パルマハム・エピソード
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パルマハムのエピソード
旅好きな旅行写真家で、旅先の風景をカメラで撮影し、記録するのが好き。放浪の生活を好み、プレイボーイのように見えるが、あまり知られていない過去を持っているようだ。
Ⅰ.出会い
月光が高いガラスのドームから注ぎ込み、神秘的な青色へと広がっている。周囲には梯子に沿ってコイル状になった高い本棚があり、壁にはびっしりと呪文の文字が書かれている。
目の前にいるのは、背の高いトップハットを被り、杖を持った老人。
髭は雪のように白く、目は秘密の森にある湖のように深かった。
彼が誰なのか知らなかったが、特別な力が俺たちを結びつけていると感じていた。
しかし、俺が目の前の状況を明らかにする間もなく、老人は突然、杖の先を地面にたたきつけ、鼻の穴の間で冷たい鼻息を吐き出し、背を向けた。
……どういうことだろう?
「うん……?すみません、俺は何か悪いことでもしたのかい?なぜ何も言わずに帰るんだろう?」
追いついたが、彼は全く気にするつもりはなさそうな顔をしている。
「俺を呼び出したのは、どうやらあなたのようだね?礼儀として、お互いに知り合おうじゃないか。俺の名前はパルマ……」
そう言って、彼はようやく横目で俺を見た。しかし、その顔は、決して晴れない暗雲のように陰鬱で、いつでも威厳と不愉快なオーラを放っている。
「……ついて来るな、食霊め、お前を殺さないことが既に最大の慈悲だ。私はそもそもお前を召喚するつもりはなかったのだ。」
彼は最後にそう冷たく言い放つと、角を曲がって姿を消した。
俺は言い残した言葉を飲み込み、どうしようもなく両手を広げるしかなかった。
どうやらこの御侍様は、俺のことが嫌いなだけでなく、危険でもあるようだ……
「食霊だと?」
俺がまだ途方に暮れている時、突然、廊下の向こうから少年の声がした。
俺は思わず背筋を伸ばした。
やっぱり、みんな食霊のことを気にしないわけがない。わかっている人がいるんだ……
ちょっとドヤ顔で振り向くと、その人もローブと帽子を被り、その目には侮蔑と傲慢さがはっきりと浮かんでいた。
「サヴォイには、食霊なんか要らない。大魔導師の首席弟子として、先生の後継者は私しかいないのだ!」
「ごめんごめん、ここには来たばかりで、何ひとつ知らないんだ。もし、気を悪くされたなら、お許しください。」
無理矢理話題を変えて、俺はその少年に向かって丁寧に頭を下げた。
今、彼と言い争うのは得策ではない。そして、彼は一瞬言葉を失ったようで、鼻で嗤って去っていった。
俺は思わずため息をついた。
今のところ、状況はとても厄介だな……
堕神時代から続くこの古代国家は、サヴォイと呼ばれている。
サヴォイの発展は魔法使いの力に支えられたから、この地は世界からほぼ隔離されて、これまで食霊が誕生したことはなかった。
古来より、魔法使いは皇帝に次ぐ神として崇められてきた。
現代5代目となる彼らは、アレイスター、パーセサス、フェラメールの三大魔法使いと呼ばれている。
その中でも最も強力な存在であるアレイスターは、俺の御侍だ。
サヴォイの歴史に目を通して、ようやく分かった。
アレイスターは認めようとしなかったが、俺は確かに彼の魔法実験の際に偶然召喚された食霊だ。
そして彼は、気まぐれに食霊を召喚できるという、他の二人の大魔導師よりも強力な、常識を超えた才能と能力を持っている。
彼や彼の弟子たちが俺を無視して、その才能を誇っていたのも無理はない。
なにしろ、サヴォイを最初から支えてきたのは、魔法使いの力なのだから。彼らにとって、歴史に名を残すことのなかった食霊は、ただの取るに足らない存在でしかない。
重い本を閉じ、しばらく何もすることがないので、俺は退屈しのぎに城内をぶらぶらと歩いた。
そびえ立つ古い石垣にはニョキニョキと枝が絡みつき、薔薇の深い青の花びらは果てしない空に濡れているように見えた。
深く美しい枝をカメラに収め、心地よさがこみ上げてきた。
アレイスターはあの日以来、魔力の研究に没頭し、俺の顔を見ることもなく、一人きりにした。
俺は、ここで皆が取り組んでいる複雑怪奇な呪文を避けて、代わりに隅に放置されていたカメラを手に取り、返って嬉しさを感じた。
そのまま撮影の角度を調整していると、突然見知らぬ2人が、フレーミングの中に現れた。
ただ……白髪の短髪の男は、明らかにハンサムな顔立ちなのに、華やかな宮廷ドレスを着ていて、腹立たしさと恥ずかしさでいっぱいのようで、手を振りながら何か言っているようだ。
一方、横にいるピンクの長髪の人は、軽く微笑みながらも落ち着きに満ちていた。
その男性の頭から煙が出そうになっているのが面白くて、思わず一瞬引き寄せられたが、つい……
「カシャッ」とシャッター音が響いた。
……空気が凍りつき、運悪く間違えて押してしまったシャッターボタンを見て、指がこわばるのを感じた。
俺は、短髪の男が衝動的なことをしないように、何事もなかったかのように装うつもりで軽く咳払いをした。
「ゴホン、ちょうど庭を散歩していたところなんだ。お二人の邪魔をしたら、実に申し訳ございません。」
「聞いたぞ、変な音がした。一体何をこそこそやっている?」
男は怪訝そうな目で俺を見た。俺は動かずにカメラを隠し、笑顔を作り続けた。
「本当に何でもない。俺はただ、未熟な魔法の練習をしていただけだ。」
「……この飛んでいる花びらは、あんたの魔法?」
「何かあったのですか?」
男はさらに何かを言おうとしたが、ゆっくりと歩いてきたもう一人の男にそっと遮られた。
俺を見てちらりと驚きの表情を浮かべたようだが、すぐにまた優しい笑みがこぼれた。
「ピンクの髪でマントを着ている……私の見間違いでなければ、貴方はパルマハムさんですね?」
「パルマ……?ああ、アレイスターが召喚したあれか。」
「君たち……俺の名前を知っているのかい?」
「ええ、私の名前はハモンイベリコ。彼はブレスチキンスープ。私たちも貴方と同じ、食霊ですよ。」
イベリコの言葉に、俺は少し驚きを隠せなかった。この時代に生まれた食霊は自分だけではなかったんだ。
そんなことを考えていると、突然ブレスの声が聞こえてきた。
「イベリコ!よくも俺に嘘をついたなぁ!これってどんなクソ魔法なんだよ!早くこんな服を消せ!」
「授業中に居眠りしてなかったら、魔法を覚え間違えるはずがないでしょう?ちょうどいい……一番基本の回復魔法を復習しておきましょう?」
「魔法なんてクソくらえ!もうやめるんだ!」
突然の変化に、俺は一瞬笑いをこらえきれなくなった。
「……おい、今日の出来事を誰かに話すとしたら……チッ、なんでこんな時間まで人が来てるんだよ?!おいあんた、笑ってないではやくマントを脱げ!!」
「えぇ、どうして急に人のマントを脱がすんだよ。花びらで塞いであげようか?その方が君のドレスに合うよ~」
「あんな面倒な花びらなんていらん!ハクションーーもうこの匂いは懲り懲りだ!!」
ブレスの怒声が鼓膜を突き破りそうになり、俺は笑いをこらえようとしたが、今までに感じたことのない嬉しさを覚えた。
もしかしたら、これからの人生、そんなに退屈しないかもしれない。
Ⅱ.不仲
「……パーセサス様とフェラメール様は、食霊による魔法の研究を計画していると聞いたんだけど?」
「お二人は既に全ての魔法を研究し尽くしたから、他にすることもないんだし……とにかく、アレイスター様は相変わらず食霊が嫌いだな。」
「それはそうだ、食霊はせいぜい我々にとって便利な召使いでしかない。でもあのパルマってやつはいつも何もせずにうろうろしてて、アレイスター様を困らせるだけだから。」
「あの厄介な食霊は、いつになったら野良犬みたいに放り出されるんだろ?はは~ん、楽しみだなぁ……」
静まり返った部屋の中で、抑えきれない笑いの言葉が何度も何度も増幅されて壁に響く。
次の瞬間、目の前の映像が突然消え、アレイスターの嫌そうな目と、袖をはだけた背中に変わった。
手のひらが冷たくなり、口角を引こうとしたが、溢れそうになる喪失感を追い払うことはできなかった。
……
「おい、起きろ!寝てんのか?」
「……!」
「お、俺の頭が……!この……あんたの頭は鉄製なのか!」
目を開けると、自分が干し草の上に横たわっている、目の前にはブレスがいて、文句を言いながら額を覆っている。
その時、頭からくる痛みを感じ、まだ少しフラフラしている額の隅をさすりながら、徐々に思考が戻ってきた。
そういえば、俺たちは学校をサボっていたな……
「今日は一緒に乗馬に行くって言ったのに、よくも一人で寝られるんだな。」
「昨日、夜中までイベリコに無理やり宿題の復習をさせられなければ、こんなに眠くならなかったのに。」
「さっきは、悪夢でも見たのか?顔がゴーヤみたいに歪んでるぞ。」
彼の探るような視線を避けるふりをして、いつもの口調を取り戻そうとした。
「ああ、すっごい悪夢だったよ。君が広場で長いドレスとカツラを被って踊っている夢を見たんだ~」
「パ・ル・マーー!」
彼が繰り出す蹴りを軽々とかわし、俺は新鮮な空気を吸い込み、心の中の暗い気持ちもほとんど晴れた。
あの日の偶然の出会いから、俺たちはお互いをよく知るようになった。サヴォイの数少ない食霊として、思いがけず意気投合したせいかもしれない。
同じ食霊でありながら、扱いはずいぶん違う。でも、この退屈な城の中では、それが一番の収穫だった。
少なくとも、アレイスターが特に悪い目で俺を見ている長い夜を過ごす場所があった。
ブレスと一緒に城に戻ったのは夜遅かったが、イベリコの姿が迎えてきた。
「二人とも、どこに行っていたんですか……今日は即席の魔法テストがありますけど……」
イベリコは心配そうな顔をして、また静かな溜息をついた。
「いいじゃないか、退屈な手品を見ずに済むんだから。」
俺はいつもブレスと同じ考えなので、彼の言葉に同調した。
「どうせ俺たちは学院から外されたんだから、行っても行かなくても同じよ。」
「魔法実習生はみんな我が子のように大切にしてるんだから、悲しくなるようなこと言わないで。」
突然の背後からの声に、背筋が凍る思いがした。
そこには、視界の片隅に、近づいてくる三大魔法使いの姿があった。
ブレスは一瞬固まったが、明らかに予期していなかった。数歩先で、逃げるには遅いと思い、俺はイベリコと一緒に挨拶をした。
アレイスターは冷たく、パーセサスは黙ったまま、フェラメールだけが笑顔で話を丸めているのは、見るまでもなかった。
「貴方はパルマなのか?ふふ、初めてお会いしたと思うが」
「俺もフェラメール様にお会いできて光栄です。魔法使いは日常生活でとても忙しいので、俺たちのような研修生がお邪魔しない方がよろしいと思っています。」
「このバラの花びらは貴方の魔法か?悪くない。」
「お褒めの言葉ありがとうございます。フェラメール様。」
その言葉が口から出るや否や、アレイスターは焦ったように鼻で息を吐き、立ち去ろうとしたが、フェラメールに呼び止められた。
「ただ、もっと魔法を使えるようになるためには、杖が必要なのだ……これはアレイスターが以前使っていた古いもので、まだ彼の魔力が残っているはずだから、持って行くといい。」
フェラメールが手渡した杖を見て、俺はしばらく動く勇気がなかった。
やがて、明らかに拗ねたような声が横からアレイスターから聞こえてきた。
「……フェラメール、自分が何をしているのか分かってるのか?」
「何が悪い?パルマは優れた魔法の才能を持っている。貴方の後継者に、もう一人の食霊がいればいいと思わないか?」
フェラメールの言葉に俺は身震いした。冗談は聞こえても、アレイスターの食霊に対する態度は、ほぼ周知の事実だった。
次の瞬間、急に雰囲気が凍りついた。
「食霊と付き合うのは構わないが、私のことはほっといてくれ。」
「そんなこと言うな、食霊を召喚したのは貴方自分だ、たとえ嫌いでも一緒にいるのが運命なんだよ~」
「……」
「それは事実だ。アレイスター……」
いつも寡黙なパーセサスも深い声で話すと、アレイスターの顔はすっかり暗くなり、彼からは今にも爆発しそうな火箱のような魔力のオーラが振動している。
「言っただろう、サヴォイに食霊は必要ない!」
一瞬、マントの中に閉じこもりたくなるほどの強烈な空気圧がかかった。
フードの広いつばの下で、青白い目が鋭い光を反射して、言葉が冷たくなった。
「私は自分の考えを他人に強制したりはしない。結局のところ、世の中には常に大多数の愚かな人間がいるのだから……これからは、あなたたちの愚かな考えで私を悩ませないでくれ。」
アレイスターの姿はやがて見えなくなり、雰囲気は再び静寂に戻った。
「このおじいさん、まだこんなに不機嫌だな。ごめんね、怖がらせてしまったようで。」
フェラメールは慣れた様子で、相変わらず笑顔で俺たちをなだめ、半強制的に杖を俺の手に滑り込ませてもきた。
俺は逆らうことができず、慎重に受け取ったが、何となく不吉な予感がしてしまった……
やはり、家に戻ると、城の外に背の高い堅い鉄の柵があった。
アレイスターはその柵の中に身を隠し、必要な指導と試験以外は、誰の前にも出ず、一言も喋らない。自分の弟子たちにもそうするように指示していた。
その日以来、俺はアレイスターと二度と口を聞いていない。
俺はすでに彼の目にはチクチクと釘を刺すような存在になっていた。万が一のことを考えて、和解するまでの間、彼をできるだけ避けていた。
しかし、俺がうずらのように静かにしていたにもかかわらず、アレイスターの俺に対する態度は凍りついたように下がっていた。
彼の嫌悪感が城の屋根を突き破りそうになったとき、ついに俺は門前払いを食らった。
悔しさと安堵が入り混じったような、複雑な気分だった。
思わずため息をついてしまったが、そんな俺の前に、見慣れたあの姿が現れた。
ずっと待っていたかのように、優しい青年が心配そうに俺を見つめている。
「イベリコ?どうしてここに……」
「貴方を迎えに来ました。」
Ⅲ.禁書
長い廊下は静寂に包まれ、蝋燭の灯りが宙を舞っている。
現像したフィルムを持って暗室から出てきて振り返ると、そう遠くないところにある書斎にまだ明かりが点いている。
イベリコは相変わらず山のような本に没頭していて、俺の到着にも気づかない。
「夜更かしはよくないよ、准魔法使いさま。見てみろ、白髪が増えたんだ。」
からかうように笑い、熱い紅茶を彼の前に置いた。目の前の人が紅茶の入ったカップをじっと見ているのを見て、俺は説明せざるを得なかった。
「ご心配なく、このお茶は君の部屋から持ってきたんだ。俺の花びらじゃないよ。」
俺の言葉を確認したのか、イベリコは紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと話した。
「最近、私より遅くまで暗室にいましたよね。それに、食霊に白髪はないでしょう。」
「ああ、ブレスってやつが急に王宮に興味持って、皇帝の知識を勉強しに行く羽目になったよ。君も学院か書斎にいるから、俺の可愛いカメラを相手にするしかないよ〜」
まるで錯覚のように、一瞬、イベリコの目が小さく揺れたように見えた。
「好きなものが見つかってよかったですね。アレイスター様の事も、私たちがなんとか……」
「いいよいいよ、不人気なのは仕方がないことだから。今、君のところで居候していても何も問題ないだろう〜」
しばしばブレスに寝相が悪いと思われていたから、いつも断らないイベリコがルームメイトになった。
「私たちは友達なんでしょう、だから居候なんてことありませんよ……ただ、学院の魔法授業はあまり休まない方がいい、何しろ……」
「わかってるよ。フェラメール様とパーセサス様が俺を引き取ってくれたから、彼らの食霊研究がスムーズに進むため、俺もしっかり魔法の勉強をするよ。期待を裏切らないようにな。」
俺の言葉を聞いたイベリコは、ただ静かに瞬きをして、その後にため息をついた。
「いいえ……そういう意味じゃなくて、貴方たちが魔法授業の成績のせいで、周りから見下されるのは見たくないんですよ。貴方たち、実はすごく優秀なのに。」
「ぷっ、そんな風に褒めてくれるのは君だけだよ。」
俺たちを慰めるために言っていることがわかって、俺は思わず「さすがみんなから好かれる食霊なんだなあ」と感心した。
書斎を出て、一人小道を歩きながら、しばらくは眠気を感じず、ただ心がわずかに揺れていた。
それが評価されない喪失感なのか、人前で家を追い出される絶望感なのか。
すべての不満や鬱屈が、彼らの存在によってゆっくりと発散されるような気がした。
はっきり言わなくても、もう切っても切れない仲間であることは分かっていた。
時は流れ、俺はまだ呪文を覚えられず、ブレスはまだ魔法に興味がなく、イベリコはまだ見習いの中で一番優秀だった。
喧嘩は絶えないけど、そんな簡単な日々は、永遠に続くかのような錯覚をしばらく抱かせた。
皆の運命は、あの本によって静かに塗り替えられていた日まで。
俺が図書館でその本の秘密を窺ったのは、偶然のことだった――
伝説の「冥府の書」には、油断すると壊滅的な災厄をもたらす謎の危険な魔法が封印されている。
あまりに不思議で危険なため、「冥府の書」は常に厳重に管理されており、三大魔法使いといえども簡単には触れない。
それと同時に、フェラメールの予言によって、王家の一族が全員死ぬという噂が広がり始めた。
それは「冥府の書」のせいではないかとの憶測も飛び交った。
その日、「冥府の書」のことが頭の中で考え込んでいると、突然、馬車の音が耳に飛び込んできた。
気がつくと、見慣れた紺色の城のシルエットがすぐ近くにあり、昔鍛えた鉄柵が今も番人のようにそびえ立っていた。
気づかないうちにここまで来ていたんだ……
「すみません、少し馬が驚いてしまって、お怪我はありませんか?」
聞き慣れない声が目の前から聞こえてきて、上品な笑顔で貴族のような格好をした男性が出迎えてくれた。
「大丈夫です、こちらこそ、馬車の邪魔になりましてすみません。」
「ふふ、貴方も大魔法使いアレイスターを訪ねに来たのですか?もしよろしければ、お乗せしましょうか?」
彼は再び微笑んだが、俺は思わず足を止めた。
「彼に会いに来たわけではありません……」
「そうですか、気を悪くされたのなら、申し訳ありません」
貴族は立ち去ろうとしたが、ふと、ある考えが浮かんだ。
フェラメールに押し付けられた古い杖は、今となってな何の役にも立たないし……
「待ってください……!もし都合が良ければ……俺の代わりに、あの方にあるモノを渡してもらえないでしょうか?」
「あるモノ……あ、はい、もちろん、喜んで。」
貴族は少し眉を上げ、あまり疑問を持たずに俺の頼みを親切に受け入れてくれた。
「それと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……フランツ、私の名前はフランツです。」
馬車で城に入ってから、ふと気がついた――
魔法使いはサヴォイの国境に住んでいて、年に一度以外はほとんど王宮と接触することがないと、イベリコから聞いていたけど……
でも、あのフランツさんは、際立った風格があったから、もしかしたら、何かのお偉いさんかもしれない。
しかし、いずれにせよ、俺にはどうでもいいことだ。
しかし、その直後、一夜にして突然「冥府の書」が盗まれるとは誰も予想できなかった。
そして、現場に残された証拠から、アレイスターにピンポイントで疑われた。
Ⅳ.災厄
俺が「冥府の書」の盗難を知ったときには、三大魔法使いがすで議事室の扉に鍵をかけていた。
イベリコによると、盗まれた現場にはかすかな魔力の匂いが残っていたそうだ――
それは最強の魔法使いアレイスターのものであり、複製はおろか模倣すらできる魔法使いはこの世に存在しない。
三大魔法使いが何を話し合っているのか、誰も知らないし、城内の誰もが「冥府の書」の行方を探るのに精一杯だった。
目の前で走り回っている人たちを見て、ふとあの杖のことを思い出した。
もしかして……
数日後、俺は再びここに戻っていた。
青い城は相変わらず誇らしげに佇んでいるが、鉄の障壁には幾つかの傷がついてしまい、まるで老いたかのような姿になっていた。
この後どう叱責されるかは気にせず、俺は彼の家をひっくり返してやろうと思い、アレイスターの部屋に押し入っていった。
寝室の他、書庫、魔術研究室なども探したが。
あの杖は、この城のどこにもない。
あの人、フランツという黒髪の貴族は、アレイスターの魔力が残っている杖を返さなかったんだ!
つまり、「冥府の書」を盗み出し、その場でアレイスターの魔力が残った杖を通して、彼に濡れ衣を着せた可能性がある!
城から学院までかつてないスピードで移動し、一刻も早く議事室に行って他の2人の魔法使いにこのことを伝えようと思っていたが……
その時、なぜか不思議な違和感が頭の中に浮かんできた。
突然、四方八方から、俺がよく知っている強い魔力が広がってきた。
それは天空の底から湧き上がるような遠さでありながら、一瞬にして戦慄を禁じ得ないほどの近さであった。
次の瞬間、視界が不思議な光に照らされた。
アレイスターは杖を高く掲げ、その体は炎に覆われ、その瞳は見たこともないような赤色をしていた。
彼の目の前には、フェラメールとパーセサスがいる高台があった。
それ以上考える暇もなく、すぐに彼の前に駆け寄った。
「『冥府の書』を盗んだのは、君じゃないんだろう?!」
「余計なお世話だ。邪魔するな、食霊め。」
「あの貴族は一体何をしたんだ?フェラメール様たちはまだ君を信じているはずだから、なぜ教えてくれな……」
「どけ!」
俺の周囲で燃え盛る炎が爆発した。彼が俺の言葉を聞き入れることはないとわかっていたが……
「君の状態は不安定だ。通すことはできない。少なくとも、フェラメール様たちは一度助けてくれたんだから。」
未知の力に引っ張られるように、俺はあの灼熱の炎を切り裂き、彼の目の前まで踏み込んだ。
これほどまでに自分に逆らう俺を見たことがなかったのか、アレイスターの怒りは目に見えるほどに噴き出した。
「私を命令する資格はない、憎らしい食霊め!」
溶岩の轟音のように、再び熱い炎が降り注ぐ。
俺にはわかっていた。腕の焼けるような痛みは、最後の警告だった。
彼の強さには敵わないとわかっていたが、俺は歯を食いしばり、一歩も動こうとしなかった。
今倒れるなら、あまりにも魔法使いの食霊に相応しくない。
背後の建物が燃え始め、倒壊し始め、炎に焼かれる見習いたちもいた。
俺はついバリアを張り、炎を止めようとした。
しかし、それと同時にアレイスターが高台に飛び、フェラメールとパーセサスの向かいに立っていた。
ほんの一瞬、彼の動きに合わせて、いたるところで殺気が染み渡った。
突如として破壊の兆しが告げられ、天空は全てを消滅させるほどの力、炎の無限の闇で満たされた。
大地は震え、慟哭し、炎は流星のように降り注いだ。
炎に包まれた塵や煙に混じって、ますます多くの叫び声が耳に入ってきた。
俺は初めて、こんな絶望と無力感を味わった。
やがてバリアを維持するだけの力はなくなり、俺は自分の体を使って、落ちてくる攻撃から彼らを守るしかなかった。
どのくらい時間が経ったのかわからないが、すでに喉は生臭い甘さでいっぱいになり、身体は熱く引き裂かれるような痛みに襲われ、内臓が焼き尽くされるような感覚に襲われた。
その後の光景は、もうぼんやりとしか見えない。
ただ、ようやく目を閉じたとき、ぼんやりとあの二人の声が聞こえたような気がしたことだけは覚えている……
目が覚めてから、天地がひっくり返ったことに気がついた。
三大魔法使いはついに共に死ぬことを選び、冥府の書は三王子の館内で発見され、図書館で保管するために回収された。
サヴォイが、燃え尽きた太陽のように冷たく永遠の夜の中に落ちていった。
惨めな廃墟を見渡しながら、俺は長い間、言葉を発することができなかった。
もし……俺がアレイスターを止めることができていたら、もし俺がフランツに杖を渡さなかったら、フェラメールとパーセサスの期待通りに魔法を学んでいたら……
そうすれば、この惨事は起きなかっただろうか……
長い沈黙に時間が引き延ばされ、あの日、ただ残骸の上に座っていたことだけが記憶に残っていた。
イベリコが心配そうに俺を見つけてくれるまで、数日、数夜が過ぎたような気がした。
結局、杖のこともフランツのことも誰にも話さなかった。
正直言って怖かった。ブレスとイベリコと俺では立場が違うんだ。俺の怠慢と失態のせいでフェラメールとパーセサスが急逝したことを知られたら……
俺は、この世界で得られるはずだった最後の優しさや喜びさえも、奪われてしまうかも知れない。
だからイベリコは、相変わらず優しく落ち着いた態度で、先生を失った学生たちを宥めた。
ブレスも、かつて誰よりも軽蔑していた王冠を手に取り、あの崩れ落ちた朽ちた王室へとまっしぐらに歩を進めていった。
サヴォイは徐々に繁栄を取り戻し、あの日の火は消えたように思えたが、俺の心に大きな空洞を焼き、悪夢のような感覚は消えなかった。
果てしない自責の念と後悔は、巨大な繭のようで、思い出すたびに締め付けられ、息が詰まるまで続く。
その檻が圧縮されて砕け散るまで。偶然に、過去の写真を見つけたあの日まで。
高くそびえる城、広大な荒野、道端の野の花の写真を見ていると、その斬新な記憶が蘇ってきた。
そして、突然、ある考えが浮かんだ。
その夜、馬車の中で、俺は書きかけで消してしまった別れの手紙を燃やし尽くした。
その燃えかすが古い写真の縁を汚し、黒く焦げた色がさらに広がる前に、俺はやはり炎を吹き飛ばしてしまった。
写真に写っている二人の驚いた顔は、まだ熱で温かい俺の胸の襟に覆われていた。
もしかしたら、俺が黙ったまま旅立ったことを知ったら、同じような、あるいはもっとひどい表情をしていたかもしれない……
でも、それが俺の考える最前の方法だった。
サヴォイにとって、俺は大罪の男だったから、これは自分への贖罪であり、追放でもあるのだ。
灰は風に乗って果てしない夜へと浮かび、もう戻ることのできない道へと流れて行った。
Ⅴ.パルマハム
雪の朝日が山の頂から昇り、暖かい風が雲に接し、世界を柔らかい光で満たす。
「カシャッ、カシャッ、カシャッ……」
連続シャッターの音ともに、時間と光が小さなファインダーの中で縁取られる。
ひらめき集めの同行者は驚きのため息をつき、パルマハムも満足げに微笑んだ。
「兄さん、君って本当にすごいな。俺は知らなかったよ、ここで最高の朝日が見えるなんて。」
「ふふ、たくさん見ていれば、経験値も上がるよ。」
「ところで、君が撮った写真を見せてくれるか?きっと素敵なんだろうね。」
パルマハムは彼の熱心な頼みを断らず、古い写真集をパラパラとめくっていると、少し黄ばんだ写真が地面に落ちてきた。
手に取った瞬間、彼の指は思わず止まってしまった。
そこには、思いがけずロングスカートのブレスが、頬を赤らめながらカメラに呆れたような視線を投げかけている。その後ろで、イベリコの顔は動じることなく、ただ温かく微笑んでいる。
この思いがけない映像がキャメラマンによって青年はあの薄い紙を見つめながら、一瞬、目を揺らした。
長い沈黙の後、彼の口の端から聞こえないほど小さな笑い声が漏れた。
「あはは、この写真を新聞社に出せば、大儲けできるだろう……え、どうして泣いてるんだ、兄さん?」
「泣いてねぇよ、たまたま砂が目に入っただけだ……ほら、見るなよ。」
「古い写真を見ると、昔の思い出が蘇るんだね。勝手な推測だけど、仲間のことを思い出して、寂しくなったかな?」
パルマハムの目に動揺が走り、そしてすぐに笑顔が戻った。
「それはもう、俺の手に届くところじゃないと思うんだ。今の俺は、旅と写真の方が好きだし、もっと美しいものや瞬間を記録したい。」
「俺たちの出逢いに感謝するよ。でも、これから俺は次の場所に行くんだ。」
そう話しながら、彼はバッグに荷物を詰め直していた。数歩歩いたところで、同行者は何事もなかったかのように、まだ彼の後をついてきていた。その微笑んだ目から、少し掴みづらい雰囲気を感じた。
「別れを急ぐな。前に朝日を撮ったらこの山林の中に遺跡を見に行くって言ってなかったか?ちょうどいい、俺もあそこに行くから。」
パルマハムは不審に思いながら、目の前の男性に視線を向け、ますます違和感を覚えた。
「……そういえば、初めて会ったとき、たまたま朝日を見ていたというので、ついてきたんでしたね……」
「ゴホン、光耀大陸には昔から『偶然もあればあるものだ』ということわざがあるんだ。旅に一緒に同行する仲間がいると、お互いに助け合っていいものだろう?」
「その助け合うというのは、君が無理矢理道を決めて、一緒にここで迷子になるってことかい……?」
「そんな、迷子にならなかったら、こんなきれいな朝日を見れなかったかもしれないのに〜」
「おい、見ろ!あそこに人がいるぞ!」
パルマハムの言い返しは打ち切られ、仕方なく彼の指差す方向を見た。
短髪で大きなリュックを背負った少女がシャベルで何かを掘っていて、周りには様々な道具が積まれていた。
「……この石は前の石より古いな。この足跡の方向から見れば……」
少女は、後ろの2人の接近にさえ気づかず、真剣に何かをつぶやいた。
「そうか……南東の方角にあるはずだ!今日こそ精霊族の遺跡を見つけてやるぞ!うわ!なに?!ひったくり?!」
「ダンッ!」少女の叫び声とともに、振り下ろされたシャベルが二人の服の裾をかすめ、ぱたぱたと地面に叩きつけられた。
「はぁ……危なかったな、カメラがなくなっちゃうところだった。」
「ちょっと、兄さん。さっき俺を盾にして引っ張り上げようとしたんじゃない?」
「見間違いだよ、手が滑っただけ〜」
目の前に現れた見知らぬ二人の会話に、少女は戸惑った。
「待てよ……一体何の用?警告しておくけど、この貴重な石をどうこうするんじゃないぞ!私が先に見つけたんだから!」
彼女は警戒しながらも石を抱きしめ、2人は一瞬固まったが、一斉に笑い出した。
「お騒がせして申し訳ございません、美しいレディ。先に言っておくが、このおかしな男と俺は何の関係もないんだ。俺のことを、パルマと呼んでいいよ。」
「えぇ、美しい景色を共有できたのに、どうして俺をおかしな男なんて呼ぶのか?正式に自己紹介しよう、俺の名前はバクラヴァだ。」
「……」
周囲に舞う薔薇の花びらと、一際情熱的な二人を前に、少女は眉を二度ひねり、それから目を逸らしたが、二人の笑顔が再び前に躍り出た。
「美しいレディよ、君も精霊の遺跡に行くと言っていたのを聞いたけど、俺もその遺跡を見てみたいんだ。ご一緒させていただけないかい?」
「一緒に行けば、きっと面白い旅になるぞ。心配するな、俺たちはあの大切な石に当たったりしないよ、な、パルマ兄さん〜」
「俺は保証できるけど、このおかしな男はどうかな。」
「俺だって同じだ!森で迷子にならなければ君についていかなかったよ!」
「……行くのは構わないけど、私の言うことをよく聞いて、遺跡の中のものに手を出さないこと。あと、私の名前はキャラメルマキアート。美しいレディなんかじゃない……その呼び方をやめてくれない?」
少女のその要求に応えて、パルマハムとバクラヴァは同時に笑みを深くした。
「はい、美しいキャラメルマキアートさん!」
「もう、ますますヘンじゃない――!」
朝の光を浴びながら歩くと、バクラヴァは目を細め、歩みを緩めた。
「この3人なら和気藹々とできそうだし、いっそ探検隊でも作ったらどう?」
「名前は――シュメール探検隊、いいんだろう?」
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