杏仁豆腐・エピソード
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杏仁豆腐のエピソード
勤勉な女の子。自発的に雑用を担当し、色んな所からやってきたお客さんと挨拶をするのが好き。
菖蒲酒から薬剤調理を学び、デザートを作るのが好き。
暇な時はデザートやお茶などを作って休息を取る。
Ⅰ.朝明け
朝日が昇り、鶏の鳴き声がする。太陽の光は霧を貫いて大地に注ぎ込まれ、石板でできた道を明るく照らす。
町の一日の始まりはこの薄い朝霧の中で生まれる。
私はあくびをして、エプロンを巻き、お店の椅子とテーブルを拭いた後、厨房に戻って食材を確認した。
「杏仁ちゃん、おはよう。」
「おはようおばあさん!朝ごはんが出来ました、熱いうちに食べてくださいね!」
そう言ってお店の扉を開けると、朝のにぎやかさがなだれ込んできた。
目の前にいる質素な身なりをした優しそうなおばあさんが、私を召喚してくれた御侍様だ。
「杏仁ねえさん、おはようございます!母のおつかいに来ました。紫芋の玉団子を五つください!」
「文ちゃん、おはよう!はい、ちゃんと道に気を付けながら学校に行くんだよ!」
「杏仁ちゃんおはよう、ピーナッツ杏仁茶を一つ頼むよ!」
「澤兄さんおはようございます!はい、熱いから気を付けてね!」
早朝からお店にやってきたお客さんの注文を一つ一つメモしていく。
デザートを食べた彼らの嬉しそうな笑顔を見るたびに、自分がやっている事に意義を感じる。
頑張っておばあさんのデザート店を経営すれば、もっともっと多くの人に美味しいデザートを食べてもらえるはず!そう思うと、嬉しさがさらに増していく。
「杏仁ちゃん、何がそんなに嬉しいのかな?この鍋みたいにそろそろ泡が出ちゃいそうよ」
「菖蒲姉さん?わあっ!?火を消し忘れてた!」
「あはは、今日も繁盛してるわね。そうだ、この前教えた薬の作り方、もう覚えた?」
「えっと……大体は覚えました!」
「そう?杏仁ちゃんはほんとに出来る子ねぇ!」
「おや、菖蒲じゃないかい」
おばあさんが庭の方からゆっくりと歩いてきた。
「えぇ、お邪魔してますおばあさん。この前の処方どうでした?また調整しましょうか?」
「その必要はいらないよ、もう大分良くなったよ。ありがとう菖蒲」
菖蒲姉さんは私と同じ食霊だ。でも他のお客さんとは違って、菖蒲姉さんはちょくちょくお店に来ておばあさんのために薬を届けてくれる。
菖蒲姉さんは明るくて大らかで、医術に精通している。菖蒲姉さんのお陰で、おばあさんの体はずっと健康でいられている。
でも私は、おばあさんの食霊として、ずっと菖蒲姉さんに頼ってばかりではだめだ。
私一人でもおばあさんの世話ができるように、私も体に良い料理の作り方を覚えなきゃ。
そう、菖蒲姉さんの背中を見ながら胸の内で決心したのだった。
Ⅱ.昼と夜
夜の幕が降りて、屋根の下にある灯が町を温かい黄色に包んだ。忙しい1日が夜の風とセミの鳴き声と共に終わろうとしていた。私がお店を綺麗に掃除した後庭に向かうと、菖蒲姉さんが庭にある石卓の上で座っているのが見えた。菖蒲姉さんは眉間に少し皺を寄せていた。
「菖蒲姉さん……どうしたんですか?悩み事ですか……私が今日作った新しいデザートはいかがですか?」
私は彼女の傍まで歩いて行き、手にあった栗のパンケーキを石卓に置いた。
「とびきり甘いんですよ!」
「ありがとう、杏仁ちゃん。」
菖蒲姉さんはいつもの笑顔に戻り、先程の光景はまるで錯覚のようだった。
「菖蒲姉さんは……なんでいつもおばあさんに会いに来てくれるんですか……」
暫くの沈黙の後、私は心の奥底にあった疑問を質問してみた。
「昔、おばあさんには大変お世話になった事があるの。デザートもよく作ってもらったわ。おばあさんは今年をとってしまったから、私が世話してあげないとね。」
おばあさんから聞いた事がある。昔おばあさんはとあるお方のとこで下人として働いていたと。でもどんな所でどこにあるのかまでは教えてくれなかった。菖蒲姉さんの答えを聞いて、少し分かったような気がした。
「へぇーー菖蒲姉さんも同じ所に居た事があるんですか?」
「同じ所?おばあさんから何か聞いてるの?」
菖蒲姉さんは眉間に皺を寄せて少し焦った声で聞いてきた。
「特に聞いてません……ただ、過去の事なんだよってだけで……」
「もしかして、おばあさん、そこで辛い思いをしたんじゃ……」
何故だろうか、菖蒲姉さんもおばあさんと同じで、この話題になると少し変だ。私は少し奇妙な気持ちになった。菖蒲姉さんはただ私の頭を撫でるだけだった。
「いいえ、あのお方は……いい人だったわ。私の医術もその方から習ったの。それに、あのお方もおばあさんのデザートが大好きだったの」
菖蒲姉さんの暖かい掌の温度を感じながら、まだ疑問は残ったままだったけど皆の事を思うと、私はまた元気になった。おばあさんはデザート店が喜びを与えられる場所になれる事を祈っていた。少しの間でも、人々を疲労から解放してあげたいんだと思っていた。おばあさんの期待に添えなくちゃ、と私は思った。
Ⅲ.刺殺
暫くして、ずっと健康だったおばあさんは重い病気で倒れてしまった。菖蒲姉さんが見つからず、近所のお姉さんにお店を手伝ってもらうことになった。
そして町のお医者さんにおばあさんの病気を診てもらおうとしたが、誰もおばあさんの奇妙な病気を治せず、私でも知っている役に立たない処方しかしてくれなかった。
町中で最後のお医者さんを送ったあと、私は焦りながら部屋をウロウロするしかなかった。菖蒲姉さんを探しに行きたかったが、おばあさんを一人にする事もできない。病床で苦しむおばあさんを見て、パニックになりそうだった。
その時、騒音と乱れた足音がお店からした。状況を確認しようとする前に、その足音は部屋の前まで来ていた。黒い服を着た人たちが乱暴に部屋のドアを蹴り開け、土足で入ってきた。私は警戒しながら両手を広げて、病床の傍に立った。
「誰ですか……?」
「お前に知る必要はない、私たちはただ裏切り者に懲罰を与えに来ただけだ」
一人の黒衣がそう言い放った。
「裏切り者……?」
「あのお方の傍から逃げた奴隷の最期はたった一つだけだ」
銀色の光がしたかと思うと、その者はなんと刀でおばあさんを斬ろうとかかってきた。私の霊力は小さく、なんとか塞いだだけだった。
「ふん、か弱い食霊か。みんな、やるぞ」
黒い服を着た人たちは軽蔑した表情で、続々と刀を出し、こちらに向かってくる。おばあさんには指一本触れさせない!私が全力で反撃しようとした時、見慣れた姿が目の前で飛び上がり、彼らを地面に叩きつけた。菖蒲姉さんだ!
「菖蒲酒?お前、こんな真似をしてあのお方が怖くないのか?」
黒い服のうちの一人が歪んだ顔でそう言った。
「ふん?怖かったらここに来てないわ」
菖蒲姉さんはそう言うと、手を挙げ、銀の針を何本か取り出した。黒い服の人たちはマズいと思ったのか、ゾロゾロと撤退していった。病床から布が擦り合わさる音がし、おばあさんは気力なく目を開けた。先ほどの騒音のせいで目が覚めてしまったのだろう。
「おばあさん!うぇーん」
私は急いでおばあさんのもとへ駆けつけた。
「おばあさん、杏仁ちゃん、遅れてごめんなさい……」
「杏仁ちゃん、菖蒲……ゴホッ、ゲフッ……あ、あなたたち、居たのかい……ゴホンゴホン!」
おばあさんは力を込めて微笑もうとしたが、激しく咳き込んでしまった。菖蒲姉さんの治療のもと、やっとおばあさんは落ち着いた。
「菖蒲姉さん、私……」
「大丈夫よ、聞きたい事は分かってるわ。」
菖蒲姉さんはため息をして、おばあさんがいる方向に目をやった。
「こうなったら、あなたに本当の事を教えてあげないとね」
Ⅳ.別れ
「あのお方は……私の御侍でもあるの。彼は確かに医術の実力も地位もとても高い人で、とても厳しい人だった。彼から医術を教えてもらった当初、よく叱られたり処罰を受けたりしたっけ」
「あの時の私はまだ奇妙な薬の匂いを発していて、私に近づこうとする者はいなかったわ。ただ一人の婦人だけが私と喋ったり慰めてくれたり、デザートまで作ってくれたりしたの。それがおばあさんだったの」
「後から知ったのだけど、あのお方は周りの人に毒を盛っていたの。解毒剤の処方は彼しか知らなくて、毒は一人一人の体の状況によって、発作する時間は未定のもの。早くて三年から五年、遅ければ十年かもしれない」
「毒が発作し始めると、すぐには死なないけれど、中毒者に無限の苦痛を与えるの……解毒剤を手に入れるため、人々は彼の言いなりになる。そして彼はそれを利用して人々をいいように使っていた」
「でも解毒剤を誰彼与える訳じゃないわ。もし中毒者が用無しだと判断した場合、放置してしまうの。まるで……彼の操り人形みたいに」
「ある日、私がおばあさんのために解毒剤の処方を探している事がバレてしまったの。私はあのお方が問い詰めないように、おばあさんは既に死んだと嘘をついた。そしておばあさんをここに送り出したの」
「おばあさんは自分でこの店を経営し始めて、今はあなたの手伝いもある。全てが安定すれば……あとは私が解毒剤を作りだせばいいものだと思ってた……」
「でも、私の出かけ先があの方にバレてしまった……全ては私のせいだわ。でも安心して、私がなんとかするから」
菖蒲姉さんの声はどこか掠れていて、彼女は拳を握りしめた。私はどう反応していいのか分からなかった。
「全部私の……せいだよ……二人に面倒をかけてしまって……」
おばあさんはそう言い、近くにくるように手を挙げた。
「もしあの時菖蒲が助けてくれなかったら、もし杏仁ちゃんがお店を手伝ってくれなかったら、今の生活はなかったんだからね。あなたたちこそ苦労したね……私はもう年で、何もできない……」
「うぇっ……全然苦労なんかじゃありません!菖蒲姉さんは凄いんです、きっと何か方法があるはずです!おばあさんはきっと長生きします!」
私は肩の震えが止まらず、大粒の涙がぽたぽたとベッドにこぼれ落ちた。菖蒲姉さんも嗚咽しだした。
「おばあさん、私たち、きっと解毒薬を探しだすから。」
「バカな子たちだねぇ、あのお方の手段くらい知っているさ……ありがとうね……二人とも、本当にいい子だよ。私には分かるんだ。もうあまり時間が残っていない事を……」
おばあさんは手を伸ばして私たちの手を握ってくれた。暖かい温度が伝わってきた。
「私は本当に満足しているんだよ……これからは、自分たちの世話をちゃんとするんだよ……」
それから間もなくして、おばあさんは他界した。菖蒲姉さんはずっとつきっきりで私の傍に居てくれた。
「杏仁ちゃん、これからどうするの……」
「私にもよく分からないんです……ただ……おばあさんみたいな人って、まだたくさんいるんですか……彼らもきっと……辛い思いをしているんじゃ……」
菖蒲姉さんは暫く黙り込んでから、こう言った。
「ある場所なら……同じ境遇の人たちを助ける事ができるし、デザート作りを続ける事ができるわ。そこの主人と知り合いなの、行ってみる?」
Ⅴ.杏仁豆腐
光耀大陸のとある町に、有名なデザート店舗があった。そのお店の主人は優しいおばあさんで、おばあさんには杏仁豆腐という食霊がいた。杏仁豆腐はデザート作りの天賦があり、そして勤勉で努力家で、お店にある隅々の雑用を自ら進んでやっていた。二人のお店はとてもいいように経営しており、デザートの種類は多くて美味しい。町ではとても評判が良かった。
「菊酒、古書にはこうある。酒とは、過度に飲用すると神経を痛め血の流れを悪くする。軽い者は病気になり、重い者は命を落とす危険がある。この一日だけで、どれほど飲んだ?」
「ではこれは知っているかな?古書にはこうもある。酒は経脈を打開し、血の流れを良くして寒さにも堪えれる優れものだと」
「なっ……私が言っているのは量の問題だ。酒自身の話ではない」
「ほぉ、どの道私には関係がない事だ」
杏仁豆腐は向かい側から歩いてきた黄色い服の少女と白い服の少年を見て、興味深そうに目をパチパチさせた。
「あれは菊花酒と臘八麺。よくある事だから気にしないで」
董糖は微笑んだ。
「菊酒姉さん、臘八麺兄さんこんにちは。私は杏仁豆腐です。もしデザートが食べたくなったら、いつでも私に言ってくださいね!雑用係も得意なんです!」
「君が董糖が言ってた杏仁ちゃん?噂通り可愛い子ね。ふふ……大丈夫、閣の中の雑用は臘八麺がやってくれてるわ。そうだ、お酒ってお好きかしら?」
「……菊酒ーー」
「杏仁ちゃん、あそこを見てまわりましょうか~」
「あっ?あ、はい!」
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