「海籠の水庭師」シェルフィー_story
<黒背景>
主人公「……。」
主人公(冷たい……)
主人公(そうか。俺、足を滑らせて川に……)
主人公(メルクは……いないな。よかった、一緒に落ちなかったか)
主人公(……駄目だ。手足が動かないし、流れが強すぎる)
主人公(泳ぐことなんて、とても……)
「お気を確かに、陸地の方。」
「貴方様の居場所は、ここではないでしょう?」
主人公(……何かが、俺を捕まえた? そのまま引っ張られてるのか?)
「さあ、もうすぐ陸地です。」
主人公(本当だ。もう、川底があんなに遠くに)
主人公(……あぁ、気づかなかった)
主人公(綺麗な、川底だ)
<紹介所>
メルク「起きてほしいのですよ、主人公さーん!」
主人公「ふあっ!?」
主人公「……あれ、紹介所?」
メルク「主人公さん! 私の声が届いたのですね! 良かったのですよ~!」
主人公「メルク……。あれ? 俺、たしか川に落ちたんだよな?」
メルク「そうなのですよ。あっという間に私の見えないところまで流されていってしまったのです……。」
メルク「貝殻さんが助けてくれなかったら、どうなってしまっていたことか……。」
主人公「貝殻さん?」
メルク「貝殻のような帽子を被っていたのですよ。だから、貝殻さんなのです!」
主人公「な、なるほど。その人が俺を助けてくれたんだな?」
メルク「なのですよ! 下流のほうから、スルスルと引きずってきてくれたのです!」
主人公「微妙に背中が痛い気がするのはそのせいか……。」
主人公「でも、そうか。その人には感謝してもしきれないな。」
主人公「貝殻さんは今もここにいるのか? 何か、お礼がしたいんだけど……。」
メルク「それが、気が付いたらいなくなっていたのですよ。私も、ちゃんとお礼が言えていないのです……。」
主人公「そうか……。残念だな。せめて、その人の手がかりがあれば……、」
主人公(……あれ? ポケットに何か入ってる? 川に落ちる前は空っぽだったはずだけど……)
主人公「あっ、これは……!」
<川辺>
「あれ? あれ? おかしいですね。昨日はちゃんと、ここにあったはずなのに……。」
「流されてしまったのでしょうか……? 困りました。あれが今回の要なのに……。」
主人公「それって、この小石のことですか?」
「うひゃあっ!?」
メルク「みゅ! 川に飛び込んでしまったのです!」
主人公「あぁ、待ってください!」
「も、申し訳ありません! お断りさせていただきますー!」
メルク「みゅみゅみゅ! ゆったりした泳ぎ方なのにすごいスピードなのですよ!? このままでは貝殻さんがいってしまうのです!」
主人公「せ、せめて、お礼だけは言わせてください! それさえ終われば、帰りますからー!」
「……。」
「ど、どういう意味でしょうか……?」
主人公「俺、主人公っていいます。あなたに助けてもらったことでお礼が言いたくて……。」
メルク「私はメルクなのですよ! 私も昨日言いそびれてしまったお礼を、ここで伝えさせてほしいのです。」
メルク&主人公「本当にありがとうございました!」
メルク「なのですよ!」
「……。」
「わざわざ、それを言いに来てくださったのですか?」
主人公「はい、突然来てすみませんでした! 俺たち、もう帰るので安心してください!」
メルク「小石も、お礼のお土産も、ここに置いていかせていただくのですよ!」
メルク&主人公「それでは!」
「お、お待ちください!」
主人公「えっ。」
メルク「みゅ?」
「……っ!」
メルク「貝殻さん!」
シェルフィー「水中からの無礼をお許しください。水に浸っていないと、その……落ち着かないもので。」
シェルフィー「申し遅れました。私の名はシェルフィー。わざわざ挨拶に来てくださり、心から感謝いたします。」
主人公「い、いえ、お礼なんてそんな……。」
シェルフィー「でも、どうしてここがわかったのですか? 私は黙って去ったはず。この場所に繋がるヒントなんて、何も……。」
主人公「ヒントなら、俺のポケットに入ってました。この石です。」
メルク「これは、この川の下流のほうでしか採れない石。つまり、主人公さんが助けられた場所もそこである可能性が高いと考えたのですよ!」
シェルフィー「まぁ、名探偵のよう……。」
主人公「大切なものなんですよね?」
シェルフィー「ええ。持ってきていただいて、本当に助かりました。これで仕事の仕上げができます。」
主人公「仕事?」
シェルフィー「ふふ、少しお待ちを。それっ……!」
メルク「みゅ! どうして潜ってしまったのですよ?」
主人公「さぁ……。」
シェルフィー「ぷはっ、お待たせいたしました。どうぞ川底を覗き込んでみてください。」
主人公「か、川底ですか? えっと……、」
メルク「主人公さん? まさか、昨日のことがトラウマに……。」
シェルフィー「では、私が手を繋ぎましょう。屈んでいただいてもよろしいですか?」
主人公「えっ? あっ、はい。」
シェルフィー「ありがとうございます。これで、万が一のことがあっても大丈夫ですね。私が必ずお助けいたします。」
主人公「……シェルフィーさんがそう言ってくれるなら。」
主人公「そ、そぉ~っと……、」
主人公「……わっ!」
メルク「川底がまるで星空のようなのです! とっても綺麗なのですよー!」
主人公「俺が昨日見た川底も、ここだったのか。でも、今のほうがずっと綺麗だ……。」
シェルフィー「ふふふ、小石が景色を引き締めてくれたからですね。」
シェルフィー「普段は海でばかり活動しているので、川で私の技術が通用するのかが不安だったのですが……、喜んでいただけたようで何よりです。」
メルク「こんな景色を作れるなんて、シェルフィーさんはすごいのですよ!」
シェルフィー「作るなど、とんでもありません。私がしたのはほんの少しの手助けだけ。あとはすべて、この川本来の美しさです。」
主人公「川、本来の……。」
シェルフィー「たしかに川は……水は、恐ろしいものです。ですが、それだけがすべてではない。」
シェルフィー「この景色を通じて、少しでもそれが伝われば幸いなのですが……。」
主人公「ばっちり伝わると思います。だって、もう水が怖くないですから。」
主人公「今はずっと、この景色を見ていたいです。」
シェルフィー「……それは何よりです。」
主人公「で、でも、腰がそれを許してくれないかも! この姿勢って結構、きつい……!」
シェルフィー「こ、これは気が付かず申し訳ありません! 1度、立ち上がりますか?」
主人公「す、すみません、せっかく見せてもらってたのに。じゃあちょっとだけ……よいしょっと。」
シェルフィー「……。」
主人公「……。」
メルク「シェルフィーさん? 陸にあがって、大丈夫なのです?」
シェルフィー「……。」
シェルフィー「うひゃあああああ!?」
シェルフィー「やや、やってしまいました! 主人公さんが落ちないようにと、ギリギリまで手を握っていたら……、」
シェルフィー「思わずここまで来てしまいました! ど、どうしましょう? どうしたらいいでしょうか?」
主人公「お、落ち着いてください! とりあえず、手を握ったままなのはまずいですよね? すぐに離して……、」
シェルフィー「ダ、ダメです! それは余計にパニックになってしまいそうです! どうか、手はこのままで……!」
主人公「は、はい!」
シェルフィー「も、申し訳ありません……。こんなことになるのは、私だけですよね? は、恥ずかしい……。顔も上げられないです……!」
シェルフィー「で、でも、それ以上に怖い! 地に足がついて、浮遊感もない! 怖い、怖いです……!」
メルク「安心してほしいのですよ! 陸地はシェルフィーさんに意地悪をしたりしないのです。」
主人公「水と同じです。陸地も、怖いことばかりじゃないんですよ。」
シェルフィー「怖いこと、ばかりじゃ……?」
主人公「そうだ、深呼吸をしてみるといいかもしれません。ここは空気がおいしいし、落ち着けるかも。」
シェルフィー「し、深呼吸……。すぅ……。はぁ……。」
シェルフィー「……ほっ。」
メルク「お味はいかがなのです?」
シェルフィー「おいしい……かはわからないのですが、気分はいくらか、マシになった気がします。」
メルク「良い傾向なのですよ! ちなみに景色を眺めるのも、気持ちを落ち着かせるのに最適なのです!」
シェルフィー「景色! それは素晴らしいですね! 私、綺麗な景色は大好きなのです。」
主人公「ここの景色も綺麗ですよ。ゆっくり顔をあげてみてください。」
メルク「なのです! 見ないと損なのですよ!」
シェルフィー「お、お2人がそう言われるのなら……と、とりゃあ!」
シェルフィー「……!」
主人公「どうですか?」
シェルフィー「……もうずっとここで作業をしていたのに、まるで気が付きませんでした。」
シェルフィー「陸地の景色が、こんなに綺麗だなんて。」
主人公「気持ちも随分落ち着いたみたいですね。」
シェルフィー「お2人のアドバイスのお陰です。ありがとうございます。」
シェルフィー「それに……あぁ、本当に綺麗な景色。陸地には他にもこんな景色が?」
主人公「はい。」
シェルフィー「実に興味がそそられます。このような体質でなければ、ぜひ観にいくのですが……。」
メルク「なら、私たちと一緒に来るのはどうなのです? 主人公さんや私が手を繋げるので、きっと道中も安心なのですよ!」
シェルフィー「えっ?」
主人公「あぁ、それはいいかもな。お礼もまだちゃんとできてなかったし。シェルフィーさんが良ければ……ですけど。」
シェルフィー「……よろしいのですか?」
主人公「もちろんです。」
シェルフィー「……。」
シェルフィー「仰っていた通りでした。陸地も恐ろしいことばかりではないのですね。」
シェルフィー「孤独を掃う出会いに、心からの感謝を。これからどうぞ、よろしくお願いいたしますね。水のように優しい、陸地の方々……。」