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春を待つ華・ストーリー

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作成者: Mayusagi
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春を待つ華

第一章-出発

湖畔の小舎に集まる者たち。ついに出発の時が来た!

 霜の衣をまとった晩冬、光耀大陸では静かに春が芽吹き始めた。柔らかい新緑が霜の下から芽を伸ばし、小鳥のさえずりが積もった雪に囲まれた湖畔の小舎の周りに響き渡る。

湖畔の小舎に、まもなく春が訪れる。漂う琴の音や小鳥のさえずりとの合奏――どれも趣が溢れている。できれば、その景色を堪能したいところだが……そうもいかなかった。

武夷大紅袍と優雅にお茶を楽しみたかった西湖龍井は、庭で子どもたちと戯れている者たちを見て、静かにため息をつく。

西湖龍井「ふぅ……」

子推饅は、ロンフォンフイが隣の家からこっそりと拝借してきた梅の花を、そうとは知らずに花瓶に生けていた。そして、目に揶揄の色を灯し、龍井へと振り返る。

子推饅「ため息などついて、どうなされました?」

西湖龍井ロンフォンフイはともかく、なぜ竹煙質屋や景安商会の者たちまでここにいるのです?」

次第に賑やかさを増していく小舎を見て、子推饅は思わず口元を緩めた。それから彼は微かに咳払いをして、笑みを隠そうとする。

子推饅「まもなく花朝節ですからね、みなさんで集まって出かけたほうが都合がよいのでしょう。」

西湖龍井「……だとしても、なにも集合場所をここにしなくても良いのでは。」

子推饅「竹煙の本拠から港までは遠いですからね。」

景安や竹煙の者たちと夢中で遊んでいるロンフォンフイを見て、龍井は思わず眉を寄せる。

そんな龍井と対照的に、武夷大紅袍は茶碗を持ち、柔らかな笑顔で庭を眺めている。

武夷大紅袍「ふふ、若者は元気でいいですね。」

ロンフォンフイ「あっ――しまった! くっ!」

――ベシャッ。

ロンフォンフイが奇声を上げたのと同時に、雪玉が大紅袍の顔に高速で直撃した。

犯人の獅子頭は、唖然として口を手で覆う。

ロンフォンフイ「あははっ!」

西湖龍井「……大紅袍……大丈夫ですか?」

獅子頭「あ! ご、ごめんなさい! ほ、本当はロンフォンフイを狙って……」

申し訳なさそうな顔をしている獅子頭を前に、大紅袍は顔に覆われた雪を拭いている。獅子頭がこっぴどく叱られるだろうと誰もが緊張していたさなか、大紅袍は獅子頭の肩をそっと叩いた。

武夷大紅袍「あははっ! いい腕ですね。」

獅子頭「……」

ロンフォンフイ「……そこかよ?!」

子推饅「ふふっ。」

そんな賑やかな空気の中、北京ダック佛跳牆が庭に入ってきた。

北京ダック「船の用意が出来ました。そろそろ出発しましょうか。」


第二章-到着

花朝節に参加者だろうか、やや狭苦しい港に数隻の商船が停泊している。波止場というより、ただの小さな渡り場という言葉が適切だろう。佛跳牆の商船以外にも、たくさんの船が周りの水路に泊まっている。

ロンシュースー「船がこんなに……みな、花朝節のために参じたのか?」

ロンフォンフイ「花朝節くらいでわざわざここに集まってくるなんて、オレたちみたいな暇人以外にいないと思ってたんだけどな! どうやらここ最近、光耀大陸の連中はすることがないようだな、ハハハッ!」

北京ダック「そなたと同様に考えないでもらいたいですね。」

子推饅「まあまあ、喧嘩はほどほどになさって。そろそろ参りましょうか。」

ロンフォンフイ「けどよ……オレたちはともかく、なんで景安の悪徳商人もここにいいるんだ?!」

佛跳牆「竹煙の奴らもいるのに、俺がいて何か問題があるか? そもそもアンタらが乗ってきた船は俺たち景安の物だ。あと、うちの者たちにもたまには休みが必要だ。それと……ここはとても珍しい土地だ。良い特産品があるかもしれん。それをここから外に流通させないのは――実に惜しい。」

ロンフォンフイ「わかったわかった、黙れっ! ここに来たのが『慰安旅行』だとでも言いたいのかよ!? オメェはどうせ商売をしに来ただけだろうが! この悪徳商人め!」

西湖龍井「……」

そんな様子を、渋い顔で見ている龍井を見て、子推饅は口を開いた。

子推饅「龍井? なにか心配事でも?」

西湖龍井「……食霊の数が多すぎます。」

その言葉に、子推饅は目を瞠る。佛跳牆のような行商人だけでなく、普段は外に出ない食霊の姿も見受けられた。己の住拠の安寧のため、各自が分散して定着するのが光耀大陸に住む食霊たちの不文律である。そんな彼らが、この様に集まるのは非常に稀なことだ。

西湖龍井「いえ、気にしすぎでしょう。では、参りましょうか。」

龍井の後ろを見ると、次々と船から降りてくる様子が目に入る。嬉しそうに走っている焼餅獅子頭、船頭に佇んでその光景を眺めている大紅袍。麻婆豆腐は船酔いのせいでフラフラしているが、肥満一直線気味な葱花をどうにか抱えている……

そんな大所帯を見ていた龍井は、一瞬まるで『扶養家族持ち』なのではという錯覚を感じた。その錯覚から脱出しようと頭を振ってる龍井の隣に、雄黄酒が現れた。

雄黄酒「龍井? 船酔いですか?」

雄黄酒は携帯の薬袋から緑色の丸薬を一粒取り出し、龍井に差し出した。彼の心配そうな顔に、龍井は黙ってそれを受け取った。そして、淡いミントの香りがするその丸薬飲み込む。

一行は、佛跳牆北京ダックに引率される形で、近くにある村に向かっている。

山や川沿いの美しい村に点在する建物は光耀大陸のものと同じ様式だが、どれも土台部分に高い支柱が設置されている。

この辺鄙な村にこんなにも大人数の訪問者が来たことはなかったためか、住民たちは遠くからやって来た一行を好奇の目で見ている。

焼餅「へー……変な家屋だねぇ。なんでまた丸太で家をあんな高いところまで突き上げてるんだい? それに、随分とまぁ木がわんさか……」

魚香肉糸「『木の上の生活』の一節に、『木を巣にすれば、瘴気を避けられる』という言葉が載っていたわ。人間の知恵って、本当に底が知れないわね……」

海から遠く、温度が高いためか、花がすでにちらほらと咲き始めている。原色に彩られた花々のほとんどが、見たことのない種類だ。

獅子頭「見たことのない花がいっぱい……すごいな……うわぁっ!」

少年「わあ!」

花に夢中になっていた獅子頭は薬草を抱えて走ってきた少年にドシンッとぶつかり、揃って地面に倒れた。獅子頭は慌てて立ち上がり、座り込んだ少年に手を差し伸べる。

獅子頭「大丈夫?!」

少年「あ、ああ! きみの方こそ大丈夫?!」

獅子頭「ぜーんぜん平気! なんかごめんね。」

少年「ぼくが慌ててたのが悪いんだ。そういえば見ない顔だね、きみたちも花朝節目当てで遊びにきたの?」

獅子頭「僕たち『も』?」

少年「そうだよ! ここ最近は、色んな人がやってきているよ。こんなにたくさんのお客さんが外から来るなんて始めてでさ……あ、そうだ! 泊まるところって決まっているの?」

少年の親切さに感動した獅子頭は照れながら頬を掻くと、佛跳牆のほうに振り向いてそう聞いた。

佛跳牆「いや――君、教えてほしいのだが。この村に、旅館はあるか?」

少年「ううん。普段はお客さんがあまりいないから、村に旅館はないんだ……それに、最近やって来たお客さんの数が多すぎて、民家もいっぱいにだよ……」

少年は少し考え込んだ後、何か閃いた様子で両手を合わせた。

少年「あ、そうだ! 祭司様のところに行けばいいんだよ! 祭司様はとてもいい人で、家もすごく広いんだ。薬草に手を出さない限り、きっと快く受け入れてくださるはず!」

佛跳牆北京ダックと視線を交わらせてから、少年の綺麗な目に再び向き合って、祭司の元へと案内を頼む。

少年「任せて! 大祭司のところまで案内するよ! ついて来て!」


第三章-花木村

小躍りする少年は、あっという間に獅子頭焼餅たちと友達になった。そして彼らは、短い道中のあちこちで歓迎され、さらには親切な村民からおやつをたっぷりともらった。

持ちきれないほどのおやつを抱えながら、北京ダックは複雑な表情をしている。

北京ダック「……気持ちはありがたいのですが……でも、なぜこんなに多く……?」

魚香肉糸「フフッ――」

北京ダック「どうしました、魚香肉糸?」

魚香肉糸「コホン……聞けばここの住民はとても親切で、客人相手にたくさんのプレゼントをするそうよ?」

北京ダック「ですが、なぜ吾ばかりが?」

魚香肉糸「……コホン。」

少年「あなたは見た目が細いし、元気もなさそうです! 普段からあまり食事をとってないでしょう? だから、たくさん渡されたのかと!」

蜜を吸える花について焼餅に教えていた少年は、北京ダックの疑問を聞いて、振り返ってそう答えた。

その瞬間、全員が妙な沈黙に包まれた。我慢できずにその静寂を破って噴出した佛跳牆は、北京ダックから視線をそらす。同じように、普段から冷静な子推饅や龍井たちも彼と笑いを堪えて顔を背けた。

北京ダック「そういえば少年、そなたが申していた祭司様とは、まさか……?」

少年「もちろん、花神祭の祭司様のことだよ、とてもいい人なんだ! ぼくたちが困ったときは、いつもあの方のところに行くんだ!」

北京ダック「花神祭?」

少年「そうだよ、花神祭に参加しに来たんじゃないの?」

北京ダック「我らは花朝節や花神木のことしか耳にしておりませぬので。花神祭とは一体……?」

少年「あっ、それなら見逃しちゃダメだよ! 花神祭が始まるとね、お祈いすれば誰でも体内の瘴気が浄化されるし、それにしばらくの間堕神の瘴気を防ぐことが出来るんだ! それこそ、ここならではの儀式なんだ!」

その言葉に驚きを隠せなかった北京ダック佛跳牆は龍井と視線を合わせると、さらに問いを重ねる。

北京ダック「堕神の瘴気? その花神祭は、堕神の瘴気まで浄化できるというのですか?」

少年「もちろんだよ! 瘴気にひどく侵された人たちは祭司様のところに運ばれるんだ!」

佛跳牆「……体内に侵入した瘴気を浄化できるというのは、間違いないのか?」

少年「うん!」

それを聞いた佛跳牆獅子頭に視線を向ける。彼が少年と再びおしゃべりを始めたのを確認すると、歩くスピードを緩め一行の列の後ろに移った。

佛跳牆北京ダック、堕神の瘴気について、何か知っていることは?」

北京ダック「いえ、特に何も。花朝節は伝統的な行事ですが、瘴気を浄化する噂が流れたのはここ最近のことです。魚香肉糸もそのことを調べようと、ここに来ることを決めたのですよ。」

西湖龍井「関係があるのかどうかは分かりませんが、近頃、龍神像に寄せられる堕神の瘴気に関する伝言は確かに少なくなっています。」

佛跳牆「もしそれが本当なら、その祭司とやら……浄化能力を持つ食霊なのでは……?」

北京ダック「だとすれば、辻褄が合いますね。食霊たちの霊力は様々ですから、吾らが認知していない能力を持っていたとしても、なんらおかしなことではありません。」

佛跳牆「なるほど。それで、ここに来る連中がいきなり増えたということか……。」

子推饅「まあ、祭司殿に会えばすべてがわかるはずですよ。もともと遊びに来たのですから、瘴気の浄化方法を探るのは二の次です。それだけはお忘れなきように。」

連日、邪教を追跡していた湖畔の小舎と竹煙の一行は、気力が失われ、いつも笑っているロンフォンフイでさえ、その笑顔を失う有様だった。これこそが、子推饅魚香肉糸が今回の旅を企画したわけである。

案の定、魚香肉糸が選んだ場所はみんなに大歓迎され、計画を聞いていた佛跳牆たちも飛び入りで乱入したのだった。

楽しい時間のはずだったが、今では訳のわからない噂に邪魔だてされている感じである……



第四章-筒の楼閣

筒の楼閣からの悲鳴…

一行は遊び倒すことで噂に引っ張られていた気持ちを元に戻そうとする。すると彼らは、すぐに村の建物以外に特別なところを見つけた。

建物自体の特徴だけでなく、すべての家屋が鬱々たる樹木や藤蔓に包まれており、ハリと屋根の上には見たこともない花がいっぱい咲いていて特別な雰囲気がある。少年に色々と教えられ、彼らは地元民しか知らない情報をたくさん吸収していった。

花や木々の香りがそよ風に運ばれ、心に積もった焦る気持ちを一掃していく。樹木と一体化した建物に囲まれ、皆は十分な安息感に包まれた。

魚香肉糸「あら? ねえ、見てちょうだい!」

北京ダック「ほう? 木彫ですか、上には小さい花も咲いていますね。」

皆が魚香肉糸のほうに振り向き、屋台の前でしゃがみこんでいた彼女と同じように目を丸くした。そこに並ぶ、さまざまな形をした木彫の像はいかにも粗末に見えるが、像の上に生えた小さな白い花に彩られ、生き生きとしたオーラを放っている。

ロンフォンフイ「こっちも見てみろ、面白いぞ!」

屋台に並んでいる木彫の飾りは作りこそ粗いものの、それぞれに種類が異なる植物が生えている。皆の視線が一時的にこの個性的な置物に集まっていた。

興味津々で撫でている女の子たちはもちろん、それを商品として売ろうと画策している佛跳牆も真剣な顔で木彫を見つめている。

少年「へへ、面白いでしょ! こういうのって、ここでしか買えないんだよ! 綺麗だろー!」

ロンフォンフイ「ここでしか買えないのか?」

少年「そうだよ! 上に生えてる花はみんな本物だよ。持ち帰ってから水をやれば、まだまだ成長するんだ!」

花びらをブチブチちぎっていくロンフォンフイを見た雄黄酒が迅速に彼の手から木彫を奪い取ると、財布からお金を取り出してそれを買った。

雄黄酒「まだまだ成長ができて……しかも見たことのない植物ばかり……薬用価値があるかもしれない……」

ロンフォンフイ「おいおい、せっかく遊びに来たのにまた変な悪い薬のことなんか考えてるのか! 帰る際に全部買ってやるからそれでいいだろ!」

少年「え? あなたも薬学の知識があるんですか?!」

雄黄酒「……それが、どうかしましたか?」

少年「祭司様はもう手がいっぱいなのに、ぼくたちは薬学の知識がないから、なんの力にもなれなくて……」

雄黄酒「もしその方が必要とされるのであれば、ここに留まっている間は尽力致しましょう。」

ロンフォンフイ「ちょ、オマエ!」

雄黄酒「休む方法は人それぞれですから。」

少年「よかったー!」

小さな木彫のおかげで気が紛れた一行は少年に連れられ、村の中心にある円筒形の高い建物の前に到着した。

家屋は建物自体が覆われるほど多様な植物に包まれており、その周りにも色とりどりの草花が多く生えている。

村人「うわあああ!!」

その建物――筒楼から聞こえてきた悲鳴に皆が驚くなか、ロンフォンフイは得物を手にして真っ先に向かった。魚香肉糸たちは少年の前に立ち、壁になっている。

――ドサッ。

ロンフォンフイが扉を破ると、そこには白衣を纏った一人の青年が、悲鳴を上げている中年の男を押さえながら伸び続ける長い枝を彼の口にぶち込んでいた……

ロンフォンフイ「な?! やめろ!! そのオッサンを離せ!!」


第五章-瘴気の解決策

瘴気の解決策は?

少年「ちょっと止めて!! 彼を止めてってば!!」

少年「誤解なんだ!! 祭司様は、彼の病気を治しているんだよ!!」

いきなり目の前に現れた少年に体をよろめかせたロンフォンフイは、渾身の力で刀を握って制することでなんとか目の前の少年を傷つけずに済んだ。

大祭司「ロウくん、彼らは?」

少年「祭司様! ごめんなさい! 彼らは花朝節を見に来たお客さんなんです! あの……その……」

ロンフォンフイ「……そのオッサンに何をした?!」

大祭司「なるほど、客人ですか……この治療法に驚くのも無理はありません。そういえば、すごい勢いでしたね……てっきり堕神かと思いましたよ。」

白衣を身に纏った青年は不気味な枝を懐に収め、警戒している一行に笑顔を向けた。

大祭司「こんにちは。わたくしはこの村の祭司であり、花神祭の大祭司も兼任しております。花木村へようこそ。」

西湖龍井「……ロンフォンフイ、よしなさい。」

少し躊躇った後、ロンフォンフイは龍井の言うとおり刀を収めた。しかし、目の前で優しそうに笑っている青年相手に依然として気を緩めることはない。隣にいる雄黄酒は急いで気絶していた中年の男のそばに駆けつけた。

雄黄酒「彼は大丈夫です……そして、体内の瘴気も消えていっています!」

西湖龍井が皆の前に躍り出ると、不思議そうな顔をしている大祭司の手を取った。その瞬間、淡い青色の光が輝いた。その光が消えると、北京ダック佛跳牆に凝視されていた龍井が微かに首を横に振った。

西湖龍井「あなたは堕神どころか、食霊でもない……」

大祭司「ですから、ただの花朝祭の祭司だと言ったじゃありませんか。信じてもらえますか?」

怒った様子もない青年に対し、『侵入者たち』はなんだか申し訳なさそうになっている。皆がロンフォンフイの頭を押さえながら大祭司にお詫びをすると、治療を受けていた中年の男性を囲んだ。

ロンフォンフイ「おい……オレたちみんなでやったことなのに、なんでお詫びをするのはオレだけなんだ?!」

雄黄酒「扉を破ったからです。」

子推饅「それに、相手を斬ろうとしましたからね。」

ロンフォンフイ「オイッ……! ぐっっっ、は~な~せ~! はなせってば!!」

少年「ふう……祭司様に怪我がなくてよかった。」

大祭司「花さんを心配した上での行いですから、気にしてはいませんよ……それより、あなた方はまだ泊るところが見つからず、宿を探しているんですよね?」

佛跳牆「はい。宿泊先での便宜を図って頂けたなら、とても助かります。船で待っている者たちもいるので……」

大祭司「問題ありません。ここは広いですから。部屋の用意はロウくんにお任せしますね。こちらはまだ仕事が残っていますので、終わり次第また訪ねさせていただきます。」

北京ダック「いえいえ、吾らの方がご迷惑をおかけしている立場ですので。治療を邪魔しただけでなく、宿泊先でもご迷惑をおかけするとは、とても申し訳が立ちません……。」

大祭司「旅に出るときは、敵よりも友が欲しいものですから。お気になさらず」

雄黄酒「あの……ちょっと、よろしいでしょうか?」

大祭司「はい? 何か御用ですか?」

雄黄酒「わたくし、薬剤師でございます……ここに残って……瘴気を払う方法を拝見してもよろしいでしょうか?」

大祭司「そうなのですね。もちろん良いですよ。ですが治療の時間が長いため、他の方は村を見て回る方をおすすめ致しますよ。面白いものがたくさん見つかるかと。」

第六章-花の宴

年獣?それとも花神?

一行は荷物を筒楼に置くと、北京ダック西湖龍井に連れられる形で村へ遊びに行った。

そよ風に運ばれる草木の息吹に包まれることで、一人で散歩していた北京ダックの表情もようやく緩まってきた。そして彼は、誰もいない後ろへと振り向く。

北京ダック「どうですか? 何か気になることは?」

武夷大紅袍「調べたところ、確かに治療方法こそ荒いですが、相手の体内の瘴気が消えたのは紛れもない事実。小細工をした痕跡も見当たりません。あなた方も、なにか考えが浮かんだ頃合いでは……?」

北京ダック「ええ。佛跳牆、昨年起きた年獣の事件は覚えていますか?」

佛跳牆「夕がどうした? ……ッ! まさか……。」

北京ダック「噂では、花木村は代々花神を奉っており、花朝節の設立もそのためとのこと……年獣が存在する以上、花神がいてもおかしくはないでしょう?」

佛跳牆「だが、なぜ……」

北京ダック「単に一般人の生活を楽しみたいだけなのでしょう。我々はすでに彼の邪魔をしてしまいましたし、これ以上問いただすのはやめましょう。もとより遊びに来ただけなのです、余計なことはしなくてもいいかと。」

佛跳牆「とは言え、雄黄酒ひとりで大丈夫だろうか?」

西湖龍井「ご安心ください、ロンフォンフイが陰から見守っていますので。」

そこにいる全員が頷いた。食霊たるもの、他人に聞かれない限りは自らの正体を明かしたくないのが普通だ。ゆえに、祭司がその正体を隠そうとする気持ちも理解できる。

同族でないならば、その思考も異なるもの。いつまでも変わらぬ容姿や超越した力を持つ者が、普通の人間に疑念を持たれるのも無理はない。街中にある湖畔の小舎で暮らしている西湖龍井たちでさえ、ときおり怪物と呼ばれることがあるのだから。


同時刻

筒楼

大祭司の治療を受けた病人の様子を念入りに観察し目を丸くした雄黄酒を見て、大祭司は思わず笑い出した。

大祭司「ふふっ……なぜそんな顔をするんですか?」

雄黄酒「え……変でしたか?」

大祭司「コホン、いいえ。それより研究の成果はいかがですか?」

雄黄酒「見たことのない薬材がたくさん使われておりますね。特にこの木。もしや、村にある家屋に絡まっているあの植物ですか?」

大祭司「この木こそが、堕神の瘴気を祓ううえで最も大事な薬材なんですよ。」


――もう一方では。

大紅袍と龍井の結論を聞いて、北京ダック佛跳牆もようやく安心して花朝節を堪能していた。他の者と話した佛跳牆は、どこかへと行ってしまう。そんな佛跳牆を見送って、北京ダックはゆるりと大通りを散歩している。

ほどなくして、彼はメモ帳を手にしながら何かを真面目に記録している魚香肉糸を目にした。

北京ダック魚香肉糸、何を書いておられるのですか?」

魚香肉糸「いいところに来たわね、北京ダック。彼らの話によると、この植物には堕神を祓う効力があるかもしれないわ。」

北京ダック「堕神を祓う?」

村人「あなたたちも遠いところからやって来た客人よね? 花神木をお土産にどうかしら。庭に植えると少しずつ建物と融合して、その匂いで堕神を退散させることができるのよ。」

北京ダック(堕神を祓う? まさか、そのような植物があるとは……佛跳牆にいくつか買わせて、戻ってから拝借するのも悪くないでしょう。)

北京ダック「すべての家屋に花神木が植え付けてあるのも、そのためですか?」

村人「あたしたちの家に? いいえ、まさか。あれはあたしたちが植えたものじゃなく、いつの間にか屋上に現れたのよ。きっと花神様が、あたしたちを救うために授けてくださったのよ!」

北京ダック(どうやら祭司に化けた花神様の仕業のようですね……といっても、真に堕神を祓うことが出来るのならば、それはそれで喜ばしいことなのですが。)


第七章-驚嘆

瘴気の後ろには誰がいる?

雄黄酒「すごい! この植物、本当に瘴気の侵入を防ぐことが出来るんですね! どこで見つけたのですか?」

そう遠くないところでお茶を飲んでいた大祭司は、興奮のあまり顔を真っ赤にして立ち上がった雄黄酒に驚きむせながら、胸元を叩いた。

大祭司「まさかそんな一面があるとは……」

雄黄酒「どうかしましたか? 祭司様?」

大祭司「いいえ、なんでもありません……この植物はですね、ある日、いきなり村中に現れたんです。その匂いはどうやら堕神に効き目があるらしく研究をしていたのですが……成長速度が非常に早いほか、なんと堕神が吐き出した瘴気を吸収することもできるんですよ。」

雄黄酒(吸収?)

大祭司「今この世界では、一介の医者よりも全ての者を守護する神の方が人々に安心感を与えています。すべては神がもたらした神跡だと伝えれば、民衆の信頼を得るのも簡単になるんですよ。」

大祭司「この点については、貴方のほうがよくご存知ですよね。」

雄黄酒「……」

大祭司の不気味な笑顔にゾッとした雄黄酒が改めて彼に向き直ると、まるで悪夢が去っていったかのように、またあの優しそうな表情が瞳に映っていた。

大祭司「大丈夫ですか? 気分が優れませんか?」

雄黄酒(いや……気のせいでしょうか……大紅袍たちも大丈夫だと言っておりましたし。)

立ち上がろうとした瞬間、思わずよろめいた雄黄酒は机に手をかけた。直後、彼は本能的に目の前にいる祭司に視線を向けた。

意外なことに、祭司は眉をひそめながら彼の前に立っていた。扉を破って入り込んできた者が纏っているのは、あの見覚えのあるローブだった……

雄黄酒(や……やつらだ……)

朦朧としている雄黄酒の視線が揺れるなか、大祭司の厳しい声が耳に届いてきた。

大祭司「何をしに来た! 二度と来るなと言ってあったはずです!」

???「ふっ、花神様。この前は油断したが、今度こそは……傷を治せぬまま村民たちの瘴気を祓っていたことで、さぞ無理をしているのだろ? おとなしくお縄についたほうが身のためだぞ……?」

――ドサッ。

轟音とともに、一筋の光が暗い部屋に差し込んだ。巨大な刀を背負った人影が目の前に現れ、雄黄酒を庇っていた大祭司もホッと胸を撫でおろす。そしてボロボロの天井を見て、すぐさまため息をついた。

ロンフォンフイ「ふふふ、なんかおかしいと思ったら、どこからかネズミどもが入りこんでいたのか!」

???「……貴様は! なんでここに食霊がいる!」

黒ずくめが怯える様子に、大祭司はせせら笑った。その冷たい目つきと皮肉めいた表情を見た雄黄酒は、思わず鳥肌を立てる。

大祭司「ふっ、わたくしは花木村の噂を流したのは、ただ瘴気を祓うためだと思っていたのですか?」


第八章-縁の故

この人は敵か?友か?

突然現れたロンフォンフイは、黒ずくめにとって予想外のことだった。次いで悠々たるリズムが響き出すなか、不協和音混じりの黒い霧が飛んできて、ローブの人物の姿を隠した。

ロンフォンフイが刀を振ると、黒い霧はまるで生きているかのようにその攻撃をうまくかわし、黒ずくめの姿もその間に消えていた。

ロンフォンフイは振り向いて、霧のせいでよろめいている雄黄酒の体を支えた。

ロンフォンフイ「おい! 大丈夫か!」

雄黄酒「……へ……平気です。」

そして雄黄酒の視線の先に顔を向けると、ホッとした直後に気まずく申し訳なさそうな顔を浮かべた大祭司がそこにいた。自らの大きな袖を固く握り締めている。

ロンフォンフイ「祭司さん。オメェはアイツらとお仲間っていうわけじゃないようだが、詳しいことを説明してくれないか?」

このとき、ロンフォンフイの顔色はひどく悪かった。いつもの朗らかな笑みは真剣な表情へと変わり、自らの威厳を示している。

雄黄酒は言葉も出ないまま、ただ睨み合っている二人を見つめる――ロンフォンフイは、怒っているようだ。

雄黄酒「……ロンフォンフイ。」

大祭司「……」

ロンフォンフイ「どうなんだ? 祭司様?」

祭司はため息をつき部屋の片隅に歩いていった。そして、本棚を押すと、暗い地下へと続く通路が雄黄酒ロンフォンフイの目の前に現れた。

大祭司「わたくしについて来てください、ここで話せないことですので。」


その一方で。

空はだんだんと暗くなっていく。村で思うぞんぶん遊んだ皆は、約束した料理店に着いていた。

北京ダック「おや? ロンフォンフイ雄黄酒は?」

子推饅ロンフォンフイはともかく、雄黄酒まで約束の時間を忘れたのでしょうか……」


ロンフォンフイ「へくちっ!」

ロンフォンフイ「うん? また誰かがオレを褒めているな?!」


西湖龍井「なにやら嫌な予感がします、いったん筒楼に戻りましょう。」

北京ダック佛跳牆……」

佛跳牆「安心しろ、村のことは俺に任せておけ。」


一行は祭司がいた筒楼に駆けつけると、ロンフォンフイが怒りの形相で、祭司の背中を強い力で叩いた瞬間に出くわした。その衝動で危うく地面へと転びかけた祭司は、椅子を動かして、少し彼から距離を置いた。

ロンフォンフイ「オメェも大変なんだな! そういうことならもっと早く言えよ! そしたらこのオレが手を貸してやれたのに!」

大祭司「……」

雄黄酒「叩く力が強すぎますよ、ロンフォンフイ……。」

ロンフォンフイ「おお! わりぃわりぃ、気づかなかった! ん? なんだオメェらも来たのか!! オイ聞けよ!コイツ、実は花神でさあ! ってオイ、どこ行くんだよ?! 戻ってオレの話を聞けよ!!」


第九章-助け

みんなにとっての敵。

筒楼の部屋には北京ダック佛跳牆西湖龍井が留まった。魚香肉糸たちは事情を知らない者たちを部屋へと連れ戻る役を買って出た。

雄黄酒ロンフォンフイは、三人の視線を受けながら鼻先をこすった。

先の戦いに居合わせていなかった三人はロンフォンフイのとっちらかった説明を聞き、ようやく今回の件で抱いていた違和感の理由を理解した。

北京ダック「つまり、花神木と瘴気浄化の噂は、そなたが食霊たちをここに引き寄せるためにわざと広めたのですね?」

大祭司「はい……貴方たちを利用してしまい、申し訳ありません。ですが今のわたくしでは、もう彼らを倒せないのです。もし貴方たちに堂々と助けを求めてしまえば、彼らはきっと貴方たちが到着する前に準備を済ませてしまうでしょう。ですから、わたくしはこうするしかなかったのです。」

大祭司「もし……貴方たちがこの件は危険すぎると判断し協力していただけなくても、納得はできます……」

ロンフォンフイ「大丈夫だって、オレらに任せろ!」

ロンフォンフイの言葉に祭司は恐縮した。その言葉が本当かどうか確かめようとじっと見ていた西湖龍井は、こくりと頷いた。

祭司は故意に彼らを利用しようとしたが、それは村民たちを守るためにやったことであった。そして、彼は西湖龍井たちが長い時間をかけて追い求めていた『聖教』の情報も渡してくれた。

北京ダック「では、そうしましょう。ところで、祭司様。……いえ、今は花神様と呼ぶべきでしょうか……」

大祭司「そんな風に呼ばないでくださいませ。祭司で構いません。」

北京ダック「わかりました。では、祭司様。彼らがこの村に目をつけた理由をご存知ありませんか?」

大祭司「ここは辺鄙なところですし、加えてここには昔から『花神』という伝説がありましたから……彼らにとって、ここは最適な実験場ではなかったのでしょうか。」

佛跳牆「確かに、ここは奴らにとって最適な場所だろう。だが、ここに本物の花神がいるとは思わないはずだ。それなのに何故、奴らはこの場所に執着しているんだ?」

大祭司「……それは、彼らはここの村民の体に瘴気の種を蒔いたからです。」

北京ダック「瘴気?」

大祭司「ええ……彼らは何かを研究しているようで、わたくしが村に戻った時はまだ彼らが研究を始めたばかりの頃だったようです……あの時は村中が瘴気だらけで、わたくしはしょうがなく本体の花神木の種を村の隅々に蒔き、瘴気を散らすつもりでした。」

話を聞いた一行の顔色が突然暗くなった。いつも彼らを追っていたからこそ、その悪行をよく知っていた。彼らにとって、実験対象は食霊だけではない。同じ人間であろうと、躊躇なくその対象となるのだ。

大祭司「わたくしは彼らがまだ気づいていないうちに手を施しました。けれど、それでも重傷を負ってしまいました。力はいまもなお、完全には回復しておらず、瘴気も散らしきれていません。今はなんとか皆の体の中の瘴気を抜くだけでも精一杯なのです。」

そこまで話した後、祭司は思わずため息をつき、何かを確認するかのように胸を押さえると、愁いを帯びた表情は一瞬で消え失せた。ただ、すその下の手をぎゅっと握りしめている。

部屋にあった囲碁の駒で遊んでいた北京ダックは、顔を上げて祭司の話を遮った。

北京ダック「それで、そなたの次の計画はどのようなものですか?」

大祭司「それについてですが……彼らがこうもあっさりとこの村を手放すなんてありえません。村を守るわたくしの存在はずっと彼らにとっての障害でしたが、怪我をしていることを知られた以上、もっとおおっぴらに悪事を働いてくるはずです……」

西湖龍井「私たち全員がここにいても、また来ると?」

大祭司「……貴方たちがここにいるのは、一時的なことです。問題を根本的に解決したとは言えません。」

西湖龍井は相変わらず多くを言わないまま、何かを考えるように瞼を閉じた。そして、彼は急に顔を上げた。

西湖龍井「……なら、もし彼らがこの二日間以内に来なければ、これまでの研究はすべて台無しになる……というのは、どうでしょうか?」

北京ダック佛跳牆は一瞬動きを止める。そして互いに視線を交わし微かに口端をあげた。彼らも何か考えついたかのようだ。

北京ダック「彼奴らは、吾らに幾度も罠を仕掛けてきました。ですので、此度は吾らの番ですね。」

大祭司「……どういう意味でしょうか?」

北京ダック「もし祭司様が吾らの協力のもと力を取り戻し、花神祭で祭神の儀式を行った場合……村民全員の体内の瘴気を一気に散らすことは可能ですか?」

大祭司「……もしわたくしの力を回復させることができるのでしたら、花神への信仰が最高に達した花神祭当日であれば、恐らく問題ないかと!」

北京ダック「では……さっさと準備をしなければなりませんね。奴らから動かぬならば、奴らを強引にでも引きずり出しましょう。」

北京ダックが遊んでいた駒が基盤に落ちるのと同時に、彼は顔を上げ、自身に溢れ傲然とした笑顔を浮かべた。

北京ダック「花神様、いかがですか? 吾と一局、囲碁でもどうでしょうか?」

大祭司「ええ、もちろん。」


第十章-駒を動かす

ゲームが始まる。

北京ダックたちのおかげで、今年は祭司様によって最も盛大な祭神の儀式が行われるという知らせがたちまち村中に知れ渡った。村民たちは口々にこのことを他の者たちに伝え、喜びの気持ちを顔に滲ませている。

村民たちは花神祭の後ろに隠された事件には全く気づかないまま、よりいっそう一心不乱に花神祭当日を待ちわびていた。

花木村に遊びに来た食霊と瘴気を解決しようとここに来た食霊たちも、佛跳牆北京ダックたちの奔走のもとで密かに準備を進めている。

外は穏やかで楽しい雰囲気に満ちているが、筒楼の中で絶え間なく響く微妙な物音は、戦いの準備をしている者たちをイライラさせた。

大祭司「ガタガタガタ……」

ロンフォンフイ「………………(= =#)」

大祭司「ガズガズガズガズ……」

雄黄酒「………………(深呼吸)」

大祭司「ガガガガガガッ」

西湖龍井「(お茶を淹れる)――」

大祭司「ズーズー」

武夷大紅袍「龍井、あなたのお茶を吾にもくださいますか。雄黄酒、あなたの薬臼ですが、そろそろあなたの手によって壊されそうですよ。」

大祭司「ゾゾゾゾーッ」

ロンフォンフイ「ああああああうるさい!! 瓜を食べ終えたかと思うと米餅を食べる、米餅を食べ終えたらリンゴ、そして今度は麺をすすり始めるとは…………龍井、放せ!! 一発殴らせろ!!」

北京ダックが筒楼に戻ってくると、混沌とした光景がそこに広がっていた。龍井の龍骨が冷静にロンフォンフイの襟を噛んでおり、大紅袍は慌てて祭司の首を掴んでいるロンフォンフイの手をかき分けようとしている。

――バタン

北京ダック「部屋を間違えました、どうぞお気になさらず続けてください。」

武夷大紅袍「ダック、ドアを閉めないでください! 早く吾らを手伝って!もう無理です! ああああっ、祭司様が死んでしまいます!」

ひとしきり騒いだ後、北京ダックは首を触りながら息をしている祭司を見て笑った。机の上に山のように積み重なっている瓜の皮とちぎれた花びらが、彼の焦燥する気持ちを表していた。

北京ダック「花神様、そなたは一応神なのですよ。こんなにも慌てる必要はあるのですか?」

祭司は少し気まずそうにしながら、手に残っている食べ物の屑をはたき落とした。

大祭司「わ、わたくしだって、したくてこうしている訳ではありません。」

北京ダック「そなたは毎日筒楼に籠もり、周囲を食霊に囲まれ、襲撃の備えとはいえ窮屈だったでしょう。一緒に外を散歩でもしませぬか?」

大祭司「でも……」

北京ダック「いいではありませんか、ほら。一緒に外に行きましょう。」

筒楼から連れ出された祭司は、すぐに村民たちが作ったおもちゃに目を奪われた。

祭司はいつも山奥に住んでおり、今回、花木村に来てからも外には出ず自らの筒楼に籠もって研究に没頭する毎日だった。その様子を見ていた者は、無意識の好物の糖葫芦(タンフールー)を食べているロンフォンフイに視線を移した。

ロンフォンフイ「オイ、なんでオレを見るんだよ? うわ?! なんだそれ! 花串揚げっていうのか? オレにも一口くれ!」

雄黄酒「ここの方たちは……なんだか奇妙な感じがしますね。」

祭司は村民たちから色んなお菓子とおもちゃを受け取っている。贈り物を持っている様子は、とても子どもっぽくも見える。

佛跳牆「おい、ダック。もし村民が司祭こそ心に思い描いてきた花神様だったと知ったら、現実と理想の差の大きさに、信仰を失って、先への希望が持てなくならないだろうか?」

北京ダックは小声で自分に話しかけてきた佛跳牆を横目で見てから、異常なほどに親切な村民たちに、思わず眉をしかめた。

北京ダック(確かに――村民の祭司に対する感情はあまりにも情熱的過ぎる。誰も彼が花神だとは知らないはずなのに、この状況は……祭司に対する尊敬を遥かに超えているように見える)

物思いに耽っていた北京ダックは、他の者の注意を引いたが、彼は首を横に振った。敢えてこの疑問を口にせず、滅多にない安寧を楽しむことにした。

ここは邪教がいるという理由で一層の雲に覆われていたが、目の前の村は依然として桃源郷のように素晴らしく、夕陽は花を赤色に染め、そよ風が心の焦りを吹き飛ばしていく。彼はそのすべてを見て、感じて、この美しい景色を守る決意をより一層固めた。


花木村のすべての飾り品と物件のほとんどが花神木で作られた物であり、至るところで木製の様々な工芸品がたくさん見受けられる。皆で一緒に観た人形芝居の人形も木でできたものだ。ここに木製品がこんなにも多い理由は、花木村の皆が花神を崇拝しているからかもしれない。

北京ダックは小さな木製人形で遊びながら、周囲の人を見ていた。隣の魚香肉糸は自分が見たことを書き留めた記録を真剣にめくって眺めており、焼餅タンフールー獅子頭などに説明をしている。いつも騒いでいるちびっこ達も目を輝かせ、幕に覆われた舞台を静かに楽しんでいる。

魚香肉糸「この村には木製人形に関する言い伝えがたくさんあり、昔から木製人形の名人が多くいてね。彼らは人形を人のように動かすことができたのよ。ロンシュースーによると、彼女が以前いた王宮にも花木村からやって来た名人がいたらしいわ。」

魚香肉糸の長い説明に、いつも元気なちびっこ達が睡魔に襲われている。しかし、焼餅は急に元気を出すと、ある方向を指さした。

焼餅「あっ! タンフールー! 湯圓餃子だぞ! 一緒に遊びに行こうぜぃ!」

魚香肉糸「あ……周りの人たちの邪魔にならないようにね!」

焼餅「わかってるよっ!」

北京ダックはこの和やかで微笑ましい光景を見ながら、煙管をそっと擦った。すると、少し冷たい手が彼の手の甲に触れた。

魚香肉糸「大丈夫よ、皆がいるわ。そう心配せず、人形芝居でも観に行かない?」

手を引かれて振り返ると、そこには酸梅湯魚香肉糸の優しい笑顔があった。魚香肉糸の冷たい手の温度に、北京ダックの焦燥が落ち着いていく。

北京ダックは、口元に弧を描いた。彼はもう、かつてのように一人ではないのだ。

太鼓のリズムが激しく鳴り響くと、舞台の幕が上がり、小さな人形が舞台に現れた。その人形の体に花の柄がついていた。それがなければ、本物の人間と見間違えたかもしれない。その後、太鼓のリズムは緩急をつけて鳴り響き、観客の心を一気に掴んだ。

その芝居は恨みつらみの物語で、微妙な窒息感の中で幕を下ろした。こんな喜ばしい花朝節に、こんな物語を公演するとは思わなかった観客たちは、奇妙な沈黙に包まれた。

舞台上にいた演者たちは観客に挨拶もせず、ロボットのように立っている。怪しい雰囲気を感じた北京ダックは煙管を握りしめた。

周囲の食霊達も現場の雰囲気を感じ、席を離れて村民たちの前に出てきた。

北京ダック「……来たようですね。」

???(虫茶)「食霊のくせに……なんで人間を守るのかな……本当に、バカな奴ら……」


第十一章-傀儡劇

傀儡劇が終わった前の妖艶な姿…

最後の敵を撃退した後、地面に倒れた者たちは不自然に体がねじ曲がっている。北京ダックたちはその姿を見て、この敵は無人操作の木製人形だということに気づいた。

北京ダックは木製人形のそばにしゃがみ、検査を始める。その人形たちは何らかの塗料が塗られており、本物の人間そっくりに見える。もし触れた時に木の感触がなければ、本物の人間だと錯覚してもおかしくないくらいの出来だった。

北京ダック(全部人形なのでしょうか? それにしては動きが……人間のように見えましたが……)

村民たちを落ち着かせて劇場に戻ってきた佛跳牆は、暗い顔をしながら首を左右に振った。

佛跳牆「……逃げられた。」

北京ダック「……また逃げられたのですか? 追跡はできませんか?」

佛跳牆「外に出たら、敵の痕跡は完全に消えていた。何故かはわからない。だが、ロンフォンフイがあの虫を見たことがあると言っていた。」

北京ダック「虫?」

佛跳牆「ああ。俺は一度も見たことがないがな。ロンフォンフイの説明を聞いたが、俺には奴の説明がさっぱり理解できなかった。だから、龍井に任せた。ところで、祭司は無事か?」

そのときロンフォンフイが中に入ってくる。そして、人形の芝居が始まったときから、無言で帽子のつばで顔を隠していた大祭司を発見し、首を傾げた。

ロンフォンフイ「オイ、アイツはどうしたんだ? 様子がおかしいぞ?」

北京ダック子推饅、もう大丈夫です。喋っても構いません。」

子推饅「ええ……そう、ですね……」

ロンフォンフイ「はあっ?! 子推饅?! な、なんでオメェがここにいるんだよ! 大祭司のやつはどこにいった?!!」

北京ダックは何も言わずに煙管をいじり、眉をひそめていた。

子推饅「花神様はおとり役ですが、やはり危険な目に遭わせてはいけません。この子推の体格は花神様と似ているから、代わりにおとりとなったのです。」

ロンフォンフイ「いつの間に交代したんだ?! つーか、なんで内緒にしてたんだよ!?」

子推饅「もし貴方たちに知られたら彼らにもバレるからです。だから、黙っていたのですよ。」

子推饅は目に怒りを宿しているロンフォンフイから視線を逸らし、考えごとをしている北京ダックへと振り返る。

子推饅「ダック? どうかしましたか?」

北京ダック「……なにやら奇妙な感じがします。あの人形たちは……その……」

子推饅「これは……」

敵の攻撃はすごく雑で、周りの生命体に対して盲目的に攻撃をしているようだった。普通に考えると、祭司の服を着ていた子推饅は彼らの標的になるはずだが、子推饅に対する優先度は他の食霊たちに及ばなかったのだ。

北京ダック(もしや、彼らを操っていた人物は彼らに特定の者を攻撃させることが出来ぬのか……? そうならば良いのですが……でなければ、彼らの動きはまるで……)

北京ダック(――まるで、祭司がそこにいないことを知っているかのようでした)

北京ダックは首を横に振って、その考えを忘れ去ろうとした。祭司が告げた言葉は彼らを十分に信じさせうるものだったが、彼はいつも祭司から落ち着くことの出来ない妙な感覚を覚えるのだ。

佛跳牆「村民たちには適当な理由をつけて誤魔化すことができた。今回は、忘憂舎、地府、蘭若寺、機関城……梦回谷の連中も花木村に来ている。村民たちのことはあいつらに任せておけば大丈夫だ。」

北京ダック「ええ……そう、ですね……」

佛跳牆「注意すべきことにはすべて備えてある。それなのに、何故そんなに深刻な顔をしている?」

北京ダック「吾の考えすぎかもしれません……けれど、明日行われる瘴気の浄化は、決して失敗してはなりませんから。」

佛跳牆「お前……いつもそんなに気を張っていて、疲れないのか?」

北京ダック「そうしなければ、もし何か起きたときに間に合いませんので。」

佛跳牆「そうか……わかった。じゃあ、行こうか。龍井たちと合流するぞ。」

第十二章-襲撃

嵐が過ぎたような光景。

北京ダック佛跳牆と共に筒楼に戻った。月光に照らされた静かな筒楼は、不思議なまでに赤い光に覆われている。

一時的に敵を撃退したことで安心していた一行は、また気持ちを引き締めた。先に行った西湖龍井ロンフォンフイは顔色を変え、庭に向かって走り始めた。

庭に植えてあった様々な薬草は、今や強風に吹かれたかのように倒れて散らかっており、中には根っこごと抜かれたものもあった。また、地面にはまるで巨大な斧が振り下ろされたような痕跡も残っている。

慌てて庭に駆けつけた二人は周囲を見回し、すぐさま地面にある衣服の切れ端を見つけた。

ロンフォンフイ雄黄酒! 大丈夫か!」

ロンフォンフイは地面に倒れていた雄黄酒を引っ張り上げたが、普段のように目の前の人物を思いきり揺さぶることはしなかった。雄黄酒の体には肩から下にかけて大きな傷があり、今や酷く弱った様子で呼吸すらほとんど感じられない。

ロンフォンフイ子推饅! 早くこっちに来い!」

他の者たちはすぐ二人のそばに駆けつけた。子推饅雄黄酒の傷を見て真っ青になる。彼の傷口の治癒速度は、雄黄酒の霊力が発散する速度に及ばない。子推饅はすぐさま両手で彼の傷口を覆い、治療を始めた。

子推饅の霊力が傷口の悪化を抑えたことにより、雄黄酒は苦しげに目を開いた。

彼は皆を見た途端、立ち上がろうとする。

雄黄酒「は……早く……」

子推饅「動いてはなりません!」

雄黄酒「……祭司様が、連れ去られました……」

制止するように子推饅ロンフォンフイたちに睨まれ、先程からずっと立ち上がろうとしていた雄黄酒は何か恐ろしいことを思い出したかのようにおとなしくなった。

西湖龍井「どこへ連れ去られたのか、わかりますか?」

雄黄酒「長い衣を着た人が、彼を救いたいのならば祭壇に来いと言っていました。」

西湖龍井たちが雄黄酒を囲んでいるうちに、暗い形相で部屋を捜索していた北京ダック佛跳牆が皆のもとに戻ってきた。

武夷大紅袍「……」

北京ダック「……中はとても散らかった状態で、誰かに襲われた痕跡と見たことのない花の枝がたくさんありました……」

祭司は花神だということを知っていた数人は、自らの拳を握りしめた。彼らは夕を見たことがあるため、ああいった自然から生まれた神は極度なダメージを受けたときや、あるいは自分を押さえきれなくなった場合にのみ、元の姿に戻ることを知っていたのだ……

雄黄酒の話によると、襲ってきた者たちは突然ここに来たという。雄黄酒は椅子から立ち上がる前に、斧で切られた。その後のことは、祭司を人質に取ったヤツらが、救いたければ祭壇に来いと言ったことしか覚えていない。

北京ダック(……雄黄酒が吾らを騙す理由はない。けれどもなぜ……)

簡単な話し合いの後、各自ばらばらに仕事を始めた。敵を撃退したことで緩まっていた雰囲気は、また緊張で引き締まる。

ゆっくり考える暇もなく、北京ダックロンフォンフイたちは村民たちが飾り終えた祭壇に到着した。

闇の中の祭壇は昼間に比べ華やかさはなく、少し不気味な感じすらする。北京ダックたちはまだ祭壇へと歩み寄らないうちに、そこに縛られた人影に気づいた。

北京ダック「出てきなさい。」


第十三章-祭壇

やがて花神祭の祭壇で見た姿は…

静かな祭壇から突然、夜の静寂を切り裂くように、軽々しい笑い声が響いた。その声はとても高く、年若い少女の声のように聞こえた。

???(虫茶)「アンタ、どうやってあたしの気配に気づいたの? ちょっと教えてくれないかなあ?」

北京ダック「あの虫たちは、そなたのペットかなにかですね?」

???「あら、気づかれちゃった? アイツがアンタに教えたの?」

北京ダック「……どうすれば、彼を解放してもらえますか?」

???「彼を解放する? なんで? 彼は悪人なのよ!」

北京ダックはあの長いローブを頭から被っている者を見た。少女の言葉にはどこか冷たいながらも甘やかさがあり、どうしても憎めない。むしろ……好ましく感じてしまう。

北京ダックは皆が茫然としている様子に、煙管を深く吸い込む。そして、口元から漏れた濃い煙で彼らを覆った。濃い煙が消えた後、朦朧としていた彼らの意識は忽ち回復した。

ロンフォンフイ「……オメェ、何をしたんだ?!」

???「ウフフッ! どうしてあたしのことを好きにならないの? 他のみんなはあたしのことを好きになってくれたのにぃ。」

ロンフォンフイ「早くオレの仲間を放せ!」

???「嘘じゃないよ? 彼は悪人なんだからぁ?」

北京ダック「……」

???「そんな顔して、あたしの話を信用してないのね?」


――筒楼の中にて。

治療を受けた雄黄酒は突然目を開き、彼のために生薬を煎じていた子推饅に向かって歩いた……


月の下に立っていた少女は笑みを浮かべた。彼女は月の光に照らされ、周囲には血の色が見える。逆光になる形で立っていた彼女の顔はよく見えないが、その不気味な笑顔だけははっきりと見えた。

???「あたしを信じてくれないのなら、アンタたちにこの花神様があの人たちに一体何をしたのか、見せてあげちゃおっかな~」

――パチンッ。

指を鳴らした音が綺麗に響いた後、虫の低い鳴き声と微かな風の音が夜の中に一瞬で消え、周りは背筋が凍るほど静かになった。

大祭司「うっ……あああああー!!」

悲鳴とともに、危険を感じた北京ダック達は本能的に神経を張り詰めた。この感覚は、以前のように方向を明確にできるものとは異なり、四方八方から来る威圧のようなものだ。

怪しい危機感は彼らを硬直させ、その危機が迫っていく方向を見た時、そこにはより大きな絶望が落ちてきていた……

――あの親切な村民たちは、いつの間にか体中から恐ろしい木の枝を生やしていた。中には体中に恐ろしいほど鮮やかな花を咲かせている者も、さらには木の枝に体中を包み込まれた者も。

???「ウフフッ……奴はアンタたちに、あたしが村民に瘴気を植えたって言ってたんだよね?」

???「でも、違うわよ? あたしたちは、どんな方法を使おうと瘴気を植えることはしないもの……」

???「この愚かな人間に種を蒔いた本当の人物は……」

???「アンタたちが信奉していた――」

???「――花神様なんだからぁ。」


第十四章-操る

万策尽き?でもその人達は…まだ…助けられてない…

???(虫茶)「それじゃあ、奴らに見せてあげるわ。人間が一体、どれだけ愚かな生き物なのか……うん?! これは、どういうこと?!」

先程までの自身げな顔と異なり、逆光側に立っていた少女は自分の親指を噛みながら、僅かに怒りを滲ませた口調で話した。彼女は下の方で突然意識を失った村民たちを見ている。

???「そんなバカな! なんでよっ――」

北京ダック「彼はとっくに、そなたたちの企みを知っていたのだ。この前、彼は吾らにそなたたちは彼を操りうる方法があるかもしれないと話してくれた。そして彼は、そなたたちは万が一の時でも来ない限り、決してその方法を使わぬことも知っていたのだ。」

北京ダックの話を聞いて、少女は大きく目を見開いた。信じられない顔をしながら、衰弱している大祭司へと視線を移した。


数日前。

北京ダック「慌ててこのようなところまで連れて来て、なんのつもりです? あの、言いたいことがあるならば率直に話されては? 服を引っ張らないでください! 頭が変になってなどおりませぬゆえ。」

大祭司「……そういうことではありません。ほら、見てください。」

北京ダックはやっと冗談を止め、大祭司が緩めた襟元に目を移した。そこにある黒い痕は、まるでタトゥーのように大祭司の身体に刻まれている。

北京ダック「それは……」

大祭司「……この前、襲われた時からです。奴らは逃げる前、わたくしの体にこの印を残しました。そして貴方たちが来るまで、わたくしは何度も意識を失い……目覚めたら、祭壇のところにいたことがあったのです。」

北京ダック「つまり……」

大祭司「ええ……恐らく、奴らはこの印を使ってわたくしを操ったのだと思います。ですがそれは、決していつでも使えるものではありません。最近ずっと浄化しているためか、印はだんだんと薄くなっていますし。」

北京ダック「……それならば、不意打ちをされないようそなたを縛っておいた方が賢明のようですね。」

大祭司は苦笑いをした。

大祭司「……わたくしだけなら、それでもいいのですが。」

北京ダック「これは……」

大祭司「村民たちの瘴気を祓うために、わたくしは彼らの体内に花神木の種を植えました。あの種は私の気と繋がっています。ですから、瘴気を少しずつ浄化できる一方で……しかし……」

北京ダック「……つまり村民たちは恐らく……」

大祭司「………はい。」

北京ダック「……それは困ったことですね……」

大祭司「わたくしは、彼らの目的を知っています。」

北京ダック「目的?」

大祭司「村民たちを操るためというよりは、最初からずっとわたくしを狙っているのです。ですがわたくしを操るためには、この印だけでは足りません。」

北京ダック「……そなたの核を狙っているということですね?」

大祭司「……よくおわかりなのですね。」

北京ダック「吾は昔……そなたとよく似ている方と会ったことがありますゆえ。」

大祭司「それなら話は早いです。奴らが本当に狙っているのは、最初に祭られたあの花神木です。結界でその花神木と外部との繋がりを切ると、わたくしの意識もしばらく眠ってしまい、村民たちとの繋がりもいったん途切れますので……」

北京ダック「……どうして全て吾に教えるのです! それがどれほど危険なことか、本当に分かっているのですか?」

大祭司は髪を掻きあげて、まるで世間知らずの幼い少年のように笑ったが、すぐに真面目な顔に戻った。

大祭司「もちろん知っています……ですが、皆を危険な目に遭わせたのはわたくしですから、何とかして解決しなければ……それに……神としての勘ですが、このことを貴方たちに話すべきだと思ったのです……」


第十五章-逆手に取る

全ては、計画のなか。

子推饅に近づこうとした雄黄酒は、まだ手も出せていないうちに後ろの龍井に叩かれて気絶してしまった。

隣でずっと立っていた魚香肉糸は隠し扉を開け、まだ薄く光っている花神木を持ち出した。

魚香肉糸「ずっと周りの連中が目立っていたお陰で、私たちのことを本当にか弱い女の子だと思っていたようね? 全然警戒しないだなんて。」

ロンシュースー「わたくしは人の霊力を操りそれを見つけたまで。龍井……貴方の結界をもってすれば、その花神木と外との繋がりなぞ尽く断ち切れるはず……」

西湖龍井は暗闇の中で優しく光っている花神木を見つめ、少し頭を下げた。

西湖龍井「神として責任と義務……ですか……」

ロンシュースー「龍井?」

西湖龍井「構いません。私に任せてください。彼の努力は、無駄にはしませんから……」

薄く青く光る小さな結界が、花神木を優しく包む。騒がしい花木村も一瞬で静かになった。凶暴化した村民たちも、ずっと警戒態勢だった食霊たちの前で意識を失って倒れた。


先程まで少し赤くなっていた月も、今は銀色に輝いている。長い一夜はようやく終わりを告げた。勇猛果敢な食霊たちも、これでようやく一息つけるようになったのだった……

北京ダック「そなたたちは花神様を利用して雄黄酒を操り、花神様が隠した核を手に入れるために街で騒ぎを起こして、こんなところに吾らを誘い込んだのでしょう……」

???(虫茶)「……」

北京ダック「なぜ黙るのです?」

???「ちっ、あのバカ、全部吐いたのか……」

北京ダック「バカではありませんよ。」

???「人間を信用して力を貸すなんて、本物のバカじゃなくてなんなのよ!?」

北京ダック「そなたのような者には、きっと彼のことを理解できぬでしょうね。」

???「ふん、あたしのような奴に……理解できるわけないわよ……そっちこそ……どうしてまた人間を信じたわけ?」

北京ダック「……」

祭壇の上に立っている少女は自分の失態に気づくと少し心を整理し、姿勢も整え、真面目な顔をした。

???「あたし、本当に……心底、アンタたちみたいなバカが大っ嫌いなんだよね……」

北京ダック「……」

???「奴らは最初からあたしたちのことを仲間として見てくれない……奴らにとってあたしたちは、ただの武器なのよ……」

北京ダック「そなたは……」

???「もういいわ。何を言っても聞く耳を持っていないでしょ。」

少女の声は決して大きくはないが、静かな夜の中ではっきりと聞こえた。

???「こうなったら…………奴はもう用済みってヤツだね……」

――ガチャ。

澄んだ音が聞こえた瞬間、先程から薄々と感じていた殺気が一気に高まった。もう疲れ果てていた北京ダックロンフォンフイは、思わず悪寒を覚える。

まるで実体化した巨大な殺気は、あっという間に全員を包みこんだ。その時、意識を失っていたはずの大祭司がゆっくりと顔を上げた――

大祭司「……早く………………逃げて………………」

???「ふん、まだ意識が残っているのか……でも惜しかったわね。自分で根っこと肉体の繋がりを切ったことで、もう自分を制御できないでしょ。大好きな花木村が自分の手で少しずつ壊されていくのを、その目でちゃんと見ておきなよ!」


第十六章-破局

破局の法

北京ダックたちはその少女に弱みを見せたくはないが、仲間を殺すなどどうしてもできない。

大祭司はもう以前の彼ではなくなった。体から無数の枝が伸び出し、その場にいる全ての人を包みこんだ。


同時に、巨大な蔓が恐ろしい形相を表すと、村中で倒れている人たちの後ろから伸び、恐怖が村全体に覆い被さった。幽霊のようになった村民は蔓に体を支えられる形で、後始末のために残っていた食霊たちを再び襲った。

麻婆豆腐「危ないっ! どういうこと!? 何でまた襲ってきたのよ!?」

ロンシュースー「慌てるでない。なすべきことをなせばよい。」

魚香肉糸「ここは私たちの戦場よ。怖いのかしら?」

麻婆豆腐「え? ま、まさかっ! 怖いなんて思ってないけど!?」


静かな村にて、火の光が村中を照らし、空まで赤く染め上げている。それは真っ赤な翼のようにその場にいる全員を呑み込んだ。

無数の糸が空で踊っている。綺麗な音色が響く中で人々の後ろの蔓を次々と断ち切った。罪の鎖から放たれた村人はその糸に抱かれ、ぐっすりと眠っていく。

ロンフォンフイは霊力が弱まってきていたが、遠くから爆音を耳にし、刀を持ったまま顔を上げた。北京ダックと視線を交わせると、一瞬で疲れをなぎ払い、傷だらけの男が二人笑った。火の光が、彼らの瞳に映っている。

ロンフォンフイ「おお、アイツらもまだ頑張ってるみたいだな。オレたちも、ここで倒れるわけにはいかねえ。」

佛跳牆「さっさと終わらせるぞ。でないと、彼女たちに笑われるからな。」

北京ダック「笑われるのはそなただけでしょう。帽子はどこにやったのです?」

佛跳牆「ハッ! 今度お前が寄越した情報で、利益が出なかったら、竹煙の名声に傷がつくだろうよ。」

北京ダック「されば、このろくでなしたちはそなたにお渡ししましょうか。観賞用の花として、多少は借金返済に役立つかもしれませんから!」

彼は既に意識を失って倒れている大祭司を見て、やっと一息ついた。先程まで冗談をかわしていたためか、その顔には少しだけ余裕が伺える。

北京ダック「失礼ですが……貴方は、本当に大好きなこの村を壊す気はないでしょう?」

大祭司「……うっ……」

北京ダック「やはりそうでしたか。であれば、吾らにお任せください。」

皆が再び大祭司を戦おうとしたとき、ある声が北京ダックの脳内に響いた。


わたくしの核を砕きなさい。


その言葉を聞いて、北京ダックは眉をひそめた。


祭司、ですか?


ええ、わたくしの核を砕くのです。


……ですが、それではそなたは……


それが、わたくしの宿命ですから。


……わかりました。


もう一度顔を上げると、北京ダックは目の前に立っている大祭司の動きが鈍くなっていることに気づいた。彼は無表情のまま、大祭司の胸元で咲いている鮮やかな赤い花を見つめている。その瞬間、目の前のその人物と、かつて死ぬと分かっていても王都に戻り審判を受けたあの人物が重なった。

北京ダック「……」

北京ダックロンフォンフイ佛跳牆――大祭司の胸を攻撃してください。」

ロンフォンフイ「……ま、待ってくれ……」

それが弱点であることは、すぐにわかる。だが、知り合ったばかりとはいえ、友を殺すなんてできなかった。

北京ダック「……それが、この者が選んだ末路です。」

祭壇の上に立っていた少女は、いつの間にかいなくなっている。ロンフォンフイ北京ダックの言葉に潔く柄を強く握って武器を振り上げた。それを見た佛跳牆北京ダックも戦闘態勢に入り――三人でその赤い花を破壊した。

全ての蔓が一瞬で動きを止め、葉も生命力を奪われたように枯れていく。

巨大な蔓に高く持ち上げられていた大祭司も地面にたたきつけられる。

三人は大祭司の隣に立ちつくす。まだ出会ってまもない友との永遠の別れがまもなくやって来るが、どうすればいいのかわからぬまま、ただ立っている。

大祭司「貴方たち……どうして、そんな顔をしているのですか?」

ゆっくりと目を開けた大祭司は少し笑った。

大祭司「わたくしの願いを叶えてくださり……ありがとうございます……」

北京ダック「……人間のために命を捧げるなんて、本当に良いのですか……」

大祭司は北京ダックの質問に答えなかった。ただ廃墟の上で、やっと静かになった夜空を見上げている。誰も彼の邪魔はできない。

大祭司「あの……」

北京ダック「……ええ。」

大祭司「もう、いいですから。そんな顔をしないでください。わたくしはまだ、貴方たちに頼みごとがあります……」

北京ダック「もう幾度となくこうしてきたのですから、なんなりとお頼みください。」

大祭司「ふふ……やりたくないことをやらせてしまって……本当に、すみません。ですが……どうか彼らのことを……お願いします……」

佛跳牆ロンフォンフイは二人の会話を邪魔しないように、おとなしく少し離れたところに足を向ける。最後の時間は、大祭司にとどめを刺す北京ダックに任せたのだ。

北京ダックは顔をしかめる。大祭司の言いたいことはうっすらとわかっていたが、本当にそのような決断は予想していなかった。

北京ダック「あの者たちをずっとここに留め、信仰と供養さえ続けることが出来れば、そなたもまた生まれ変われるかもしれないのですよ……」

大祭司「この小さなところに閉じ込められたまま、悪しき者たちに苦しめられ続けることが彼らにとって良いことですか?」

北京ダック「……」

大祭司「ずっと、わたくしに縛られてきたのですから……ようやく解放する日が来たのです。わたくしにとっても、この地から消えるいい機会です……」

北京ダック「そなたは…………」

大祭司「神は永遠に彼らを守ることなどできません。そろそろ自分で自分を守れるように、外の世界を知ったほうが良いと……思いませんか……」

大祭司の声がだんだんと小さく弱々しくなっていく。無数の星屑のような光が、彼の服から舞い上がる。北京ダックは苦い表情で手を上げ、光を手に乗せた。そしてあっという間に、優しくて温かな力が全身に広がり、身についていた瘴気が一瞬で祓われた。

彼は黙ったまま、大祭司が光になっていくのを見つめている。その光は意識を失った村民のところまで飛んで行った。

村の中にて。

光は発狂し叫び続けている村民たちの体へと降りていく。そして優しく、その体の上で成長している蔓を全て消していった。

龍井の結界の中の小さな花神木は筒楼の中で光を失い、少しずつ枯れていった。龍井は頭を下げ、薄く青く光っている結界を解くと、枯れ果てた花神木を筒楼の外へと持ち出し、薬草がたくさん植えてある庭まで移動した。

光は花木村の隅々にまで舞い散らばった。草木はその光の力を得て、すさまじい早さで成長していく。花木村はたちまち緑色に染まった。

ようやく、最後の光も散っていった。村中の建物の上には一番綺麗な花が咲いており、まるで世界中の全ての色を奪ったかのように美しく輝いている。まるで、誰かに敬意を示しているかのように、全ての花が同じ方向に向いて咲いている。

北京ダックは残された白いローブを拾い、目を閉じた。

北京ダック「……自分で自分を守れるようになどとおっしゃりながら、最後の力を振り絞って彼らを守ったのですね……もう、吾がいくら助けようとしても、そなたを助けることなど……このように命を散らせ、一体どんな意味があるのですか……」

???「意味ですか。無意味に見えるかもしれませんが、彼らとの罪なき日々があり……今回のことは……後の世の鏡となるでしょう。」

北京ダック「……そこまで、大事な人たちなのですか……」


秘の章-終わりの始まり

すべてが終わったあと、現れた人は…

村民たちは最初こそ離れたくなさそうにしていたが、大祭司が密室に残していた手記を見た後、涙を流しながらも命をかけて自分たちを守った大祭司の遺志に従い、その村を離れることにした。

佛跳牆は商船を何隻も運んできた。そしてここへ遊びに来た食霊たちの力も加わったことで、今回の災難で故郷をなくした村民たちが新しい場所で新生活を始めるために十分な力となった。

佛跳牆ロンフォンフイは、魚香肉糸の指示の元、村民たちの荷物を船に運んだ。

もしここに北京ダックがいたら、懐かしい者たちが港から遠く離れた崖の上に立っていたことに……気づいたのかもしれない。


虫茶「……」

チキンスープ虫茶、今度はさすがにやりすぎではありませんか。」

優しく諭すような言い方をするも、その実、責めるような語気を纏っている。虫茶はかわいそうな顔をして、チキンスープの腕を抱きしめた。

虫茶「聖女様、あたしだってこうなるとは思わなかったのよ……?」

チキンスープ「貴方という子は……でもまあ、今度の相手は神様とあの方たちでしたし、仕方がないのかしら……貴方の兄も敗北を喫しましたし……」

虫茶「フフッ……聖女様がわかってくれればそれでいいわ。」

チキンスープ「今回の件は聖主様に報告いたします。貴方と冬虫夏草には受けるべき罰を受けていただきますからね。」

虫茶「えぇーっ!」

チキンスープ「聖主様は、冬虫夏草が花神と戦った際に怪我をしたことは既に知っています。それと、貴方たちが罰を望んでいないことは、妾から一応、聖主様に説明はしておきましょう。」

虫茶「それより、逃げた奴らはどうするの? やっぱりあたしがさらってこようか!? ……いたっ! どうして叩くのよ!?」

虫茶は己の頭を押さえて、口を尖らせて泣きそうな目でチキンスープを見つめる。そんな彼女を見て、チキンスープは微かに笑った。

チキンスープ「貴方は本当にバカね。聖教と全ての者を対立させる気ですか? それに、村民たちの中に埋められていた種はすべて花神が祓いましたので、もう使えませんよ。放っておけばよいのです。」

虫茶「えぇっー!! このまま見逃すのっ!?」

チキンスープ「村民たちはあの者たちに保護されて他のところへ行きました。聖教は承天会を併呑してからさらに力を得たとはいえ、今はあの方たちと正面からぶつからないほうがよいでしょう。」

虫茶「……わかったわよ。」

チキンスープ「まだ悔しそうな様子ですね? さて、妾は聖教に戻って聖主様に報告しなければなりません。ここは貴方に任せますわ。」

虫茶「はーい。いってらっしゃい、聖女様。」

チキンスープが離れた後、虫茶はずっと振っていた手を下ろして、息を吐いた。

虫茶「はあーー……手のかかる女だなあ。」

彼女は首を少しひねり、横に顔を向けた。

虫茶「ねえ、そこの二人、早く出てきてくれないかな? いつまでそこで盗み聞きするつもり?」

冬虫夏草「結構楽しく芝居をしていたから、邪魔したら悪いと思って。」

虫茶「お兄ちゃんには及ばないわ。『神は永遠に彼らを守ることなどできません。そろそろ自分で自分を守れるように……』とか歯が浮くようなことも言い出すなんて――うっ! 痛たっ……!」

冬虫夏草「……幸い君の足は、あいつのお陰で悪化しなかった。あいつも自分の言いたかったことを……全部言えたわけだし……」

虫茶冬虫夏草の呟きがはっきりとは聞こえなかった。鼻をしかめ、隣でずっと黙っているピータンの後ろに隠れる。二人は冬虫夏草の手のひらから飛び出した赤く光っているものに気づかなかった。


身体を貸してくれて……そしてわたくしのために……芝居までしてくれて……本当にありがとうございました……


ここから立ち去ってくれ。もうこれ以上、君を助けたりはしないから。


ええ……わたくしたち……まだ友達ですよね……


なにバカなことを言っている? 早くここから離れてください。


冬虫夏草は頭を上げて、その光が消えるまでずっと見つめていた。そして隣にいる虫茶の視線に気がついて、彼らは花木村を眺めた後、その場を離れた。

虫茶「お兄ちゃん?」

冬虫夏草「うん? ……って、ちょっと! ピータンの隣に立たないで!! こっちに来てっ!」

虫茶「嫌よっ! お兄ちゃんの笑顔、あまりにも不気味だし!! ね、ピータン?」

ピータン「……」

冬虫夏草「おい、ピータン!! またボクの妹をたぶらかすつもりか!! 虫茶、早くこっちに来なさい!」

虫茶「嫌!!」

ピータン「……」

小さな赤い光は三人の後ろでくるくる回った後、最後は空の上で消えてしまった……

兄妹二人は一連のおふざけをやめると、静かに吹いてくる風を感じ、冬虫夏草は少し寒そうに震えた。それを見たピータンは手持ちのローブを彼の肩にかけた。北京ダックたちと一緒に行動し、最後は消えていった大祭司のローブである。

もし北京ダックたちがそれを見たら、既に亡くなったはずの花神がまさかここにいるとは、と驚くだろう。虫茶はそのローブを見つめて、顎に手を当てながら目を細めた。

虫茶「んーー」

冬虫夏草「花神の服なんて着るものか!」

ピータン「まだ傷が……」

冬虫夏草「外して!」

ピータン「……」

ピータンは返事こそしなかったが、その行動で冬虫夏草の命令を拒んた。

虫茶「ふふ。でも今回、あんなに力を入れてあんな芝居をするなんて、一体どういうつもりだったの?」

冬虫夏草は自分のローブを引っ張って、あざ笑うような口ぶりで言った。

冬虫夏草「あいつは自分の命をかけて愚民たちの命を救うような愚か者だけど、君の足をこれ以上悪化させない方法を教えてくれたから。その恩返しとして、僕はアイツの願いを叶えるべきだって思ってる。それに……」

虫茶「それに?」

冬虫夏草の目は少し冷たくなった。彼は手を出して、既に木質化している虫茶の腕を触った。

冬虫夏草「教会に掌握されずに材料を手に入れたいんだ。あの者たちも貪欲だから、僕が得た成果を全部あいつらに報告したくはないですし。」

虫茶「……」

冬虫夏草ピータン、あの件はどうなった?」

ピータン「全員に花神木の種を植えました。あの薬を作れる食霊も含めています。」

冬虫夏草「ふ、あの人たちはボクの実験体というだけではなく、将来的にはああいう人間を信じるやつらの動きを縛るために利用できる切り札になりますからね。身内から攻撃したほうが、傷も深いでしょ?」

虫茶は一瞬何も言えなくなり、笑っている冬虫夏草を見て目を細めた。

虫茶「本当のところは、花神木の種を使って瘴気に汚染されたあの人たちを助けるつもりだったんでしょ。あれはもう人とは言えないから、助けなくてもいいのに……」

冬虫夏草「ん? 虫茶、何か言いましたか?」

虫茶「う……」

冬虫夏草「これは……」

虫茶「……もういい。」

冬虫夏草「これは……」

虫茶「……」

冬虫夏草「ほら、もう行きますよ。」

虫茶「ねえ、ピータン。お兄ちゃんは……あの人たちを助けたいのか、それとも利用したいのかな……」

ピータン「それは、そんなに大事な話ですか?」

虫茶「ふふ、まあ確かに大事なことじゃないわね。お兄ちゃんが喜ぶならいっか。ほら、もう行こう! 次の拠点へ出発! 今度は南に行きたいなあ、あの辺はイケメンがたくさんいるらしいよ!」

冬虫夏草虫茶!! そんなの絶対駄目だ!! まだ子どもなんですよ!!」


遠く離れてない崖の下で、黒い馬車が森を抜けて走っていく。

???(黒ローブ)「聖女様、今回、虫茶たちは……」

チキンスープ「たまには羽を伸ばす必要がありますからね。このような小さな村程度、教会にとっては眼中にございません。それに、手に入れたい『神』ももう捕えましたしね……」

???「ですがあの兄弟とピータンを……あのままほうっておくつもりですか!」

チキンスープ「聖教のために仕事をし続けてくれるのなら、少しくらいわがままなことをしても可愛いものではありませんか? そろそろ口を慎みなさい、早く行きましょう。」

???「………はっ!」


サブストーリー・草薬堂

花木村(壹)

変な村の噂。

花朝節の数日前

光耀大陸

商人「なあ、何を持っているんだ?」

村人「えっ? 知らないんですか、これは花神木ですよ。」

商人「花神木? どういうものなんだ?」

村人「花木村という村で、一晩で不思議な花神木がたくさん生えてきたんだそうですよ。この植物は堕神を祓うことができると言われているんです!」

商人「そんなにすごいのか! それなら私にも少し分けてくれないか。光耀大陸の天幕はすごいが、いつもそこから逃れる堕神がいるしな。そうだ、その花神木はどこから持ってきたんだ?」

村人「これは、わたしが友人に頼んで花木村から持ってきてもらったものです。あの村は小さいですが、工芸の腕は確かでね。ほら、花も咲いていますよ。」

商人「えっ!そいつはいいな。」

村人「もし暇でしたら、花木村に行かれてみては?今なら花朝節にも間に合うはずです。きっと楽しいですよ!」

商人「そうか!じゃあ、帰ったら皆とそのことについて相談してみようかな。」

その隣の本屋で、新しい本の研究をしていた魚香肉糸は首を少し傾げながら顎を触った。

魚香肉糸(堕神を祓える植物、ね……少し調べたほうがいいかしら……)


湖畔小舎の争い

湖畔小舎が珍しく揉めている様子。

花朝節前夜

龍神の小屋

煙が立ち込める練丹小舎にて、雄黄酒は眉をひそめながら、練丹炉を開けて中から丹薬を取り出した。

雄黄酒「……違う、また失敗した。」

彼はすべての丹薬を廃薬入れに捨てた後、また研究に没頭した。突然、練丹小舎の扉が誰かによって開かれ、大量の煙が部屋の中から溢れ出した。

ロンフォンフイ「ゴホゴホッ……これはいったい……ゴホッ、ゴホゴホッ……オイ雄黄酒、出てこい!」

ロンフォンフイは目の前の煙を手で払った。いつも笑顔でいる彼は珍しく眉をひそめ、雄黄酒の手を握って練丹小舎から引きずり出した。

雄黄酒「なにをするのですか!」

ロンフォンフイ「オメェな、もうどれくらい寝てないと思ってんだ? 自分は仙人か何かか? 仙気で命を維持しているのか? 霊力を使い切ったあと、また子推饅と大紅袍に頼んで薬を飲んで研究を続けるつもりか? まさかあいつらは、人参果や仙丹を持っているってーのか?」

雄黄酒「貴方も知らぬはずはないでしょう。最近、瘴気の状況はますますひどいものとなっています。一刻も早く、一般人の体内の瘴気を解決しうる薬を作らなければならないのですよ。」

ロンフォンフイ「これ以上ごちゃごちゃ話すつもりはねぇ。今から言っておくぞ、もしオメェがまた練丹小屋に戻ったら、練丹炉と小屋を全部ぶっ壊してやるからな!」

もともと休憩不足で疲れていた雄黄酒は、ロンフォンフイの言葉を聞くやたちまちキレだした。彼は顔を上げ、ロンフォンフイを睨んでいる。

雄黄酒「ああそうですか!貴方は大英雄で、全ての人が貴方を尊敬しています。ですがこれは、全てわたくしが過去に犯した罪によって残った問題なのです!ただこれを早く解決したいと思うことすらもダメだと言うのですか!?」

子推饅「おーい、雄黄酒、貴方が農家に頼んでいらしたビャクシと椿の枝ですが、全部届いてましたよ――」

ロンフォンフイ「全部燃やしちまえ!」

子推饅「これは……」

花瓶を持っていた子推饅は庭に入ると、二人の喧嘩にすぐさま巻き込まれる形となった。彼は怒りのあまり顔色が白くなっている雄黄酒と顔色が暗くなっているロンフォンフイを見て、こう言った。

子推饅「はいはい、二人とも落ち着いて、一緒に散歩でもしませんか?」

ロンフォンフイ「フン。」

その隣で、普段はいつも仲良しな二人がこんなことで喧嘩をしている様子を見ていた西湖龍井北京ダックは、頭を左右に振っていた。

北京ダック「そなたのところも、このような状況なのですか?」

西湖龍井「ええ。邪教がいる限り、人々から不安を取り除くことはできないのでしょう。」

北京ダック「ですが、皆がずっとこうして緊張しているのも如何なものでしょうか……最近、竹煙の方たちも常に苛立っておりまして。」

西湖龍井「なにか、解決する方法はありますか?」

北京ダック「ふむ……佛跳牆に船を借りて、どこかに行って気分転換でもするのはどうでしょうか。」

西湖龍井「悪くはありませんね。でも……どこへ?」

北京ダック「ふむ、場所選びは魚香肉糸に任せましょう。彼女は本の虫ですから、皆が肩の力を抜けそうな場所くらいならきっと考えがあるでしょう。」

西湖龍井「分かりました。」


花木村(貳)

花木村の遊歴。

一行は船から降りたあと、市場に向かった。市場には彼らが見たことのない花がいっぱいあり、とりわけ花好きな子推饅はすぐさま花屋に入っていった。先程からずっと鬱々としていた雄黄酒も、この見たことがない花をまじまじと眺めはじめた。

突然、耳元が痒いと感じた雄黄酒が振りむくと、ロンフォンフイたちが笑っているのが目に映った。

雄黄酒「えっと、どうしたの?」

子推饅「すみません、この子推のことを待ってくださっていたのですよね。うっかり花に夢中になってしまいました。」

ひと鉢の花を持ちながら戻ってきた子推饅は、道の途中で止まっている皆を見たあと、雄黄酒のほうに顔を向けた。

子推饅「あれ? 雄黄酒、貴方の頭に何かついていますよ。」

子推饅雄黄酒の耳元にあった花を取った後、雄黄酒はその花を見てなぜ皆が笑っていたのか気づいた。彼は振り向くと、遠くへ去っていくロンフォンフイを見て長く息を吸った。

雄黄酒ロンフォンフイ――逃げられると思わないでください!!!!」

ロンフォンフイ「えーっとな、さっきはめちゃくちゃ綺麗だったぞ?%¥#%¥それ花鉢だろ! 死んじまうって!! オイ、やめろーッ!」

いつもどおり仲良くしている二人を見て、皆はほっと息を漏らした。

西湖龍井「ここまで来た甲斐がありましたね。」

子推饅「……」

西湖龍井「うん? 子推? どうかしましたか、なぜ私をじっと見て……?」

子推饅「なんでもありませんよ~。ほら、あちらに見たことのない花がありますよ、一緒に見ませんか。」

西湖龍井はいつもと変わらない優しい笑顔を浮かべた子推饅を見て、首を傾げた。隣に残された大紅袍は、子推饅と一緒に遠くへ行った西湖龍井の龍角についている淡い色の花を見て、自分の顎を触った。

武夷大紅袍「ふむ――どうやら吾のセンスも、悪くはないようですね。」


夢影

これは誰かの過去?それともただの夢?

雄黄酒は目の前にある馴染みのある薬品と練丹炉を見ながら、眉を少しひそめた。

雄黄酒(うん……これは……どうして……)

目の前のすべてが薄い霧に包まれたかのような感覚を覚えるなか、雄黄酒は後ろから彼の名前を呼ぶ不思議な声が聞こえた気がして、ぱっと振り向いた。

???(冬虫夏草)「雄黄酒、薬を取りに来ましたよ。」

雄黄酒(うん? 薬を取る?ま……まさか……彼は……)

雄黄酒は無意識に手を机の上にある薬瓶に伸ばした。その薬瓶に貼ってある赤いラベルは猛毒薬のマークであり、それが何の薬なのかを考えようとした時、突然、自分の声が聞こえた。

雄黄酒「一日に三回、一回につき二錠飲んでください。病気を抑えることができますが、根絶はできません。」

???「分かりましたよ。」

雄黄酒「この薬は毒性を持っていますので、長期的に服用してはいけませんよ。たとえ食霊であってもです。」

???「構わないよ。……そうだ、ボク、そろそろ別のところに行くところなんですよね、丹師さんも一緒に行きませんか?」

雄黄酒「どこへ?」

???「……君はどうして、いつもぼんやりしているのかな。まあいいや、さようなら。」

雄黄酒は、その顔がよく見えない人物になんだか懐かしい感じがしていた。その人物がつけていた厚い手袋をもっとよく見ようとしたとき、相手はもうすでに去ってしまった。

ロンフォンフイ「おい――雄黄酒!」

耳元で聞き慣れた声がした雄黄酒は、現実へと引き戻された。

ロンフォンフイ雄黄酒、起きろ、そろそろ行くぞ。」

雄黄酒「……ん? い……行く?」

ロンフォンフイ「オメェ、まさか寝ぼけてんのか?行くぞ、大祭司がまだ外でオレたちを待っているんだからよ……」

雄黄酒(さっきのあれは……一体……)

ロンフォンフイ「ん?どうかしたか、雄黄酒。」

雄黄酒「あっ、なんでもありません、行きましょう。」


筒の楼閣(壹)

筒の楼閣の二人。初対面なのにすでに長年の友人のよう。

筒楼は規模こそ小さいが、構造はとても精巧だ。木彫りの窓から優しい陽光が差し込み、雄黄酒は目を輝かせながら屋内にあった医書を読んでいた。

すると、その本を持っている彼の手がぶるぶると震え始めた。

雄黄酒「こ、こここ……これは……」

大祭司「ふふ、それは以前、ここに住んでいた医者が残した手稿です。貴方なら、たぶん気に入ると思いまして。」

噂ではすでに失われたはずの医聖の手稿を、雄黄酒は大切に抱えながらこくこくと激しく頷いた。

コンコン――

ドアのノックする音を聞いた大祭司は話を止めた。彼は窓の外を見たあと、席から離れた。

大祭司「どなたか、わたくしに用事があるようです。すぐに戻りますから、先に一人で本を読んでいてもらえませんか?」

雄黄酒「はい、分かりました!ありがとうございます!」

雄黄酒は部屋から出ていった大祭司が何をしたのか気づかないまま、真剣に医書を眺めていた。

雄黄酒(これを書き写したいと言ったら、許してもらえるでしょうか……後で聞いてみましょう。)

雄黄酒が席から離れた時、頭皮から痛みを感じた彼は頭を下げた。

雄黄酒「スッ――」

直後、彼は自分の細長い髪紐がテーブルの脚にしっかりとくくりつけられていることに気づいた。

雄黄酒(……ふう……ロンフォンフイはここにいませんし、一体誰がこんなくだらないことをしたのでしょう。)

大祭司「あははははははっ」

突然、笑い声が聞こえた雄黄酒は顔を上げてドアのところを見た。そこには、とっくにここを離れたはずの大祭司がおり、自分を覗き見ていたことに雄黄酒は気づいた。

雄黄酒「…………祭司さん。」

大祭司「貴方は、相変わらずぼんやりするのが好きなんですね。」

雄黄酒「これは……」

大祭司「なんでもありませんよ。その医書は貴方に差し上げますね、丹師さん。」

雄黄酒(……ん? なぜでしょうか……彼とは、どこかで会ったことがあるような気が……)


出会い

その騒げな声…やっぱり

ワンタン「おーい、亀苓膏、見てみなよ、綺麗な花だと思わないか?」

亀苓膏ワンタン、手を花から離せ! 君が植えたのではないのだぞ! ……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」

亀苓膏がこの軽率な人物を連れてその場を去ろうとしたその時、聞き慣れた声がした。

北京ダック亀苓膏ワンタンではありませんか、何故こちらに?」

亀苓膏「ああ、北京ダックか。君たちも花朝節を楽しむために来たのか?」

北京ダック「……それは……そうですね。」

亀苓膏北京ダックが何かを言いかけてやめた顔を見て、すぐに何か事情があることに気づいた。彼は隣で猫と遊んでいるワンタンの背を叩いた。

亀苓膏「ここは人が多い、あちらに行かないか。チッ……ワンタン、君はまだ子供の気分なのか、今は猫と戯れているときではない!」

ワンタン亀苓膏、見なよ!ここの猫、頭に花がついているぞ!」

亀苓膏「そんなことはどうでもいい、ほら、行くぞ。」

人混みから離れたあと、ワンタンの顔から自由気ままな笑顔は消えていた。

ワンタン「竹煙もここに来ているってことは、どうやら、ここであったことは彼らにも関係があるのかな?」

北京ダック「吾は彼らのためにここに来たわけではありません。ただ、ここの花神木が堕神を祓えるという噂を耳にしまして……」

亀苓膏「君たちのところにも、その噂が流れているの?」

北京ダック「はい。そういえば、この噂は些か奇妙ですね。まるでたった一晩で、広まり始めたかのようです。」

ワンタン「私たちもその噂を聞いたからここに来たんだ。でも、今の状況を見る限り、特に異常はないみたいだね。」

亀苓膏「そうだ、お屠蘇と地府の者たちもここに来ているぞ。」

ワンタン「おぉ――お屠蘇か。」

亀苓膏「な……なにがおぉ――なんだ!」

ワンタン「いいや、ただお屠蘇もここに来たのかと思っただけですよ~?」

北京ダック「……とはいえ、そなたたちもここに来ていると知って少し安心致しました。この村からは、なんだかおかしな感じがします。地府の変わった方たちもここに来たということは……この村はきっと、そう単純な村ではないということなのでしょう。」

亀苓膏「ああ。君たちも気をつけろ。そうだ、麻婆豆腐もここに来ているのか?」

北京ダック「彼女になにかご用事でも?」

亀苓膏小籠包たちが、しょっちゅうあの白黒模様の小さな竹熊を見たいと言っているからな。もし彼女もここに来ているのなら、彼女に頼んで竹熊を彼らに見せてやれたらと思い……」

北京ダック「竹熊ですか……何故そなたたちはそんなにも竹熊を見たいのですか?そうまでして見たいほどの魅力でも?」

ワンタン「あれは竹熊なんだよ!!白黒模様の熊なんだよ!!!!あぁ……なんて可愛い生き物なんだろう!竹熊を好きじゃない人なんていないね!」

北京ダック「……ん……そ、そうですか。」

北京ダック(やはり、麻婆豆腐には小葱のことをもっとよく見張っておくようにと、伝えたほうがよろしいようですね。でないと、きっといつか彼らによって、こっそり家に連れ去られてしまうやもしれません……)


ただ食いとは

兄弟は、こういうことだ。

花木村は木で生計を立てており、多くの村民は木を使った工芸などを得意としている。村の婦人達も料理を作る際には、淡い匂いがする花を中に入れることを好むようだ。

竹飯「おい、太郎、次郎!早く食え!ここを離れたら、これを食えなくなっちまうぞ!」

叫化鶏竹飯、見ろ!!! こっちは桃の花で作った桃餅もあるぜ!!」

竹飯「げっぷ……俺様にも一つくれ!」

焼餅「げっぷ……もう食い切れねぇぜぃ……」

竹飯「なっさけねえ!まだ三十個ぐらいしか食べてねえじゃねーか!もっと食わねーと堕神を倒せないぜ!?」

焼餅「げっぷ……ここにはもう、わんさか食霊が来てんですぜぇ?もし堕神が本当にいようと、きっとあっしらが手を出す前に誰かが始末しちまいませぇ。げえっぷ……」

竹飯「そんなことはねえ!ちゃんと準備をしておけば、あの堕神たちを倒すのはきっと俺様たちだ!はぁーーっ!」

叫化鶏竹飯が振り下ろした刀を避けた後、店の机が自分の目の前で真っ二つになる光景を目にした。

竹飯「やべっ……焼餅、行くぞ!」

叫化鶏は遠くへ逃げていった竹飯焼餅を見ている。開いた口は塞がらないままだ。

店主「あーなーたーたーちー!!いったい何をしたのですか!弁償してください!!」

叫化鶏「でででで、でもオラ、もう金がなくってよぉ……」

店主「金がないなら、厨房で皿洗いをしろ!!!」

叫化鶏竹飯ーっ!!!!!)


筒の楼閣(貳)

医書から落ちたのは…

これは、本棚に隠されていた一つの記録だ。これを書いた人物はあまりこだわりがない性格だったためか、字もひどくぞんざいだった。

医書を読むことが好きな雄黄酒は、それを一冊の医書の中から見つけた。

雄黄酒(うん?これはなんでしょう?)

雄黄酒は地面に落とした紙を拾ったあと、眉をひそめながらこのぞんざいな字で書かれた記録を読み始めた。

雄黄酒(種を発見……瘴気……眷属……同化?うん……どういう意味でしょう……?字がぞんざいすぎて、読めませんね……)

雄黄酒は眉をひそめながら、実験報告の最後のページに描かれた花の枝をじっと見た。なんだかそれは、村にあった花神木と少し似ているようにも見える。ただ、花神木と比べると、花神木の方はあまりにも巨大だ。

雄黄酒(これはまさか、瘴気祓いに関する記録……?ですが眷属、同化とは一体……どんな意味が……)

大祭司「雄黄酒、何を見ておいでですか?」

雄黄酒「わっ!これはその、貴方から頂いた本から落とした物です。貴方なら、これを読めるのでは?」

大祭司は雄黄酒が渡してきた紙を受け取ってちらりと見ると、すぐにそれを丸めて捨ててしまった。

雄黄酒「えっ!なぜ捨てるのですか!?」

大祭司「これはおそらく、昔の人が失敗した実験に関する資料です。どうせ読めないのであれば、捨てるのも当然のことでしょう。」

雄黄酒「でも……」

大祭司「これは……」

雄黄酒「えっと、やっぱり取っておいた方がよいかと思います。今後、役に立つ時が来るかもしれませんし。」

雄黄酒は地面に捨てられた丸まった紙を広げたあと、手でそっと注意深く広げて平らにし、本に挟みなおした。

雄黄酒「よし、これでまた読めるようになりました。」


兄弟

兄弟の間の他人が理解できない感情。

甘い豆花「うん?これなに?」

辣条「食べてみる?美味しいでしょう?」

甘い豆花「そうだね、味はいいみたいだけど。でも、なんで花の匂いもするの?これ、まだある?」

辣条「この辺りなら、どこでも売っているんじゃないかしら?」

甘い豆花「オジサン、これとこれ、あとこれをください。あ、あとこれの中にはゴーヤを入れてくれますかね。」

甘い豆花は花餅屋が売っているすべての味の花餅を買っていく。彼はとある味の花餅を注文した時、花餅屋さんと何かを話した。すぐそばでそれを見ていた辣条は彼に近づき、その花餅を見ている。

辣条「なんで花餅にゴーヤを入れるわけ?これ、まだ食べられるのかしら?」

甘い豆花「あの子がね、いつも本当の男なら辛い物を食べるべきだって言うんだけど、本当は甘い物が好きでさ。」

辣条「貴方も彼が貴方を見た時、貴方の顔に花餅を投げることを恐れないね?」

甘い豆花「オレは弟を可愛がるお兄さんだからね。この程度の挫折で、諦めるわけにはいかないからさ。」

辣条は目を細めながら、花餅屋さんがゴーヤを入れた花餅を彼に渡すところを見て、眉をつり上げた。

辣条「本当に……いいお兄さんって感じよね。」

サブストーリー・民宿

花木村の花

花朝節にはたくさんの花が咲くが、不愉快に感じる香りは存在しなかった。どの香りも淡い木の香りに包まれていて、皆の心を落ち着かせていた。

麻婆豆腐「ふぅ……いい匂いだね。」

ロンシュースー「うむ、宮廷庭園の花にも匹敵する香りぞよ。」

魚香肉糸「見てちょうだい。この香り袋、なかなか綺麗じゃない?」

ロンシュースー「刺繍の出来はやや粗雑であるが、図様はとても良いな。店主よ、この香り袋は如何ほどだ?」

店主「あ、はいっ! この香り袋ですか? もしお嬢さんたちがそれをお気に召したのであれば、何本か花を買ってくださいませ。そうしたら、そちらはタダであげますよ?」

麻婆豆腐「えっ? 花を買うだけでいいの? なんで?」

店主「この村では花朝節になると、年頃の男女が街に出て、好きな相手に花を贈るんですよ。もし両想いだった場合は、お返しに詩を書いた香り袋を贈るんです。そちらのお嬢さんも、この香り袋が欲しそうですね?」

そう声をかけられ、香り袋を手にしていたロンシュースーは一瞬それを元の場所に戻すべきかどうか分からなくなった。彼女は咳払いをしてから香り袋を元の場所に戻すと、恥ずかしさからか顔を赤色に染めていた。

ロンシュースー「こほん。このような物は些末にすぎぬ、買う必要などなかろうぞ。」

その横で携帯筆を持って記録を取っていた魚香肉糸は、突然笑い声を上げた。

魚香肉糸「ふふっ! ロンシュースーったら、どうしてそんなに照れているのかしらね? あっ、そうそう店主さん、聞きたいことがありますの。香り袋を贈るのがここの習慣でしたら……老若男女、皆さんが頭に花を被っているのもここの習慣なのですか?」

商人は彼女の言葉を聞いた後、顎を触りながら考え始めた。

店主「そうした習慣は、ここには無い筈ですが……」

魚香肉糸「ですが?」

店主「いえ。私にもよくわかりませんね。ですが、花木村の皆は花を頭に被ることが好きです。花神木は枯れにくく匂いもいいですから、毎日被っていまして……うぅん……そういえば……私はいつから、これを被り始めたのでしたかな……」

魚香肉糸「……そうなのですね。教えてくださり、ありがとうございます。」

店主「そんな大したことじゃありません。ところでお嬢さんたち、こちらの花はどうですか? ここの花はどれもうちで植え育てた花でしてね、とても綺麗でしょう!」

麻婆豆腐「うーん、今回はいいかな。あたしたち、ここに遊びに来ただけだから!」

店主「なら、もしお嬢さん方の気が変わった際には、ぜひまたいらしてくださいね〜」

ロンシュースー魚香肉糸、ゆくぞ。もしあの者たちに見られれば厄介なことになる。」

店主「気が向いたらまた立ち寄ってください〜! 割引いたしますから!!」


永遠の青春

若さを保つ方法

麻婆豆腐たちが佛跳牆の元に向かっているとき、彼はいつもと違った表情を浮かべ、帽子を脱ぎ、数名の老人の傍に座っていた。いつもの仏頂面と違い、彼は柔らかく明るい笑みを浮かべていた。

佛跳牆「なんですって? お爺さんはもう七十六歳なのですか! とてもそうは見えませんよ! てっきり四十かそこらくらいだと思いましたよ!」

村人「ハハハハ、この若造が! おぬしは本当に口がうまいな!  あの娘たちと同じだ――ガハハハッ!」

佛跳牆「いえいえ。お爺さんは本当にお若く見えますよ。よかったら、そのコツを私に教えてはくれませんか?」

村人「コツなんてないさ! ただ毎日農業に勤しんでただけだ。わしらはおぬしみたいな若者たちと全然違うからな。」

佛跳牆「本当ですか? 私に隠しごとをしてるのではありませんか? お爺さん、貴方は本当に人参湯のような漢方や、虎骨酒みたいな薬酒を飲んではいないのでしょうか?」

村人「んん……飲んでないね。けど、ここらの奴はみーんなそうさ。見た目が実際よりも若く見える。ガハハハハ! そうさな、その理由はここの山と水に関係があるのかもしれないな。」

佛跳牆「ほう? そうなんですか?」

村人「おうよ! わしらは毎年、花神様を拝んでいるからな。これはきっと花神様のおかげだ!」

大祭司「へくちっ!」

佛跳牆「ほぉ? 花神ってそんなにすごいんですか?」

村人「ああ! そして花神様は、祭司様に頼んでわしらにとある伝言を渡してくださったんだ! 今年の花神祭はわしらのためにそのお力を発揮し、皆の体の中にある良くないものを祓いきるってな! おぬしもいいところに来たよ!」

佛跳牆「そう言われると、是非とも拝見させていただかなければなりませんね……おっと! 申し訳ありません、私の友人が来たようです。ためになるお話を、どうもありがとうございました。それでは、失礼!」

村人「ああ、行っといで!」

麻婆豆腐は先程まで爽やかな笑顔を浮かべていた佛跳牆に若干の違和感を覚え、彼に小声で話しかけた。

麻婆豆腐「何してたの? ずっとニヤニヤしてたけど、それ、元の顔に戻るの?」

佛跳牆「ああ。地元の人間に気になったことを聞いていた。お前、ここの人たちはいくつだと思う?」

麻婆豆腐「いくつなの?」

佛跳牆「六、七十歳ぐらいとのことだ。だが、見た目は全員四、五十代にしか見えない。」

麻婆豆腐「……そ……それって。ここの住民は随分と若作りなのね……?」

佛跳牆「……さて。若作りかどうかはわからんが、年の取り方が他の人間よりも遅いように見えるな。」

麻婆豆腐「まさか佛跳牆。ここの人たちは、普通じゃないって? でも、村の人たち、みんな親切な人たちだったわ。」

佛跳牆「もし彼らに何の問題もないなら、何か特別な健康法があるに違いない! だったら、その秘密を探るべきだと思わないか!?」

麻婆豆腐「急に生き生きしだしたわね……そんな秘密を知ってどうするのよ?」

佛跳牆「売るに決まっているだろう!!! 年頃の娘とお年寄りなら、若さを保つ方法があれば、喉から手が出るほど欲しがるだろうが!」

麻婆豆腐「…………」

佛跳牆「なんだ、急に足早になって!」

麻婆豆腐「(てっきり、村に潜む問題の芽を摘むために村民たちと話しているのかと思ったわ。)」

佛跳牆「おい! 待て、麻婆豆腐っ! ひとりでどこに行く! 何かあったらどうするっ……!」


花神(壹)

花神さまが叶えた願いでしょうか?

少年「獅子頭! 見て! これが花神廟だよ! すごいだろ!」

獅子頭「うわーっ、おっきなー! ここって、何をするための場所なの?」

少年「もちろん、花神を拝むための場所だよ!」

獅子頭「花神って、何を叶えてくれるの?」

少年「もちろん、何でもだよ!」

獅子頭「へええ、すごいなあ……」

少年「きみも願いごとをしてみなよ! 早く早く! 花神様なら、きっとそれを叶えてくれるから!」

獅子頭「ん……分かった!」

獅子頭は前に出て、花神の像の前に跪いた。彼は目をつぶって手を合わせ、花神を拝んだ。

獅子頭松鼠桂魚湯圓が、危険な目に遭いませんように……)

松鼠桂魚「獅(しー)ー子(ずー)頭(とう)ーッ!!」

獅子頭佛跳牆の商売も、ますます商売繁盛しますように……あとは夕さんがまた悪いやつらに捕まりませんように……うん……あとは、えっと……他の皆もここにいたらいいのになあ‥…ん? 今の声、誰だろ? 聞き覚えがあるような……?)

獅子頭「わあ!」

松鼠桂魚獅子頭!!! 来たよー!!! ねえ、あたしのこと考えてた?!!」

獅子頭は突如として自分に飛びついいてきた松鼠桂魚を見て目を丸くした。そして、すぐに振り返って驚いた目で花神を見た。

獅子頭「なんで松鼠桂魚がここに?! 花神様って本当にすごい……!」

松鼠桂魚「ここで何してたの? それと、何がそんなにすごいの?」

獅子頭「な、なんでもないよ。」

松鼠桂魚「えへへ、佛跳牆があたしたちをここに呼んでくれたの。いい商売があるって言ってたよー! それで、やっぱりあたしのこと考えてた?!」

獅子頭「もういいから、早く降りてきてっ! 他の人もいるんだから!」

少年「へへ! さっきからずっと彼女のこと考えてたんだよね? 花神様は何でもお見通しなんだ! すごいでしょ〜?」

獅子頭「そ、そんなことないよ!」

少年「顔が赤くなってる! 図星だー!!」

松鼠桂魚「え? 何の話? 何の話? あたしにも教えてよ! ほら、隠さず教えて教えて!」


煙と炎

譲らない二人……

少しずつ暖かさを覗かせながらも、いまだに寒さが感じられる頃。まだ寒い天気ではあるものの、とある赤い服を着た食霊は、まるで暑さに耐えられないかのように襟元を大きく開いていた。

後ろをついていく蟹の鋏は炎とともに上下に動いており、その様子を見た村民たちはみな顔を青ざめさせながら彼のことを避けていた。

麻辣ザリガニ(この愚かな人間どもは、どうしてこうも臆病なんだ。)

彼は眉をひそめつつ顔が青くなっている村民たちを見ていると、そう遠くない道の先で見覚えのある人物の姿を発見した。

麻辣ザリガニ(なんであいつもここに来てんだ?! チッ、もしあいつに見つかったら、また面倒なことになるな。)

道の向こう側にいる北京ダックは、精巧な人形を弄りながら魚香肉糸たちと何かを話している。が、いきなり振り向いてきた。

北京ダック(ほう? 彼も来ていたか……花朝節なぞに興味はなさそうだが……んん?! 逃げただと?!)

北京ダック麻辣ザリガニーー何故逃げるのですか!」

麻辣ザリガニ「逃げるだと?! ふざけるな、誰が逃げているってんだ!!」

ものすごい剣幕で向かってくる麻辣ザリガニの様子を滑稽に感じた北京ダックだが、次々と彼を避けていく村民の姿を見て、思わず眉をひそめた。

北京ダック「彼らに何をしたんですか?」

麻辣ザリガニ「なんのことだ?」

麻辣ザリガニはうんざりとした顔をしている。古い知り合いゆえに彼のことを多少は分かっているつもりの北京ダックは、彼が何もしていないことを確信した。

北京ダック(まさか、食霊を怖がっているのか? ここに訪ねてきた食霊は数多くいるというのに、こんなに怯えた姿は初めて見ましたね……)

麻辣ザリガニ「ジャマだ、どけ!」

荒々しい声が北京ダックの思考を中断させた。彼は振り向き、うんざりとした様子の麻辣ザリガニを見つめているうちに、なんだか悪戯心がくすぐられてきた。

北京ダック「そういえば、そなたの子分らはどうされたのですか? いつもそなたの傍らでウロウロしているでしょうに?」

麻辣ザリガニ「俺様の知ったこっちゃねぇよ。」

北京ダック「ほう? さては……そなたに愛想を尽かし、子分を辞めたのでしょうか?」

麻辣ザリガニ「ぬかせ!」

北京ダック「ふっ。でしたら、この辺りでお暇致しましょう。何か御用がありましたら、あちらにある筒楼まで訪ねてきてくださいね。」

麻辣ザリガニ「……ふん、貴様なんざに用はねぇよ。あばよ。」

北京ダック「楽しんできてくださいね〜」

麻辣ザリガニ「ふん! 貴様こそ、せいぜいあの食人花に食われないようにな。」

北京ダック「はいはい。」

去っていく麻辣ザリガニの姿を見て、北京ダックは眉をひそめた。

北京ダック(食人花……どうやら、何か知っているようだな……)


花木村(叁)

冷たいお茶

麻婆豆腐「あのー、あたしたちのお茶はまだでしょうか?」

魚香肉糸「お客さんが多いから仕方ないわ、もう少し待ちましょう。」

店主「はいはーい、こちらはお嬢さん方の花神茶です! お待たせして申し訳御座いませんね。」

ロンシュースー「ふむ?! なにゆえ……冷たいお茶あのだ? まだそのような季節になっておらぬぞ。」

店主「お嬢さん方はご存知ないのかもしれませんが、私たちはどんな季節でも冷たいお茶しか飲まないんですよ……」

ロンシュースー「だ、だがこれでは……花の香りを生かせぬ……花びらを入れた、ただの水に成ってしまうのだぞ。」

店主「それは……どうぞご勘弁くださいませんか。私たちは花神様を奉っておりますゆえ、火は出来るだけ避けているものですから……」

魚香肉糸「どういうことですか?」

店主「ほら、その……ここには花神木がたくさん生えていますからね。もし燃やされたりしたら大変ですし……普通の木に比べ、花神木は特に燃えやすいですので、気をつけなければなりません!」

商人「おい! 料理が全部冷めているじゃないか! 何のつもりだよ一体! ここが有名だからってわざわざ来てやったんだぞ!」

店主「まあまあ、どうか落ち着いてくださいませんか、お客様……」

その理由を聞いて目を丸くした魚香肉糸たちを残して、話を続けようとした店員は文句を言っている客をなだめようと慌てて行ってしまった。

麻婆豆腐「……この祀り方はちょっと……ねぇ……」

魚香肉糸「そういえば、変だと思ったのよね。麻婆豆腐は小葱を連れているから、子供たちが惹きつけられてもおかしくないはずなのに。にも関わらず、麻婆豆腐のことを恐れているようだったし‥…どうやら本当に恐れていたのは、貴方の霊力によって生じる火花のほうだったようね。」

ロンシュースー「とは言うものの、冬は過ぎ去ったばかりぞ。あのような冷食を口にし、冷えが体に悪影響を及ばせば……」

麻婆豆腐「まあ、人様の風習にとやかく言うもんじゃないよね。」


その淡い酒の香りは、誰かが来ていたのか?

次々とやって来る客を迎えるため、ほとんどの村民はてんてこ舞いになっている。紹興酒はアメを食べている甘酒団子と一緒に人混みの中を歩いている。

紹興酒「おいしいか? もっと買ってやろうか?」

甘酒団子「お、おいしいです。でも、今日はもういっぱい食べたので、これ以上は……きゃあ!」

紹興酒甘酒団子の視線に沿って見上げると、一人の職人が高所から落ちてきている。紹興酒は彼を受け止めようとしたが、結局間に合わなかった。

ーードサッ。

紹興酒(ツッーー痛そうだなぁ、おい……)

甘酒団子「おじさん、大丈夫ですか?!」

ハシゴから落ちた中年の職人は間違いなく地面に直撃したが、その表情は全く動じていなかった。

村人「ん? ああ! 大丈夫だ! 安心してくれ、お嬢ちゃん! わしはタフだからな!」

甘酒団子「で……でも……」

村人「ハハハッ、いい子だなあ、おぬしは!」

紹興酒「おっさん、本当に無事か? 凄い音がしたぜ。もし怪我したんなら、遠慮すんなよ。病院まで運んでやるからな!」

村人「ハハハッ、こっちにゃ病院なんかないぞ。調子が悪いときは、みんな祭司様に診てもらうんだからよ!」

紹興酒「祭司様だぁ? 医術にも通じてるっていうのかよ?」

村人「そりゃあもう! 普通の医者とは比べられないほどすごいのだぞ! あの方に診てもらった患者はな、みーんなわしのように、体が見る見るうちに元気になるんだからよ!」

甘酒団子「すごいですね……」

隣りにいる紹興酒は少し眉をひそめたまま、その中年の職人に返事をしなかった。疑問の表情を浮かべている甘酒団子へと視線を映すと、いつもの優しい顔に戻ってその頭を優しく撫でた。

紹興酒「なんでもねぇわ。おっさんが無事ってんなら、俺様たちはそろそろ行くぜ。そうだおっさん、この近くに何か面白いところはあるか? こいつを連れて遊びに行きたいんだ。」

村人「おお! それならわしに聞いて正解だったな! この向こうに捕蝶大会ってのが開かれてるぞ、おぬしらは若者はそういったものが好きだろう!」

紹興酒「そうか、どうもありがとうな。甘酒団子、そろそろ行くぞ。」

甘酒団子「うん!」

紹興酒(なんだか……普通じゃねぇらしいな、この村は……まあいいや、とりあえずはここに残って、何かあったら手伝ってやろう。)


一息

観光した後の一息

延々と連なっている山脈の下では先が見えない川が広がっており、遊び疲れた一行が東屋で小休止を取っている。湖畔の小舎では見られない綺麗な風景を見ているうちに、西湖龍井の心も穏やかになっていく。

子推饅「いかがですか? たまには、旅に出るのも悪くないでしょう?」

子推饅は微笑みながら話しかけた。西湖龍井はどちらかというとこもりがちな性格であり、外遊びよりも湖畔の小舎で静かな景色を堪能する方が彼の好みにあっている。

子推饅「爽やかな空気ですね……」

西湖龍井「ですが……龍神町のほうは……」

子推饅ロンフォンフイ雄黄酒もいますし、北京ダックたちもときどき竹煙から離れて旅に出ているじゃありませんか……」

西湖龍井「……ええ。」

武夷大紅袍「ここにいたのですね、探しておりましたよ。」

西湖龍井「それは……」

何羽かの鳥が肩の上に留まったままの状態で、どこかに行っていた武夷大紅袍が東屋へとやって来た。それは生まれたばかりの雛で、ふわふわで丸々とした姿をしている。

武夷大紅袍「ごらん、とても可愛らしいでしょう!」

小さな白い花が頭に添えられた大紅袍の手のひらの上でよちよちと歩く雛の姿を見ていた西湖龍井は、脱力したように嘆いた。大紅袍はつまらなくなると悪戯をする癖があることは知っていたものの、流石にこういう幼稚な真似をするとは思っていなかったのだ。

武夷大紅袍「その目はなんですか? この花は、吾がやったことではありませんぞ。」

西湖龍井「これは……」

武夷大紅袍「見てごらんなさい。これは自ずと体から伸びてきたもので、花神の恵みであると噂されているのですよ。村民たちによると、体から花神木が生えてくると、花神の加護が得られるようになるとのことです。」

西湖龍井「……」

子推饅はふわふわとした雛を手のひらの上に乗せ、霊力でしっかり確認したあと、微かに眉をひそめた。

子推饅「これは……」

西湖龍井「なにか、異常でもあるのですか?」

子推饅「……そうとも言えませんが、ただ……」

武夷大紅袍「ただ?」

子推饅「この枝……すでに、体の一部となっています……」


予想外の出会い

予想外の出会い

お屠蘇は自分の長刀をかかえながら、酒壺を臘八粥に没収された虚しさを満たそうとしている。彼女は振り返って辺りを見回すと、そばにいたはずのよもぎ団子臘八粥の姿が見当たらなかった。

お屠蘇(あれ? 二人はどこに……)

お屠蘇は頭の後ろを掻きながら見て回すと、とある馴染みのある姿が視界に入ってきた。

亀苓膏ワンタン、いいから放せ!」

ワンタン「いやだ、持ち帰って忘憂舎で飼ーうーんーだー!」

亀苓膏「いつもそう言うものの、結局世話をするのは私ではないか! 人の猫から離れろ!」

ワンタン「いやだって言っている! 花が咲く猫なんて見たことがないからな!」

亀苓膏「このっ……」

お屠蘇亀苓膏……? って、あんたたち! なんでここに!?」

ワンタン「おっ、お屠蘇じゃないか! 来てくれたんだな! さっきまで君のことを話していたんだ。ーーって、痛いだろう。何故つねるんだ、亀苓膏。」

お屠蘇「うん? なんの話をしていたんだ? そういえば、よもぎ団子臘八粥を見かけなかったか?」

亀苓膏「どうした? もしや、はぐれたのか?」

いきなり表情が険しくなった亀苓膏を見て、お屠蘇はふと首を傾げる。

お屠蘇「ん? なんでそんな顔をするんだ?」

亀苓膏「……ここは見た目ほど穏やかなところじゃない。もし彼女たちを見つけたら、二度と目を離さないでくれ。」

お屠蘇「なんでそんなピリピリしているんだ? じゃあ、あの子たちを見つけたら、一緒に飲みに行くか?」

亀苓膏「ちょ……少し離れろ。重い。くっつくな。」

お屠蘇「えー? ケチくさいな。だいたい私は重くないだろう?」

ワンタン「そうだぞ、亀苓膏。私たちは家族当然だ。こうした触れ合いは大切ーー」

そう口にした瞬間、ワンタンはピタリと動きを止めた。

ワンタン「ちょ、ちょっと待て! 早まるなお屠蘇! その物騒なものを下ろすんだ! 亀苓膏、早く彼女を止めろ!」

亀苓膏(ひとまず……これで、猫のことはなんとかなった……あとは、この物騒な女を落ち着かせるだけだな)


花神(貳)

花神の物語

村人「花神様が降臨された日はね、花木村全体がまだ真っ黒な霧に包まれていた頃だったんですよ。あの頃はとっても恐ろしかったわ。」

村人「でも、花神様はただ袖を、たった一度振っただけで! 黒い霧が全部袖の中に吸い込まれたんですよ! さすが、あたしたちの守護神様ですよね!」

よもぎ団子(黒い霧……もしかして瘴気!? しまった! それでは村のひとたちが……!)

よもぎ団子「お姉さん、よかったら腕を見せていただけませんか?」

村人「え? ふふ、何をするつもりですか、お嬢さん?」

よもぎ団子「綺麗な花腕輪ですね〜、私も作ってみたいです。」

よもぎ団子は甘い笑顔をしながら、優しく彼女の手を握って霊力を送り込んだ。しかし、まもなく不思議そうな表情を浮かべた。

よもぎ団子(あれ? 瘴気が全くない……どうたら……問題はなさそうですね……よかった、やはり気のせいだったんですね……)

村人「そんなにこの腕輪が気に入ったのなら……ねえ、お嬢さん? これを差し上げてもいいですよ?」

びっくりしたよもぎ団子は慌てて握ったままだった手を離し、顔を赤らめながら手を振った。

よもぎ団子「いえいえ! ありがとうございます、お姉さん!」

村人「えっと、貴方たちは、旅の方ーーですよね?」

よもぎ団子「は、はい……花朝節のことを聞いて、友達と一緒に遊びに来たんです。」

村人「本当に興味があるのなら、市まで探しに行くのをおすすめしますよ。この花神木の

種はね、ときどき水をあげるだけで花を咲かせることができるんです。綺麗でしょう?」

よもぎ団子「本当ですか!」

村人「ええ! この花木村にしかない、特産品なんですよ。」

よもぎ団子「それなら買わないと……! 臘八粥お屠蘇! 一緒に……って、あれ……? 二人はどこ?」

村人「えっと、お嬢さん。あの背が高い子のことかしら?」

よもぎ団子「はい、そうです!」

村人「彼女なら、何かに目を留めたあと遠くに行かれましたよ。その後にもうひとりついていって……てっきり、貴方はそれを承知の上でここにいるのかと……」

よもぎ団子「えええー!? ふ、ふたりとはぐれちゃいました! どうしましょう……!!」

村人「……花神様に頼んでみたらどうですか? 花神様は、霊験あらたかな方ですから。」

よもぎ団子「え、えっと……あの二人を見つけたらまた来ますね! ありがとうございます、お姉さん!」

村人「いえいえ、気をつけてくださいね、お嬢さん。」

サブストーリー・花神祭

花神(叄)

花神の伝説

噂によると、花木村の花神様は幾度も降臨したことがるらしい。

一度目は、恐ろしい凶獣を封印し。

二度目は、古墓から逃げ出した動く屍を降伏させた。

そして三度目は……

黄山毛峰茶「待つのだ……つまり、花神様とやらが最後に姿を現したときにすべての怪物を成敗し、その怪物によって怪我をした者全員を癒やしたというのか??」

少年「そうだよ! 花神様は本当に凄いんだから! 怪物を倒しただけじゃなく、たった一晩で花神木を使って村に防壁を作ってくれたんだよ!」

黄山毛峰茶「……だから、全ての建物に木が生えていると?」

少年「そうだよ、もし見たらきっと驚くよ。一晩、たったの一夜だけで! あんなにたくさんの花神木が一気に伸びてきたんだよ! あれから、村は二度と怪物に襲われることはなくなったんだ。」

黄山毛峰茶(怪物……もしかして堕神のことか?)

黄山毛峰茶「坊主、そうとも限らぬぞ? もともと光耀大陸の天幕は強力だし、お主だけは運よく怪物に遭ってこなかっただけかもしれぬよ。」

少年「ぼくらはずっと花木村で暮らしてきたんだ! きみたちが言ってた……お……堕神っていうやつなんて一度も見たことないんだからな!」

黄山毛峰茶「一度も、か?」

少年「うん! 聞いたこともないよ!」

黄山毛峰茶「坊主、ホラを吹くと鼻が伸びるぞ! 天幕でさえ耐えず補修されているというのに、ここでは花神の力だけを頼っているのか? 哀れな花神様だな。」

少年「ふん! 花神様は本当に凄いんだからな! 花神木だけじゃなく、祭司様まで送ってくれたんだから!」

黄山毛峰茶「祭司様?」

少年「そうだよ! きみみたいなエセ仙人と違って、祭司様は凄い人なんだから! みんなの病気を治してくれるし、村が怪物の毒気に苦しんでいた時だって、あの方のおかげでぼくたちは癒やされていたんだよ!」

黄山毛峰茶「おい坊主! 誰が偽仙人だって?!」

少年「きみだよ! き、み!」

黄山毛峰茶「そこに直れ!」


木彫

木彫りの技

餃子「わぁー! おじさんたち、すごいなぁ! まるで本物みたいだ!」

職人「ハハハッ! そうだろう!」

餃子「どれくらい勉強したらこれを作れるんだ? 簡単にできるものじゃないんだよね!」

餃子「なんでみんな、彫刻ができるんだ?!」

餃子「それとさ! 木以外のものも! 石や金属を使っても彫れるのか?!」

職人「待て待て、一つずつ聞いてくれ!」

餃子「えっと‥…おじさん、彫刻のこと教えてくれない? オイラも人形を作って、友達にプレゼントしたいんだ!」

職人「ほう、友達にか。男の子か? 女の子か?」

餃子「え?」

職人「ハハハッ、やはりまだ分からん年頃か! でも、ここに来たのは正解だったな!」

餃子「え? なんで?」

職人「そりゃあ、俺が花木村一番の彫刻師だからな! 誰でもできると言えども、この俺が作ったもんに適うやつはいねぇからな!」

餃子「えっ……それ本当!?」

職人「ああ。あいつらはな、花を彫るのでやっとなんだぞ。人の顔を本物みたいに彫れるなんざこの俺くらいだ!」

餃子「本物の人間と同じ? すごいなぁ!」

職人「そのとおり! だからな、毎年の人形劇に使われる人形を作るのはいつも俺なんだ! ガハハハッ!」


女の子たちの秘密

女の子たちの間に、何が起きたのか?

リュウセイベーコン「天の光、大地の光――星月の光が照らす。暗空、混濁の大地、離別し者は涙する。」

灯篭を持って街をふらついている少女は、誰にもわからない童謡を歌い、それを見た人たちは本能的に彼女を避けている。隣で花束を選んでいたロンシュースーは、後ずさりする村民によって足を踏まれた。

ロンシュースー「いたっ、服の裾が……これはいったい……!」

リュウセイベーコン「おやおや、龍神家のお嬢ちゃんじゃないか。」

隣りにいた麻婆豆腐ロンシュースーの怯える姿を見るや、彼女と魚香肉糸を自分の後ろへと庇った。

麻婆豆腐「なんだよ! 何見てんのさ!」

リュウセイベーコン「ククッ、そう緊張しなくてもいいだろう?」

ロンシュースー「……」

リュウセイベーコン「アタシはここにいてはダメだと言いたいのか? なんでだ?」

魚香肉糸「地府? 確か地府は、判決や断罪を担当する場所だと噂されているわよね。 でもロンシュースー。貴方、なんでそんなに警戒しているの?」

ロンシュースーは顔を赤くし、笑顔で彼女らを見つめているリュウセイベーコンの様子を麻婆豆腐の後ろから覗いた。

ロンシュースー「それは……」

リュウセイベーコン「ああ、思い出した。この前、アンタをとある王侯の柩に閉じ込めたんだっけ。あの時は本当に悪かったね?」

ロンシュースー「…………このっ!」

リュウセイベーコン「相変わらず可愛い反応だなあ。残念だけど、まだ用があるんだ。お先にね……?」

リュウセイベーコンが去っていく姿を見たロンシュースーだったが、ホッとしたのも束の間、リュウセイベーコンがいきなり顔を振り返って不気味な笑みを浮かべた。

リュウセイベーコン「ここはアンタたちがいるべき場所じゃないよ。死者が蠢いている。生ける者は、早めに退散したほうが身のためじゃないかな……?」

歩きながら灯篭をぽんぽんと叩き続けているリュウセイベーコンの後ろ姿を見ながら、三人は思わずゾッとした。

麻婆豆腐「そういえばロンシュースー。どうして彼女のことをそんなに怖がっているの?」

それを聞いたロンシュースーはいきなり険しい顔をして、自分の袖口を握った。

麻婆豆腐「えっと、どうしたの?」

ロンシュースー「彼女が、死体と会話していた瞬間を見たのだ。そしてわたくしの後ろに何かがいると、あの者は言うたのだ。」

魚香肉糸「……フフッ。」

麻婆豆腐「あははっ!」

ロンシュースー「むっ、何が可笑しい?!」

麻婆豆腐「見かけによらず、そういうのに弱いのね……」

ロンシュースー「むうっ……わたくしは陸離のことを心配しているだけぞっ!」

魚香肉糸「まあまあ、もうそれくらいで勘弁してあげましょうよ、麻婆豆腐。私たちはまだ用があるでしょう?」


祈りと災禍

祈りと災禍

やっとお屠蘇を見つけたよもぎ団子は、彼女の腕に捕まって人混みの中を見回している。

よもぎ団子「あれ? 臘八粥は……?」

お屠蘇「安心してくれ、彼女なら大丈夫だ。いつもぼーっとしているよもぎ団子じゃあるまいし……っと! 失言だ、忘れてくれ。」

よもぎ団子の表情を見たお屠蘇は肩をすくめると、両手を挙げて負けを認める姿勢を示した。

花蝶会に展示されている数え切れないほどの美しい花が、いつにも増して綺麗な蝶々をたくさん引き寄せている。その入り口で佇んでいる臘八粥は、とある方向を見つめてぼうっとしていた。

臘八粥「……」

お屠蘇臘八粥? 何故ここに? 何を見ているんだ?」

臘八粥「来てたの、お屠蘇……」

よもぎ団子「どこに行ってたんですか? 随分と探したんですよ。」

臘八粥「ごめんなさい、つい見とれちゃって……」

よもぎ団子「あれ? これは?」

臘八粥「花朝節の捕蝶大会です。そしてこの蝶々たちは……」

お屠蘇「蝶はどうした?」

臘八粥「ううん、何でもありません。あのね、お屠蘇、さっき亀苓膏に出会ったの。合流してから大事なことを教えるって。」

お屠蘇「ああ、もう彼から聞いてたんだ。どうやら、この村は普通じゃないらしいぞ。だから、私から離れてはダメだ。」

臘八粥「どうか、何事もありませんように……もし何かあったら、苦しむのは村の者たちだから……」

臘八粥が眉をひそめているのを見て、お屠蘇は頭の後ろをぽりぽりと掻いた。

お屠蘇「ふむ……そういえば今回は亀苓膏たちだけじゃなく、竹煙景安の奴らも来ていると聞いてるな。」

臘八粥「そうです! 私、梦回谷のあの女の子とも会いました! お屠蘇はこの前、堕神を追いかけていたから、まだ会っていないんでしたっけ。」

お屠蘇「……梦回谷の者も来ているのか?」

臘八粥「何か、おかしいですよね。」

お屠蘇は急に刀を地面へと突き刺すと、手のひらで臘八粥の頭を強く撫でる。

お屠蘇「言っただろう……」

臘八粥「え?」

お屠蘇「私は災禍をもたらすのは得意だが、祈るとか、そういうのは得意じゃない。だから……祈るのはあんたに任せるよ。他のことは、亀苓膏たちがきっと対策を考えてくれるはずだ。私たちは、やれることをちゃんとやればいい。」

普段は大人のようにしっかりしている臘八粥は、自分の頭を抑えながらお屠蘇を見つめ、頷きながら珍しく笑顔を見せた。

臘八粥「うん。祈りは、私に任せてください! 一緒に村民たちを守りましょう!」


探し

仕事を逃すボスはいいボスではない

マオシュエワン辣子鶏ー!」

マオシュエワン辣子鶏ーっ! この辣子鶏の野郎ーっ! 早く出て来い!!!!」

少年の声がとても大きく響いている。彼は両手を口の前に添えて、力強く叫んでいる様子だ。

マオシュエワン「兄貴分をやるならちゃんと仕事をしてくれよ!!!! 人の群れの中に隠れているのは知ってんだからな!!!!!! 早く出て来い!!!!!! って、うわっ……!? せ、先生……じゃねぇか……ど、どうしてここに……。」

マオ・シュエ・ワンは後ろに立っていた青年に強く蹴られ、へらへらと笑いながら腰を抑え、本能的に後ろへと数歩下がった。

冰粉「ふふ、某が自ら来なければ、このような探し方で兄貴分を探しているなんて気づけなかったでしょうね……」

マオシュエワン「おっ……俺はただ……焦って……うわああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

マオ・シュエ・ワンは頭をかかえながらしゃがみこんだ。冰粉(びんふぇん)の後ろから一口で人を呑み込もうとしていた大千生は、やっとがしゃがしゃしている動きを止めた。冰粉は腕を組みながら目を細め、華やかな大通りの様子を見た。

冰粉「それにしても、いつも遊んでばかりのあのバカ鳥がまさかこのようなところに来るとは思いませんでしたね。」 

マオシュエワン「え? 先生、何の話?」

冰粉「なんでもありませんよ。ほら、さっさと探しに行きなさい!」 

マオシュエワン「お、おう! はいっ!」

一気に走り出したマオ・シュエ・ワンを見て、冰粉はそばにある枝を指で軽く触りながら、その先で咲いている花を自分の額に当てた。しばらくして、彼は顔を上げた。その時の冰粉の顔からは笑顔が隠れ、ひどく真面目な表情が浮かんでいる。

冰粉「……なるほど、今回はしばらくここに泊まることになりそうですね……彼がまた、地府の人たちと喧嘩したりしていないのならいいのですが。」 


瘴気の法

瘴気の解決策は?

臘八麺菊酒、ここが貴方の言っていた花木村ですか?」

菊酒「そう、ここで何があったのかを調べに行くようにと閣主が言ってたんだ。もしあの噂が本当なら、あの木を買っておこうか……」

臘八麺「もしそれが罠だとしたら、敵を全て斬ってしまえば解決します。」

菊酒「えっと、それはそうだけれど、そこまで警戒しなくてもいいのでは……」

臘八麺「え? でもここは絶対におかしいって、閣主が言っていたでしょう。」

菊酒「……それはそうだけど……いつまでその青銅剣を握っているつもり?」

臘八麺「だって、危ないでしょう。」

菊酒「…………まあいいか、そろそろ行きましょう。閣主が君をこの村まで遣わしたのは、もちろん調査のためでもあるけれど……ちょっと息抜きをさせたかったからなんだよ。最近、よく青銅剣を壊していたよね?」

臘八麺「大丈夫、私はまだ頑張れますから。うっ!?」

急に後頭部を叩かれて呆然とした顔をしている臘八麺を見て、菊酒は苦笑いしかできない。

菊酒「だからこそ、ちゃんと休みなさいってことなんだよ。ほら、美味しそうな食べ物や面白そうなものがたくさんあるから、見に行こう。あと花醸酒もあるらしいよ、花神木を買ったらちょっと飲んでみよう?」

臘八麺「でも、貴方はもうこれ以上お酒を飲まないほうがいいって閣主が……」

菊酒「で、でも閣主は今ここにいないし!」

臘八麺「う……」

菊酒「まあいいよ、とりあえず花神木を買いに行きましょう。」

臘八麺「ええ。」

菊酒は村の方に向かってまっすぐ進もうとしている臘八麺を見て、目を大きくした。そしてぐっと臘八麺の後ろ首を引っ張った。

菊酒「って、こら! どこへ行くつもり?」

臘八麺「だから、花神木を買いに行くんですよ。」

菊酒(方向音痴だと閣主たちから聞いたことがあるが……それにしても……はぁ……)

菊酒「こっちだよ。」

臘八麺「?」

菊酒「首を傾げてないで、私についてきて。」

臘八麺「ええ。」

会合

みんなの会合

日差しが小さい茶屋の窓から差し込んでいる。匠手に掘り出された彫刻は、その巧妙な設計によって小動物の影法師が地面に落ち、小舎の中には満開の花が隅々にまで置かれている。長い刀を持った者や珍しい動物を連れている者などといった客人たちは店員の招待を拒み、直接二階へと上がった。

その茶屋の個室は狭いわけではないが、北京ダックが来たときには、もう食霊でいっぱいの状態になっていた。

北京ダック「お久しぶりですね。おや……その方は……」

菊酒「あ、こちらは梦回谷の谷主の冰糖燕窩(びんたんえんか)です。今回は、瘴気の件のために来たのだよ。」

北京ダック「はじめまして、どうぞよろしくお願いします。」

燕窩「ええ。」

北京ダック「……」

ワンタン「はいはい、社交辞令はそこまで。ダック、私たちをここに呼んで、一体何があったんだい?」

北京ダック「光耀大陸は天幕と山河陣に守られており、吾らも網の目から逃れた堕神に対抗するため、普段は各地に分散しております。今回、このように集まったのは……恐らく、全員あの件のために来たのでしょう。」

菊酒「君たちも、あの堕神を祓えるという植物のためにここに来たの?」

北京ダック「村人たちに話を効くと、祭司は祭祀を行うことによって人々たちの体の中の瘴気を祓えるようです。」

冰粉「体の中の瘴気? 祭祀を行うだけで瘴気を祓えるだなんて、随分と甘い話ではありませんか?」

北京ダック「勿論、その祭司のことは怪しいと思っています。ですがもし、本当に村民たちが言ったと通りにそのような力を持っているのならば、瘴気を祓うのも不可能ではないでしょう。しかし、もしそうでなかったら……」

燕窩「もしそうでなければ、ここにいる全員にとって災いとなるでしょう。」

北京ダック「谷主の言う通りです。ここまで手間をかけて吾らをここに集めたということは、きっと何らかの目的があるはずです。今は景安、竹煙、湖畔の小舎……これらの者たち全員がここにいます。もしよろしければ、この件については、吾らが引き続き調査を致しましょう。そして村民たちの安全の確保は、皆さんにお願いしたく……」

菊酒「その使命、必ずや果たしましょう!」

マオシュエワン「大丈夫だって! 俺は兄貴分を探しに行く! 兄貴なら絶対賛成してくれるはずだ!」

燕窩「私も力を尽くしましょう。」

ワンタン「皆がそう言うのなら、私たち忘憂舎の者も、放っておくわけにはいかない。ここに来ていない者たちにも知らせてこよう。」

北京ダック「お手を煩わせてしまい、すみません。」

ワンタン「なに、大したことじゃないさ。君こそ、今回はだいぶ疲れているだろう。でも村民たちの命が関わっていることだ、気を緩めてはいけない。」

北京ダック「ええ、それでは皆さん、どうぞよろしくお願い致します。」

ワンタン「任された。」

仕掛けの城と地下の城

知り合いの会話

辣子鶏「おまっーーどうしてここにいるんだ!!! 八宝飯はどこだ!! 俺のモフモフ鳥を返せ!!!」

リュウセイベーコン「モフモフ鳥?」

辣子鶏「あの丸くって、アホ毛も何本か生えているバカ鳥のことだ!」

リュウセイベーコン「丸くって、アホ毛のある鳥は見たことがないな……背が高くて痩せていておかしな頭をしたバカ鳥なら目の前にいるよ。」

辣子鶏「どこだ? …………ってコラ!!! この野郎……」

リュウセイベーコン「なぁにかな〜?」

マオシュエワン「先生! 今、兄貴の声が聞こえた気がする!」

冰粉「……某も聞こえた気がしますね。行きましょう!」

辣子鶏「くそっ、奴らが追いかけてきた! 逃げねえと! 次は絶対に許さないからな!!!」

リュウセイベーコンは首を傾げながら、猛スピードで走り出した辣子鶏を見送った。すると、そのすぐ後に冰粉とマオ・シュエ・ワンが別の方向から走ってきた。

マオシュエワン「おい!! 地府の女! うっーー先生、ごめんなさい、ごめんなさい!!!」

マオ・シュエ・ワンは、冰粉の背後にある花ーー大千生に追われて、あっちこっちを走り回る。そんな彼を放置して、冰粉は詫びの意を込め微笑んで、リュウセイベーコンに会釈した。

冰粉「躾のなっていない男で、申し訳ありません、遡回司様、どうぞお許しください。」

リュウセイベーコン「ははっ。機関城の連中って、相変わらず面白いなあ。」

冰粉「ありがとうございます。ところで、城主様は今どこにいるかご存知ですか?」

リュウセイベーコン「あのバカ鳥のことか? さっき、あっちへ逃げていったよ。」

冰粉リュウセイベーコンが指した方向を見て、マオ・シュエ・ワンを追いかけている大千生を呼び戻した。

冰粉「マオ・シュエ・ワン、行きますよ。」

マオ・シュエ・ワン「俺が悪いんです。あんなことを言うべきじゃなかったんだ。俺はこの世に存在しちゃいけない。俺はこの世で、一番駄目な存在なんだ……」

冰粉は大千生に影響されて一時的にどんよりしているマオ・シュエ・ワンを見て、思わず目頭を揉んだ。そして、マオ・シュエ・ワンの後ろ首を引っ張って去っていった。リュウセイベーコンは自分の提灯を触りながら、意味深な笑顔を浮かべる。

リュウセイベーコン「何度も見てきたけど、大千生って、本当に驚くほどの効果があるんだな……今度、冰粉から大千生のエキスでも貰って、八宝飯や朝鮮人参にあげようかな……?」 


花神(肆)

花朝廟の中からの囁き

深夜。小さな花神廟は月明かりに照らされ、銀色に輝いている。もともとは綺麗に彩られていた花神様の像も、今ではすっかりまだらになっている。すると、一つの人影がゆっくりと花神廟に入っていった。

???「来たよ。

 今回は例外です。君は、虫茶を助けたから。

 今回だけ、あの人たちを殺さないようにするよ。

 人間はやっぱり、全部消えたほうがいい。

 あの人たちは、君のことを願いを叶えてくれる道具としてしか見てないんですよ。必要な時だけ君に庇護を求め、必要のない時は、君の像すらもちゃんと補修してくれないじゃないか。

 どうして、あんなやつらのために永遠の命を投げ出すんだ……。

 もういい……今回は君の言うとおりにするから。

 でも、それも今回だけだ。

 あの人たちを全員この地から離れさせることはできます。でも、万が一のために、彼らの体内に『あるもの』を植えさせてもらったよ……保険として、ね?

 君はもう死んじゃったから、もうボクを止めることもできない。

 君は、皆から忘れられちゃうんだ。

 そして、花木村も皆に忘れ去られていく。

 さようなら……このバカ花神。」

サブストーリー・祭壇

夢廻り谷

夢廻りの谷

数日前

梦回谷

凍頂烏龍茶「君山。最近、噂になっているあの花木村のことですが、聞いたことはありますか?」

君山銀針「おう、なにやら堕神を祓える植物が発見されたらしいですよ。本当かどうかは分からないが、このあいだ錦安城に行った時、村民たちは確かに堕神を以前ほど怖がらなくなっていました。」

燕窩「堕神を祓える?」

君山銀針「ああ、あそこに向かった人たちもたくさんいるそうで……おお? 谷主様? ロイヤルゼリー? どうしてここに?」

ロイヤルゼリー「……」

凍頂烏龍茶「こほ、こほんっ。では、私はお先に失礼しますね。」

君山銀針凍頂烏龍茶(とうちょううーろんちゃ)! ここは貴方の家でしょう? 少し怯えすぎでは……」

ロイヤルゼリー「どこへ行く? 何をするつもりだ?」

君山銀針「誰が言い出したのか分からないが、あそこで花神祭りが行われるそうです。その祭祀で、堕神に襲われた人々の体の中に残っている瘴気を全部祓えるようですよ。」

燕窩「もしそれが本当であれば、実にいいことですね。」

燕窩(梦回谷の瘴気にも効くのかしら……)

君山銀針「ええ、でももうすぐ年末なので、食欲を抑えられず、お酒をたしなむ人間も増えました。そのせいで堕神もあちこちに現れ、皆忙しくなっています。その祭りに行きたくとも暇がないんです。」

君山銀針「って、お待ち下さいーー谷主様、どこへ行くおつもりですか?」

燕窩「花木村です。梦回谷のことは、しばらく貴方たちにお任せしますね。」


花木村(肆)

花木村の習俗

花朝節がやって来た。少年少女たちは華やかな服を身にまとい、そして鮮やかな花を飾りとして付け、花の枝を手に持ちながら街のあちこちを往来している。

武夷大紅袍「ふふ、若者は元気でいいですね。おや? これを、吾にくださるのですか? ありがとうございます。」

西湖龍井武夷大紅袍が手に持っている大きな花束を見たあと、思わず子推饅に視線を移した。

西湖龍井「……」

西湖龍井が考えることをようく知っている子推饅は、笑いを堪えながら軽く咳をし、西湖龍井の耳元でこう言った。

子推饅「花朝節にはですね、好きな人に自分が持っている花を贈るという風習があるそうですよ。」

西湖龍井「……」

子推饅「あの少年たちは恐らく、大紅袍のことを女の子と勘違いされたのでしょうね。けれど貴方は、このように美しい綺麗な顔をしていらっしゃるので、勘違いされても仕方がありませんね。」

それを言った途端、顔を赤らめている女の子が目の前にやって来て、手に持っている花を子推饅に渡してきた。子推饅は一瞬固まったが、手をそっと上げてその女の子の頭を優しく撫でた。

子推饅「ありがとうございます。」

 顔がさらに赤くなった女の子は走り去っていった。子推饅は手の中にある花の枝を少し回して、隣でぼうっとしている龍井を見てから、また花の枝を見た。そして、周りを見回しはじめる。

西湖龍井「……子推?」

子推饅は、いつの間にか姿を消していた。そして戻ってきた時には、その手に花を何本か持っていた。その花の中から淡い緑のサザンカを抜き出すと、そっと龍井の耳元の髪へと挿した。

子推饅「あれは女の子が私に贈ってくださった花なので、それを貴方にあげるのはあの子に悪いですからね。であれば、花を買って贈るなら問題ないかと思い。どうですか? とてもよく似合っていますよ。」

西湖龍井「……」

西湖龍井は黙ったまま、耳元のサザンカを取り外した。何が言いたげなのか、いつも無表情な彼は少し柔らかな顔をしている。その一方で……

子推饅「大紅袍! 早く早く! ほら、見てください! この花、貴方に差し上げましょう! 綺麗でしょう?」

大紅袍の毛先に赤い花をつけた子推饅を見て、西湖龍井は自分が手に持っているサザンカをくるくると回した。そしてその淡い緑のサザンカを見つめながら思わず首を振り、優しく笑った。

子推饅「おや? 龍井。いま笑いましたよね? 何かいいことでもあったのですか?」

西湖龍井「なんでもありません。」


虫草と虫茶

兄妹の日常

冬虫夏草虫茶! どこにいるんだ! 早く出てきなさい!! 今日はまだ薬も飲んでいないのに、どこへ行くつもりなんだ!」

赤い影は梁の上でしゃがんでいる。そして同じく、陰で身を潜めていたピータンと目があった。

ピータンは一瞬驚いた。虫茶は口に指を当て、小さな声で言った。

虫茶「しーっ! ……あたしがここにいること、冬虫夏草には内緒だよ!」

ピータン「……」

ピータンがまだ返事をしないうちに、虫茶は梁の後ろに隠れながら、薬が入ったお椀を持ちながらあちこち自分を探している冬虫夏草をじっと見ている。

冬虫夏草「ーーああもう! 腹が立つ! ピータン!! 虫茶を探し出せ!」

虫茶「きゃー!! ピータン、何してるの?! 内緒だって言ったのにぃ!!」

ピータン「……」

ピータンは何も言わないまま、虫茶の後ろ首の襟を掴みながら一緒に梁から降りた。そして頸を傾げながら、突如として襲ってきた虫茶の大きな斧をひらりと避けた。

虫茶ピータン! この裏切り者ぉ!!!」

冬虫夏草「早く薬を飲んで!」

虫茶「嫌だ! 嫌だ!」

冬虫夏草虫茶が大騒ぎしている。その様子をピータンは冷ややかに見つめている。そこから奥の部屋の机の上に、ノートが置かれている。そのノートにはぎっしりと何かが記載されていた。

筆跡から見るに、それは活発な少女が書いたものらしい。

花神暦百二十三年

真夏

あたしたちは、とある村を発見した。

その村の人たちはみんな神様を信仰しているみたい。

あたしたちにとっては、 ちょうどいい場所だ。

その人たちはあたしたちにとって全然関係のない奴らだけど、

彼らが信仰している神様を利用できるかもしれないってお兄ちゃんは言った。

だからその村を、他の連中に見つからないよう隠すつもりみたい。

でもお兄ちゃんのあの表情は、何か隠し事をしている気がする。

花神(伍)

過去からのメッセージ

手紙に描かれている字はとても綺麗だが、その内容を読むと、気分がひどく重くなる。

冬虫夏草はその内容を読んで、眉をひそめた。

『我が友よ。

貴方はこの手紙を読んでいる頃には、

わたくしはもうやりたいことを全てやったあとだと思います。

わたくしは自らの願いを叶えるために、

貴方にやりたくないことさせてしまいました。

本当に、すみません。

でもそうしなければ、貴方はおそらく、

彼らのことを放っておくのでしょう。

わたくしはもうこれ以上、

瘴気を吸収して祓うことができなくなっていました。

おそらく、そう長くは生きられないでしょう。

しかしそんな時に、貴方に会えるとは思いませんでした。

わたくしはこの出会いに、本当に感謝しています。

貴方さえいれば、彼らは貴方の力で生き続けられるのですから。

病気の進行を抑えるために核を貴方に渡したことを、

わたくしは一度も後悔しておりませんよ。

わたくしたちは、 友達ですからね。

人間に対する態度を変えろなどとは要求しません。

でも貴方なら、きっとわたくしたちの約束を守るために

一生懸命頑張ってくださるはずです。

ただ、もしその件を彼らに知られた場合は、

貴方はおそらく危ない目に遭うでしょう。

わたくしは貴方たちをそのような目には絶対に遭わせたくはありません。

ですので、 約束の件については、少し小細工をしておきました。

長く生きてきた中で、貴方はわたくしの唯一の友達です。

もし、それでも危険が迫った時には、

約束のことは捨てても構いませんので、

どうか自分のことだけでもきちんと守ってください。』

冬虫夏草はその手を力強く握り締め、その手に持っていた手紙もしわしわになった。彼の表情も、どこか暗くなっている。

ピータン「ご主人様、聖教の聖女がまもなくこちらに到着するようです。」

冬虫夏草「……ふん。クソが、このボクをここまで舐めるとはね。」

ピータン「ご主人様?」

冬虫夏草「ボクを殴って。」

ピータン「……畏まりました。」

ピータンは直接手を出した。そして抵抗しないままその攻撃を受け止めた冬虫夏草は、一瞬で顔が真っ青になった。彼は自分の胸元を押さえながら、口元の血を軽く拭いた。

冬虫夏草「君のその無条件の忠誠心は、本当に役に立っているよ。」

それを言った直後、外にいる虫茶はわざと声を大きくして話しだした。

虫茶「いらっしゃいませ、聖女様! お待ちしておりました!」

チキンスープ「あら、そうなの? ふふっ……ところで、貴方のお兄さんは? 酷い怪我をしたのでしょう? 聖主様に命じられて診にきたのですが。」

虫茶「はあい! あたしについてきてください、聖女様ぁ♪」


物語り(壹)

誰かの日記

初風二日

花神暦元年

わたくしは目覚め、そして命を与えてくれた村に足を運びました。

この世には多くの化け物がいて、皆を傷つけていました。

わたくしはその化け物たちを追い払い、村民たちの療気を祓いました。

彼らはわたくしのことを花神様と呼んでいますが……

どうして女の子だと、誤解されてしまったのでしょうか……?

花神暦七十年

碧空ニ十五日

わたくしは長い長い歳月の中で、

ずっと村民たちの体内の瘴気を吸収し、

そして自らの力でそれを全て消してきました。

しかし体の調子が悪化しつつあったため、

山の奥にあるわたくしの本体に戻ることにしました。

花神暦百二十年

蘇生二十七日

わたくしは巨大な危機を感じました。

何かを封印している古墓が震動しているのです。

その中から出てきた化け物が、村民たちを傷つけました。

わたくしは再び目覚めましたが、

まだ人間の世界で自由に行動できるほどの力は戻っていませんでした。

よってわたくしは、 花神木として村を守るしかありません。

その時、花神の使者と自称する面白い方が村に現れました。

その者に一体どんな思惑があるのか、

わたくしはしばらく観察することにしました。

花神暦百ニ十三年

真夏十一日

どうやらその者は、 タが言っていたあの邪教の者のようです。

彼に攻撃しようとした時、彼が手紙を書いていることに気づきました。

花木村に花神の使者が現れ、今はその使者を倒せないでいるが、

引き続き努力するという内容でした。

花神の使者だと偽ったのは彼自身なのに……

一体、何を企んでいるのでしょう。

花神暦百二十三年

雷雲八日

その者は、いつもおかしな研究をしたり、

動物を救ったりしているようです。

そういえば、面白いことに、

彼に助けられた動物たちの頭の上から花や枝が出るのです。

たまに村民も助けますが、その人たちを使って

また別の実験をするつもりのようでした。

そして彼はいつも口実を探しては、

邪教からの質疑に対し手紙で答えているようです。

わたくしはとうとう我慢ができなくなり、

彼に何がしたいのですかと尋ねました。

花神暦百二十三年

雷雲九日

わたくしを見て、彼はわたくしの正体にすぐ気がつきました。

しかし、わたくしは彼のことについて何も知りません。

『どうしてわたくしの使者だと名乗っているのか』

と聞いたら、

『そのほうが行動しやすいから』

と彼は答えました。

そして、どうか村民たちを少しでも多く助けてくださいとお願いしたところ、

『人間なんて全部消えちゃえばいい』

と言いました。

わたくしは、彼の体から怪しい力を感じました。

あれは決して、自然界の生き物が持つ力ではありません。

わたくしはこの世界に来てからというもの、皆が何かをする時は、

そこに何らかの理由があるのだということを知りました。

ですから彼に反論せず、 彼が実験をする様子をずっと見ていました。

そして彼は花神木を使い、 何らかの研究成果を手に入れたみたいです。

『貴方はいつもロ実を使ってあの聖教を誤魔化していますが、それは大丈夫なのですか?』

と彼に言ったところ、

『聖教は今たぶん忙しいから、この価値もない村のことなんか全然気にしませんよ』

と答えました。

花神暦百二十四年

肇始三日

彼はまた病気になりました。

今回は症状がとても酷く、そのまま地に倒れました。

彼が自力でゆっくりと立ち上がろうとした時、

わたくしは花神木で彼を支えましたが、

結局彼に叱られてしまいました。

彼の調子は芳しくないと、 以前から知っていました。

そして彼は、その病気を治す方法を探し出すために研究をしていることも。

その治療法はおそらく花神木と関係があるからこそ、

村民たちを治療する機会を利用して実験も行っているのでしょう。

わたくしはうっかり、

『手伝いましょうか?』

と彼に尋ねました。

それに対し、 彼は笑いながら

『人に助けてもらうなら代償が必要だよ。ボクから何かを取るチャンスなんかあげませんから』

と答えました。

花神暦百二十四年

初風一日

一緒に瘴気に汚されている村民を助けに行こうと誘ったところ、

彼は眉をひそめて

『君自身もまだ治っていないのに、どうして彼らを助けに行くんだよ』

と言いました。

彼はいつも、怪我した小動物に手当てをしてあげています。

本当に優しい方ですが、人間だけには冷酷な態度を取っているのです。

ですが今回みたいに、 彼は嫌だと言いながらも、

わたくしの分身を連れて一緒に瘴気を纏っている村民たちの治療に行ってくださいました。

しかし、そこまで人間を嫌うなんて、

一体過去に何があったのでしょう……


物語り(贰)

虫茶の日記

花神暦百二十三年

初風

最近……痛覚がなくなっちゃったみたい。

ピータンは多分、それに気づいている。

駄目、お兄ちゃんに知られてはいけない。

花神暦百二十三年

雷雲

最近、お兄ちゃんの様子がちょっとおかしい。

前にあれこれ苦労して差し向けた回し者たちを利用して、

聖教の行動を妨げているみたい。

でもお兄ちゃんは何をやろうとも、

あたしとピータンは絶対にその手伝いをするんだから。

花神暦百二十四年

初風

お兄ちゃんはなぜか、人間を治療しているらしい。

でも、そんなのはどうでもいい。

お兄ちゃんは、やりたいことをやればいいと思う。

あと、 最近はなんだか機嫌が良さそうに見えるけれど

まさか、新しい友達でもできたのかな?

花神暦百二十四年

碧空

あの村にとても強い堕神がやって来たみたい。

お兄ちゃんはあたしとピータンを連れて一緒に村へ行って、

そこで初めてお兄ちゃんの新しい友達に会った。 

……えっと、新しい……木の友達って…… 言うべきなのかな?

今や、あたしたちが一緒に戦えば、どんな強い人間も、

堕神も、食霊であっても、全部倒してみせるわ!

花神暦百二十四年

氷雪

お兄ちゃんは、すごく怒っている。

あの花の枝を、無理やりあたしに飲ませるなんて

でも、それを飲んでからというもの、あたしの症状は何だか和らいだ気がする。

『あの花の枝ってまだあるの? お兄ちゃんも食べたの?』

って聞いたら、お兄ちゃんは食べたって言ったわ。

けど、その時の顔を見れば、嘘をついていることなんてすぐに分かった。

でも大丈夫、あたしに本当のことを知られたくないなら、

あたしももう聞かないようにする。

お兄ちゃんはすごく疲れているから、

そんなつまらないことで気を散らせたくないもの。


聖教

聖教

チキンスープが兄妹の部屋に入ると、すぐに強烈な薬の匂いを嗅ぎつけた。

虫茶「いらっしゃいませ、聖女様! お待ちしておりました!」

チキンスープはわざとらしく声を上げて誰かに注意している虫茶を見やったが、図星を突くことはしなかった。

チキンスープ「あら、そうなの? ふふっ……ところで、貴方のお兄さんは? 酷い怪我をしたのでしょう? 聖主様に命じられて診にきたのですが。」

虫茶「はあい! あたしについてきてください、聖女様ぁ♪」

チキンスープ虫茶に手を引かれるまま、椅子に座った。そして顎に手を当てて虫茶のことをじっと見ている。

チキンスープ冬虫夏草はあの花神の使者と戦い、重傷を負ったとお聞きしましたが。」

虫茶「そうだよ! 酷い怪我だったんだから!」

チキンスープ「なら妾から聖主様にその件を報告し、その村を滅ぼしたほうがよろしいでしょうか?」

虫茶「それはダメッ!」

チキンスープ「え? 何故です?」

虫茶「そ、それは……その仇は、あたしが自分で討たないとだから!」

チキンスープ「……」

虫茶「……せ、聖女様?」

チキンスープ「ふふ、貴方という方は、本当に気が荒っぽいのですね。でも、確かにそうですね。その仇は自らの手で討たなければ、気が済まないでしょう。貴方たちは可愛い子ですから、聖主様もきっと貴方たちの暗い顔なんて見たくはないでしょうし。」

虫茶「え、えへへ……じゃあ聖女様、今回は……」

チキンスープ「わかりました。貴方たちに任せますわ。」

虫茶「ありがとうございます、聖女様!」

チキンスープ「それでは、冬虫夏草のところに連れて行ってくださいませんか? 酷い怪我をしているのでしょう?」

虫茶「はい、あたしについてきてください! お姉様!」

冬虫夏草の怪我を診に来たチキンスープはようやく帰っていった。隣でそろそろ笑顔が引きつりそうになっていた虫茶はやっとほっとして、長く息を吐き出して肩の力を抜いた。

虫茶「はぁ……疲れた……」

冬虫夏草「ゴホッ、ゴホゴホゴホ……」

虫茶「お兄ちゃん! まだお芝居しているなんて、疲れないの?」

冬虫夏草「……ゴホゴホゴホ……」

虫茶「……えっ、どうして血が? ピータン! 薬は?! お兄ちゃんの薬は?!」

ピータン「……」

冬虫夏草「バカ、ただの芝居だけで聖教の奴を騙せるとでも思ったのか? もういいから、あの件はどうだった?」

虫茶「うん! お兄ちゃんの言った通りに全部やったよ! あの噂はもう広がっているから、聖教にいる敵のやつらも多分あの村の状況をもう知っているんじゃないかな。」


物語り(贰)

虫草の日記

『あのバカ、ボクをここまで舐めるなんて。

本当は人間なんて嫌いだけど、でも今回は虫茶のためだ。

それに、神との約束は破らないほうがいい。

村民を全員アイツ自身の体内に寄生させるなんてどうかしている!

今やアイツは亡くなって、花神木も少しずつ枯れていっている。

幸い ボクが霊カの属性を変え、

その霊力で一旦は花神木の生気を保って何とか生かすことはできましたが。

ちっ、あのうるさい聖教の連中がまた来たのか。

このままだと、本当にあのバカに見くびられてしまいますね。

いろんな方法を試した結果、一番効くのはやはり花神木だった。

あの人たちの体内には、 既にボクの霊力によって改造された花神木の種が植えられている。

そしてその種はどんどんと成長していき、内側から生じた霊力は彼らに影響し、

ボクの眷属として生きるだろう。

さらに笑えるのが、その種はボクの霊力がなくても本能的にボクに好意を持ち、

ボクの指示に従ってくれることだ。

ふん、そんなものが体内にあってもなお、 あの人たちは本当に人間だと言えるんですかね。

うん……とりあえずそうしよう。

湖畔の小舎と竹煙の奴ら…… ボクを失望させてくれるなよ……

そうだ、あの種は食霊にも影響があるのかどうか、その実験もしてみよう。』


物語り(肆)

誰かの日記

花神暦百二十四年

碧空二十九日

最近、化け物たちが頻繁に現れるようになりました。

頑張って瘴気を祓ってはいますが、 全く追いつけません。

この土地はもうあの化け物たちに包囲されていると、花たちが教えてくれました。

そして今、とても強い力を持った化け物がこの村に来ました。

彼の力ならばあの化け物を倒すくらいは訳ないはずですが、どうやら行く気はなさそうです。

『人間のことなんかボクには関係ないですよね』

と、彼は言いました。

しかし……わたくしと人間は、関係があります。

全ての人間がとは言えませんが、少なくともわたくしは、

この地の人たちの願いから生まれた存在なのです。

結局、わたくしは一人で戦いに赴き、そして負けました。

最後に、わたくしは彼の怒鳴り声を、耳にしました。

花神暦百二十四年

梅雨三十日

わたくしは再び、目を覚ましました。

ベッドから起き上がり、 わたくしは今の状況を確認しました。

ふう……まだ人の姿をとることができるとは。

隣の机の上でうつ伏せになって寝ている彼を見て、

わたくしを救ったのはきっと彼だろうと思いました。

だって、彼は小鳥に対してもきちんと治療をする方ですから、

友達を見殺しにするわけがありません。

ですが……わたくしはこれから、彼を傷つけることをしてしまうかもしれません。

花神暦百二十四年

末芽四日

わたくしは瘴気にひどく侵されています。

あの化け物は、村民を全部殺しました。

ですからわたくしは、 自らの力で彼らに新しい命を与え、わたくしの眷属としました。

彼らはこれからも生き続けられます……

わたくしが生きている限りは……・

花神暦百二十四年

寒暮十四日

わたくしはおそらく、 もう長くは生きられないでしょう。

花たちが風で送ってきた便りによると、

あのタまでもあの者たちに捕えられたとのことです。

あんなに強いタでさえも、 あの者たちに敵わないなんて。

では、このわたくしは、 どうすれば皆を守れるのでしょう。

でも彼は、わたくしが知っている限りで一番強い方です。

そしてその強さは、カの強さではありません。

ですので一一わたくしの友よ、 本当に、申し訳ありません。

わたくしが持っている全てを、 貴方に渡したいと思います。

しかし、 一体どうすれば、人間を嫌う貴方がわたくしのために、

既に死んでいる村民たちを助けてくれるというのでしょうか……。

花神暦百ニ十四年

氷雪ニ十日

事前準備は全て終わりました。

わたくしは、 村の全員を眠らせました。

彼らが次に目覚めたときは、花神木が現れ、

そして使者が来たということだけを覚えているようになります。

『その症状を和らげるには、 わたくしの核を飲み込むしか方法はありません』

と、彼に言いました。

それを聞いた彼は怒りながら

『きっと他の方法があるはずだ』

と答えました。

わたくしは、手加減せずに彼を攻撃しました。

神の力はやはり強大で、 彼は全力でわたくしと戦うために、

自らの仲間まで呼び出しました。

彼の仲間は無口ですが、なかなかに手強い相手でした。

わたくしは最後に、自らの核のもとに誓約をしました。

核の力を使った者は、必ず村民を全員守らなければなりません。

もしそれを守らなかった場合は、核の力に飲み込まれ、 花神木となって永遠に動けなくなります。

でも、実のところ、 それは嘘です。

あの邪教の者たちは流石に強すぎると、 花たちが教えてくださいました。

わたくしは、 彼を傷つけることなど勿論したくはありません。

ただ嘘をついて、彼を少しだけ頑張らせたかったのです。

もしそれで、本当に村民たちが救われるならばいいと……

ただ、 そう思ったのです。

これはわたくしの運命であり、彼が背負うべきものではありません。

彼は決して、そのことを怒らないと知っていま



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    • リリース日:2018年10月11日
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    • リリース日:2018年10月11日
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