黒トリュフ・エピソード
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黒トリュフのエピソード
黒トリュフはいつも他人の感情をもてあそんでいる。
彼女にとっては、慕情こそが最高の食料。
彼女の美しい外見を見ると人は皆いつも接近しようとしてくるが、その気まぐれな性格と邪悪な身体的特徴のせいで、やがて人は皆離れたくなる。
一番の趣味は白トリュフをいじめること。
白トリュフの慌てっぷりや怒ってるところを見ると、心身共に満足する。
Ⅰ.歪み
雷雲七日、ペリゴール駐屯地ーーパトラン城。
黒い雲が荒れた波のように沸き立ち、雷の轟音が恐ろしい気配を醸し出す。
天候は神の気分に体現であると、人々はそう言った。神が愉快な時には晴れ、不快な時には雷。
もちろん、これらの言い伝えは単なる民間伝承の逸話、あるいは寓話のようなもので、子供たちの寝る前の読み物とされている。しかし、私はこれらが全て真実だと思っている。
ワタシは窓辺に立って、カーテンを両手で掴んでいた。カーテン上の接合部から重荷に耐えられない音がする。雨水が窓の隙間から流れてきてワタシの服を濡らしたが、ワタシはそれに気づかなかった。
雷鳴が大きかったり小さかったりして、その間、ささやきが絶えず聞こえてくる。骨が蝕まれるような痛みの源を探そうとしても見つからない。体に起きた異変がワタシに示している。この痛みは幻覚ではないと。
「はぁ......はぁ......」
窓外の景色がぼやけて見える。
これで何度目よ?ワタシは自分にそう聞いた。鏡に映るワタシの顔は怖く、そして歪んでいた。
「黒トリュフ、しっかりして。」
ワタシは鏡に映る自分の姿を見ながらそう自分に告げる。
「絶対......そんな気持ち悪いものにはならない」
膨らみは手の甲に移動している、まるで皮膚の下に何かの生き物が動き回っているようだ。こういうことに、ワタシはもう慣れていた。
がらっと、掴んでいるカーテンはレールから引っ張り出された。ワタシは転んでしまった。体の痛みで一瞬だけ、精神の苦痛から逃げれられた。
思いは数年前のあの夜に戻った。
今日と同じく、豪雨と電閃雷鳴の日だった。
あの頃のワタシは、まだこの悪夢のような呪いに纏わりつかれていなかった。
Ⅱ.追査
蘇生十三日、イヴァカンスの森。
霊力で体を守る甲冑を作り、行く手を阻む枝を全て砕けるようにした。ワタシと血を分かち合った、親友のような黒犬・タロスと共に、果ての見えない密林の中を疾走する。
滝のような土砂降りの雨はあたり一帯を水没させ、時折雷の轟音が耳元で響く。見通しの悪い雨の中、ワタシは周囲を見回した。
今日の午後、御侍はある命令を請け負った。堕神を崇拝し、邪教の教義を信仰している信徒の一味を追跡する任務だ。普通の人間とは違い、彼らは堕神こそこの世界を浄化するために降臨した神の使いであると信じていたのだ。これだけならまだ可愛げがある、この広い世界に脳みそが腐っているバカが何人いたとしてもおかしくないもの。だけどそいつらは民を攫い、儀式の生贄にしようと計画しているという。
世界各国と料理御侍ギルドに喧嘩を売ったも同然。
任務地を言い渡された時の苛立ちを思い出して、ため息が出る。
「タロス、ワタシたちはこんなに頑張っているのに、どうしてこんなにバカしかいないのかしら?」
タロスが吠える、同意をしてくれたようだった。
「あいつらの頭がアナタの半分賢ければ良いのに」
口を尖らせて、そっとタロスの頭を撫でた。
愚痴っていると、前方の森の奥から伝わってくる異様な霊力を感知した。まるで湖に石を投げ入れた時に起きる波紋のように、森の奥を中心に霊力の波動が広がってくる。絶え間なく降り続いている雨も、波動に影響され途切れ途切れになっていた。
(やっと見つけたわ!)
気を取り直し、先程までの憂いを全て投げ捨てた。
「タロス、みんなに伝えてきてちょうだい」
タロスに指示を出した後、ワタシは速度を上げて異様な霊力の源に向かって走った。
「問題を解決すれば、帰って休めるわ」
すぐに、ある洞窟の前に辿り着いた。けどやっぱり愚痴は止まらなかった。
「こんな夜中に、しかも大雨の中、女の子一人に探させるなんて、紳士の風上にも置けないかしら。身の程知らずの屑たち、全員消してあげるわ!」
Ⅲ.儀式
洞窟の入口にいた見張りの信徒たちを簡単に片づけた。ここに来たのが普通の軍人なら、もう少し手こずるのかもしれないけれど、食霊と人間の実力差があるもの。
一息ついて洞窟の中に進もうとした時、さっきまで感知していた霊力よりも数倍強い波動に当てられた。その瞬間、心臓を握られているような感覚を覚えた。口を大きく開いても、呼吸が出来なくなっていた。
イヤな予感がして、急いで倒れている信徒たちを跳び越えて洞窟の中へと進んだ。
進んでいくと、あの怪しい波動は絶え間なく襲い続けてきた、しかもどんどん強くなっているのがわかる。最終的に全部の霊力を使わないと耐えられない程に強力なものになっていた。普通の人間にこんな芸当が出来るとは思えない。
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばりながら波動がもたらす、恐怖、憤怒、焦燥、あらゆる負の感情に抗った。
(あいつらは一体何をしているの?!)
心の内が怒号となって口から出そうになっていた。ふと我に返り、自分の状態がおかしいことに気付く。あの怪しい波動の影響を強く受けているようだった。
やっと洞窟の奥にある石室までたどり着いた。キツく閉ざされた石門を壊し中に入ると、目の前には恐ろしい光景が広がっていた。
輪になって座っている信徒たちの鼻や口からは鮮血が流れ出ていた。亡くなってからかなり経っているように見える。人質として捕らわれていたであろう男女三人は、中央にある石の台の上に縛り付けられていた。何かによって血肉が吸い取られたのか、体は干からびて、皮しか残らない。
何が起きたのか理解出来なかったが、早くここから立ち去らなければならないと、脳内で警鐘が鳴り続けた。
(なんて惨い儀式!)
雑念をなんとか抑え、中央で形を変え続けているブラックホールのような物に目を向けた。それは黒い霧を周囲に発散させ続けている。底が見えず、一目見ただけで魂を吸い取られてしまいそうだった。
観察している途中、突然そのブラックホールは縮張を始め、最後に感じたものよりも更に上回る強力な波動を打ち出そうとしていた。
突如どうしてかある事が脳内に浮かんだ。
(ナニかが出てくる)
Ⅳ.梦魇
これ以上ここに居てはいけない、そう思っていても体が動かない。
思い切って舌を噛んで、どうにかその痛みで意識を取り戻したり霊力を使い、信徒の周囲に意味ありげに配置されている器具を壊した。
何をしていたがわからないが、器具さえ壊せば儀式を中断することが出来る筈。
全てをやり遂げ、ワタシは念のため石門まで下がった。
幸い、器具が壊れたことでブラックホールは少しずつ縮小を始めたように見えた。
張り詰めていた糸が切れそうになっていた。
ほっと一息つこうとしたその時、ブラックホールがガバっと広がった。せっかく作り上げた通り道が消されるのを誰かが抗っているように見えた。
そして次の瞬間、広がったブラックホールは膨張することに耐えられなくなったのか、パッと空中に消えてしまった。まるでこの場には最初から何もなかったかのように。
しかし、ワタシは、広がったブラックホールの内部を、一目見てしまった。
たった一目だけ。
突如悪意が押し寄せ、そしてそれは瞬時にワタシの身体を支配した。
言い表せない奇妙な感覚が全身に走った。明らかに自分の身体に異変が起きたことがわかる。吐き気がする程大量の肉芽が手の甲に生まれ、そして引っ込んだ。肉芽は数え切れない程の突起となり、いつでも突き破って出てくるかのように蠢いていたり
手の平を見るとそこには目があった。眼球は気持ち悪い程にキョロキョロと動き、ワタシと目が合った。吐き気を催したのも束の間、目は何かの刺激を受けたのか突然見開き、次の瞬間眼球の変わりに歯と舌が現れた。口のようにパクパクさせ、裂けめはどんどん広がって行った。手全体に広がった後、それはまた突如消えてしまった。
視界がぼやける。
新しい意識が脳に入り込んでくるのを感じる、ワタシの精神が蝕まれている。
誰かによってのどを強く絞められ、呼吸がままならない。
叫びたくても、声が出ない。
意識が朦朧となり、完全に消える前、タロスの声が聞こえた……
「姉さん?!」
「姉さん!」
「姉さん!!!」
暗闇の中、声が遠ざかったり近づいたりして、最終的にワタシの耳元に落ち着いた。
目を開けると、良く知っている顔が見えた、彼女はなんだか心配そうな表情を浮かべていた。
(あぁ……また過去を思い出していたのかしら……)
徐々に意識がはっきりして、自分の身に起きたことを思い出した。痛みのせいでまた思い出に浸っていたのだろうか。
「大丈夫だわ」
白トリュフの手を握って、慰める。
「それなら、良かったです」
彼女はワタシの声を聞いて、一瞬動きが止まったけれど、すぐに笑顔を浮かべたり
思い出の中の情景と重なる。
あの時の白トリュフもこうだった。
動揺して、心配していた。
違うのは……
あの時の彼女の両目は、まだ光が宿っていた。
Ⅴ.黒トリュフ
ペリゴール駐屯地――パトラン城、試験区。
淡い青色の液体が入ったガラス瓶が、白トリュフの手によって空中に浮かんでいた。
「姉さん、飲んでください」
黒トリュフはそれを受け取ってわ飲み干した。口元を拭い、何かを思い出したのか険しい顔で口を開いた。
「苦労をかけたわ」
白トリュフは空瓶を受け取って、頭を横に振る。
「大したことではないですよ」
黒トリュフは躊躇いながらも、更に言葉を続けた。
「ワタシが言っているのは……目の事よ……」
白トリュフは呆気に取られたがわすぐにいつも通りに戻った。
「それについても、大したことではないですよ」
黒トリュフは黙り込んだ。
姉の異変に気付いたのか、白トリュフは語り掛けた。
「真理と神を直視するのなら、それ相応の対価を支払わなければなりません」
「古来より、神を直視してはならないと言われてきていますよ」
黒トリュフは頭を横に振り、妹の気持ちを汲み、話題を変えようとした。
「そう言えば、学生を募集する話はどうなったからしら?進んでいるの?」
「ええ……とある食霊が適役かと」
「誰?」
「ワッフル」
神恩理会聖堂書籍塔、地下五階。
秘密保持等級零級、七十二号、堕神生態調査記録第三部(下)
報告人:神恩理会(ハンター)――デュン・グロス
閲覧者:神恩理会(聖女)、神恩軍(軍団長)――ドーナツ
堕神関連異常事態まとめ――事件[五]
年号省略、日付:蘇生十三日、区域:グルイラオ南部イヴァンカスの森
関連食霊:黒トリュフ
事件概要:
堕落した教徒が厄神級堕神を祀る儀式を行う。
儀式が破壊された事を確認。現場に混沌の気配が残留していた。
事件後、黒トリュフの身体に明らかな異変が生じた。
黒トリュフの伴生獣であるタロスに明らかな異変が生じたが、暴走する気配はない。
調査員に明らかな異変が生じた。完全に暴走し、火葬の許可が下りたため、全員殉職した。
理会研究部は、混沌の気配に原因があると判断した。
後処理は堕神特殊処理分署が行う手はずとなった。
許可のもと、堕神特殊処理分署は白トリュフを招いた。
報告は以上。詳しい記述は省略、参考資料として残すのみ。
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