前は神女でありながら、勝手に人を連れて城を壊そうとした、実に不敬だ!」
銀杯が階段から転がり落ち、長老の怒り狂った声が議事殿を突き抜けた。
心の準備ができていても、彼らの反応には失望した。
全員例外なくあたしの言葉に反対している、でもあたしは息を吸って言葉を続けた。
「御侍が残した本に書いてあるわ。高温や干魃が続き、砂が混ざった風が吹くのは、砂嵐の前兆だと」
「それに城の向こうには既に黒い砂が集まっているのを見た。あれはまっすぐ玉沙に向かっている」
「でっ、でたらめだ!勝手に出て行ったことはともかく、帰ってきてもなお反省しないとは、神女継承者として失格だ!」
「長老、信じられないならあたしと共に見に行けばいいわ」
「だけど、そなたたちが躊躇ったことで、砂嵐が城を破壊してしまったら、その時は誰が玉沙の、民の責任を取るの?!」
「玉沙のためなら、ここで天命を待つよりも、行動して危険を回避すべきよ!」
「大逆無道とはこのことだ!」
「……よい、議事殿は口論をする場では無い」
厳粛で老いた声があたしたちの対峙を止め、殿内は一瞬で静まり返った。
「羅布麻茶、我々は既に決定を下した。お前は神女殿で反省するがいい、数日後、祭祀に参加するように」
「でも砂嵐はあと数日で玉沙に来るを早くたちを退避させないと、全員死んでしまうわ……!」
「聖物がある限り、玉沙は死なない!」
どうやら、言葉だけじゃ、もう信じてもらえないようね。
それなら……
「明日にでも祭祀を行おう」
殿内は静まり返った。あたしのこの言葉は誰も予想できなかったようだ。
「どうせ祭祀の後、あたしの命は聖物に捧げられるわ。反省してなんの意味があるの?玉沙はもう待てない、だったら明日祭祀を行おう!」
そうだ、これしかない。
祭祀が終われば、みんなあの外からきた予言者がただの嘘つきだってわかる。
こうすることでしか、玉沙を助けられない!
長老の杖が地面を叩くと、重い鎖があたしの手と足を縛った。
そして、あたしは何の抵抗もせず彼らによって暗室に連れ込まれた。
Ⅳ.祭歌
細身の女はゆらゆらとした光を浴びながら、祭壇の前に跪いていた。この光景は幻のように儚い。
女が敬虔に祈りを捧げると、目の前の石版に散らばっている星石は八卦になっていった。
「御侍……」
「羅布麻茶、来たのね」
女は微笑みながら、隣に座るように促して来た。
「私が言った、玉沙の民が神女様を信仰するようになった初心は覚えている?」
「もちろん。神女は砂嵐をおさめ、オアシスで城を潤し、民を守る心を持っていたから」
「神女様の慈愛は永遠よ。継承者に選ばれた私たちも自分の責任を知るべきだ。それは、神女様と一緒に玉沙を守ること」
「そして、羅布麻茶……貴方は私たちと違って、より強い力を持っている、いつか玉沙に災難が訪れても……」
柔らかい女の声に悲しみが滲んだ。
「そんな日はこない、来たとしても……自分のすべてを捧げるだけ」
「天地無常……この卦は、もう覆らない……」
霧が濃くなるにつれ、女の声も儚くなった。
手を伸ばして彼女に触れようとするが、ふと風が吹き、彼女の姿がかき消された。
そして、外から来たやつが暗室に立っていた。
「まさか祭祀を選ぶとは、フフッ……玉沙城のために献身的ですね、なんて感動的なんでしょう」
「ですが、一族に誤解されるのは、辛かったでしょう?」
「砂嵐はもうすぐ来ます、本気で祭祀をすれば何とかなると、彼らを救えると思っているの?」
「あたしの一族はそなたに騙されているだけだ、それをみんなに証明する。そして……絶対に傷つけることは許さない!」
「……!」
ーー揺らめく光に当てられ、視野を取り戻したと同時に、抗えない眠気が一気に消えた。
無尽の雲に覆われる空の下、あたしは高い祭壇に立っていた。
少し動くと、腰から締め付けられる痛みが伝わった。
縄だ。
あたしは縄で祭壇の上に縛られ、いつの間にか気絶していたのだ……
こうして考えているうちに、祭壇の下から声が聞こえたーー儀式を始めるための祝詞だった。
次の瞬間、人混みの中にいる黄色があたしの視線に入る。
あたしの視線を感じたのか、外套の下に隠れている口元に笑みが浮かんだように見えた。
心身ともに震えた瞬間、あの影は錯覚のように消えた。
あたしが行動するよりも早く、頭上の雲はより黒くなっていった。
激しい風が砂を巻き上げます、身にまとう外套すらも音を立てた。
あたしはなんとかめをあけてみたが、目の前の光景に驚き、固まってしまう……
遠くから砂嵐が津波のように、唸りながら玉沙へ向かってきているのが見えたのだ。
「こんなの……まずいわ!!!」
危機感を覚えながら、恐怖が体から内臓まで襲い掛かった。
砂嵐が、予想より早く来てしまったのだ!
こんなはずじゃなかった!
元の考えと計画は突然打ち破られた。
その時になってあたしはようやく知った。人の身がどんなに脆く、弱々しいものなのかを。
「ああああーー砂嵐だー!!!」
「砂嵐が来たぞ!!!助けてくれーー!!!」
「あたしが……あたしが……!!!みんなを助けるから!!!」
あたしは縄を切り、素早く祭壇から飛び降りた。
叫び声が強風に巻き込まれ、あたしの全ての霊力で作った盾も一瞬で砂や風に潰された。
砂と瓦礫で肌が切れて、足に刃が突き刺さるような痛みの中、あたしは全力で人々の方に駆けていく。
激しい揺れの中、全ての命が血の海の中で悲鳴を上げた。
あたしは叫ぶ気力もなく、ただ全力で手を伸ばす。それなのに、彼らを巨大な渦巻から救うことができなかった。
無数の絶望や恐怖の顔が飛んで行き、また消えていった。
その中には、威厳のある族長や長老たちもいた、城を守る同胞たちもいた、そして普通に暮らしていた民も。
あれらは全て生きた命だ、あたしと同じ土地で育った命だ。
だが一瞬のうち、玉沙城は枯れた花のように生気を失った。
故郷を破壊し、一族の命を奪った風がどれくらい続いたのか、どこへ向かったのか、もう覚えていない。
あたしが覚えたいるのは、ただ視野が覆われた時に感じた、果てしない悲痛と自責、そして……
燃えるような憎しみだった。
Ⅴ.羅布麻茶
舞い上がる砂嵐が止み、無数の命が砕け散った。
外套を羽織ったチキンスープから余裕のある雰囲気が消え、悔しさと殺意が感じ取れる。
「この予想外の砂嵐がなければ、聖物は既に手に入っていたはずなのに……」
「聖女様、聖物はすり替えられました。これからどうしましょう……」
「大丈夫、機会はいくらでもあります」
長い夜と果てしない砂漠の中、疲れ切った一人の少女が月光に照らされている。
服と体はボロボロでも、彼女は懐で静かに眠っている子どもたちを守っていた。
どれくらい歩いたのか、彼女の体についた恐ろしい血痕は既に乾ききっている。
なのに、彼女はただただ子どもたちを連れて、砂嵐のない所へと向かった。
視界の向こうに星のような小さな炎が現れ、聞き覚えのある音楽が聴こえた。
赤い服を着た舞姫が派手に踊っているところを見て、彼女はふと自由に踊っていた日々を思い出した。
彼女は最後の力をふり絞ってその温もりを掴もうとしたが、結局力尽きて倒れてしまった……
数年後――
砂漠に立つ羅布麻茶の後ろには、二人の少年少女がいた。
昔繁栄していたが、今は跡形もない古城があったことを、彼ら三人とかつての風砂しか知らない。
「お父さん、お母さん、私、会いたいよ……ううう……」
「シーリン……もう泣くな……羅布麻茶姉さんがせっかく中原から戻ってきたんだ……もっと喜ばないと」
それを聞いた女の子は息を吸ったが、どこか悲しげな笑い声が聞こえてきた。
「バカね、お兄ちゃんの笑顔より不細工じゃない」
「それに泣きたい時は泣けばいいわ。大したことじゃないんだから」
羅布麻茶は二人の頭を撫で、言葉を続けた。
「今回戻ったのは、二人に伝えたいことがあって。まだしばらくは中原にいなければいけないの。ちゃんと……自分たちを大事にするんだよ」
「羅布麻茶姉さんはあの……聖教のところに行っちゃうの……でも、聖教は怖いって宿場の商人たちが……」
「あの時の代償は、必ずあいつらに払ってもらう。玉沙の仇を討てなかったら、あたしは一生自分を許せないから」
少女はまた無意識に拳を握り締め、炎のような決意を胸に宿した。
同時に、彼女の目に映るのは背の高い二人の影だ。
数年の時間があっという間に経ち、この二人も成長したのだ。
ふと、感慨深くなった。
「でもこれはあたしのやらないといけないことだわ。そなたたちはあたしと違って、憎しみを背負って生きていくことはない」
「過去のことは変えられないけれど、そなたたちがいる限り、玉沙に希望はあるわ」
「羅布麻茶姉さん……うん、わかった!」
「もちろんだ!僕たちはここを守るよ。羅布麻茶姉さんが帰ってくるのを待ってるから!」
止む事のない風が砂海を撫でる。遠くの真っ白な花畑も静かに小さくなっていく影を見守った。
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