紫陽花と雨宿り・ストーリー
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目次 (紫陽花と雨宿り・ストーリー)
- 紫陽花と雨宿り
- プロローグ
- 雨降る夜 桜の島の辺鄙な村
- 雨降る夜 桜の島のとある料理人の家
- 雨の降る朝 桜の島のとある料理人の家
- 雨降る午後 紗良御侍の家
- 雨降る午後 紗良御侍の家
- クエスト1-2
- 雨降る午後 桜の島にある和菓子屋
- 雨降る午後 紗良御侍の家
- クエスト1-4
- 雨降る朝 紗良御侍の家
- クエスト1-6
- 雨降る午後 紗良御侍の家付近
- クエスト2-2
- 雨降る午後 桜の島にあるボロ小屋
- クエスト2-4
- 雨降る午後 桜の島 郊外
- クエスト2-6
- 雨降る朝 紗良御侍の家
- クエスト2-8
- 雨降る午前 紗良御侍の家
- 雨降る午後 桜の島 郊外
- クエスト3-2
- 雨降る午後 桜の島 郊外
- 雨降る夜 紗良と紗央の家
- 雨降る午後 桜の島郊外
- クエスト3-4
- 雨降る午後 鳥居私塾
- クエスト3-6
- 晴れた日の午前 紗良御侍の家
- クエスト3-8
- 晴れた日の昼 紗良御侍の家
- 晴れた日の昼 桜の島 郊外
- クエスト4-2
- 雨降る午後 紗良御侍の家
- 雨降る夕方 紗良御侍の家
- クエスト4-4
- 晴れた日の午前中 桜の島 京海城のふもと
- 晴れた日の夜 紗良御侍の家
- クエスト4-6
- 晴れた日の夜 紗良御侍の家
- 雨降る朝 紗良御侍の家
- 宝箱 うな丼
- 晴れた日の午後 桜の島 某所
- 宝箱 流しそうめん
- 晴れた日の午前中 桜の島 海辺のたこ焼き屋
- エピローグ
- 真夏二十一日午後 グルイラオのとある花屋
紫陽花と雨宿り
季節は梅雨。降りやまない雨の中、食霊・水信玄餅はとある料理御侍と出会う。
ふたりと食霊たちとの小さな日常に広がる、絆と再生の物語ーー。
プロローグ
雨降る夜 桜の島の辺鄙な村
――雨が降っている。
激しく地面に打ち付けられるその様は、まるで雨が死んでいく瞬間を見させられているようだ。
水信玄餅:(雨の日は、より鮮明に『あの日』を思い出す……)
水信玄餅:あの日、雨に打たれて、そのまま消えたら。いや、もっと前に消えていたら良かったのだ。
水信玄餅:(そうしたら御館様は死なずに済んだのに)
日々増え続けた後悔は、私の中で澱となっている。今日もまた後悔だけを積もらせるのだ。
私はそっと目を閉じる。
もう、明日が来なければいいのに。
このまま、消えてしまったらいいのに。
これ以上後悔を重ねたら、御館様が愛してくれたこの見た目すら、『化け物』になってしまいそうで――
雨降る夜 桜の島のとある料理人の家
???:……っと!ちょっと!起きて!
パチパチと頬を叩かれ、ゆっくりと水信玄餅は目を開ける。
水信玄餅:(誰……?)
水信玄餅は、こんな時間に来る来訪者について思い当たらない。
目の前にいるのは、初めて会う者だった。
水信玄餅:(そもそも、ここはどこだろう……?)
???:起きたみたいだね。大丈夫?意識はしゃんとしてる?
その問いに水信玄餅は頷いて、目の前の女性を見た。
水信玄餅:あの……ここはどこですか?私はどうしてここにいるのでしょうか?
???:それは私が聞きたいんだけど……その前に――君、水信玄餅じゃない?
女性の言葉に、水信玄餅は驚いて目を見開いてしまった。
雨の降る朝 桜の島のとある料理人の家
朝が来て、水信玄餅はまだしっくりこない様子で、その家にいた。
紗良:もうすぐできるから。もうちょっと待ってて。
そう言って朝食を作る女性の背中を見ながら、水信玄餅はまだこの状況を受け入れ切れていなかった。
あの後、水信玄餅は料理人であるという彼女から自己紹介をされた。
彼女の名前は、紗良(さら)。かつては料理御侍だったが、堕神との戦で体を壊したため、今は最低限の生活費を確保するため、お菓子を作っている料理人らしい。
彼女は最近、幼少期に食べた水信玄餅の味を再現すべく、夜な夜な料理研究に勤しんでいたと言う。
そして、昨晩。目の前に水信玄餅が現れた――これは、料理人として光栄なことだ、と彼女は笑った。
紗良:まさか水信玄餅を召喚できるとは思わなかったよ。私が水信玄餅を食べたのってかなり前のことだし。
紗良:でも、君を召喚できたってことは、私の水信玄餅はかなり本物に近いってことだよね。嬉しいねぇ……!
水信玄餅:……。
紗良の背中を見つめて、水信玄餅は複雑な面持ちになる。どう答えるべきか、良い言葉が浮かばなかった。
彼女の嬉しそうな顔に、求められて召喚されたことはわかったが、その期待に応えられないと水信玄餅は思う。
精神的なものだと言われているが、足が動かずに車椅子の生活だ。
それだけではない――『化け物』である自分が傍にいたら、きっと彼女を殺してしまう……!
水信玄餅:私はきっと御侍様を殺してしまいます……そうなる前に私のことを殺してくださいっ……!
紗良:殺し……って、えっ!?
水信玄餅:わ、私は……化け物で、御侍様の力を奪ってしまう恐ろしい存在なのです。だから、殺してください……!
紗良:水信玄餅……。
紗良はそんな水信玄餅の前にかがんで、その頭に優しく手を乗せた。
紗良:怖い夢でも見たか?大丈夫、もう怖くない。
水信玄餅:ち、違いますっ!これまでに私は何人もの御侍様を殺してしまっているのです!
水信玄餅:夢なんかじゃない……っ!夢だったらどんなに良かったか……!
紗良:契約した御侍様を食霊が殺すなんて、聞いたことないけど……まぁ、それはそれとして。
紗良:私の体は堕神との戦いでボロボロになっちゃってね。老い先短い身なんだ。
紗良:今日明日に殺されてしまう訳ではないだろう?だったら、私の残り短い命、お前にやろう。
水信玄餅:な、何を……!こんな訳のわからない化け物に殺されてもいいと言うのですか!?
紗良:だから、落ち着きなさい。
紗良:私は今、とても機嫌がいい。まさか人生の最後の最後で水信玄餅を召喚できるとは、
紗良:そうだ、お前はあの日、私が出会った水信玄餅だ。
紗良:まだ弟も元気で、両親も健在で……明るい未来に希望を馳せていた。
紗良:懐かしい日々の想い出だ。ちょうどこの辺りにあった和菓子屋で、店を手伝う水信玄餅を見たんだ。
紗良:こうして再会できるなんて……これは、神様からの最後の贈り物かもしれない。
紗良:お前が私を殺してしまうその日まで、どうか私の傍にいてくれ。
満面の笑みを浮かべる紗良に、水信玄餅は言葉もない。この人は、何を言っているのか?
水信玄餅:私には、和菓子屋を手伝っていたという記憶はありません。人違いでは?
紗良:間違えるはずないだろう。君のような食霊は、ふたりといない。
紗良:そうか。もしかしたら忘れているのかもしれないね。聞いたことがある……過去のことを忘れてしまっている食霊の存在を。
紗良:どうあれ、私に召喚されたということは、お前は私の食霊だ。それ以上のことは必要ないさ。
紗良:それとも、既に誰かと契約済みか?
水信玄餅:いえ、今は誰とも……。
紗良:なら決まりだ!よろしくな、水信玄餅。
紗良:ごはんもできたことだし、朝食にしようか。
紗良:誰かと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。今日の朝食はさぞ美味しいだろうな。
雨降る朝 紗良御侍の家
紗良は上機嫌で朝食を食べている。その様子を目の前で一緒にご飯を食べながら水信玄餅は観察する。
水信玄餅:(私は、ご飯を食べなくても問題ないけど……)
紗良:いつもひとりのご飯は味気なくてね。うな丼は頼んでも一緒に食べてくれないんだ。『食霊に、食事なんて必要ない』ってさ。
紗良:ま、あいつは私の食霊じゃないし、言うこと聞いてくれないのは仕方ないけど……。
紗良:友達?うーん、そんな感じじゃないかな。どっちかっていうと、家族……。
水信玄餅:家族、ですか。
紗良:うな丼は、弟の食霊だったんだ。
紗良:ほら、昨日話したろ?私の体は堕神にやられてボロボロだって。
紗良:そのときさ、弟も死んだんだ。ただ、生前にあいつは私のことをうな丼に頼んでたらしくてね。
紗良:そんな縁で、今もあいつは私の仕事を手伝ってくれてる。まぁ、あと僅かな時間だろうけどさ。
紗良:君は、ここで私とごはん食べたり、話し相手になってくれたりしてくれたらいいよ。
紗良:あと、朝起こしてくれたりとか。どう?
水信玄餅:それくらいなら……できる、けれど。
紗良:じゃあ決まりだ!今日から一緒にごはんを食べよう。約束だ!
水信玄餅:……。
また、水信玄餅は無言になってしまう。体が弱いという彼女の傍に、自分がいていいのか、決めかねているからだ。
そのとき、ドタドタと荒々しい足音を立てて、部屋に見知らぬ男が入ってきた。
うな丼:邪魔するぞ!
紗良:あ、うな丼!まだごはん中だからちょっと待ってて。
紗良の言葉を聞いて、入って来た男が『うな丼』であると水信玄餅は理解する。
うな丼:ん?誰だ?
水信玄餅:……!
急に視線を向けられ、水信玄餅はビクッと背筋を伸ばした。
紗良:聞いて驚け!私が召喚した食霊――水信玄餅だ!
うな丼:お前が召喚した……?
水信玄餅:驚いた表情を浮かべ、うな丼がまじまじと水信玄餅を見る。
うな丼:本当に、紗良が召喚したのか?
紗良:ここに食霊を召喚できるのは、私しかいないだろうが。
うな丼:確かにそうだが。
小さく嘆息し、うな丼は肩を落とす。
うな丼:それで?今日はどうするんだ?行かないのか?
紗良:そうだな、水信玄餅がいるし……。
水信玄餅:私は大丈夫です。どこかに行くなら留守番しています。
紗良:そうか、じゃあ頼もうかな。お前とうまいもの食べるためにも、しっかり稼がないといけないしな!
笑顔で告げて、紗良はうな丼と共に出ていった。
水信玄餅:(どうしよう……私は、ここにいてもいいのかな)
そんな疑問を抱きながら、水信玄餅は紗良御侍とうな丼を見送った。
数日後、雨降る朝 鳥居私塾
数日前から降りやまない雨に、猫まんまがうんざりしていた朝――激しく私塾のドアを叩く音が響いた。
重たい体を起こし、ゆっくりとドアを開けると、そこには見知らぬ青年がずぶ濡れで立っていた。
猫まんまは、青年を部屋へと案内し、体を拭く為のタオルを渡す。
猫まんま:大丈夫ですか?風邪などひかねば良いが。
流しそうめん:大丈夫!俺は元気なのが取り得だから!
青年は爽やかな笑顔を浮かべて、ずぶ濡れになった頭を拭きながら、笑顔でそう答えた。
猫まんま:もし忘れているだけなら申し訳ない。初めまして、で良いだろうか?
流しそうめん:そうだな、会うのは初めてだ!
流しそうめん:君、猫まんまだよね?俺は流しそうめん!君のことは水信玄餅から聞いてる。
流しそうめん:ああ、水信玄餅とは友達だ!よろしく、猫まんま。
桜餅:お話中に失礼します、お茶をどうぞ。
猫まんま:……そうだね。あ、おはようございます。
さんまの塩焼き:おはよう、みんな。君は……?
流しそうめん:初めまして!あなたがさんま先生ですね。俺は流しそうめん。よろしく!
流しそうめん:その……早速で申し訳ない。俺、水信玄餅を探しに来たんだけど、ここにはいない――かな。
流しそうめん:彼の住んでる村に行ったら姿が見えなくて。雨も降ってたし、気になっちゃってさ。
流しそうめん:虫の知らせっていうのかなぁ……今日、彼の御侍の夢を見てさ。杞憂なら、いいんだけど。
さんまの塩焼き:……彼はここには来ておりませんね。
流しそうめん:そっか……じゃあ、どこに行ったんだろう?
さんまの塩焼き:心配ですね。
猫まんま:ちょっと探してみますね。雨だし、そう遠くへは行ってないでしょう
流しそうめん:あ、俺も一緒に行くよ!猫まんま、ふたりで水信玄餅を探そう!
雨降る午後 紗良御侍の家
水信玄餅が紗良御侍の家に来て、数日が過ぎた。
紗良:じゃあ行ってくる!いい子で待ってるんだよ!
紗良御侍は、水信玄餅の頭を撫でて、ご機嫌な様子でうな丼と共に家を出て行く。
そんな二人を見送って、水信玄餅はひとり、御侍の家に残された。
特にやれることはない。できることと言えば、雨音を聞くことくらいだ。
紗良御侍は家にいるとき、ひっきりなしに水信玄餅に話しかける。
だから、退屈とは無縁だった。だが、ひとりになると途端に暗澹とした気持ちになる。
水信玄餅:(この日々は、いつまで続くのだろうか)
紗良御侍は、いつも笑顔で元気そうに見える。だから、自分が彼女の生気を吸い取っているようなことはないのでは、と思ってしまう。
水信玄餅:(そんな筈はない……これまで私はふたりの御侍を亡くした)
水信玄餅は、紗良御侍の前に仕えていた御侍様……『御館様』と呼んでいたその方より前の御侍の記憶がないのだ。
水信玄餅:(だが、自分が『化け物』であるという記憶だけは、脳裏にこびりついている)
その記憶が、今も水信玄餅を苦しめる。記憶を失ったとき、何故そのことも忘れられなかったのだろうか。
そうしたら、今こんな風に苦しまずに済んだのに――そんな風に考えてしまう。
水信玄餅:(いや、どうであれ、事実は変わらない。私は御館様を殺してしまったのだ……)
目の前に横たわる御館様の記憶。雨の音と共に蘇る、あの忌まわしき、記憶。
水信玄餅:(嫌だ嫌だ!もう、思い出したくないのに……!)
息苦しくなって、水信玄餅は自らの体を抱き締めた。
水信玄餅:(このままここにいたら、御侍様を殺してしまうかもしれない……!)
あんなに幸せそうに笑っている御侍様を殺すなんて、水信玄餅は考えたくなかった。
水信玄餅:早く帰って来てください、御侍様……。
そうしたら、こんなこと考えずに済む。御侍様がいたら、笑顔で話しかけてくれるから――
水信玄餅:(何も解決しないことはわかっている。けれど、ひとりでこんなことを悩んでいるのは、耐えられない――)
そのとき、ドアを叩く音が聞こえた。水信玄餅は入り口へと向かう。
流しそうめん:すみませんー!
猫まんま:誰かいますか?
猫まんま:やはりここにいたのか。
流しそうめん:この家で見かけたって人がいてさ! 来てみたんだ!
水信玄餅:……何故ここに?
流しそうめん:決まってんだろ!お前を探しに来たんだ!
猫まんま:君が急にいなくなったからさ。心配していたんだ。
流しそうめん:大丈夫か?
水信玄餅:その、ここに住む料理御侍に召喚されて……だから、私は大丈夫だ。
猫まんま:なるほど。前の御侍様が亡くなって、契約が切れて……
流しそうめん:それで、新しい御侍に呼び出されたのか。
紗良:誰かいるのか?
水信玄餅:御侍様!
紗良:知り合いか?水信玄餅。
水信玄餅:は、はい。ここに来る前にお世話になっていた者たちです。
紗良:そうか。初めまして、紗良だ。新しく水信玄餅の御侍になった。
流しそうめん:初めまして!俺は流しそうめんっていうんだ。こいつの前の御侍に世話になったのが縁で友達になった。
猫まんま:初めまして、吾輩は猫まんま。水信玄餅とは猫が縁で知り合った。
流しそうめん:水信玄餅がいなくなったから心配で探しに来たんだ。まさか召喚されてたとは思わなくてさ。
猫まんま:無事でよかった。鳥居私塾からそれほど遠くないし、この距離なら、気軽に会いに来られる。
紗良:ふむふむ。水信玄餅の友達なら、いつ来てくれても構わないぞ。
うな丼:おい、紗良。食材は貯蔵庫に置いといたぞ!
紗良:ありがとう、うな丼。
うな丼:ん?誰だ?
紗良:水信玄餅の友達だそうだ。
うな丼:へぇ……。
うな丼:じゃあ、拙者は帰るぞ。また明日来る。
紗良:ああ、いつも悪いな。明日もよろしく頼む。
雨降る午後 紗良御侍の家
流しそうめんと猫まんまはまた明日来ると告げて、紗良の家を後にした。
流しそうめん:見つかってよかったな!安心したよ。
猫まんま:そうだね。このまま見つからなかったらどうしようかと思ったよ。
流しそうめん:それで?お前はどうする?
猫まんま:どうする、とは?
流しそうめん:俺は明日から暫くあいつのところに行こうと思ってる。
流しそうめん:良かったら一緒に行かないか? 鳥居私塾の手伝いもあるだろうし、毎日は難しいかもしれないけどさ。
流しそうめん:あいつのことだ、きっと足のことを気にしてると思う。何か変わりに手伝えることがあるかもしれない。
猫まんま:……なるほど。確かにそうかもしれないね。
猫まんま:わかった、吾輩も一緒に行こう。
流しそうめん:よし、じゃあ決まりだ!ひとまず……堕神を倒しながら戻ろうぜ!
クエスト1-2
雨降る午後 桜の島にある和菓子屋
料理御侍としての才能が特段に優れていた紗良は、幼少期に悪い奴らから目をつけられた。
両親を人質に取られ、食霊を召喚することを強制されるも、紗良はなかなか食霊を召喚しなかった。
本人は『できない』と主張するも、その言葉は受け入れられずに、紗良と弟は桜の島へと放り出された。
自らが危険な目に晒されれば、きっと食霊を召喚をするはずだ、と考えているのだろう。
それでもやはり紗良は食霊を召喚『できなかった』。それは、気持ちの問題であり、能力の問題ではない。
なんとか二人で力を合わせれば、最近堕神が増え始めた桜の島でも、なんとか生き抜いていけた。
問題は食事である。細々と食材を確保するも、それでも育ちざかりの二人には足りなかった。
そんなときだった。その店を見かけたのは。
紗良:『金……軒?』
かろうじて読めた看板に書かれた文字を見て、紗良は救われた気がした。
紗良:(どうしよう……お金がない)
物を手に入れるには、お金が必要だ。堕神を追い払っただけでは、食材も手に入らない。
今は紗良ひとり。何か食材をもって弟の元に戻らなければいけない。
紗良:(食霊を召喚し、食材集めに専念すべきなのだろうか。 でも……)
水信玄餅:……?
そのとき、その店から少年がひょこりと顔を覗かせた。
透明感のある薄い表情をした少年は、紗良と目が合うと、瞬きをして中へと戻っていく。
紗良:あっ……!
紗良:(誰だろう、あの子……いいなぁ、お店の子かな)
紗良は空腹を訴えるおなかを押さえて、長い溜息をついた。
和菓子屋の主人:君、どうしたんだ?
すると店の中から料理人が出てきて、紗良に声を掛けてきた。
和菓子屋の主人:おなかが空いているのか?中に入りなさい。
紗良:あ、あの……でも私、お金がなくて。
和菓子屋の主人:お金の心配はいらない。君のような幼い子から、お金を奪おうとは思わないよ。
紗良:……。
そう微笑んだ料理人の後ろから、先ほどの澄んだ表情をした少年が顔を覗かせた。
和菓子屋の主人:水信玄餅、その子を中へ。
水信玄餅:……はい、御侍様。
水信玄餅:こちらへ。
紗良:う、うん……!えっと、み、水……?
水信玄餅:自己紹介が遅れました。初めまして。私の名前は、水信玄餅。よろしくお願いします
紗良:み、水信玄餅!は、初めまして!紗良です!
水信玄餅:よろしく。
水信玄餅はわずかに口端を上げて微笑んで、そっと手を差し出した。
紗良:よ、よろしく……お願いしま、す……。
水信玄餅の手は少しだけ冷たくて……けれどとても柔らかく、そっと扱わなければ壊れてしまいそうだった。
戸惑った様子で紗良が顔をあげると、目を細めて水信玄餅は笑った。
水信玄餅:そんな恐々触らなくても大丈夫ですよ、私はこれでも強いのです。ひとりで堕神だって退治できます。
紗良:ひとりで――って、それはすごいね!
紗良は驚いて声をあげた。これが食霊なんだ……と驚いてしまう。
彼の見た目はまるで少女のように繊細で、堕神と戦う様子など想像ができなかった。
守ってあげなければすぐに壊れてしまいそうな少年。彼がひとりで堕神と戦って、退治してしまうなんて。
紗良はほとんど食霊と接したことがない。食霊を召喚した後は、すぐに悪い奴らに奪われていく。
そのとき食霊から向けられる絶望的な視線に、紗良の心は悲しみに染まっていた。
紗良:(水信玄餅はきっと、御侍様と良い関係を築けているんだろうな……)
紗良と紗央の両親を捕らえている悪人たちは、食霊を召喚し、悪事に利用しているようだ。
自分が食霊を召喚したら、不幸になる食霊を増やしてしまう――それが、どうしても紗良には耐えられなかった。
紗良:(いつか料理御侍になりたいと思うけれど……そのときは、ちゃんと食霊と心を通わせられるときだ)
紗良:(今はまだ召喚したらいけない……これ以上不幸な食霊を増やさないために。彼らは、契約には逆らえないんだから)
水信玄餅:どうしました?
紗良:……ううん、水信玄餅は幸せそうだなって。
水信玄餅:はい。私は御侍様に召喚していただいて、とても幸せです。
その笑顔に、嘘はない。彼は幸せなのだ、御侍様に召喚されたことが。
紗良:(こんな風に……食霊と良い関係を築けたら)
それは、料理御侍として、どれほど幸せだろうか。
そんな料理御侍にならないたいと、紗良は思った。
紗良:あなたの名前を冠してるお菓子なんだ!
水信玄餅:はい。御侍様が作った、今の時期にしか食べられない、特別な和菓子なのです。繊細な味の、とても美味しい和菓子ですよ。
紗良:わぁ……!
一口食べて驚いた。それは、口の中で溶けていく。甘すぎず、程よい味わいが、紗良の口の中に広がった。
紗良:美味しい……!これ、私、すごく好きだわ!
水信玄餅:それは良かったです。けれど、この和菓子は三十分しかこの形を保ってられないのです。
水信玄餅:限られた時間の、特別な和菓子なんですよ!
そこで水信玄餅は満面の笑みを浮かべた。
ああ、これが彼の誇りなのだと――自慢なのだと思った。
このお菓子は、彼にとって御侍様の愛なのだ。これほど美味しく、これほど美しく……とてつもなく儚い。
紗良:あっ!こ、これ……もう一個もらえないかな?弟がね、すぐ近くでおなかをすかせて待ってるの……!
水信玄餅:そうなんだ、待ってて。
コクンと頷いて、水信玄餅は奥へと下がっていく。そしてすぐにその手にもうふたつ水信玄餅をもって戻ってきた。
紗良:あ、一個で大丈夫だよ!?
水信玄餅:そうしたら、あなたの食べる分がないでしょう?
紗良:私は今食べたから!
水信玄餅:せっかくふたりでいるなら、一緒に食べた方が美味しいです。
水信玄餅:問題は、ここから弟さんのいるところに、三十分で戻れるかどうかですが……。
紗良は、急ぎ足で弟を待たせていた場所まで戻ってきた。そして、説明は後回しにして、急いで水信玄餅を食べさせる。
弟はとても喜んでいた。紗良も改めて弟と共に食べた水信玄餅をとても美味しいと思った。
そうして空腹を満たした後、紗良は周囲の景色とその匂いにとても驚いた。
紗良:(ここは、こんなにも澄んだ空気だったんだ。緑の匂い……だろうか。そして、景色も美しい)
生きるために必死に堕神と戦っていた今までは感じられない感覚だった。
ここにも堕神はいるけれど、さっきの水信玄餅のように、人間と共に暮らしている食霊が存在する。
いつか家族みんなでこの島に来て、一緒に水信玄餅を食べたい……と紗良は思った。
だが――その願いが叶う日は来なかった。
雨降る午後 紗良御侍の家
紗良:(あの日食べた水信玄餅の味を再現したい)
そうしたら、あの懐かしい日を思い出して幸せな気持ちで死ねるのではないか、と紗良は思った。
だが、そんなことにどれほどの価値があるか、紗良にはわからない。
紗良:(……一緒に食べたい人もいないのに)
紗良:(――もう自分には、何もないのに)
うな丼と共に、ここで水信玄餅を食べる。そうして、幸せだった日々を思い出しながら、紗良は残り少ない人生を生きる――それが紗良の最後の願いだった。
それこそが己の幸せと、強く紗良は信じて、あの日食べた味を思い出しながら、夜毎水信玄餅を作っていた。
紗良:水信玄餅、ごはんができたぞ。
水信玄餅:はい、御侍様。
見た目はあの日召喚した彼と変わらない。けれど、今の彼は決して笑みを見せることがない。
記憶を失ったという彼に、何があったのか、紗良にはわからない。
紗良:(彼に……また前みたいな笑顔を浮かべてほしい。けれど、私にはそれを与えられる術がない)
それは悲しいことだったが仕方がない。紗良は、失い過ぎたのだ。大切な人も、その肉体も――守らねばならないものが、もう何もないのだ。
紗良:(ならば、最後にこの子だけは)
水信玄餅:どうしました?
その声はかつてと同じ響きを持っている。紗良は、それだけでまだ希望があったかつてに戻れたようでうれしかった。
紗良:……いや、なんでもない。
けれど、もうあの頃とは違う……それは、痛いほどわかっていた。
水信玄餅:はい。来ると思います。
紗良:だったら、君が寂しい思いをしなくて済むな。
水信玄餅:……私が、御侍様と一緒に食材集めに行けたらよかったのですが。
紗良:気にしなくていいよ、そんなこと。私には、うな丼がいるし。まあ、弟の食霊だけど。
水信玄餅:……。
水信玄餅は黙ってしまった。彼は何かがあって、車椅子の生活を過ごしている。
それについてまだ紗良は言及していない。どう切り出していいかもわからなかった。
紗良:(いいんだ、そんなことはどうでも。少しでもこの子が幸せだと感じてくれたら)
紗良:(どうせ残り僅かな命。彼を神からの贈り物と思って、余生を生きよう――)
そう思って紗良は、忘れていた笑みを浮かべ、水信玄餅を優しいまなざしで見つめた。
水信玄餅:(私は……なんて無価値な存在なのだろうか)
水信玄餅:(せっかく召喚してくれた御侍様と食材集めすらできない。なんのために、召喚されたんだろう?)
水信玄餅は神を憎んだ。御侍様のような優しい人の傍には、自分のような役立たずより、もっといい食霊がいただろうに。
───
(例えばそうだ……彼のような)
・<選択肢・上>流しそうめんのようだったら 流しそうめん+15
───
クエスト1-4
雨降る朝 紗良御侍の家
紗良:……もうやめて!
紗良:私は食霊なんて召喚したくない!どうせあなたたちは彼らにひどいことをするんでしょう!?
紗良:どうしてよ!ぶつなら私をぶって!お母さんやお父さんをぶたないでよ!
紗良:お願いやめて、やめて、やめて……!
水信玄餅:――御侍様!
紗良:……ッ!
水信玄餅に呼ばれて、紗良は目を覚ました。
水信玄餅:大丈夫ですか、とても魘されていました。
紗良:ゆ、夢か……ごめん、大丈夫……。
体を起こして、息を整える。嫌な夢だ。もう思い出したくない、過去のできこと。
水信玄餅:良かったです……わっ!?
紗良は水信玄餅を引き寄せた。そして、長い溜息をついた。
紗良:大丈夫、もう……大丈夫。
そしてゆっくりと顔を上げ、水信玄餅を見て笑った。
紗良:嫌な夢を見たんだ。随分と昔の……嫌な夢を。
水信玄餅:……そうでしたか。
紗良:でも、夢だから。良かった、君がいてくれて。
水信玄餅:い、いえ、私は何も……!
紗良:じゃあ、ごはんにしよう!今から作るから、ちょっと待っててね!
そう言って立ち上がった紗良だったが、そのまま咳き込んでしまう。
水信玄餅:御侍様、大丈夫ですか!?
ゼェゼェと息を乱して、紗良はゆっくりと呼吸を整えていく。
紗良:大……丈夫。ごめん、急に。
紗良はすぐに笑顔を浮かべ、体を起こした。
紗良:君と一緒に朝ごはんを食べたらさ、すぐ良くなるから。
そして紗良の作った朝ごはんを、水信玄餅は食べている。
食霊は食事をしなくても生きていけるが、御侍に求められているので、水信玄餅は彼女と共に食事をする。
この時間の紗良はとても楽しそうで――水信玄餅は、彼女と過ごす時間が好きだった。
水信玄餅:(だが、こんなこと、わざわざ召喚された食霊がすることだろうか)
そんな疑問が、水信玄餅の中では尽きない。
すると、ドアを叩く音と同時に、ドカドカと荒々しい足音を立て、うな丼が部屋へと入ってきた。
うな丼:おはよう。ん、朝飯を食ってるのか。
紗良:お、もうそんな時間か。良かったら出かける前に、お前も食べないか?
うな丼:拙者には必要ないと何度も言っている筈だが?
紗良:水信玄餅、聞いたか?うな丼はなぁ、いつもこうなんだよ。お前と違って、冷たい奴なんだ。
水信玄餅:……そう、なのですか?
うな丼:いいじゃないか、飯を食う相手はもうできたんだろう?拙者まで食べる必然性がない。
紗良:お前って奴は……いい加減、嫌われるぞ?
うな丼:さて。特に嫌われて困る相手はおらぬのでな。
紗良:ああいえばこういう……本当に可愛くない奴だ、うな丼は。水信玄餅を見習った方がいいぞ?
紗良はパクパクと残っていたごはんを勢いよく食べて立ち上がった。
紗良:じゃあ、行ってくる。留守番は頼んだ。
笑顔で手を振って、紗良が家から出て行く。
それを見送って、水信玄餅は肩を落とした。
───
(どうしたら、御侍様の役に立てるのだろうか……)
・<選択肢・上>紗良に相談する? うな丼+5
・<選択肢・下>流しそうめんと猫まんまに聞いてみよう 流しそうめん+15
───
クエスト1-6
雨降る午後 紗良御侍の家付近
紗良は堕神相手に苦戦していた。最近、息が上がるのが早い。堕神にやられた傷は癒えることなく、紗良を苦しめていた。
紗良:はぁ、はぁ……はぁ。
うな丼:無理するな。
紗良:無理しなきゃさ、生きていけないだろ。
うな丼:お前の面倒は、拙者が最後まで責任を持って見る。
紗良:弟に頼まれたから?
うな丼:勿論それもあるが……。
紗良:ごめん、意地悪を言った。
ゆっくりと息を吐いて、紗良はその場にしゃがみ込んだ。
紗良:今はさ、そんな死にたいと思わなくなった。ほら、あの子を召喚したから。
紗良:あの子、昔とまるで変わってないんだよ。それが食霊ってものなのかもしれないけど。
紗良:でもね、確実に変わったところがあって。全然笑わないんだ、あの子。
紗良:何があったかはわからないけど、昔の記憶もないみたいだし。
紗良:何か、してあげられることはないのかな……。
うな丼:さて、どうかね。
紗良:あったらいいな、って思っただけさ。
そこで、紗良は空を見上げる。澄み渡る青空。全身に風が抜ける。
紗良:体はボロボロでさ、堕神と戦ったとき、何で死ななかったのかなって思う。
紗良:それは、今でも思ってるけど。
紗良:自分の代わりに、弟が生きてたらって……やっぱり思うけど、こればっかは自分にはどうにもできないもんな。
うな丼:あれは、不幸な事故だ。
紗良:うん、そうだね。きっと、事故だ。でも、そういうことじゃなくて。
紗良:巡り合わせかね、運がいいのか悪いのか。
紗良:私に力がなくて、弟に力があったらいいのに、って何度も思った。
紗良:あの子はさ、ずっと食霊を召喚したかった訳じゃない? でもできなくって。
紗良:悲しいけど、望むだけじゃ手に入らないものってあるし……望まなくても手に入れてしまうものもある。
紗良:努力って何の役に立つのかなって考えてたときもある。
紗良:でも、弟は努力でお前を手に入れた。『想う力』っていうのは、強いんだね。私はさ、なんだかすごく感動したんだ。
うな丼:……そうだな。
紗良:私は結局、両親を救うために、食霊を召喚して……犠牲にした。その結果両親は戻ってこなかった。
紗良:もう二度と食霊を召喚することなんかないって決めてたのに……私は嬉しいんだ、水信玄餅を召喚できて。
紗良:そう思えるのも、お前の存在があってこそだ。
紗良:弟とお前の絆を見てたらさ、やっぱりちょっと憧れた。
紗良:でも、沢山の食霊を不幸にしてしまった私だからさ、もう望むのも烏滸がましいと思っていたけど。
紗良:神様っているんだね。私に水信玄餅をくれた。
紗良:あの子は今記憶をなくしてるみたい。もしかしたらさ、私と過ごした時間も忘れちゃうかもしれないけど。
紗良:『今』は間違いなく、あるんだ。
紗良:お前は生き証人になる。どうか、覚えていてくれ。紗良という料理御侍が、水信玄餅を召喚したことをさ。
紗良:って、図々しいな。お前はあくまで弟の食霊で、あいつの頼みだから、ここにいてくれてるのにさ。
うな丼:忘れんよ、拙者は。お前のことも、紗央のことも。
紗良:ん?
うな丼:これで物覚えがいいんだ。忘れてることは何一つない。きっと、この瞬間の会話も、拙者はずっと覚えているだろう。
紗良:そうか……だったらいいな。
――これは感傷だ。
そうわかっていて、でも紗良は嬉しいと思う。
紗良:ま、そんな訳だ! 私は最後に神からもらった最高の贈り物である水信玄餅のために働くんだ。
紗良:あの子に食わせるごはんのためにさ!
紗良:……食霊は、ごはんなんて必要ないって言うかい?
うな丼:それを言うべきなのは、拙者ではなく水信玄餅だ。気になるなら、聞いてみるといい。
紗良:おお、怖い! そんなことは聞けないさ。頷かれたらどうするんだい。
紗良:老い先短い女は、保守的なんだ。もう、傷つきたくないのさ。
うな丼は肩を竦めて、それ以上何も言わなかった。だから、紗良もそれ以上は言及しない。
紗良:よし、帰ろう。夕飯の用意をしないといけないからな!
雨降る午後 桜の島 郊外
誰に悩み相談をしようか悩んだ末、水信玄餅は遊びに来た流しそうめんと猫まんまに話してみた。
猫まんま:ふむ、それは難しい問題なのだ。
流しそうめん:そうだな、確かに難しい……。
水信玄餅:すまない、そんな難しい相談をしてしまったか。
しかし、流しそうめんも猫まんまも良い返答はできなかった。三人は顔を見合わせて唸ってしまう。
『御侍様の役に立ちたい』
そんな願いではあったが、足の動かない今、それはとても困難に思えた。
実際に怪我をした訳ではない。けれど、私はどうしても立てないのだ。精神的なものだとわかっていても、どうにもならない……。
水信玄餅が紗良御侍様の元に来る前に仕えていた『御館様』――廉の元にいた日々を想い出す。
彼は、村でとても大きなお屋敷に住んでおり、それで水信玄餅は彼のことを『御館様』と呼んでいた。
その館はかなり前に建てられた屋敷で、あちこちが壊れ、倒壊寸前のボロ屋だった。
しかし彼は館を直そうとはしなかった。
『あるがままに』
それが、彼の信条であった。そんな大きなところもまさに『御館様』に相応しいと、水信玄餅は好んでそう呼ばせていただいていた。
そんな彼は、日々とても忙しくしていた。
決して自らの利益では動かず、常に人のために行動していた。
そんな彼は当然のように村人に好かれていた。
水信玄餅:(当然、私も大好きだった)
そんな彼の役に立ちたいと水信玄餅は頑張った。自分にできることは何かを自分なりに模索して、頑張っていた『つもり』だった。
水信玄餅:(だが……その結果、私は彼を殺してしまった)
そんな私がまた御侍様のために何かしようと動けば、また同じような結果が待っている気がして――
それがどうしようもなく水信玄餅には怖かった。
猫まんま:だからって、無理してどうにかなるもんじゃない。そんなこと、君の御侍様も望んでいないのでは?
水信玄餅:それは、そうだけど……。
流しそうめん:任せろ、水信玄餅! そのために今日、俺たちは来たんだ!
水信玄餅:え?
猫まんま:流しそうめんと相談して、吾輩と彼で、君の御侍様を手伝いができないかと思ったのだ。
水信玄餅:それは有り難いが……助け合いになってないのでは?
流しそうめん:んー。俺はお前の前の御侍に世話になったからさ。その恩返しだ!
猫まんま:吾輩はまぁ……猫の世話をしているくらいだから。空き時間は結構あるのだ。
水信玄餅:嫌だとは思わないけど……。
水信玄餅:(少し、申し訳が立たないだけだ)
そこに紗良とうな丼が帰ってきた。
紗良:おや、君たち。来てたんだね! これから夕飯を作るんだ。良かったら食べて行かないか?
猫まんま:それは……迷惑ではないのだろうか?
紗良:何を言うか! 水信玄餅とふたりでも当然楽しいが、更に君たちが加わったらもっと楽しい!
紗良:水信玄餅も、友達の君たちが一緒なら嬉しいだろう。
紗良:うな丼も一緒にどうだ? 皆で食べる夕飯は美味いぞ。
うな丼:三人も一緒に食べてくれる者がいるのだ。それで十分であろう。拙者は、帰らせてもらうぞ。
うな丼はそう告げて、さっさと家から出て行ってしまう。
紗良:あいつは本当に冷たい男だ! まぁいいさ。私には君たちがいる!
そう悪態をつきながらも、とても楽しそうに紗良は白米を頬張っている。
そんな幸せそうな紗良を見て、水信玄餅は心が嬉しくなるのを感じる。
水信玄餅: だが同時に、無力な自分のことが、悲しくもなった。
水信玄餅:(私は……御侍様の役には、立てないのだろうか?)
答えが出ないまま、水信玄餅は頑張って紗良の作った夕飯を食べた。
水信玄餅は……。
・<選択肢・上>猫まんまの世話している猫と戯れたい。 流しそうめん+15
・<選択肢・中>うな丼を羨ましいと思っている。 うな丼+15
・<選択肢・下>流しそうめんと流しそうめんを食べたい。 流しそうめん+5
クエスト2-2
雨降る午後 桜の島にあるボロ小屋
これは水信玄餅にとって、今は思い出せない記憶。
ある日、水信玄餅を召喚してくれた和菓子屋に堕神が襲来した。
その数は多く、和菓子屋は倒壊。ひどい状況だった。
そこに助けに来たのは、料理御侍ギルドの桜の島支部に所属している料理御侍たちだ。
彼らの中には戦闘に長けた料理御侍がおり、見事堕神を一蹴した。
たったひとりで果敢に立ち向かって深い傷を負った和菓子屋の店主は、助けられてすぐに訊ねた。
廉:水信玄餅は……どこ、だ……?
しかし、彼の姿は見つからなかった。あのすごい数の堕神を前に消滅してしまったに違いない――そのように思われていた。
だが、真実はそうではなかった。水信玄餅は消えてはおらず、現場から連れ去られていた……。
静:はぁ、はぁ……はぁっ!
静:ああもう! どうしてよ! 何故私と契約しないの!?
水信玄餅:私の御侍様は、あなたではありません。私を召喚してくれた御侍様は、まだ生きています。
静:そんなことは知らない! いいから私と契約しなさい!
水信玄餅:わ、私は御侍様に忠誠を誓っております! とてもよくしていただきました。それなのに、どうしてあなたと契約などできるでしょう……!
静:黙りなさいっ……!
静:はぁ、はぁ……はぁっ! もうっ! 苦しい……!
静:アンタのせいで! 私がこんなに苦しい思いをしてるのよ……! はっ、はっ、はぁっ!!
静:アンタを連れてきてから……! ずぅっとこう……! まともに呼吸すら、できなく、て……!
静:ああ、憎々しいッ! どうして大人しく言うことを聞けないの……!?
水信玄餅:……ッ!
女は、怒りの形相で手近の転がるものを水信玄餅に投げつける。
水信玄餅:やめてください……! 痛いです……!
静:うるさいっ! はぁ、はぁ……! 逆らうお前が悪いのよ……っ!
静:私は料理御侍として、食霊と契約しなくちゃならないの!
静:アンタと契約できたら、みんな私を見直するわ! 幻の水信玄餅! ほらっ、そんなすごい食霊を私は使役しているんだから……!
水信玄餅:私はあなたと契約なんかしません……! 絶対に、しません……!
静:なんて強情なっ! 許さないっ! 許さないわっ!!
水信玄餅:痛っ! 痛いです……っ! くっ……! どんなことをされても、私は絶対に頷きません……!
そんな日が何日も続いた。理不尽な暴力に、水信玄餅の心は疲弊していく。
だがそれでも、決して彼は頷かなかった。大切にしてくれた御侍様への忠誠を頑なに誓っていた。
そして水信玄餅は知った。自分が、どれだけ御侍様に大切にされ、愛されていたのかを。
自分の利益しか口にせず、まるで物のように自分に当たる目の前の女に、水信玄餅はただただ唖然とする。
水信玄餅:(このような……無体なことが許されるのか……!)
水信玄餅は、何度となく逃げ出そうと思うもそれは叶わない。手足を縛られ、自由を奪われ、理不尽な暴力で体は傷ついている。
水信玄餅:(こんなところで……いいようにされてたまるかっ!)
それまで使ってこなかった力だった。食霊として、堕神に対抗し得る力。
まさか人間相手に使う日が来ようとは思わなかった。
静:きゃあああっ!!
それでも水信玄餅は加減をしたつもりだった。本気だったら、この女性を殺してしまう。
いくらなんでもそれは避けたかった。自分が誰かの命を奪うなど……それまでの水信玄餅には想像すらできなかったからだ。
静:うっ……くぅううっ!! なんて、なんてひどい……! お前は……! 化け物だっ!!
静:こうやってお前は人を攻撃するんだ! 食霊の癖に! 信じられない!
静:お前は食霊の力で人を殺す化け物だ!
静:お前と一緒にいるようになってからずっと苦しいっ! お前は私を殺すつもりだな……!
水信玄餅:(何を……言っている?)
静:こうやってお前は、人の生気を奪うんだ……! だからずっと私は苦しかったんだ! うううぅっ……!
静:全部お前のせいだっ! はぁ、はぁっ!! お前なんか死ねばいいっ! お前みたいなひどい食霊なんかさらってこなきゃよかった……!
その後もその女は大声で泣きわめき、髪を振り乱しながら、水信玄餅に向かってひどいことを叫び続ける。
次第に水信玄餅の意識は薄れていく。
水信玄餅:(御……侍さ、ま……!)
その後――水信玄餅は保護された。
救出前に、水信玄餅はその女と強引な契約を結ばされた。
だが、そのときのことは水信玄餅の記憶にはない。水信玄餅が覚えているのは……よくわからない場所から、優しい誰かに助け出されたことだけだ。
その者こそ、水信玄餅が『御館様』と慕う、とても心優しい人であった。
それ以外のことは――水信玄餅は、今なお思い出せない。それは、ひどいことを言われて暴力を振るわれた記憶に結び付くからだ。
彼は自らを守るため、記憶に蓋をした……。
(暗転)
水信玄餅:……館様、御館様っ……!!
紗良:水信玄餅……!?
その声に顔をあげると、そこには紗良の姿があった。
水信玄餅:お、御侍……様。
紗良:大丈夫か? ひどく魘されていた。
紗良:は、はい……大丈夫です。
息をつき、水信玄餅は伸ばされた紗良の手に、自身の手を添える。
紗良:嫌な夢を見たのだな? でもそれは夢だから……大丈夫だよ。ここには、お前を脅かすものはない。
そう優しく微笑んで、紗良は水信玄餅の頭を撫でた。
水信玄餅は、紗良の息遣いを間近に感じて、ホッと胸を撫で下ろす。
水信玄餅:(ここに……危険な者はいない……?)
しかし、同時に水信玄餅は怖くなった。
水信玄餅:(違う! ここには『私』という化け物がいる……!)
その拭えない事実に、水信玄餅は体を震わせる。
水信玄餅:(私は御館様の命を奪ってしまった……彼女の命も同じように奪ってしまうかもしれない)
そもそも、自分がどうやって御館様の命を奪ったのか知らないのだ。
水信玄餅:(けれど、御館様の命を奪ったのは『事実』だ。御館様が目の前に倒れていた光景は――夢ではない)
目の前で横たわって亡くなっていた御館様。
水信玄餅:(御館様は、私と契約をしていたから亡くなったのだ)
水信玄餅:(その前の御侍様も――私の力のせいで亡くなってしまった……!)
水信玄餅:(私は……自分が怖い。大切な人を傷つけてしまい、のうのうと生きている自分が――嫌いだ……!)
苦悩の末、水信玄餅は……。
苦悩の末、水信玄餅は……。
・<選択肢・上>その考えを胸の内に留める。 うな丼+5
・<選択肢・中>深いことは考えずに眠ったほうがいい。 うな丼+15
・<選択肢・下>もっといろいろ考えるべきだ。 流しそうめん+15
クエスト2-4
雨降る午後 桜の島 郊外
桜の島にある和菓子屋の店主は、堕神襲撃で大切な食霊が消えたことを大層に悲しんだ。
その後、堕神襲撃で受けた傷が原因で若くして店主はその命を落とした。
彼は死の間際まで、息子のように可愛がっていた食霊を気にかけていたようだ。
それが、半年ほど前の話――現場に駆け付けた料理御侍ギルド桜の島支部の料理御侍である廉は、その事実に胸を痛めていた。
廉:(過去を振り返っても何も帰っては来ない……だが)
彼は気づいてしまった。和菓子屋の店主が息子のように可愛がっていた食霊の水信玄餅がまだ生きていることを。
そしてそのことに気が付いたのは、店主が亡くなる直前のことであった。
もっと早く気づいていたら、という後悔は勿論ある。だが今できることは、後悔ではない。
廉:(水信玄餅を救い出すこと……!)
廉が水信玄餅の居場所を突き止めたのは、店主が亡くなった後のことだった。
その現場に入って、廉は言葉を失った。
泣き崩れる女と、身動きを取れなくされた水信玄餅。驚いて廉は水信玄餅に駆け寄った。
水信玄餅:御侍……様、御侍様……どこですか、私の御侍様……!
掠れる声であげられたその声に、廉は胸を痛めた。
廉の足元には、御侍と食霊の契約書が一枚落ちていた。静と水信玄餅の名前を記されている。
水信玄餅の書いたと思われる文字はひどく歪んでいた。意に染まぬ方法で書かされたのだろうか。
水信玄餅:もう私は御侍様の元には戻れませんか……? あの契約書は私の本意ではありません……!
廉:来るのが遅くなって済まない……。
水信玄餅:御侍……様、御侍様……!
その声に反応し、水信玄餅が廉に向かって手を伸ばした。
片手だけ自由な状態で、目隠しをされた彼には、かつての御侍と廉の区別がつかないのだろう。
この状況を、廉は直視するのが辛かった。現実の非常さに、廉は眩暈がする。
そんなことしか口に出来ない自分を、無力だと思う。だから、彼には自分が出来ることをなんでもしてあげようと廉は思った。
水信玄餅:ここはとても綺麗ですね、御館様!
水信玄餅はほどなく元気になった。食霊の体力というものには、ほとほと驚かされる。
廉:広いだけのボロ屋で済まないな。これまではひとりで住んでいたからな。
水信玄餅:確かに屋敷は古いですが……風情がある、という御館様の仰ること、この水信玄餅にはわかる気がするのです。
彼はあの事件のあと、体力の回復と共に笑うようになった。
水信玄餅:え? 私の前の御侍様が亡くなったと?
廉:死に至るまでの経緯を詳しくわかってはいないが……。
水信玄餅を捕らえていたのは、廉の同僚であった静という娘だ。
彼女は料理御侍ギルド所長の娘だった。とても努力家で、すべてを犠牲にし、料理御侍ギルド所長の娘に相応しい存在であろうとした。
そのためにどうしても彼女は、立派な食霊を使役しているという肩書が欲しかった。
だが、熱意と努力だけで埋められるほど、料理御侍という仕事は容易なものではなかった。
その者が持っている本来の能力に大きく影響される仕事で、残念ながら彼女にはその『能力』が著しく欠如していた。
料理御侍として、貴重な食霊と契約していることは、それだけでステイタスとなる。
その肩書が欲しかっただけ……それが痛いほどわかって、廉は胸を痛める。
努力家の彼女は、廉から見て尊敬に値したし、己を律するのに、彼女の存在はとても好ましいものだった。
才能という点で、廉や廉の同僚の者たちは優れていたかもしれないが、その熱意や努力に関しては、彼女に並ぶ者は存在しなかった。
だが、現実は無情にも彼女のプライドを傷つける。彼女は才能がなかったという一点で、その心を病むほどに周りから傷つけられた。
料理御侍ギルド所長の娘なんかに生まれなかったら、その悲劇は防げたかもしれない。
そのことを思うと、廉は彼女の罪は認めても、どうしても責める気にはなれなかった。
廉:あれは……哀れな女だった。純粋で真っすぐであるということは、必ずしも報われるものではない。
廉:不幸な巡り合わせであった。彼女に代わって、俺が君に謝ろう。済まなかった――
水信玄餅:その、謝らないでください。私にはなんのことだかわからないので……。
水信玄餅は申し訳なさそうにそう言った。
その後、彼の回復を待って、廉は水信玄餅と契約を交わした。
記憶を亡くした彼は、僅かな時間だが一緒にいてくれた廉を信用してくれたのだろう、廉の申し出を大層に喜んだ。
だが、水信玄餅はその後、毎晩のように魘されることになる。覚えていない、記憶のかけらに。
水信玄餅:違う、違う……私は化け物なんかじゃ……!
水信玄餅:このままじゃ、私が御侍様を殺してしまうかもしれないだと……!? 嘘だ、嘘だ、嘘だ……!!
その呻きに廉はただ少年の頭を撫でてやることしかできない。
思い出さない方が良い思い出だ。思い出せないのに、事実だけを伝えて何になるだろう?
廉:(いつか彼が、この苦しみから逃れられたらいい)
廉はそんなことを祈って日々忙しく働いた。
その結果、廉は体を壊してしまう。
料理御侍という仕事は、それほど夢のある職業ではない。体を張った、危険な仕事だ。
それでも、その仕事に就くことを夢見る者は絶えない。その者の何人が、料理御侍になれてよかったと思って死ねるのか――
廉はそれでも料理御侍になったことを後悔していなかった。料理御侍になれたことで、彼はたくさんの経験をしたから。
良いことも悪いことも含めてよかったと――彼は死ぬ間際に思った。
ただひとつ残した心残り……水信玄餅がどうか幸せでいてくれるように――それだけを願って、彼はこの世から去った。
紗良:どうした? 水信玄餅。
水信玄餅:あ、御侍様! 今日は、とても空が綺麗だと思ったのです。
紗良:ああ、そうか。最近雨続きだったからな。
水信玄餅:こうして空を見ていられる時間は穏やかで……私はとても好きです。
紗良:ふむ、そうだな。お前とこうして一緒にいる時間は、私もとても安心する。
水信玄餅:御侍様……。
紗良:どうした? 浮かない顔だ。
水信玄餅:いえ……なんでもありません。そろそろ寝た方がいいですね、夜風は体に障ります。
水信玄餅はがっくりと項垂れた。
忘れたいけれど、忘れられない――自分が『化け物』だという記憶。
水信玄餅:(御侍様はいい人だ……けれどこのまま私が一緒にいたら、御館様の様に彼女も死んでしまうかもしれない)
水信玄餅は、こんなときは誰かと話したい願った。
・<選択肢・下>流しそうめんと話がしたい。 流しそうめん+15
クエスト2-6
雨降る朝 紗良御侍の家
――翌日。
水信玄餅が紗良を起こしに行くと、彼女はとても調子が悪そうだった。
水信玄餅:あの……大丈夫ですか、御侍様。
紗良:ああ、今日は雨のせいかな。体調が優れない。こういう日は、どうにもダメだな。
力なく笑った紗良に、水信玄餅はまた自分が御侍様の生命力を奪っているのではと不安になる。
紗良:どうした? 浮かない顔をして。
水信玄餅:いえ、御侍様が辛そうだから。
紗良:あはは……まぁ仕方ない。最近少し無理をしてしまったからな。
紗良:もう体はボロボロなんだ。わかってるんだけどね、君がここに来てくれて毎日楽しくてさ。
水信玄餅:楽しい、ですか?
紗良:まさかお前を召喚するとは思ってなかったからさ、念願の水信玄餅だったんだ。そりゃあ楽しいさ。
紗良:でも、こんな私じゃ、君は退屈かもしれないね。
水信玄餅:そんなことありません! むしろ、私を召喚したから、御侍様は苦しんでいる……!
水信玄餅:御館様も、その前の御侍様も、私を召喚してくれた御侍様も、私が『化け物』だから死んだ……!
紗良:……お前がここに来たときも言っていたが、私はそれで構わないよ。
紗良:あのまま、納得いく水信玄餅を作れたとして、それで何になる?
紗良:そうとわかっていても、もう私にはそれくらいしかやることがなかったんだ。
紗良:今、毎日がとても楽しいよ。それはお前がここに来てくれたからだ。
紗良:懐かしい気持ちを思い出したよ。家族って……いいものだな。
紗良:毎日朝起きて、こうして傍にいてくれる者がいる。
紗良:それは、かけがえのない幸福だ。
紗良:人はそんな当たり前の日常を、享受して生きている。
紗良:きっとそれは失って初めて気が付くものだ。それまでの自分が、どれほど幸せであったかを。
紗良:お前はすごいことをしてくれているんだ。侘しいまま死んでいくはずだった私に、生きる希望を与えてくれた。
紗良:そんなお前が『化け物』だと苦しむことなんてない。
紗良:もしそれを少しでも申し訳ないと思うなら、どうか私が死ぬそのときまで傍にいてくれ。
紗良:そうしてくれたら、私はそれ以上に欲しいものはない。
水信玄餅:御侍様……!
水信玄餅:(こんなに優しい御侍様を、私は本当に殺してしまうのか……!)
紗良:水信玄餅……?
水信玄餅:私は化け物です! 私がいなければ皆死ななかったのに……私のような化け物こそ死ぬべきだったんだ!
紗良:どうした? 落ち着け。
水信玄餅:御侍様! どうか私を殺してください! このままあなたの生気を吸い取って生きていくなど、私には到底耐えられない……!
紗良:私の怪我は、己の責任だ。お前のせいじゃない。お前がいてもいなくても、私は近いうちに死ぬだろう。
水信玄餅:私なんか召喚しなかったら良かった! そうしたら、御侍様は苦しまなかったんだ!
水信玄餅:違う、お前が来てくれたから、私は毎日楽しく過ごせている。
水信玄餅:こんな化け物に、そんな優しい言葉をかけないでください……!
静:『お前は……! 化け物だっ!!』
そんな声が頭の奥に響く。この声に、水信玄餅は長い間苦しめられている。
水信玄餅:違う……違うっ!
誰の声とも知れない、その声に水信玄餅の息があがっていく。
水信玄餅:あ、うっ……! ううぅ……!
水信玄餅は頭を押さえて呻く。辛い、この記憶は……これ以上蘇らせたくない……!
水信玄餅:私のせいで、大切な人たちが死んでしまうなんて……! 嫌だ、嫌だっ……!
水信玄餅:御侍様にはわからないでしょう、こんな気持ちは! わかるはずがない……!
そう叫ぶ水信玄餅の肩に、紗良はそっと頭を置いた。
紗良:……そうだな。
小さくそう告げて、紗良は水信玄餅の頭をポンポンと軽く撫でた。
紗良:悪い、水信玄餅。もう少し休みたい。今は、下がってくれるか。
水信玄餅:は、はい……お邪魔、しました。急に怒鳴って、すみませんでした。
まだ息を乱したまま、水信玄餅は御侍の部屋を後にする。
水信玄餅:(あの記憶は……私を追い詰める……)
優しい御侍様に怒鳴ってしまったことを、水信玄餅は悔いた。
(あの記憶から逃れたい……どうしたらいい?)
・<選択肢・上>頑張って考えないようにする。 うな丼+15
・<選択肢・中>早く流しそうめんたちが来ないかな。 流しそうめん+15
・<選択肢・下>何も考えず寝てしまおう。 うな丼+5
クエスト2-8
雨降る午前 紗良御侍の家
うな丼:そうか、わかった。では、今日は拙者がひとりで行ってこよう。
水信玄餅が紗良の不調を伝えると、うな丼はそう言って出て行った。
流しそうめん:何かあったか?
そこで水信玄餅は今朝あったことを二人に伝える。
猫まんま:ふむ、やはり吾輩にはそんな風には見えないが……。
そんな反応に水信玄餅は項垂れる。どうしたらいいかわからない……その葛藤を素直にふたりに伝える。
流しそうめん:でも、そんな話聞いたことないぞ。食霊が御侍の生気を奪うなんて。
猫まんま:吾輩も聞いたことがない。
水信玄餅:だったら何故私の御侍様たちは亡くなってしまったんだろうか?
水信玄餅:私が化け物なら……説明がつく。
流しそうめん:うーん……そもそも料理御侍って危険な職業だからな。俺の御侍もやはり戦争で命を落とした。
猫まんま:この時代、死は背中合わせだ。いつどうなってもおかしくない。まして料理御侍ならな。
そんな流しそうめんの言葉に、納得したいとは思うものの、どうしても水信玄餅は頷けない。
それはあの『記憶』だ。忌まわしい、あの声。脳裏にこびりついて、今なお水信玄餅を苦しめる。
静:『お前は……! 化け物だっ!!』
御館様には、結局その話をできないままだった。そんなことを知られるのが怖かったし、それが事実だと認識したのが、そもそも御館様が死んだときだったから。
流しそうめん:じゃあ、調べてみるか?
水信玄餅:え?
突然言われた言葉に、水信玄餅はきょとんとしてしまう。
流しそうめん:食霊でそういう奴がいたかってこと。
水信玄餅:そんなこと、可能なのだろうか?
流しそうめん:やらないよりはマシだろ。そうやってずっと訳わからない話でお前が苦しんでるのは、見ていて辛い。
水信玄餅:すまない……。
流しそうめん:違うって! ここは謝るところじゃない。お前だって俺が何かで悩んでたら相談に乗ってくれるだろ?
水信玄餅:それは、勿論そうだが。
流しそうめん:だったら、ここは俺に任せてくれ!
流しそうめんが、爽やかな笑顔でドンと自分の胸元を叩く。
水信玄餅:流しそうめんは、すごいな。私は、そんなこと考えもしなかった。
流しそうめん:ハハッ! 悩んでるだけってのはどうにも性に合わなくてさ。動いてる方が俺にはあってる!
そして流しそうめんは、頼まれた用事を終え、猫まんまと帰っていった。
こうやって、損得関係なく友達のために動いてくれる。自分だったら同じようにできるかわからない。
彼は突然御館様が連れてきた食霊だった。
そのときの彼は契約していた御侍様が亡くなったばかりで、今よりもずっと暗い表情を浮かべていた。
彼はいつでもとことん納得の行くまで考えて、そして行動する。水信玄餅とは違ったタイプで、御館様に少し似ていた。
彼は自分を飾らない。そんな流しそうめんは水信玄餅にとって、信用できる存在だった。
だが、今回の件については水信玄餅は懐疑的だった。
水信玄餅:(確固たる証拠もない話。ただ、脳内の声に苦しめられているだけだ)
この足と同じだ。精神的なものにすぎない。だが、だからこそ、水信玄餅は囚われている……。
水信玄餅:(この呪縛から解き放たれる日は来るのか)
わからず、水信玄餅は溜息をついた。
雨降る午後 桜の島 郊外
うな丼:さて、こんなものか。
うな丼は、集めた食材を袋に詰めて、グッと伸びをした。
紗良の体調は悪化する一方だ。もう良くなることはないだろう。
本来なら、弟と共に死んでいてもおかしくない状況だった。
彼女が料理御侍として優れていたから、ギリギリ命をこの世に繋ぎとめたに過ぎない。
うな丼:(それももう僅かの時間か……)
うな丼:(拙者があの姉弟にしてあげられることは、もう殆どない……)
人間と食霊の生きる時間はあまりに違い過ぎる。これは、うな丼にとって、僅かな時間だ。
うな丼:(だが、拙者はこれからもこの姉弟のことは忘れないだろう)
それだけはうな丼にとって確かなことだった。
うな丼:(一日でも長く……彼女が生きられるように)
そんなことを切実にうな丼は願った。
(その願いは……。)
・<選択肢・上>叶う。流しそうめん+5
・<選択肢・中>叶えたい。うな丼+15
・<選択肢・下>叶ったらいい。流しそうめん+15
クエスト3-2
雨降る午後 桜の島 郊外
紗央:あーもう!! 次から次へとキリがねぇ!
うな丼:そうだな。まぁ、拙者たちならこの程度、問題にはならないだろう。
紗央:でも! 疲れはするだろ!
うな丼:そんなことを言われても困る。拙者、お主の疲れにまで責任は取れぬからな。
紗央:別にそんな責任を取れなんて言ってねぇ! ただ、もうキリがねぇなって話!
戦闘が一段落し、三人は暫しの休憩することにすることにした。
紗良:……確かに、紗央の言う通り。最近堕神の数が増えすぎだな。
紗良:この程度の堕神なら私たちの敵ではないが……大物が出てきたら、さすがに持ちこたえられない。
紗央:山奥ならともかく、こんな山のふもとにまでそんなヤバい堕神は出てこないだろ。
紗良:……これからのことはわからないってこと。
紗良:いろんな組織が力をつけてきてる。どんなことが起こるかわからない。
紗央:それは、そうだけどさ。
紗央:ま、心配ばっかしてても仕方がないよ。今は――この日常が一日でも長く続くことを祈るだけさ。
雨降る夜 紗良と紗央の家
紗央:はー。今日も疲れたな!
うな丼:紗良は?
紗央:もう寝た。なんだかんだ俺より姉貴のが強いもんなぁ。
それがもっぱらの紗央の悩みだ。姉は料理御侍としての才能も、何もかも紗央を上回っていた。
紗央:なんで俺には料理御侍の才能がなかったんだろう。同じ兄弟なのにさ、差別じゃないか?
うな丼:天賦自然と言うからな。そればかりは仕方がない。
紗央:夢のないことを言うなよ。冷たい奴だ。
そこで紗央はテーブルの上にうな丼を置く。
紗央:また作ったのか。
紗央:ああ。これはさ、想い出の料理なんだ。
うな丼:何度も聞いている。行き倒れになったとき、助けてくれた料理御侍が食わせてくれたんだろう?
紗央:すごくうまかったなぁ。あのとき助けられなかったら、今こうしていられなかっただろうしな。
うな丼:そうか。
紗央:感動が薄いな。
うな丼:うな丼の食霊として、そこまで愛されるのは嬉しい……とでも言えばいいか?
紗央:まぁ、そんなのはお前らしくないか。
そこで、紗央は手を止めて、うな丼の目を真っ直ぐに見つめる。
紗央:なぁ、うな丼。俺はいつか立派な料理御侍になれるだろうか?
うな丼:お前は、俺の御侍であろう? もう立派な料理御侍だ。
紗央:……だったら、いいけどね。
力なく笑って、紗央は再びうな丼を食べ始める。
その様子をうな丼は黙ってみている。
紗央:うな丼。
うな丼:今度はなんだ?
紗央:俺になんかあったらさ、姉貴のこと頼むよ。
うな丼:それは、命令か?
紗央:俺に命令なんかできないの、知ってるだろ。
紗央:ただのお願いだ。強制力はない。
うな丼:わかった。考えておこう。
雨降る午後 桜の島郊外
そんな懐かしい話を思い出しながら、うな丼は紗良の家まで戻ってきた。
水信玄餅:ありがとう。御侍様が起きたら渡しておく。
うな丼:では、また明日。
水信玄餅:あ……っ!
うな丼:なんだ?
水信玄餅:その、あなたは御侍様とどういう関係なのだろうか。
うな丼:どういう、とは?
水信玄餅:あなたは御侍様の弟の食霊だったと聞きました。
うな丼:そうだな。
水信玄餅:だったら何故御侍様の面倒を見ているのですか? もしや……その、御侍様の恋人とかなのだろうか。
うな丼:ハハッ! 何を言い出すのかと思えば!
たまらず、うな丼は吹き出してしまう。
うな丼:紗良は御侍の姉だ。それ以上でも以下でもない。
うな丼:紗央から、頼まれたのさ。自分に何かあったら、姉のことを頼む、と。
水信玄餅:御侍様の弟は、やんごとなき立場のお人だったのか?
うな丼:料理御侍は、いつ死んでもおかしくない。
うな丼:紗良と紗央はふたりだけの家族だ。両親は、亡くなっていたしな。
水信玄餅:……そうですか。急な質問失礼しました。
うな丼:いや……まぁ、そうだな。何かあるとすれば――御侍の最後の願いだからな。
うな丼:御侍に対して、忠誠を誓う食霊としては、従わざるを得ないだろうな。
水信玄餅:なるほど。確かに、そうです。契約は……重い。
うな丼:紗良はもう長くないだろう。最後にお前のような食霊を召喚できてよかったな。
水信玄餅:……そ、そうだろうか?
うな丼:あれがあんな風に笑えるようになるなんてなあ……。
うな丼:食霊と御侍の関係を、少しでも良いと思えるようになれるかもしれぬな。
そんなことを言いながら笑って、うな丼は帰っていった。
紗良:水信玄餅?
水信玄餅:あ、御侍様! お体は大丈夫ですか?
紗良:うむ。今日一日寝ていて、大分落ち着いた。
紗良:今、うな丼が来ていただろう。挨拶を出来たらと思ったが……もう帰ってしまったか。
水信玄餅:何か用事がありましたか?
紗良:いや。まぁ、また明日来るだろうしな。そのときでいいだろう。
水信玄餅:あの、御侍様。ひとつ、聞いても良いでしょうか。
紗良:なんだ?
紗良:うな丼のことを? そうだな、あいつには面倒をかけているからな。嫌いな訳がない。
水信玄餅:それって……好きってことですか?
紗良:何が言いたい?
水信玄餅:恋愛感情を抱いているのかな、と。
紗良:あははっ! 冗談はよせ、水信玄餅!
紗良:前にも言ったが、あいつは『家族』みたいなものだ。
紗良:感謝はしているが、そんな甘酸っぱい感情は抱いてはいないよ。
水信玄餅:そうですか、失礼しました。
紗良:いや、謝ることじゃないさ。
紗良:それより、今日は流しそうめんと猫まんまのふたりが来てないな。どうした?
水信玄餅:彼らは今日用事があるようです。
紗良:そうか、寂しいな。
水信玄餅:はい、寂しいです。でも、明日はふたりとも来てくれるようなので……。
そして水信玄餅と紗良は久しぶりにふたりでごはんを食べた。それはそれで楽しくもあり、でもやはり寂しくもあり……。
水信玄餅:(早く明日になるといい……)
水信玄餅はそう思って、眠りについた。
その日水信玄餅は……。
・<選択肢・上>いつもより早めに眠りについた。うな丼+15
・<選択肢・中>明日が気になってなかなか眠りにつけなかった。流しそうめん+15
・<選択肢・下>いつも通りの時間に寝床に入った。うな丼+5
クエスト3-4
雨降る午後 鳥居私塾
流しそうめんと猫まんまは鳥居私塾で、山積みになった本と格闘していた。
流しそうめん:やっぱりそんな話ないよな。
猫まんま:そうですね……。
さんまの塩焼き:何をさっきから探してるんです?
流しそうめん:さんま先生!
猫まんま:食霊のことについて調べています。
そんなさんまの塩焼きの質問に、流しそうめんと猫まんまは、水信玄餅の言っていた『化け物』について調べていると答える。
さんまの塩焼き:食霊が御侍様を?
さんまの塩焼き:そんな話、初めて聞きました。水信玄餅が言ったのですか?
流しそうめん:はい。彼が言うには、その力のせいでこれまでの御侍様は亡くなった、と。
さんまの塩焼き:なるほど。それは興味深いですね。
さんまの塩焼き:ただ、ここにある歴史の本に、そのような記述はありませんでした。
さんまの塩焼き:ここに置いてある本は、すべて私は目を通してますからね。
流しそうめん:じゃあ、どうしたらいいかな……水信玄餅は、そのことでずっと悩んでいたみたいだし。
さんまの塩焼き:『化け物』だと言われた経緯がわかれば、解決の糸口は見つかるかもしれない。
さんまの塩焼き:水信玄餅については、一時期この桜の島では噂になってたからね。
流しそうめん:水信玄餅という幻の和菓子を出す店がある……って話でしょうか?
さんまの塩焼き:あとは、料理御侍ギルド桜の島支部の話だね。
さんまの塩焼き:君の御侍様と水信玄餅の御侍様は、料理御侍ギルド桜の島支部に所属していてね。とても強い料理御侍だって有名だった。
さんまの塩焼き:いずれ、どちらかが現支部長の娘と結婚して、料理御侍ギルド桜の島支部の長になるだろうと。
流しそうめん:……知らなかった。
さんまの塩焼き:まぁ、結果としてはそうならなかったからね。
さんまの塩焼き:君の御侍様は医者になり、支部長の娘は病で亡くなってしまったから。
さんまの塩焼き:そうだ、今日の夜、天ぷらと味噌汁、すき焼きが来る。彼らに話を聞くといい。
さんまの塩焼き:私より詳しい筈だ。彼らはよく飲み歩いているしね。
味噌汁:あーっ、うまい! 『この一杯のために生きてる』って感じだな。
味噌汁が嬉しそうに、お猪口を掲げた。
天ぷら:それで、なんだっけ?
流しそうめん:『化け物』です。水信玄餅は自分は化け物だって言っています。
猫まんま:自分は、御侍の生気を吸い取って生きる化け物だと。
味噌汁:そんな食霊がいるなんて、聞いたことはないぞ。
すき焼き:ふむ、でも興味深い話だな。
流しそうめん:水信玄餅は、知り合いのところから引き取ってきたって聞きました。
流しそうめん:廉さん――水信玄餅が仕えていた前の御侍ですが、彼によると、水信玄餅は彼の元に来る前の記憶がないらしいです。
流しそうめん:何かショックなことがあったのだと思う。
流しそうめん:廉さんも話したがらなかったので、深くは聞いてないんですけど。
すき焼き:じゃあ、化け物じゃないって証拠もないけど、そうだという証拠もない訳だ。
天ぷら:そういうことになるな。
流しそうめん:それって……どういうことですか?
すき焼き:水信玄餅を召喚した御侍は既に死んでる。以前の御侍だっていう廉って奴もそうだろ?
天ぷら:そうなったらもう誰も、その事実を知る者はいない。
流しそうめん:だとしたら、どうするんです?
味噌汁:ふむ……。
味噌汁:『お前は化け物じゃない。その確固たる証拠を手に入れた! だから安心しろ!』
味噌汁:みたいな感じで、かっこよく言えばよいのでは?
流しそうめん:……それ、嘘じゃないですか。
味噌汁:なんだなんだ!? そんなマジな顔して。
流しそうめん:俺、嘘は嫌いです。
味噌汁:『化け物だ』ということを肯定する事実はないのだ。それなのに、嘘つき呼ばわりされるとは心外だな。
流しそうめん:詭弁です、そんなの。
味噌汁:ハハッ、難しい言葉を知っていやがるな? 青年。
さんまの塩焼き:流しそうめん、味噌汁は悪気があって言ってる訳じゃない。だから、落ち着いて。
流しそうめん:それは……わかりますけど。
味噌汁:実際、水信玄餅が化け物だとしても、食霊であることに変わりはないだろう?
天ぷら:今の御侍が納得して傍に置いているなら、それでいいんじゃないか?
猫まんま:あの。今の御侍様も体の弱い方でして……水信玄餅はまた御侍様を殺してしまうのではないかと怯えています。
すき焼き:ふむ。そもそもさ、人間は生気を吸い取られたって死なないよね?
すき焼き:だって枯渇するものじゃないから。ほっときゃ復活するでしょ。
流しそうめん:でも、水信玄餅は悩んでる。紗良さんを廉さんの二の舞にしたくなくて……!
流しそうめん:また御侍が死んでしまったら、あいつはもう立ち直れないかもしれない。俺はそれを防ぎたくて……だからっ!
さんまの塩焼き:この話、昼間に聞いたときも思ったけれど、思い当たる節がある。
さんまの塩焼き:これまで話に出てきてる人間は、みな桜の島の料理御侍ギルドの関係者だ。
さんまの塩焼き:だったら、そのあたりの者たちに話を聞いたら何かわかるのではないかな。
すき焼き:あのさ。その話なら、わざわざ聞いてまわらなくても、なんとなく想像はつかない?
すき焼き:ほら、桜の島の料理御侍ギルドの所長の娘が死んだって話があったよね。
すき焼き:あの話の少し前、水信玄餅がいた和菓子屋に堕神が襲来したでしょ、これは有名な話だ。
すき焼き:あのときさ、まことしやかに囁かれていた噂があった。料理御侍ギルド桜の島支部長の娘が、水信玄餅をさらったって。
流しそうめん:え!?
すき焼き:……水信玄餅の御侍だったいう、『廉』って男の名前。聞き覚えないか?
味噌汁:あー……あのときの。まったく、あれは不幸な話だったよなぁ。
流しそうめん:あの、それはどんな話なんですか?
味噌汁:ん。桜の島の料理ギルドの所長の娘は、まったく料理御侍としての才能がなかったんだよ。
天ぷら:食霊を召喚できるってのは神様からの『ギフト』みたいなものだからなー。
すき焼き:努力しただけじゃ食霊を召喚できない……だからこそ、御侍と食霊の関係は運命的なんだけどね。
味噌汁:そもそも、召喚できる才能がない奴は、どんだけ努力したって仕方がない。
味噌汁:所長の娘はさ、努力家で勤勉家で……とても優秀な女だったけれど、どうしても食霊を召喚できなかった。
味噌汁:だから、所長は桜の島の優秀な料理御侍を後継ぎにしようと思ったんだ。
すき焼き:別に世襲制じゃないしね、ギルドの所長って。
天ぷら:けど娘としたらさ、なんとしても父親の後を継ぎたいわけだ。でも、才能がなかったからなぁ。
味噌汁:結果、娘は食霊を召喚したという事実を『捏造』する。
天ぷら:水信玄餅が堕神に襲われて消えた、ということにして、その後自分が召喚したってことにすれば……。
すき焼き:立派な『料理御侍』の出来上がりって寸法さ。
すき焼き:ま、邪推も含まれてるけど。当時、そんな噂話があったのは本当だ。
流しそうめん:……知らなかった。そんなこと、全然。
さんまの塩焼き:君は最近召喚されたらしいし。だから知らないのかも。
流しそうめんは黙り込んでしまう。これ以上踏み込んでいいのか、測りかねたからだ。
流しそうめん:どうしたらいいんだ……そんな話を水信玄餅に教えていいのか。
すき焼き:教える必要なんてある?
すき焼き:この噂話を伝えるかどうかは君の好きにしたらいいさ。
すき焼き:でもさ、ここでもう一度、君が彼にしてあげたいことがなんなのかもう考えてみたら?
流しそうめん:俺は……廉さんに頼まれたんだ。水信玄餅を頼むって。
流しそうめん:廉さんには世話になったから。俺はその恩を水信玄餅に返したくて……!
流しそうめん:あっ、だからって水信玄餅がどうでもいいって訳じゃないぞ! 彼だから……俺はなんとかしてやりたいんだ!
すき焼き:ぷっ……くくくっ!
流しそうめん:な、なんで笑うんだよ!?
すき焼き:いや……君は確かにさんまの言う通り、とても真面目だね。素直に、感動しちゃったよ。
味噌汁:自分を信じて、やれることやってみたらどうだ? そういう頑張りって、無駄にならないと思うよー?
流しそうめん:なんだよ、さっきは才能がない奴は云々……って、言ってたくせに。
味噌汁:望む結果が得られることと、やったことが無駄にならないかどうかは別のことだからね!
すき焼き:少なくとも、君は大変『好ましい』。ここにいるみんなはそう思ってるんじゃないかな。
天ぷら:おう、その通り! よーし、青春してる若者の未来に、かんぱーい!
味噌汁:かんぱーい!
そこで、天ぷらと味噌汁は豪快におちょこをあてて一気に中身を飲み干した。
猫まんま:ふむ、収穫はあった……ということで良いのかな?
流しそうめん:……そうだな。
猫まんま:今日聞いた話を水信玄餅に伝えるかどうかは、君に任せよう。
流しそうめん:いいのか?
猫まんま:吾輩は、水信玄餅がその話を聞こうが聞かなかろうが、結果変わらないと思う。
猫まんま:一時落ち込むこともあるかもしれないが……そのとき、支えるために吾輩は彼の傍にいる――と思っている。
猫まんま:君も、そうではないか?
流しそうめん:……そうだな。俺は――
・<選択肢・上>伝えなくてもいい。流しそうめん+15
・<選択肢・中>どっちでもいい。うな丼+15
・<選択肢・下>伝えた方がいい。流しそうめん+5
クエスト3-6
晴れた日の午前 紗良御侍の家
流しそうめん:うう、頭が痛い……!
猫まんま:さんま先生たちに付き合って飲むからですよ。
流しそうめんは、さんまの塩焼きたちに相談したあと酒を勧められ、そのまま潰れるまで飲んでしまった。
猫まんま:飲みなれてないのに、浴びるように飲むから。あの人たちにとってお酒は、水と変わらない。
猫まんま:付き合ってたら、身が持たない。以後、気を付けるといい。
水信玄餅:おはよう、ふたりとも。
そこに、水信玄餅がやってきた。先日会ったときよりは、幾分か顔色は落ち着いていた。
猫まんま:彼はさんま先生たちの晩酌に付き合って、頭を痛めている。
水信玄餅:それは……なんとも愚かな。
猫まんま:誰もが一度は通る道だ。あまり責めないであげよう。
水信玄餅:だが、そんな状態では今日何もできないのでは……?
流しそうめん:二日酔いなんて! ちょっと動いてたら治る!
流しそうめん:それに俺は今日、お前にどうしても会いたかったんだ!
水信玄餅:そうか。私も君たちが来てくれて嬉しいが……君の体調が気になるのも本当だ。
水信玄餅:あまり無理をしないで、辛かったら休んでほしい。
紗良:おはよう、みんな。
水信玄餅:御侍様! 体調は大丈夫ですか!?
紗良:うん、昨日よりは良い感じだ。食材集めに行くのはまだ厳しいが……。
紗良:流しそうめんが二日酔いなんだって? まったく、お酒は加減して飲まないと駄目だよ?
紗良:そんな彼にとっておきの朝食を作ってあげよう。ちょっと待ってて。
紗良はそう言って、台所へと向かった。
紗良が用意したのは、しじみの味噌汁と牡蠣、炒り卵であった。
紗良:これを食べて、少し休むといい。
流しそうめん:なんだかすみません……。
申し訳なさそうに流しそうめんは呟いた。
紗良:いや、そうまでして水信玄餅に会いに来てくれたのだ。むしろ有難い。
紗良:彼は昨日君たちが来なくて寂しがっていた。だから、来てもらえて嬉しいよ。
水信玄餅:御侍様、恥ずかしいこと、言わないでください……。
うな丼:おはよう。今日は勢ぞろいだな。
うな丼:紗良、今日はどうする? 行くか?
紗良:いや、まだ少し辛くてな。今日もやめておこう。
うな丼:そうか。紗良、そろそろお前が亡くなった時の話をしておくべきかもしれないな。
水信玄餅:……ちょっと待ってください。
うな丼:なんだ?
水信玄餅:まだ御侍様は生きています。それなのに、そんな不吉な話をするなんて……!
うな丼:生きているうちにしておかなくてはいけない話だからな。床に臥してから話すよりはいいだろう。
水信玄餅:それはそうかもしれませんが……!
水信玄餅:御侍様……。
紗良:水信玄餅、私は大丈夫だ。ありがとう。
ポン、と紗良は水信玄餅の頭を撫でる。そして、紗良はうな丼と共に自室へと向かった。
水信玄餅:(……御侍様)
水信玄餅:いや、彼があまりにはっきりと言うから。
水信玄餅:……だが、御侍様は大丈夫だと言っていた。それなら、私は信じて待つしかできない。
流しそうめん:今日明日亡くなる訳じゃないだろ。生きてる間、できるだけ一緒にいてあげたらいいさ。
水信玄餅:そうだな、ありがとう。
水信玄餅:(……御侍様の命はそう長くはもたない)
水信玄餅:(きっとそれは、私が傍にいるからだ。このままだと、御侍様の死をどんどん早めてしまう)
(このまま私はここにいてもいいのか……?)
・<選択肢・上>紗良に聞いたらよい。うな丼+5
・<選択肢・中>自分のしたいように。うな丼+15
・<選択肢・下>紗良の傍にいるべきだ。流しそうめん+15
クエスト3-8
晴れた日の昼 紗良御侍の家
紗良の部屋から、話を終えたうな丼が出てくる。水信玄餅はそんなうな丼に近づいた。
水信玄餅:御侍様は大丈夫ですか。
うな丼:ああ、眠ったよ。
水信玄餅:これからあなたはまた食材調達に行くのだろうか。
うな丼:そのつもりだが。
水信玄餅:だったら、私も一緒に行きたい。
うな丼:一緒にって……堕神が出たらどうする。
水信玄餅:戦えばいい。
うな丼:その恰好で?
水信玄餅:このままでも、私はひとりで戦えます。
水信玄餅:私は、あなたと少し話がしたいのです。お願いします。
うな丼:……ふん。お友達はどうする?
水信玄餅:流しそうめんがあんな状態です。彼は少しここで休んでいた方がいいでしょう。
水信玄餅:猫まんま、どうか流しそうめんと一緒にいてやってください。
猫まんま:君は大丈夫か?
水信玄餅:私は大丈夫。これで結構強いのだ。
猫まんま:それはよく知っている。わかった、ではここは吾輩に任せて行くが良い。
水信玄餅:恩に着る。
晴れた日の昼 桜の島 郊外
食材を調達するためにやってきたのは、紗良の家から程近い場所にある河原付近であった。
水信玄餅:あの、うな丼……。押して頂かなくとも、自分で操作できますから。
うな丼:別に気にしなくていい。それよりお前、さっきの戦闘はどういうことだ。
水信玄餅:何か問題がありましたか? 私はしっかり役目を果たしたつもりでした。
うな丼:戦い方があまりに無謀だ。迷わず突っ込んでいったな、あれは一歩間違えば死んでいた。
水信玄餅:あのような弱い堕神に殺される私ではない。このあたりに出るような堕神、たとえ立てなくとも問題は――
うな丼:そういうことではない。お前、死んでもいいと思っているだろう。
水信玄餅:な……!?
うな丼:図星か。そうしたら紗良が助かると思ったか?
水信玄餅:な、何の話だ。
うな丼:紗良から聞いた。お前は御侍の力を吸う化け物だと。
うな丼:一体誰からそのような迷い事を吹き込まれたかは知らぬが……紗良の体は、お前の存在に関わらず、残り僅かだ。
うな丼:拙者たちが堕神に襲われた話は知っていると思うが。そのとき、紗良は死ななかったのが奇跡だ。
うな丼:あれは、料理御侍としての才能がありすぎた。本来なら死ぬような怪我だったのに、生き延びてしまった。
水信玄餅:そんな……死ななかったのが悪いことのように。
うな丼:悪いことではない。だが……その結果、彼女は苦しむことになった。
うな丼:ともあれ、死んでいてもおかしくない傷を負いながら、あれは生きている。
うな丼:お前がいくら生気を奪おうとしたところで、そう簡単に死ねる女ではない。
うな丼:それに、お前がいて死ねるなら、あいつは幸せだろう。
水信玄餅:……。
うな丼:よくわからないという顔だな。
うな丼:あれは、お前が来てからよく笑うようになった。
うな丼:毎日死んだような顔をしながら、水信玄餅を作っていたというのにな。
そこでうな丼は再び車椅子を押し始める。
うな丼:お前の御侍について、拙者が知っていることを教えてやろう。
うな丼:紗良は、幼い頃から料理御侍としての才能があった。
うな丼:最初は、それで家族を幸せにしてやれる、とその力をそれこそ神からのギフトのように感じていた。
うな丼:だが、紗良の才能は他と比べて群を抜いていた。そのせいで、悪いやつらに目をつけられた。
うな丼:そいつらに両親を人質に取られ、望まぬままに紗良は、沢山の食霊を召喚させられた。
うな丼:そんな状態で召喚した食霊と心を通わすことなどできるはずもなく、彼女の心は苛まれ続けた。
うな丼:弟の方は料理御侍としての才能がまったくなく、姉にばかり負担をかけ続けた……そのことで、やはり弟の心も苛まれ続けた。
うな丼:その後、両親は殺され、弟までも殺されそうになり、紗良は弟を連れて逃げた。
うな丼:逃げるために召喚した食霊も多くいたらしいが、彼女はどんな食霊を召喚したかすら記憶にない。
うな丼:生きるためにたくさんの食霊を犠牲にしたと、いまでもあれは悔やんでいる……。
うな丼:だから、彼女はもう二度と食霊を召喚しないと誓った。弟と二人、細々とでいいから生きていけたらよいと。
うな丼:そんな彼女がお前を召喚したんだ。正直驚いた。
うな丼:お前が来てから、あれは良く笑っている。紗央が死んでから、久しく見ていなかった顔だ。
うな丼:お前が生気をどれほど奪おうが、あれの命はそう変わらぬよ。それと引き換えに笑って死ねるなら、それ以上の幸せはなかろう。
うな丼:またそれか。
うな丼:紗央に――御侍に頼まれたからだと言っただろう? 食霊として、御侍の命令には従うものだ。
水信玄餅:それは、そうかもしれぬが。
うな丼:もし、あれに何か抱く感情があるとすれば。
うな丼:それは同情か、もしくは家族のそれと似たものか……。
うな丼:あれは、あまりに哀れな女だ。最後くらい幸せになってもらいたいものだな。
水信玄餅:……うな丼。私は、御侍様に悪いことをしてしまった。
うな丼:なんだ、突然。
水信玄餅:そのような……悲しい過去を背負っているとは知らず、ひどい言葉を浴びせた。
うな丼:ほう?
水信玄餅:化け物である私の気持ちなど御侍様にはわからない、と……私は、御侍様が辛い感情を抱いているなど、微塵も思わなかったのだ。
水信玄餅:(……御侍様は、いつだって笑っていたから。まさか、そんな)
うな丼:まぁ、あれは料理御侍としての才能はあるが、確かに化け物ではないからな。
うな丼:もしお前が自分で言う通りの化け物なら、そりゃあ気持ちがわからなくても仕方があるまい。
水信玄餅:ひどいではないか、そのように茶化すなど……!
うな丼:お前が言った『ひどいこと』なんてものは、その程度のものだ。
うな丼:それほど世の中にはひどいことなどありはしない。すべては捉え方次第ってことだ。
水信玄餅:そんなことはない! うな丼も言ったではないか、御侍様はあまりに哀れだ、と。
うな丼:だからって、じめじめと悲しんで俯いて生きねばならぬ道理はござらん。
うな丼:辛いと嘆き悲しむことと、それを背負って生きることはまた別の話だ。
うな丼:別に拙者の言うことが正しい訳ではない。己が嫌になるほど考えよ。そして納得のいく答えを見つけたらよい。
うな丼:食霊の時間は長い。いくらでも悩めばよいさ。後悔せぬようにな。
・<選択肢・上>考えてみた。うな丼+15
・<選択肢・中>考えない。流しそうめん+5
・<選択肢・下>よくわからない。+流しそうめん15
クエスト4-2
雨降る午後 紗良御侍の家
流しそうめん:あの、すみません。少しお話したいことがあります。今、よろしいでしょうか?
流しそうめんは、台所で夕飯の下準備をしていた紗良に声を掛ける。
紗良:なんだ? 料理しながらで良いなら話してくれ。
流しそうめん:その……水信玄餅のことなんですけど。彼は自分のことを『化け物』だって言ってます。どう思いますか?
紗良:ふむ……まさかそんな話を真面目に聞かれるとは思わなかった。
流しそうめん:水信玄餅は、そのことを真剣に悩んでいます。だから、俺も真面目に考えます。
そこで紗良は手を動かすのを止め、流しそうめんに振り返る。
紗良:君は真面目だな。まぁ、不真面目よりはよほどましだろう。
紗良:それで『化け物』のことだったか。
コクンと流しそうめんが頷いたのを確認して、紗良は肩を落とした。
紗良:あの子が現れてから特別体調を崩したということはないからな。だから、気にしていない、というのが答えか。
流しそうめん:その……知り合いに聞きました。水信玄餅は昔、料理御侍ギルド桜の島支部長の娘にさらわれたって。
紗良:……そうか。それは事実だな。私もその頃、桜の支部の料理御侍として世話になりだした頃だったから、良く知っている。
紗良:いろいろと外聞を慮る事件だった。すべて病んだ結果の事故として済まされたが……あれが人間相手だったら、そうはならなかっただろうな。
紗良:人間だろうが食霊だろうが、感情があれば同じように傷つくのに、まったく妙な話だ。
流しそうめん:では、あなたも水信玄餅が『化け物』だというのは勘違いだと?
紗良:さて。真実はもう闇の中だが……何か水信玄餅にトラウマを植え付けたのは間違いないだろうな。
紗良:水信玄餅が大変だった話は私の耳にも届いていた。当時の関係者は歯がゆい想いをしただろう。
紗良:幸い、水信玄餅はその後、良い御侍に保護された。
紗良:それが『御館様』だろう。水信玄餅の発想は、とても面白い。
紗良:お前の発想が面白いって?
流しそうめん:違います。その、桜の島の料理御侍たちの話です。その話を聞けば、彼は自分の誤解に気づけるかもしれない。
紗良:だが、それが本当に原因かどうかは私にはわからない。すべては推測だからな。
流しそうめん:……わかりました。では、俺から話します。あなたからも話を聞いたことを水信玄餅に言ってもいいですか?
紗良:別に構わないが……一度口に出したことだしな。
紗良:だが、随分辛そうな顔をしている。本当は、言いたくないのではないか?
流しそうめん:それは――
流しそうめん:その通りかもしれません。けれど、言わなかったら、俺は後悔をしそうで。
紗良:ふむ、何故?
流しそうめん:だって、俺は知っていたんだ。可能性かもしれないけれど、水信玄餅が悩んでいるその原因を。
流しそうめん:それなのに伝えないなんて、ひどい裏切りだ。こんな俺が水信玄餅の友達でいていいはずがない……!
紗良:君の理屈は正直よくわからないな……一切の過ちも許されないような間柄なら、それは友達ではないのではないか?
紗良:嘘をつきたくないというなら、正直に君の心の内を打ち明けたらいい。
紗良:それで終わる関係なら、君と水信玄餅は本当の意味で友達にはなれない。
紗良:残念ながらそういうこともある。相性というものがあるからな。
紗良:だが君たちは大丈夫だろう。水信玄餅も君も互いを大切な友と認識しているようだ。
紗良:多少衝突があろうが、うまく行くさ。頑張れ。
ポン、と優しく紗良が流しそうめんの肩を叩いてくれる。
紗良:私がいなくなった後も、水信玄餅には君や猫まんまのような友人がいるなら、私も安心だ。
紗良:しつこく生きながらえてきたが、さすがにそろそろ天命も尽きるだろう。
紗良:そのときは、水信玄餅を頼む。彼はあまり生きるのが上手ではないようだからな。
そう告げて、紗良は柔らかく微笑んだ。
雨降る夕方 紗良御侍の家
それから程なくして、水信玄餅とうな丼が食材を抱えて帰ってきた。
うな丼:ふむ。今日はなかなか大漁であった!
猫まんま:そこにいる。
流しそうめん:……。
流しそうめんは何やらひとり考え込んでいるようだ。
水信玄餅:そんなに驚いてどうした。何かあったか?
流しそうめん:……俺、お前に言いたいことがあってさ。
流しそうめん:言おうか言うまいか悩んでいたんだが。やっぱり、話すことにする。
そこで流しそうめんは深呼吸をした。そして、真っ直ぐに水信玄餅と向き合う。
流しそうめん:昨日、俺と猫まんまで、お前の言う『化け物』について調べてみたんだ。
流しそうめん:探した限り、食霊が『化け物』と呼ばれていた例は見つからなかった。
流しそうめん:さんま先生や味噌汁、天ぷら、すき焼きにも聞いてみたが、やはりそうした食霊は知らないようだった。
水信玄餅:そうか……。
流しそうめん:もちろん、見つからなかったから『いない』ってことにはならないってのはわかってる。
流しそうめん:ただ、お前の場合は――違うんじゃないかと思った。
水信玄餅:私の場合は違う? 何故そんなことが言える?
流しそうめん:怒らないでくれ。その、あくまで可能性の話だ。
流しそうめん:それで……あー、その……だ。
猫まんま:吾輩のことを見られても困る。流しそうめんの好きにしたらいい。
流しそうめん:くっ……! 俺たちはさんま先生やすき焼きたちに話を聞いて、ある推測に辿り着いた。
流しそうめん:でも、その話をお前に伝えるべきか、俺は悩んでいる。
流しそうめん:伝えてしまったら、お前が悲しむかもしれない……。
流しそうめん:嘘は良くない! そう思ってはいるが、その上で、お前に悲しんでもらいたくないんだ……!
猫まんま:彼は、少し正直すぎるな。まぁ、それが流しそうめんの良いところかもしれない。
少し呆れた様子で猫まんまが言った。
流しそうめん:でも、言わないのは嘘だ! 俺はお前の苦痛を取り除く事実を手に入れたかもしれないのに、それを言わないなんて……!
水信玄餅:その、よくわからないが。君がそんなに辛そうにするなら、別に教えてくれなくてもいい。
流しそうめん:え……?
水信玄餅:君の言いたいことはわかった。いつか伝えてもいいと思ったら、そのとき教えてくれ。
流しそうめん:そ、それでいいのか……?
猫まんま:何故吾輩を見るのだ。そんなこと聞かれても困る。
流しそうめん:そうだな……。
流しそうめんは、長い息を吐いた。
流しそうめん:俺の後悔は、嘘ではなかったのかもしれない。
流しそうめん:いや、嘘はよくないことだ。けど、俺が後悔していたのは、思ったことを伝えなかったことだったのかもしれない……。
水信玄餅:な、なんだ?
流しそうめん:今は言うべきではないと思ったから言わない。
流しそうめん:でも嫌がらせをしようとか、辛い思いをさせたくないって思ってることはわかってほしい!
水信玄餅:そんなこと言われなくてもわかっている。改めて言われると逆に怖い……。
猫まんま:流しそうめんは真面目なんだ。夕べもそれでさんま先生たちをくすぐったい気持ちにさせていた。
流しそうめん:なんだ、くすぐったい気持ちって。
猫まんま:まぁ……いずれ君にもわかるようになるよ。そのときはきっとものすごく恥ずかしいだろうけどね。
うな丼:……おい、拙者はそろそろ帰るぞ。また明日来る。
それまで黙って話を聞いていたうな丼が、痺れを切らしたように声をあげる。
水信玄餅:私が、御侍様にしてあげられることはないだろうか?
うな丼:なんだ、急に。
水信玄餅:私はここに召喚されてから、御侍様と一緒にご飯を食べているくらいで……何もしてあげていないのだ。
うな丼:それだけでも十分にしていると思うが。
水信玄餅:何か、御侍様が喜ぶことをしたいのだ。うな丼なら、それがわかるかと思ったのだが……。
うな丼:だったら、どこかに遊びに行くか。
水信玄餅:どこかって? 御侍様は体調が良くないし、あまり遠出は……。
うな丼:遠くである必要はあるまい? 近場であっても皆で行けば、あれはきっと喜ぶだろう。
水信玄餅:そうであれば良いが……。
うな丼:良かったらお主らも来ると良い。賑やかな方があいつは嬉しいだろう。
うな丼:では、またな。
・<選択肢・上>その日が楽しみになった。 流しそうめん+15
・<選択肢・中>うな丼に相談して良かったと思った。 うな丼+15
・<選択肢・下>今日は疲れたな、と思った。 うな丼+5
クエスト4-4
晴れた日の午前中 桜の島 京海城のふもと
――皆で遊びに行こうと約束をしてから数週間後、やっとその約束が果たされる日がやってきた。
紗良:海なんて久しぶりだな。紗央が生きてるときに遊びに来た以来か。
うな丼:そうだな、あいつはお前と違って『遊ぶ』という概念を知っていたからな。
紗良:またお前は! そういう嫌な言い方を!
うな丼:違うか? お前は、水信玄餅に言われたから来たのであろう?
紗良:それは……まぁ、そうだが。
水信玄餅:御侍様、一緒に来られて嬉しいです。
紗良:そうだな。私もお前と来られて嬉しいよ。
水信玄餅:……良かったです。
流しそうめん:それにしても、まさかこの海に来るとはな。
猫まんま:君がバイトをしているところだったか。
晴れた日の昼 桜の島 海辺のたこ焼き屋
たこ焼き:いらっしゃい、いらっしゃーい! 美味しいたこ焼きが焼きたてやで~!
たこ焼き:って……に、ひのふのみのよの……随分大所帯やな。
たこ焼き:あんさん、友達いたんか。少し安心したで。
流しそうめん:お前、何気に失礼だよな。ハハッ!
流しそうめん:せっかくここに来たからさ。お前の焼くうまいたこ焼きをみんなに食べてもらいたくて。
たこ焼き:ほうほう! それはええタイミングやったな! よし、特にたこ焼きの大きいとこ、入れたるわ!
たこ焼きはいつもよりもさらに多くおまけをつけて、皆に振舞った。
水信玄餅:とても美味しいです。御侍様。
紗良:ああ、そうだな。まさかお前とこうして海を見ながらたこ焼きを食べられるなんてな。
紗良:想像もしてなかった。ちょっと、泣きそうだ。
笑いながら、紗良が言う。水信玄餅は何とも言えない気持ちになって、紗良へと手を伸ばした。
紗良:ん? どうした? 水信玄餅。
水信玄餅:その……よく御侍様がしてくれるやつをしようかと。
紗良:よく私がやる?
水信玄餅:御侍様は、よく私の頭を撫でてくれます。
紗良:お前は……なんと可愛いことを!
水信玄餅:御侍様は、悲しくありません。だから、泣く必要はないのです。
紗良:ばかっ、うれし涙だよ。
紗良はたまらず水信玄餅にしがみついた。
水信玄餅:あの、御侍様。少し、苦しいです……。
その様子を見て、他の者たちはたまらず笑った。彼が幸せそうにしているのが、とても微笑ましく映ったからだ。
たこ焼き:あんさん、ほんまええ顔で笑うようになったな。
流しそうめん:なんだよ、突然?
たこ焼き:悩みが解決したんか? 吹っ切れたように見える。
流しそうめん:それはまだだな。でも、進むべき道は見えた気がする。
たこ焼き:へぇ? ええやないの! それって、すっごい大切なことやで!
たこ焼き:あんさん、またここにバイトに来たらええ! 結構あんさん目当てで来る子もいるんやで。
流しそうめん:へぇ……。
たこ焼き:また、そんなあからさまに興味のなさそうな顔して。
流しそうめん:いや、いつもと同じ顔だって。たこ焼きは穿ち過ぎだ。
たこ焼き:ホンマか~? ちょっと疑わしいで、あんさん。
たこ焼きは、じぃ~と疑いのまなざしを向ける。
流しそうめん:でもそうだな。またバイトに来るよ。ここでのバイトは楽しかったし。
流しそうめんがにっこりと笑った。その笑顔は、とても爽やかで、魅力的で……たこ焼きは複雑な気持ちになった。
たこ焼き:あんさんという奴は……ホンマにもう。
流しそうめん:なんだ? 俺、また変なこと言ったか?
流しそうめん:だったら謝るよ、ごめんな……。
たこ焼き:謝らんでええ! そうやない……そうやないんや。
たこ焼き:わからんでええ! でもな、あんさんはそんな頻繁に笑わんでええ。たまーに笑うくらいがちょうどええわ!
晴れた日の夜 紗良御侍の家
そして日が暮れ、皆で紗良の家まで戻ってきた。
紗良は皆のために、水信玄餅を作った。僅か三十分という短い時間の間しかその姿を保っていられない、幻の和菓子だ。
水信玄餅:私は……たぶん、食べたことがない、と思う。
うな丼:拙者まで食べる必要はないのでは?
紗良:納得のいく水信玄餅を作れたら、一緒に食べてくれると約束をしたではないか。
紗良:よもや忘れたのではないだろうな?
紗良:どうだろうな、だが水信玄餅を召喚できたということはそういうことだと解釈している。
紗良:……食べてみてくれ。この瞬間が、私の夢見た、幸せの瞬間なのだ。
紗良の言葉に、皆が水信玄餅を一口食べた。
水信玄餅:これは……。
猫まんま:初めて食べる感触です。溶ける……いや、それとも違う……これはなんとも形容しがたいです。
ほのかな甘みが口の中に広がる。それはとても洗練された繊細な味であった。
水信玄餅:とても、美味しいです。私は、これが好きです。
思わず水信玄餅はそう呟いた。
水信玄餅:(何故だろう……初めて食べるのに、とても懐かしい。いつか食べたことのあるような、そんな感覚だ)
紗良:うな丼! これは、水信玄餅のお墨付きということで良いのではないか!?
うな丼:どうした、お前らしくない。そんな風に声を荒げるなんて。
紗良:それくらい嬉しいのさ! 私は今、最高に幸せだ……!
紗良:一緒に食事すらしてくれないお前と、唯一したこの約束……正直、こんな気持ちでこの願いを果たせるとは思わなかった。
紗良:ああ、ダメだ……! もう我慢ができない……!
紗良:こんなことがあるなんて……! 私は最高に幸せ者だ!
水信玄餅:お、御侍様……!
紗良が泣き出してしまい、慌てて水信玄餅は彼女に手を伸ばす。
紗良:大丈夫、私は大丈夫だから。ありがとう、水信玄餅。ありがとう、みんな……!
水信玄餅の手を取り、紗良は号泣する。
うな丼:まったく、大げさな女だ。この程度のことで、よくそこまで喜べる。
紗良:お前は! こんなときまでそんな意地悪な言い方を! だが、いい……今日は特別に許してやろう。
水信玄餅はそんなふたりのやり取りを見ていて、思わず笑ってしまった。
水信玄餅:(なんて幸せな時間なのだろう……)
御館様がいなくなってから、こんなに嬉しい気持ちになったことはあっただろうか?
水信玄餅:(流しそうめんや猫まんまがいてくれたことで、私はなんとか生きていられたが……それでもやっぱり悲しかった)
水信玄餅:(でも、今は違う。本当に、心から嬉しい……)
水信玄餅:(御侍様と出会えて、こうしてみんなと一緒にいられて良かった)
水信玄餅:(この時間をみんなと過ごせて、本当に……良かった)
水信玄餅はしみじみとそう思った。
水信玄餅は……。
・<選択肢・上>眠くなった。 流しそうめん+5
・<選択肢・中>幸せだと思った。 うな丼+15
・<選択肢・下>みんなに感謝した。 流しそうめん+15
クエスト4-6
晴れた日の夜 紗良御侍の家
宴は終わり、皆が帰っていく。その様子を見送って、紗良は家の中へと戻っていく。
水信玄餅:あ、あの! 御侍様っ!
その声に紗良は立ち止まる。ゆっくりと振り返り、目を細めて微笑んだ。
紗良:どうした、水信玄餅。
水信玄餅:あの……少し、よろしいでしょうか。
紗良:なんだ?
水信玄餅:私は……御侍様に謝らなきゃいけないことがあります。
紗良:お前から謝られるようなことはないと思うが。
紗良:まぁいい。言ってみろ。
水信玄餅:は、はい……あの、私は以前、御侍様にとても悪いことを言ってしまいました。
紗良:……私は、何を言われたっけ?
水信玄餅:その! 私は、御侍様のことを何も知らずに、ひどいことを言いました!
水信玄餅:御侍様は、優れた料理御侍で……そのために、ご両親と弟様を亡くされた、と。
紗良:あいつ……余計なことを。
水信玄餅:大切なご家族をその力のために亡くされた御侍様に、私は……自分の感情をぶつけてしまった。
水信玄餅:それはとてもよくないことだと……だから!
紗良:良い。気にしてはおらぬ。
水信玄餅:でも……!
紗良:人の心の内は、誰にもわからぬ。誰かにとって辛いことでも、その他の者にとってはなんということはない、ということは往々にしてあることだ。
紗良:だが、その傷ついた感情は確かに存在し、無視はできぬもの。
紗良:その事実から目を逸らさず、しっかりと認識すべきだ。だが、捕らわれてはならぬ。辛い感情に縛られていたら……ずっと辛いままだ。
紗良:私が言っても、あまり説得力はないかもしれぬが。
水信玄餅:……そんなことは。
紗良:誰かが傷ついていたら、その痛みに寄り添える者となれ。そして共に支えられる相手が見つかれば……お前はきっと幸せになれる。
紗良:時間というのは、優しい。人を癒してくれる。
紗良:だが、ときに残酷なのだ。そこにとどまることを許してくれない。
紗良:家族を失おうが、最愛の御侍を失おうが――何があろうが、前に進まねばならぬ。時間が流れている限り、な。
水信玄餅:御侍様……私は。
紗良:すぐに変われとは言わぬ。
紗良:ただ、前を向くことを忘れないでほしい。
紗良:そうしたら、いつか道が開ける可能性が生まれる。
紗良:あくまで可能性だから、必ず実るものではない。だが、前を見ていなかったら、その可能性を見つけられない。
紗良:今なら私は言える。馬鹿なことだとわかっていて、水信玄餅を作り続けてよかったと。
紗良:あの先に待っていたのは、うな丼と共に弟を思い出して食す、というただそれだけの行為だったが……。
紗良:それでも私は朝が来ることに、そこまで絶望せずには済んだよ。
紗良:がむしゃらに生きることは恥ずかしいと笑う者もいるかもしれぬが……私は構わない。
紗良:誰かの頑張りを笑う者に、価値はない。そんな者は捨て置け。
紗良:水信玄餅、お前はもう見つけているじゃないか、最高の友を。
紗良:お前が困ったときに、駆け付けてくれる友がいるというのは、この上ない幸福だ。
紗良:これからお前はたくさんの縁を結ぶだろう。だが、忘れてはいけないよ、そうした者がいたことを。
紗良:さて。お前が思い浮かべた相手こそが正解だ。
紗良:いつか、その相手と決別する日が来ても、それまでに生まれた想いは不変だ。
紗良:お前の中で糧になる。前に向ける力となる……。
紗良:水信玄餅。ありがとう、私のところに来てくれて。
紗良:私はもういつ死んでも悔いはない。両親が死に、弟が死んで、私は絶望に打ちひしがれたが……。
紗良:お前のお陰で笑って死ねそうだ。
紗良:最後に、幸せだったときの気持ちを思い出せる……まだ両親も生きていて、弟もいた。あの、幸せな時間を。
紗良:そして、最後にお前と過ごせた時間は私にとって何よりも最高の宝物だ。
紗良:ありがとうと何度でも言おう。お前は私の人生に、最後の潤いをくれた。
紗良:お前は僅かな時間しか出会えない、貴重な存在だ。
紗良:その瞬間に、私は立ち会えて。こうして共に時間を過ごせて、最高に幸せだよ。
紗良:ありがとう、水信玄餅。私は、お前が大好きだ。
水信玄餅:……御侍様。
紗良:いつか、お前の心の枷が外れる日が来るといいな。私はそう願って死ぬとしよう。
水信玄餅:そんなこと願うのは、ずるいです。御侍様。
紗良:最後くらいいいじゃないか。これは、お前の幸福へも繋がることだから。
紗良:御館様も願っていたさ。
紗良:みんなお前を愛して、お前の幸せを願っている。もしお前が化け物だというのなら、それは愛され過ぎる化け物だということだな。
紗良:それくらい、お前は特別な存在なのだから。
紗良:あと少し。何日あるかわからぬが、私と共にいてくれ。それが、お前の御侍として、最後のわがままだ。
ポン、と紗良が水信玄餅の頭を撫でる。水信玄餅はゆっくりと、そして大きく頷いた。
水信玄餅:はい、御侍様。私は御侍様の食霊です。御侍様の最後の時まで、ずっとお傍に……いさせてください。
雨降る朝 紗良御侍の家
それから半年ほどして、紗良御侍は亡くなった。
うな丼:忘れ物はないな?
水信玄餅:はい。
水信玄餅の荷物は殆どなかった。召喚されたときも身一つで来たのだから当然ではあるが。
猫まんま:これでもうここには来ないのか。それはそれで寂しくなります。
紗良の家の扉が閉められる。主がいなくなり、この家から水信玄餅は出て行くことになった。
水信玄餅:私は、どこに行こうか。また御館様の村に戻るか……。
流しそうめん:何言ってるんだ、水信玄餅。お前はこれから料理御侍ギルドに行くんだぞ。
水信玄餅:え?
うな丼:どういうこともなにも……お前たち、言ってなかったのか。
流しそうめん:俺たちに話して、本人に言ってないとは思わないだろ。
水信玄餅:……あの、どういうことでしょうか?
猫まんま:吾輩たちはこれから君を料理御侍ギルドに連れて行く。紗良御侍が、君のためにそのように手筈を整えてくれていたのです。
水信玄餅:御侍様が……。
猫まんま:君は希少な食霊です。その存在をまた悪い者に狙われないとも限りませんから。
うな丼:別に閉じ込められる訳じゃない。頼れる先を作っておいたってだけだ。
水信玄餅:自由……。
その言葉は水信玄餅に、少しの安心と少しの寂しさを感じさせた。
流しそうめん:大丈夫だ。料理御侍ギルドなら、俺たちだってすぐに行けるし。
猫まんま:鳥居私塾からもそう遠くない場所にあります。これまで通りですよ。
水信玄餅:そうですか……。
まだ実感が湧かない。思った以上に水信玄餅にとって、ここでの生活は楽しかったのだ。
水信玄餅:御侍様……。
流しそうめん:また出会えるさ、心を許し合える御侍にな。
流しそうめん:中にはむかつくやつもいるかもしれないけどさ。
猫まんま:同じ御侍様に仕える日も来るかもしれません。そういう楽しみを抱けるのも、吾輩たちの特権です。
水信玄餅:……。
水信玄餅は、まだそこまで前向きになれなかった。
水信玄餅:そうですね。
けれど、それでも顔をあげる。紗良がそう願ってくれていたから。
水信玄餅:では、行きましょうか。料理御侍ギルドへ。
躓くことはきっとあるだろう。悲しみに打ちひしがれ、その場に立ち尽くすこともあるかもしれない。
水信玄餅:(けれど、それでも前を向くことは忘れない……)
いつか、自分の枷と向きあうことになるだろう。その日まで、決して前を向くことをやめない――
そう強く決意をし、水信玄餅は前へと進むのだった。
――最後に、ありがとうを。
・<選択肢・上>流しそうめんと猫まんまに。 流しそうめん+15
・<選択肢・下>紗良御侍に。 うな丼+15
宝箱 うな丼
晴れた日の午後 桜の島 某所
その日、水信玄餅はうな丼に誘われて久しぶりに紗良の家の近くへとやってきた。
紗良が亡くなって丁度一年経って、久しぶりにうな丼に会った水信玄餅は懐かしさで心が浮かれていた。
水信玄餅:お元気でしたか、うな丼。お手紙のやり取りはありましたが、お会いするのは久しぶりで嬉しいです。
うな丼:うむ。お主も元気そうで安心したぞ。
水信玄餅:あの、どちらに行かれるのでしょうか?
うな丼:すぐにわかる。
そう言ってうな丼が連れてきた場所には、お墓がふたつ並んでいた。
水信玄餅:ここは……。
うな丼:紗良と紗央の墓だ。拙者が作った。
そしてうな丼は手にした花を墓の前に置く。
水信玄餅:これも、お二人のどちらかに頼まれたのですか?
うな丼:いや、あいつらはこんな辛気臭いことを頼む奴らじゃないさ。
水信玄餅:そう……ですか。それで、うな丼は今も知り合いのところにお世話になってるんですか?
うな丼:ああ。それがどうかしたか?
水信玄餅:新しい御侍様はまだいないのかな、と。
うな丼:それはお主も同じだろう?
水信玄餅:そう……ですけど。
水信玄餅はうつむいてしまう。
うな丼:まぁまだしばらくは紗央が御侍でいいさ。
水信玄餅:そのうち、どなたかと契約を?
うな丼:そうだな、いずれ召喚されることもあるだろう。それはお前も同じだ。
水信玄餅:そうですね……。
そこで二人して黙ってしまう。うな丼は、その場にしゃがみこみ、手を合わせた。
水信玄餅:(彼は、何を祈るのだろう)
墓前の前で沢山の想いが募るに違いない。自分なんかよりよほどこの師弟に関わってきた者だーー水信玄餅は胸が痛くなる。
水信玄餅:(私は……御侍様に、何を伝えるべきだろうか)
まだ水信玄餅の足は動かないままだ。自分はまだ、前向きになれていないと思っていた。
水信玄餅:(御侍様は残念に思われるだろうか……)
きっとちょっと困った様子で笑うだろう、と思う。その時の表情も声すらも水信玄餅にはまざまざと思い描けた。
息をついて、水信玄餅は目を伏せる。あの日御侍様に召喚されて、本当に良かったと思った。
あれほど優しく、あれほど自分がやってきたことを喜んでくれた御侍様。
だから今、ときどきではあるが、水信玄餅は笑えるようになった。それは、間違いなく御侍様のお陰だと、水信玄餅は思っていた。
その声にハッとして、水信玄餅は顔をあげる。
水信玄餅:は、はい!なんでしょうか。
うな丼:拙者はこれまで、お主にも紗良にも言わなかったことがある。だが……もう、隠しておく必要もない。ここで、お主には話しておこうと思う。
水信玄餅:なんでしょう?
唐突な言葉に、まったく思い当たる節がなく、水信玄餅はぽかんとしてしまう。
うな丼:お主は何故拙者が紗良の面倒を見ているのかと気になっていたようだな。『御侍に頼まれたからだ』とお主には答えたが……それは、本当は少しだけ違う。
水信玄餅:違う、のですか。
うな丼:正確には『紗央に頼まれたから』だ。御侍として命令された訳ではない……あれはーー紗央は拙者の御侍ではなかったからな。
水信玄餅:え!?
水信玄餅:(彼は何を……言っているのだろうか?)
うな丼:紗央に召喚されたと言ったがな、あれは嘘だ。あいつは、料理御侍としての才能はかけらもなかった。あれは、どれほど頑張っても……食霊を召喚できなかった。死ぬまで、ただの一度も、な。
水信玄餅:な、ならどうやってあなたは?
うな丼:元々あいつは、拙者が世話になっていたとんこつラーメンのところに通っていたのだ。『姉のために、どうしても料理御侍になりたい。そのためには食霊と契約しなくてはならない』……。あいつは必死になって頼んでいた。どうしても、姉のために料理御侍になりたいのだ、と。食霊を召喚したのか、ただの口約束で契約を結んだのかなんてことは、当事者以外に伺い知れないことだ。だから、『料理御侍として食霊を召喚したことにし、料理御侍になる』とう道をあいつは選ぶことにした。
水信玄餅:それはーー
うな丼:まぁ、褒められたことではないが、な。拙者もそんな経緯であいつと会ったのだが……なんでも、姉と食べたうな丼があいつは好物だった、と。昔、拙者が仕えていた御侍の元に、そんな姉妹が来たことがあったなということを思い出した。あいつは、土下座までして拙者に頼んできた。自分の食霊になってほしいと。うな丼ならば説得力があると。あまりになりふり構わずでな。俺はおかしくなってしまってな。少し……前の御侍を思い出した。そんなこともあって、俺は『召喚されて契約した食霊』として、紗央と一緒に行動することにした。
水信玄餅:では、召喚はされていないけど、契約はしたのでは?
ビジネスで契約を交わす御侍と食霊がいる話は、水信玄餅も聞いたことがあった。
うな丼:いや。自ら召喚できないから、契約はできないとあいつは頑なに拒否をしていた。真面目な奴だった。最後まで、いつか食霊を召喚できるようになったら拙者とも契約すると。結局それは叶わぬまま、あいつはこの世を去った。そんな奴の最後の願いが紗良のことだったのだ。拙者はーー叶えてやりたい、と思った。その感情は、御侍と食霊の関係に勝るとも劣らない、まさに『そのもの』だと思ったのだ。奴の最後の願いを叶えることができたらーーそれは、本当になると。拙者は契約の元、逆らえずに最後まで紗良の面倒を見た。『御侍に頼まれたから従った』……そんなことを真実にしたくて……拙者は紗良の元にいた。
水信玄餅:そうでしたか……。
御侍と食霊の関係は、強い。それは理屈では測れないもの。
水信玄餅:御侍様は……知らなかったのですね、そのことを。
うな丼:紗良か?知っていたと思うぞ。
水信玄餅:そ、そうなんですか……!?
うな丼:だが、あいつもまた紗央が料理御侍として才能があったのだと信じたかったのだ。それこそがまさに、最愛の弟が望んでいたことだしな。だから、紗良は一度たりとも疑うようなそぶりを見せなかった。わかっていただろうにな。そうして、ふたりが亡くなって……これは、この嘘は成就したのではないかと思っている。誰にも、このことを嘘だなととは言わせない……。
その言葉には強い意志が宿っていた。その想いに、水信玄餅は感銘を受けた。
水信玄餅:はい。私はあなたと紗央さんが食霊と御侍だったと思ってます。それほどお互いが望んでいて、どうして違うと言えますか。誰がそんなこと……言えますか。
うな丼:……詰まらぬ話をした。そろそろ行くか。
うな丼は立ち上がる。そして、大きく伸びをし、晴れた空を見上げた。
水信玄餅:あの、また会えますか?
うな丼:もちろん。お前と俺は切っても切れぬ仲だ。互いの御侍が姉と弟だったのだからな。この先……案外、同じ御侍の元に召喚されるかもしれぬぞ?
水信玄餅:それは……楽しそうです。
うな丼:その日まではあまり会うことはないかもしれぬが。達者で暮らせ。
水信玄餅:あの!手紙を出します。いいですか?
うな丼:うむ。拙者はしばらくはとんこつラーメンのところにいるだろう。
水信玄餅:わ、私も料理御侍ギルド桜の島支部かさんま先生のところでしたら手紙を受け取れますから……!
うな丼:拙者、あまり手紙などというものを書く質ではないのだが……。良い風景がでも手に入ったら、そのときは送ろうぞ。では、またな。再会の日まで。
水信玄餅:はい! その日を楽しみにしています!
きっとこれから先、さまざまなことがある。紗良の元に居た日々も、今日この日のこともたくさんの記憶の中に埋もれて行くだろう。それでも忘れたくないとーー水信玄餅は思った。
紗良御侍の元で過ごした日々は、水信玄餅にとってかけがえないものとなった。
前を向いて歩き出そうと思えるきっかけになった日々。絶対に、忘れない。
水信玄餅:(いつかうな丼と再会したときには、歩けるようになって一緒に戦いたい……その日を、楽しみに)
水信玄餅は、もう一度墓前で会釈をし、ゆっくりと車椅子を動かして前へと進みだしたのだった。
宝箱 流しそうめん
晴れた日の午前中 桜の島 海辺のたこ焼き屋
流しそうめん:お待たせしました!たこ焼き三つ!おう!こっちはふたつだったな!任せとけ!イカ焼きひとつに、たこ焼きみっつに、浜海セットふたつ!?多いな!?いや大丈夫!俺に任せとけ!うっまいの出してやるから!
流しそうめんは、手際良く調理を進めていく。
たこ焼き:あんさん、うまくなったやないの!たこ焼きも焼き物も、うち、及第点出したるわ!
流しそうめん:及第点以上じゃないか?お前、昨日俺が作ったの食べて、うまいうまいって感動してただろ。
たこ焼き:よっく言うわ!ま、お姉さん感動しちゃったのは事実やからな。特別に許したるわ。
流しそうめんは、ふたたび京海城のふもとにある海辺のたこ焼き屋でバイトを始めた。
それから一年ほど経過して、今では満面の笑みでバイトをしている流しそうめんである。
たこ焼き:あんさん、バイトに復帰したら、随分変わっててびっくりしたわ。なんかええことあったか?
たこ焼きは嬉しそうにそう笑う。
流しそうめん:本当の友達ができたからかな。正確には『なれた』か。
たこ焼き:ん?いつもの子たちか?
流しそうめん:ああ。今日はバイト後、一緒に遊びに行くことになってるんだ。
たこ焼き:それはええこっちゃね……っと!噂をすれば、や!
流しそうめん:お前ら、よく来たな。何食べる?俺がおごってやるからさ、遠慮はいらないぞ。
猫まんま:たこ焼き三人前、イカ焼きと浜海セットをふたつずつ。
流しそうめん:お前ら……よく食うな。
猫まんま:せっかくのおごりですから。
流しそうめん:……まぁ、俺はお前たちの兄貴分だからな!特別だ!ほら!たこ焼き三人前に、イカ焼きに浜海セットだ!
猫まんま:おお、美味しそうです。
水信玄餅:うん、美味しそう。
流しそうめん:当たり前だ!たこ焼きに鍛えられた俺が作ったんだ!美味くて当然!たこ焼きは、外はカラッと、中はトロリと!焼き物も程よい焼き加減で仕上げた、香ばしさあふれる絶品!
ご機嫌な笑顔で告げて、流しそうめんはたこ焼きに手を伸ばし、パクっと一口食べた。
流しそうめん:うん。やっぱりうまい。俺、やっぱ調理うまくなったな!
猫まんま:あ、これは吾輩たちの分なのに!
水信玄餅:そうです、横取りはダメです。
流しそうめん:なんだよ、俺が金払ってるんだぞ。ケチケチすんな!
たこ焼き:あんさんたち、元気やね。ほら、お姉さんからたこ焼き一人前、プレゼントや。
たこ焼き:ええよ、ええよ。あんさんの友達やねん。これくらい、安いもんやね。だから仲良くしいや?わぁったな?
猫まんま:はーい。
水信玄餅:はい。
流しそうめん:わかったから、早く戻れよ。
たこ焼き:……最後だけ、可愛くない返事やったな?
流しそうめん:うるさいな。もういいから、戻れって!
たこ焼き:あんさん、それが奢ってもらったモンの態度か?やっぱあんさんにはまだまだ教育が必要や!
たこ焼きは流しそうめんのおでこにピシッと一発、デコピンをかましてキッチン台ヘと戻っていった。
猫まんま:いいの?あんな言い方して。
流しそうめん:いいんだよ、たこ焼きはいい奴だから。許してくれる。
水信玄餅:そんなこと言って、嫌われてからじゃ遅いよ。
流しそうめん:わかった、わかった。あとで謝っとくよ!……ま、それはそれとして。そろそろ一年か。紗良さんが亡くなってから。
猫まんま:そうですね。あっという間でした。
水信玄餅:御侍様から、『前を向いて』と言われたけれど、私は何をしたらいいのか……まだ、答えは出ません。
猫まんま:ふむ。だが、吾輩から見て、随分と君は明るくなったように思うが。
水信玄餅:そうなれているのなら良いが。だが、明るくしていることが、『前向き』なことだろうか。
流しそうめん:十分前向きだと思うけどな、それは。
猫まんま:そういう話をするということは、水信玄餅自体がそうだと思っていないということでしょう。
水信玄餅:私は……歩けるようになりたいと思います。私が歩けないのは、気持ちの問題です。足が悪い訳ではない。
流しそうめん:それは……。
水信玄餅:だから前を向いて、自分の足で立って歩きたい……それこそが、私の目指す道なのではないかと。
流しそうめん:……んー。まぁ、そう思ってすぐにできれば苦労しないよな。でも、目指すのはいいんじゃないか? そうなったら、もっといろんなことができるようになるしさ。
猫まんま:そうですね、そしたらみんなでもっといろんなところに遊びに行けます。
流しそうめん:いいな!それは楽しそうだ!
猫まんま:私たちは食霊です。時間はたっぷりありますから、焦らずとも良いですしね。
流しそうめん:お前がしたいことをするべきだ。自分に正直でいた方が、絶対にいい。
猫まんま:少々、正直すぎる気がしますが。
流しそうめん:なんだよ、ここで俺批判か!?
水信玄餅:褒めてるんですよ、そういう流しそうめんは安心できます。
猫まんま:そうですね、君は嘘がつけない。嘘をついたらすぐにわかる。それはもう哀れなくらいに。
流しそうめん:批判じゃなくて、俺を馬鹿にしてたのか……。
猫まんま:だから、褒めてるんですってば。
そこでみんなで笑い合う。この三人にとって、この空間は居心地の良い空間だった。
流しそうめん:俺たちはまだ成長過程で、つまづくこともあるだろう。でも、こうして仲間もいればうまくやっていけるさ!
猫まんま:まぁ、そこが彼のいいところでもあります。
流しそうめん:いいか!これから俺たちは前を向いて進んでいくぞ!
猫まんま:おー。
水信玄餅:おー……。
流しそうめん:……覇気がないな。まぁいいーーとりあえず今日の話だ。どこに行く?
水信玄餅:どこか涼しいところに行きたいです。
流しそうめん:涼しいところってどこだ?今の時期、避暑地といえば忘憂舎だが……、
猫まんま:さすがに遠いですね。
水信玄餅:今日はこのまま海辺で遊びますか。
流しそうめん:そうだな。そういえば、向こう側に、穴場があるんだ。全然人がいなくてさ。水も綺麗で……。
猫まんま:それはいいですね。ここは少々騒がしすぎるので。
水信玄餅:行きましょう。
流しそうめん:よーし、じゃあ食べちまおうぜ!
水信玄餅:いただきます。
水信玄餅は、パクっと一口、たこ焼きを口に頬張る。それはまだ熱かった。
ほふほふと口の中で踊らせてから食す。とても美味しいたこ焼きだ、と水信玄餅は思った。
一年前の、そんな懐かしい思い出が蘇る。
紗良とはもう会えないが、想い出の中のみんなは笑っている。
辛いときのことではない。楽しかったときの想い出を最近では思い出せるようになっていた。
水信玄餅:(御侍様のことも、御館様のことも……私は忘れない。いつか必ずまた、私は自分の両足で立ち上がろう)
そのために、強い心を作る。
まだ、心は弱いままだ。きっと急には強く慣れない。
ーーけれど、前を向くことだけは忘れずに。
水信玄餅:(御侍様、今日はとてもいい天気です……)
いつか見た紗良の笑顔を思い浮かべながら、水信玄餅はかすかな笑みを浮かべたのだった。
※ユーザー名が入っていた部分は「御侍」に差し替えしました。
エピローグ
真夏二十一日午後 グルイラオのとある花屋
水信玄餅:わわわ、忙しい! 忙しいっ!
水信玄餅は御侍の元に召喚され、沢山の戦いの日々を過ごした。
その経緯で、彼は成長し、様々な過去を受け入れて、やっと立ち上がれるようになった。
今は元気に動き周り、花屋でバイトをできるくらいまでに元気になっていた。
猫まんま:本当です、彼はいつも元気ですね。
うな丼:それが奴の長所であろう!
御侍:なんだか嬉しいね。あんな水信玄餅が見られるようになるなんて……!
御侍は思わず目頭が熱くなる。初めて召喚したときの水信玄餅は、車椅子に乗っており、笑顔の少ない少年だったからだ。
御侍:今ではあんなに楽しそうにバイトまでしてくれるようになって……御侍として、こんなに嬉しいことはないっ!
猫まんま:泣かないでください、御侍様。
流しそうめん:そうだぜ、御侍! 御侍に泣かれるとみんな困るぜ!
うな丼:まったく……まぁ、気持ちはわからんでもないが。
三人に言われ、なんとか御侍は涙を引っ込める。
水信玄餅:あ、御館様! どうされたのですか?
御侍:うっ……! 水信玄餅、お願いだからその呼び方はやめてくれる?
水信玄餅:御館様は御館様でしょう? あんなにすごいお屋敷に住んでおられるのですから!
御侍:いや……私が住んでいるのはちっぽけなボロ屋ですよ?
水信玄餅:あのレストランは御館様の持ち物ですよね? 離れまであって、釣り場まであります。
水信玄餅:あれだけの土地を構える御館様は、やっぱり御館様だと思います!
御侍:うう、だから……やめて。
流しそうめん:そうだな、こいつは意外と頑固なところがある。
うな丼:そこが長所とも言えるであろう。
御侍:みんな、水信玄餅を受け入れすぎ……。
猫まんま:いや、それは一番は御侍様ですよ。
流しそうめん:そうだぜ、御侍! 自分がどれだけ水信玄餅に甘いか、まさか気づいてないのか……?
うな丼:まぁ、水信玄餅なら仕方ない。奴には……人を惹き付ける魅力があるからな。
御侍:わ、私は誰かを贔屓したりしてませんよ!?
うな丼:だったら、今日ここにみんなで来た理由を言ってみたらどうだ?
流しそうめん:水信玄餅が喜ぶからって、帰ってくるのも待たずにいの一番で出かける準備をしたのは御侍様だぜ?
猫まんま:まったくもってその通りです、御侍様。
御侍:う、ぐぐっ。い、いいじゃん、別に!
口先を尖らせて、御侍は三人を睨みつける。
水信玄餅:私が喜ぶ……? なんでしょうか、御館様。
御侍:あ、うん……君のバイトが終わったら、みんなで桜の島に行こうと思って。
水信玄餅:桜の島に?
御侍:あのね、桜の島で水信玄餅が食べられる場所があるらしくって。
御侍:かつて水信玄餅を作り出した料理人の子孫たちが、和菓子屋を開いてるって話を聞いたんだ。
猫まんま:そこで季節限定で水信玄餅を食べられるらしいですよ。
水信玄餅:へぇ……そうなんですね。
御侍:猫まんまと流しそうめんとうな丼が食べたことあるらしくて、すごく美味しかったって言うんだよ。
水信玄餅:確かに……水信玄餅は、とても美味しいと思いますが。
御侍:やっぱり! だから、バイト終わったらすぐに行こうね、桜の島に!
水信玄餅:そ、それは随分と急ですね……。
御侍:ん? 何か問題あった?
水信玄餅:いえ。そんなことは……ちょっとお待ちください。
水信玄餅が、店の奥へと下がっていく。
水信玄餅:お待たせしました。これを、私から御館様に。
水信玄餅は、手に持っていた花束を御侍に渡す。
御侍:え、ええ? えええ!?
水信玄餅:今日、私の初給料日なんです。それで、御館様に最初に何か贈り物をしたくて。
御侍:な、なんという……ううううぐぐぅっ!
猫まんま:ちょっと御侍様。
流しそうめん:すごい泣き方だな……。
うな丼:なんとも豪快だ。美しさのかけらもない。
水信玄餅:そ、その! 御館様、泣かないでください!
水信玄餅:あの、私がこうして歩けるようになったのも、こうして明るくいられるようになったのも御館様のお陰です。
水信玄餅:あなたが私を召喚してくださり、沢山の愛情を注いでくれたから……私はこうして元気になれました。
水信玄餅:まだあなたの元に召喚されたときは、いろんなことに迷っていて……。
水信玄餅:だから、こうして歩けるようになったのは、あなたのお陰なんです。
御侍:い、いや……君がこうして元気になれたのは、これまで周りの人に支えられたからであって……!
流しそうめん:そのうちのひとりが御侍ってことだ!
猫まんま:大功労者ですよ、御侍様。
うな丼:照れずに受け入れるといい、御侍。
御侍:う、ううっ! そ、そんな大したことしてないよ!
水信玄餅:私のバイトが終わるまで待っていてください、御館様。もう少しで上がりの時間ですから。
水信玄餅はそう言って、仕事へと戻っていった。
猫まんま:ほらほら、しっかりして、御侍様。
流しそうめん:そうだぜ、涙は水信玄餅を食う時までとっておいた方がいい。
御侍:わ、わかってるって! そもそも泣いてないしね!?
御侍は涙を拭ってそう叫んだ――
……これは、未来の話。
これから来る戦いを終えた後の話。
けれど、これは約束された未来。
御侍はティアラを救う。
それが現実になったときに――この未来は、確約される。
その日まで、御侍は頑張らないとならない。
大切な食霊たちと共に、笑いながら過ごせる未来を迎えるその日まで……。
水信玄餅:お待たせしました、御館様! さぁ、行きましょう! 桜の島へ……!
(終)
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