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蘭浴の刻・ストーリー

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蘭浴の刻

プロローグ

真夏二十五日朝

墨閣


 蛍が舞う暑い夏、この日は晴れ渡って風が吹いていた。もうすぐ端午の節句がやってくる、川の上には龍船が浮かんでおり、町のあちこちから太鼓の音が聞こえてきて、実に賑やかだ。

 そんな日に、普段千客万来の墨閣の門は閉じられていた。


杏仁豆腐董糖姉さん、どうして今日は園を開かないんですか?何かあるんでしょうか?


 杏仁豆腐は目をパチパチしながら不思議そうに董糖を見ていた。董糖は思わず口角を上げ、秘密めいた微笑みを浮かべた。


董糖:杏仁ちゃん、今日は何の日か知ってる?

杏仁豆腐:うーん……端午の節句かなぁ……あっ!わかった!端午の節句はちまきを食べないといけません!

董糖:合ってるけれど、端午の節句はちまきだけじゃないよ。例えば竜船で競争したり、よもぎや菖蒲を家に掛けたり、蘭草のお風呂に入ったり、様々な行事があるよ。

杏仁豆腐:わあ!楽しそう!あの、私たちも町に遊びに行って良いんですか?

董糖:もちろん。園を閉めたのは、君たちをゆっくり休ませるためよ。


 話終え一拍置いた後、董糖は一つため息をついた。


董糖:特に菊酒は普段ずっと仕事に追われて休む日暇がない。最初は墨閣の事務を手伝うだけだったのに、今や外回りにしか興味がなくなって、自分の身体の事を顧みないし。

董糖:食霊の体にも限界はある。私と蓮の実姉さんが説得したから、のんびり過ごすために新しい衣装に着替えてくれた。

董糖:だから、今日は宴をやろうと思っているの。内容については――まだ内緒。

杏仁豆腐:わかりました!菊酒姉さんをちゃんと休ませないと!じゃあ……杏仁はみんなに美味しいちまきを作ってきます!

董糖:お疲れ様、みんなも手伝うよ。

杏仁豆腐:全然疲れないよ!みんなのために美味しい物を作ってあげるのは一番嬉しい事ですから!

董糖:(蓮姉さんの方は準備出来たのだろうか……)


 杏仁豆腐がスキップしながら厨房に向かったのを笑顔で見守った後、園の反対側を見た。


墨閣

一方


蓮の実スープ:それで……本当に覚えられましたか?

柿餅:ちゃんと覚えたぜ!蘭草を摘んでくるだけだろ、楽勝だ!俺らが必ず任務成功させるぜ!


 柿餅は自信たっぷりに自分の胸を叩くと、隣の臘八麺の背中も忘れずに叩いた。


臘八麺:あっはい、蓮の実姉さんご安心ください、絶対に間違えたりはしません。

蓮の実スープ:わかりました。では行ってらっしゃい、早く帰って来てくださいね。

柿餅:わかってる!じゃあ俺たちの凱旋を待っててくれーへへっ!


 話終えると、柿餅は大きく手を振りながら裏口に向かって歩いて行った。臘八麺も籠をしっかり背負って付いて行く。


1-2

真夏二十五日 朝

裏山の谷


臘八麺:兄弟子……蘭草は見た事ありますか?

柿餅:あー……葉っぱが緑で、花が黄色の奴だろ、何回も見た事あるぜ!

臘八麺:本当ですか?良かった、薬草は全然わからないので……

柿餅:心配すんな。おっ、もう着いたんじゃ?


 臘八面は柿餅の視線の先を見ると、前方の遠くない場所に小さな山谷があった。

山の上から清流が流れ、鳥のさえずりが響き、草花が群れ咲いていた。


臘八麺:こんなに美しい場所があったなんて……

柿餅:そうだな。しかし、草花が多過ぎるだろ、なぁ……蓮の実姉さんが言ってた事……覚えてるか?

臘八麺:蓮の実姉さんは『その葉は細長く青々としていて、花は薄黄色、淡い香りが遠くまで漂う』と言っていました。

柿餅:わかった!これじゃないか?


 柿餅は素早く足元の石の傍に生えていた草を摘み取り、臘八麺に見せた。


臘八麺:しかしその花の色は紫ですよ……

柿餅:じゃ、じゃああそこの奴は?花は黄色だぜ。

臘八麺:その葉は丸いですね…

柿餅:これは!

臘八麺:これは香りがしません……

柿餅:……

臘八麺:……


 二人は山谷を縦横無尽に歩き回ったが、何種類もの形が似ている草花を前で顔を見合わせた。

 短い沈黙の後、柿餅は我慢できずに声を上げた。


柿餅:いっそ全種類一束ずつ摘んで帰ろうぜ……

臘八麺:そ、そうですね……

重陽糕:そこのご両人、失礼を承知で言わせて頂く。お主らが持っているそれは人に幻を見せる毒草だ。

柿餅:えっ?!


 聞き覚えのない優しい女性の声が近くの茂みから聞こえて来て、それを聞いた柿餅はすぐに持っていた草を捨てた。二人は慌てて辺りを見回した。

 話していたのは緑の服を着た、両目の色が異なる白髪の女性。


重陽糕:すまない、ここを通る際、たまたまお主らの会話が聞こえて来たゆえ、邪魔をするつもりではなかった。

重陽糕:わしの予想が合っているなら、蘭草を探しているのではないだろうか。主らの足元の左側にあるのがそうだ。

柿餅:そうみたいだ!良かった、助かったぜ!

臘八麺:ありがとうございます……

重陽糕:礼には及びません。

柿餅:これで任務完了だ!へへっ、今回は流石の菊酒も何も言えないだろうな。


 重陽糕菊酒の名前を聞いて、動揺を見せた。


重陽糕:お主ら……菊酒と知り合いなのか?

柿餅:そうだ。彼女はいつも俺らの事を頼りないぅて……お嬢さんも彼女の事を知ってるのか?


───

……

菊酒はわしの旧友だ。

・お主らは彼女とどういった関係が……

・ちょうど彼女を訪ねようとしていた。

───


柿餅:なるほど!彼女は俺らと同じで墨閣の者だ。あんたを連れて行っても構わないぜ。

重陽糕:では宜しく頼む。わしの名は重陽糕。お主らをどう呼べば良いのだろうか?

柿餅:俺は柿餅、こいつは俺の弟弟子、臘八麺だ!そんなに畏まらないでくれ、礼を言うべきなのは俺らの方だ!


 重陽糕の助けもあって、二人はすぐに籠一杯の蘭草を摘む事が出来た。そして重陽糕と共に墨閣へと戻る事に。


1-4

真夏二十五日 正午

墨閣


 正午の日差しが降り注ぎ、木々の合間からセミの鳴き声が聞こえてくる。自室から出た菊酒は、董糖が庭園の木の傍で何かを編んでいるのを見かけた。


菊酒董糖?どうして君一人しかいないんだ……他の者は?

董糖:皆は今宵の宴の準備をしている、まさか忘れていないでしょうね?

菊酒:忘れてないよ、皆忙しくしているのなら……私は町に行ってお酒でも買って来ようか。

董糖:わかった、でも早く帰るように。


 董糖はのんびりと話しながら、手元は引き続き色彩豊かな糸を手繰り寄せて何かを編んでいた。


真夏二十五日 正午


 菊酒は町に来ていた。出店には蘭草で編んだ、活き活きとした虎の置物を売っていた。川の方からは太鼓の音が響いて来た、賑やかだが心地の良い音だった。

 菊酒も太鼓の音に連れられ気持ちが高ぶった。酒屋でお酒を買った後、彼女はゆったりとした足取りで帰路に着いた。

 この時、菊酒の背後から明るい声が聞こえて来た。


焼き小籠包菊酒!き、奇遇ですね!

菊酒:君か。


 菊酒は足を止めた。綺麗な化粧箱を持った少女が、遠くない場所から走って来るのが見えた。


焼き小籠包:お、お酒を買いに来たんですか。

菊酒:あぁ、少し買った。君はどこに行くつもりなんだ?手伝おうか?

焼き小籠包:いえいえ!墨閣に品物を届けに行こうとしていた所です。これは董糖姉さんが注文した物なので、手が空いていたので自ら届けようかと。

菊酒:墨閣に行くのか?じゃあ、一緒に行こうか。

焼き小籠包:えっ……?

菊酒:今夜、宴をやるんだ、良かったら来ないか?

焼き小籠包:し、しかし……お邪魔では……


 焼き小籠包は言いながら俯いた。


───

……

・そんな事はない。

・気にする事はないよ。

・皆友人じゃない。

───


菊酒:それとも、他に何か予定でもあるのかな?

焼き小籠包:いいえ!今日は特に他の予定は……

菊酒:なら一緒に行きましょう。

焼き小籠包:はい……


 先日会ったばかりの菊酒に誘われるなど、思ってもいなかった焼き小籠包は、思わず顔を赤くした。そしてすぐに笑顔を浮かべた。


菊酒:店主に一言言わなくても大丈夫かな?

焼き小籠包:大丈夫です……今日はもう他に仕事はないので。

菊酒:それなら良い。あら?ごめん、歩くのが少し速かった?

焼き小籠包:あっ、いえ、そんな事はありません!


 気が付けば焼き小籠包の足は止まっていた。彼女は少し恥ずかしそうに顔を掻いて、すぐに菊酒の後を追った。


1-6

真夏二十五日 正午

墨閣


 菊酒焼き小籠包を連れて墨閣に戻った。ちょうど柿餅臘八麺が蘭草を片付けている所に出くわした。そして、董糖の傍には重陽糕がいて、二人は話し込んでいた。

 かつての親友が突然現れた事で、菊酒は驚いて少し固まってしまった。


菊酒重陽糕……?君はどうしてここに……

重陽糕:お帰りなさい。ご両人のおかげで、今日ここに来る事が出来た。


 蹲って蘭草を洗っていた柿餅は、自分の話題になっている事に気付き、振り返って叫んだ後、焼き小籠包の姿に気付いて目を光らせた。


柿餅:大したことないぜ!助け合いだ!待って、新しいお客さんか?初めまして!案内しようか?お金はいらないぜ!

焼き小籠包:初めまして!いえ……大丈夫です!

董糖:まず今やっている仕事を終わらせてからにしなさい。焼き小籠包こちらに、ご苦労様。

柿餅:えぇ……わかった、後でゆっくり話そうぜ!

菊酒:……馴れ馴れしいな、一体どういう事だ?


 菊酒は呆れて頭を抱えた。困惑した様子で隣りにいる重陽糕に話を聞いた。


───

……

・来る途中にたまたま出会っただけだ。

・成り行きでお主の知り合いに出会っただけだ。

・お互いに助け合っただけだ。

───


重陽糕:先日、隣町でお主の鞘が戻ったと感知したゆえ、祝いに来たのだ。ただ、お主がここまで変わるとは思いもしなかった。それは、良い事だ。

菊酒:なるほど……鞘なら確かに先日ある骨董屋から買い戻せた。しかし変化というのは……どういう事だ……?


 重陽糕は微笑んでお茶を一口のみ、その問いに答える事は無かった。


重陽糕:お主と同じく、わしも『記録者』という組織に加入した。

菊酒:まさか……君どこかの組織に属するとは。しかし組織の名前からして、君に合っているのだろう。

重陽糕:あぁ、多くの新しい友人に出会えた、多くの事を見てきた。お主は?どうしてここにいるんだ。

菊酒:そうだな……偶然……かな……


 二人は昔話に花を咲かせた。一方で焼き小籠包は化粧箱を董糖に渡していた。石机の上には色とりどりの糸が置いてあった。

 綺麗な糸は董糖の器用な手先に手繰られ、精巧な五色糸になって編まれていく。焼き小籠包は思わず声を掛けた。


焼き小籠包:わぁ!凄く綺麗!董糖姉さん、全て姉さんが編まれたのですか?これは一体……


 董糖は意味深の笑顔を浮かべた。


董糖:もうすぐわかるわ。しかし、貴方も菊酒と知り合いだったなんて。貴方も誘われたのでしょう?なら一緒に宴に参加して祝いましょう。

焼き小籠包:本当に良いんですか……ありがとうございます!


2-2

真夏二十五日 午後

墨閣


 気付けばもう午後、日差しも優しくなってきた。四人は依然として石机を囲っていた。爽やかな夏の風が吹いて、木の枝がさらさらと揺れていた。

 柿餅臘八麺はどこからかやって来て、彼女たちに声を掛けた。


柿餅:蓮の実姉さんが呼んでるぜ。

菊酒:どこに?

柿餅:知らない、俺らは伝言に来ただけだ。

董糖:まあ良い。そのにやけ顔は言うつもりがないのでしょう。皆さん行きましょう。

柿餅董糖姉さん、ひょっとして知ってるのか?


 皆が困惑した表情を浮かべている中、董糖だけは笑顔を浮かべていた。特に柿餅は、董糖を見てから、振り返って臘八麺を見ても、頭にはハテナしか浮かんでいなかった。


臘八麺:だからきっと董糖姉さんは知ってると言ったじゃないですか。


 董糖は三人を引き連れて裏山の方へと向かいつつも、振り返って柿餅らに向かって言い放った。


董糖:二人は絶対こちらに来ないように。

柿餅:なんで?俺何も知らないんだけど!

臘八麺:……


 臘八麺柿餅は離れていく董糖らの背中を見つめて、その場で顔を見合わせる事しか出来なかった。


真夏二十五日 午後

裏山の浴場


 二人は董糖に連れられていくつもの細い道を通り、ある静かな場所に辿り着いた。そこには東屋とそれに隣接した浴場があった。蓮の実スープは彼女たちの到着を待っていた。

 浴場の湯は蘭草やその他様々な薬草が浸されていたのか、淡い香りを漂わせていた。


重陽糕:これは……

焼き小籠包:綺麗な浴場だーーうーん、香りも良い!

菊酒:……

蓮の実スープ:端午の節句はまたの名を『浴蘭の日』と言うのはご存じですか?

重陽糕:聞いた事がある、人間らは蘭草の湯に浸かる風習があると。

蓮の実スープ:『蘭草は不幸を避ける効果があり、浴びる事で汚れも落とせる』と本に書かれてあります。端午の節句は邪気を払うのに最適な日があるため、この日に蘭草などの薬草を浸した湯に入ると最もその効果を発揮出来るそうです。

重陽糕:なるほど……

焼き小籠包:端午の節句にそんな風習があるんですね……

菊酒:しかしそれは人間の行事であって、私たちには関係はないだろう。

蓮の実スープ:その通りですが。食霊は人間より強いけれど、折角の機会ですので、皆さんの邪気や病を払おうと思いました。丁度先日菖蒲酒から湯に使える薬草を頂いたので。

蓮の実スープ:他の方はまだしも、菊酒、貴方は任務でいつも外を駆けずり回っているが、自分の体を大事にせず修行もこなしています。なので、今回はきちんと療養してください。

菊酒:でも私には……こんな事は必要ない……

董糖:私の考えではあるけれど、菊酒、修行している身として、身体がどれだけ大事かわかっているわね?

菊酒:私……

重陽糕:彼女らは正しい。菊酒、緩急をつけるのは大事な事だ。

焼き小籠包:そうですよ……菊酒は頑張って来たのですから……この機会にきちんと休みましょう!


 皆の言葉に、菊酒は思わず笑顔がこぼれた。


───

……

・ありがとう……

・わかった……これから気を付ける。

・どうするべきかわかったわ……

───


蓮の実スープ:それなら良かったです。湯が冷めない内に、湯帷子に着替えてください。


2-4

真夏二十五日 夕方

厨房


 厨房には、ある小さな姿が忙しなく動いていた。薪は轟々と燃え上がっており、煙突からもくもくと煙が出ていた。


杏仁豆腐:ここで塩を入れて……うぅ、唐辛子も入れた方がいいかな?

杏仁豆腐:こっちはあと三十分煮込まないと……あれ、匙はどこに?


 厨房の外には、暇そうな柿餅臘八麺がぶらついていた。


柿餅:なぁ、皆一体どこに行ったんだ、こそこそして。

臘八麺:私もわからないです……

柿餅:まさか俺らに隠れて美味しい物食べに行ったのか!

臘八麺董糖姉さんたちはそんな人ではないでしょう……

柿餅:帰ってきたら絶対問いただしてやる……おっ?良い匂いだーーちまきの匂いだ!

臘八麺:兄弟子?ちょ、ちょっと待ってください!


 臘八麺が反応する前に、柿餅はもう厨房に向かって走って行った。


しばらくして

厨房


 匂いを嗅ぎつけて厨房にやってきた柿餅は、机の上に置かれた熱々のちまきを見つけた。

 柿餅は一つ手に取り、すぐさま赤糸を外した。緑の葉に包まれていたキラキラと輝くもち米は、大層美味しそうに見えた。


柿餅:はむっ――!旨い!

臘八麺:兄弟子……

柿餅:おっ、あんたも一つ食べるか!


 忙しく食材を準備している杏仁豆腐は、乱入してきた二人に気付く事はなかった。

 切り終えた食材を持って、火加減を確認するために振り返った杏仁豆腐の視界に、向かいの机がチラッと映った。しかし、皿に盛りつけたちまきの数が減っていた事にはすぐに気付けなかった。

 その後すぐ、何かがおかしいと気付いた杏仁豆腐はお玉を置いて顔を上げると、むしゃむしゃとちまきを頬張る柿餅とそれを止めようとしている臘八麺が見えた。


杏仁豆腐:あぁ!私のちまき

柿餅:ヒクッ――杏仁ちゃんこんにちは、このちまき本当に美味しいぜ!ヒクッ!

杏仁豆腐柿餅兄さん!これはみんなのために作ったちまきなのに、なんで全部食べちゃったんですか!どうしよう……今から作ってももう間に合わないよ……

柿餅:うえっ……あはは――皆のために作ったのか……


───

お、俺は……

・ごめん!わざとじゃないんだ……

・つ、つい我慢できなくて……

・めちゃくちゃ良い匂いがしたから……

───


 柿餅は自分の『犯行現場』を見て、思わず頭を抱えた。


柿餅:じゃあ――新しいのを作ろう!臘八麺も協力してくれ!一緒にやれば絶対間に合う!

臘八麺:私も……?はぁ……じゃあ一緒に作りましょう。


三十分後


柿餅:塩味のちまきのが美味しい!菊酒たちは絶対塩味のが好きだぜ!

臘八麺:しかし、女性なら甘いちまきのがもっと好きだと思います。

柿餅:誰が言ったんだ、塩味のちまきには肉も卵の黄身も入ってるから、皆好きだろ!

臘八麺:しかしあんこの口当たりも良いですよ。

柿餅:甘いちまきはすぐ飽きる!

臘八麺:塩味のちまきも油っぽいですよ!


 杏仁豆腐は口喧嘩を始めた二人を見て、やむを得ずまたお玉を置いて仲裁に入った。


杏仁豆腐:あの……両方とも作れば良いと思います!

柿餅:イヤだ、甘いちまきには魂がない!

臘八麺:塩味のちまきこそおかしいですよ!

杏仁豆腐柿餅兄さん……臘八麺兄さん……喧嘩しないでください……

柿餅:弟弟子だからってこれは譲れねぇ!

臘八麺:……兄弟子こそ、譲歩しませんから!

杏仁豆腐:…………


 この時、料理を煮込んでいた鍋から『グツグツ』と大きな音が鳴り、その後鍋から大量の泡が出て、蓋が飛ばされ床に落ちた。喧嘩の声とその音と共に激しくなっていき、まるで厨房が爆発する勢いだった。

 めちゃくちゃになった厨房で、騒がしさに囲まれた杏仁豆腐は、思わず拳を握り締めて、大きく息を吸った――


杏仁豆腐:や!め!て!


 杏仁豆腐の鋭い叫び声が炸裂し、二人の耳を貫きその場に凍り付かせた。柿餅が握っていたもち米団子は『パタッ』と音を立てて床に落ちた。鍋が泡を吹く音以外、厨房は静かになった。

 『パンッ!』厨房の扉は大きな力によって閉められ、それと同時に柿餅臘八麺も大きな力によって厨房から追い出された。


柿餅:……

臘八麺:……


 その時裏山の浴場では……


焼き小籠包:この音……何かが爆発したの?

菊酒:……厨房から聞こえてきたようだけど。

董糖:安心して、杏仁ちゃんがいれば問題ない。


2-6

真夏二十五日 夕方

墨閣


 五人が裏山から帰ってきた後、董糖はいくつかの玉佩付きの腕輪を取り出し、笑顔で皆に配り始めた。

 異なる色の糸が一つに編まれて、美しい五色になっていた。玉佩は夕陽に照らされ光り輝いていた。


焼き小籠包:これは先程見た物ですね!董糖姉さんは腕輪を編んでいたのですね、綺麗!

董糖:これは『五彩糸』と呼ばれる。人間の伝承によると、この『五彩糸』は魔除け、厄除けそして長寿の効果があるそうよ。

董糖:良い意味が込められているので、皆に贈ろうと思ったの。玉佩も飾りとして付けさせて頂いたわ。つまらないものだけど、どうか受け取って。

董糖:ただ、今日新しい友人にも会えるとは思っていなかったので、慌てて二つ多めに作ったわ。気に入ってくださると良いのだけど。

焼き小籠包:そんな!ありがとうございます!董糖姉さんの五彩糸、気に入りました!

重陽糕:閣主様は本当に手先が器用だ。突然訪ねて来たにも拘らず、またこのような素敵な物を頂き、お礼を言わなければいけないのはわしの方だ。

董糖:気に入ってくださったのなら何より。お時間ある時、いつでもいらっしゃってください。

焼き小籠包:じゃあ董糖姉さん……この五彩糸の作り方を私に教えてくださいませんか?

董糖:もちろん良いわ。焼き小籠包は賢いから、きっとすぐに覚えられるわ。

焼き小籠包:ありがとうございます、董糖姉さん!


 五人が話していると、杏仁豆腐が走ってきた。


杏仁豆腐:みんなここにいたんですね、夕食の準備は出来てますよ!


 全員で東屋の方に向かった。柿餅と臘八面は料理を石机に並べていた、広い石机はすぐに美味しそうな料理でいっぱいになっていた。

 菊酒は忙しなく動き回って、手伝っている二人を見て、思わず笑い出した。


───

ねぇ、二人とも……

・いつからそんなかいがいしくなったんだ?

・何かの賭けに負けたのか?

・どうして自主的に手伝い始めたんだ?

───


柿餅:……

臘八麺:……

菊酒:どうしてそんな変な顔をしてるんだ、苦瓜でも食べたのか?

柿餅:……

臘八麺:……


菊酒√宝箱

真夏二十五日 夜

墨閣


 園内では多くの灯りが灯っていた、辺りは暖かい光に包まれていた。皆の笑い声と杯を交わす音が、夜色に響き渡った。

 重陽糕は酒が飲めないため、静かに他の者たちが楽しそうにしている姿を眺めていた。不意に夜風に当たっている菊酒を見かけて、彼女の元へと向かった。


重陽糕:本当に久しぶりだ。ずっと一匹狼だったお主を心配していたが、今これ程たくさんの仲間たちと楽しそうにしているのを見て、少し安心した。

菊酒:君も放浪生活は好きだろう?君も自分の生きる場所としたい事を見つけたみたいで、私も嬉しいよ。


 重陽糕が返事をする前に、柿餅臘八麺を引いてこちらに向かっているのが見えた。


柿餅重陽糕姉さん!あんたも陰陽眼の持ち主だと聞いたぜ、あんたと臘八麺どっちが強いか試して……

柿餅:うおっ?臘八麺、どうして俺を引っ張るんだ!お前が知りたかったんだろう……うっ……


 柿餅の話が終わる前に、臘八麺に口を塞がれ、引っ張られて行った。


菊酒:……彼らは無視すればいい。

重陽糕菊酒から少しお主の事を聞いた。わしの目は確かに未知の禍を見る事は出来るが、お主のような魂を見る事は出来ない。


 まだ近くにいた臘八麺はその話を聞いて、真面目に考え始めた。


臘八麺:未知の……禍……そ、それは占(卜)いでは!

重陽糕:……完全にそうとは言えないが、一部しか見えない。

臘八麺、で、では私の運命を卜ってくださいませんか!

重陽糕:それは……


 重陽糕は急に態度を変えて、期待した顔をして戻ってきた臘八麺を見て、どう返事して良いかわからなくなった。


臘八麺:で……では何を卜ったら良いか……考えてなかった……痛っ!兄弟子、どうして私を殴るんですか……

柿餅:さっきは俺に聞くなと言ってたのに、逆に自分で聞きにきてどうする。重陽糕姉さん俺の事も……痛っ!菊酒なんで叩くんだ!

菊酒臘八麺が酔ってるならまだしも、何故君も一緒に騒いでるんだ。


 菊酒はそう言いながら二人を追い払った。

 この場面を見た重陽糕は笑いを堪えきれなくなり、笑顔でじゃれ合う三人を見ていた。


菊酒臘八麺はもう寝たよ。彼は酔うとすぐああなる、気にしないで。柿餅はまたどっかに行ったみたいだ。


 しばらくして、『駆逐』に成功した菊酒重陽糕の傍に戻った。


重陽糕:あの鞘は持ち主の元に戻ったが、菊酒は既に本来の菊酒ではなくなっている――

重陽糕:――今の菊酒は、少しだけ陽気になった菊酒だ。


 重陽糕の話を聞いて、菊酒は少し固まったが、すぐに笑い出した。


重陽糕√宝箱

真夏二十五日 夜

墨閣


 園内では多くの灯りが灯っていた、辺りは暖かい光に包まれていた。皆の笑い声と杯を交わす音が、夜色に響き渡った。

 焼き小籠包は自分の剣に付いていたタッセルを外すと、丁寧に持って菊酒の傍に近づいた。


焼き小籠包菊酒……これは貴方のタッセルです……今お返しします。

菊酒:既に君の店でこの鞘を見つけたから、このタッセルは君にあげよう。元々お守りとして君にあげた物だから、回収する道理はない。

焼き小籠包:しかし……既に一度私の命を救ってくれました、だから……お返しした方が良いと思います。


 焼き小籠包は自分の手のひらに置いたタッセルを見て、優しい語り口で語った、まるで大切にしている自分の宝物の事を語るかの様に。


菊酒:彼は確かに君と縁があるという事でしょう。これからももし何かあれば、私たちに助けを求めに来ると良い。

焼き小籠包:では……もう一つの新しいタッセルを作って……菊酒に、お、贈ります……

菊酒:うん、期待してるね。

焼き小籠包:待っていてください!


 焼き小籠包は笑顔で顔を上げると、菊酒の隣に置かれた鞘を見た。


焼き小籠包:この鞘……

菊酒:どうかしたか。

焼き小籠包:いいえ、何もありません……


 焼き小籠包は首を横に振って、語り口はまた優しくなった。


焼き小籠包:あの頃、もしこの鞘とタッセルがなければ……恐らく私は今日まで生きる事は出来なかったでしょう……

焼き小籠包:そう言えば……まだ菊酒にきちんと礼をしていなかったですね。ありがとうございました、菊酒!命を助けてくださって、本当にありがとうございました。今後もし私が役に立てる事があれば、精一杯頑張らせて頂きます!

菊酒:私がすべき事をしたまでだ、そこまで感謝しなくても。実はあの時……君はもういないと思っていた。鞘があの店にあると知って、ついでに君の情報も聞こうと思ったのだが、まさか君があそこにいるとは。

菊酒:私は自分の鞘を取り戻したし、このタッセルも君の手元に戻った。

菊酒:だから、君が持っていると良い。

焼き小籠包:はい……わかりました……ありがとうございます……


 焼き小籠包はタッセルを握り締めると、そこから何か暖かな力を感じた。

 この時、柿餅はのっそりと近づいて来た。彼の身体に引っ付いている数匹のねこが焼き小籠包を見つめていた。彼女は思わず声を上げた。


柿餅:おっと、驚かせたか、悪い悪い!

焼き小籠包:いえ!可愛いねこちゃんですね!

柿餅:あの……焼き小籠包は南離印館の人って聞いたんだけど、ちょっと聞きたい事があって……遠い昔の法器の事は知らないか?

柿餅:俺の武器は師匠から貰った物だけど、俺ではそれの力を最大限発揮できないような気がして……


 焼き小籠包は真剣に考え始めた。骨董には精通していたが、流石に遥か昔の法器に触れた事はなかった。彼女は申し訳なさそうな顔で首を横に振った。


焼き小籠包:ごめんなさい、あまり詳しくありません。

柿餅:あぁ……大丈夫だ!新しい友人に知り合ったって事で!良かったらまた来いよ!

柿餅:おっ!二郎はあんたが好きみたいだぜ。


 焼き小籠包は優しく先程からずっと自分にすり寄っている子猫を撫でながら、尋ねた。


焼き小籠包:二郎?

柿餅:そうだ、こいつは二郎、干し魚が大好きだぜ。


 柿餅は言いながら、他の二匹のねこを焼き小籠包に見せた。


柿餅:こいつは太郎、二郎から干し魚を取るのが好きなんだ。

柿餅:こいつは小太郎、いつも他の奴らに敵わないんだ。


───


焼き小籠包:ぷっ、あはは。面白いですね!

柿餅:だろ〜、後何匹かは今寝てるから、今度紹介してやるぜ!

焼き小籠包:本当ですか?ありがとうございます――!


 隣の菊酒は静かにまた酒を一杯飲んだ。猫で盛り上がって、自分の事を忘れている二人を見て、笑顔を浮かべた。



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