「趣季の錫環」やた

主人公「あれ、やたさん？」

やた「主人公か。」

主人公「今日はおひとりなんですね。いつも一緒にいるお弟子さんはどうしたんですか？」

やた「滝に打たれてくると出て行った。しばらく帰ってこんだろう。」

主人公「おお、相変わらず修行熱心ですね。さすがやたさんのお弟子……。」

やた「あれが勝手にそう言っておるだけだ。拙僧は弟子とは認めておらん。」

主人公「そう言いつつ、ちゃんと修行をみてあげてるじゃないですか。」

やた「……あれのしつこさだけは認めざるをえん。」

主人公「そこまで言うなら、もう弟子として認めてあげてもいいような……。」

やた「拙僧は人の世と関わるつもりはない。それが山怪としてのありかただ。」

主人公「山怪……、山で起きる不思議な出来事。和の国では昔から、恐れの対象だったそうですね……。山怪が起きる山には入るなって言われてたとか。」

やた「恐れを知らぬ、活きの良いものもおるがな。だが、人は本来己とは異なるものを恐れるものだ。」

やた「人の世から弾かれた拙僧の祖先たちは山に籠り、己の力を磨き、山怪として山を渡り歩くこととした。」

やた「正体のわからぬ怪異相手に人がむやみに手を出すことはない。」

やた「そしてしばらくすれば、また次の山へと渡り、拙僧たちは山怪として人を恐れさせながらも、刺激しすぎぬように暮らしてきた。」

やた「人に近づきすぎぬこと。それが山怪としてのありかたなのだ。」

主人公「だから、お弟子さんも取らないってことなんですね……。」

やた「その通りだ。今はこうして、おぬしに付き合ってはおるがな。それはおぬしがモンスターを癒す者だからだ。」

やた「拙僧たちもモンスターとは関わって暮らしてきた。山を渡り棲むからには、そのものたちとの戦いが避けられぬものだったのだ。」

主人公「そうでしたか……。」

主人公「でも以前は、もうひとり弟子がいたんですよね。やたさんがちゃんと認めて、修行を課してたっていう。」

やた「まあ、そんなこともあったな……。どこかの領主の息子だっただ、父によって出家させられたという。」

やた「もはや己は俗世に関わることはないと言うので、弟子として認めたのだ。落とした錫杖を拾われた借りもあったことであるしな。」

主人公「どんな人だったんですか？」

やた「心根のまっすぐな男児であった。」

やた「誰に見られておらずとも、ひとりたゆまぬ鍛錬を続けることのできる質実剛健の美徳を持つ者だ。」

やた「その者が童の頃に出会い、寺近くの山に拙僧が訪れた時にだけ修行を見てやっておったのだがな。」

やた「会うたびに成長を遂げておるゆえ、なかなか楽しませてもらっていた。今はもう、懐かしき日々でしかないが……、」

主人公「そのお弟子さんは今……？」

やた「さて、拙僧の知るところにはない。」

やた「しばし前に、還俗して家に戻るよう父からの達しがあってな。」

やた「拙僧と寺には迷惑をかけられぬからと拙僧も知らぬ間にひとり、傘をかぶって旅立ったのだ。」

やた「その者の家も知らぬゆえ、今頃、どこでなにをしておるのかも定かではない。健やかでおればよいがな。」

主人公「……。」

やた「なんだ？」

主人公「いえ。やっぱりお弟子さんのことは心配なんだなって。」

やた「拙僧とて情け知らずではない。たとえ山怪と呼ばれようと、この身はこの世に生きておるゆえにな。」

主人公「それじゃあ、新しいお弟子さんのことも……？」

やた「だからといって、人の世に馴染むつもりはない。」

主人公「ですよね……。」

やた「山怪として生きることこそが、拙僧の選んだ道なのだからな。」