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アブサン・エピソード

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作成者: 時雨
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アブサンのエピソード

芸術を愛し、堕落を楽しむ官能的な悪魔。妖精のような外見をもっているが、暗く邪悪な心を持っている。芸術家を導いて素晴らしい作品を作ることが最大の目的、例え死に至らしめても。

Ⅰ.深淵


「美しくて高貴なアブサンお嬢様、やっとお会いできました」


煌びやかなシャンデリアの下に、積まれた絹織物が贅沢な輝き放つ。入ってきたばかりの紳士たちは、少し戸惑いながら、待ちかねたように帽子を取って礼をした。

いくつもの若く欲望に満ちた瞳が私の体にむけられ、なにかを素早く吸収しているようだ。しばらくすると、瞳には黄金の色が溢れた。


「デザイナーのみなさん、はじめまして〜」

私は寝椅子にもたれかかり、社交辞令として最小限の微笑みを浮かべながら、まるでその場で食べられてしまうかのような「崇拝」を素直に受け入れた。


彼らは作品と私を美しい箱に詰め込んで、まるで宝物を持った商人のように貴族の晩餐会に訪れ、金持ちの婦人の関心を引くことを想像しているのだろう。それぐらい、私でもわかること。

その小さな宝箱を開けた途端、お金、名声、地位……彼らが渇望する全てのものが、パーティーのシャンパンとバラのように簡単に手に入るだろう。


「……女神ミューズのご贔屓を得ることこそが、私たちの栄光への道しるべとなるのです」

紳士たちは明らかにまだ甘美な夢に浸っていて、しばらくぼんやりしていたが、やがて独り言のようにつぶやいた。


「ふふ……忘れていましたわ。5日後の晩宴で私が着るドレスは、一着のみ。つまり、みなさんの中でひとりがデザインしたものだけです」

私は身を起こし、ドレスの目立つしわをさりげなく撫でた。


「な……なに?ひとり!?この前の選考は……」


「うふふ……それは前菜に過ぎないわ。本当の競争はたった今始まったばかりなの」


「つまり……この5日間のうちに、私たちは新しい作品を提出しなければならないのですか?!」


「そう、正解よ」


信じられない表情を浮かべ、顔を見合わせている数人を見て、私は笑いがこみ上げてくる。

乱れた布をつま先で蹴散らし、私は高価で無意味な彩りの中に立ち、目の前にいる若くて才能あるデザイナーたちをゆったりと見つめた。

「落選した作品は、この散らかった布の山に捨てられるわよ。みんな、がんばってね。私はみんなを全力で導くわ」


ミューズとして、当然芸術家に一番偉大な作品が作れるよう導かないと。

導きそのものは、作品の最も魅力的な一部にもなるだろう。


狂気は神々の贈り物。

暗き深淵に落ち、魅力的な音色を響き渡る。


これこそが、この世界の真実を表現する心地良い音。


「今回、ドレスを披露してくれるモデルは……ヴィクター帝国の唯一無二のミューズ、アブサンさんです!」


華麗な幕が開き、柔らかな花びらが敷き詰められた赤い絨毯に足を踏み入れると、豪華なシャンデリアの暖かな光が複雑で美しいドレスに流れ、高価なアンティークのようだ。

少し離れたところで、頬のこけたデザイナーがこちらに手を差し伸べ、灰色の瞳が燃えるように輝いている。


この勝者の実力も申し分ないが、運もよさそうだ。

残りのライバルはわずか5日間で次々と事故に遭ったり、自主的に辞退したり、その裏に潜む暗流は隠されていた。


結局……深淵の縁にある白骨には、誰も気づかないだろう。


私が微笑んで彼の手を取って舞台前に向かうと、羽扇の後ろに隠された貴婦人たちがささやき始める。


「すごく華やかなデザイン、お食事会にぴったり……」

「この方が王室のデザイナーたちとの競争で勝ったらしいわよ。本当に才能があるみたいね」

「本当?この方の独占デザイン権をいくらで買い取れるかしら……」

「えっ、あなた、もう専属のデザイナーが何人もいるでしょう?私からこのドレスを奪わないで」

……


途切れ途切れの笑い声がその場を盛り上げるが、まだ満足していないのが私にはわかる。今回の「作品」の展示はもう静かに終わりを告げていた。

酒を飲む人たちを横目に、私は隅の物陰で彫像のように固まって座っている人物に興味を覚えた。


甘美な音楽がゆったりと流れ、ダンスフロアの人々が鮮やかで混沌した一団となる。まるで私の部屋の乱雑な布の山のようだった。

シンプルなドレスに着替えた私は人混みを避けながら、その目立たない隅に向かって歩いていく。


「こんなすみっこで、ひとりでお酒を飲んでいるの?」

私はにっこり笑って、手にある透明な液体の入ったグラスを軽く振る。目の前の人は冷淡に頷くだけだった。


私は気を留めずに彼女の隣に座った。右にあるガラス窓から吹いてきた庭園の夜風が、バラの香りを帯びて、夜の宴会の熱さを和らげていく。


「鴨肉のコンフィ、久しぶり」


Ⅱ.芸術

(※原文通りに書き出していますが、恐らく鴨のコンフィが正しいと思います)

「最近、なんでパーティーに参加しないの?」

窓の外で揺れるバラの花と常緑つるの茂みから目を離し、私は上機嫌で冷えたシャンパンを一口飲んだ。


「最近、御侍に対し現場で絵を描く依頼が少なくなった」


私は彼女の視線を追って、人ごみの真ん中にいる画家を見た。彼は貴族たちに熱心に話しかけ、おそらく自分が手にした肖像画を一生懸命売ろうとしているのだろう。


「なるほど……ミードさんの画力は相変わらず素晴らしいね」

彼女の御侍のことは好きではないが、客観的に見れば彼はヴィクター帝国でも名のある優秀な画家なのは確かだ。

そう思うと、私はつい笑って首を振ってしまった。


「人間って、本当に奇妙な生物ね」


「奇妙……?」

鴨肉のコンフィは珍しく冷淡な表情以外の感情を表し、私を不思議そうな目で見つめる。私の「奇妙」という言葉について真剣に考えているようだった。


「ふふ、そうよ……あんなにちっぽけで、醜くて、もろくて、価値がないのに……素晴らしい芸術を生み出すことができる」

「絵画や音楽、演劇、建築、ファッション……作品は素晴らしいけれど、作品に命を吹き込んだクリエイターとはどうしても似つかわしくない」


私は再び微笑み、もう一口飲んだ。甘い液体が喉を通り、心地よく椅子の背にもたれる。


「人間の世界は、本来、大半が虚構。まるで意味のないものばかり」

鴨肉のコンフィは視線を下げ、なにか他のことを思い出したようだった。


「ふふ、人間界はつまらないけれど、本物の芸術はそれを救ってくれる……そう信じている」


夜風は優しく、ほのかな香りを運んでくれる。鴨肉のコンフィの興味なさそうな様子を見て、私も思い切って目を閉じてリラックスした。

しかし、迷惑な奴はいつもこのような穏やかな時に割り込んでくる。


アブサン、ダミアンが外で君を探している」

顔色の悪いミードが肖像画を抱えて私の前にやってきた。どうやら売り込みに失敗し落ち込んでいるようだ。


私は窓の外を見ると、やはり茂みの奥で用心深く辺りを見回している姿が見えた。

どうやら、またトラブルが起きたらしい。


……


庭園の回廊を抜けると、宴会の騒がしさと音楽は虫の鳴き声にかき消されていく。私は噴水の前で足を止め、後ろからずっとついてくる男を振り返って見た。


「私になにか用かしら……御侍?」


「僕は……」

久しぶりのその呼び方にショックを受けたのか、彼は不安そうに襟元に顔をうずめ、私を見つめる勇気はないようだ。

「僕は……君に許しを乞いたい」


「許し?」


「認める……君に対する誹謗中傷は僕が衝動で流したものだった。しかし、僕は後悔している!」

彼は自らの声に驚いたようにはっと顔を上げる。

その目元は赤く染まっていた。

「当時、僕はチーフデザイナーの座を失ったばかりで、君は他の人たちのモデルになっていた。僕は……僕は混乱していて、くだらないことを……」


「待って……ダミアンさん、まさか私があんな幼稚な中傷のためにあなたを捨てたと思っているのかしら?」

笑いがこみ上げてくるのを抑えるように額を撫でた。私の御侍は昔と変わらず、愚かで可愛らしい。


当時の彼は才能に溢れており、それは芸術家の率直さや純粋さと見ることもできるだろう。

だが彼が才能を失った後、それは愚かさ以外何も生まない。


「つまり……君は……僕の作品を完全に見限ったのか……」

彼はひどくショックを受けた様子で、数歩後ずさりし、顔から血の気が引いていく。


「まあ、そう言えるかもしれないわね……違うの?」


「いや……いや……違う!俺はまだ立ち直れる。君が助けてくれるなら。君しか僕を助けられないんだ!」

「まだ最後の作品が……完成されていない!」

「お願い、助けてくれ!僕のミューズ……僕の最後の偉大な作品……」


私の足元で泣き崩れる人間の姿を見ても、心は動かない。でも、他のものには興味が湧いてきた。


「偉大な作品?」

その狂気と絶望に満ちた顔を見下ろしている今、彼の目に映った私は、懇願している民衆を見下ろす神のような存在かもしれない。


「そう……そうだ……君がいつも渇望しているだろう?この世界を救える偉大な作品を……」


満足な答えを得て、私は微笑みを浮かべ、小さくうなずいた。


「期待を裏切らないでね、私の愛しい御侍」


Ⅲ.狂気


真夏の夜の風がセミの鳴き声と共に流れ込み、会場には優雅な竪琴とフルートの音が交じり合い魅力的なハーモニーとなる。

私は少し退屈にシャンパンのグラスを揺らし、隣の空いた席がなんとなく目についてしまった。


「……まさか、あの画家のモデルは高貴で優雅に見えるが、正真正銘の狂人だったなんて!」

「ただの臆病な美人だと思っていた……彼女の養父のためだったみたいね」

「ふん、食霊というものは、本来、主人が飼っている家畜とかわらない……どんなに偽装しても、手なずけられない狼はいつか噛みつくものだ」


美しい音楽の中に断片的な会話が混ざり、まるで不協和音のように美しい曲を濁していく。

私はのんびりと姿勢を直し、視線は偶然にも女性たちに囲まれた若い男性に落ちた。

まるで花の中に閉じ込められた可愛い鳥のようだった。ああ、もちろん、肉に飢えた人食い花だ。


薄っすらと笑みを浮かべる私に、男は私に目を向けた。この機会にグラスを掲げて挨拶し、優雅に、そしてさりげなく「人食い花」の群れから身を離した。


「こんばんは、アブサンさん」

彼は私のそばに座り、優雅な態度で私に乾杯してから、ダンスフロアの人々の旋回を眺めた。


さっきと比べて、彼の笑みの中に潜む嫌悪感は消え、淡々とした無関心さだけが残されている。

どうやら、有名な「放浪者」は、噂ほど女性には興味がないようだ。


私はシャンパンを一口飲み、ダンスフロアの人々が二度入れ替わるのを眺め、それからさりげなく口を開いた。


「鴨肉のコンフィの件、貴方と関係はある?」


「ふふ……」

ザバイオーネはわずかに眉を上げ、すぐにいつもの笑顔に戻り、目の前の楽しそうな人々を眺めた。

アブサンさん……友人の代わりに俺を責めるつもりか」


「ちょっと気になっただけ……やっぱりそういう「狂気」じみたこと、彼女の好みじゃないみたいね」


――目の前にいる品格のある紳士は、案外あの衝撃的な『血の宴』が似合っている。


「おや?アブサンさんの目には、俺の方が狂人に見えるのですか」

ザバイオーネは納得したようにうなずいた。


「ふふ……狂人というのは、時には褒め言葉でもあるわ」

暗い深淵は底が見えず、そこには禁忌もない。

枷に縛られると、美しいものは生気を失う。


「面白い……本当に友達が恋しいなら、アブサンさんもちょっとした罪を犯したらいい。いつかタルタロスで再会できるかもしれません」

立ち上がって別れを告げたザバイオーネは、気分がよかったらしく、私に一杯の酒をすすめ、真剣に「アドバイス」をしてくれた。


「ふふ……検討してもいいわ」

私はグラスに残るシャンパンを飲み干し、同じく真剣にそのアドバイスを受け入れた。


彼を見送っている時、クリスタルのシャンデリアがかすかに光と影を揺らし、ダンスフロアの雑踏を鮮やかな色の塊に切り裂いた。

私も思わず考えてしまった。もし目の前のすべてが濃く鮮やかな緋色に浸されたら、どんな光景になるのだろうと……


夢中になって考えていると、音楽は徐々に静かになり、貴族たちは笑いながらダンスフロアを離れ、濃い血の色のような幕がゆっくりと下りていく。

幕の後ろには、見慣れた人影が静かに身を乗り出し、まるで私に手を振っているかのようだった。


忘れるところだった……今日のパーティーのハイライトを。


……


楽屋に着くと、長く待っていたダミアンが黙々とマネキン上のドレスを整えていた。

それはシンプルな仕立ての純白のドレスで、引きずる長い白い裾以外に、過剰なデザインは一切なかった。


「ふふ……これが貴方のいっていた偉大な作品なの?」

私は軽く目を細め、ダミアンは身震いした。彼は私の不満を感じ取ったからだ。


「信じてください……このドレスは、君に最も相応しく、唯一無二の芸術品になる……」

ダミアンは懇願するような目で私を見つめ、真っ黒で光のない瞳が長いテーブルを眺め、一瞬だけ奇妙な感情がちらりと光った。

それは彼の目に見たことのない……狂気だった。


長いテーブルの上には、細長い脚のワイングラスが置かれ、不気味な濃い緋色の液体が入っていた。

電光石火の間に、私はなにかを悟って、微笑みを浮かべた。


夏の夜風に舞い落ちる露のしずくは、やがて抗えぬ勢いで宿命のような暗い深淵へと滑り落ちるだろう。


Ⅳ.絶響


私の御侍、ダミアンは王室史上最年少のデザイナーだった。

しかし、私の目には、彼は偉大な芸術家として必要な要素が足りないように思えた。


まるで上等の竪琴に弦が一本欠けたように、美味しいデザートに少しクリームが足りないように、鮮やかな花々に心地よい香りがないように……


この些細な欠点が、彼の超えがたい壁となり、彼を「優秀」という枠に閉じ込めてしまった。

どうしても本当の「完璧」には至れない。


案の定、新星が次々と輝く中、彼の美的センスとデザインは年齢と共に成長を止めた。

どんなに努力や工夫を凝らしても、彼の作品はますます輝きを失っていく。

彼自身と同様に、つまらなく、平凡で……無数の枷に縛られていた。


「ミューズ」が再び彼を愛すれば、彼はインスピレーションの泉と神の手を取り戻せるだろうと、みんなが言っていた。


しかし、ミューズはひび割れた不毛の大地を救うことはない。それが昔どれほど美しく繁茂していたとしても。

彼女は豊かな土地に光と雨を与えることを惜しまないのも同じことだ。


彼女が本当に愛するのは芸術そのものであり、その作品の後ろにいる顔が見えない人間ではない。


だから、私が去るまで、地に伏して涙を流すダミアンには――

彼になにが欠けているのかを告げることはなかった。


……


カラン――

晩餐会の鐘が鳴り響き、目の前の厚い幕がゆっくりと開いた。

真っ赤な花びらに覆われた舞台を踏むと、優雅なドレスが背後でそっと引きずるように一筋の純白を描き出した。


待ちかまえていた貴族たちがいつものように、私の身につけている作品について議論していた。その中には幾つかの不満の声も混ざっているようだった。

「……あれはダミアンのデザインではないか?あいつはとっくに王室デザイナー協会から除名されたんだ……なぜパーティーで展示されている!」

「うーん……このドレスは本当に普通に見えるね。ダミアンはコネで通したのか?」

「チェッ、うちのミューズ様がしがらみで特別扱いしてやったのかな……」


「みなさん……」

後ろからよろめく足音が響き、酒を飲んで赤面したダミアンが幕の中から滑稽な姿で現れる。

観客の貴族たちはそれぞれ異なった表情でクスクスと笑い、ささやき合った。

ダミアンはグラスを片手に、足を引きずりながら壇上にやってきた。

彼は私を見てニヤリと笑い、そして観客たちに向かい語り始める。


「みなさん……ご出席いただき、ありがとうございます――」

ダミアンはグラスを高く掲げ、台下の嘲笑や揶揄の視線には気にも留めなかった。


「ご出席ありがとうございます……これが僕の最後のショーとなります。本当の偉大な芸術は、今、始まるのです……」


まだ温かみの残るグラスが私の手に渡され、ダミアンは手を伸ばし、「どうぞ」というしぐさをした。

その瞳は真っ黒だが、魅惑的な深淵のように人を惹きつける。


「僕のミューズ、もう一度僕を愛してください」


深淵には誘惑的な歌が響き渡り、魂を惹きつけるサイレンの歌のようだった。

私はグラスを手に取り、濃い緋色の液体を気持ちよさそうに見つめた。


「私の光栄よ」


……


ダミアンの酒を飲むと、私はすぐに意識を失った。万華鏡のような多彩な色の中で、力強いつるや、野性的に広がる大リコウダや、多汁で豊かな果実が目の前に現れた。

そして、豊かな土壌を流れるのは、暗紅で濃厚な液体だった……


再び目を開けると、晩餐会は一面の静寂に包まれていた。地面に力なく倒れている人々は、絹の中に包まれた人形のようだった。

クリスタルのシャンデリアの光と影が、きらびやかな色を切り取って、色の濃淡があるが、そのベースの色はどれも赤だった。


私の身に纏われた赤いドレスが豪華な絨毯の上に広がっていた。その長い裾は、もう呼吸しなくなった芸術家に握りしめられていた。

――本当に完璧な傑作だ。


Ⅴ.アブサン


すりガラスの窓から、幻のような波の光が差し込み、涼しげな木の床に揺れる。

青い綾のような海水の中で、影のように魚の群れが雲影のように通り過ぎ波紋を広げる。


タルタロスには昼も夜もなく、四季もない。まるで時間の神に忘れられた海底の秘密の遺跡だ。


「0666、この場所にはもう慣れたようだね」

巡回中のザバイオーネが、いつの間にか鉄の扉の外に立っていた。彼は紳士的な笑みを浮かべ、扉の中のアブサンを見つめた。まるで二人がただの普通の夕食会で偶然出会ったかのように。


「また会ったわね、ザバイオーネ……」

アブサンはやや柔らかいベッドに寄りかかり、ガラス窓や海の魚の群れから視線を戻した。

「ふふ、ここは想像より悪くないみたいね。正直言って、この刑務所はかなり綺麗よ」


「言ったはずだ、タルタロスの建造の目的は、食霊を迫害するためではない……」


「ふふ……」

アブサンは周囲を見渡し、部屋の目立つ美しいマネキンに目を止めた。一定時間ごとに、マネキンのドレスが入れ替わる。

それぞれ異なるスタイルのドレスは、完璧な作品とは言えないが、目を楽しませる飾りにもなるだろう。


タルタロス、この精巧で唯一無二の監獄は……日の光が当たらない墓場か、みんなの言う通り無期懲役の地か、それとも――

特別な食霊たちの避難場所か?


アブサンはなにかを悟ったように微笑み、灰色の鉄の扉の向こうに見えるぼんやりした姿を遠くから眺めた。

青白い波光が夢のように揺れ、ザバイオーネは静かに立ち尽くし、去ろうとしなかった。


「0666、あのワインは……どこから来たか知っているか?」


「なに、また取り調べの時間になったのかしら……」

アブサンの瞳は暗くなったが、姿勢はゆったりと快適そうにしている。

「残念ながら、私にはわからないわ――それがどこから来たのか、どのように使うのか、なんに役立つのか、ダミアンさんはどれも教えてくれなかったから」


「なにも知らずに、飲むのか……ふふ」

ザバイオーネは鉄門の格子に近づき、声をひそめた。

「そのグラスのワインには、食霊を堕化させる薬が混ぜられていた。もし解毒剤がなかったら、おそらく君はもう怪物になっているだろう」


「そう……」

がらんとした部屋は深海のような静寂に包まれ、怪しげな波光がきらめく中、ザバイオーネは女性の顔に一瞬通り過ぎる奇妙な感情を鮮明に感じ取った。

――それは、自身の推測を確かめた狂喜というものだった。


「本当に怖いわ」

アブサンはにやりと笑いながら言った。自分にはまるで関係のない話をしているかのように。


「君はとっくに俺の収監リストに載っているけど……でも、君は少し急ぎすぎだ」

答えを得たザバイオーネは鉄の扉にもうひとつ重い錠前を掛け、黄銅の鍵をそっと3回まわした。


「最近、タルタロスは不穏だ。0044号が脱獄したから。おそらく、君たちの自由行動時間はしばらくなくなるだろう」


鉄の鎖と錠前がかすり、ガシャッと長く尖った騒音を立てる。まるで奇妙な音符のように。アブサンは意味深な視線で、鍵をしまい、去ろうとする男を見つめた。

「ふふ……ザバイオーネさんはやはり、私が思っていた通り、単なる放浪者ではなかったのね」



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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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