ピータン・エピソード
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ピータンのエピソード
元々の御侍は光耀大陸の四神の一人である玄武が転生した人間である。一番最初に光耀大陸を統一した者でもある。彼はピータンだけを信用しており、没後もなおピータンと一緒にいたい一心で自分と共に彼を墓(棺ではありません。皇帝陵の中。地下陵墓、結構広い場所。)に閉じ込めた。しかし、食霊はそもそも不死身である。ピータンはひとり、真っ暗な墓の中で何百年という時間をただ一人で絶望の中生き抜いた。その経験によって、彼の心は崩壊してしまった。そんな彼を救い出したのは、たまたま墓に侵入した冬虫夏草によって救われる。心は閉ざしたままではあるが、冬虫夏草を自分の光だと信じ、追従している。
Ⅰ.闇
果てしない暗闇。
暗闇以外何も感じない。
両目が開いている感覚はあるが、目の前に広がるのは何も変わらない暗闇だけ。
両手を動かした時に聞こえてくる鎖の音だけが、「僕がまだ存在している」ということを教えてくれる。
しかし……
僕は誰だ……
僕は……どうしてここにいるのか……
いつになったらここから離れられるのか……
数えきれない程の疑問が脳内で渦巻いている。身体は疲労すら感じ取れない程に麻痺していた。絶えず考えることでした、「自分が存在している」ことを感じられない。
再び目を開けても、目の前は何の変化も起きていない。
相変わらず暗闇しかない。
僕は本当に……生きているのだろうか……
今辛うじて感じている全ては、自分の憶測でしかないのだろうか?
僕はどこから来たのか?
そうだ……どこから来たのかを、考えれば良い……
しかし……僕は、どこから来たのだろうか……
ジャラジャラ――
これは……手首に繋がれた鎖の音……
本当に音が聞こえているのか……?
「あーー」
声を出してみた。だけどこれは自分が発した声なのか、それとも想像の中で発した声なのか、確認出来ない。
手首を動かしてみたけれど、両手は麻痺していて、何も感じない。
本当に……動かせる両手はそこにあるのか?
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。僕は、自分が本当に存在していたのか、疑い始めた……
お願いだ……
誰でも良い……
お願いだ……
この暗闇から連れ出してください……
お願いします……
Ⅱ.光
ポンッ――
後頭部に感じた痛みで僕は我に返って、冬虫夏草(とうちゅうかそう)と虫茶の方を見た。
虫茶は首をすくめ、両手を合わせると僕に向かって……これは……多分だが、申し訳ないという表情だろう。
「ごめんごめん、冬虫夏草に投げようとしたんだ!ピータン大丈夫?」
僕は、衝撃の原因である地面に落ちた柔らかい枕を見た。
……彼女はどうしてこんな物で僕が傷つくと思ったのだろうか?
「大丈夫です」
彼女の問いかけに対して正直に答え、疑問を口にすることはなかった。
二人はすぐにまたじゃれ合いを始めた。これは家族同士のおふざけであると、相手を傷つけたりはしない愛情表現の一つであると、以前虫茶が教えてくれた。
彼らが相手を傷つけない程度に手加減していることを確認し、僕は大きいとは言えないあばら家を出て、玄関前の階段に静かに座った。
過去の経験を踏まえ、彼らの「おふざけ」はまだまだ続くだろうと判断したからだ。
顔を上げると、既に空は暗くなっていた。
今日は雲一つない晴天だ。
夜の空であっても、あの時ほどは暗くはない。
――今の空には、星が点々と輝いていて、丸い月も懸かっている。
夜空を見上げる。
僕はいつも長時間ボーっと空を見ていると、虫茶は言っていた。
しかし、そこまで長いとは思わない。
少なくともあの暗闇の中にいた時間と比べれば……どうやったって短い。
「虫茶!!!」
叫び声が聞こえてきた。冬虫夏草は滅多に声を荒らげたりしない。
本能的に立ち上がり、気がつくと僕はもうあばらやの中に戻っていた。
彼は細い腕で倒れた虫茶を抱き上げていた。木がツタのようにゆっくりと彼女のふくらはぎを覆っていく、それに伴い彼女は胸を押さえたまま呻き声を上げていた。
冬虫夏草を見ると、心配しているという表情を浮かべていた……
まだ取り乱している彼を横目に、僕は虫茶が嫌いな薬を持ってきて、彼女の口に近づけた。
この時の彼女はいつものように生臭い刺激臭のする薬を、理由を付けては拒否するようなことはしなかった。
彼女の顔色は、いつも以上に青白い。
普段元気な彼女は両目をきつく閉じ、寝台の上で弱っていた……とても苦しそうに見えた。
Ⅲ.酒
冬虫夏草は滅多に酒を飲まない。
酒を飲むと、正気ではいられなくなる。いつ襲ってくるかわからない敵にも、いつ悪化するかわからない病状にも、すぐ対応できなくなるから。
しかし、毎回虫茶の病状が悪化した時、彼はかえって思い切って飲むことが出来るのだ。
――何故なら、状況はこれ以上悪化することはないから。
そういう時、彼は酒壺を取り出しては自分の憂いをどうにか流そうとする。しかしそういう時ですら、彼はほろ酔い程度にしか飲まない。
酒を飲んでいる時の彼は、外見からは想像できない豪快さが垣間見える。
彼は酒に強い訳ではない。だからこそ、彼は酒を使って自分を麻痺させるのだ。
二、三杯飲んだだけで、彼の頬は赤く色づいた。いつもの彼よりよっぽど顔色が良い。
冬虫夏草は酒壺を持ち上げて僕の顔に押し付けた。冷たい感触に思わず振り返る。
「飲む?」
僕が答えるより前に、彼は渡そうとした杯を戻し、自嘲気味に笑った。
「忘れていたよ、君はボクに付き合ってくれないって」
酒が彼の首筋を伝って流れていく。彼は酒壺を置くと、両手を頭の後ろに置いて霧に隠れてぼんやりとしている月を見上げた。
「故郷の月が一番丸いって、彼らは言っていた。でもどうしてだろう、ボクはもうあの頃の月がどんな形をしていたか、思い出せないよ……」
冬虫夏草は酒を飲むと饒舌になる。最初は必ず虫茶の子どもの頃の様子をブツブツと語る。
彼曰く、かつての虫茶は優しくて可愛い、そして臆病な女の子らしい。今とは大違いだ。
彼はいつも僕の隣で様々な事を呟く。僕が彼に過去の事を聞かないからだろうか。
しばらく話すと、空を見てぼんやりし始める。
彼は他人の答えを欲している訳ではない。ただ話を聞いてくれる人が欲しいだけだ。
虫茶の前で弱い一面を見せる訳にはいかないし、あの所謂聖教とやらの前で弱点を見せる訳にもいかない。
この短い間だけは、彼の目の奥底にある……虫茶が言っていた彼の優しさを見ることが出来た。
彼は思いもしないだろう、僕たちの関係は彼が想像している以上に悪いのだと。
「ピータン……知ってる?お兄ちゃんは昔……とっても優しかったの」
「想像できる?昔は髪がとても長くて……地面に届くぐらい長かったわ。綺麗に結ばないと、すぐ自分の髪に足を取られてしまうの……どんくさくて笑えるわ……」
「彼はいつもニコニコしていた。今みたいな笑顔じゃないわ……そうね、冬の太陽みたいなあたたかい笑顔かしら。ちょっとバカっぽいけど……フフッ、あたししか見たことがないんだからね!アンタには見せたことのない顔よ!」
「でもあたしのせいで……もうあんな風に笑わなくなった……」
「全部あたしのせいだなんて言わないわ!全部あの悪人共のせいよ!でももう彼にこれ以上心配して欲しくないの」
「あたしが、薬が苦いから飲みたくないって、わがままな子になれば……そうすれば……彼の薬が……実はもうあたしには効かないって……バレずに済むかしら……」
「あっ……この事は絶対彼には言わないでよ……ていうか、アンタはあたしが彼の傍で、彼に迷惑を掛けるのはイヤなんでしょ?むしろ……あたしが早く死ねばいいってすら思ってるんじゃないの?」
「悪人め、思い通りになんてさせないわ。大人しそうに見えて、裏でこんな悪い事を考えているなんてお兄ちゃんは知らないんでしょうね。フフッ」
笑う虫茶を見て、僕は自分の指を擦った。
僕の小さな動きは、目ざとい少女に見られていた。
「やっぱりそうだったのね……でもあたしはアンタの考えをお兄ちゃんに言ったりしないわ」
「……」
「お兄ちゃんが信じるって決めた人であれば、例えあたしにどれだけ悪意を持っていたって、そんなのどうでも良いわ」
「……どうしてですか?」
「わあ!初めて答えてくれた!」
「……」
「……あの虫唾が走る場所を出た日から、お兄ちゃんは自分を捨てた、もう二度と人を信じなくなった。だけどあたしに教えてはくれない色んな事を、アンタには教えた。だから、もし彼に残った最後の自我が無くなるようなことがあれば、例え地獄であってもあたしはアンタを道連れにする。永遠に、永遠に光が差さない牢獄に閉じ込めてやるわ」
Ⅳ.利刃
あの地宮から出たばかりの頃、僕は確かに命令に従うだけの人形に過ぎなかった……
今、冬虫夏草の知らない所で、僕は少しずつ食霊として、一個体として持つべき「感情」とやらを取り戻していた。
自分が正常でないことは知っている。
深淵のような暗闇を見た時に湧き上がる、全ての者を壊したい程に狂った感情は、本来あってはいけないものだ。
暗闇の中で見つけた光が僕を冷静にした。しかし正常な思考回路を持たない僕は、ただ本能的に痩せ細ったその青年の指示を聞くことしか出来ない。
地宮から出た後、僕は長い時間を掛けて、ようやく言葉を取り戻した。
脳内に広がっていた混沌の霧は少しずつ薄れていき、目の前の世界が色づき始めた。
あの光はこの世界の中で最も輝いている存在だ。しかし、もしいつかこの光すら暗闇に覆われてしまうのではないかと考えると、また狂った感情が脳内に甦る。
こういう時、僕の両手を制御しようとする別の意識があると、何かをしでかしてしまうのではないかと、感じてしまう。
感情を制御するのは本当に難しい。
この光の傍には、いつも灰色の光があった。それは灰色を彼にもなすりつけようとしていた……
同じ光ではあるが……なんだか……目障りに感じる……
彼が僕たちの誓いを裏切った時、僕の世界の中にある光は再び消えてしまうのではないかと、僕は幾度となく考えた。
僕の世界はまた抜け出せない暗闇に戻ってしまうのではないか?
彼があの人のように僕を裏切る前に……僕が先に彼を裏切った方が良いんじゃないか?
月明かりの下、彼は寝台の上でぐっすりと眠っていた。
鉤爪の先には毒がある、食霊であっても耐えられない。
ゆっくりと彼の傍に近づく、彼は眠ったまま、気付かない。
しかし突然、軽やかな声が部屋の中で響いた。
「主を失った凶器に、存在価値はあるのか?それとも、あの果てしない暗闇に戻りたいのか?」
僕の手は彼の首筋に辿り着く寸前で止まった。僕が部屋を出ても、彼は目を開けなかった。
彼の言う通りだ。
「主の凶器になること」、これこそが僕の存在価値だ。
彼が僕たちの誓いを裏切らないのなら、僕は彼の決して壊れない利刃となろう。
もう一度だけ、信じてみることにした。
Ⅴ.ピータン
「猫耳麺(ねこみみめん)、人参は?」
「人参さまはまだ法陣の中です」
少年は鼻先を掻いてからため息をついた。
「どうしてため息をついているのですか?」
「はぁ……今回も見つからなかった……」
「……あれは……野史ですよ。真実かどうかわかりません。気にすることはありませんよ」
猫耳麺に慰められて少年は頷いたが、やはり落ち込んだままだった。
しかし、いつも元気な少年はすぐに立ち直り、拳を握りしめて自分を奮い立たせた。
「でも、進展はあったぜ!リュウセイベーコンの提灯が歴史を映し出したんだ!玄武帝が本当に存在していたっていうな!」
「えっ!」
「この前人参がくれた情報を元に、あの時代の諸侯の墓を見つけたんだ。そこには彼が玄武帝に仕えていた時に使っていた宝剣があった!」
「すぐに人参さまに報告してきます!」
猫耳麺が走って行くのを見送って、八宝飯(はっぽうはん)はため息をついた。
突然、怪しげな小さな人影が彼の背中に飛びついた。
「八ー宝ー飯ー!」
「うわっ!!!!!」
「シシシッ」
「……腐乳(ふにゅう)あんたかよ。ビックリした」
「どうしたの?また玄武帝の古墳探してるの?」
「そうだぜ」
「玄武帝のお墓には金目の物がいっぱいあるの?どうしてそんなに執着してるの?」
「……いや、探したい人がいるんだ。史料にしか載っていない人」
「うん?」
むかしむかし、光耀大陸がまだ光耀大陸という名がなかった頃。
その頃の人間は極端の混乱と無秩序の中、お互いに殺し合って土地を奪い合った。
ある時、偉大なる帝王が現れた。彼は全ての帝王が持つべき長所を持っているが……全ての帝王にあるべき欠点も持っていた。
彼は強大で、果断で、確固として揺るがない。
彼は凶暴で、独裁的で、冷酷で残忍だった。
彼は生まれつきの帝王であり、天は彼に二人の神使を授けた。一人の名は「光」、もう一人の名は「闇」。
その帝王は人の上に君臨しているが、誰も信じることが出来なかった。虚空の中から彼のために生まれた光すら信じられない。
同じく虚空の中から生まれた寡黙な闇は、彼が唯一信頼出来る相手だった。
伝承によると、彼は数え切れない程の人を犠牲にし、光耀大陸全体を守れる巨大な陣を作り上げ、彼自身でさえも陣の礎とした。
伝承によると、彼は誰も信じていなかったから、誰一人として彼の本当の陵墓がどこにあるかを知らない。
伝承によると、彼は唯一信頼出来る相手を自分の陵墓に閉じ込めた。天からの使者は不老不死であるため、こうすれば彼が復活した暁、すぐに最も鋭利な刃と最も信頼出来る友を手に入れることが出来るのだ。
「玄武帝は本当に凄い人物だ……賛否両論あるが、彼の功績だけは否定することは出来ない。彼がいなかったら、この光耀大陸は今以上の堕神に悩まされることになっただろうな」
「じゃあ、なんで眉間に皺を寄せてんの?」
八宝飯は怪しげな少女の頭を撫で、物寂しい表情をした。
「あんたには理解できないかもしれない。光が差さない場所にずっと居続けることがどれだけ絶望的なのかをな。オイラたちの予想通りなら……所謂天からの使者っていうのは、玄武帝が召喚した食霊かもしれない……」
「えっ!つまり!あの食霊は!」
「そうだ……彼は陵墓の中、ひとりで主を見つめたまま、孤独に数千年を過ごしてきた……例えどれだけの感情を持っていたとしても、この数千年で変質してしまって、とっくに崩壊しているだろう」
「……かわいそう!!!!!」
「そうだな……可哀想だ……だから、例え玄武帝の陵墓にお宝がなくても、オイラはきっと彼を救い出してみせる!オイラたち食霊がこんな結末を迎えてはいけないんだ!」
光耀大陸辺境の林の中、小さなあばら家に夕陽が降り注ぎ、あたたかい橙色になっていた。あばら家の中から聞こえてくるのは、二人の若者が言い争う声。
若い護衛は静かにあばら家の外に座っていた。彼は空を見上げたままビクともしない。何をそんなに見入っているのか、誰にもわからない。
かつて、彼は普通の人間にはない威厳をもつ若い男に忠誠を誓っていた。
彼は、その男が思い描く遠大な未来図に憧れた。
彼は、自分はいつまでもその若い男に付き従うと思っていた。
しかし……
結局、永遠なんてなかった。
あの日、笑いながら棺に横たわる男を見た時、彼は既に別の仲間によって改造された鎖に縛られていた。
巨大な陣法が彼の力を吸い取ってしまったため、彼にはこの暗闇しかない地宮を離れる術はなかった。
――何故僕を信じてくれなかったのですか。
――あなた様は言っていた、僕を一番信頼していると……
――何故僕を信じてくれなかったのですか。何故僕を騙したのですか。何故……僕はあなた様のためなら全てを捧げると、信じてくれなかったのですか?
――何故……
――何故僕をここに閉じ込めたまま、何も答えてくれないのですか……
――何故……僕を捨てるのですか……
彼は傍に座った青年の手からお酒を取って、一口飲んだ。
「……冬虫夏草、あなた様は誓いを果たしてくれますか?」
「どうしたの?」
背後に隠した鉤爪を動かしても、まどろんでいる青年は気付かない。
「誓ってください。僕を決して見捨てないと」
「フフ、虫茶が君のことをバカって言ってたのは、本当だったみたいだね」
「……」
「約束しただろう。君がボクのために全てを捧げてくれるなら、ボクは君を一生見捨てたりしない。わざわざ使い勝手の良い刃を捨てたりしないだろ、バーカ」
「はい、主」
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