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ラム酒・エピソード

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ラム酒のエピソード

一国の海軍大佐を歴任し、あることをきっかけに海賊となった。

欲しいものは必ず手に入れるという強い情熱と天性の統率力を持ち、航海と戦闘が得意。

細かいことは気にしない。

Ⅰ 海軍

グルイラオ最大の港——ワルキューレ港。

ここは久遠海域航路上唯一の出入り口だ。以前より出現していた絶海皇女の活動が最近になって再び活発化し、航路が限定されてしまったことが原因で、出入りの可能な港がワルキューレ港のみとなってしまった。それにより、海軍の護衛下にある商船と、パラータ側に雇われて襲撃を試みる海賊の間で激しい航路の奪い合いが生じている。この事から、ワルキューレ港は物流供給と航海時の護衛の責を担っている。


ただ、現在もパラータとの戦争がいつ終結するのかも不透明で、王室が海軍に与える支援もほんの僅かなもの。このような状況下で、食霊達は海軍の重要な戦力となっていた。こんな環境に置かれたからか、私は天賦の指揮の才能を買われ、食霊という枠を超え、数少ない海軍大佐の一人となった。とはいうものの……あまり実感が沸かないものだ。


「大佐、護衛に出ていた艦隊が帰還しました。……ひ、被害は甚大なようで」

伝達兵の持ってきた知らせは良いものではないが、ここ数か月は同じ様な結果ばかりだ。

久遠海域上で被害を受ける原因は、海賊による襲撃だけではない。海中に潜む堕神も海軍が被害を受ける大きな要因の一つだ。船上での戦闘では、食霊たちでも海中の堕神に有効な攻撃を与えることは難しい。一度船を失えば、食霊といえどただでは済まないだろう。

こんな状況は命を投げ打つ消耗戦でしかない。

だが勝利のためには、そうせざるを得ない。


ラム酒大佐、帰還船舶の受け入れご苦労」

港口に到着して間もなく、私の上司一海軍中将もその場に訪れていた。私たちの間に一切の契約はないが、海軍の制度によって、彼には従わなければならない。

「はい、今回の被害も大きいものでして……実は、被害の大きい箇所は旧式が多く、王室へのさらなる補給の申請などは可能でしょうか?」


このような申し出が通らないのはよくわかっていた。なぜ十分な補給がないのかも皆知っている。言ってみたはいいが、 中将の表情を見て私も何も言わずに受け入れ作業に戻った。


これが今の現状だ。国家全体が戦争に参入している時、最も重視されるのは戦争戦略のための奉仕となる。そうでなければ、私たちは勇気をもって耐え続け、一致団結することもできないだろう。


Ⅱ 盗賊

先に言ったように、海軍に今大切なのは団結し、共にこの苦境を乗り越えること。だがそういう時ほど不穏な因子が現れるものだ。例えば目の前で地面に跪いている褐色肌の馬鹿者のように。


尋問を受けているのは、私が自ら捕まえた食霊――バクテーだ。


入港する船舶がスパイなどの被害を受けないよう、常に厳戒態勢を保っている。だがまさか普段から深夜帯に行っている巡回の最中に発見してしまうとは。捕まえた理由は、バクテーが海軍の船舶を盗もうとしていたためだ。


「私の記憶ではお前は物資の搬入を任されていたな……まさかとは思うが、パラータのスパイか?」


「誤解です!スパイなんかじゃありません。船を盗もうとしたのは確かですが……理由があるんです。大佐殿、どうか話を聞いてくれませんか」

「保身のための言い訳か。軍事法廷で好きなだけ言うといい」

「まっ、待ってください!保身のためじゃない、ただ……食霊達のために」

「なんだと?」

「俺たちが今日まで、勝利のために海軍に払った犠牲について……」


思うにこいつは時間稼ぎを計っているのだろう。ちょうど彼が話しだそうとした時、突然伝達兵が現れ、嫌な知らせを持ってきた――


ミドガルの商船が、急ぎのためこの深夜の時間帯に港を出た。護衛艦を一隻出したものの、知らせによると、久遠海域で海賊の包囲網に遭い、至急増援が必要のようだ。


「こんな時に……!」


伝達兵に駐屯している船員に船を出させるように指示を出していると、バクテーも立ち上がったが、私が剣をバクテーの喉元に向けたことで再び跪いた。


Ⅲ 犠牲

艦隊を率いて出航してすぐ、海賊に包囲された商船を発見した。この海賊達はなかなか狡猾で、こちらが一隻と見るや集団戦法で仕掛け、訓練された兵でも数に押されてしまっていた。だが、劣勢の友軍も増援の到着によって士気が上がる。私の指揮もあり、艦隊は勢いを取り戻し、商船が撤退する時間も作ることが出来た。その後の余裕のできた時間で私も救援を出した船の船長とも連絡が取れた。


「どうして海賊の襲撃に?」

「おそらく待ち伏せでしょう。でも迅速な対応のおかげで助かりました。感謝します。今はこちらが優勢のようですし、このままこの海賊たちを一網打尽にしますか!」


この機に乗じて殲滅戦に出るのはチャンスかもしれない。もし上手くいけば、今後の航路は安全度を増すだろう。だがそれもこの海域に危険がなければの話なのだが、こういう時に限ってもっとも出会いたくない相手に出会ってしまう。


目前ですでに撤退を始めていた数隻の海賊船が大きく揺らぎ始める。こちらのすべての者が怪訝な眼差しでその様子を見る中、海賊船はその水面下にうごめく大きな影によって襲撃、そのまま破壊され、瞬く間に船は沈み、船上の海賊達も皆海に落ちていった。もちろん海賊達は悲鳴を上げる間もなく大きな影に呑み込まれ、海中へと消えていく。その際の気泡さえもなくなった時、あの大きな影が凄まじい速さでこちらへ向かってきた。


「大、大佐……!」

「堕神か、長居は無用だな、撤退を……」

「僚艦に報告、艦隊後方に絶海皇女出現!」

「なに、このタイミングでかっ!?」

私は急いで船尾に向かい確認する。遠方ではあるものの藍色の絶海皇女の影が確かにあった。


「何ということだ、全艦取り舵一杯、遊撃するぞ!」

「はい!」


命令を受け、全ての船が一斉に帆を張り進行方向を変える。そして砲塔を波の立つ方へと向けた。


「大佐!俺も、俺も戦闘に参加させてください!」


緊迫した状況で、それまで甲板の隅で縄に縛られて座っていたバクテーが騒ぎ出す。第一射の轟音が止んでから、私はバクテーのもとへ行き、剣でバクテーを縛る縄を断ち切った。


「あぁ、信じてくれてありがとうございます。」

「礼は生き残ってから言うんだな……全艦、命を賭してでも絶海皇女をここで食い止めるぞ!」


船を駆使しての伝説の堕神との戦闘は熾烈なものだった。

だが、絶海皇女の真の力を想像することしかできなかったその時は、あくまでも生存を最優先としていた。だが次々と船が沈められ、自身の船までもが高波に呑み込まれた時、私は絶海皇女の力の恐ろしさを知ることとなった。


そして唯一出た結論は、海上で絶海皇女には勝てないという事だけだった……


Ⅳ 海賊

戦闘は終わった……


私たちは、堕神をこの区域から撃退することに成功した――大きな犠牲と引き換えに。辛うじて沈没を免れたこの船の上で、少数の食霊が涙を流している。食霊の大半は先の戦いで海中へと姿を消してしまった。


「あまり思い詰めない方がいい。少なくとも、生き残ったのだから」


バクテーは逃げなかった。逃げるどころか、沈みかけた船から食霊たちを救い出していた。今となっては、もう捕まえて問い詰めようなどという気は起きず、ただ向かい合って座っていた。


「……ずいぶんと前向きなんだな?」

「これよりも深い絶望を見てきましたから。少し思い上がりな考えかもしれないですが……どれだけの苦難があろうと、それでも絶望の中に希望の光はあると思うんです。そう思い続けなければ、本当にそこで終わってしまいますから」


「……お前が船を盗もうとしたのはこのためか?」

「え?」

「全て……食霊達をこんな絶望から逃がしてやるためだったのだろう……?」

「そうかもしれませんね。でも本当に恐ろしいのはこの絶望を俺たちに強要する者たちです」

「人間か?」


バクテーは苦笑いを浮かべながら、ワルキューレ港の方に目を向ける。その方角にいくつもの船の影が見えた。


「あれは……さっきの商船か?彼らは無事だったのか。よかったな……」

「そうでもないですよ」

「……?」


バクテーの次の言葉を待っていると、商船がこちらに向かって来た。漂流する私たちを迎えに来たのかと思ったが、そうではなかった。そのまま通り過ぎ、遠くに行ってから、船を止めた。そして捕獲用の麻酔銃を構えると、海中に向かって打ち始めた。


「なっ、何事だ!」

「海軍大佐とはいえ、あなたも俺たちが何のために戦わされているのか、知らないようですね」

「何を言っているんだ!?パラータが雇った海賊たちが、偽物だったとでも言いたいのか?」

「海賊たちは本物ですよ。商船を海賊から護衛するという任務は確かです。ただ、護衛の目的は戦争ではない」


バクテーの話を理解しようにも、まったく訳が分からなかった。言葉に詰まっている私を見てバクテーは説明を続けた。

「聞いたことがあるかわかりませんが、以前ミドガル王室内で流行っていた『聖霊の翼』という料理を知っていますか?」


「知っているが、それは確か、食材であるイルカが絶滅の危機に瀕し、加えて調理法が残忍すぎることから国王が禁止したはずでは……ならばあの商船の者たちは……!?」

「ご想像の通り彼らの目的はイルカですよ。彼らの任務はあのイルカの肉を貴族に届けることです。『王室の伝統』に慣れた貴族からすれば、聖霊の翼をそう簡単に手放すことは出来ないんですよ」

「ならば、私たちがここで払った大きな犠牲は、失ってきた食霊たちは……」

「ええ、全ては貴族の胃袋を満足させるためです」

「………………」


私はその時の自分の表情がどれだけひきつっていたのか想像もできない。こんな事が、あってなるものか。食霊の同胞たちは皆、一国の危機を救うため命を投げ打ってきたのではなかったか。そのために、私は食霊たちを戦場に送り出してきたのだ。その命がこんな……こんな……!


「大佐?」

「……行こうか」

「はい、軍事法廷なら心の準備は出来てます……」

「いや、あの商船を奪いに、だ」

「大佐?」

「今日この時から私の事は団長と呼べ……どれだけ苦難があろうと、それでも絶望の中に希望の光を見つけよう。そうだろう?」


予想だにしなかったことに、バクテーは驚いた顔を見せたが、最後にはほっとしたような笑みを浮かべた。


「あなたがそんな思い切りのいい食霊だとは思いませんでした」

「もし、私たちの犠牲が人間の私欲のためならば、今こそ、私たちは自分の為に生きていくべきだ!人類の生死だの、文明の存亡だの、そんなものは知ったことか!行くぞ!」


私は剣を商船に向け、高らかに声を上げた。


Ⅴ ラム酒

厨房で包丁仕事をこなしていたとある御侍は、全身に鳥肌が立つのを感じた。手を止めて振り向くと、そこには海軍の軍服を着ていながら自称海賊のラム酒がいた。


「何故こっちを見る?働け!」

「そ、そんなに殺気を出されると、仕事どころじゃなくなるんですが……」

「ふん、やはり君を排除してこの店の財産を頂くのは難しそうだ」

「それはつまり……えっと、出来れば心の声はしまっておいていただけませんか……」

「私からすれば、人間と食霊、私と君の利益はとても対照的だ。私と君の間に契約があろうとも、各々の利益のため、ここに存在してることに変わりはない」


持っていた包丁を、そっと胸の前に構えた御侍を見て、ラム酒は急に笑い出した。


「安心しろ。少なくともお前は他の人間とは違うようだ」

「……?」

「……食霊を守るため今まで尽力してきたからな。まさか自覚がないのか?」

「も、もちろんあります!レストランの食霊達も、ほら!みんな楽しく働けるよう頑張ってますから!」

「だが聞くところによると、もっと稼ぎを出すために、仕事量に手を加えたそうだな。例えば深夜から働かせたり」

「そっ、それは……」


真っ青な顔で戸惑う御侍を見て、ラム酒はおかしそうに笑った。


「人間がみなお前のようだったらな」

「はい?」

「何でもない、早く仕事に戻れ!」



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