イートン・メス・エピソード
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イートン・メスのエピソード
悩みのない姫様。少しヤンチャだが、優しいためいつも他人のことを考えている。そのため、宮殿にいる人たちは皆可愛らしい彼女のことが大好き。イートン・メスは童話にも興味があり、いつも天真爛漫な想像力と強烈な好奇心を働かせている。童話のような魔法の世界が、彼女に向かって扉を開いているらしい……
Ⅰ.記憶の奥底
綿あめのような雲が晴れた日の柔らかさを紡ぎ、海棠の枝が天井みたいに空を覆う。
地面いっぱいに落ちた赤いの実が甘酸っぱい汁を出して、あたたかな空気を満たした。
甘い匂いに満ちたハーブ園を軽やかな足取りで進む。
まるで、冷たくてあまーいバニラプリンを食べているような心地がする!
チョコレートタルト、ストロベリーパフェ、さつまいもパフェ、焼きシュークリーム……
今日のアフタヌーンティーは何かな?
嬉しさを抑えきれず、わたしは期待を込めて唇を舐めた。
フフーン、甘いものがない一日とか、ありえないもん!
この世界にスイーツ一つで解決できない問題はないわ!もしあるとしたら、スイーツ二つで解決すればいい!
「イートン・メス、こちらですよ!」
「バッテンバーグお姉さま!」
バッテンバーグお姉さまがわたしに向かって手を振っているから、急いで花園に向かった。
クリーム色をしたレースのテーブルクロス、ブドウのツタの模様が刺繍されたコースター、ピンクのバラが斜めに挿されたガラスの花瓶……
テーブルセットは相変わらず凝っているわ、でも……
「わあ、ストロベリークリームだ!」
わたしはテーブルの上の甘いものに目を奪われていた。
わたしにとって、それらこそがお茶会の「主役」だから!
ハチミツをかけたイチゴが光を受けてキラキラと輝き、ソフトクリームがひんやりしていて、宮廷で一番人気なデザートだ。
そして、それを見てわたしはあることを思い出す……
あの夏、砂利を敷き詰めた小道に鬱蒼とした木々がまだらの影を落としていた。
地面で揺れる木々の影を、わたしはぴょんぴょんと踏んだ。
「あっ!」
でも不注意で、手に持っていたアイスクリームを落としてしまった。
石の隙間を溶けたクリームが白い小川のように流れていく。
熱風が吹き、葉っぱたちが不満げに揺れ、そして蝉の鳴き声が聞こえて来る。
うるさかった蝉の声が、わたしも泣き声をかき消した……
「あら?イートン・メス、どうしたの?」
柔らかい手がわたしの髪に触れる。
振り向くと、背後に御侍さまが立っていた。
「ううっ、アイスクリームが……」
わたしは地面に溶けたアイスクリームを指差し、すすり泣いた。
「そうなのね、泣かないで、これは何だと思う?」
彼女は不思議そうに笑って、後ろからキラキラとした皿を取り出した。
赤と白のデザートは練乳のような甘い匂いがして、熟れたイチゴは深紅の瑪瑙のようでら思わず一口食べたくなった。
「わあ……御侍さまが作ったの?」
「うん、しかもイートン・メスのために作った魔法を込めたスイーツよ!」
魔法を?
半信半疑で味わうと、ひんやりとしたミルク味が口の中で溶け、ストロベリーソースの甘酸っぱさと共に、芳しい香りが一気に口の中に広がった。
美味しい!
わたしの涙は一瞬にして甘い笑みに変わり、幸せな気持ちで御侍さまを見た。
そして彼女は陽射しの下に立っていて、木の影をくぐりぬけた輝きが髪に降り注いだ。
わたしの記憶の中で、それはわたしが食べた最も美味しいスイーツだった。
「イートン・メス?」
気がつくと、バッテンバーグお姉さまがわたしの頬をつまんでいた。
「何を考えているのかしら?ストロベリークリームが大好物でしょう、早く食べないと溶けちゃいますわ」
「うんっ!いただきます!」
わたしはジャムが掛かったクリームを一口食べた。
「あーっ!」
「どう?美味しい頭?」
「うん……」
わたしは少し躊躇いながら頷いた。
悪くはないけれど、なんとなく記憶の味とは違った……
何かが欠けているように感じたんだ。
Ⅱ.消えた味
何が違うの?
食材のせい?
お茶会が終わると、わたしはイチゴ園に忍び込んだ。
こんもりと茂った枝葉の間から、ルビーのような実が一粒ずつ青々とした枝からぶら下がっていた。
わたしは丁寧にキラキラと光るイチゴを一粒つまんで、そっとかじった。
甘い果実の香りが口の中に広がった。
「姫様はイチゴが食べたいのですか?」
イチゴ狩りをしていた庭師のおじさんが近づいてきた。
「今がイチゴの旬ですよ!」
彼は情熱的にわたしのために、果実をたくさん取ってくれた。
うん……でもイチゴの問題じゃないみたい。
次にわたしは厨房に行って、クリームをこっそりもらった。
ちょうど出来上がったばかりのクリームは、甘くて飽きがこないほど美味しかった、たっぷりのミルクの香りが舌の先で渦巻いていた。
おかしいな……クリームも同じくらい美味しいよ。
作り方が間違っていたのかな。
「姫様?」
突然、使用人のメアリーの声が聞こえてきた。
いけない、いけない、また叱られる!
おそるおそる振り返ると、照れくさそうに彼女に向かって舌を出した。
「また、盗み食いをしていましたね?」
でも、メアリーは私を叱らなかった。
彼女は繭だらけの手を伸ばして、わたしの頬をなで、仕方なく首を横に振った。
「何度も言いましたが、厨房は姫様の遊び場ではありませんよ」
「御侍さまが昔作ってくれたストロベリークリームを再現したいだけなの。今は作り方を変えているのかな……」
メアリーの手が止まり、少し慌てるような表情をした。
そしてエプロンの中から、黄ばんだ紙を取り出したのだ。
「そんな事はありませんよ?こちらが姫様から教わった作り方です」
「じゃあ、レシピを見せてくれる?」
「それは……」
「ちょっとだけ……」
わたしは彼女のスカートの裾を引っ張り、上目遣いでまばたきをした。
メアリーはため息を一つついて、レシピを手渡してくれた。
イチゴ、クリーム、ハチミツ……ごく普通の材料と作り方しか書かれていない。
レシピの文面をじっくりと読んでみたけど、特別な点は見つからなかった。
レシピも材料も問題ないというのなら、まさかーー
「そうだ!御侍さまの魔法だ!」
「姫様、何を……」
途方に暮れているメアリーにレシピを返して、わたしは図書館に急いだ。
ストロベリークリームに魔法を込めたって、御侍さまが言ってた!
それなら、魔法書に必ず書いてあるはず。
だけどーー
「どうして見つからないんだろう……」
図書館にある全ての魔法書を読み漁ったけど、スイーツを美味しくする呪文は見つけられなかった。
わたしは本で積み上げられた階段を踏み、首を横に振った。
すると、階段も同じように揺れ始めた。
「うわっ!」
「危ない!」
その瞬間、細いけれど力強い手が腰を支えてくれた。
「うっ、うう……あれ、バッテンバーグお姉さま?」
「イートン・メス?どうして図書館に来ているのですか?」
「わたし……」
わたしは悩みをバッテンバーグお姉さまに話すことにした。
彼女は眉間に皺を寄せて笑いながらこう言ってくれた。
「なるほど、それがどんな魔法なのかわかりましたわ」
「そうなの?」
「でも、本に書いている魔法なんかじゃないわ」
えっ?本に書いていない魔法があるの?
Ⅲ.天使のギフト
やっぱりなんか違う……
記憶にあるレシピを元にストロベリークリームを作ってみたけど、あの時の美味しさを味わうことはできなかった。
厨房が散らかっているのを見て、わたしは残念そうに俯いた。
絶対、メアリーに小言を言われる……
結局、バッテンバーグお姉さまもそれがどんな魔法なのか教えてはくれなかった。
はぁ……一体何なんだろう。
「カーンッ、カーンッ」
ちょうど壁のさくらんぼの柱時計が四つ音を鳴らした。
こんなに長く作っていたのね……
驚きながら顔を上げると、今日は毎週恒例のお茶会の日だってことを急に思い出した。
いつもならこの日を忘れないはずがないのに、今日は……
「わあっ、間に合わない!」
わたしはドレスの裾を持ち上げ、よろめきながら走った。
晴れたばかりの空の下、雨上がりの空気は湿っている。
踏んだ水たまりが小さな水しぶきを上げ、キラキラと光る玉のように湿った地面に落ちていく。
しかし次の瞬間、足が滑って、凸凹になっているレンガの上に倒れ込んでしまった。
痛い痛い痛いーー
捻った足首をなでて、起き上がろうとしたけど力が入らなかった。
捻挫した関節がひりひりと痛み、まるで唐辛子水に浸かったようだった。
「うっ」
冷気を吸い込むと、思わず涙がこぼれ、泥水のついたドレスを濡らした。
途方に暮れていると、目の前に小さな人影が立った。
「天使……」
彼女の姿を見て、わたしは思わず口を開いた。
目の前の女の子は天使のような翼が生えていて、純真無垢な服を着ていた。
「大丈夫ですか?」
「足が痛い……」
「泣かないで、もうすぐ痛くなくなりますから」
彼女はしゃがむと、手の平から淡い金色の光を放ち傷口を覆ってくれた。
あたたかなネコの尻尾が通り過ぎていくような、優しい感触だった。
……本当に痛くなくなった!
動けなくなったはずの足首をくるくると回し、わたしは興奮して立ち上がって何度かジャンプした。
「天使のお姉さま、すごいね!」
「わたしはイートン・メス……今度、世界で一番美味しいケーキでお礼を言いに行くね!」
彼女と手を振って別れ、待ち合わせ場所へと急いだ。
……
キラキラと光る雨露が、バラ園の花々を一輪ずつ濡らした。
一筋の清々しい香りは雨上がりの新鮮な空気に溶け、甘い香りがした。
「イートン・メス、遅かったですね……あら、そのドレスどうしたのですか?」
「大丈夫、来る途中転んだの」
「えっ?怪我はありませんでした?」
バッテンバーグお姉さまはわたしの両手を握って、心配そうにわたしを見た。
「天使のお姉さまが助けてくれたの!」
「天使?」
「天使のお姉さまはすごいの、イートン・メスを魔法で癒してくれたんだ!」
癒された傷を誇らしげに見せた。
「あとでちゃんとお礼を言わないといけませんね」
「うん、世界で一番美味しいスイーツを作ってあげないと!」
「イートン・メスは何を作ってげるつもりですか?」
一番美味しいスイーツと言えば、御侍様のストロベリークリーム。
でも……
「わたしの作ったストロベリークリームは、そんなに美味しくない……」
「では、今度は一緒に作りましょう」
「今度こそ成功しますわ!」
バッテンバーグお姉さまの笑顔が、わたしの心の淡い不安をかき消してくれた。
そうだよ、何でもできるバッテンバーグお姉さまがいるなら、きっと今度こそ美味しく作れる!
Ⅳ.魔法の秘密
「では、そろそろ始めましょう!」
厨房でわたしとバッテンバーグお姉さまは白いエプロンをして、髪を纏めた。
「姫様、これは一体何をするつもりですか?」
アフタヌーンティーの準備をしていたメアリーが不思議そうにこちらを見た。
「最高に美味しいストロベリークリームを作るの!」
「姫様、実は……」
メアリーは口ごもっている。
昔、私が厨房で暴れていたことを思い出したのだろう。わたしは自信を持って自分の胸を叩いた。
「大丈夫よ、メアリー!わたしとお姉さまに任せて!」
「……」
彼女はまだ何か言いかけたが、隣に立っているお姉さまを一目見て、黙って厨房から離れた。
テーブルの前には色とりどりの材料が並んでいた。朝露のついたイチゴ、新鮮なミルク、とろりとしたミルクの香りが漂う練乳……
幸福な匂いが広がっていて、大きく息をするたびに甘さで窒息しそうになる。
ダメダメ、イートン・メス!今日は大仕事をしないと、食べることだけ考えちゃダメ!
スイーツ作りに専念しようと、気を取り直した。
レシピに書かれた最初のステップ……ストロベリーソースを作る!
かごの中のイチゴに手を伸ばそうとしたけど、バッテンバーグお姉さまに止められた。
「どうしたの?」
「イートン・メス、スイーツで大事なことは何か知っているかしら?」
一番大切なこと……材料?
それともレシピ?
「材料やレシピも大事だけど、それ以上にデザートを作る気持ちが大事なのですよ」
「きも……ち?」
「そうです。例えば、イートン・メスはどうしてこのデザートを作ろうと思ったのかしら?それを食べる人に何を感じてもらいたいのですか?」
わたしの目の前に、天使のお姉さまの明るい笑顔とあたたかい手が浮かんできた。
多分それは……
「天使のお姉さまに感謝したいの!これを食べて、笑って欲しい!」
「じゃあ、そういう気持ちで作ってくださいね」
「うん!」
やがてイチゴのフルーティ香りとクリームの香りが厨房に満ちた。
柔らかなミルクアイスに、金色に輝くハチミツが掛かった。
最後に、一番鮮やかなイチゴを、クリームの先端に散りばめて……
ジャジャーンッ!
ストロベリークリームの完成!
だけど……記憶にあるみたいな美味しい味になっているのかな?
「メアリーさんに食べてもらいましょう?」
バッテンバーグお姉さまがこう提案してくれた。
メアリーは怪訝そうにクリームを一さじすくった。
わたしは緊張して、息を呑んだ。
そして、少し皺が寄った眉間がゆっくりと開き、その顔には微かに笑みが浮かんでいるのが見えた。
「美味しいです、しかし……」
「しかし?」
「実は、わたしが最初に作ったストロベリークリームにレモンを入れ忘れたのです。それが、姫様が美味しく感じなかった原因かもしれません」
メアリーは恥ずかしそうに頭を下げた。
「申し訳ございません、もっと早く打ち明けるべきでした……」
「そうだったのね、大丈夫だよ!」
わたしは嬉しそうに目を細め、待ちかねていた手作りのデザートを味わった。
イチゴの酸味とクリームの甘さが混ざり合い、ひんやりとした食感が舌の上に広がり、細雨のように心に沁み込んだ。
まさに、記憶のあの味だ!
メアリーがレモンを入れ忘れたのが原因だとしたら、わたしが最初に作ったのはレシピ通りだったのに……
なんで違うの?
「御侍さまがどんな魔法を込めたのか、まだわからない……」
「いいえ、その魔法はもう込められていますわ」
えっ?
窓の外では、太いニレの葉の柔らかい影が揺れていた。
それらは風に吹かれながら、わたしをあの夏に連れ戻してくれた。あ
ストロベリークリームの甘さが、夏の燦々とした暑さの中に広がり、思い出深い。
「イートン・メス、スイーツは人を笑顔にするものですわ。心を込めて作ることで、食べる人を幸せにできるのです」
思い出した。
魔法の名前はーー「愛」だったんだ。
Ⅴ.イートン・メス
「七番通りの、百五番……」
穏やかな午後。
窓に反射した日の光が並木道に虹色を映した。
馬車が走る車輪の音と、商人たちのかけ声が混じり合っている。
ドレス姿の女の子は片手にバスケットを持ち、片手に住所を書いたメモを持っていた。
炎のように赤い髪を金色の陽射しが撫で、艶やかな石榴の花のように見えた。
「イートン・メス、ここです!」
少し離れた店の前で、エンゼルフードケーキがイートン・メスに向かって両手を振っていた。
エンゼルフードケーキが町に新しくオープンした診療所だ。
しかし今日は、少し変わった客が来ていた。
「エンゼルお姉さま、イートン・メスが一番美味しいスイーツを作るって言ったこと覚えてる?」
イートン・メスがバスケットを開けると、イチゴとクリームの香りが広がった。
クリームの美味しさを保つため、朝早くイチゴ園に駆けつけ、一番新鮮で、朝露を垂らしたイチゴを選んだのだ。
……
「ええ、美味しいわ」
エンゼルフードケーキの微笑みは、満開の春の花のように咲いた。
イートン・メスが満足そうにイチゴを一粒かじると、いつもより甘い感じがした。
愛情たっぷりに作られたスイーツは、人を幸せにするだけでなく、自分も幸せにしてくれるのだ。
しかし……
「あっ!」
次の瞬間、彼女は苦しそうに頬の半分を押さえ、息を呑んだ。
「どうしたのかしら?見せて……」
エンゼルフードケーキはイートン・メスの大きく開いた口を観察し、奥の歯に小さな虫歯を見つけた。
「ああ、やっぱり虫歯でしたか……」
「虫歯?」
イートン・メスは涙を浮かべながらエンゼルフードケーキを見た。
「うううっ、痛い!何か方法はないの?」
「治してあげてもいいけど、甘いものは控えてもらわないといけないわ……」
「えっ?!」
イートン・メスは一瞬、虫歯の痛みも忘れて固まった。
「そうするしかないです。さあ、ちゃんと治療させてもらいますよ」
「ううう、イヤだ!他に方法はないの?!」
白い花が無数の白いハトのように見えた。
女の子の泣き声が午後の街の喧噪にかき消され、頬をなでる風が甘く感じられた。
彼女たちは誰も気づいていない。
ドレスに隠れ、甘い魔法にまみれた精霊たちが、風が吹く方に向かって、楽しそうにこの「愛」に囲まれた世界を飛んでいるということを……
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