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コルン・エピソード

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作成者: K
最終更新者: ことてら

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コルンのエピソード

高いコミュニケーション能力を持ち、たちまち周囲と打ち解ける少年。時に狡猾な印象を与えることもあるが、根は純粋な優しい子。極度の貧困を経験し、数多の苦難を乗り越えてきた。「無念や苦労から解放された超大金持ちになる」と誓いを立て、「美食家協会」で見習いから正式メンバーへの昇格を目指し、日々奮闘している。

Ⅰ.贫穷(※貧困)


人間ってほんと、ありがたさも大切さも分かんないよね。


冷めたピザだって食べられないわけじゃないし、炭酸の抜けたコーラだって悪くないのに、なんでテーブルの上に置きっぱなしなんだよ?


それに、プリントがズレたTシャツ、取っ手が折れたマグカップ、コーヒーこぼしたキャンバスシューズ、ちょっとだけ割れた鏡……


みんなまだちゃんと使えるじゃん!ゴミ箱に捨てるなんて、ひどすぎる……


やってらんないなぁ、まだ輝いてる宝物に気づくのは、僕だけかよ!


コルン、昨日も最後まで残ってただろ?今日は早く帰っていいよ」


「えっ?マジで?ありがとうお姉さん!世界一キレイだよ!」


「クソガキ、こういう時だけ口がうまいんだから」


その先輩にウインクして、僕は嬉々として退勤のスタンプを押した。


いつも通り、他の店員に廃棄確定された「宝物」をポケットに詰め込み、満足げに家路を急いだ。


今日は冷え込むから、寒い時はお腹がすきやすい。早く帰って御侍様に夕食を作らなきゃ。


広い大通りから路地に入り、住宅街を抜けると、僕と御侍様の家がひっそり立っているのが見える。


見た目はみすぼらしいけど、僕はぜんぜん気にしない。


だって御侍様と一緒に住んでるんだから、ここは世界一のあたたかい場所さ~


「ただいま!御侍様、今夜は…」


突然途切れた言葉に応えたのは、バタンと閉まるギシギシ軋むドアの音だけだった。


僕は玄関に立ったまま、冷たい風が肌を刺しても動こうとしなかった。


「ない……何もかもない……なんで……全部なくなってるんだ……」


もともとボロボロだった家は、今やさらにみすぼらしくなっていた。


汚い床と天井以外には、壁に埋め込まれたため持ち出せない棚とコンロ、それにカビ臭い空気だけが残っていた。


いや、まだあった。昨日1時間以上も水の中で待ってやっと捕まえた魚が。


灰色の床の上で、貧乏に溺れて死んだみたいに転がっている。


「……また賭博で負けたんだ」


事態を理解した僕は、笑いながらその魚を拾い上げた。


「ったく、苦労して捕まえた魚こそ『最高の宝物』だろうに。なんでそれを残したんだ……?」


「家の中は空っぽ……次に負けたら、今度は僕を売るのかな?」


「いや、僕がいなくなったら、御侍様にお金を稼ぐ奴がいなくなる。売れるならとっくに売られてたはず。」


「そうか……つまり僕が御侍様にとって『最高の宝物』ってことだよね?」


「御侍様……戻ってくるんだよね?」


外の冷気がどこからか流れ込んできた。首をすくめて魚を流し台で洗い直した。


断水する前に洗い終わってよかった。魚を調理すれば御侍様が……


「あっ、包丁ない……鍋もないじゃん……」


「それに、作ったとして……誰が食べるんだ?」


魚を置いて部屋の中心に立つ。


一人きりの家は、突然全ての醜さをさらけ出した。


薄暗くて、ジメジメして、ボロボロで、汚くて、冷たくて、空っぽで……


気持ち悪い。


気持ち悪い。


気持ち悪い。


逃げ出したい。


ごみ捨て場みたいな臭いがする、墓場みたいなこの家からじゃない……


必死でこなす三つのアルバイトから、一日でも数円でも節約しようと頭をひねる毎日から、長い時間をかけて貯めたものが一瞬で消えた今から……


逃げるんだ……。絶対に逃げるんだ。


この貧乏から。


この小さな家を見回しながら、僕はこれほどまでに憎んだことはないと気づいた。


ポケットには店から持ち帰った『宝物』がいっぱいだ。一つ一つ取り出し、テーブルに並べた。


選ぶ時は、いつも御侍様に必要か、喜んでくれるかを考えていた。


なのに御侍様が売る時は、僕が悲しむかどうかなんて考えもしなかった。


ずるすぎる。


なんで、僕がこんな生活に耐えなきゃいけないの?


僕だって、チップを惜しみなくくれるお客さんが羨ましい。分厚い上着とか、甘いケーキの香りとか。


僕もお金持ちになりたい。


そんなの、悪いことじゃないよね?楽に生きられるようになりたいだけなんだ……


鼻をすすりながら、カチカチのピザを御侍様の分すら残さず口に詰め込んだ。


そして『宝物』も全部ポケットに押し戻した。は?御侍様の分を残せだって?ありえない!


悪いな、御侍様。


どうあっても、僕は絶対に、絶対に……


絶対に、こんな生活はごめんだ。


Ⅱ.谋划

(谋划:「計画する」「企てる」「策略を練る」などが挙げられます。文脈によってニュアンスが異なります。)


御侍様が最初からギャンブラーだったわけじゃない。


かつて彼は本当にすごい人だった。料理御侍として、名声や利益には目もくれず、ただこの力でより多くの人を助けたいと考えていた。


でもある意味、その願いこそが本当の「欲張り」だったのかもしれない。


彼はあまりにも多くの人を救おうとして、ある任務で自分の身の安全も顧みず堕神の攻撃に立ち向かった。


任務は成功したが、彼は片足を永遠に失った。


シェフ組合は「残ってもいい」と明確に伝えたのに、御侍様は「戦えず足手まといになるだけだ」と主張し、組合を去った。


その後しばらくは、僕たちも真面目に生活していた。


大きくはないけど温かいレストラン。御侍様が料理を作り、僕が接客をする。忙しいけど楽しい日々だった。


でもある日、御侍様が急いでデザートを子供に届けようと厨房から出た時、子供たちが彼の空っぽのズボン脚を見て、恐怖や避けるような目を向けたのを目撃してから……


間もなくレストランは完全に閉店した。


御侍様は家に閉じこもり、生活費を稼ぐため、僕は彼のそばにいることを諦めて終日アルバイトに出かけた。


その一時の隙に、彼はあの賭博場に入り込んでしまったのだ。


「あそこには障害を持つ人がたくさんいる。誰も俺の足なんて気にしない。まるで昔と同じように扱ってくれる……」

コルン、俺は昔と同じようになりたいんだ。わかるか?」


御侍様は僕の肩を強く掴み、その目に映る渇望は涙となり、声まで震えていた。


で、でも……それって昔とは全然違うでしょ?昔のあなたは誇り高き英雄だったのに、今は?


あの人たちが足を気にしないのは、ただ賭博に夢中だからだよ!賭け事以外、何にも興味なんてない!


彼らの障害とあなたのは違う。あなたは人を救うために負った傷なのに、彼らは借金を返せずに仕方なく身体を犠牲にしただけ……


それに、それに……


伝えたいことは山ほどあったのに、そんな目をした御侍様を見ると、何も言えなくなった。


彼は溺れていて、この一本の「ロープ」しか見えない……それを残酷にも奪うことなんて、僕にはできなかった。


ならば、その「ロープ」が御侍様の首を締める前に、断ち切ればいいだけだ……


当時の僕は、御侍様が深みにはまり、僕から遠ざかっていく未来を、全く予想していなかった。


僕は遠くからその賭博場を見つめた。


薄暗く、汚らしく、死の匂いが立ち込めている。


全部、あいつのせいだ。


御侍様はいい人なのに。存在すべきじゃないこの賭博場のせいで。


賭博場さえなくなれば、僕たちは昔の生活に戻れる……いや、それ以上に良い生活ができる……


賭博場に苦しめられた他の人たちも、解放される……


そう、賭博場が存在しなければいい。


僕は握りしめたライターを強く握りしめ、賭博場へと歩み出した。


もちろん、無鉄砲にも直接火をつけようとは思わない。もし賭博場の背後に大きな勢力がいるなら、僕たちは逃亡生活を送ることになる。


だからまず、賭博場の真の主が誰なのかを調べなければ。


煙草の煙が立ち込める賭博テーブルを迂回し、二階へ続く階段の前に立った時、突然二人の黒服に阻まれた。


「二階はゲームもやってないし、部外者立ち入り禁止だ」


「えっと、あの…僕の猫が入っちゃって!探さないと!」


「猫だと?俺たちがずっと見張ってる。ハエ一匹入れるわけない。お前、何者だ?本当は何がしたい…」


屈強な黒服が僕の襟首を掴もうとした瞬間、思わず後退した。よろめいて倒れそうになった時、意外にも誰かが背中を支えてくれた。


「あれ?」


「頭はあるくせに、力しか使えないなんて。どうりでお前たち、いつまで経っても門番のままだ」


「ブリン様、お見えでしたか」


僕を支えたのは、非常に若く見える…ディーラーのような服装の女性だった。


奇妙なことに、黒服二人は小柄な彼女に対して、異常なほど恭しい態度、むしろ畏怖すら感じさせる様子だった。


「ちっ、つまらないわね。せめて反論ぐらいしなさいよ」


無礼極まりない口調にも関わらず、彼女の顔には優しい笑みが浮かんでいた。そして僕の肩をポンと叩き、まるで旧知の仲のように振る舞う。


「この子はうちの新人よ。私と一緒よ」


「…でもさっき猫を探すって…」


「邪魔よ」


「はい」


「ブリン様」の一瞬の険しい表情で、目の前の道は大きく開かれた。


彼女は僕に笑いかけ、僕の腕を組んで二階へ導いた。


「あ、あの、ありがとうございます、僕は…」


「お礼はいいわ。『人助け』は私の数少ない美徳だから」


「ええと…それじゃあ…」


「説明しなくていいの。興味ないから。またね、坊や」


「ま、待ってください!あ、あなたがこの賭博場のオーナーなんですか?」


「今は違うわ。ここの主は愚かな変態よ。賭博場を私に譲った方がずっと合理的なのに、欲張ってもっと欲しがるの…」


「でもいいわ。私は人が自滅する姿を見るのが好きだからね~」


この危険な発言を残すと、彼女は二階の奥へと歩き去った…


少し混乱したけど、彼女の話からすると、この賭博場の主は大したことないようだ…


しかも、もっと厄介な人物とトラブルを抱えているみたい…


つまり…僕は手を出してもいいってことだよね?


二階で長い長い間身を潜め、空が白み始める頃、賭博場の客は続々と去っていった。


少し頭がぼんやりする…気を振り絞り、賭博場に確かに誰もいないのを確認してから、ライターを取り出した。


床には飲みかけの酒瓶がいくつか転がっている…まるで僕のために用意されたみたいに…


消えていないタバコの火が原因の事故に見せかければ…きっと大丈夫…


でも…火をつけた後、どうやって逃げよう?


いいや、どうあれ放火は正しいことじゃない…だから罰を受けるのも当然だ…


御侍様を「正しい道」に戻せるなら…


僕は…構わない…


目の前で炎がゆらめき、そしてまるで意思を持ったかのように、床へと飛び降りていった…


Ⅲ.意外


炎くんが酒瓶の山に落ちる瞬間、僕の心臓が痙攣した。


これが……僕の望んでいたこと?


違う……


こんなの嫌だ……


死にたくない……!


ガチャン!


後悔が走った刹那、視界を黒い影が掠めた。次の瞬間にはライターが隅っこへ蹴り飛ばされ、炎は消え、酒瓶だけが無傷で転がっていた。


「お前……」


顔を上げると、月光が反射した眼鏡のレンズが冷たい光を放っている。


すごく……堅物そうな人だ……


終わった。


頭の中は牢獄生活でいっぱいになった。反射的に言い訳を叫びたくなる――


「わ、僕は……」


「火の気配は確かだった。ビターズ、俺の見込みは外れてない」


「どうでもいいわ……早く帰りたかっただけなのに、なんで余計な仕事増えるのよ……」


倦怠感漂う声に気づき、隅にもう一人いたことに気付いた。こいつらは……?


「放火しようとしたんだな。理由を言え」


「わ、僕……」


「聞いてどうするの?奨励金も出ないのに。さっさと治安署へ突っぱねれば?」


「組合が二人行動を強制しなければ、お前などと組むつもりはなかった……先に帰れ、ビターズ


「あら、この厚情は忘れないわ」


倦怠感の相手が消えると、眼鏡の男の威圧感が増した。


会話から治安署関係者じゃないらしい。組合って……まさか……


「答えないならビターズの提案通りにする」


「ダ、ダメです!」


「なら早く言え。放火の動機を」


「だって……ここは賭博場だよ!人をダメにするだけの場所、存在価値なんて……だから僕が……」


ダメだ、こんな理由通じっこない……


もうどうでもいい。


覚悟を決めてうつむくと、「宣告」を待った。


「裁判官」は僅かに沈黙し、冷たい声で言った。


「ついてこい」


「はあ……」


久しぶりに生活のことを考えなくていい……貧乏より酷い罰が待ってても、なぜか気が楽だった。


黒い革靴ばかり見つめて歩く。前方で「着いた」の声がして顔を上げると――


「え?ここ……治安署じゃない……」


「治安署へ送るとは言っていない。俺の宿泊部屋だ。賭博場は夜まで空いておらず、お前は明らかに睡眠不足だ。休め」

「意見を聞いた覚えはない。眠れ。お前の体調不良は俺の負担だ」


善意なのに、従わなければ切り捨てられそうな口調……


ピスコだ。シェフ組合所属。心配無用だ。但し逃亡すれば即座に見つけ出す」


質問も許さず、ピスコは部屋を出た。


呆然と柔らかいベッドに触れた。まともな寝床なんてどれぶりだろう?


逃げられないなら寝るしかない。


気づけば日没。目を覚ますとピスコが戻っており、コートを手に言った。「行くぞ」


「わ、僕を賭博場のボスに引き渡すんですか?」


「そうする理由が?」


「金……とか?」


「金は十分ある」


「じゃあ……なんで連れてきたの?」


「判定のためだ」


賭博場へ足を踏み入れると、ピスコの異質な存在感が目立ち、階段前に黒服が現れた。


嘘で塗り固める僕と違い、ピスコは口を開けることすら拒み、どこからか手錠を取り出すと流れるような動作で彼らを数珠繋ぎにした。


抵抗する者も、一瞬で地面に押さえつけられ、呻きながら手すりに錠前を掛けられる。


「行くぞ。店主に面会する」


「わっ、はい!」


階段を駆け上がり、ピスコの背中を追う。


「組合からボス逮捕の任務ですか?あいつ悪党ですよね!」


「善悪は見届けてからだ」


「もし……もし悪党なら?」


「抹消する」


微動だにしない横顔を見て震えた。


かっこいい……


やりたいことだけできる……さすが金持ちだ。


どうしたらああなれる?


「ここだろう」


見据えた先に、豪華すぎるドアがあった。


事務所に違いない。


蹴破るかノックするか想像していた時、奥から聞き覚えのある声がした。


「御侍様……?」


Ⅳ.燃烧(※燃焼)


「まだ伝わってないのか?借金は十分に溜まった。前に持ってきたガラクタは三分の一の価値もない。俺は慈善家じゃない、特例を続ける義理はない」


「で、でも…足は片方しかないんだ…」


「ああ、だからこそ貴重なんだ」

「この足は二本分の負担を背負ってきた。きっと驚くほど強靭に鍛えられている…ふふ、俺のコレクションルームに丁度良い展示品が増えるな」


なるほど…賭博場に障害者が多い理由がわかった…


あの変態め…


「何する気だ?」


飛び込もうとした瞬間、ピスコに阻まれた。


「御侍様が中にいます!あの人渣を見逃しません!」

(人渣:中国語のスラングで、「人間のクズ」「ろくでなし」といった意味の侮蔑的な言葉です)


「空き家に放火すら躊躇う臆病者が、人を殺める覚悟があると?」


「僕は…」


「覚悟があるなら止めない。だが逃がすようなら…他人の尻拭いは好まん」


呆然とする僕を見て、ピスコはそれ以上何も言わず、ドアを押し開けた。


室内の二人は困惑から驚愕へ。ソファの男は怒りでピスコを睨みつけ、御侍様は僕の視線を避けた。


「どうやって入った?警備は?金食い虫め!誰か──」


「これが遺言か」


「は?」


「お前の存在同様、まったくの無価値だな」


男の顔が怒りで歪む。立ち上がろうとした刹那、ピスコの手に錐形の酒瓶が現れた。コルクに繋がる鎖が銃弾のように男を貫く。


「なにィ──!?」


「処刑道具だ」


鎖は男を締め上げ、縮み続ける…


酒瓶に収まる大きさになるまで。


ピスコの表情に一片の揺らぎもなかった。僕はその光景に凍りついた。


「次はお前だ…」


御侍様に向けられた言葉に、背筋が凍った。僕は必死に御侍様の前に立ち塞がる。


「御侍様は…一時の迷いです!賭博場の連中とは違います!」


「これほど稚拙な詐欺にも気づかず、堕ちるとは…料理人ギルドの恥だ」


「料理人ギルド…!?あ、あなたは僕を?」


「料理人ギルド」の言葉に、御侍様の瞳に久々の希望が灯った。


だがピスコの冷たさは変わらない。酒瓶をしまったので少し安堵した。


「お前の顔、特に足は覚えている。あの任務の後始末は俺が行った」

「雑用のような仕事…不快極まりなかった」


「…だってあなたは食霊(フードスピリッツ)だから、人間の仕事を見下すんでしょ」


「人間の仕事より、片足失っただけで全てを失ったと錯覚するお前の方が見下せる」

「今のお前は、挫折に溺れたふりをして、堕落を正当化しているだけだ」

「上昇は常に困難だ。汚水と共に下水へ流れ落ちる方が楽だろう?見栄さえなければ、とっくにそうしていたな」

「だから料理人ギルドを去るとすぐに賭博に溺れた。それとも自制心も堕神に奪われたのか」


ピスコの言葉は鋭すぎた。御侍様の青ざめた顔を見て、怒りと悲しみが込み上げる。


「どうだ、お前に言いたいことはないのか」


僕の感情を見抜き、冷徹な視線を向けてきた。反抗を期待しているようにも見えた。


「…確かに一理ありますが…」

「汚水に流されるのは良くないけど、批判されるほどじゃないです…御侍様は誰も傷つけてない、僕以外は…」

「人間は完全な自制なんて無理です。食霊だって難しい。できたら機械と同じです」

「高い山から渦に巻き込まれた弱者を見下し、罵るだけなら…誇れることじゃないです」


必死に笑顔を作った。


これが最後に御侍様にできることだ。


「でも御侍様、僕は信じてます。あなたは必ず這い上がれるって」

「少し道を間違えただけ。全てがあなたのせいじゃない。戻りたい時が戻る時です」

「だって昔も今も…あなたは僕のヒーローです」


限界だ。今の笑顔はひどいだろう…目を閉じた。


ピスコは怒っているはず。あの変態と同じように鎖で締め上げるのか?


鎖はきっと苦しい…あの男の表情でわかった…


後悔する前にやってくれ…


「目を閉じてどうする」


「え?」


痛みは来ず、ピスコの呆れた声がした。涙で霞んだ目を開けると、御侍様は崩れ落ち、ピスコは眉をひそめていた。


「あ、あの…僕を処罰しないんですか?酷く罵ったのに…」


「罵る?お前は罵倒の意味をわかっていない…手を出すつもりはない。お前には『秩序』があり、『混沌』ではないからだ」


「はあ…?」


「これが俺の判断だ。さて、本題に入ろう」


意味不明な言葉を残し、ピスコは御侍様を置き去りに僕を外へ引っ張った。


「聴け、諸君。賭博者ども、いや、蛆虫より無能で卑劣なる社会の屑ども」


賭博台に立ち、低くも響く声で宣言する。


「十秒後、ここは灰燼に帰する。生きたい者は即時退去せよ」


「十…」


「何だこいつ?邪魔するな!降りろ!」


「金を盗む気か…」


「九…」


「おい!マジだ!社長が殺された!」


「逃げろ!死にたいのか!?」


「八…」


「逃げるもんか!俺の命なんてクソ同然だ!死んだ方がマシ!」


「そうだ!死ぬ前に一発当ててやる!」


「七…」


「でも全部燃えれば…借金もチャラになるか…」


「急げ!最後のチャンスだ!やり直せる!」


「六…」


「社長が死んだ?なら金は…ハハ、俺のものだ!」


「どけ!金は俺が貰う!」


「五…」


「おい、障害者ども早く逃げろ!遅れるぞ!」


「狂ってる…みんな狂ってる…」


「四…」


「ピ、ピスコ…本気なの…?」


賭博場中にガソリンを撒くピスコを見て呆然とした…料理人ギルドの誰とも違う…


完全な狂人だ。


「お前が最初に望んだことだ。残る者は極悪人か求死者だと確認した」

「問題あるか?溺れる者を救えぬなら、渦ごと消せばいい。この汚い『渦』を消したいと思わないのか?」


もちろん!でも…


御侍様は逃げたか?改心したい人がいるかもしれない…たとえ極悪人でも、求死者でも…


生死を決める権利が僕に?


「臆病者」


皮肉や軽蔑のない口調だった。


「罪悪感が半分でも減るなら構わん…」


ガソリン缶を放り投げ、僕の手を握りしめながら外へ引く。


「だが無意味なら…この罪悪感を共に背負って生きろ」


「一」


声と共に、ライターが汚れた渦へ投げ込まれた──二人の手から。


Ⅴ.科恩酒


「ビターズ、今日からコルンが俺の新パートナーだ。会長には伝えた。お前は帰れ」


顔にかぶせた新聞を払いのけられた青年は、眠そうな目を細め拍手をした。


職場の先輩へ挨拶しようとコルンが笑顔でお辞儀すると、ピスコが制した。


「気を使うな。全員対等だ…見習いも一時的な立場に過ぎん」


「はは、恨まれないように演技しただけですよ!」


ピスコの鋭い視線に失言に気づき、コルンは急に口を噤み従順なふりをした。


「数ヶ月で料理人ギルドがこんなに…いつ移転したんですか?」


「移転などしていない。ここは『美食家協会』だ」


「え?」


過剰な装飾にコルンは首を傾げた。豪華な内装は料理人ギルドの雰囲気とは程遠い。


私人別荘のようだった。


「無理もない。『美食家協会』は料理人ギルド傘下だが非公式組織で、構成員は食霊(フードスピリッツ)のみだ」


廊下を抜け、無機質なオフィスへ。強迫症患者が整えたとしか思えない完璧な配置に、コルンは息を呑んだ。


「料理人ギルドは単なる料理人集団。真の美食家は…ここにいる」


ピスコは舌打ちした。


「協会の鬱陶しいやつの戯言だが…いつしか標語になった」

「気にするな。我々は我々の意思で動けばよい」


正式メンバーへの道を歩むため、まずはピスコを満足させねばとコルンは深く頷く。


トントン


ノック後に現れたのは愛らしい少年だった。


「お帰りなさい、ピスコ様。はじめまして、コルンさん。行政部長のフムスです。規定関連は私までどうぞ。協会員証をお渡しします」


あまりに真面目な対応にコルンは呆然と証書を受け取る。


「マジな人もいるんだ…」


「何かおっしゃいました?」


「何でもない!ありがとう~」


「マンドワ様の指示で、協会のご案内を。今お時間よろしいですか?」


「はい!」


ピスコの合図を得て、コルンはフムスに続いた。


上司だけではなく同僚との関係構築も必須と悟るコルンだが―


一通り回った後、疲労困憊した。


「さすがに…常人はいませんね…」


「御侍様はどうしてる…事務職に慣れてるかな…」


「頑張ってほしい…」


青空に向かって拳を掲げ、固くなったパンを噛みしめた。


「あら?新入りのコルン君?ピスコを満足させるとは面白い子ね~」


「わっ!?あ、あなた…」


背後から響く声に飛び上がる。美しすぎる男にコルンは圧倒された。


「リラックスして~マンドワよ。君の採用を承認したのは私だわ」


「え?じゃあ会長…」


「違うわ。会長でも副会長でもない…ただの『マンドワ』よ」


新芽を踏み潰すような笑みでコルンを見下ろす。


コルン、何をしている」


ピスコの冷たい声が救いになった。


「初日からサボりか。記録しておく」


「まさか給料減額…!?」


「今後の行動次第だ。来い」


「はあ!マンドワ様、失礼します!」


冷汗をぬぐい後ずさるコルン。動かない微笑を背に歩き出す。


その背中を見送るマンドワの笑顔は、硬質な仮面のように固着していた。


「見た目通り美味しいと良いけど…期待外れでも構わないわ。だって―」


「『美食家』たるもの、食す機会を逃さないのが筋でしょう?」



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