テキーラ・エピソード
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テキーラのエピソード
テキーラは冒険と堕神を狩るのが好き。間違ったことに激しい執着を見せることも。故人のことがきっかけで法王庁のメンバーとなった。以前のように仲間を悲劇に遭わせないように努力している。普段の振る舞いは貴族然とした、明るい青年である。
Ⅰ.この世界
うららかな木漏れ日のように、世界はあたたかい光に満ちている。
もっと深くこの世界を知りたい。そして、この世界を守りたい。
――常々、僕はそう感じている。
嵐が吹き荒れることもあれば、そよ風がタンポポの綿毛を優しく運ぶこともある。
夕日に赤く染められた田園風景、真っ白な雪で覆われた町、太陽が容赦なく照りつける砂漠の城。世界はまるで絵巻物のように、さまざまな顔を見せてくれる。
光耀大陸にいる内気な少女も、グルイラオにいる情熱的な少女も、人間は活力に溢れている。
……でも、すべての者がそうというわけではない。
不幸をもたらす化け物がいなければ、この世界はさらに美しさで満たされる。
僕には災いを断ち切る力があるのだ。同じ志を持つ仲間もいる。だから、前に進んでいける。
そして、ピストルから撃たれた弾丸と光の矢が化け物を打ち抜き、忌まわしきものはこの世界から追放された。
戦闘が終わると、僕らはあるパーティーに招待された。
焚き火が燃え盛り、美しい音楽が流れる。僕はこのにぎやかなパーティーに心を奪われた。
飲めや歌えやの大騒ぎで、それはそれはなかなかの光景だった。
相棒のマティーニはご機嫌に酔っぱらって、女の人たちと酒を交わしてその時間を大層に楽しんだようだ。
深夜になって、彼女たちに連れ添ってもらい、旅館へと戻ってきた。
「やぁ、テキーラ!君はどこへ行ってたんだい~?ヒック!」
一見酒豪に見えるが、彼はお酒が弱い。顔を真っ赤にし、千鳥足で歩いている。ふらふらと旅館内をうろついている彼を、仕方なく僕は椅子まで導いてあげた。
目が覚めた僕は、窓の外がまだ暗いことに気が付いた。
だが、眠気は去ってしまっている。これ以上眠ることは諦め、僕は部屋から出る。そして、顔を洗うために旅館の隣にある井戸で水を汲んだ。
冷たさに意識がシャンとして、やっと現実に戻ってきた気がした。
今日もいつもの日常が始まる……そう思いながら、肩を回して旅館へと戻ってきた。
するとそこには、昨夜と同じ状態のまま、旅館のテーブルを抱いて放さないマティーニの姿があった。彼はテーブルの上に突っ伏して眠っていた。
――まるで、死んでいるようだ。
僕は積年の怒りが沸々と沸いてきた。確かに酒に弱い者は沢山いる。だが、マティーニはあまりに弱すぎだ。だというのに、無法に飲んで酔っ払い過ぎて醜態を晒す。
もう少し……せめて、自室に戻れるくらいの理性は持って飲んで欲しいものだ、と僕は拳に「ハーッ!」と息を吹きかけ、眠っているマティーニの頭に拳骨を落とした。
「いってえええーー!!!」
悲鳴と共に、マティーニが目を覚ました。そんなマティーニとバチリと目が合った。
「痛いということは生きているようですね。安心しました。らあまり酔っ払っているようだと置いて行きますよ?」
「酔ってなんかいない!お前のほうがいっぱい飲んでたではないか!!!あのテーブルを埋め尽くした空のグラスを思い出してもらいたい!!!」
「僕はそのようにみっともなく酔っぱらったことはない」
「ふむ。では、思い出させてあげようか。フィッシュアンドチップスと木に登ってイチゴを盗ろうとしたことを覚えてますか?結果クロワッサンに怒られて、木の上で反省していたのは誰だったか……あの時も素面だったと言うつもりかな?」
「うっ……!あ、あれは事故……うん!そう、事故だ!」
なんともレベルの低い口喧嘩が続いている。マティーニとのこういったやり取りは日常茶飯事だ。
そう自覚しつつも、何度も繰り返してしまう。これはいつも通りのことだ。
その時、急にマティーニが動きを止めて、真剣な表情になる。耳を微かに震わせ、弓を構えて旅館の外に出た。
すると、遠くから堕神の雄叫びが聞こえる。
僕も彼の後を追い、旅館を出た。彼の元に駆けつけた時には、現場はマティーニの矢で倒れた堕神が飛散していた。そこには、昨晩彼を旅館まで送ってきてくれた少女の姿があった。
だが――今は堕神に集中しなくては。
少女へは軽く会釈を済ませ、僕たちはまだ大量に溢れている堕神退治へと専念した。
夜が明ける前に、僕たちはようやく堕神を全滅させた。
とにかく数が多すぎる。マティーニとふたりだけでは、やはり荷の重い仕事である。
少々ハード過ぎる、と今度クロワッサンに苦言を呈しなければ。
そうして溜息をついたとき、先ほどの少女がいることに気が付いた。
彼女は両手を胸の前で組み、憧憬の眼差しで僕たちを見つめている。
「あなたたちは、天国から私たちを助けに来た神様?」
彼女の目に、僕たちの姿が焼き付いたようだった。
それから彼女は僕たちを見ると『神様』と呼んだ……。
僕は今も、その日の情景を度々思い出してしまう。
(もし……僕がもっと早く彼女の変化に気づけていたら)
そうしたら、あんな悲惨な結末にはならなかったのかもしれない。
――あの事件のことは、今も僕の胸を疼かせる……。
Ⅱ.出会い
彼女を助けたことは、いつもの日常の一コマでしかないと思っていた。
過去に堕神から逃げる人を助けたのと同じように。
旅の途中に起こったちょっとした出来事に過ぎない。
黄砂が混じった風が吹いているため、ここにやってくる人は皆マントを纏う必要がある。だけど僕はここが嫌いではなかった。
この荒野は美しい。鮮やかな花や清らかな川はないけれど、ここでしか味わえない生命の力がある。
黄色い雑草が岩の隙間から顔を出していた。過酷な環境の中で生き抜く力の強さを教えてくれる。
もちろん、目の前で堕神から逃げ回っている彼女がもう少しだけ頑張ってくれたら、なお嬉しいんだけれど。
夕日の下で逃げ回っている少女は石に躓き、堕神の攻撃を受けそうになっていた。その様子を見て、僕はやむなくピストルを手にしそれを撃ち殺した。
座り込んだ少女は叫びながらポケットの中の塩を握り、叫びながら堕神の死体に向かって撒き散らした。
僕はその少女に近づき、手を差し出した。まだ目を閉じているおバカな子は、既に安全だということに気付かず、僕に向かって塩を投げ続けた。
「きゃあっ!」
マルガリータは殴られた頭を撫でながら口を尖らせた。
「何度も言ったはずです!アナタの塩では奴らは倒せません!霊力を使ってください!霊力を!」
「うぅ、ごめんなさい。でも、あまりわたしの頭を叩かないでください。これ以上おバカになったらわたしは……」
「口答えしない!僕がそばにいない時、一人で堕神に遭遇したらどうするのですか!」
「ううぅ!許してください、神様ぁ~」
頭を抱えて叱られた子どもみたいになっているマルガリータを見た僕は力が抜け、改めて手を伸ばして彼女を引っ張り上げた。
「もう神様と呼ばないでください。僕は神様ではありません」
「でも……いっ」
「どうかしました?」
「な、なんでもないです」
僕は反抗するマルガリータを気にも留めず、彼女の靴を無理やり脱がせた。やはり、彼女の踵は腫れていた。
仕方がないので、彼女をおんぶすることにした。
彼女は食霊だが、自分の力のことについては何もわかっていなかった。
ある日、彼女は一匹の堕神に追われ、僕がいる戦場に乱入してきた。
そして戦闘に巻き込まれた彼女に流れ弾が当たってしまった。意図せず、僕の銃弾で彼女に傷をつけてしまったのだ。
堕神を倒すと、僕は急いで彼女に駆け寄った。
でも、彼女は苦しむ様子もなくただ僕を見つめているだけ……
その表情はまるで痛みを感じていないようだった。
「あなたは……神様なの?」
「何バカなことを言っているんだ!そんなことより、早く傷を抑えて……あれ?……アナタは人間じゃないのか?」
「神様!なんでしょうか?」
「戯言はもう良いです……早く自分の霊力を集めて傷を治してください!このままでは死んでしまいます!」
「霊力を……集める?」
「……できないのですか?まあ良い、僕が代わりにやりましょう」
彼女を傷つけてしまった責任をきちんと取らなければ。
マルガリータは僕を神様と呼ぶ以外は、至って平凡な少女だった。彼女は故郷を出たことがないそうだ。
彼女はまるで生まれたばかりの雛のように、全てのことに対して好奇心を持っていた。
最初は少し人見知りをしていたが、少しずつ親しくなった。
彼女は善良だ、最早偏執的な程に。目の前で消えていく命に対し、異常な怒りを露わにする。外見からは想像できないような狂気を感じることがある。
僕はその感情は彼女の優しさの根源なのだと解釈した。彼女は目の前で命が消えていくのを見ていられない、無力な自分がイヤなのだと。
しばらくの間、彼女と共に過ごした。
気付けば彼女は僕の考えていることを、手に取るようにわかるようになっていた。以心伝心とは、こういうことを指すんだと思った。
僕は一人旅を二人旅にするのも悪くないと思い始めていた。
一人よりも、気の合う仲間と一緒に旅をしていた方が面白いからだ。
Ⅲ.旅路
マルガリータに霊力の使い方を教えること以外は、全て順調に進んだ。
順調すぎて、毎月月光が一番暗くなる時、決まってマルガリータが行方をくらますことに気付けないでいた。
彼女の人間の命に対する微妙な態度に、気付けなかった。
彼女が僕を見ているようで、僕を通して他の誰かを見ていることに、気付けなかった。
誰かが言っていた。「誰かのことを好ましく思っている時、人は本能的にその誰かの欠点を無視してしまうものである」と。
僕は彼女の不可解な行動や狂気に気付くことなく、彼女を信じきっていたのだ。
だから、彼女の故郷で行われる年に一度の祭祀に誘われた時も、僕は疑うことなく一緒に行くことにした。
僕たちはゆっくりと歩いた、想像以上に遠い地へと。
僕の体感から、人が滅多に立ち入らない辺鄙な地区まで進んでいることがわかった。
そこは……
おかしな村だった。
空気中に奇妙な匂いが充満していた。決して臭くはないが、良い匂いというわけでもない。
強いて言えば、何かの植物を燃やした後のような匂いのように感じた。
どこかで……この匂いを嗅いだことがあるけれど……思い出せなかった。
村人たちはこの匂いを気にする様子はなく、皆なんだかまどろんでいるように見えた。マルガリータも気にしていないようだった。
僕の考えすぎかもしれない。
時間が経つにつれ、僕はこの匂いで気分が悪くなり、目眩がしてきた。気がついた時には、マルガリータが見当たらなくなっていた。
僕は慌てて彼女を探した。その時、いきなり胸を叩かれたような大きな太鼓の音が聞こえてきた。
その音を聞いていると、激しく苛立つ自分がいた。呼吸も詰まりそうだ。心臓が口から飛び出そうな程の不快感にとらわれた。
気分が悪くなった僕は、早くマルガリータを探してここを離れたいと思った。しかし、彼女はなんと太鼓の音と共に、目の前にある舞台のような物の上に現れた。
綺麗な衣装を着たマルガリータは、まるで月の光のように神聖に見えた。
かかとには奇妙な音を響かせる鈴が付けられていた。
彼女を呼ぼうとした時、そばから突如黒いマントを被った村人が現れ、僕を羽交い締めにし口を塞いだ。
「何をしているのですか!!!彼を放して!彼を放しなさい!」
マルガリータの鋭い声が、僕の耳に届くことはなかった。
あの匂いのせいで、僕の意識が朦朧としてきた。荒れた波に浮かぶ小船のように、ゆらゆらと、立つこともままならず……
「マルガリータ、よくやってくれた!」
「あなたたち、彼に何をするつもりですか!」
「……マルガリータ。そうか、もう目が覚めてしまったのか。なら君も用済みだ。」
Ⅳ.欺瞞
幸か不幸か、マルガリータは僕の言葉を忘れていなかった。
彼女は僕が教えた方法で自分を、そして僕を助けてくれた。
あの奇妙な匂いから解放されたあと、僕の意識は少しずつ回復した。
彼女は僕を守るため、たくさんの傷を負ったようだ。僕は拳を握り、自分にこう言い聞かせた。
──彼女は僕を裏切った。助ける必要はない。
しかし、何度自分に言い聞かせてもダメだった。せめて彼女を安全な場所へ連れて行かなくては。
僕はピストルを構え、立ち上がることすら困難なマルガリータに背を向けて言い放った。
「行け!」
「神様!」
「僕は神様じゃない!早く行け!もう二度と……僕の前に……現れるんじゃない!」
僕は初めて彼女に怒鳴ってしまった。
彼女はその場から離れていく。
自分でも気付かないうちに、僕は彼女を家族として見ていたんだ。しかし、先程の一連の出来事によって、全てがゼロとなってしまった。
──彼女が誰かに利用されていたとしても、僕を騙しここに連れてきたのだから。もう信用はできない……
追手が持っていた特殊な武器は、僕たち食霊にも傷を負わすことが出来る代物だった。
やつらの武器によって付けられた傷は霊力では治すことが出来ず、霊力自体も傷口から少しずつ流れていく。
徐々に命中率が下がり、僕の意識が遠のいていく……
倒れる前に、彼女の声が聞こえた気がする……
再び目覚めた時、僕は暗い洞窟に横たわっていた。傷が痛み、動けない。
だけど、傷の部分に温もりを感じ、回復しているのがわかる。
どうにか振り返ると、満身創痍のマルガリータがそばにいた。そして、腰のあたりには精巧なナイフが刺さっていた。見間違うはずもない。それは彼女が祭祀で使っていたナイフだ。
僕が感じた温もりは、彼女の傷から流れ出ている血の温もりだった。
食霊の身体は人間の身体構造をほぼ完璧に再現しているが、人間と全く同じというわけではない。
彼女の腰からとめどなく流れ出る血が霊力となって、僕の傷口に入り僕の身体を直してくれていた。
マルガリータは静かに、まるで痛みなど感じていない様子で、僕の手を握って祈っていた。
僕の言葉を忘れて、ひたすらに自分の霊力を垂れ流している。
──食霊は怪我をしてもいいけれど、霊力を失ってはいけない。霊力が全部なくなれば死んでしまいますから。
彼女はただただ必死で自分の霊力を僕の体に注ぎ込んだ。
僕が目を覚ましたことに気がつくと、彼女は喜んで立ち上がろうとしたが、力なく地面に尻もちをついた。
「よかった……よかったです……あなたが無事で……わたしには霊力があります!いっぱいありますから……全部……全部あなたにあげます!」
「何を!」
「わたしはあなたのための生贄です。命を捧げても構いません。わたしの命で神様は回復できますよね?きっと元気になれますよね?」
血の気の無い彼女の顔に、狂気が広がっていた。僕は初めて彼女の表情の恐ろしさに気付いたが、力が入らず彼女の両手から自分の手を抜くことが出来ない。
「マルガリータ!彼を離してください!二人とも治療が必要です!」
Ⅴ.テキーラ
テキーラは光耀大陸から持って帰ったプレゼントをキャンディケインに渡した。プレゼントを受け取った可愛らしい女の子は全身で嬉しさを表現した。その様子を見ていた人々は思わず笑みがこぼれる。
だけど勘の良い彼女は、マントで隠された血の滲んだ包帯に気がついた。
いつもはのんびりしている彼女は目を丸くして、逃げようとする相手をどうにか取り押さえようと周りにいた人々にも協力を頼んだ。
キャンディケインは涙を滲ませながら、あたたかい光を手から放ちテキーラの傷を治していく。
「自分は弱いから、みんなと一緒に危ない場所に行くことはできない」、仲間の傷を見る度彼女の脳裏にはこの言葉が浮かんで離れない。
彼女の涙を見たテキーラは慌てふためいた。
優しくて、思いやりがあって、芯が強い彼女をどうにか慰めようと奮闘する。法王庁へ来てから彼女は強くなった。彼女の涙を見たのは実に久しぶりのことだった。
キャンディケインに向かってひたすら言い訳と謝罪の言葉を並べるテキーラを見て、フィッシュアンドチップスはため息をついて肘でマティーニを突ついた。
「彼は、またやらかしたんですか?」
「はい、本当に命知らずですね」
「はぁ……ヴァイスヴルストに知られたら、またヘンテコな治療の実験台にされてしまうだろうな……あぁーー!こわいこわい!」
「一体何を考えているんだか、私たちには何も話してくれませんし」
「まぁ、今度は俺も付き合いますよ。人手は多い方がいいですから……」
テキーラはクロワッサンに此度の経緯を報告しながら、マントの下で親指を擦っていた。
マティーニたちは知っている。それは彼が緊張している時の動作だと。
「何をそう焦っているんですか?」
「……僕は」
「あの連中を見つけたとでも思ったのですか?」
「……はい」
「潜伏していたスパイが命を落とすところでした。それに仲間であるマティーニも危ない目に遭っていました」
「ごめんなさい……」
「一か月の謹慎処分を命じます。きちんと休養すること、ついでにヴァイスヴルストの医務室の掃除当番を一か月担ってください」
「ええ!それは酷すぎない……!」
「何か問題でも?」
「あ……ありません……」
テキーラはがっくりと肩を落としクロワッサンのオフィスから出てくる。頭をくしゃくしゃと掻きむしりながら、面白がっている仲間たちを無視して自分の部屋に戻った。
あの日、クロワッサンは法王庁の人員を連れて、隠されていた村を完全に包囲した。ほとんどの住民を捕らえたが、首領たちには逃げられてしまった。
テキーラは知っている。クロワッサンは彼を助けるため、法王庁のほぼ全ての食霊を彼のもとに派遣してくれたことを。そして、そのせいで手薄なところを突かれ、首領たちに逃げられてしまったことも。
テキーラはフィッシュアンドチップスに支えてもらいながら、あの洞窟にある祭壇の裏を見た。彼はそこに埋まっている死体を見てから、未だに彼の心配をしているマルガリータを無言で見つめた。
マルガリータの罪の意識のない表情を見て、彼は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「彼らは全て、わたしたちがあなたのために捧げた生贄です……」
彼女が月に一度姿をくらませた後、いつも変わった匂いを漂わせていた。それはあの村で嗅いだあの匂いと同じだった。
彼女が彼を通して他の誰かを見ているように感じていたあの視線も、決して錯覚ではなかった。
彼女が見つめていたのは、彼の背後に見える所謂「神様」だったのだ。
突如全てを理解してしまったテキーラは、酷い疲労感に襲われた。未だ霊力を渡そうとしてくる彼女の顔を見たくなくて、彼は振り返らず祭壇のある洞窟を後にした。
洞窟の外にある明るい風景は以前と変わりはなかったが、テキーラの目はどんよりと曇っていた。
もし……もっと早く気づいていたら……
そうすれば……
テキーラはクロワッサンたちに連れられて法王庁に戻った。彼らより一足遅く出発したマルガリータを捕らえた馬車は、途中襲撃に遭ってしまった。
馬車を襲撃したのは、斧を振り回す可愛らしい少女だったという。彼女以外にも、法王庁が指名手配している食霊が何人もいたそうだ。
甘く微笑む少女は誰も殺すことはなかった。
馬車の護衛をしていたフィッシュアンドチップスに重傷を負わせたが、倒れた彼を法王庁まで運んだのだ。
それはまるで法王庁への警告のようだった。
彼女が殺そうと思えば、フィッシュアンドチップスなんて目ではないと……
フィッシュアンドチップスが目を覚ました時、いつもは無表情なクロワッサンも明らかにホッとした顔を見せた。しかし、フィッシュアンドチップスから事の経緯を聞くと、彼は再び眉をしかめた。
その日から、テキーラは正式に法王庁の一員になった。
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