ムール・フリット・エピソード
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目次 (ムール・フリット・エピソード)
ムール・フリットのエピソード
生まれながらに破壊欲が強い、彼に近づき過ぎなければ問題ない。港が好きで、よく港に座ってフライドポテトを食べる。暇な時はいつも漫画を読むが、そこまで好きではない。熱血マンガの頑張る主人公と輝く姿が気に食わないかららしい。実際、彼もマンガを描いているが、残念なことにとても下手なので、人気がない。
Ⅰ.マンガ
マンガは好きだが、そこまでではない。
最新連載を読むために、人間のガキどもと同じように書店に押しかけたりするほど好きではない。
俺は書店が嫌いだ。蒸し暑く、騒々しく、押し寄せる人々は、まるで「静けさ」に対する敵意を持っていないかのようだ。
だから大体は、平日の閉店間際の深夜、まともな人間なら店にいるはずのない時間帯に、そそくさと店に入って、読みたい漫画を選んで、さっさと金を払って店から出る。
同じ本棚の前で誰かと顔を合わせるくらいなら、漫画を読み終えるのを待っている知らないガキを襲ったほうがましだ。
だけど今日は少し違う。
今日は『青い鳥の冒険』の最終巻が発売される日だ。
30年間連載されているマンガだ。最初は週刊誌で1話ずつ更新していたのが、2カ月ごとに単行本が本棚に置かれるに至るまで、『青い鳥の冒険』はほぼ一世代の成長を見届けてきたと言っても過言じゃない。
誰もが翼を持つ世界に生きる主人公の青い鳥は、自分の翼を失った後、退化したか弱い両足で、たくさんの見知らぬ者との出会いの旅に出る。
前巻の最後で、青い鳥は生まれつき翼を持っていないカネちゃんと親友になって、飛ぶ鳥すらも辿り着けない雪の峰を両足で登ろうと約束した。
だけど旅立つ前夜に、青い鳥は自分の翼が新たに成長していることに気づいた。
ストーリーの展開だけを見ていると、まだまだ物語はありそうだったが、いきなり最終話となり『青い鳥の冒険』も一時的な話題になった。
だけど物語の結末よりも、俺は読者の反応が知りたい。
30年かけてようやくゴールに辿り着いたマンガに対して、彼らはどんな思いを抱いているのだろう。
感動?名残惜しさ?それとも……
休日の書店は交通事故がおきたかのような渋滞だった。インクの匂いと汗の匂いが混ざって、吐き気がするぐらい気持ち悪かった。
ようやくマンガコーナーに辿り着くと、本棚の間をうろうろしている人間のガキどもは、俺よりも全然小さい体で俺の何十倍も大きな声を出していた。
役に立たないスキルだな。
目の前の後頭部に平手打ちをしたくなる欲望を抑えながら、俺は本棚に視線を固定させた。
真ん中に置かれた『青い鳥の冒険』以外、売れ筋の本棚にはいつの間にか新刊が増えていた。
そういえば今売れているマンガには多かれ少なかれ似ているところがあるようだな。激しいアクションとか、盛り上がるセリフとか、グッとくる主人公とか……
型にはまったマンガにたくさん多く囲まれて、小さな青い鳥は浮いた存在になってしまっていた。
「女の子が歩き回って友達を作るだけで、これも熱血マンガと呼べるのか?」
来たな。
否定と疑惑の声だ。
声の方を見ると、学生服を着た青二才が、『青い鳥の冒険』の最終巻を手にして、仲間と嘲笑っていた。
「でもようやく完結したんだな。こんな古いマンガなんて、じいちゃんだって読まないのに、30年も連載してるなんて……」
「ストーリーが古くて、描き方も古いマンガは、さっさと終わって他の良い作品に枠を空けたほうがいいよな。」
彼の仲間も頷いていた。
その二人は『青い鳥の冒険』を置くと振り返って、血なまぐさい暴力で表紙を埋め尽くされた新作のマンガを手に取り、レジに向かった。
俺は彼らの後を追った。
彼らは歩きながら話が弾んでいるようだ。『青い鳥の冒険』の読者は独りよがりな変わり者だと、作者はきっと才能が衰えて、お金も十分に稼いだから、適当に終わらせたと。
『青い鳥の冒険』はただ時代のおこぼれを貰っていただけで、出版社が「ノスタルジー」を必要としたから運良く残っていただけだと。
読者だけで決めていたら、あんな説教じみたストーリーなんて幼稚なものはとっくに淘汰されていたはずだと。
彼らが持っているマンガ「ファイヤーボール」こそが熱血であり、本棚の真ん中に置かれているべきだと。
土手の道で、変声期のかすれた声が、頭上を飛ぶウミネコの鳴き声に混じり、何倍も騒がしく聞こえた。
煩わしかった。
俺は急ぎ足で進み出て、一人一人川に突き落とした。
「死ね。」俺は小さい声で囁いた。
Ⅱ.マンガ家
俺の御侍はマンガ家だった。
そう。あの『青い鳥の冒険』の作者、ランサーだった。
俺を召喚した時、彼はまだマンガ家じゃなかった。テーブルの隅に積み上げられた夕食が冷めて美味しくなくなっても、彼の情熱は全て白い紙に注がれていた。
そして俺が現れると、彼が口にくわえていたペンは床に落ちて音を立てた。
カタッ――
「何を描けばいいか思いついた!」
その青い目は俺に向けられて輝いていた。正直なところ、俺は少し得意げだった。小さな子供が自分の母親に会えて有頂天になっているみたいなものだったから。
ただ、その目はすぐにテーブルの上にある白い紙に向けられた。
静かな部屋の中で、しばらくの間ただペン先が紙を擦る音だけがした。
こいつ、本当に集中しているんだな……
少し悔しくてランサーのまわりをぐるりと回ってみた。彼の背後に回って、乗せられていた車椅子を見た時、俺は数秒の間止まってからまた再びランサーの周りをぐるりと回る。
その時、テーブルの上に蓋をしていないインクボトルに気が付いた。
まるで俺がひっくり返すのを待っているかのように。
そして俺は手を伸ばし、軽くはじいた。
「わぁーー!」
インクが紙に向かって流れ出して、ランサーは攻撃されたかのように、叫びながらインクボトルを横に振り払った。
サッーー
インクの染みが俺の全身にこぼれた。
驚いて顔を上げると、ランサーが「よかった、助かった」と顔を見せた。
何なんだ、こいつ……
怒りの炎が燃えあがり、俺はランサーの背後にまわってペンを奪おうとした。
だけど、結局できなかった。
なぜならついさっきまで白紙だった紙の上に、小さな青い鳥が羽ばたいているのを見たから。
「何だ……これ……」
「マンガだ。」
「マンガ……?」
「僕を癒してくれる薬で、これから僕はこれでもっとたくさんの人を救いたいんだ。」
この小さな青い鳥だけでか?
この言葉は口に出さなかった。
俺はただ黙って彼の後ろに立ちながら、白い紙が線で覆われ、色で塗りつぶされ、ペンとインクで物語を少しずつ完成させているのをただ見つめていた。
『青い鳥の冒険』という文字が表紙に落ち、見慣れた絵が雑誌に現れ、そしてやっと一冊の薄く小さな本が出来上がったのを眺める。
ランサーが編集者と口論しながら、悪戦苦闘することや、絵が描けなくなって綺麗な金髪を何本も引きちぎることや、読者からの手紙を受け取った彼が興奮してベッドの上で転がって眠れない様子を目にした。
「だけどわからないな……『青い鳥の冒険』は俺と何の関係があるんだ?」
「何だ?」
俺はランサーの顔に刻まれた深い皺を見ながら、本棚の半分ほど埋まっているマンガを指さした。
「君は俺を見て何かを描こうと思ったんだろ。だけど青い鳥は俺には全然似ていない。」
「俺はひとつのことをそんなに必死にやるのは無理だ。旅行よりも、雪山を登るよりも、ただ港に座ってフライドポテトを食べている方がずっと良い。」
「あなたは青い鳥ではない。希望だ。」
「は?」
ランサーはペンを置き、自分で車椅子を漕いで本棚の前まで行った。
「この両脚を失った時、僕は死んだと思った。その時の世界はモノクロで、味もなく、音もなく、死んだ水のようで、地獄だった。」
「このマンガに出会うまではね。主人公は生まれつき両足がなく、それでも自力で困難を乗り越えて結末までたどり着いたよ。」
「何が自力だ。マンガ家の力だろ。」
「ふふ。マンガ家は、その主人公だよ。」
彼は懐かしそうな目つきで、古びたマンガを見つめながら、そっと撫でた。
「このマンガたちが僕はまだ死んでいないことに気づかせてくれるんだ。僕はまだ色んなことが出来る。このマンガが僕を救ってくれたように、僕ももっとたくさんの人たちを救うことができる。」
「このためにマンガを描こうと思ったのだが、編集者との長い葛藤の中で、ついついこの気持ちを忘れてしまっていた。」
「希望。マンガを描くのは、希望を持つということをもっと広く伝えるためだった。それを思い出させてくれたのはあなただった……」
その瞬間、両脚を失った御侍に、青い鳥の世界で誰もが持つ翼が生えたような気がした。
「あなたは食霊、そして食霊は、希望そのものだ。」
……
俺はちゃんと並べられているものを全部ひっくり返したくなるようなクソ野郎だ、俺は希望なんかじゃない、君こそが希望だと言いたかった。
必死に希望と力という素晴らしいものを読者に伝え、少しでもマンガを読んだ人に「この世界は素晴らしい」と思ってもらいたかったのは君だった。
自分の人生を熱血マンガにして、何十年も必死に描いて、マンガが終わる日に死んでしまったのも君だった。
だけど、俺はそんなことを口にすることも出来なかった。
君はまだ若かった。ずっと必死に燃えつづけていたから。明るくなった代わりに、儚くなったのも当然だ。
残念ながら、読者たちは君の描き方は時代に追いつくことができないと、ストーリーは面白みがないと、君はもう若くないと文句ばかり言っていた。
だから俺にできることは、無知で恐れ知らずの読者を一人ずつ土手や港から突き落とすことだけだった。
そいつらが罵りながら泥濘から這い上がって来るのを見ても、俺には何の愉悦も感じられなかった。
そいつらがいくら泥だらけになっても、ランサーは生き返らない。彼はマンガを捨てて、気楽に生きることはできないから。
彼が一生をかけてようやく生み出した漫画に対する貶しも、水に流すことはできないから。
Ⅲ.熱血マンガ
俺は熱血マンガが嫌いだ。
その存在に反対しているわけじゃなく、ただ野菜が嫌いなように嫌っているだけだ。
熱血マンガの主人公が目標の途中でボロボロになる姿を見るたびに、人を溺れさせる水のように疲労感が襲ってくる。
ランサーが後へ引かなくても報われることのない人生を思い出させるだけだ。
だから俺は自分のマンガを描くことに決めた。
輝くこともなく、熱血でもなく、ただ長くて平穏な内容で十分だ。
だけど残念なことにこんなマンガは出版することはできない。更に残念なのは俺の絵はとても下手なのだ。
何なら……実はホラーマンガだと編集者に言うか?
画用紙を持ち上げてしばらくランプの明かりを眺めていたが、飽きたので丸めて床に落とした。
部屋はたちまち大小様々な紙が山積みになり、その小さな山を見ていると、自分が熱血マンガの主人公のように勤勉になったような気がした。
カタッ――
ペンをテーブルに放り投げ、俺はフライドポテトを一パック持って港に行った。
自分には御侍のような絵の才能がまったくないことに怒っているわけじゃない、それでいいこともあるーー
10人目を突き落としたことで警察官の注意を引いた時でも、俺のゴミのような絵は片づける必要もなく、さっさと逃げ出すことができるのだ。
港は俺の大好きな場所だ。
海に近いから、火災や暑さにもだえる可能性が低い。風の音は煩わしい騒音を吹き飛ばすこともできるし、ウミネコを襲っても警察官に捕まることもない。
それにムール貝は元々浜辺に生えているものだから、港は俺の故郷とも言える。
だから、自分は何もしていないくせに、他人ができていないことを責めたり、文句ばかり言ったりするうるさいやつは、港にいる資格はない。
騒音の発生源を一週間根気よく突き落とし続けた後、ようやく静かになった。
「通行人を無差別に攻撃するサイコパスが浜辺を徘徊している」という噂は耳障りだが、港を守ることができればそれで良い。
しかし残念ながら、今日の港は静かじゃなかった。
「何だって!?もう一回言ってみろよ!?」
「だ、だから!『ファイヤーボール』は……おもしろくない!」
振り向くと、痩せた男の子が地面に座り込んで、前に立っている二人組の背の高い少年に向かって震えながら叫んでいた。
せっかく考えが合う人がいたが……
生憎俺は他人に興味がない。
食べかけのフライドポテトを手に取り、立ち去ろうとしたーーいつものように人を港から突き落とすと、あのチビが俺のした事の濡れ衣を着させられるかもしれないから。
「『青い鳥の冒険』こそが世界で最高のマンガだ!このマンガが僕の命を救ってくれた!」
「もしこのマンガがなかったら、僕は今でも、君たちに反論したりできなかった!」
「この野郎……」
ポン。
ポン。
ジャポンーー
どんなやつでも海に蹴飛ばされる時は、同じようにきれいな水しぶきがあがる。こうやって見ると、運命は案外公平なものだな。
俺は振り返り、呆然としているガキにフライドポテトのパックを投げつけた。
「さっきは大きな声を出してたじゃないか、今はどうした?」
「し……死んじゃうかも!」
「大丈夫だ。」
助けようとするガキの襟首を掴んで、なだめるように彼の肩を叩いた。
「ここは港だから、浅瀬に落ちるだけで死なない。」
「だからここが気に入ってる。」
二人の泥まみれの人が息を切らしながら這い上がってくるのを眺め、怪我をしていないことを確かめると、ガキは強張っていた肩から力を抜いた。
「かっこいい……」
「は?」
「お兄ちゃん!かっこいいな!まるで……熱血マンガの主人公みたいだ!」
「……………………」
チッ。
だから他人のことに手を出したくないのだ。
「こ、このクソ野郎!助けを求めるなんて良い度胸だな!?俺たちを殴るなんて……お父さんに言えばお前なんてお終いなんだぞ!」
「だ、だめ!」
俺は驚いて彼らを見つめた。
「なんだ、君たちの父親もマンガの好みが違うなんてことで、子供みたいにいじめたりするのか?」
「違う!!」
ガキはおどおどしながら、俺の袖を引っぱって、あの二人の父親はサスカトゥーントイファクトリーの労働者の組長だと教えてくれた。今日のことが彼らの父親に知られたら、自分の父親がトイファクトリーでひどい目に合うことになると。
「彼らは自分の親を頼りに……僕をいじめて……召使みたいにして……」
「じゃあ、あいつらの親父さんのところに直接行けば良いだろ。」
「え?」
自分の行為が確かに熱血マンガに出てくる愚かで衝動的な主人公に似ていると思うと、苛立ってきたが……
あれはランサーが言っていた希望でもある。それが消えるのをただ見ているわけにさいかない。
「そのトイファクトリーは……どこにあるんだ?」
Ⅳ.熱血マンガの主人公
トイファクトリーの入り口に立った瞬間、自分がアホになった気分だ。
だけどここまで来たんだし……さっさと解決しよう。
「おい。君たちの親分はどこだ。」
入り口で適当に人をつかまえて聞いたが、言葉を口にすると何か変だということに気づいた。
こいつ、魂を見失っているようだな?
「親分……?」
労働者はゼンマイ仕掛けのおもちゃのようにゆっくりと首を回したが、視線は俺の顔に向けられていなかった。
「オフィスに……いる……」
「おぉ……」
俺が何者なのかも聞かず、そのまま道を教えてくれた……まあ良い、早期解決が肝心だ。
途中で何人かの労働者に出会ったが、先ほどのやつと同じように、俺が尋ねると彼らはすぐに答えてくれたが、誰も俺の身分を尋ねず、俺を止めず、順調にオフィスの入り口に着いた。
だけどここはボスのオフィスらしい、俺が探していた労働者の組長の部屋じゃなかったな……
まあ良いか。敵のボスから攻略したほうが楽かもしれん。
コンコンーー
「ノックなんか要らない……入れ。」
???
子供の声?
戸惑いながらドアを開けると、一人の子供が彼にとっては大きすぎる椅子に座っていた。
……また子供かよ……前世で人間のガキどもと何か恨みでもあったのか?
そのガキも怪訝そうだったが、驚きをおさめて、とても子供とは思えない笑みを浮かべた。
「招待状を持っていないなら客じゃなくて、強盗かな。」
「君を探すつもりじゃなかった。あの労働者たちが道を間違えたんだ。」
「面白い言い訳だね……館内放送でお母さんでも呼んであげましょうか?」
「……」
殴りたい衝動を抑え、俺は言葉を整理してクソガキのほうを向く。
「君の元にいる労働者の親分のことが気に食わないんだ。上司である君がそいつらに対して適切な処分をしてくれないなら、俺が代わりに処分する。」
「うん……僕は別にいいけど、お前も食霊だろう。誰かの手下だったなんて……可哀想だね……」
「手下じゃない。」
「だったら何?ニートか?」
「俺は……マンガ家だ。」
「へーーすごい!どんなマンガ描いてるの!」
彼は突然立ち上がり、両手をテーブルの上につき、目を輝かせ、興奮で上半身を前のめりにした。
「……まだ描いている途中だ。」
「なんだ。そんなのマンガ家じゃなくて、マンガ家になりたいだけの人だよ。でも完成したら見せてもらえる?」
「書店で買え。」
「はははっーー良いね!お前のような面白い人が描くマンガはきっと面白い!」
「マンガより……自分の労働者を大切にした方が良い。どいつもこいつも屍みたいだった。」
「どうせ死んでるんだし、気を遣わなくても別に良い。」
「なっ……」
カチャーー
俺が驚きを表現し終わらないうちに、背後のドアが開いた。
「意外ですね。私の知らないお客さんが来るなんて。」
入って来たのは背の高い青年だった。艶やかな長髪と、屈託のない笑顔が、彼の危険さを現している。
そして最も肝心なのは……
心臓がないことだ。
「これですか?興味あります?」
彼は自分の胸の空っぽなところを指さした。
「これがなかったら、人間は死んでしまいますけど…私たち食霊って、すごいですよね。」
「死ぬって……つまりあの労働者たちは……」
「あっ、彼らのことでしたら……」
青年の表情が急に冷たくなり、うんざりした顔をしている。
「本当に役立たずな人たちですね。お客さんの要求さえ理解できず、誰一人正しい道を案内出来なかったなんて。」
「しかしご安心を。君が探しているあの人は、もう君を悩ませたりしませんよ。」
その瞬間、青い鳥が再び翼を持ったことに妬み狂って闇落ちしてしまったカネちゃんが見えた気がした。
だが目の前の青年は急に闇落ちしたのじゃなく、最初からそうなっているようだ。
なんならとんでもなく気が狂っている。
俺は熱血マンガの主人公が嫌いだ。他人の幸せのために身を捧げるような、わけのわからない愚かさが嫌いだ。
しかもランサーに俺は青い鳥じゃないと言われたから、カネちゃんのために、自分の翼を諦めることはできない。
港に座って、のんびりとフライドポテトを食べるほうがましだ。
だけど。
だけど。
「トイファクトリーは、まだ人を募集しているか?」
俺は食霊で、希望なんだ。
「俺はニートだ。ここで働きたい。」
Ⅴ.ムール・フリット
「お前……マンガ家だって言ってたじゃん。」
「君がマンガ家じゃないと言ったように、出版できるマンガを描くまでは、俺はどうにかして生きなければいけない。」
「じゃあなんでトイファクトリーを選んだの?食霊なら手下とかになった方が楽だろう。」
「可哀想って言ったのも君じゃないか、それに……」
ムール・フリットは物理的に心のない青年を見て、意味ありげに言った。
「ここの労働者はみんなゾンビみたいだし……合格率は高いだろ。」
「ぷっ……あははははーー」
青年は突然恐ろしい笑い声をあげた。それを聞いた子供は椅子に腰をおろして、微かに身ぶるいした。
ムール・フリットはただ平然と二人を見つめていた。
「いいですよ。ちょうど門番が一人必要ですし、食霊の君にピッタリですね。」
「門番って……トイファクトリーから出られないってことか?」
「何か問題でも?毎日行かなければならない場所でもありますか?」
「港だ。俺の人生は港なしでは生きていけないんだ。」
「ははは……構いませんよ。夜に門番室に座って門番をするだけでいいですから。それ以外は、好きなようにしてていいですよ。」
「じゃ……マンガを描いててもいいのか?」
「もちろん。」
「……本当にこの仕事は必要あるのか?」
「もちろん必要ないですよ。」
新しいおもちゃをもらった子供のように、青年は楽しそうに杖を振り回した。
「ただ君が必要なだけです。」
「俺が?」
「予備食は……もちろん多ければ多いほどいいんですよね〜」
ムール・フリットはこのサイコパスな発言になんて返すか迷っていた。
心の中で考えたのは、ムール貝は殻があって食べにくいから、食べれるかどうかは食べる人次第だ。
だけど彼は熱血マンガの能天気で衝動的な主人公にはなりたくないので、相手を否定する言葉はやめておいた。
彼はわざと従順になり、少しずつこのトイファクトリーの恐ろしい実態を探っていた。
だけどすべてを知った後、彼はまた主人公には避けて通れない二進も三進も行かない状態に陥った。
あの子供、トイファクトリーの名目上のオーナーのためだ。
彼はもちろん、心のない青年と死闘を繰り広げ、ゾンビのような労働者を逃し、彼らの子供たちが「青い鳥の冒険」の助けを受け入れ続けるようにすることができる。
だけどそれではあの子供が、このままでは果てしない奈落の底に落ちてしまうのだ。
車内の全員を救うために、列車の軌道を変えて、横たわっている孤独な命を轢殺そうとするのか?
熱血マンガの主人公なら、きっと必死になって列車を止め、たとえ自分を犠牲にしてでもみんなを救おうとするだろう。
だけどムール・フリットはそんな人じゃなかった。他人のものであろうと自分のものであろうと、彼は生命を嫌悪しながらも、愛していた。
……列車が自分で止まればいいのに。
「ん?ここには見張りを必要とするドアはありませんが、門番さんはどうしてここに来たのですか?」
心臓のない青年は、書類をチェックしていたペンを置き、無表情なムール・フリットをにこやかに眺めた。
「……どうすれば、トイファクトリーは採用をやめるんだ。」
「おや?いつからここにヒーローが来たんでしょうか?君のために伝記でも人に書かせましょうか?」
「……」
「ふふ、ご安心ください。もうすぐですから……あと少ししたらこんなまずい人間を食べる必要はなくなりますから。」
まもなく、この熱血マンガは初めての小さなハイライトを迎える。
その時、ムール・フリットは依然として主人公になることを拒否し続ける。
だけど彼もまた、目の前にいる邪悪なボスを倒すために主人公を助ける。
希望を伝え続けるために。
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