パスタキャッスルの悪夢・ストーリー・メイン
パスタキャッスルの悪夢
プロローグ‐すべてのはじまり
星辰某日
ディーゼ旅館
ボルシチは今日最後のお客さんを送り出し、大きく伸びをした。すると、背後でミネラルオイスターが、トントンと机を指で叩きはじめた。
ボルシチ:……オイスター、なあに? 何か言いたいことでもあるの?
ミネラルオイスター:いや。退屈だなー、と思ってさ。
そう呟いて、ミネラルオイスターは不満げにドンドンドン!と激しくこぶしでテーブルを叩く。
ミネラルオイスター:ボルシチ! 俺は退屈だぞっ!! 俺のような優秀な人材をこんな状態においておくなんて、パスタは頭がおかしい! そうは思わないか、ボルシチ!!
ボルシチ:さて、どうかしらね……そんな貴方に、パスタからプレゼントよ。
ミネラルオイスター:ん? なんだ? 手紙?
ボルシチ:パスタが貴方に渡すように、と。これは『正式な仕事』の依頼です。
ボルシチ:以前行った海沿いの町を覚えてる? そこに今、法王庁の方が来ています。彼を手紙に記されている古城まで誘導してあげて。
そう告げて、ボルシチは封蝋で閉じられた手紙と蒼藍色の宝石をミネラルオイスターに渡す。
ミネラルオイスター:やっと『正式な依頼』かよ! へへっ、パスタもやっと俺の使い道がわかったか!
目を細めて、ミネラルオイスターは幸せそうに笑った。その様子に、ボルシチは小さく嘆息する。
ミネラルオイスター:俺にかかればどんな依頼も余裕だぜ! じゃ、さっそく行ってくる!
ボルシチ:待って、オイスター。法王庁の方を傷つけてはダメよ。大変なことになるからね?
ミネラルオイスター:…………。
ミネラルオイスターは不満げにボルシチを一睨みしてから出て行く。そんな彼を見送って、ボルシチは眉を顰めた。
そのとき、パスタがカウンターの裏から現れる。
パスタ:どうした?
ボルシチ:パスタ、どうしてあの子を試すような真似をするの?
ジロリ、とボルシチがパスタを睨む。その視線を揚々とよけて、不敵にパスタは笑った。
パスタ:……皆に知らせたまえ、出発だ。
ボルシチ:(もう! 捻くれ者なんだから……!)
第1章‐パスタキャッスル
数日後
海沿いの町
カソックに身を包んだ神父が、瓦礫に迸る血痕を見ていた。ここで昨晩、事故が起きた。彼は神妙な面持ちで十字を切った。
そのとき、目の端に青い光が石の下から淡く漏れているのを見つけた。手を伸ばし、上に被さった石をどける。するとそこには、藍色に輝く石が落ちていた。
プレッツェル:(これは……?)
住民:おはようございます、神父様。
住民:あっ! それは、堕神が落とした石……!
プレッツェル:(これを、堕神が落としただと?)
町民から郊外でもその石が発見されていると聞いて、プレッツェルは詳しく調べようと町を出た。
町から少し出ると、目の前に荒野が広がっている。ここからは、いつ堕神に出くわしてもおかしくない。気を引き締めねば、とプレッツェルは襟を正した。
そのとき、視線の先にひとり立ち尽くす少年の姿を見つけた。彼は真剣な表情を浮かべて、低く唸っている。
少年は手にした蒼藍色の石を見つめている。それは、プレッツェルが先ほどまでいた町で見た石と同じもののように見えた。
ミネラルオイスター:おい、お前。なんで俺のことを見ている? 喧嘩売ってるのか?
プレッツェル:……いや、そんなことは――うっ!?
その少年は勢いよくプレッツェルの足の脛を蹴り上げる。急な攻撃を仕掛けられ、プレッツェルは呻き声をあげて、しゃがみこんだ。
プレッツェル:(なんと乱暴な……! いきなり蹴ってくるとは……!)
少年は、「フンッ」と鼻を鳴らし、プレッツェルの横を通りすぎていく。少年のことが気になったプレッツェルは、少年の後をついていくことにした。
荒野を抜けると、そこには古城が聳え立っている。少年は古城を見上げ、また低く唸っている。その瞬間だった――耳を劈く方向が響き渡った。
ミネラルオイスター:堕神かっ!?
プレッツェル:……っ!
少年は迷わず堕神の声がする方へと走り出す。忙しない少年に、若干の苦手意識を抱き、プレッツェルは小さく舌打ちをした。
プレッツェル:まさか……ひとりで戦う気か!
ここいら一帯に現れる堕神は質が悪いと聞いている。さすがに放ってはおけないと、プレッツェルは少年の後を追い、門の向こうへと走っていった。
第2章‐薔薇夢境
プレッツェルが庭園まで辿り着いたとき、その中央に倒れている少女と少女の横に立つ少年――ミネラルオイスターの姿を見つけた。
ミネラルオイスターは少女を見下ろして言った。
ミネラルオイスター:……おい、大丈夫か?
そう言った少年こそ、腕に大きな怪我を負っていた。
堕神とひとり戦ったのだろう……プレッツェルは申し訳なさから目を細める。
だが当の本人はまるで痛がる様子を見せない。あれほど血が出ているのだ、痛くない筈はない――それでも平静を装う少年に、プレッツェルは少々の好感を抱いた。
プレッツェル:(ふん……なかなか骨のある奴のようだな)
そこでやっと少女が立ち上がり、大げさな悲鳴をあげた。
シュールストレミング:きゃあ! 貴方の腕、すごい怪我よ! 早く治療したほうがいいわ!
プレッツェル:(……もしや、この女は)
ミネラルオイスター:わっ! お、俺に触るな!
ミネラルオイスター:(……っていうか、そもそもここはどこだ!? これじゃあ、パスタに頼まれた仕事が……!!)
ミネラルオイスターは焦った。パスタにやっと頼まれた『正式な仕事』の依頼だというのに、案内役すらまともにできないなんて。このままではまずい――と本能的に感じる。
プレッツェル:失礼。あなたはここの主ですか?
シュールストレミング:違うわ。
プレッツェル:では何故貴方は、このようなところに?
シュールストレミング:ふふっ! 私はこの庭園のお世話をしているの。でもね、あんまり館の主人様はここに来てくれないの……何故かしら?
プレッツェル:その質問……私にしているのだろうか?
ミネラルオイスター:そんなこと、聞かれてわかるはずないだろ!
シュールストレミング:あらそう……残念。それじゃあ、その腕の手当てをしましょうか。私を助けて怪我しちゃったんだし!
シュールストレミングは強引にミネラルオイスターの腕を引っ張って、そのまま引きずって歩き出す。
ミネラルオイスター:ぎゃっ!? 離せぇっ!!!
プレッツェル:(……なんて強引な女だ)
喚くミネラルオイスターを、シュールストレミングはご機嫌な様子で引っ張っていく。
プレッツェルはミネラルオイスターを放ってはおけず、警戒しつつ二人の後をついていった。
そうしてシュールストレミングがミネラルオイスターを連れてきたのは、花園の奥にある病院だった。
ミネラルオイスターが病院に連れ込まれそうになるのに気づき、プレッツェルはミネラルオイスターの腕を引っ張った。そして、少年の前に歩み出る。
プレッツェル:貴方は、こんな風に人を破滅に誘うのですか? セイレーン。
プレッツェルの言葉に、シュールストレミングはぽかんとして小首を傾げる。
シュールストレミング:……神父様、どういう意味でしょう?
プレッツェルはその問いかけには答えずに、手にした銃から花畑に向かって眩しい閃光を放つ。
すると、歪な咆哮と共に花畑の下から堕神が姿を現した。
シュールストレミング:あら、見つかっちゃった。案外鋭いのね、神父さん。
ミネラルオイスター:お、お前! どういうつもりだ!! もしかしてさっきの堕神も――
プレッツェル:――言い訳があるなら、法王庁で聞きましょう。このような行いを見逃してあげるほど、私は優しくはありません。
シュールストレミング:……あら、残念。ねぇ神父さん、今のままでも十分いい男だけど、もうちょっと融通が利くと更にモテると思いますよ?
フフッとシュールストレミングがねっとりとしたまなざしを向けて笑う。それと同時に、その背後に巨大な暗闇が立ち上がった。プレッツェルは息を呑んで再び銃を構えた。
第3章‐ゆらめく影
プレッツェルとミネラルオイスターは、花畑の下から現れた堕神を倒すために共闘する。その様子を、少し離れた場所でシュールストレミングは観察していた。
堕神は二人の猛撃に勢いを落としていく。息を切らしながらも、ミネラルオイスターは果敢に堕神に向かっていく。
そのときだった。病院のドアが少しだけ開かれ、そこから何者かが攻撃をしてきたのは。
ミネラルオイスター:クッ――ど、どけっ!
プレッツェル:(……少年!? くっ! 私としたことが――)
病院から放たれた攻撃は、ミネラルオイスターの足へと当たった。低く呻いて、ミネラルオイスターがその場に崩れ堕ちる。
そして病院のドア向こうから走り去る足音が響く。プレッツェルはシュールストレミングがいた場所に目をやるが、そこにはもう彼女の姿はなかった。
失態だ――とプレッツェルは歯軋りをする。よもや少年に庇われるとは……その事実に、プレッツェルは少年への評価を変えた。
ミネラルオイスター:お、俺のことはいい……から! あいつらを追いかけろよっ!!
プレッツェル:いや、今は敵を追うよりも、貴方の怪我が心配だ。手当をしよう。
プレッツェルは有無を言わさず少年を背負いあげた。
ミネラルオイスター:え――わぁっ!? な、何をする、おろせ!!!
しかし、プレッツェルは少年の言葉を聞き入れずに歩き出す。
プレッツェル:大人しくしているんだ……貴方の怪我は、私の責任だ。
ミネラルオイスター:だ、誰がお前に責任を感じてほしいと言った!? こんな怪我くらい痛くも痒くもない――
プレッツェル:うるさい。まずは手当てをする。これは、譲れない。
ミネラルオイスター:……なっ!?
――その時、古城の一角。
……コンコン。
パスタの膝で居眠りをしていた少女が、ノックの音で目を覚ます。そんな少女の頭をパスタは優しく撫でて、再び眠りにつかせた。
ボルシチはドアを開けると、そこにはシュールストレミングが立っていた。
ボルシチ:あら、随分と機嫌が良さそうね、彼らはどうだった?
シュールストレミング:ふたりとも、結構私のタイプかも! 安心して、ちゃんとサプライズを用意するから! ああ、楽しみ……!
ボルシチ:(……どうやら気に入られたみたいね。ご愁傷様、オイスター)
第4章‐故旧
プレッツェルはミネラルオイスターを背負ったまま、眼前の洋館に、慣れた様子で躊躇なく入っていった。
ミネラルオイスター:お、おい……! 入っても大丈夫なのか!?
プレッツェル:ここのことは知っている……その怪我で歩かせるほど、俺は非道な男ではない。
ミネラルオイスター:……だったら俺をおろせ!!!
プレッツェル:……。
ミネラルオイスター:こんなの怪我のうちに入らないっ! いいから、お・ろ・せぇえええええ!!!
ミネラルオイスターがじたばたともがきながら叫んだ。すると、その声に反応したかのように、突然矢が飛んできた。
プレッツェルはすぐに気づいたが、暴れるミネラルオイスターを背負った状態ではうまくよけられない。そのまま通路の壁にぶつかってしまった。
――ゴツン。
ミネラルオイスター:あたたっ……!?
プレッツェル:……悪い。
ミネラルオイスター:だからっ! 俺をおろせばいいんだよ! こんな敵地で、人ひとり背負って、どうやって戦うつもりだ!
プレッツェル:避けるくらいは可能だ。
ミネラルオイスター:いや、今まさに避けられてなかっただろ!!
そのとき、曲がり角の向こうから笑い声が起こる。その声は、プレッツェルにとっては聞き慣れたものだった。
ミネラルオイスター:おい!! 聞いてるのか!?
プレッツェル:……シッ! 黙って。
ミネラルオイスター:(……この野郎!!)
プレッツェル:(もし今の声が彼女なら、この部屋は……)
プレッツェルは廊下の一番奥にあるドアを勢いよく開けた。
そこは、綺麗に整った医務室だった。プレッツェルは、医療道具が棚に陳列された棚から包帯を取り出す。
ミネラルオイスター:(……こいつ、まるでここに薬品があるのを知ってたみたいだったぞ……? って、わっ!?)
ミネラルオイスターは乱暴に医務室のベッドに放り出された。
ミネラルオイスター:て、手当てなんて必要ないっ!
プレッツェル:……このまま放置すれば悪化する。そのようなことは私の前では許されないことだ。
矢に射抜かれたミネラルオイスターの足は、血で滲んでいた。
手当てをするために、患部の周りの衣服を取り除かねばならないが、ミネラルオイスターの服は、複雑な構造をしている。脱がし方がよくわからない。
プレッツェルは脱がすことを諦め、傷口付近の衣服を引き破いた。そして、容赦なく消毒液を傷口にぶちまけた。
ミネラルオイスター:うああーっ!! いっ、いてぇええええっ!!
あまりの痛さに、ミネラルオイスターは喚き散らすしかできない。その目には、大粒の涙が浮かんでいた。
ミネラルオイスター:……こ、殺してやる……っ! よ、よくもこんなひどいことを……!
プレッツェル:手当てをしただけだろうが、人聞きの悪い。怪我の方はこれで安心だな。すぐに回復するだろう。
食霊が怪我をした場合、流れる血とともに霊力が流れ出ることさえ防げれば手当てなど必要なかった。
だから、包帯を巻く事にあまり意味はない。しかしプレッツェルは、丁寧に包帯を巻いた。それはまるで人間にする手当てのようだった。
この消毒液は、彼が個人的に持っていた特別製であった。プレッツェルの言葉通り、流れていた血は止まり、傷口もすでに塞がりかけていた。
ミネラルオイスター:……くっ! あ、ありがとう――ございま、す……。
プレッツェル:ほう、この状況でお礼が言えるとは。あの男は、随分としっかり貴方を躾けたようですね。珍しく彼を見直しました。
『あの男』というのはパスタのことか――疑問に思って質問しようと、ミネラルオイスターは立ち上がる。
ミネラルオイスター:おい、今のはどういう……わっ!?
プレッツェル:ん? どうした?
ミネラルオイスターは、再びベッドに腰を下ろす。彼は青ざめて下半身を手で覆った。恐ろしいことに、手当てのためにズボンを引き裂かれたおかげで、下腹部が丸出しになってしまっていた。
ミネラルオイスター:……こ、このままじゃ行けない!!!
プレッツェル:何故だ? 足はもう動くはずだが。
ミネラルオイスター:お、お前のせいだぞっ……!
そのとき、ドアが僅かに開かれた。プレッツェルは振り返る。
ブラッドソーセージ:ふふっ! プレッツェルさまったら。その子、下半身が丸見えよ。
ブラッドソーセージ:プレッツェルさまにそんなご趣味があっただなんて……わたし、知らなかったわぁ。
プレッツェルは立ち上がり、ドアまで移動し、勢いよく開け放った。だが、そこには誰もいない――チッ、とプレッツェルは舌打ちをした。
プレッツェル:――これは私の予備の服だ。着るといい。
ミネラルオイスターに服を投げつけ、プレッツェルは病室を飛び出していった。
ミネラルオイスターは急いで渡された服を羽織る。そして、廊下へと出てあたりを見回した。
ミネラルオイスター:(……あの野郎、どこに行きやがった?)
すると、地下の方から大きな音が響いてきた。ミネラルオイスターは急いで階段を駆け下りて音の方へと向かっていく。
地下牢では、プレッツェルが険しい表情で立っていた。その向かいには、先ほどの少女の姿が見える。少女はミネラルオイスターに気づき、ニッコリと笑顔を浮かべた。
ブラッドソーセージ:ふふっ、あなたがミネラルオイスター? 初めまして、こんにちは。
ミネラルオイスター:……この女は? お前の知り合いか?
プレッツェル:彼女もセイレーンの仲間だ。貴方たちは、いったい何を企んでいるんです?
ブラッドソーセージ:相変わらずお顔に生気がありませんよ、プレッツェルさま。わたしのことより、ご自分の心配をしたほうがよいかと存じますわ。
ブラッドソーセージ:……でもそんな心配、もう必要ないかな。だって、あなたたち、どうせここを生きて出ること、できないだろうしぃ?
ミネラルオイスター:(まさか、また堕神か!?)
ブラッドソーセージは、地下牢から出て行く。そして、ゆっくりと後ずさりをして、サッと機械装置を取り出した。
そして、ポチッと中央にあるボタンを押した。その瞬間ゴゴゴ、と嫌な音が響き渡った。
激しく地面が揺れ、そこから先ほどの堕神が姿を現した。それは、先ほど花畑に出た堕神と同種のものだった。
ブラッドソーセージ:バイバーイ! せいぜい頑張ってね! フン!
ブラッドソーセージはふたりを置いて、その場から去っていく。堕神が前にいるため、追いかけることはかなわない。ミネラルオイスターとプレッツェルは、戦闘態勢に入った。
第5章‐生死のはざまで
――ゴン。
大きな爆発と共に、ミネラルオイスターとプレッツェルは地下から飛び出した。
暫くして落ち着きを取り戻したミネラルオイスターは、プレッツェルに訊ねた。
ミネラルオイスター:はぁ、はぁ……おい、お前! さっきの奴とはいったいどんな関係なんだ? まさか……お前たち、愛し合ってるとか?
プレッツェル:なんと悍ましいことを……私は彼女の御侍を殺してしまいましてね。彼女とは、そこからの縁です。
ミネラルオイスター:……こ、殺っ――え?
プレッツェル:他にも何か? 聞きたいことがあれば答えるが。
ミネラルオイスター:い、いやもういい、十分……!
プレッツェル:ここは危険だ、君は帰った方がいい。何か用があると言っていただろう?
ミネラルオイスター:あっ! そうだ……俺、仕事があったんだ! プレッツェルっていう神父を探してて――あれ?
そう口にして、ミネラルオイスターは首を傾げた。この名前、どこかで聞いたぞ……そう思って顔を上げる。そうだ、確かこの男、さっきの女に、そんな風に呼ばれていたような――
ミネラルオイスターとプレッツェルを危機に追いやったブラッドソーセージが部屋へと戻ってきた。
パスタ:ブラッドソーセージ、遊びすぎだぞ。
ブラッドソーセージ:ふふっ、心が痛むのですか? 可愛い……やりすぎないか心配なら、どうしてわたしにあんな危険な装置を渡したのかしら。
パスタ:お前がそう簡単に、奴を殺してしまうとは思えないからだな。
その言葉に、ニタリ、とブラッドソーセージは嘲笑った。
ブラッドソーセージ:そうね、死んだほうがマシだと思ってもらわないとね……簡単に、『死』なんて快楽、あげたくないもの……ふふっ。
その笑い声に、パスタの膝で眠っていたスターゲイジーパイが目を覚ます。それに気づいたブラッドソーセージは、先ほどまでの歪な笑みから朗らかな微笑みに表情を変化させた。
ブラッドソーセージ:姫様! 目を覚まされましたか? おはようございます。
スターゲイジーパイ:うん! よく寝たよ~! あれ? ブラッドソーセージどうかした?
スターゲイジーパイはまじまじとブラッドソーセージを見る。
スターゲイジーパイ:ブラッドソーセージ、何か様子がおかしいよ? もしかして……誰かにいじめられた?
ブラッドソーセージ:……ううん。ただね、わたしの御侍様を殺した男――奴がここに来たの。でもわたし、勝てなくて……。
スターゲイジーパイ:あの男が……? 許さないわ! 私が説教してあげるんだから! いいでしょう? パスタ!!
パスタは軽く頷き、スターゲイジーパイの首にかかったネックレスを手に取り、装飾された蒼藍の石に軽く口づけをした。
パスタ:楽しんでくるといい、私の言ったことは忘れるでないぞ?
スターゲイジーパイ:うん! 忘れないよ! パスタ大好きっ♪
ボルシチは、スターゲイジーパイが勢いよく飛び出していく後ろ姿を、複雑そうに見送った。
パスタ:ボルシチ、どうかしたのか?
ボルシチ:……オイスターは、最後にどちらを選ぶと思う? あの子からしたら、私たちは悪者よ。
パスタはその質問には答えず、立ち上がって庭園の景色を眺める。
パスタ:……あいつはまだ本当の暗闇を知らない。
パスタ:もし受け入れられないとしても、法王庁――あの偽善者どもは、あいつを快く受け入れてくれるだろう。
そのとき、パスタの手は震えていた。表情も普段は他人には絶対に見せないような、憂いを帯びたものだった。本人は、きっとそんな自分に気が付いていない。
ボルシチ:(……本当に、素直じゃないんだから。好きなら好きなほど、大切なら大切なほど信じられない――可哀そうな男!)
パスタ:まぁ、いい。選ぶのはあいつだ。好きにしたらいいさ。
ボルシチ:(強がっちゃって……でも、たまにはこんなパスタを見るのも、悪くないしいいか)
第6章‐ワルツ
ずっと一緒に戦っていた神父こそが、探していたプレッツェルだった。そして、そいつとなんと今、古城の舞踏会場にいる。
パスタに頼まれたのは『プレッツェルという神父を、古城まで連れてくること』だった。ミネラルオイスターは、無事に任務を果たしたということだ。
だが、安心してもいられない。目の前には、まるで生きているかのような人形がワルツを踊っている。なんとも悪趣味だ。この古城はなんなのだろう……?
パスタたちとなんとかして連絡を取らなければ――ミネラルオイスターは頭を悩ませる。
ミネラルオイスター:……くそっ、どうしたらいいんだ!
プレッツェル:あの男に会いたいなら、先に進むしかないだろうな。
ミネラルオイスター:……あの男だと!?お前、何を知っている!?
プレッツェル:さて――私は何も知らない。だからこそ、ここに来たのだ。
ミネラルオイスター:(……まったく、訳がわからねぇっ!)
舞踏会場を抜け、ふたりは更に先の部屋へと進む。そして暗がりの奥に隠し扉を発見した。
プレッツェルが慎重にドアを開く。すると、中には光り輝く宝石や王冠、ネックレスが置かれていた。
それらはすべて肖像画の上にあった――まるでその肖像画が身につけている装飾品のように。
ミネラルオイスター:……これは、収納室?
プレッツェル:(この肖像画は……まさか……)
そのとき、背後でドアが開く音がした。プレッツェルは室内に入るときに間違いなくドアを閉めた――ということは、敵が現れたということだ。
プレッツェルはすぐにミネラルオイスターの前に、彼を守るようにして立つ。
ドアから入ってきたのは、その小さな体に見合わない大きな斧を持った少女だった。
スターゲイジーパイ:あなたがプレッツェル神父かしら? よくも、ブラッドソーセージを悲しませたわね! 許さないんだから!!
第7章‐選択
堕神とスターゲイジーパイを退け、ミネラルオイスターとプレッツェルはなんとか大広間へと逃げおおせる。
しかし、怪我を負ったミネラルオイスターの動きは鈍い。そんな彼を見逃さず、スターゲイジーパイは軽やかな足取りで少年に向かって斧を振りかざした。
その瞬間、ピカッと彼女の胸元にあるペンダントが光った。
???:……スターゲイジーパイ、私が言った事を忘れるな。
???:プレッツェル、ミネラルオイスター――私は通路の奥にある大礼堂で、君たちを待っている。そこで、話をしよう。
スターゲイジーパイ:あーあ……つまんないのっ!
スターゲイジーパイはその声に、思い切り床に向かって斧を振り下ろした。そして、長い溜息をついて、部屋から出て行く。
ミネラルオイスター:(今の声はパスタ……?)
プレッツェル:どうかしたのか?
ミネラルオイスター:……なんでもない。
ミネラルオイスター:(やっぱりパスタはここに来ているんだ……!)
プレッツェル:では行こうか。
ミネラルオイスター:ああ。
ボルシチは手元の宝石を弄ぶパスタに、いい加減耐えかねて口を開いた。
ボルシチ:……パスタ。
パスタ:なんだ?
ボルシチ:いいの? 本当に。
パスタ:同じ志を持たぬものは、仲間にはなれぬ。ここであいつが離脱するなら、それまで。
パスタ:私は、あいつに出て行くきっかけを与えてやってるに過ぎない。
ボルシチ:……まあいいわ。後悔だけはしないようにね。どうなっても私は、慰めてあげないから。
第8章‐答え
ミネラルオイスターとプレッツェルは、長い階段を上っていた。
プレッツェル:少年……貴方はこの城の主人を知っているな?
ミネラルオイスター:な!?
ミネラルオイスター:し、知らねーよ!! 知る筈ねーし!!
プレッツェル:さすがにそこまであからさまな態度に出られると、対応に困るのだが。
ミネラルオイスター:……うっ!
プレッツェル:まだ自己紹介を聞いてなかったが……貴方はおそらくミネラルオイスターだろう。聞いたことがある。
ミネラルオイスター:み、ミネラルオイスター!? だ、誰のことかな!
プレッツェル:……声が裏返ってるぞ。
ミネラルオイスター:うっ……!
プレッツェル:オイスター……貴方は彼らと相いれるべき存在ではない。貴方は私を何度となく助け、共に戦ってくれた。この件が終わったら、私と共に法王庁へ行こう。
ミネラルオイスター:…………。
ミネラルオイスターは、プレッツェルの質問に答えられない。パスタが何をやっているのか――まるでわからないからだ。
そんな不安の中、オイスターはパスタの待つ最奥の大礼堂までやってきた。すると、そこには王座に腰掛け、蒼藍の石を手に持ったパスタの姿があった。
パスタ:ようやく来たか、随分待ったぞ。
プレッツェル:貴方は……純粋な少年を騙して、私をここまで連れてこさせた……こうまでして私をこんな場所へと誘いこむとは――大した王様ですね。
パスタ:君たち法王庁に、こそこそ嗅ぎ回らせてやるのも、いい加減鬱陶しくなったものでな。
ミネラルオイスター:……パスタ。
パスタ:オイスター、初任務ご苦労。よくやった。
ミネラルオイスター:……パスタ! 俺には訳がわからない! ちゃんと説明しろ!
パスタ:――お前はずっと言っていたな。『私たちの仲間になりたい』、『正式な仕事をこなしたい』と。
パスタ:任務を終えたお前に改めて問おう。お前は――彼と私、どちらの味方になる?
パスタの言葉に、ミネラルオイスターは答えられない。混乱して、頭が真っ白になっていた。
パスタ:――『仲間になる』と自ら言えないような者は私の傍にはいらない……今からお前は私の敵だ。
パスタ:紹介しよう、これは私が多大な霊力をもって創り上げた堕神――幽骸。すでに何度か戦った相手だ。
プレッツェルは黙ってその様子を見ている。頭はいいが、この男は相当に鈍いと――目の前の王様に、苦い気持ちになった。
ミネラルオイスター:――パスタ! 俺は……!!
パスタ:もう遅い。幽骸、行け……こいつらの相手をしてやれ!
エピローグ‐終結
幽骸は二人の猛撃に耐え切れず、最後は悔しげな咆哮をあげてその場に崩れ落ちた。王座に腰掛けていたパスタは失望の眼差しで幽骸を見る。
パスタ:――使えない屑め。この程度の堕神は、私には必要ないな。
パスタは倒れている幽骸を軽く蹴る。そして嘆息と共に、ミネラルオイスターとプレッツェルに振り返る。
パスタはまっすぐにミネラルオイスターを見つめる。そのまなざしはぶれることなく、強い光を宿していた。
パスタ:……プレッツェル神父よ、新しい同志を連れてここから立ち去るがいい。それは、なかなか役に立つ者だ。
そうパスタが呟いたとき、幽骸の体が微かに動いた。
パスタは小さく舌打ちし、手にした武器を構える。その瞬間、パスタの前にミネラルオイスターが飛び出してきた。
幽骸の頭をミネラルオイスターは勢いよく蹴り上げた。そして、そのままその手でパスタをぶん殴った。
ミネラルオイスター:パスター!! このバカ野郎ー!!
ミネラルオイスターは、力の限り叫んだ。まさか彼から殴られるとは思っていなかったパスタは、ただただ茫然としている。
ミネラルオイスター:お、俺にはお前がどうしてこんなことをするのかまるで理解できない……でもな!!
ミネラルオイスター:俺が帰る場所は! お前のところなんだよ! これだけは何があったって変わらないんだ!
ミネラルオイスター:お前が俺を試そうが、利用しようが構わない! どう扱われたってな、お前が相手なら、俺はいいんだ! 俺がやりたくない事を強要されたって、お前なら許す!
ミネラルオイスター:なのに、なんでお前は勝手に俺が法王庁に行くとか決めつけてんだよ! この捻くれ者の大バカ野郎!!
パスタ:……オイスター。
パスタは何も言えない。ただ黙って、オイスターを見つめた。
ミネラルオイスター:俺の答えはひとつだ! 俺はどこにも行かない――ずっとずっと……俺のいる場所は、お前の隣だ!!
パスタ:お前は……。
ミネラルオイスター:なんか言いたいことがあるなら言えよ! まだ俺を試したいか!? 言えよ、何でもやってやるから!!
パスタ:オイスター……お前ってやつは――ハハハハッ……!!
ミネラルオイスター:(……何を笑ってやがる?)
訝し気にミネラルオイスターはパスタを見る。するとパスタは自分の首にかかった蒼藍の石を外し、ミネラルオイスターの首にかけた。
パスタはオイスターの前に出て、視線をプレッツェルに向けた。
パスタ:プレッツェル殿、申し訳ない。彼は私を選んだようだ。
プレッツェル:……オイスターはただ貴方に誑かされているだけです。いつの日かその道が神に忌み嫌われているものだと気付くでしょう。
パスタ:ふん、また法王庁のくだらない理屈か。この世界に神などいない! あるのは偽善に覆い隠された悪意だけだ!
プレッツェル:……悲しき道に迷いし人よ。
パスタ:ここで君を始末しようと思ったが、今は気分がいい。このまま見逃してやる――法王庁の奴らに伝えろ。二度と我らの邪魔をしないようにとな!
プレッツェル:待ちなさいっ……!!
プレッツェルはそう叫んで二人を追おうとしたが、大きな爆発音と共に数えきれないほどの落石が降り注ぎ、足を止めざるを得なかった。そうして、ふたりが立ち去る様子を、静かに見守った。
プレッツェルは夕日の照らす廃墟の中で、しばらく立ち尽くしていた。若干の後悔と、抗いきれぬ感情を拭い捨てるように、大きく頭を振った。
プレッツェル:(帰って仲間に報告しよう……これからのことを相談しないとな)
無事大礼堂から脱出したパスタは、ミネラルオイスターを連れて庭園の外へと向かう。
ボルシチ:良かった! 二人とも無事だったのね……ってあら? パスタ、その顔どうしたの?
パスタ:……ボルシチ。
ボルシチ:誰にやられたの!? すごいじゃない!
嬉々として訊ねるボルシチに、パスタは苦笑いを浮かべるしかできない。
ボルシチ:ねぇ教えてよ、オイスター! 一緒にいたなら知ってるわよね!? もしかしてプレッツェルにやられた?
ミネラルオイスター:えっと……それは。
パスタ:オイスター! もう行くぞ!
ボルシチ:なによ……教えてくれてもいいじゃない。ん?
そのとき、ボルシチはオイスターの首元に輝く見慣れた蒼藍の石を見て、驚きで思わず声をあげそうになる。いろいろあったが、おさまるべき形におさまったのだ――それがわかってボルシチは嬉しくなる。
この世界が光のない暗闇に包まれていたとしても、傍にいてくれる仲間がいるのなら、寂しくはない。
これからもみんなで一緒に歩いていける――ボルシチは共に歩く二人を見て、柔らかく微笑んだのだった。
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