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パスタキャッスルの悪夢・ストーリー

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パスタキャッスルの悪夢へ戻る

ある女はそう求めていた。

誰かの心が自分のところで留めるように。


ある少女はそう飢えていた。

愛というものなどを知るように。


ある女王はそう欲を張った。

手にすべきモノをすべて手に入れるように。


ある者はそう願っていた。

その人のそばにいつでもいられるように。


美しい人魚の歌声、傷を癒す真紅の雫、

零時の鐘と共に鳴り出すワルツ。


このディーゼ旅館は何かおかしい。


裏切りはプレリュード。虚言は勲章。

目に見えるもの全て、いったい、誰の嘆き?

パスタキャッスルの悪夢

プロローグ‐すべてのはじまり

星辰某日

ディーゼ旅館


 ボルシチは今日最後のお客さんを送り出し、大きく伸びをした。すると、背後でミネラルオイスターが、トントンと机を指で叩きはじめた。

ボルシチ:……オイスター、なあに? 何か言いたいことでもあるの?

ミネラルオイスター:いや。退屈だなー、と思ってさ。

 そう呟いて、ミネラルオイスターは不満げにドンドンドン!と激しくこぶしでテーブルを叩く。

ミネラルオイスターボルシチ! 俺は退屈だぞっ!! 俺のような優秀な人材をこんな状態においておくなんて、パスタは頭がおかしい! そうは思わないか、ボルシチ!!

ボルシチさて、どうかしらね……そんな貴方に、パスタからプレゼントよ。

ミネラルオイスター:ん? なんだ? 手紙?

ボルシチパスタが貴方に渡すように、と。これは『正式な仕事』の依頼です。

ボルシチ:以前行った海沿いの町を覚えてる? そこに今、法王庁の方が来ています。彼を手紙に記されている古城まで誘導してあげて。

 そう告げて、ボルシチは封蝋で閉じられた手紙と蒼藍色の宝石をミネラルオイスターに渡す。

ミネラルオイスターやっと『正式な依頼』かよ! へへっ、パスタもやっと俺の使い道がわかったか!

 目を細めて、ミネラルオイスターは幸せそうに笑った。その様子に、ボルシチは小さく嘆息する。

ミネラルオイスター:俺にかかればどんな依頼も余裕だぜ! じゃ、さっそく行ってくる!

ボルシチ:待って、オイスター。法王庁の方を傷つけてはダメよ。大変なことになるからね?

ミネラルオイスター:…………。

 ミネラルオイスターは不満げにボルシチを一睨みしてから出て行く。そんな彼を見送って、ボルシチは眉を顰めた。

 そのとき、パスタがカウンターの裏から現れる。

パスタ:どうした?

ボルシチパスタ、どうしてあの子を試すような真似をするの?

ジロリ、とボルシチがパスタを睨む。その視線を揚々とよけて、不敵にパスタは笑った。

パスタ:……皆に知らせたまえ、出発だ。

ボルシチ:(もう! 捻くれ者なんだから……!)


第1章‐パスタキャッスル

数日後

海沿いの町


 カソックに身を包んだ神父が、瓦礫に迸る血痕を見ていた。ここで昨晩、事故が起きた。彼は神妙な面持ちで十字を切った。

 そのとき、目の端に青い光が石の下から淡く漏れているのを見つけた。手を伸ばし、上に被さった石をどける。するとそこには、藍色に輝く石が落ちていた。

プレッツェル:(これは……?)

住民:おはようございます、神父様。

住民:あっ! それは、堕神が落とした石……!

プレッツェル:(これを、堕神が落としただと?)

 町民から郊外でもその石が発見されていると聞いて、プレッツェルは詳しく調べようと町を出た。

 町から少し出ると、目の前に荒野が広がっている。ここからは、いつ堕神に出くわしてもおかしくない。気を引き締めねば、とプレッツェルは襟を正した。

 そのとき、視線の先にひとり立ち尽くす少年の姿を見つけた。彼は真剣な表情を浮かべて、低く唸っている。

 少年は手にした蒼藍色の石を見つめている。それは、プレッツェルが先ほどまでいた町で見た石と同じもののように見えた。

ミネラルオイスター:おい、お前。なんで俺のことを見ている? 喧嘩売ってるのか?

プレッツェル:……いや、そんなことは――うっ!?

 その少年は勢いよくプレッツェルの足の脛を蹴り上げる。急な攻撃を仕掛けられ、プレッツェルは呻き声をあげて、しゃがみこんだ。

プレッツェル:(なんと乱暴な……! いきなり蹴ってくるとは……!)

 少年は、「フンッ」と鼻を鳴らし、プレッツェルの横を通りすぎていく。少年のことが気になったプレッツェルは、少年の後をついていくことにした。

 荒野を抜けると、そこには古城が聳え立っている。少年は古城を見上げ、また低く唸っている。その瞬間だった――耳を劈く方向が響き渡った。

ミネラルオイスター:堕神かっ!?

プレッツェル:……っ!

 少年は迷わず堕神の声がする方へと走り出す。忙しない少年に、若干の苦手意識を抱き、プレッツェルは小さく舌打ちをした。

プレッツェル:まさか……ひとりで戦う気か!

 ここいら一帯に現れる堕神は質が悪いと聞いている。さすがに放ってはおけないと、プレッツェルは少年の後を追い、門の向こうへと走っていった。


第2章‐薔薇夢境

 プレッツェルが庭園まで辿り着いたとき、その中央に倒れている少女と少女の横に立つ少年――ミネラルオイスターの姿を見つけた。

 ミネラルオイスターは少女を見下ろして言った。

ミネラルオイスター:……おい、大丈夫か?

 そう言った少年こそ、腕に大きな怪我を負っていた。

 堕神とひとり戦ったのだろう……プレッツェルは申し訳なさから目を細める。

 だが当の本人はまるで痛がる様子を見せない。あれほど血が出ているのだ、痛くない筈はない――それでも平静を装う少年に、プレッツェルは少々の好感を抱いた。

プレッツェル:(ふん……なかなか骨のある奴のようだな)

 そこでやっと少女が立ち上がり、大げさな悲鳴をあげた。

シュールストレミング:きゃあ! 貴方の腕、すごい怪我よ! 早く治療したほうがいいわ!

プレッツェル:(……もしや、この女は)

ミネラルオイスター:わっ! お、俺に触るな!

ミネラルオイスター(……っていうか、そもそもここはどこだ!? これじゃあ、パスタに頼まれた仕事が……!!)

 ミネラルオイスターは焦った。パスタにやっと頼まれた『正式な仕事』の依頼だというのに、案内役すらまともにできないなんて。このままではまずい――と本能的に感じる。

プレッツェル:失礼。あなたはここの主ですか?

シュールストレミング:違うわ。

プレッツェル:では何故貴方は、このようなところに?

シュールストレミング:ふふっ! 私はこの庭園のお世話をしているの。でもね、あんまり館の主人様はここに来てくれないの……何故かしら?

プレッツェル:その質問……私にしているのだろうか?

ミネラルオイスター:そんなこと、聞かれてわかるはずないだろ!

シュールストレミング:あらそう……残念。それじゃあ、その腕の手当てをしましょうか。私を助けて怪我しちゃったんだし!

 シュールストレミングは強引にミネラルオイスターの腕を引っ張って、そのまま引きずって歩き出す。

ミネラルオイスター:ぎゃっ!? 離せぇっ!!!

プレッツェル:(……なんて強引な女だ)

 喚くミネラルオイスターを、シュールストレミングはご機嫌な様子で引っ張っていく。

 プレッツェルはミネラルオイスターを放ってはおけず、警戒しつつ二人の後をついていった。

 そうしてシュールストレミングがミネラルオイスターを連れてきたのは、花園の奥にある病院だった。

 ミネラルオイスターが病院に連れ込まれそうになるのに気づき、プレッツェルはミネラルオイスターの腕を引っ張った。そして、少年の前に歩み出る。

プレッツェル:貴方は、こんな風に人を破滅に誘うのですか? セイレーン。

 プレッツェルの言葉に、シュールストレミングはぽかんとして小首を傾げる。

シュールストレミング:……神父様、どういう意味でしょう?

 プレッツェルはその問いかけには答えずに、手にした銃から花畑に向かって眩しい閃光を放つ。

 すると、歪な咆哮と共に花畑の下から堕神が姿を現した。

シュールストレミング:あら、見つかっちゃった。案外鋭いのね、神父さん。

ミネラルオイスター:お、お前! どういうつもりだ!! もしかしてさっきの堕神も――

プレッツェル:――言い訳があるなら、法王庁で聞きましょう。このような行いを見逃してあげるほど、私は優しくはありません。

シュールストレミング:……あら、残念。ねぇ神父さん、今のままでも十分いい男だけど、もうちょっと融通が利くと更にモテると思いますよ?

 フフッとシュールストレミングがねっとりとしたまなざしを向けて笑う。それと同時に、その背後に巨大な暗闇が立ち上がった。プレッツェルは息を呑んで再び銃を構えた。


第3章‐ゆらめく影

 プレッツェルとミネラルオイスターは、花畑の下から現れた堕神を倒すために共闘する。その様子を、少し離れた場所でシュールストレミングは観察していた。

 堕神は二人の猛撃に勢いを落としていく。息を切らしながらも、ミネラルオイスターは果敢に堕神に向かっていく。

 そのときだった。病院のドアが少しだけ開かれ、そこから何者かが攻撃をしてきたのは。

ミネラルオイスター:クッ――ど、どけっ!

プレッツェル:(……少年!? くっ! 私としたことが――)

 病院から放たれた攻撃は、ミネラルオイスターの足へと当たった。低く呻いて、ミネラルオイスターがその場に崩れ堕ちる。

 そして病院のドア向こうから走り去る足音が響く。プレッツェルはシュールストレミングがいた場所に目をやるが、そこにはもう彼女の姿はなかった。

 失態だ――とプレッツェルは歯軋りをする。よもや少年に庇われるとは……その事実に、プレッツェルは少年への評価を変えた。

ミネラルオイスター:お、俺のことはいい……から! あいつらを追いかけろよっ!!

プレッツェル:いや、今は敵を追うよりも、貴方の怪我が心配だ。手当をしよう。

 プレッツェルは有無を言わさず少年を背負いあげた。

ミネラルオイスター:え――わぁっ!? な、何をする、おろせ!!!

 しかし、プレッツェルは少年の言葉を聞き入れずに歩き出す。

プレッツェル:大人しくしているんだ……貴方の怪我は、私の責任だ。

ミネラルオイスター:だ、誰がお前に責任を感じてほしいと言った!? こんな怪我くらい痛くも痒くもない――

プレッツェル:うるさい。まずは手当てをする。これは、譲れない。

ミネラルオイスター:……なっ!?


 ――その時、古城の一角。

 ……コンコン。

 パスタの膝で居眠りをしていた少女が、ノックの音で目を覚ます。そんな少女の頭をパスタは優しく撫でて、再び眠りにつかせた。

 ボルシチはドアを開けると、そこにはシュールストレミングが立っていた。

ボルシチ:あら、随分と機嫌が良さそうね、彼らはどうだった?

シュールストレミング:ふたりとも、結構私のタイプかも! 安心して、ちゃんとサプライズを用意するから! ああ、楽しみ……!

ボルシチ:(……どうやら気に入られたみたいね。ご愁傷様、オイスター)


第4章‐故旧

 プレッツェルはミネラルオイスターを背負ったまま、眼前の洋館に、慣れた様子で躊躇なく入っていった。

ミネラルオイスター:お、おい……! 入っても大丈夫なのか!?

プレッツェル:ここのことは知っている……その怪我で歩かせるほど、俺は非道な男ではない。

ミネラルオイスター:……だったら俺をおろせ!!!

プレッツェル:……。

ミネラルオイスター:こんなの怪我のうちに入らないっ! いいから、お・ろ・せぇえええええ!!!

 ミネラルオイスターがじたばたともがきながら叫んだ。すると、その声に反応したかのように、突然矢が飛んできた。

 プレッツェルはすぐに気づいたが、暴れるミネラルオイスターを背負った状態ではうまくよけられない。そのまま通路の壁にぶつかってしまった。

 ――ゴツン。

ミネラルオイスター:あたたっ……!?

プレッツェル:……悪い。

ミネラルオイスター:だからっ! 俺をおろせばいいんだよ! こんな敵地で、人ひとり背負って、どうやって戦うつもりだ!

プレッツェル:避けるくらいは可能だ。

ミネラルオイスター:いや、今まさに避けられてなかっただろ!!

 そのとき、曲がり角の向こうから笑い声が起こる。その声は、プレッツェルにとっては聞き慣れたものだった。

ミネラルオイスター:おい!! 聞いてるのか!?

プレッツェル:……シッ! 黙って。

ミネラルオイスター:(……この野郎!!)

プレッツェル:(もし今の声が彼女なら、この部屋は……)

 プレッツェルは廊下の一番奥にあるドアを勢いよく開けた。

 そこは、綺麗に整った医務室だった。プレッツェルは、医療道具が棚に陳列された棚から包帯を取り出す。

ミネラルオイスター:(……こいつ、まるでここに薬品があるのを知ってたみたいだったぞ……? って、わっ!?)

 ミネラルオイスターは乱暴に医務室のベッドに放り出された。

ミネラルオイスター:て、手当てなんて必要ないっ!

プレッツェル:……このまま放置すれば悪化する。そのようなことは私の前では許されないことだ。

 矢に射抜かれたミネラルオイスターの足は、血で滲んでいた。

 手当てをするために、患部の周りの衣服を取り除かねばならないが、ミネラルオイスターの服は、複雑な構造をしている。脱がし方がよくわからない。

 プレッツェルは脱がすことを諦め、傷口付近の衣服を引き破いた。そして、容赦なく消毒液を傷口にぶちまけた。

ミネラルオイスター:うああーっ!! いっ、いてぇええええっ!!

 あまりの痛さに、ミネラルオイスターは喚き散らすしかできない。その目には、大粒の涙が浮かんでいた。

ミネラルオイスター:……こ、殺してやる……っ! よ、よくもこんなひどいことを……!

プレッツェル:手当てをしただけだろうが、人聞きの悪い。怪我の方はこれで安心だな。すぐに回復するだろう。

 食霊が怪我をした場合、流れる血とともに霊力が流れ出ることさえ防げれば手当てなど必要なかった。

 だから、包帯を巻く事にあまり意味はない。しかしプレッツェルは、丁寧に包帯を巻いた。それはまるで人間にする手当てのようだった。

 この消毒液は、彼が個人的に持っていた特別製であった。プレッツェルの言葉通り、流れていた血は止まり、傷口もすでに塞がりかけていた。

ミネラルオイスター:……くっ! あ、ありがとう――ございま、す……。

プレッツェル:ほう、この状況でお礼が言えるとは。あの男は、随分としっかり貴方を躾けたようですね。珍しく彼を見直しました。

 『あの男』というのはパスタのことか――疑問に思って質問しようと、ミネラルオイスターは立ち上がる。

ミネラルオイスター:おい、今のはどういう……わっ!?

プレッツェル:ん? どうした?

 ミネラルオイスターは、再びベッドに腰を下ろす。彼は青ざめて下半身を手で覆った。恐ろしいことに、手当てのためにズボンを引き裂かれたおかげで、下腹部が丸出しになってしまっていた。

ミネラルオイスター:……こ、このままじゃ行けない!!!

プレッツェル:何故だ? 足はもう動くはずだが。

ミネラルオイスター:お、お前のせいだぞっ……!

 そのとき、ドアが僅かに開かれた。プレッツェルは振り返る。

ブラッドソーセージふふっ! プレッツェルさまったら。その子、下半身が丸見えよ。

ブラッドソーセージプレッツェルさまにそんなご趣味があっただなんて……わたし、知らなかったわぁ。

 プレッツェルは立ち上がり、ドアまで移動し、勢いよく開け放った。だが、そこには誰もいない――チッ、とプレッツェルは舌打ちをした。

プレッツェル:――これは私の予備の服だ。着るといい。

 ミネラルオイスターに服を投げつけ、プレッツェルは病室を飛び出していった。

 ミネラルオイスターは急いで渡された服を羽織る。そして、廊下へと出てあたりを見回した。

ミネラルオイスター:(……あの野郎、どこに行きやがった?)

 すると、地下の方から大きな音が響いてきた。ミネラルオイスターは急いで階段を駆け下りて音の方へと向かっていく。

 地下牢では、プレッツェルが険しい表情で立っていた。その向かいには、先ほどの少女の姿が見える。少女はミネラルオイスターに気づき、ニッコリと笑顔を浮かべた。

ブラッドソーセージふふっ、あなたがミネラルオイスター? 初めまして、こんにちは。

ミネラルオイスター:……この女は? お前の知り合いか?

プレッツェル:彼女もセイレーンの仲間だ。貴方たちは、いったい何を企んでいるんです?

ブラッドソーセージ相変わらずお顔に生気がありませんよ、プレッツェルさま。わたしのことより、ご自分の心配をしたほうがよいかと存じますわ。

ブラッドソーセージ:……でもそんな心配、もう必要ないかな。だって、あなたたち、どうせここを生きて出ること、できないだろうしぃ?

ミネラルオイスター:(まさか、また堕神か!?)

 ブラッドソーセージは、地下牢から出て行く。そして、ゆっくりと後ずさりをして、サッと機械装置を取り出した。

 そして、ポチッと中央にあるボタンを押した。その瞬間ゴゴゴ、と嫌な音が響き渡った。

 激しく地面が揺れ、そこから先ほどの堕神が姿を現した。それは、先ほど花畑に出た堕神と同種のものだった。

ブラッドソーセージ:バイバーイ! せいぜい頑張ってね! フン!

 ブラッドソーセージはふたりを置いて、その場から去っていく。堕神が前にいるため、追いかけることはかなわない。ミネラルオイスターとプレッツェルは、戦闘態勢に入った。


第5章‐生死のはざまで

――ゴン。

 大きな爆発と共に、ミネラルオイスターとプレッツェルは地下から飛び出した。

 暫くして落ち着きを取り戻したミネラルオイスターは、プレッツェルに訊ねた。

ミネラルオイスター:はぁ、はぁ……おい、お前! さっきの奴とはいったいどんな関係なんだ? まさか……お前たち、愛し合ってるとか?

プレッツェル:なんと悍ましいことを……私は彼女の御侍を殺してしまいましてね。彼女とは、そこからの縁です。

ミネラルオイスター:……こ、殺っ――え?

プレッツェル:他にも何か? 聞きたいことがあれば答えるが。

ミネラルオイスター:い、いやもういい、十分……!

プレッツェル:ここは危険だ、君は帰った方がいい。何か用があると言っていただろう?

ミネラルオイスターあっ! そうだ……俺、仕事があったんだ! プレッツェルっていう神父を探してて――あれ?

 そう口にして、ミネラルオイスターは首を傾げた。この名前、どこかで聞いたぞ……そう思って顔を上げる。そうだ、確かこの男、さっきの女に、そんな風に呼ばれていたような――


 ミネラルオイスターとプレッツェルを危機に追いやったブラッドソーセージが部屋へと戻ってきた。

パスタブラッドソーセージ、遊びすぎだぞ。

ブラッドソーセージ:ふふっ、心が痛むのですか? 可愛い……やりすぎないか心配なら、どうしてわたしにあんな危険な装置を渡したのかしら。

パスタ:お前がそう簡単に、奴を殺してしまうとは思えないからだな。

 その言葉に、ニタリ、とブラッドソーセージは嘲笑った。

ブラッドソーセージ:そうね、死んだほうがマシだと思ってもらわないとね……簡単に、『死』なんて快楽、あげたくないもの……ふふっ。

 その笑い声に、パスタの膝で眠っていたスターゲイジーパイが目を覚ます。それに気づいたブラッドソーセージは、先ほどまでの歪な笑みから朗らかな微笑みに表情を変化させた。

ブラッドソーセージ:姫様! 目を覚まされましたか? おはようございます。

スターゲイジーパイうん! よく寝たよ~! あれ? ブラッドソーセージどうかした?

 スターゲイジーパイはまじまじとブラッドソーセージを見る。

スターゲイジーパイブラッドソーセージ、何か様子がおかしいよ? もしかして……誰かにいじめられた?

ブラッドソーセージ:……ううん。ただね、わたしの御侍様を殺した男――奴がここに来たの。でもわたし、勝てなくて……。

スターゲイジーパイあの男が……? 許さないわ! 私が説教してあげるんだから! いいでしょう? パスタ!!

 パスタは軽く頷き、スターゲイジーパイの首にかかったネックレスを手に取り、装飾された蒼藍の石に軽く口づけをした。

パスタ:楽しんでくるといい、私の言ったことは忘れるでないぞ?

スターゲイジーパイうん! 忘れないよ! パスタ大好きっ♪

 ボルシチは、スターゲイジーパイが勢いよく飛び出していく後ろ姿を、複雑そうに見送った。

パスタボルシチ、どうかしたのか?

ボルシチ:……オイスターは、最後にどちらを選ぶと思う? あの子からしたら、私たちは悪者よ。

 パスタはその質問には答えず、立ち上がって庭園の景色を眺める。

パスタ:……あいつはまだ本当の暗闇を知らない。

パスタ:もし受け入れられないとしても、法王庁――あの偽善者どもは、あいつを快く受け入れてくれるだろう。

 そのとき、パスタの手は震えていた。表情も普段は他人には絶対に見せないような、憂いを帯びたものだった。本人は、きっとそんな自分に気が付いていない。

ボルシチ:(……本当に、素直じゃないんだから。好きなら好きなほど、大切なら大切なほど信じられない――可哀そうな男!)

パスタ:まぁ、いい。選ぶのはあいつだ。好きにしたらいいさ。

ボルシチ(強がっちゃって……でも、たまにはこんなパスタを見るのも、悪くないしいいか)


第6章‐ワルツ

 ずっと一緒に戦っていた神父こそが、探していたプレッツェルだった。そして、そいつとなんと今、古城の舞踏会場にいる。

 パスタに頼まれたのは『プレッツェルという神父を、古城まで連れてくること』だった。ミネラルオイスターは、無事に任務を果たしたということだ。

 だが、安心してもいられない。目の前には、まるで生きているかのような人形がワルツを踊っている。なんとも悪趣味だ。この古城はなんなのだろう……?

 パスタたちとなんとかして連絡を取らなければ――ミネラルオイスターは頭を悩ませる。

ミネラルオイスター:……くそっ、どうしたらいいんだ!

プレッツェル:あの男に会いたいなら、先に進むしかないだろうな。

ミネラルオイスター:……あの男だと!?お前、何を知っている!?

プレッツェル:さて――私は何も知らない。だからこそ、ここに来たのだ。

ミネラルオイスター:(……まったく、訳がわからねぇっ!)

 舞踏会場を抜け、ふたりは更に先の部屋へと進む。そして暗がりの奥に隠し扉を発見した。

 プレッツェルが慎重にドアを開く。すると、中には光り輝く宝石や王冠、ネックレスが置かれていた。

 それらはすべて肖像画の上にあった――まるでその肖像画が身につけている装飾品のように。

ミネラルオイスター:……これは、収納室?

プレッツェル:(この肖像画は……まさか……)

 そのとき、背後でドアが開く音がした。プレッツェルは室内に入るときに間違いなくドアを閉めた――ということは、敵が現れたということだ。

 プレッツェルはすぐにミネラルオイスターの前に、彼を守るようにして立つ。

 ドアから入ってきたのは、その小さな体に見合わない大きな斧を持った少女だった。

スターゲイジーパイあなたがプレッツェル神父かしら? よくも、ブラッドソーセージを悲しませたわね! 許さないんだから!!


第7章‐選択

 堕神とスターゲイジーパイを退け、ミネラルオイスターとプレッツェルはなんとか大広間へと逃げおおせる。

 しかし、怪我を負ったミネラルオイスターの動きは鈍い。そんな彼を見逃さず、スターゲイジーパイは軽やかな足取りで少年に向かって斧を振りかざした。

 その瞬間、ピカッと彼女の胸元にあるペンダントが光った。

???:……スターゲイジーパイ、私が言った事を忘れるな。

???:プレッツェル、ミネラルオイスター――私は通路の奥にある大礼堂で、君たちを待っている。そこで、話をしよう。

スターゲイジーパイ:あーあ……つまんないのっ!

 スターゲイジーパイはその声に、思い切り床に向かって斧を振り下ろした。そして、長い溜息をついて、部屋から出て行く。

ミネラルオイスター(今の声はパスタ……?)

プレッツェル:どうかしたのか?

ミネラルオイスター:……なんでもない。

ミネラルオイスター(やっぱりパスタはここに来ているんだ……!)

プレッツェル:では行こうか。

ミネラルオイスター:ああ。


 ボルシチは手元の宝石を弄ぶパスタに、いい加減耐えかねて口を開いた。

ボルシチ……パスタ。

パスタ:なんだ?

ボルシチ:いいの? 本当に。

パスタ:同じ志を持たぬものは、仲間にはなれぬ。ここであいつが離脱するなら、それまで。

パスタ:私は、あいつに出て行くきっかけを与えてやってるに過ぎない。

ボルシチ:……まあいいわ。後悔だけはしないようにね。どうなっても私は、慰めてあげないから。


第8章‐答え

 ミネラルオイスターとプレッツェルは、長い階段を上っていた。

プレッツェル:少年……貴方はこの城の主人を知っているな?

ミネラルオイスター:な!?

ミネラルオイスター:し、知らねーよ!! 知る筈ねーし!!

プレッツェル:さすがにそこまであからさまな態度に出られると、対応に困るのだが。

ミネラルオイスター:……うっ!

プレッツェルまだ自己紹介を聞いてなかったが……貴方はおそらくミネラルオイスターだろう。聞いたことがある。

ミネラルオイスターみ、ミネラルオイスター!? だ、誰のことかな!

プレッツェル:……声が裏返ってるぞ。

ミネラルオイスター:うっ……!

プレッツェル:オイスター……貴方は彼らと相いれるべき存在ではない。貴方は私を何度となく助け、共に戦ってくれた。この件が終わったら、私と共に法王庁へ行こう。

ミネラルオイスター:…………。

 ミネラルオイスターは、プレッツェルの質問に答えられない。パスタが何をやっているのか――まるでわからないからだ。

 そんな不安の中、オイスターはパスタの待つ最奥の大礼堂までやってきた。すると、そこには王座に腰掛け、蒼藍の石を手に持ったパスタの姿があった。

パスタ:ようやく来たか、随分待ったぞ。

プレッツェル:貴方は……純粋な少年を騙して、私をここまで連れてこさせた……こうまでして私をこんな場所へと誘いこむとは――大した王様ですね。

パスタ:君たち法王庁に、こそこそ嗅ぎ回らせてやるのも、いい加減鬱陶しくなったものでな。

ミネラルオイスター……パスタ。

パスタ:オイスター、初任務ご苦労。よくやった。

ミネラルオイスター……パスタ! 俺には訳がわからない! ちゃんと説明しろ!

パスタ:――お前はずっと言っていたな。『私たちの仲間になりたい』、『正式な仕事をこなしたい』と。

パスタ:任務を終えたお前に改めて問おう。お前は――彼と私、どちらの味方になる?

 パスタの言葉に、ミネラルオイスターは答えられない。混乱して、頭が真っ白になっていた。

パスタ:――『仲間になる』と自ら言えないような者は私の傍にはいらない……今からお前は私の敵だ。

パスタ:紹介しよう、これは私が多大な霊力をもって創り上げた堕神――幽骸。すでに何度か戦った相手だ。

 プレッツェルは黙ってその様子を見ている。頭はいいが、この男は相当に鈍いと――目の前の王様に、苦い気持ちになった。

ミネラルオイスター――パスタ! 俺は……!!

パスタ:もう遅い。幽骸、行け……こいつらの相手をしてやれ!


エピローグ‐終結

 幽骸は二人の猛撃に耐え切れず、最後は悔しげな咆哮をあげてその場に崩れ落ちた。王座に腰掛けていたパスタは失望の眼差しで幽骸を見る。

パスタ:――使えない屑め。この程度の堕神は、私には必要ないな。

 パスタは倒れている幽骸を軽く蹴る。そして嘆息と共に、ミネラルオイスターとプレッツェルに振り返る。

 パスタはまっすぐにミネラルオイスターを見つめる。そのまなざしはぶれることなく、強い光を宿していた。

パスタ……プレッツェル神父よ、新しい同志を連れてここから立ち去るがいい。それは、なかなか役に立つ者だ。

 そうパスタが呟いたとき、幽骸の体が微かに動いた。

 パスタは小さく舌打ちし、手にした武器を構える。その瞬間、パスタの前にミネラルオイスターが飛び出してきた。

 幽骸の頭をミネラルオイスターは勢いよく蹴り上げた。そして、そのままその手でパスタをぶん殴った。

ミネラルオイスターパスター!! このバカ野郎ー!!

 ミネラルオイスターは、力の限り叫んだ。まさか彼から殴られるとは思っていなかったパスタは、ただただ茫然としている。

ミネラルオイスター:お、俺にはお前がどうしてこんなことをするのかまるで理解できない……でもな!!

ミネラルオイスター:俺が帰る場所は! お前のところなんだよ! これだけは何があったって変わらないんだ!

ミネラルオイスター:お前が俺を試そうが、利用しようが構わない! どう扱われたってな、お前が相手なら、俺はいいんだ! 俺がやりたくない事を強要されたって、お前なら許す!

ミネラルオイスター:なのに、なんでお前は勝手に俺が法王庁に行くとか決めつけてんだよ! この捻くれ者の大バカ野郎!!

パスタ:……オイスター。

 パスタは何も言えない。ただ黙って、オイスターを見つめた。

ミネラルオイスター:俺の答えはひとつだ! 俺はどこにも行かない――ずっとずっと……俺のいる場所は、お前の隣だ!!

パスタ:お前は……。

ミネラルオイスター:なんか言いたいことがあるなら言えよ! まだ俺を試したいか!? 言えよ、何でもやってやるから!!

パスタ:オイスター……お前ってやつは――ハハハハッ……!!

ミネラルオイスター:(……何を笑ってやがる?)

 訝し気にミネラルオイスターはパスタを見る。するとパスタは自分の首にかかった蒼藍の石を外し、ミネラルオイスターの首にかけた。

 パスタはオイスターの前に出て、視線をプレッツェルに向けた。

パスタプレッツェル殿、申し訳ない。彼は私を選んだようだ。

プレッツェル:……オイスターはただ貴方に誑かされているだけです。いつの日かその道が神に忌み嫌われているものだと気付くでしょう。

パスタ:ふん、また法王庁のくだらない理屈か。この世界に神などいない! あるのは偽善に覆い隠された悪意だけだ!

プレッツェル:……悲しき道に迷いし人よ。

パスタ:ここで君を始末しようと思ったが、今は気分がいい。このまま見逃してやる――法王庁の奴らに伝えろ。二度と我らの邪魔をしないようにとな!

プレッツェル:待ちなさいっ……!!

 プレッツェルはそう叫んで二人を追おうとしたが、大きな爆発音と共に数えきれないほどの落石が降り注ぎ、足を止めざるを得なかった。そうして、ふたりが立ち去る様子を、静かに見守った。


 プレッツェルは夕日の照らす廃墟の中で、しばらく立ち尽くしていた。若干の後悔と、抗いきれぬ感情を拭い捨てるように、大きく頭を振った。

プレッツェル:(帰って仲間に報告しよう……これからのことを相談しないとな)


 無事大礼堂から脱出したパスタは、ミネラルオイスターを連れて庭園の外へと向かう。

ボルシチ良かった! 二人とも無事だったのね……ってあら? パスタ、その顔どうしたの?

パスタ……ボルシチ。

ボルシチ:誰にやられたの!? すごいじゃない!

 嬉々として訊ねるボルシチに、パスタは苦笑いを浮かべるしかできない。

ボルシチねぇ教えてよ、オイスター! 一緒にいたなら知ってるわよね!? もしかしてプレッツェルにやられた?

ミネラルオイスター:えっと……それは。

パスタ:オイスター! もう行くぞ!

ボルシチ:なによ……教えてくれてもいいじゃない。ん?

 そのとき、ボルシチはオイスターの首元に輝く見慣れた蒼藍の石を見て、驚きで思わず声をあげそうになる。いろいろあったが、おさまるべき形におさまったのだ――それがわかってボルシチは嬉しくなる。

 この世界が光のない暗闇に包まれていたとしても、傍にいてくれる仲間がいるのなら、寂しくはない。

 これからもみんなで一緒に歩いていける――ボルシチは共に歩く二人を見て、柔らかく微笑んだのだった。


薔薇の庭

憤怒の堕神

 ミネラルオイスター、シュールストレミング、プレッツェルの三人は、薔薇の咲き乱れる花園を歩いていた。

ミネラルオイスター:あーもう! なんでこの花園は迷宮みたいになってるんだよ!

シュールストレミング:ふふっ、とても綺麗な庭園でしょう? ここは昔、帝国の君主が使っていた宮殿なのよ。そのあと私たちが見つけて買い取ったの。

ミネラルオイスター:……私たち?

シュールストレミング:ええ、私の雇い主とその仲間よ。

 怪しい、とミネラルオイスターは思う。何故自分の敷地内に堕神が現れて、平然としているのか?

ミネラルオイスター:クソッ! なんなんだ、いったい!!

 この女の目的がまるでわからない。ミネラルオイスターは苛立ちを隠せず、頭を掻きむしった。

プレッツェル:(この女……やはり『彼奴』の仲間か?)

 であれば、十分な警戒が必要である。プレッツェルは息を呑んで女を観察する。

ミネラルオイスター:あの堕神はなんだ? ここは、お前たちの城なんだろ! 教えろ!

シュールストレミング:私に聞かれても、そんなこと知らない……。

ミネラルオイスター:お前もここに住んでるんだろう! 自分の住まいにあんな堕神が現れて平気なのか!

シュールストレミング:し、知らないってば! そんなところで静観してないで助けてよ、神父様!

 シュールストレミングはスッとプレッツェルの背後に隠れる。

プレッツェル:……。

プレッツェル:(やはり、これは『彼奴』の狂言か? だとしたら、決して弄ばれる訳にはいかぬな)


ほろよいボルシチ

 ボルシチはビールを片手に高々と突き上げた。

ボルシチ:ほら! 一緒に飲みましょう、オイスター! ヒック!

ミネラルオイスター:離せよ! ホント、お前は酒癖悪いな!

ボルシチ:オイスター! そんなつれないこと言わないの! ほらほらー、一緒に飲みましょうよ~!

 顔は赤くなって、呂律も回っていない。完全に酔っぱらっているボルシチは、オイスターを背後から抱き締めて、その耳元で囁く。

 そのとき、裏口からノック音が聞こえる。オイスターは強引にボルシチを引き剥がし、ドアを開けた。

パスタ:……どうした? 何かあったか?

ボルシチ:男なんて! 男なんてみーんな大嘘つきなんだから! 貴方達もそうよ! ヒーック!

 パスタとオイスターは、複雑な心境でガブガブと酒を飲むボルシチを見る。

ミネラルオイスターこんな感じで……ボルシチが酔っぱらってて。

パスタ:……。

ボルシチヒック! オイスター!! パスタはねぇ、大嘘つきさんなの! そんな嘘つき軽薄男は放っておいて、お姉さんと旅館をやりましょ!

パスタ:……おい。随分な言われようだな。

ミネラルオイスター……ボルシチ、大丈夫か? もう酒はやめた方が――

ボルシチ:嫌よ、まだ飲むわ……ヒーィック!! ふぅ……すぅ、すぅ、すぅ……。

ミネラルオイスター……悪い、ボルシチは寝てしまったみたいだ。

パスタ:まあいい、また明日来るとしよう。

ミネラルオイスターパスタ、何かまた事件か? だったら俺が聞いて、ボルシチに伝えておくぞ!

パスタ:まだその時ではない。

 ミネラルオイスターは、パスタの離れて行く後ろ姿を見て拳を握りしめた。いつになったら自分は彼に認められるのか――それがわからず、どうしようもなく悔しかった。


彼奴の影

 花園から現れた堕ち神は、オイスターとプレッツェルが協力し、見事打ち倒した。

 それを物陰から見ていたシュールストレミングは、感嘆の息を漏らした。

シュールストレミング:(意外と強いな、二人とも)

 もう少し彼らが痛めつけられるシーンが見たかったな――と、シュールストレミングは少しだけ残念な気持ちになる。

 彼らは美しい……いたぶられてあげる悲鳴はさぞ艶っぽくて魅力的に違いない。どうしようもなく「それを見たい」という感情に揺さぶられた。

シュールストレミング:(もっと強い敵が出てこないとダメだわ……)

シュールストレミング:貴方たち、すごく強いわね。驚いちゃったわ。

 シュールストレミングは笑顔を浮かべ、神父と少年の前に出てきた。あんな恐ろしい堕神が出てきたのに、随分と落ち着いている――

ミネラルオイスター:(……この女、やっぱ怪しい)

プレッツェル:(……間違いない。こいつは、『彼奴』の仲間だ)

ミネラルオイスター:お前はいったい、何者だ? 誰に雇われてる?

プレッツェル:…………。

シュールストレミング:え? やだぁ……そんなのは、秘密よ!

ミネラルオイスター:なんでだ? 言えない理由があるのか?

 シュールストレミングは何も答えず、肩を竦めた。

プレッツェル:……もういい、行こう。

 プレッツェルはシュールストレミングの背後に、『彼奴』がいることに確信を抱いた。それならば、これ以上の会話は不要、とミネラルオイスターの手を引いて歩き出した。


記憶のかけら

 ミネラルオイスターが目を開けると、そこはほのかな風が海水を運んでくる海沿いの町だった。

 ミネラルオイスターはこの町を知っていた。以前パスタたちと来たことがある――だが、そのときの記憶より、この町は活気に溢れていた。

 不思議に思ってあたりを見回すと、少女がひとり、高々と新聞を掲げながら走って来る。

新聞売り:号外号外ー! 警察が、とうとう夜間外出禁止令を発表したよー!

 新聞屋の声に、ミネラルオイスターは手を挙げた。

住民:おい! 俺にも一つくれっ!

 オイスターはポケットから金貨を一枚取り出して、少女に手渡した。そして、受け取った新聞を見ると、一面に大きな見出しで『夜間外出禁止令』の文字が書かれていた。

『夜間外出禁止通知:近日、失踪事件が多発しています。市民の安全を守るため、本日から、十時以降の外出を禁止します。外出が必要な場合は事前に警察への申請が必要です。』

ミネラルオイスター:(……外出禁止? 失踪事件?)

 そこでやっとオイスターは気が付いた。今見えている情景は、自分のものではない。誰かの目を通して見ている『記憶』だと。

住民:あらら、どうしたものか……警察でも犯人を捕まえられないなんて

住民:大変だよね。ほら、隣のお婆さんの息子さん。彼も失踪したって。

住民:らしいな。まだ死体は見つかってないらしいが。

住民:ちょっとちょっと! 死体なんて! 縁起でもないこと言わないの!

住民:悪い。ただ今回は若い男が失踪してるらしいぜ。以前のように女子どもがいなくなるのとは違う……。

住民:若い男に太刀打ちできない相手が犯人かもしれないってこと?

住民:まぁ、警察は何か知ってるかもしれないが、俺たち住民にはそんな話題は入ってこないしな。警戒するしかないな。


あの子たちのお茶会

スターゲイジーパイ:このっ、卑怯者ーっ!

キルシュトルテ:ふん、低能で単純な姫よ。毎日アフタヌーンティーなど嗜んでいるから君は……ふむ、このスイーツは悪くないな。いただこうか。

スターゲイジーパイだ、ダメよっ! それはブラッドソーセージからもらったものなんだから!

 スターゲイジーパイは、傍らに座るキルシュトルテにご立腹な様子で、自分のスカートを両手の拳で握りしめ、頬を膨らませていた。

 パスタは二人の言い争いに割って入る気配もなく、ブラッドソーセージが持ってきた紅茶を優雅に飲んでいる。その脇に座るボルシチは、手を伸ばしてスイーツをつまむと、ひょいと口に投げ入れた。

ボルシチねぇパスタ。貴方、いつになったらミネラルオイスターにこの子たちを紹介するの?

パスタ:今はまだ早い。いずれ、な。

ボルシチ:蒼藍の石のことも、黙っておくの?

パスタ:そのつもりだが……君は、今の彼が我々の行いを受け入れてくれると本気で思っているのか?

ボルシチ:……それは。

 パスタは溜息混じりに立ち上がり、スターゲイジーパイの前に立ちふさがった。

スターゲイジーパイパ、パスタぁ……! キルシュトルテがわたしのスイーツを――

パスタブラッドソーセージにもっと作ってもらえばいい。君のためならいくらでも作ってくれるはずだ、そうだろう?

 パスタの言い草に、ブラッドソーセージは眉を顰めた。だがパスタに見つめられ、大人しく首を縦に振った。

ブラッドソーセージ:そうですね。姫様のために、スイーツを作ってあげられるのは最高の栄誉ですわ。私は『姫様が望む』なら、お菓子でもなんでも作りますわ。それが、私の幸せですからね!


冷たい薔薇

 襲ってきた堕神を片付けて、プレッツェルはしゃがみこんで真剣に花の観察をしはじめた。その赤い花は白い手袋の上だと余計に目を引いた。

 シュールストレミングは彼のそばへ来て、ゆっくりと頭を傾けて覗き込む。そして楽しそうに言った。

シュールストレミング:どう? 私が育てた花は?

プレッツェル:……さて。

シュールストレミング:気に入ったなら、あなた達が帰る時にプレゼントしましょうか?

プレッツェル:……以前、法王庁ではある失踪事件を取り扱っていた。誰も失踪した者たちがどこへ行ったのか知らなかった。

シュールストレミング:えー? なになに? 怖い話?

プレッツェル:その町にも一面の綺麗な花畑があった。

シュールストレミング:ふぅん……私の花畑にケチをつけるのはやめてほしいな。

 そう拗ねた口調で訴える女を、プレッツェルはジロリと睨みつける。

プレッツェル:あの人たちは、どこへ行ってしまったでしょうか? セイレーン。もしかしたら、貴方はご存知かもしれませんね。

ミネラルオイスター:おい! 二人とも何してる! はやく来いよっ!

シュールストレミング:わわっ、あの子怒ってるわ、こわーい! 行きましょ、神父様!

プレッツェル:(彼奴と比べたら、セイレーンの演技は少し雑だな……こんな女も手元に置くのか、奴は)


ディーゼの願い

 パスタは旅館の机に腰掛け、眉を顰めながら、束ねられた『嘆願書』を見ていた。

パスタ:家の猫が逃げ出した、彼女と喧嘩した、息子が真面目に勉強しない……なんだこれは。

ボルシチ:私に聞かれても困るわ。

パスタ:何があった?

ボルシチ:最近、法王庁の勢力がここまで伸びてるみたい。それで、法王庁(かれら)に助けを求めると、自ら解決できる手段を教えてもらえるんですって。

ボルシチ:個人では難しい問題なら、法王庁からも人を派遣してもらえるんだって。その中には、食霊もいるらしいわ。

パスタ:また法王庁の奴らか……。

ボルシチ:町の破落戸(ごろつき)連中にも、法王庁が仕事を与えたみたいね。はあ……私たちも少しやり方を変えてみない?

パスタ:幽骸を育てるには、まだ大量の悪意が必要だ。このままでは計画が奴らに台無しにされる……チッ、そろそろ奴らに宣戦布告するときが来たようだな。


人魚伝説

 ナイフラストから少し離れたとある町にて――町の中心にある白い噴水の前で、多くの子どもたちが一人の男性を取り囲んでいる。彼は子どもたちに優しく微笑みながら、昔話をしていた。

ビール:僕が行ったとある町でね、人魚の伝説がまことしやかに囁かれる町があったんだ。

女の子:人魚? 人魚ってすっごく綺麗なお姉さんなんだよね?

ビール:そうだよ、人魚たちはすごく綺麗な女性ばかりだったって言われている。けれど、同時にとても危険な存在でもあったんだ。

 ビールは真顔になって息を吸い込み、静かに語り始める――

 昔々、一人の美しい人魚が辛い痛みに耐えて、海底から陸地へとやって来た。その人魚は、人間の言う『幸福の感情』を知りたいと願っていた。

 ――ここが不幸なポイントだ。人魚は『幸福』を『愛情』と同等のものと受け止めていた。

 だが海底からやって来たその人魚は、その異形な姿も手伝って人間から『愛情』を得ることはできなかった……淡々と、ビールはそう語った。

女の子:それで? その人魚はどうしたの?

ビール:人魚はね、特殊な歌声を持っているんだ。その歌声を聞いたものは皆、その人魚の虜になってしまうんだ。

女の子:それだと人魚のお歌を聞いた人は、みんな、人魚を好きになっちゃう?

 そこでビールは諦観した笑みを浮かべた。

ビール:そうだ。人魚はそうして人間から愛情を手に入れた。だが、それはすべて他の者たちへ向けられていた愛情を奪ったものだった。

女の子:えええ!? それじゃあ、愛情を奪われた女の子達がかわいそうだよっ!

ビール:そうだね。あと、強引に奪った感情は、長くは続かないんだ。誰かを好きになったとき、言葉にはできなくとも必ず『理由』が存在するからね。

 彼女の歌を聞いて、その虜となった王子たちは、時間の流れとともに目の前の人魚が、自分が真に愛する者ではないと気付いてしまう。

女の子:そ、それで……? どうなっちゃうの?

ビール:その後かい? 人魚は悲しみにくれ、海底に帰って行った。そのまま誰も彼女の姿を見た者はいない――そこで、この伝説は終わりだ。

 ビールは視線を落とす。悲哀に満ちた表情で、ゆっくりと首を横に振った。

女の子:そうなの……それはそれで、その人魚さんも可哀そうだね。

ビール:さぁどうかな? 本当にその人魚がいなくなったかは……誰にもわからないからね。今でもどこぞの王に仕えているかもしれないよ。


医院

地下室

 ボルシチは幽骸を閉じ込めている地下牢へと向かった時、床に広がる血痕を見つけ、驚いて悲鳴をあげる。

 更に、その血痕の中心にいる人物に、ボルシチは驚いて、慌てて階段を駆け下りた。

ボルシチパスタ! 大丈夫!?

パスタ:問題ない、擦り傷だ。

ボルシチ:これが擦り傷ですって? 腕を見せなさいっ!

パスタ:っく――もっと優しく頼む……!

ボルシチ:(この人は……いつもいつも、無茶ばっかりっ!)

ボルシチ:また制御が外れたの!? どうしてよ! いつも決まってあなたが見に来た時だわ!

パスタ:こいつの原点は私だからな。悪念の根源が目の前にいれば、荒れるのは当然だろう。だが、大丈夫だ。少し躾けてやれば、すぐに正気を取り戻す。

ボルシチ:正気……ね。

 部屋の隅で、幽骸はひどく怯えている。これが『正気』か、と少々ボルシチは呆れてしまう。

 たとえ暴走しても、『蒼藍の石』があれば幽骸を制御できると――その代償に、たとえ腕を怪我したとしても、問題ないというのか。

パスタ:私は大丈夫だ。この程度では――死なぬ。

 まだ完全な形でない堕神――それが幽骸だ。そんな状態でも、暴走をしたら怪我をさせられる。パスタの腕を見て、ボルシチは心配になる。

ボルシチ:今は制御できたとしても、今後もっと悪意を吸収して成長したらどうなるか……もしその時また貴方が襲われるようなことがあったらどうするの?

パスタ:そんな日が来ないことを祈るしかない。私はこいつを諦めるつもりはないからな。

ボルシチ:(そんなに目を輝かせて……この人、本当に仕方ない人ね。ま、そんな人の傍にいつまでもいる私も、大概だけどね!)


カール夫人

 プレッツェルは、軽い眩暈を感じて溜息をつく。またか――とゆっくり目を開くと、そこはやはりあの地下室だった。

プレッツェル:(さて……この記憶はいったい誰の記憶なのか)

 この肉体の持ち主は、刺すような痛みが走る指先を押さえながら、しわくちゃになったカルテに何かを必死で書き留めている。

 『他人を犠牲にして得た、罪で汚れた余生などいらない。もう疲れました。 さようならカール、愛しています……』

 だが、悲痛な叫びを書き記したその手紙は、無常にも上から伸びてきた手にあっさりと取り上げられてしまう。

 彼女は悲しみのあまり嗚咽をあげた。なぜなら両足を鎖で繋がれ、自由を奪われていたため、泣くくらいしかできなかったからだ。

ブラッドソーセージ:わたしの愛しい夫人さま。まさかあなたは、せっかく御侍さまが救ってくれたその命をお捨てになるおつもりなの?

カール夫人:返してっ! その手紙を返して……うぅっ……もう許してちょうだい。こんな姿になってまで、生きる必要なんてないわ!

ブラッドソーセージ:安心して、夫人さま。御侍さまにとって、あなたはいつまでも綺麗なままですから。

カール夫人:カールが……もしもカールが真相を知ってしまったら……彼はきっと自分を責めるわ! 優しい人だもの!

ブラッドソーセージ:大丈夫ですよ、夫人さま。このことを御侍さまが知ることはありません。あんなにたくさんの人を実験材料にしてしまったなんて真実を知ったら、さぞ悲しむでしょうから。

カール夫人:……わ、私、知ってるんだから! 私のこの病気は、あんたのせいじゃない! あの日、私におかしな注射をしたでしょう!

ブラッドソーセージ:あら、夫人さま、ご存知だったのですね。

ブラッドソーセージ:でも安心してくださいね……? 今こうしている間も、御侍さまは必死になってあなたを救おうとしてらっしゃいます。

カール夫人:もっともらしいことを言うのはやめて! 全部、あなたのせいなんだから! 私もカールも、あなたさえいなければ……!

ブラッドソーセージ:夫人さま、そんなに怒るとお体に悪いですよ? どうか、落ち着いてくださいね。

ブラッドソーセージ:あっ、それから、これはわたしが預かっておきますね。こんなもので自分や御侍さまを傷つけようなんて……あまりにも恐ろしいですから。

カール夫人:あ、あなたという人は……!

 ブラッドソーセージは枕の下に置かれた、磨かれて鋭く尖った木の枝を手にして立ち去った。女はただひとり涙に咽ぶことしかできなかった。

 プレッツェルは、この記憶の主がひどく胸を痛めていることに気づいた。

 このように苦しむ者を見るのは、プレッツェル自身、息が詰まってしまう。不憫に思い、彼女のために祈った。

プレッツェル:(今のは……カール夫人の記憶だったか)


カール先生

 ふと目を覚ましたミネラルオイスターは、目の前に広がる光景に、ただただ驚いた。月明りに照らされる、燃え上がる病院――そして……祈祷の句を読むプレッツェルの姿がそこにあった。

ミネラルオイスター:(ここは……どこだ? 何が起きている……?)

カール御侍:誰がこんなことを……! どうして私の研究の邪魔を! 私の病院にはまだ妻が! 妻がまだ中にいるんだ……!

カール御侍:ブラッドソーセージ……そうだ、あいつはどこだ? あの子が持ってくる血液サンプルなら、きっと彼女を救える……!

 ミネラルオイスターが意識を乗り移らせている男――カール御侍は、病院に入るため走り出した。だがすぐに、プレッツェルに止められてしまう。

プレッツェルブラッドソーセージは神の審判を受けました。カール御侍、貴方は医者としてしてはならぬ悪事に手を染めてしまった。

ミネラルオイスター(審判? プレッツェル……何をする気だ)

カール御侍:私にもう一ヶ月……いや、半月でいい! 必ず彼らを救う薬を作る! どうか時間をくれっ!

カール御侍:私には救えるっ! 全ての病人を治すことができる! 彼らが捧げた代価は無駄にはならないっ!

プレッツェル:彼らはすでに死んでいます。貴方の手によって、貴方の妻も同じように死にながら動く死体となりました。地下室にあるのは綺麗に保管された死体にすぎません。

プレッツェル:神は貴方の罪を許しましょう。審判を受け入れるのです。

カール御侍:嫌だ……嫌だ……認めない……!!

カール御侍:ブラッドソーセージが私を騙すわけがない! 入院していた者は、皆元気になって退院した! 妻だって、日に日に良くなっていたんだ! お前の言うことなんて、誰が信じるものか!

プレッツェル:悲しき人よ。

 心に痛みを感じながら、ミネラルオイスターは、体から意識が離れていくのを感じる。その掠れる意識の中、プレッツェルがカール御侍に銃を向けているのを見た――

プレッツェル:安らかに眠りなさい。貴方に……神のご慈悲がありますように。

カール御侍:うわぁあああああー!!!!!!!


真っ赤な酒

 ビールは、閉鎖された病院に足を運ぶ。そこは今では孤児院となっており、多くの子どもたちが今は歌いながら庭で遊んでいた。

女の子:カール先生がお酒を飲んでー、千鳥足で歩いてゆく~♪ 子どもたちは尋ねるよ~、どうしたの? どうしたの? お酒を持って放さないカール様ぁ~!

女の子:カール先生は首を振る~! ワインを探すも見つけられない~! 彼の妻は家でそんな夫を嘆いてる~!

女の子:ワインを持つのは誰だ? 彼だ~! 彼がカールのお友達~♪

 子どもたちは赤い帯を持ち、歌い終わると同時にゴールへ向かって走る。先に『カール』に赤い帯を渡した子が、この遊びの勝者となる。

ビール:君たち、なかなか上手く歌えるようになったね。僕に会えない間、寂しくはなかったかい?

女の子:寂しかった! ビール兄さん、帰って来るの遅いよぅ!

孤児院院長:おかえりなさい、ビール先生。子どもたちはみんな、あなたの帰りを待っていましたよ。

 庭を離れ、ビールと院長は孤児院の奥へと歩いていく。子どもたちの笑い声が遠ざかり、残るのは二人の足音だけとなった。

孤児院院長:この孤児院に来たばかりのときは、まだあの病院の噂ばかりでした。ここへ来るのはせいぜい帰る家のない孤児たちくらいで……。

ビール:あの出来事はあまりにも恐ろしいものでした。みんなが怖がるのも無理はないでしょう。

孤児院院長:そうですね……もし貴方が歌で遊ぶことを教えなかったら、彼らはまだその恐怖を克服できていなかったでしょう。ありがとうございます。

孤児院院長:そうそう……最近、少し気になる部屋を見つけたのです。どうするべきか貴方に聞こうと思っておりました。

 院長はビールと共に地下にある牢屋へと向かった。

ビール:……鼻を刺すような血の匂い――この世界の罪は、歌のようにはいきませんね。

ビール:子どもたちも『罪』については理解しているはずです。だからこそ危険と堕落を避けられるのでしょう。

孤児院院長:それは……。

ビール:失礼しました。ただの独り言です。子どもたちの世界が、歌と同じだと願っています。

孤児院院長:美しい世界ですね。

ビール:素敵な世界だと思いますよ。貴方はそう思いませんか?

孤児院院長:そうですね……歌のように、美しい世界は『ある』と思います。きっと、その方が幸せになれますから。


「友よ」

 暗い闇に覆われた階段の先で、ブラッドソーセージはスターゲイジーパイが戻ってくるのを待っていた。

スターゲイジーパイごめんなさい、ブラッドソーセージ。パスタがこれくらいにしておけと言うから……!

ブラッドソーセージ:いいのよ、嬉しいわ。貴方がわたしのためにここまでしてくれるなんて。

 ブラッドソーセージは、スターゲイジーパイの肩を優しく抱き寄せ、彼女の髪を撫でた。

ブラッドソーセージ:きっとまた、チャンスはありますから。そんなに悲しまないで?

スターゲイジーパイでも、せっかくの機会だったのに……わたしも、ブラッドソーセージのお役に立ちたかった……。

ブラッドソーセージいいえ。わたしは貴方のお側にいられるだけで十分なのです、スターゲイジーパイ。

スターゲイジーパイ:……本当?

ブラッドソーセージもちろんですとも。スターゲイジーパイは永遠に、わたしのお姫様です。

スターゲイジーパイ:よかったぁ……! わたしにここまで尽くしてくれるのはあなただけね。ふふっ、好きよ。ブラッドソーセージ

ブラッドソーセージありがとうございます……そういえばスターゲイジーパイ、あの男はどうでした?

スターゲイジーパイ:ええ、なかなか腕の立つ男ですね。

ブラッドソーセージ:お姫様よりもですか?

スターゲイジーパイ:ふふ、まさか。わたしの右に立つ者などはいません。

ブラッドソーセージ:それならよかったです。万が一、あなたが怪我をしてしまったことなど考えると、わたしはそれだけで倒れてしまいそうになります。

スターゲイジーパイ:そんなことありえないから! 次戦ったら、絶対わたしが勝つんだから!

ブラッドソーセージ:わたしにもっと力があったら――御侍さまの仇を討てないどころか、お姫様のお手まで煩わせてしまうなんて……。

スターゲイジーパイ:気にしないで! わたしはこれでも戦うのが好きなんだから!

ブラッドソーセージありがとうございます、スターゲイジーパイ。ずっとずっと……わたしは、あなたの傍にいますからね……?


舞踏会

ネックレス

 洋室の門の前でスターゲイジーパイが立っている。彼女はずっとパスタの帰りを待っていた。

スターゲイジーパイパスター!おかえりなさーいっ!

 スターゲイジーパイは、大喜びでパスタに抱き着いた。

パスタ:すまない、待たせたな。お詫びにプレゼントを持って来た。まずは目を閉じてくれ。

スターゲイジーパイ:え?プレゼント!?嬉しい!

 期待に胸を膨らませ、目を閉じるスターゲイジーパイに、パスタはポケットから蒼藍の石がついたネックレスを取り出し、彼女の首に着けてあげた。

パスタそれをお前にやろう。スターゲイジーパイ。

 スターゲイジーパイは目を開けて、首にかけられたネックレスを見た。その美しい輝きに、彼女は大喜びでパスタに抱き着いた。

スターゲイジーパイパスタ、ありがとう! 大好きよ!

パスタ:気に入ったか?

スターゲイジーパイ:気に入ったわ!これ、とっても綺麗ね!

パスタ:それは良かった。これは私とお前の『絆』だ。大切にしろよ。

スターゲイジーパイ:……ええ!

 するとパスタは、その蒼藍の石を手に取り、そっと口づける。そして上目遣いでスターゲイジーパイを強い眼差しで見つめた。

パスタスターゲイジーパイ、これからはこれを肌身離さず着けておけ。

スターゲイジーパイ:……ええ!

パスタ:それは、私がお前のために作った特別なお守りだからな。決してなくすんじゃないぞ?

スターゲイジーパイええ――わたしとパスタの絆……絶対絶対、大事にするわ!!大好きなパスタからの贈り物だもの!

パスタ私が好き?なら、ブラッドソーセージはどうなる?

スターゲイジーパイブラッドソーセージのことは大好きよ!でも、パスタは誰より素敵だから……わたしの一番なの。このことはブラッドソーセージには、内緒ね?


姫の国

 ここは活気がなく、料理御侍のいない小国だった。そのため、この国はどんどん貧乏になっていった。

 パスタはひとりそんな町を歩いている。彼の身に着けているものは誰が見ても豪華で、この貧乏な町では一際目立って見えた。

 そんなパスタを襲って来る者は絶えなかった。だが、彼の前に立ちはだかるなど愚の骨頂。その見事な強さを前に、そうした不埒者たちはすぐに頭を地面に押し当てる結果となった。

パスタ:(フッ……どうやらこの国には価値はなさそうだな)

 そのとき、パスタの耳に彼の興味を引く声が聞こえてきた。

新聞売り:号外号外――アナジス姫様がこの国初の料理御侍になられました!!号外号外!!アナジス姫様が料理御侍となられました!!

住民:あの——一つください!

住民:私も!良かった……!ついに私たちの国にも御侍様が!

新聞売り:アナジス姫様がついに食霊を召喚なさったんです!これは事件ですよ!

住民:良かった!これで他の国の顔色を伺う必要は無くなったわね。

住民:これで収穫した食料も渡さずに済むんだな!

住民:そうね、こうなると次期王はアナジス姫様になるかな?まだ小さいのに……。

住民:大丈夫だ!私たちでアナジス姫様を支えよう!

住民:そうね!早くみんなに知らせに行きましょう!

住民:でもこうなると本来王位に就くはずの王子は……。

住民:仕方ないわね、アナジス姫様は初めての御侍様になられたんだもの。この国の救世主よ!

パスタ:(……まだ年端もないお姫様が一国の王か。おもしろいじゃないか。これは利用できるかもしれないな)


大事な宝物

 パスタは手にした銀色のブレスレットを見つめている。隣にいたスターゲイジーパイがパスタに聞いた。

スターゲイジーパイパスタ、そのアクセサリーはどこで手に入れたの?

パスタこれはある小国のお姫様が好きだった物だ。母親が彼女へ送ったものらしい。スターゲイジーパイ、お前はこれが好きか?

スターゲイジーパイ:好き!その赤い宝石、とっても綺麗だもの。ちょうど貴方からもらった王冠に合いそう!

パスタ:ならやろうか?

 だがスターゲイジーパイは、ゆっくりと首を横に振った。まさか断られるとは思わず、パスタは少しだけ驚いた。

スターゲイジーパイ私にはもうパスタからもらったネックレスがあるもの!これは収納室に置いておきましょ!

 パスタはスターゲイジーパイの屈託ない笑顔と、そのあとに頬に感じた柔らかな感触に少しだけ驚いた。するとボルシチが不服そうに溜息をついた。

ボルシチ不思議よねぇ……どうしてスターゲイジーパイにあげた蒼藍の石は宝石のように磨いてあって、私たちの石は如何にも原石って感じなの?もしやこれって差別?

パスタ:フッ……宝石を見せてやりたい男でも見つけたか?それならば、職人に頼んで丹念に磨きあげた石をプレゼントしてやるぞ。

ボルシチ:……結構よ。貴方からのプレゼントなんていらないわ。

 小さな嘆息と共にそう言い放ち、ボルシチは、スターゲイジーパイに口付けされていたパスタの頬を突く。

ボルシチ:どうだった?可愛い少女からの愛の口付けは。随分とだらしない顔をしてらっしゃるけど!

パスタお前はもっとあの子と仲良くなるといい……そうしたら私が楽をできる。詰まらぬ嫉妬を焼くより、よほど私から愛されるぞ、ボルシチ?


女王

 プレッツェルは、周りを観察しようと体を動かそうとしたが、体が動かないことに気がついた。また、誰かの記憶に飛ばされたようだ。

プレッツェル:(この建物……見覚えがあるな……)

 プレッツェルは自身が女性の体に入り込んでいることに気づく。

プレッツェル:(今度は女性の記憶か)

住民:女王さまの食霊はすごいのよ!料理御侍様って本当に素晴らしいわ!

プレッツェル:(女王?アナジス姫が即位したのか?)

住民:そうだな。もし彼女がいなかったら、今の生活はないさ――あれ、その手に持っているのはなんだ?

住民:これ?娘の荷物よ!娘が女王さまが召喚した食霊の従者に選ばれたのよ!あの子はデザートを作るのが上手なの。

住民:へぇ!それはめでたいな!

住民:でしょう!


 そのとき、誰かに名前を呼ばれた。プレッツェルはその声に顔を上げる。体が自由に動く――戻ってきたようだ。現実に。

プレッツェル:……収納室、か。

ミネラルオイスタープレッツェル……!あのさ、あの……さっきのことだけど。

プレッツェル:なんだ?

 しかし、ミネラルオイスターはそれ以上何も言わなかった。そんな少年に、プレッツェルはどんどん惹かれていった。


コレクションルーム

 白い肖像画には綺麗なネックレスが置かれており、ミネラルオイスターはそっと手を伸ばした。

 銀色のネックレスに汚れがあるのに気づいて、ミネラルオイスターは眉を顰める。

プレッツェル:どうした?

ミネラルオイスター:……見てくれよ。これ、もしかして……。

 プレッツェルはそのネックレスに鼻を近づける。すると、そこからは薄っすらと血の香りがした。

 プレッツェルは肖像画にその宝石を戻す。そのとき宝石の裏側に、小さく文字が刻まれているのを発見した。

ミネラルオイスター:……これは、持ち主の名前か?

プレッツェル:アナジス・ウェルソン。とある小国の公爵の娘で、失踪以来行方不明になっている。

 二人はネックレスに付着した目立たない血痕を見て、嫌な想像をしてしまう。

ミネラルオイスター:おい!これは一体何なんだよ!

プレッツェル:……どうやら、以前の持ち主が大切にしていた宝石のようだな。

 プレッツェルは溜息をつく。そして、ゆっくりとその肖像画に触れた。

触れたときに冷たく硬い感触に気づく。これは、まさか――

ミネラルオイスター:どうした?

プレッツェル:……もういい、行こう。

 プレッツェルは気づいてしまった。この敷地に佇む怨念が自分たちに奇異な情景を見せていることに。彼は、ミネラルオイスターを庇うようにその後ろを静かについていった。


こどもたちのはなし

 春の日の夕日が沈みきる前。涼しげな風が吹き抜け、人々の疲れを癒す。下校する子どもたちは、我先にと学校を飛び出していった。

 つい最近町に吟遊詩人が訪れた。彼はたくさんの奇妙な話を知っており、その話を町の子どもたちに語り聞かせてくれる。

女の子:ビールさん!久しぶりー!

男の子:ビールさん、また今日もお話の続き聞かせてよ。

ビール:いいよ。で、今日はどんなお話が聞きたいんだい?

女の子:えっと――じゃあ、宝石のお姫様のお話が聞きたい!

ビール:う~ん……他の話じゃダメかい?

女の子:えー……ちゃんと授業を受けたら自分で選んでいいって言ったじゃないっ!

ビール:仕方がないなぁ、わかったよ。

ビール:……では、始めようか――宝石の王女様の話を。

 昔々、ある美しい王国に可愛いお姫様がいました。その姫は、自分が全ての者から愛されるべきであり、誰もが自分に全てを捧げるべきであり、それこそが国民の幸せであると考えていました。

 不幸にも、お姫様は気づけませんでした。決して全ての人が自分を崇めている訳ではないことを。

隣国のお姫様がとても綺麗なネックレスを持っていました。それを見たお姫様は、どうしてもそのネックレスを手に入れたくなりました。

 だから彼女は、隣国のお姫様にこう言ったのです。

スターゲイジーパイ:そのネックレスを私に送ることを許しますわ!

 だがその要求は断られた。だから、お姫様はそのネックレスを無理矢理奪い取りました。

ビール:……そして、姫様は奪い取ったネックレスを首にかけていいました。『ほら、似合うでしょう?わたしに着けられて、このネックレスも喜んでいるわ』

これを聞いた者たちは、憤怒の感情をその胸に宿しました。

女の子:ねえ、このお姫様はなんでそんなひどいことをするの?

男の子:そうだよ。可哀そうじゃない、隣国のお姫様が……。

ビール:そうだね。だからみんなはお姫様のようなことはしちゃいけないよ?

男の子:うん!お母さんが言ってた。何でも欲しければ手に入るわけじゃないって。

女の子:どうしてそのことを、誰もお姫様に教えてあげなかったの?

ビール:彼女はね、あまりにも地位が高すぎたんだ……だから、誰もそうした人の道理を教えようとはしなかったんだよ。

男の子:それじゃあ、お姫様が悪い人なのか可哀想なのかわからないね……。

女の子:あ!ビールさん!そのお姫様は最後どうなったの?

ビール:ああ……彼女は自分の罪を認めて、ネックレスを隣国の姫に返したよ。

女の子:ふう――最後は分かってくれたんだね!良かった!

ビール:そうだね……最後に分かってくれてたら、良かったんだけどね。

女の子:ビールさん、それってどういうこと?

ビール:なんでもないよ。さぁ、今度はもっと違った話をしようか。そう……もっとハッピーな話をね。


謝礼

 ミネラルオイスターは顔を赤らめて必死に抗っていた。

ミネラルオイスター:やめろよ!受け取れないってばっ!大したことじゃないって言ったろ!

おばあさん:いえいえ、今回のことは本当に助かりました。まさか言い伝え通り、祈ったら人が助けに来てくれるなんて。

 老人は、生活費を削ってまで用意したフルーツをミネラルオイスターに渡そうとしている。そんなものは受け取れない、とミネラルオイスターは頑なに拒否をした。

おばあさん:私は何も持っていないんだ。だからせめてこれを受け取っておくれ。感謝の気持ちだよ。

おばあさん:あと、あの赤いスカートを履いた女性と、赤い髪の青年にもお礼を言っておいてくれないかい?

ミネラルオイスター:わ、分かったよ!これは受け取るから!達者でな!


 ディーゼ旅館へ戻ったミネラルオイスターは、おばあさんからもらったリンゴを乱雑に机の上に置いた。

ミネラルオイスターおい!ボルシチ!パスタ!依頼主からリンゴもらったぞ!

ボルシチ:ちょっと!そんな置き方したら痛むでしょ!

 ボルシチは呆れた様子でリンゴを手に取って、リンゴの皮を剥いた。

 だが、パスタはそのリンゴにまるで関心を示さない。ボルシチはその反応を見て、笑顔を引きつらせる。

ボルシチ……いつまでも貴族ぶってるんじゃないわよ?まったくもう――ミネラルオイスター!お酒を持って来て!

ミネラルオイスター:な、なんで俺が……!

ボルシチ貴方、まさかパスタがお酒を持ってくると思わないわよね?

ミネラルオイスター:チッ……面倒くさいな!

 ミネラルオイスターはぶつぶつと文句を言いながら、厨房の方へ歩いていった。ボルシチはその後ろ姿を見送ってから口を開いた。

ボルシチパスタ、貴方いつまで彼にあんな意味のない『願い』を叶えさせるつもり?

パスタ:さて。意味がないかは私たちが決めることじゃない。何より、あいつは楽しそうに『願い』をこなしているじゃないか。

ボルシチ:まあ……そうね、口では面倒だっていってるけど、誰かの役に立つのは彼にとっては嬉しいことでしょうし。

 パスタはそう言った後、顎をさすりながら厨房を眺めた。

パスタ:あいつもいつか気づくだろう……世界の真実に。そのときまでは、ひとときの幸福を味わわせてやろうじゃないか。

 ニヒルな笑みを浮かべるパスタに、彼がどれほど傷ついているかを、ボルシチは察してしまう。

 だが、何も言えない。こればかりは、自分で乗り越えるしかない。やるせない表情のパスタを見て、どうしようもなく嘆息する。

ボルシチ:さて、オイスターは……真実を知ったら、どうするでしょうね。


女王の末路

 ミネラルオイスターが目を開けると、そこには彼が知っているよりも随分と栄えていた。以前はボロボロな木の家ばかりだったが、目の前には煉瓦造りの洋風の家が連なっている。

 町の人たちの服装は、以前のような見窄らしいものではなかった。だが、彼らの表情は憤怒と悲痛に満ちている。

住民:彼女を殺せ!

住民:殺せ!!

住民:彼女は多くの人を殺めた!!殺せ!

住民:ううう……私の娘も殺されたわ……!

住民:許せない!

住民:残忍すぎるわ!このままじゃ皆殺されちゃう!

住民:ならば彼女を殺すしかない!処刑だ!

住民:処刑よ!

ミネラルオイスター:(……こいつら)

 どうしようもない憤りを感じ、ミネラルオイスターは小刻みに体を震わせた。その時、冷たい手が彼の腕を掴む。

プレッツェル:落ち着け。記憶に影響されては駄目だ。

ミネラルオイスター:ハッ……!?い、いまの……あれは……?

プレッツェル:……おそらくこの国の記憶だろう。よほど深い怨念と見える。あまりに残酷で悲しい――早く行こう、この城で待つ者の元に。


ディーゼ旅館

ディーゼの日常

 ボルシチは苛立ちを振り撒いて、ディーゼ旅館へと入っていく。旅館にいたミネラルオイスターは戸惑いつつ、その後に入って来たパスタを見る。

 ボルシチは自分の羽織を脱いだ。そこに付いた血痕を鬱陶しく感じたのか、丸めて洗濯機へと放った。

パスタ:何を怒っている?

 ボルシチは怒りが収まらないようで、怒りに任せて机をドンと叩いた。

ボルシチ:何に怒っているんでしょうね!?

ボルシチ:王様、お願いだから、私を駒として扱うにしても、計画の説明くらいしてくれない?最初からわかっていたら、何の準備もなく堕神に挑むこともなかったわ!!

パスタ:結果、無事ではないか。何を怒ることがある?

ボルシチ:……なっ!?

 パスタは振り上げられたボルシチの手を、容赦なくはたき落とす。そんなパスタに、ミネラルオイスターは眉を顰めた。

 ボルシチは手にした包帯をパスタに投げつけ、そのまま荒々しく足音を立てて、部屋へ戻っていった。

 パスタはそんなボルシチを見送ってから、不器用な手つきで包帯を巻こうとした。ミネラルオイスターは、パスタの持つ包帯を取り上げ、彼の服を引き破いた。

 すると腰の横あたりが、堕神の瘴気で黒くなっていた。カウンター下に置かれた医療箱から消毒薬を取り出し、ミネラルオイスターは、パスタの手当てを始める。

パスタ:いたたっ……!もっと優しく頼む。

ミネラルオイスターパスタはボルシチを庇って怪我をしたのに、どうしてそう言わないんだ?

パスタ:庇ったことも含めてあいつは怒っている。

ミネラルオイスター(B-52と共に出かけた堕神遺跡で傷を負ったときも、わざわざ人が助け出されてから帰って来たと)

ミネラルオイスター:駒だとしても、自分の運命を知る権利はあるだろう?

パスタ:来るべき時が来るまで、私は決してどの駒も無駄にはしない。それは私も含めて、だ。

 そのとき、カウンターの奥からボルシチが姿を見せる。

ボルシチだから、安心しろって言いたいの!? もっとひどくしちゃいなさい、ミネラルオイスター!!

パスタ……まったく、女の癇癪持ちは嫌われるぞ、ボルシチ。

ミネラルオイスター(……パスタは、いつまでも孤独だ。俺は、いつになったら彼の『仲間』になれるのだろうか)


幕が閉じて

 パスタ一行は、ホテルへと戻るため、古城の門を目指して歩き出した。そんな彼らに、ブラッドソーセージが笑顔で手を振って近づいてきた。

ブラッドソーセージこんにちは、あなたがミネラルオイスターね。パスタから話は聞いています。とても可愛い大切な子がいるって……フフッ。

パスタブラッドソーセージ……誤解を招く発言は止せ!

ミネラルオイスター:……な、なんの用だよ!?

ブラッドソーセージふふっ、貴方がパスタの大切な人ならわたしにとっても大切な人です。ご挨拶をしておこうと思って。

ミネラルオイスター:い、いらない!俺は、お前の爆弾で粉々になるところだったんだぞ!この恨み、一生忘れねえからな!!

ブラッドソーセージわたしはパスタの命令でやっただけです。ほらこの人、サディスティックなところがあるから。フフッ……。

ミネラルオイスター:はんっ!命令を守っただけで、命令以上のことはしてねえとでも言うつもりか?

 傍らで静かにふたりの会話を聞いていたパスタは、ミネラルオイスターが動揺した表情を見せるのを確認し、愉悦な笑みを浮かべた。

ブラッドソーセージ:やだ。あの時のこと、まだ根に持ってるの?もっと心が広い子だと思ったのに……。

ブラッドソーセージプレッツェル様に服を引き裂かれても、全然怒ったりしなかったのにな……。

パスタ:……なんだと?

 ブラッドソーセージの何気ないぼやきに、パスタは目を丸くして振り返った。

ミネラルオイスターな、なんでもないんだ、パスタ!

ブラッドソーセージあらごめんなさい。あれはお二人だけの秘密でしたね。ふふっ、安心して?あなたが今羽織っているカソックが、プレッツェルさまからもらった物だってことは秘密にしておくからね♪

ミネラルオイスター:お、お前……!

パスタ:脱げ。

ミネラルオイスター:は?

パスタ:いいから、今すぐその服を脱げ!

ミネラルオイスター:ぬ、脱いだら俺は、何を着てればいいんだよっ!?

パスタ:私の言葉が聞こえなかったのか……?

ミネラルオイスター:……ふん。どうして俺がお前の命令を聞かなきゃならない?

パスタ:私に逆らうのか?なんでも言うことを聞くと言ったのはお前だろう。

ミネラルオイスター:お……おい!引っ張るんじゃねえ!!もうこれしか着るものがねえんだ!!離せーっ!

ミネラルオイスターブラッドソーセージーっ!許さねえからな!つーかマジでこんなところで裸になるのはごめんだ!この服は……何があってもぜってえ脱がねぇからな!!


蒼藍の石

 ボルシチはパスタが持ち帰った蒼藍の巨大な宝石を見て、驚いて聞いた。

ボルシチ:これが貴方が選んだ悪念の担体?

パスタそうだ。ウィスキーから聞いてな。普通の媒介でも効果はあるらしいが、元より力を持っている宝石には敵わないらしい。

ボルシチ:でも大きすぎるんじゃない?彫刻にしても買い手がつくかどうか。

パスタは舐めるようにその原石を見ながら言った。

パスタ:同等の媒体でも悪念は補完できるが、その規格や数に制限などない。だから大きな宝石を使うことで、それを幾つもの欠片に切り分けて悪念を吸収できるのだ。

パスタ:こうすることで、私たちはよりはやく必要とする堕神を手に入れられる。

ボルシチ:待って、幾つものってどういうこと?

 パスタはボルシチの質問には答えず、逆に質問をする。

パスタ:お前はどう思う?各地に流れ、呪いの地が生まれ、すべての所有者が不運な死を遂げる中、価値を上げていく宝石。これはあの夢に飢えた者たちの興味を惹くとは思わないか?

ボルシチ:……呪いの石?貴方は自分で呪いを創造するつもりなの?

パスタ:呪いとは人類から生まれる。私たちがそれを創造することに間違いはあるまい?さあ、これはお前の分だ。

 ボルシチはパスタに渡された蒼藍の石を見て、複雑な気持ちになった。パスタはその隣で二人の姿を反射して写す原石を指先でなぞった。

パスタ:……もう、私たち二人では足りないな。


顔合わせ

明るく清潔な事務室には、至るところに本が置かれており、無数の資料が床にも大量に積まれている。メガネをかけた男は真剣に資料を読んでいた。

 そのとき、部屋のドアを叩く音が聞こえる。

 ――トントン。

ウイスキー:誰だ。今忙しい。引き取り給え。

パスタ:……また研究か?それともずっとお前を探している犬をどうするべきか考えていたのか?

ウイスキー:君のいうように、相手が私を探しているなら、ただここで待っていれば良い。それで?いったい何の用かな?

パスタ:……私は以前、お前が探して欲しいと言っていた女を探してやった。だが、私が頼んだものはいまだ私の元へは来ていない――どうなっている?

 パスタは持っていた封筒を机に置き、ウィスキーの目の前に押し出す。彼はそれを目の端に捉えて、引き出しから黒い靄の入った瓶を取り出した。

パスタ:なんだ?

ウイスキー:……堕神と私たちは元は同じ夢の力でできている。あれは私たちと違った存在形式であるに過ぎない。

ウイスキー:もし私たちが人間の『善』から生まれたのなら、堕神は『悪』から生まれたのだろう。そのように、私は想定している。

 パスタはウィスキーの話を聞いて呆れてしまう。

パスタ:私たちが人間の『善』から?……バカバカしい!そのような下らぬ戯言は聞かぬぞ!

ウイスキー:冷静に。人類は『善』と『悪』を区別しますが、その基準は誰が定めたのでしょう?

ウイスキー:善に制裁を喰らうもの全てが悪でしょうか?善と悪の根源は、私たちと堕神の根源と一緒なのですよ。

ウイスキー:なので、貴方が欲している『制御の効く堕神』を作り出すのは不可能ではありません。ただ、人間を利用すればいいのです。

パスタ:人間の悪しき念を利用するというのか?

 ウィスキーは柔らかく微笑み、否定はしなかった。

ウイスキー:貴方がこの悪念の媒体を理解することができれば、ある意味でそれで貴方も奴らを制御する術を理解したと言えます。とはいえ、制御できるのは奴らの殺意だけですけどね。

ウイスキーですがこの殺意を利用することは、貴方にとっては難しいことではないと思われる。如何か?パスタ殿。

パスタ:そうだな、これで十分だ。

ウイスキー:これは研究中にできた副産物です。私の研究には何の意味もないが、これはすべての同一媒介上の悪念を吸収することができる。最終的には堕神になるかもしれない……。

 ウィスキーは瓶をパスタに手渡し、パスタはその瓶の中の黒い靄を見て笑みを浮かべ、自身の懐にしまった。

パスタ:協力に感謝しよう、次の案件でも頼むぞ。

ウイスキー:ええ、もちろん。私と貴方は『協力者』ですからね。


幽骸の真実

 ブラッドソーセージはミネラルオイスターが首にかけているネックレスに気がついた。

ブラッドソーセージ:あのネックレス、あの子にあげたのは誰ですか。

 パスタは彼女の口調にこめられた非難を、まるで気づいていない素振りで笑った。

パスタ:私だが、なにか問題でもあるか?

ブラッドソーセージ:……あれは幽骸のコアですよね?それをあげてしまったのですか?

パスタ:彼は私の最も優秀な駒だ。コアを渡さない理由があるか?

ブラッドソーセージ:(そんなこと、この前まで言ってなかったですよね……)

ブラッドソーセージ心配にはならないのですか……?いつかあなたの行いに耐え切れなくなり、B–52の二の舞になってしまわないかと……。

パスタ:彼が離れていったのは、私が選択の余地を与えてしまったからに過ぎない。あいつにはもう、如何なる裏切りの機会をも与えない。

ブラッドソーセージ:そう、楽しみですね。

パスタ:君はそんなことよりも、如何にしてあの神父に制裁を与えるか考えたまえ。

 パスタはブラッドソーセージの挑発を揚々と躱して、ミネラルオイスターとボルシチを見る。そしてパスタは「行くぞ」と二人に声をかけ、古城から出ていくのだった。



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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