プレッツェル・エピソード
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プレッツェルのエピソード
堅物であり、自分の信仰が正義と信じて疑わない。
悪気はないが、正義遂行のためならば極端な行動に打って出ることも厭わない。
Ⅰ 善人と悪人
「……静かに。話を聞きたいなら静かにしましょう。それが礼節というものです」
「はーい!神父様!」
教会にて、プレッツェルの元に集う子どもたちが、元気よく返事をする。
「プレッツェル神父、今日は聖典のお話じゃないのが聞きたいよ!」
「神父さん!わたしたち、いい子にしてるよ!だから、何か新しいお話聞かせてよ!」
子供達から向けられる渇望の眼差しに、私は厳格な面持ちでどう答えるべきか思い悩んだ。
思案後、私は手を挙げて再度子どもたちを静かにさせる。
(彼らに聞かせるべき話は、何だろうか?)
答えを出せぬまま、私はある男について語り出す。この話の結末を、私はまだ自分で納得しきれていないのだろう……そんな風に感じながら。
「これは戦争に駆り出されたある一人の兵士の話です。彼は名誉の負傷から、前線を退き、故郷へと戻ってきました。だが、それが不幸の始まりでした……」
私の語りに、子どもたちはワクワクと期待に満ちた表情で続きを待つ。私は目を閉じ、あの日のことを思い出した。
「戦争に召集されたある一人の兵士の話をしましょう。名誉の負傷から前線を退き故郷へと戻ってきた彼だったが、それが不幸の始まりであった」
「彼の傷は名誉あるものだったが、不運にも目に怪我を負ってしまった。そのため、彼は人から距離を取られてしまいます」
「彼は目の傷が災いして、仕事を見つけられず、少ない補助金での生活を強いられました。そうして、彼の生活はどんどん貧しいものとなってしまいました……」
「……可哀そう」
「頑張って戦って戻ってこれたのに……そんなことになっちゃって」
子どもたちの表情が不安げなものに変わる。彼らにはこの話に何かしら得られるものがあるようだ。
(だが、最後まで聞いてどう思うだろうか?)
私は小さく嘆息し、続きを話し始めた。
「それから、彼は自身の信仰を忘れ、賭け事や酒に溺れていき、借金もかなり膨れ上がっていきました」
「その上、なんと彼の母親が病に倒れてしまうのです。だが、彼には母親を治療するだけのお金がありませんでした……」
「そんなある日、彼は夜の路地裏で、真珠のネックレスをつけた女性を見つけます。あのネックレスを奪えたら……と相当に葛藤したそうです。その結果……彼はその真珠を奪い、その女性を殺してしまいました」
「そんな……!」
子どもたちが青ざめた表情を浮かべた。不幸の積み重なった青年に、彼らなりに同情しているようだ。
「だが、それによって彼は母親の治療費を支払うことができました。人を殺めたことと引き換えに、ですけどね」
「それから彼は酒や賭け事をやめ、母親の世話をし始めました」
「真面目になったんだね……それで?神父さん、彼は最後どうなったの?」
「最後……彼は死んでしまいました。最後に神の審判を受けたのです。母親だけをこの世に残してこの世を去った。ですが母親は自分の息子が亡くなったことを知りません」
「うう……かわいそう……」
私は一気にそこまで話して、深い溜息をついた。
以前この町に広まった流行病で多くの人がなくなった。彼らは幼いながらも、そうした出来事から既に『死』という概念を理解していた。
だが、誰も私の話を止めようとはせず、黙って話を聞いてくれた。
目を負傷した青年の話が終わる。子どもたちは「どっちの目を負傷したのか」「真珠のネックレスはいくらするのか」など質問を掲げた。
だが私はその質問に答えなかった。どう答えていいかわからなかったからだ。
「神父さん、彼は……どうして死刑になったの?お母さんのためにそうしたんだよね?」
「聖典には、両親を敬わなければならないって書いてあるのに……」
「でも主の審判はいつも公平だから、善人を悪人のように裁くはずがないよ。だからきっと、犯した罪が大きすぎたんだ……そうでしょう、プレッツェル神父?」
私は子供たちの質問に、ゆっくりと手を挙げ、静かにさせる。
「善人と悪人の判断は難しいものがあります。ただ、律法された方の中で犯した罪は全て裁かなければならないという主のご意向があります」
そう告げて、子どもたちの顔をジッと見つめた。
「審判もなく人を殺すことは重い罪です、どんな事情があろうと制裁を逃れることはできません」
「そんな……」
「ねぇ神父様、息子を失った母親はその後どうなったの?」
「……彼の母親は他の方がお世話したそうです。心配することはありません」
「そうかぁ……それがせめてもの救いだね」
「ご慈悲――なのかな」
子どもたちが口々に話す。
(ご慈悲か……)
私は視線を落とす。
これほどまでに私が神の審判に拘るのは理由がある。
慈悲、制裁……神の思し召しにかなえば、救われる――
(違うな、私はただ『平等』であればよいと願っているだけだ。神の審判の前に、如何なる差別も存在しない。感情では左右されない『絶対』の審判――)
だからこそ、私は罪を犯した者に必ず償わせる。頭に浮かぶ何人かの者に、必ず裁きの瞬間が訪れるように……。
――私は、絶対彼らに神の審判を受けさせる……改めて、そう強く思った。
Ⅱ 因縁の再会
「プレッツェル神父、さようなら!」
「気をつけて帰るのですよ。主の加護があらんことを」
教会学校が終わり、教堂の前で子供達が帰るのを見送る。
「これあげる、プレッツェル神父!」
すると、帰りの挨拶を済ませたはずの子が、白い野花を見かけたと言って、私のもとへ戻ってきた。
「今日、教会学校で新しいお話を聞かせてくれてありがとう」
「いえいえ、あなたが聖典の内容をしっかり覚えていたからですよ。これは、ありがたくいただきましょう」
花を受け取り、私はその子の頭を軽く撫でる。
すると、まだ何か気になることがあるのか、その子はジッと私を見上げていた。
「どうしたのです?」
「プレッツェル神父……伝えたい事があるの」
「何でしょう?」
「ほんとはね……ほんとはみんな神父が大好きなの。神父がみんなを助けてくれたから……」
「いつもパンや、飴玉をくれるから。でも神父さんはいつも難しい顔をしてるから、みんな怒られるんじゃないかって、怖くて話しかけられないの……」
「……そうでしたか」
「あと、内緒なんだけど……ううん、やっぱり何でもない!すぐにわかるよ!またね、神父さん!」
その子が走って行くのを見て、私は首を振る。深く考えても仕方がない。すぐにわかるなら、時間に身を委ねるのみ。
それから私は、ずっと通っているおばあさんのところへと向かった。
道すがら私は考える。このままで――良いのだろうか。
もうずっと答えを出せぬまま、私は考え続けている。どうしても、決められないのだ。
(私の迷いは……いつか解決せねばならぬ)
* * *
この町も以前は栄えており、金属の生産が盛んだった。
だが、不幸なことに、唯一の商業用の連絡通路が堕神に占拠されてしまう事件が起こった。
それだけに留まらず、堕神に坑道までも塞がれてしまう。そのため、町の人々は連絡道路が利用できなくなり、資金源となっていた採掘さえできなくなってしまった。
そうして、経済的な資源を失った町は、次第に衰退していった――
その後、町では疫病が蔓延し始めた。
熱や嘔吐の症状が出て、その後は身体中に痛みを感じ、亡くなる頃には、身体中の至る所から大量の出血が見られた。
その様はまるで全身の血液が溢れ出たのかと思われるほどで、とても直視できない状態だった。
この話を教会で初めて聞いた時、私はとある者を思い出した。
きっとその者と関係がある事件だと狙いをつけ、自らその町の調査を買って出た。
(だが、調査の結果……彼の姿は見えなかった。疫病の原因はいまだ見つかっていない)
しかし、私が教会から持ってきていた神の祝福を施された薬によって、疫病の勢いを弱める事に成功した。
だが、原因を解明しなければ、抜本的な解決にはならない。
私は調査を続けた。その過程で、疫病が動物に関係していることに気付いた。しかし、感染源の特定はできなかった。
私は尽力して人々の保護に努め、早急に根源を見つけると言うしかなかった。
「お邪魔しますプレッツェルです。今日の薬を届けに来ました……」
そこまで言って、私は硬直してしまう。なぜなら、目の前に会う筈もない人物の姿があったから。
「久しぶりだね、プレッツェル。こんなところで会うなんて奇遇だね。この奇跡にフフ」
「ブラッディマリー……!!」
「あら、プレッツェル神父!いらっしゃいませ」
そこに老婆が現れる。彼女はいつも通り私のことを、無垢な笑顔で出迎えてくれた。
「この子から薬は受け取りましたよ。お知り合いなんですよね?」
「……確かに、知ってはいます」
「私が外で涼んでいた時、優しいこの子が声をかけてくれたの。私に向かって吠えた犬まで追い払ってくれて……とても良い子ね。さすが貴方の知り合いだわ」
「この奇跡の再会、神に感謝すべきかな?」
私は答えずにブラッディマリーを睨みつける。この男の口から『神』について語られるなど、不愉快にもほどがある……
「そうそう、おばあさん。彼はね、僕のことも『治療』してくれたんだよ」
「そうなの?あらあら、こんなところで再会するなんて……本当に奇跡だわ」
罪のない笑顔で老婆が言った。私はこめかみを押さえ、静かに呟く。
「……ブラッディマリー。話したいことがあります。こっちへ来てください」
(こんなところで、彼と再会するとはな)
ブラッディマリーが再び私の前に現れるとは思ってもいなかった。
彼が私のもとから逃げたのは一度や二度ではない。ずっと姿を隠していたというのに――
この町の疫病の原因が別にあるとわかっていなかったら、間違いなく彼が首謀者だと考えただろう。
「ずいぶん穏やかな顔をして……プレッツェル、君はここでいったい何をしているんだい?」
「それはこちらの言葉です。貴方が何故ここに?」
「フフッ、君に会いたかったから――と言ったら信じてくれるのかい?」
「……冗談にしても笑えませんね」
小さく呟き、私は頭を振った。
ブラッディ・マリーはそんな私を見て艶笑して、髪を整えている。
「――もう一度聞きましょう……貴方の目的はなんです?」
もう一度、声のトーンを落として私は尋ねる。すると彼はいつもの楽しそうな笑顔を浮かべて飄々と答えた。
「なに、君がここにいるという噂を耳にしたのでね。どうやって町の者を騙しているのかを観察しにきたんだよ。聖人君子のプレッツェル君?」
彼の甲高い高笑いが、私の胸の中に沸々と黒いものを生み出したのは言うまでもない。
神の裁きを受けるべき男――ブラッディマリー。
(……今度こそ、絶対に逃がさぬ)
Ⅲ 虚偽の告解
「また会いに来るよ、親愛なる神父のプレッツェル様っ!ハハハッ!!」
あの日ブラッディマリーは、そんな宣言をして去っていった。
(ずっと身を隠していたのに、こんな場所に現れるとは……油断ならぬな)
ブラッディマリーがあの老婆に何を言ったかはわからない。だがこの数日、彼女はいつも彼のことを聞いてくる。
そして私に言うのだ。「彼は苦しい思いをしてきたから」と……もっと気にかけてあげてほしいと頼んでくる。
ブラッディマリーの行いは、これでもずっと見てきたつもりだ。彼は「苦」とは無縁の存在。むしろ苦しんできたのは、彼に騙され、彼とその御侍に傷つけられた者たちだ。
以前、私は彼を捕まえて、自分の罪を自覚させようと試みた。しかし、彼はまるで意を介さなかった。
彼が気にかけているのは、他者の血液からどうやって暖かさを感じるかだけだ。罪の意識など、欠片も持ち合わせていなかった。
彼によって殺められた者たちは、疫病で亡くなった人々と同じ状態になる。私が最初に彼を疑った理由でもあり、疫病にかこつけて、またも人を手にかける可能性がある。
(そうだ、またこうしてここに現れた以上、十分な警戒が必要だ――彼奴の好きにはさせぬ)
私は気を引き締めて、襟を正した。
「プレッツェル神父、告解室であなたをお待ちの方がいます」
「わかりました」
祈祷を終えると、修女に告解室に行くよう促された。
暗い室内で、私は聖典に手をおいて、一緒に聖書を読むようにと目の前の男に告げる。
「……誠意ある告解者よ、主は汝の罪に慈悲を与えん」
「フフッ……あの兵士にもこう告げたんですか、親愛なる神父様?」
「――ブラッディマリー!」
私はまるで気付けなかった。彼は聖書を読んでいる時、声色を変えていた。
(自分をつけ狙う者の前に、こうも易々と現れるとは……!解せぬ――)
彼の出方がわからず、私は息を呑んで彼の言葉を待った。
「考えはまとまったかな?プレッツェル神父?」
「……私の答えは変わらない――断る」
「残念だね。できたら君を公衆の面前で辱めるようなことは避けたかったが……」
「僕は君のすべてを知っている。そのすべてを白日の元に晒されるのが怖くないと?」
「そんなことで私を脅せると思っているなら、考えを改めていただきましょう」
ブラッディマリーは楽しそうにクスクスと笑う。まったく私の言葉を聞いていないこの不埒者に、私は眩暈を覚えた。目元を押さえ、息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。
「私が貴方を捕まえたのはビーフステーキを拘束したからでなく、貴方が多くの民を手にかけたからです!貴方の罪は――決して消えない!」
「僕を逃せば、あなたの名誉は保たれる。理にかなった取引だと思うけど?」
「貴方の悪行を神はお許しになりません……私が必ず神に代わって貴方を裁きます!」
「ふぅ……相変わらず真面目だね、プレッツェル。まぁ、そういうところが魅力なのかもしれないけどね」
「覚悟せよブラッディマリー!私が貴方の罪を――裁く!」
「交渉決裂になるとは、非常に残念だ。無体な真似をしたくなかったが……仕方ない。町の人たちに貴方の本性を知ってもらいましょう」
ブラッディマリーが立ち上がり、告解室から出て行こうとする。私は慌てて立ち上がった。
「待ちなさい!今度こそ逃がしはしません!」
誰もいない教会でブラッディマリーと対峙する。彼はいつも通り余裕の笑みを浮かべていた。
そんな彼の落ち着いた様子に、私は嫌な予感を覚える。
(間違いない――勝算があるのだ、彼奴には)
「警戒しているね、プレッツェル。安心したまえ、もうすぐだ」
そのときだった。教会の扉が開かれ、町民が入ってきたのは。彼らは手に様々な武器を持っていた。
一番先頭に立っていたのは、いつも世話をしている老婆であった。彼女はとても不安な表情で、私を見つめていた。
「プレッツェル神父……」
「……どうかしましたか、レディ」
すると、老婆は驚いた様子で声をあげる。
「貴方がここに私を呼んだのでは?ブラッディマリーから、そう伝言をお聞きしました。あなたがもうすぐこの地から離れるから、伝えたい事があると」
「……ええ、彼はもうすぐここを離れるよ。そうするしか、なくなるからね」
ブラッディマリーがニタリと笑う。そこで私はやっと彼の思惑を理解した――彼は初めから私の答えなど求めていなかったのだ、と。
「疫病の原因はまだ見つかっていないので、まだここを発つことはありません。ですので、皆さんお引き取りください」
その話を聞いて、老婆は理解が追い付かないようだ。そして、ブラッディマリーに救いの手を求める。その声に、ブラッディマリーは嬉々として答えた。
「伝える事がない?また戯言を……フフ、なら僕が代わりに伝えてあげましょう!彼は、貴方たちが思っているような救世の神父などではない!血に濡れた……罪深き男だ!」
ブラッディマリーは高笑いで、私を指差し、鋭い声で言い放つ。町民たちは突然発せられた言葉に、激しく動揺していた。
「急にこのようなことを言われても、しっくりこないでしょうね。だが、これは事実だ」
そこでブラッディマリーは老婆を見て、優しい笑みを浮かべる。
「おばあさんの息子さん……疫病で亡くなったと思っているようですが、それは事実ではない。そこの真面目ぶった神父が殺したんだ」
ブラッディマリーは、教会をカツカツと音を立てて歩きながら、話を続ける。
「或る夜のことだ……告解室にやってきて、彼はとある懺悔をした。死人の名誉を傷つけるのはあまり良い趣味とは言えませんので、懺悔の詳細は伏せましょう――」
朗々と語るブラッディマリーの言葉を、町民は黙って聞いている。どのようなことを話すのか、まるで想像がついていないようだ。
「告解室に来たということは、その青年は自分の罪を悔い改めようとしていたはずだ。そんな青年を……無慈悲にもこの男は殺した!僕はね、見ていたんだ。彼が青年に手をかけるその瞬間を……この目で!」
私は黙って彼を睨みつける。彼の言っていることは事実だったからだ。
(私は……正しいことをした。それに揺らぎは――ない!)
Ⅳ 試練
「人を殺してもなお、何事もなかったかのようにこの町で神父をしている……こんな厚顔無恥の穢れた男が広める福音を、君たちは信じられるのか!?彼が疫病を治すと本当に信じられるのか!」
「今まで疫病で亡くなったとされている方々の中にも、疫病などでなく、そこの神父によって殺められたかもしれない……さぁ、それでも君たちはまだそこの似非神父を信じるのか!」
ブラッディマリーは人々を煽り立てるのに成功した。皆、彼の言葉を信じたのだーー私が何も言い返さないのだから、それも当然だろう。
「みなさん……待ってください……」
すると、老婆が震える手を挙げて、私に向かって懇願するように言った。
「プレッツェル神父……どうか本当のことを教えてください。ブラッディマリーさんの言う通りなら……貴方がそのような悪人なら、なぜ子どもたちの相手をしてくれるのですか。昨日子どもたちと会った時、あの子たちは日頃の感謝をとプレゼントまで用意していたんです」
「そうそう、私の子どももそう言ってましたよ。それに私の疫病は神父が治してくれました。そんな貴方が……何故」
「そんなの決まってるだろう!子どもや女性が最も欺きやすいからだ!」
「なんだって!片方の言い分だけ聞いて神父を悪人扱いするなんて、そっちこそ騙されてるんじゃないのか!」
「ど……どうしたの?」
混乱の仲、小さな箱を抱えた子どもたちが教会へ入ってきた。ここで何があったかは知らないようだが、教会内の雰囲気で緊張を隠せずにいた。
「私……私たちプレッツェル神父のためにプレゼントを用意したの」
緊迫した雰囲気は子どもたちの登場によって少し和らいだ。 そんな時、一人がある提案をする。
「私たちはこの二人を完全に信じることはできないけど、助けられたのも確かだ。だから、彼の潔白を証明するチャンスをあげないか?ちょうど私たちの連絡道路が堕神によって塞がれている。本当に神父ならそれを追い払えるはず。もし嘘なら、この機に乗じて逃げるはずだ!」
「あの数の堕神を彼一人でどうにかするの?もしほんとは良い人で、証明するために堕神と戦って命を落とすかもしれない……」
「ああ、でしたらご心配なく!この神父の力はあなたたちが見てきたものより強大ですよ!でなければどうやって戦場帰りの屈強な戦士を手にかけられましょうか!」
ブラッディマリーは人々を煽るチャンスを見逃さなかった。そして、彼の言葉で人々に迷いが生じた。
「彼にはその試練を乗り越える術がある。心配不要だ!」
私はブラッディマリーのその言葉で覚悟を決める。話し合いなど通じる状況ではないと判断したからだ。
私に残るのは自分を証明する必要があり、そのためには堕神をどうにかするしかない。
疫病の原因がわからない今、私が彼らを放っていっては、また疫病が蔓延してしまう。
それに、彼らは私が疫病を抑えたことで我らが主を信じていると言うのに、私がこうやって去ってしまっては信仰が消えてしまう。
「……わかりました。私が、堕神を退治してきましょう」
私がそう答えた後、ブラッディマリーは不敵な笑みを浮かべる。
それを見るに、今回は私が想像しているよりも危険かもしれない。
(だが、もう引けぬ……)
私は自分の中で燻っていた『悩み』を、放置していたーーそのために付け込まれたのだ。
(もしや奴は知っていたのかもな。私の『悩み』の正体を)
Ⅴ プレッツェル
プレッツェルはブラッディマリーのことをよく知っている。彼は『温かさを求める』が故に、多くの人々を手にかける。彼のこの欲求を、極めて恥ずべき事だと考えている。
彼がブラッディマリーの悪行を知って、ブラッディマリーの罠にかかってしまうまで、彼らは何度も相対している。
それでもなお、彼はやはりブラッディマリーがこのような手段で来ることは予想できなかった。
プレッツェルは今までに一度も自分の行為を理解できないと言う者たちの存在を気にしてこなかった。彼は常に主の意向に従い、聖典のもと、善人には善行を、悪人には制裁を加えてきた。
告解室であの片目を負傷した兵士の話を聞いた時、その者の心には人を殺めた事への悔いがあるとは感じられなかった。彼はおそらくこの一件で戦場での心地良さを思い出したのだろう。もう一度あの戦場の様に血肉に刃を突きつける捻くれた感覚を求めていた。
――だが誰もが知っていた、彼の傷ではもう戦場へ戻ることはできないと。
戦場での長期にわたる血の記憶は、本来純潔な魂を汚すには十分だった。
またプレッツェルは知っていた、人を殺める感覚を取り戻した兵士は、また同じ過ちを犯すと。今、彼が告解したところで、神はこのような存在を認めない。
神は寛容ではあるが、人の悪行によって怒る神でもある。だからこそ……プレッツェルは彼に『審判』を下した。
だがプレッツェルは知らなかった。そこに、彼を見る二つの眼があったことを。
ブラッディマリーは疫病を聞きつけた後に町へやってきた。彼は疫病に乗じて、血液の温かさを感じようと企んでいたが、そこでプレッツェルに出会うとは考えていなかった。
そこでプレッツェルが人を殺める現場を目にした。そして、この町でプレッツェルを消してしまえば、安心して温かさを追い求められると気づいたのだ。
町の最も重要な経済資源の源が堕神に占拠され、そこには多くの堕神がいると言う。もしそこへ食霊が単騎で挑む様なら生きて帰るのは難しい。
彼はそれに目をつけ堕神の好むものでさらに多くの堕神をおびき寄せておいた。プレッツェルが確実に生きては戻れぬよう。
堕神の駆除を提案した者も偶然思いついたわけではない。それもブラッディマリーの計画の一環だった。そうすることで彼自身に被害がなくなるからだ。
プレッツェルが出発する時、子供たちは皆教堂で祈りを捧げていた。彼が無事戻れるように、彼らと共に特別に用意したケーキを食べられるように。
プレッツェルが離れている間、『疫病』再度町へ猛威を振るっていた、二人の男性が立て続けに亡くなり、人々に恐怖を与えるブラッディマリーの話を信じる者も現れた。
だが死体に近寄ろうとする者はおらず、二日後に直接死体を燃やした。だからこそ誰も衣服の下に刺された様な深い傷跡があることに気づかなかった。
祈りが通じたのか、プレッツェルは帰ってきた。
プレッツェルの衣服はぼろぼろで、かなり負傷していた。だがそれでも苦痛や憎悪の表情はなく、人々が知るプレッツェルのままだった。
子どもたちの鳴き声の中、プレッツェルは彼らの頭を撫でながら皆に伝える。疫病の原因がわかったと。
疫病と言われていたが決してそうではなかった。
町が長年製造してきた金属。だがその一部には毒があり、それが歳月と共に岩や生活水に入ってしまったのだ。
堕神が坑道を占拠してから、坑道は衰廃していった。
一方で、付近の動物がそこに集まって生活しはじめ、毒素が動物の体内にたまり、それを狩って町に持ち帰った。そして、それを食べたものが病にかかったということだ。
さらには,商業用道路付近の通路はもう使用できず、坑道付近の水源から水を引いていたのが、病が蔓延し続けた原因だった。
幸いフォンダントケーキの作ったケーキには祝福の力がこもった薬が用いられており、蔓延を食い止めたが。もしそれがなければこんな簡単な原因に気付く時間さえ作り出せなかった。
説明を終えると、人々はもうプレッツェルを信じて疑う事がなかった。それどころか、簡単に人の嘘を信じた自分たちせめた。
プレッツェルは自分が離れている間に亡くなった二人の男性について調査した。そのうちの一人は彼に堕神討伐を提案した男だった。
プレッツェルは死体に不審な点を見つけたが、今はその巨悪の元凶を裁く事ができない。ブラッディマリーは彼が戻った時には既にこの町から消えていた。
プレッツェルはずっと『悩み』を抱えてきた。
神の名の元に下してきた『審判』。本当にそうだったのか?
――否。彼は許せなかったのだ、その者たちを。『審判』の名の元に、彼自身の判断で、『制裁』を加えていた相手が存在していたのだ。
本来であれば『審判』を下す際に、彼の感情は入ることなどは許されない。
だから見ないふりをしていた――気づかないふりをしていた。自らの『感情』から、目を逸らし続けていた。
そこをブラッディマリーに付け込まれた。きっと彼は気づいたのだ。プレッツェルの『欲望』に。
(もう私は迷わない……今こそ、認めよう)
プラッツェルは自分の『欲望』から目を逸らさない。そのような『迷い』に振り回されることなく、これからは真に神の名の元に『審判』を下す――そう強い決意を固めた。
この町での一件を『罪』として、すべて受け入れ、彼は再び立ち上がる。
(待っていろブラッディマリー!貴様の犯した罪の代償は、必ず払ってもらう)
そんな強い決意の元、プレッツェルはブラッディマリーを探すのだった。
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