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ラミントンケーキ・エピソード

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ラミントンケーキのエピソード

極上の「楽しさ」を追い求める食霊。あらゆるものは虚無であり、楽しさすらもそうだと考えている。ならばただ楽しむことに徹するまで、というのが彼の流儀。知性があるようには見えないが、野獣のような勘を持ち、物事の本質をずばりと言い当てる。恐怖というものを知らず、誰に対しても、いかなる状況においても狂気を保ち続ける。

Ⅰ.押し掛け客


日差しがクレメンス家の古びた邸宅の複雑な欄間を透過し、玉石の床にまだら模様の光を落としている。荘厳で冷徹な大広間に、どこか非現実な温もりが添えられていた。


俺は自分の御侍を連れて――いつも目に憂いと不安を宿したあの少年を――彼が本来属しているはずなのに、決して本当には溶け込めなかったこの家へと足を踏み入れた。


「よお、皆。ただいまー」

景気よく声をかけてやる。

「なんだ?へっ……俺たちの顔を見て、感動のあまり声も出ねえのか?」

口角を不敵に吊り上げ、遊び人のような笑みを浮かべる。だが、その瞳の奥には鋭い光を潜ませてな。


御侍は俺の後ろに立ち、両手をぎゅっと握りしめ、緊張で指の関節まで白くなっている。彼の視線はあちこちをこっそりと窺い、まるで一歩進むごとに未知の深淵へ踏み込んでいるかのようだ。


広間には一族の連中が座り、あるいは立っていた。視線は様々だが、どれも俺たちへの好奇と不屑に満ちている。特に、次期当主を自称しているあのセヴィル坊ちゃんときたら。


着飾ってはいるが、その顔は軽蔑と怒りで歪んでいる。この突如現れた「挑戦者」に、よほど面食らっているらしい。


「どこから来た野良犬だ。ここがどんな場所かもわからずに、よくもこんなところで騒げるな」

彼はののしるが、その口調にはどこか不安が混じっている。


「おやおや、このお坊ちゃんは耳が遠いらしい。なら、もう一度言ってやろう。俺は、クレメンス家主が長年外で作っていた『隠・し・子』だ」


「貴様​──!」


へっ、あのセヴィルとかいう坊ちゃん、見かけ倒しの張り子の虎だな。


「では、自身の身分を証明できるものはあるのかな?」


澄んで落ち着いた声が隅から聞こえ、この「愉快な」会話を遮った。


俺は直接答えず、声の主へと視線を向けた。そこにいたのは、部屋の隅に佇む白髪の少年だ。


彼は礼儀正しく、玉のように穏やかに見える。この薄汚い貴族どもの中では、いささか場違いなほどにな。


「へえ、この家にもまともに話ができる人間がいたわけだ」

わざと挑発的な言葉を投げ、相手の底を試してやる。


ノーランの視線が少しの間、俺の上で止まった。そして淡々と口を開く。


「わざわざ足を運んだからには、何も用意していないわけではないだろう?」


俺は肩をすくめて、彼の言い分を認めてやった。そして懐から懐中時計を取り出す。御侍が持っていた、唯一クレメンス家と繋がりのある品だ。


「これが証拠だぜ」

揺れる懐中時計は振り子のように、その場の連中の心をかき乱していく。


「ふん、そんな古臭い時計が何になるというのだ!」


「懐中時計の刻印は、クレメンス家の家紋だね……」


少年の声は静かだが、拒絶を許さない力を持っている。まるで、この騒ぎが自分とは無関係であるかのように。


セヴィル坊ちゃんはそれを聞き、顔色をさらに悪くした。図星を突かれたのか、逆上して叫び声を上げる。


「ノーラン、ここはお前みたいな食霊も召喚できねえ雑種が出しゃばる場所じゃねえ!」


「言葉遣いが荒いね。それはクレメンス家の風範に相応しくない。それに私に食霊がいようがいまいが、私が一族の一員であるという事実に変わりはないよ」


ノーランと呼ばれた少年は相変わらず余裕を崩さない。だが、すぐにその謙虚な笑みを消し、狡黠(※狡猾)な「案じ顔」へと変えた。


「それよりも、家主の信物に難癖をつける方がよほど失礼だ。まさか……これほど貴重な品が、そう簡単に他人の手に渡ると思っているのかい?」


もはや、沈黙以上の回答はあるまい。


ハハッ、一言一句が実に鋭い。


こんな奴がこの家に残っていたとはな。ここは想像以上に「愉快」な場所になりそうだぜ。


「もっとも、それだけで鵜呑みにするわけにはいかない。ひとまず引き取ってくれないか。真偽を確かめた後、しかるべき回答をしよう」

このノーランという奴、表向きよりずっと面白そうだ。


そこで、俺は殊勝な態度で頷いてやった。


「いいぜ。あんたがそこまで自信満々なら、数日くらい待ってやるよ」


Ⅱ.誘い


クレメンス家の邸宅を離れた後、俺と御侍は近くの小さな宿に泊まった。


そしてノーランは約束を違えなかった。数日後、クレメンス家からの招待状が約束通り届いた。


そしてその招待状には、はっきりと俺たちの名が記されていた──ラミントンケーキ、そしてウィリアムと。


ふふ……俺が食霊だなんて、あいつには一言も言っちゃいねえのにな……。


まあ、いつまでも御侍の身代わりとして、人間を演じ続けてやるつもりもねえが。


「ラミントン、さっき届いたのは招待状?」


御侍が覗き込もうとする前に、俺は招待状をパタンと閉じた。


「予想より早かったな……。だが、わざわざ郊外の別邸に呼び出すとは。さて、どんな『サプライズ』を用意してくれてるんだろうなあ?」


退屈しのぎになるようなやつだといいんだけどな……


「……あんな辺鄙な場所、なんだか嫌な予感がするよ」


だが、こんな招待一つで、お人好しを通り越して臆病な俺の御侍は、すっかり縮み上がっちまった。


「危険だと?俺たちを殺しにでも来るとか思ってんのか?」


もし俺を殺すためにあんな場所を選んだんだとしたら、そんなつまらねえ連中、返り討ちにしてぶち殺したところで文句は言わせねえ。


「ラミントン……」

俺の名を呼ぶ声が震え、言いかけて飲み込んだ言葉と一緒に、微かな喘ぎが漏れる。その呼吸だけで、こいつの内側の葛藤と恐怖が手に取るように分かるぜ。


「どうしたよ、主人様、ビビってんのか?」


わざと軽い調子で聞いてやったが、今のこいつには逆効果だったらしい。


「前にも約束したじゃないか。この身分を利用して、クレメンス家から母さんの治療費さえ手に入れられれば、それでいいって……」


ああ……そういえば、そんな話もあったな。


だが、あの日あの場所がこれほどまでに愉快だったんだ。簡単に降りるなんて、できるわけねえだろ。


「分かってるさ。俺には俺の考えがある。今はまだ、最初の一歩に過ぎねえよ」


「一歩……?まだあいつらと関わり続けるつもりなの?」

御侍は足を止め、涙目のまま俺を見上げてきやがった。


「ラミントン、このままじゃクレメンス家の連中がきっと……」

震える声。続きを言わずとも、言いたいことは丸分かりだ。


「怖いなら、君はもう引いてていいぞ」


こいつがどんな人間かなんて、最初から知ってる。

何かを期待したことなんて一度もねえ。御侍は俺を『裏切って』しまったかのように項垂れ、指の関節が白くなるほど拳を握りしめた。


「ラミントン、自分が弱虫だってことはわかってる。でも本当に心配なんだ……クレメンス家は俺たちが手を出していい相手じゃない」


だからこそ、そんな一族が繁栄から紛争へ、そして最後には没落へと転げ落ちる様を見るのが、一番楽しいんじゃねえか。


「明日のうちに帰してやる。今日はもう寝な……」


「ラミントン……」

縋るような、哀れな声。


俺の口から、ついため息が漏れた。立ち上がり、こいつの前に歩み寄って、その肩をポンと叩いてやる。


「安心しろ。君がいなくたって、俺一人で派手に暴れ回ってやるよ」


Ⅲ.赴く


待ち合わせの日はすぐにやってきた。月光が庭園の古い噴水に降り注ぎ、水しぶきが夜の闇の中で色彩を放っている。これから始まる劇的な一幕を静かに予告しているかのようにな。


辺りを見渡すと、この邸宅はクレメンス本家ほどの威厳はないが、無視できないほどの雅さと隠密な空気を漂わせている。


「来たな、ラミントン」


暗がりからノーランが現れ、まるで長年の旧友を迎えるかのように微笑んだ。

やはり、こいつは俺の正体を見抜いてやがる。


「もちろんさ。最高に見応えのある『見世物』を逃す手はねえからな」


まあいい、その方が面倒な手間が省けて助かるぜ。


ノーランは俺の前まで歩み寄り、値踏みするように視線を止めた。


「私が君をここに呼び出したことに、驚いていないようだね」


「驚く理由がどこにある?ここは最高じゃねえか。反吐が出るようなしきたりも、空々しい笑い声もねえんだからよ」

俺は肩をすくめて答えてやった。

「それよりお前の方こそ、食霊をこんな人里離れた場所に呼び出して……随分と余裕だな。俺が怖くねえのか?」


「本当にお前が何かするつもりなら、最初からあんな芝居を打つ必要もなかったはずだ」


「芝居?俺は主人の当然の権利を守ってやっただけだぜ。あいつは弱腰すぎて、こんな場には耐えられねえからな」


「だから、彼をここへ連れてこなかったというわけか」


「意外だな。俺があいつを気遣うような、お利口さんに見えるのかよ?」


ノーランは微かに微笑んだ。どうやらその点については含みがあるらしい。


「ふふ……どうやら、これからの話し合いは、最高に愉快なものになりそうだ」


「そうだといいけどな」


高い天井には、複雑な彫刻と金箔が歴史の跡を刻み込んでいる。

揺らめく蝋燭の火が水晶のシャンデリアを透過し、斑な光と影を落としていた。それがこの空間に、言い知れぬ深淵な雰囲気を与えている。


「さて……わざわざ俺を呼び出したのは、ここでお茶を啜るためじゃねえだろ?」


ノーランに連れられて客間に着くと、俺は座り心地の良さそうな席を選んで腰を下ろした。


「もちろんだよ。こうして案内もしただろう?どうだい、君のために用意したこの住処は気に入ったかな」


「はっ……こんなもんで俺たちを追い払うつもりかよ?想像以上にケチくさいな」


クレメンス家が簡単に俺たちを受け入れるとは思っちゃいなかったが、まさか俺を「物乞い」扱いするとはな。


こんな取るに足らない邸宅を、俺を閉じ込める鳥籠にするつもりか?


「へえ……。俺がそんなに話の通じる相手に見えたのか?それとも、俺を舐めて試してんのかよ」


ノーランは俺の反応を予期していたのか、初対面の時と変わらず、ただ静かに傍らに立っている。


「これだけで終わるつもりはないよ。君の御侍は金が必要なのだろう?望み通りの額を用意しよう。お前たちがここでおとなしくしているというのならね」


「もし、イヤだって言ったら?」

あの傲慢なツラに変化はねえ。ああ、この顔が歪む瞬間を拝ませてほしいもんだぜ。


「もしそう言うのなら……君に伝えておきたいことがある」

ノーランは俺の正面に回り込んで腰を下ろした。俺を観察するように。


「今の言葉はクレメンス家としてのものだ。私個人の意志ではない。だが、ここから先の話を聞くかどうかは、お前が選ぶといい……」


「そこまで言うなら、俺をがっかりさせるなよ?」


Ⅳ.協力関係


暖炉の火がパチパチと音を立て、薪が時折パンッとはぜる。窓の外から時々聞こえてくる夜風の唸り声とは対照的に、室内は温かく、外界から隔絶されたような心地よさがあった。


広いソファには柔らかなダークパープルのビロードがかかり、ノーランは静かにそこに座っていた。その顔の輪郭は、薄暗い灯りに照らされて、はっきりしながらもぼんやりと浮かび上がっている。


「……随分と長々と話してくれたが、結局俺に何をさせたいんだ?」


高い地位にいる連中には共通の病がある。相手に自分の意図を推測させるのが大好きだということだ。


だが、あいにく俺はそういうまどろっこしいことが大嫌いでな。


「私はクレメンスの次期当主になる。」


そう言ったノーランは、俺の記憶にある中で最も「燦然」とした笑みを浮かべた。だが、その表情はすぐに凪いだ海のような無表情へと戻る。


「君は賢い。ここにただ閉じ込められているつもりもないだろう?ならば、私たちはいいパートナーになれると思うのだが」


今のノーランは先ほどまでとは違う。その瞳の奥には、無数の秘密と計算が渦巻いているようだ。


「協力だと?」

……利用したいだけだろ。


「そうだ。私に協力すれば、君は引き続き御侍の身代わりを演じ続けられる。そして約束しよう。一ヶ月以内に、君をクレメンスの本宅へと迎え入れると」


前回の様子を見る限り、この家における彼の立場は決して楽観視できるものではなかった。


だが、「隠し子」である俺の立場は、彼以上に最悪なはずだ。なぜそんな俺を自分の陣営に引き込もうとする?

ああ……俺が食霊だからか?


「お前を信じる根拠はどこにある?」


ノーランは小さく笑い、俺の問いには直接答えなかった。


「君も分かっているはずだ。クレメンス家は表向きほど単純な一族ではない。そこから何かを得ようと思うなら、お前一人の力では不可能だ」


「へえ、それって……お前の立場の話だろ?」


残念ながら、俺はクレメンス家の権力にも財産にも、これっぽっちの興味もねえんだよ。


「あの日、君が見たものがすべて真実だと、どうして言い切れるのかな?」

ノーランの眼差しが狡猾に光る。俺の反応を観察しているようだ。


「考えてもみたまえ、なぜ今日ここへ来たのが私だったのかを。もしあのお坊ちゃんが相手だったなら、君たちは今頃、ありもしない罪をでっち上げられて捕まっていただろうね」


「彼は後顧の憂いを残すような真似はしない。たとえ君が食霊であっても、クレメンス家にとって君たちを捕らえることなど造作もないことだ」


「説得がダメなら、今度は脅しかよ?」


「まさか。君と協力したいという、私なりの誠意を証明しているだけだよ」


ノーランはさも自信ありげに、自分の提案が極上の誘惑であると信じて疑わない様子で言った。


受けるか、それとも断るか?


これ以上話しを長引かせれば、この野心家は俺のことを「厄介な奴」だと判断するだろうな。


もしこいつの言うことが本当なら、ここで拒絶してクレメンス家に入り込むのは、さらに面倒なとになりそうだ。


それに……今の俺は、このノーランとかいう奴が何を仕出かそうとしているのか、そいつを特等席で拝んでみたくなった。


ひとまずは、欲に目がくらんだ愚か者を演じてやるとするか~


「そこまで言うなら、断る理由もねえな。何せお前はクレメンス家のことをよく知ってるんだろ?」


「もちろんだ。誰よりも理解している。なぜなら……私もまた、その一員なのだから」

編集中



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