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雪山に咲く「虹飴」・ストーリー

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作成者: ういっす
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雪山に咲く「虹飴」

イベント予告

メッセージ

あずき寒天

湯葉あんかけ

杏子飴

カウントダウンマンガ


イベントストーリー

プロローグ:捨てられた日

ナイフラスト

とある城下町の夜


杏子飴の御侍:生ハムメロン!お前は本当に『まとも』で良いな!アイツとは大違いだ!

生ハムメロン:いえ、そんな……。

杏子飴の御侍:これからはアイツの気持ち悪い咀嚼音とキレ症、それに体温にも悩まされずに済むわ!アイツが傍にいると冬は暖炉も意味なかったんだから!

杏子飴:……。


彼、杏子飴は街路に突っ立ってボーッと一つの家を見つめる。昨日追い出されたばかりの彼の家を。

その家には明かりがついていて、三人の人物の影が見える。彼の『元』御侍とその妻、そして先日召喚された、彼の後輩にあたる食霊。いや、『彼の代わり』として召喚された食霊。


杏子飴:(十年付き合った最期がこれか……)


暫く見つめてから家から目をそらし、街路を歩み始める。行く宛はない。


杏子飴:(仕方ないじゃないか。コレは僕の生命線だ。僕の『キレ症』は生まれつきだ)


心のなかで訴えるが彼の目は涙を蓄えている。嗚咽は心のなかで殺している。

顔を上げ、街灯に照らされた夜空の満月を見ながら歩く。美しい景色が心を癒やしてくれるのは人間も食霊も同じだ。


杏子飴:(今度暮らすなら人間のいない所で暮らそう。御侍とあんず飴を天秤にかけて飴を取った僕にはそれがふさわしい……)


ドンッ!


通行人と肩がぶつかった。前を見ずに歩いた為の不注意だ。

ぶつかった勢いで口の中のあんず飴を路上に落としてしまう。


hard luckなチンピラ:テメエこのクロガキャア!!どぉこ見て歩いてやがるんだゴオラァーー!!一発キアイ入れちゃるワ!

杏子飴:オイ……テェ〜メェ〜……。


第一話:虹飴とは?そして雪原へ

グルイラオ

ヒレイナ


夏の昼下がり。御侍は家の窓から神輿を担いでいる人々を見ている。地を焼く日差しに耐えながら担ぐ姿に感心を覚えた。

家の外から祭りの準備で賑わう人々の声が聞こえる。グルイラオの夏祭りが後一週間後に迫っているからだ。

今、テーブルを四人で囲んでいる。御侍、ライス湯葉の野菜春巻き厚揚げ豆腐だ。


湯葉の野菜春巻き:御侍様、よそ見していないで会議に集中して下さい。

御侍:ああ、ごめん。

厚揚げ豆腐:しっかりしてくれよな。呼び出したのは御侍の方なんだからさ。

厚揚げ豆腐:夏祭りの出し物のアイディアを独りで考えても良いアイディア出なかったから『何でも屋』の俺らを呼んだんだろ?切羽詰まってんならそれらしくしてくれよな。

御侍:うん、ごめん。でも沢山の人が神輿を担ぐ姿って見たくならない?『今は夏なんだなー』って気持ちになって。

ライスライスもです!

湯葉の野菜春巻き:風情を感じるのも一興だとは思いますが今はこちらに集中して下さい。お話はちゃんと耳に入ってましたか?

御侍:聞いてたよ。その幻の料理図鑑から選べって話だよね?


テーブルの真ん中に置かれた黒くて分厚い本を見て言う。


湯葉の野菜春巻き:その通りです。御侍様が『レアな料理が良い』と仰っていたからわざわざこんな重い本を持参したのです。

御侍:ありがとう。この本なら屋台の出し物として相応しい料理が見つかるかもね。

厚揚げ豆腐:しっかし、レアな上に屋台の出し物じゃないといけないって縛りきつくねぇ?焼きそば、綿あめかき氷……色々あるけど普通の屋台料理じゃレアじゃないんだろ?

御侍:そうだね。ただ夏祭りの屋台に出そうな食べ物じゃダメなんだ。滅多にない食べ物じゃないとお客さんは喜ばない。

湯葉の野菜春巻き:確かに、普通の焼きそばなんて他のお店でも出すでしょうしね。どこにでもある料理を出して、安さを売りにするのも商売方法の一つですが低価格競争はどこかで限界が来る物です。

湯葉の野菜春巻き:飲食系ビジネスは珍しくて美味しい料理を売りにする事が有力だと、私も考えます。

湯葉の野菜春巻き:(それに貴方様は屋台の売り上げよりお客様の笑顔を優先する人間ですから、尚更レア度に拘るのでしょう?人々の為なら危険な冒険も厭わない……私にとっての貴方の魅力です)


湯葉の野菜春巻きの話を聞きながら御侍は彼が持ってきた『幻の料理図鑑』のページをめくっていく。


御侍:幻のラーメン……違う。幻のスパゲティ……違う。幻の……。お、これは?


御侍のページをめくる手が止まる。


御侍:幻のあんず飴……『虹飴(にじあめ)』……?

湯葉の野菜春巻き:(フフ、貴方様ならそのページに辿り着くと思っていましたよ)


湯葉の野菜春巻きは御侍に図鑑を渡した時点で図鑑の中に今回の祭りの屋台の出し物として最も相応しい『幻の料理』がある事に気づいていた。

だが、それを御侍に教えていなかった。御侍がその料理の存在に気づけるか試したのだ。


湯葉の野菜春巻き:(その幻の料理図鑑の九割のページは私の捏造、架空の料理。よくぞ数ある偽の料理の中から本物の料理のページを見抜いてくれましたね。また一つ、料理御侍として必要な才能……『運を引き寄せる力』を示してくれて何よりです。)


御侍にバレない程度にほくそ笑む湯葉の野菜春巻き。その彼の顔を厚揚げ豆腐がジト目で見る。


厚揚げ豆腐:(春巻きの奴、ホント分けわかんねぇ事するよなぁ……。御侍から手紙来た二週間前から昨日までずっと部屋に籠もってまでよ)

御侍:ねぇ、この虹飴っていうのは??

湯葉の野菜春巻き:虹飴というのはナイフラスト極雪原、極雪山の頂上に存在する洞窟に眠る、天然記念食物に指定されているあんず飴です。何でも舐めているうちに百種類以上の味に変わるとか。

御侍:だから『虹』なんだね。

湯葉の野菜春巻き:ええ。虹飴がお気に召しましたか?

御侍:うん。夏の屋台料理とレアな料理、ちゃんと両方の要素があるからね。

湯葉の野菜春巻き:ですがその虹飴が眠る洞窟までの道のりで堕神の巣を通らなければならないので、闘いは避けられません。我々だけでは戦力不足でしょう。

湯葉の野菜春巻き:加えて、やはり場所が雪山ですから知識の無い者達だけでは遭難が確実かと。

御侍:そうか……君の知り合いにその雪山に詳しい人はいる?


『その言葉を待っていました』と言わんばかりに湯葉の野菜春巻きの口角が上がる。


湯葉の野菜春巻き:はい、一人だけ。名を「杏子飴(あんずあめ)」という食霊です。極雪山で一人小屋を建てて暮らしており、虹飴を求める雪山冒険者のサポーターを勤めている者です。

御侍:じゃあその食霊に道案内をお願いしようか。後、強い堕神が出るなら誰か他の強い食霊にも来てもらおう。

湯葉の野菜春巻き:いいえ、それは止めておいた方が賢明かと。杏子飴は多少引っ込み思案な男で、あまり複数で押し掛けると良い顔をしないと思われます。

湯葉の野菜春巻き:それに心配せずとも彼はあの雪山の案内人としてはプロフェッショナル。極雪山に住まう堕神との戦闘経験も豊富なので、杏子飴と我々がいれば充分攻略可能です。

御侍:へぇ、強い子なんだ?

湯葉の野菜春巻き:そりゃあもう……。

厚揚げ豆腐:……まあ、強いっちゃ強いけど……。


厚揚げ豆腐が困ったような表情を浮かべている。


湯葉の野菜春巻き杏子飴と最も親しい食霊で『湯葉あんかけ』という食霊がいます。……私とは腐れ縁のような男です。杏子飴は彼にしか心を開かないので先に彼と合流する必要があります。

御侍:わかった。色々手筈を整えるのにどれくらいかかりそうかな?

湯葉の野菜春巻き:二日頂ければ充分です。

御侍:じゃあお願いするよ。

湯葉の野菜春巻き:お任せあれ。


方針が整い、話し合いが終わった。湯葉の野菜春巻き厚揚げ豆腐がテーブルから立ち上がる。そして御侍の家の扉に手をかける。


湯葉の野菜春巻き:(私が今回御侍様にお見せする為だけに作った『幻の料理図鑑』の百の料理のうち十個は実在した料理。その中でも虹飴の入手難易度はトップクラスと言っても良い。御侍様、貴方様はくじ運が良いのだか悪いのだか)

湯葉の野菜春巻き:(ですが無事虹飴を入手できれば私の求める『ティアラ1の料理御侍』に近づける事間違いなしですよ。だからどうか……)

湯葉の野菜春巻き:私を失望させないで下さいね。


御侍からは今、扉に手をかける湯葉の野菜春巻きの背中姿しか見えず、彼の黒い微笑は見えない。距離もある為、彼の小声の独り言を聞き逃した。故に、彼の思惑等、知る由もない。


二日後

ナイフラストの港


御侍、ライス湯葉の野菜春巻き厚揚げ豆腐の四人は予定通り湯葉あんかけと合流した。


湯葉あんかけ:お初にお目にかかります御侍様。私は湯葉あんかけと申す者です。杏子飴と同じくナイフラストのギルドに所属し、極雪山の冒険者のサポートを主な仕事としております。


青年が右手で帽子を外し、左胸の前に回し、深々と腰を曲げ、お辞儀する。その姿はまさにボウ.アンド.スクレープ――つまり紳士のお辞儀だ。


御侍:あっ……ああ、はじめまして。

御侍:(礼儀正しい人だな)

湯葉の野菜春巻き:彼が唯一杏子飴とコンタクトを取れる者です。私達二人が彼を通して杏子飴に出会った時はどこか煙たがられたくらいですから。

湯葉あんかけ:いいえ、それは誤解ですよ、春巻き。杏子飴は他人嫌いなのではなく、あんず飴を食べる事にしか興味がないのです。お二人の会話よりあんず飴を食べる方が興味があったのでしょう。

厚揚げ豆腐:オマエにしては珍しく傷つくこと言うな……。

湯葉あんかけ杏子飴の事を良く知るからこそですよ。彼は自分の世界に入り込むタイプなので。他人に全く興味がないわけではないのでどうか誤解しないで上げて下さい。

湯葉あんかけ:そして……御侍様。彼に会うにあたって、一つだけお願いしたい事があります。『絶対に』彼の食事を邪魔しないで下さい。

御侍:え、どういう事?

湯葉の野菜春巻き:御侍様、それは私からもお願いします。

厚揚げ豆腐:お、俺も俺も。


三人が一斉に深刻な表情でお願いし始める。ライスと御侍だけが意味を理解できていないようだ。


湯葉あんかけ:彼は食事の邪魔をされると不機嫌になります。いや、不機嫌なんて言葉は生ぬるい。今は『恐ろしいことになる』とだけ申し上げておきましょう。


御侍:……。

ライス:……。


御侍が隣のライスの顔を見る。ライスも御侍の方に振り向く。そして同時に頸を傾げる。ライスの顔にも疑問符しか浮かんでいない。


湯葉あんかけ:先に皆様にこれを渡しておきましょう。


湯葉あんかけが手提げ鞄から一本のオレンジ色の缶を取り出した。


御侍:その缶は何?

湯葉あんかけ:これはホット.ユズ.ジュース。名前の通り、中身は温かい柚子ドリンクです。

湯葉あんかけ:一本飲めば二時間は極寒の地でも寒さに耐えられます。皆様一人につき五本お渡ししておきますね。


湯葉あんかけが四人に配り始める。

御侍は目的と杏子飴という食霊の事を先に意識しすぎてすっかり忘れていた、自分達がこれから極寒の地に向かうという事実を。


第二話:「水飴」の家

三時間後、ナイフラスト

極雪原、極雪山 中腹


五人組は足下に積もる雪を蹴り上げ、ゆっくり前に進む。

空からは柔らかい雪が優しく降り注いでいる。まだ豪雪と呼ぶ程強くなく、雪景色に美しさを感じるくらいの余裕はある。


ライス:うーっ、寒いです。

御侍:大丈夫かい?グルイラオが暑かっただけに余計寒く感じるね。

湯葉の野菜春巻き:一本で二時間持つという触れ込みは誤情報だったのでしょうか?御侍様、私の分のホット.ユズ.ジュースをお飲みになりますか?


湯葉の野菜春巻きが一本の缶を握りしめた自身の右手を右隣りの御侍に差し出す。


御侍:いいや、大丈夫だよ。ありがとう、湯葉の野菜春巻き


御侍が左手のひらを左隣りの湯葉の野菜春巻きに向けて、遠慮を示す。


湯葉の野菜春巻き:それでこそ貴方様です。


御侍の姿に我慢強さや頼もしさを感じたためか、湯葉の野菜春巻きは満足そうだ。

御侍に向けて伸ばした、缶を握る右腕を引っ込める。


湯葉あんかけ:皆さん見えますか?あれが杏子飴の家ですよ!


湯葉あんかけが前方を指さす。降る雪に目隠しされて見えにくいが、確かに家のような形の物がぼんやりと見える。

そのぼんやりした物にどんどん近づく。そしてはっきりと家の形をした物になった。……あくまで『家の形をした物』であって、本当に家か怪しい物体だったが……。


御侍:何これ?!水飴で作られた家??


屋根も玄関もある一軒家。ただし家全体が銀色にテカテカしていて、ヌルヌルしている。屋根の先端からつららのような水飴が地面に垂れそうになっている。


湯葉あんかけ杏子飴は水飴でできた家に住んでいるのですよ。幸いここは極寒の地ですから水飴が溶けることはありません。彼がこの地を住処に選んだ理由の一つですね。


言うと湯葉あんかけは玄関をくぐり、水飴でできた家の扉の前に立つ。


湯葉あんかけ:皆さん、この扉も水飴でできているので不用意に触れないで下さい。水飴でできていない箇所をノックするんです。ここ、扉真ん中から左に二十センチ。


玄関外で待機する四人に向かって言うと、湯葉あんかけは扉をノックした。

コンコン、という普通の扉と同じノック音が響いた。彼が今叩いた箇所だけ、水飴製ではなく木製なようだ。

ノックが響いてから一分して扉が開いた。


杏子飴:ペロペロ……ああ、来たんだね、湯葉あんかけ


この青年の声には脱力感がある。右手に握るあんず飴を咥えながら喋っているのにとても聞き取りやすい声だった。


湯葉あんかけ:ごきげんよう、杏子飴。手紙で話した通りです。

杏子飴:モグモグ……。あぁ……いらっしゃい。お上がり下さい。お茶の準備はしてあります。


杏子飴がモナカを持つ左手を扉の奥に向けて伸ばして、四人に向かって中に入るようジェスチャーする。四人は彼の支持に従って玄関をくぐった。

一人ずつ杏子飴の家に入っていく。御侍も足を進め、階段に足をかけた。次の瞬間、御侍の足下でヌチャッと音がした。

下を向くと足下に水飴の粘液がへばりついていた。どうやら階段まで水飴製なようだ。『気にしてられないな』と覚悟を決めて杏子飴の家の中に入っていく。


第三話:「七色の水飴」の氷柱を目指せ

極雪原、極雪山ふもと

杏子飴の家のリビング


杏子飴の家はリビングまで奇妙だった。水飴で出来た椅子、テーブル、フライパン、冷蔵庫。何もかもが水飴製なせいで、部屋全体がテカテカと艶があって、銀色に眩しい。


御侍:えっと……コレに座るの?


御侍が水飴細工の椅子を見て困惑する。


湯葉あんかけ:あー、いえ……。少々お待ちを。

湯葉あんかけ杏子飴!来客用の椅子がありましたでしょう?!

杏子飴:ペロペロ……ん?ああごめんごめん。だけどその椅子氷漬けだからベトベトしないよ?

湯葉あんかけ:いつも言っているでしょう!来客者は貴方と違って寒さに強くない。ホット.ユズ.ジュースがあるから良いものの……。

湯葉あんかけ:加えて、貴方だけが使う家具なら飴細工だろうが構いませんがお客様が使う家具は水飴製ではないまともな物を揃えて下さいともお願いしたはずです!

杏子飴:ペロペロ……ごめん、怒らないで。今度からそうするから……。


湯葉あんかけの厳しめなお叱りに杏子飴がビクリとして、少し涙目になる。


湯葉あんかけ:……分かってくれれば良いのです……。


湯葉あんかけがため息を一つこぼしてから疲れた表情で右手を頭に触れ、首を左右に振る。そして飴細工の椅子の座面に触れて感触を確かめる。


湯葉あんかけ:確かに、完全に凝固していて粘りつかないようですね。皆さん、申し訳ございませんが今回はこの椅子で我慢してください。


御侍が椅子に座る。湯葉の野菜春巻き厚揚げ豆腐ライス湯葉あんかけの言葉に従って席につく。


杏子飴:では皆さん、僕はキッチンからお茶を持ってきますね。


まだ少し目元が濡れたままの杏子飴は、リビング奥の暖簾をくぐって、闇の中に消えた。

そして3分もしないうちにリビングに戻ってきた。


杏子飴:モグモグ。お待たせしました。


無表情に、そして淡々とした声色で言う杏子飴は左手でお盆を持っている。お盆の上にあるのは……飴細工の皿、その上にあんず飴のモナカ、そして、割り箸の刺さった水色のあんず飴だ。


杏子飴:何味が良いとかありましたら言ってください。僕はブルーハワイが好物なのでそれでお出ししましたがオーソドックスなスモモからミカン、いちご、パイナップル、コーラ……何でも取り揃えてありますので。


御侍はお盆を見て硬直する。


御侍:えーっと、ごめん、普通のお茶か、せめて水貰っても良い??

杏子飴:ペロペロ……水ですか??


杏子飴の表情が驚きで満ちる。


杏子飴:お客様にあんな味のしない物をお出しする方が失礼かと思ってましたので、今お持ちしますね。


あんず飴をテーブルに並べてから、杏子飴は再び暖簾をくぐって闇の中に消えた。

そして、またものの数分で戻ってきた。彼の持つお盆の上には水の入った茶碗が置いてある。

杏子飴が五人の前に茶碗を並べ終えたのを湯葉あんかけは確認した。そして今回のミッションについて説明を始める。


湯葉あんかけ:今回の入手目的の料理『虹飴』はここ、極雪山の頂上にある『青洞窟(せいどうくつ)』で氷漬けにされている『七色水飴(なないろみずあめ)』を一般的なリンゴやブドウ等に絡める事で完成します。

湯葉あんかけ:七色水飴は虹色の氷柱を溶かす事で採取できます。くれぐれも七色水飴だけの状態で舐めないでくださいね。塩のような味しかしませんから。

湯葉あんかけ:この冒険で一番問題なのは道中に凶悪な堕神の巣が存在する事です。並みの実力者が彼らを倒して青洞窟に辿り着く事は困難です。

湯葉あんかけ:加えて、この山に済む堕神達は寒さへの耐性もあります。杏子飴以外、耐性を持たない私達が彼らと長期戦を繰り広げるのは圧倒的に不利です。寒さで体の動きが鈍っていきますからね。

湯葉あんかけ:最期にもう一つ忠告しておくことがあります。杏子飴に戦力面の期待をしないでください。彼はあくまで道案内役と考えて下さい。

御侍:え?彼は腕っぷしもあるって聞いてだけど?!

湯葉あんかけ:御侍様、確かに彼は強いですが彼の戦闘参加は最後の手段とお考え下さい。


御侍には意味がわからなかったが、話を進める為、その場だけの相槌を打った。


湯葉あんかけ:私は、御侍様とライスさんはこの家に残られて私達の帰りを待たれた方が良いと考えますが、如何でしょうか?

湯葉の野菜春巻き:待ってください湯葉あんかけ

湯葉の野菜春巻き:この危険な冒険も含めて、御侍様が祭りの屋台を成功させる為に必要な経験だと私は考えます。

湯葉の野菜春巻き:(御侍様をティアラ1の料理御侍へと導くためにわざわざこの冒険に招き入れたのです。余計な事は言わないで頂きたい)


湯葉の野菜春巻きは強い目力で湯葉あんかけにアイコンタクトを取った。同時に、湯葉あんかけ湯葉の野菜春巻きの目力と真剣な表情を見て、彼の思惑を察した。

長年の付き合いから、目を見ただけで彼の気持ちを理解できたのだ。

湯葉あんかけ湯葉の野菜春巻きのその『人を試すクセ』を良くないと考えている。だが今まで何度指摘しても直してくれないものだから無駄だと諦めていた。

とはいえ、絶縁したくなる程の嫌悪感ではなかった。品行方正な湯葉あんかけは、本来『人を試すような者』は大嫌いだが、義兄弟のような関係というのは不思議なもので、湯葉の野菜春巻きがどんな態度を見せても絶縁ギリギリの一線を越える事は無いのだ。腐れ縁というのは、切ろうと思っても切れない物だ。


湯葉あんかけ:……わかりました、御侍様、貴方様のお気持ちを確認させて下さい。

御侍:私は一緒に行きたいと思っているよ。湯葉の野菜春巻きの言うように、この家で待っているだけよりは良い経験ができると思うから。屋台を成功させる意味でも、料理御侍としての成長という意味でも。

ライスライスはおんじさまを助けたいです!

湯葉あんかけ:分かりました。私達食霊の傍から離れないでくださいね。


二時間後

極雪原、極雪山 中腹


杏子飴の家から出発し、山を登り始めてかれこれ二時間が過ぎた。

ホット.ユズ.ジュースを飲み続ける事である程度寒さに耐えうる事ができたので、体が凍えて動かない等という事にはまだなっていない。

しかし山頂に近づくに連れて雪足が強くなり、気づけば猛吹雪と化していた。


ライス:寒いです……。

御侍:大丈夫かいライス杏子飴、後どれくらいかかる?

杏子飴:この歩速ですと後一、二時間はかかりますね。それに間もなく堕神の巣に差し掛かります。


五人が寒気を感じ始めている中で、杏子飴だけが悠々と、そしてどこか余裕すら感じる無表情で御侍に告げる。


湯葉あんかけ:皆さん見てください。奴らです!!


敵は遠くにいる為、まだシルエット姿だ。だがその影の数は百を越える。無数の影が五人の方に突進してきている。そして――その姿を現した。


赤目六本脚の堕神:ギェギェギェギェギェーー!!


蜘蛛のような六本の脚、紅の一つ眼、鋭い鉤爪。堕神達の見た目に僅かな個体差はあれど、全て禍々しく、異形。


湯葉の野菜春巻き:これは数が多いですね。

湯葉あんかけ:御侍様、ライス様、私達のそばに……。


湯葉あんかけがコートを脱ぐ。コートはオーラを発し始め、向かってくる堕神達の方に向けてヒラヒラとはためき始める。現在風向きは向かい風の為、堕神達の方にはたむく訳がない。霊力で操っているのだろう。


湯葉の野菜春巻き:(カチャッ)


湯葉の野菜春巻きは銃を構える。


厚揚げ豆腐:(ガチャッ)


厚揚げ豆腐は大砲を構える。


杏子飴:(モグモグ)


杏子飴は飴を舐める。……あれ?


御侍:杏子飴?!

湯葉あんかけ:御侍様、先程申し上げたように彼に戦力面での期待をしないで下さい。……とはいえ……杏子飴!!

杏子飴:ペロペロ。わかってるよ……。


湯葉あんかけの叫びを合図に杏子飴が前方にダッシュする。一人だけ堕神の群れに向かって先行する。


赤目六本脚の堕神:ギェギェギェギェギェーー!!


二匹の堕神が杏子飴の体に爪と拳を振るう。だがその攻撃を杏子飴はジャンプで避ける。着地した瞬間に別の堕神三匹が爪を同時に振るうバック宙返りしながらそれも回避する。敵の背後に着地する。

堕神が攻撃。杏子飴が回避。堕神が攻撃。杏子飴が回避。堕神が攻撃。杏子飴が……。ひたすらこれを繰り返す。


杏子飴:ほっ!よっ!ふっ!!

赤目六本脚の堕神:ギェギェギェギェギェーー!!


ーーーー三分。

御侍がこの攻防を眺めて三分が過ぎた。


湯葉あんかけ杏子飴は撹乱役です。ああして堕神達の体力を奪ってくれているのですよ。彼ほど、この土地の堕神の整体に詳しい者はいませんから。

湯葉あんかけ:堕神達の攻撃のクセは全て見切っています。攻撃力を持たないのが弱点ですけどね……あの姿では。


良く見ると確かに杏子飴は回避しかしていない。だがその回避法は糸を通すようにギリギリで、かつ最小の回避で、無駄がない。加えて敵とワルツを踊るかのようで、見る者を魅せる動きだ。実用的でかつ、魅惑的。

だが長時間の攻防の末、数匹の堕神が杏子飴を狙うのを諦め、五人の方に狙いを変更し、進行し始めた。


厚揚げ豆腐:来たぜ!

湯葉の野菜春巻き:ええ、私達の出番ですね!


湯葉の野菜春巻き厚揚げ豆腐が堕神たちへの攻撃役に回る。そして、湯葉あんかけが自身の背後にライスと御侍を匿い、守備役に回る。


赤目六本脚の堕神:グォォォォーー!!

湯葉あんかけ:自戒自重(じかいじちょう)せよ!!!

赤目六本脚の堕神:グギャ!!


湯葉あんかけに攻撃を仕掛けた堕神ははためくコートから発せられたバリアにぶつかり、跳ね返っていった。

いつの間にか、先行していた杏子飴の回りにいる堕神は少なくなっている。その少ない残りの堕神達ですらゼェゼェと息を切らしている。

反対に杏子飴は息一つ乱していない。


杏子飴:ヨッと!


回避に飽きたのか、杏子飴は後方目掛けて力強く地を蹴り上げ、後ろ飛びし、堕神達から離れる。雪空を高く舞い、二十m近く天に達してから落下し始め、何回かバック宙返りしながら湯葉あんかけ含む三人の隣に着地する。


杏子飴:モグモグ……。フー……疲れましたね。


あんず飴をペロペロ舐めながら息一つ乱さずに言う姿に『疲れた』様子は伺えない。あれだけ激しい動きを繰り広げたのに左手のモナカも割れていない。


御侍:これなら勝てそうだね!


戦況を見た御侍が喜び叫んだ瞬間、杏子飴はまぶたを大きく開け、その光景を目撃した。


赤目六本脚の堕神:ゴォーーーー!!


御侍の背後の地面から突如堕神が生えてきたのを杏子飴は目撃した。

だが背後に出現した敵の存在に杏子飴以外誰も気づいていない。堕神は右腕を伸ばして御侍に振り下ろそうとしている。


杏子飴:(危ない!)


杏子飴は心の中で大きく叫び、素早く御侍と堕神の間に立った。

その杏子飴の動きを見て、最初に湯葉あんかけが、次に他の四人が連れて背後を振り返り、右拳を天に掲げる堕神の存在に気づいた。


赤目六本脚の堕神:ゴォーーーー!!


御侍を狙った堕神の拳が振り下ろされた。その拳は丁度杏子飴の左頬に命中した。


杏子飴:うぐっ!!


杏子飴の頬っぺたに堕神の右拳がめり込む。

杏子飴の咥えるあんず飴とモナカが吹っ飛び、吹雪荒れ狂う空を舞う。

そして……杏子飴の髪がゆっくり逆立っていく。同時に、彼の両腕と左頬の皮膚に切り傷のような痕が浮かび上がる。いつものぼんやりした表情がゆっくりと憤怒に形を変えていく。


杏子飴:おい!! テェーメェー……。

赤目六本脚の堕神:ヌゴッ?!


第四話:怒髪天の鬼神 

御侍ら五人はあっけにとられて、ただ棒立ちで眺めている事しかできなかった。

杏子飴と堕神達の戦闘を。

数匹の堕神達は彼の拳一つで体に風穴を空けられた。

数匹はたじろいだ様子で、倒される仲間達を見つめていた。

残る、頭の良い堕神数匹は彼の纏う霊力が桁違いに跳ね上がった事に勘付き、逃げる事を選択した。


杏子飴:アメアメアメアメアメアメ……アメをよこせーー!!


杏子飴の足元には血を流す堕神達が地に伏している。彼の拳や服も至るところが血濡れている。

鬼神(きじん)ーー。御侍がその光景を見て最初に浮かんだワードだ。

呆気にとられた様子でその場に留まっていた堕神達も我に返ったようで、逃げた仲間達を追うように一斉に退散した。その為、もうこの氷原には豪雪の降る音と杏子飴の狂った雄たけびしか聞こえない。

敵を殲滅、退避させたのにも関わらず彼は今だ虚空に拳と蹴りを振るい続けている。まるで見えない敵と戦っているかのようだ。表情の方には理性等微塵も感じられない。


厚揚げ豆腐:結局、こうなっちまったか。殴られんの嫌だぜ俺。

湯葉の野菜春巻き:こうなる事も予想の範囲内です。前回は私が殴られ役……もとい引きつけ役だったので今回は厚揚げ豆腐が彼を引きつけて下さい。

厚揚げ豆腐:テメッ!今明らか殴られ役っつったろ!

湯葉あんかけ:二人とも、漫才してないで行きますよ!


三人が一斉に狂った杏子飴に向かって駆け出した。

厚揚げ豆腐湯葉あんかけ杏子飴の視線に入り、彼の拳と蹴りの嵐を避ける。

二対一の攻防が暫く繰り広げられている間に、湯葉の野菜春巻きはこっそりと杏子飴の背後をとった。そしてーー、


湯葉の野菜春巻き:捕まえた。

杏子飴:あ”あ”?!


湯葉の野菜春巻きが両腕を使って杏子飴の両肩と両腕を抑え込む事に成功した。

羽交い絞めの状態だ。


杏子飴:離しやがれ!!アメを、アメを早くよこせーー!!

厚揚げ豆腐:やるよ。てか、オマエの目と鼻の先にあんだろ。


羽交い絞めにされて脚だけじたばたさせる杏子飴厚揚げ豆腐が彼の腰にぶら下がる緑色のあんず飴を一本外す。そして勢いよく杏子飴の口に突っ込んだ!


杏子飴:ウグッ!……モグモグ……。


杏子飴の逆立った髪が下に垂れていく。両腕と頬の切り傷痕も消えていく。形相もぼんやりとしたいつもの顔に戻っていく。


杏子飴:……フー……。

厚揚げ豆腐:痛ってーな、たくよー。……なんで湯葉あんけかは全然傷ねえんだ?俺とおんなじ役だったはずなのに。

湯葉あんかけ厚揚げ豆腐よりは彼と一緒に過ごした時間は長いですから。彼の動きのクセをよく知っていた為、回避できたのですよ。


顔も体も殴られ、傷だらけの厚揚げ豆腐に対して湯葉あんかけはコートにすら傷一つない。


湯葉の野菜春巻き:今回は前回よりスムーズに行きましたね。

御侍:ねえ皆、今のは一体……?

湯葉あんかけ:御侍様、黙っていて申し訳ございませんでした。あれが『彼の食事を邪魔してはいけない』理由でございます。


御侍が杏子飴を見る。今の彼の顔はいつもの虚脱感のある雰囲気に加え、疲れた顔をしている。

湯葉あんかけ杏子飴は生まれつき『食べ物を口に含んでいないと髪が逆立ち、暴走状態に陥る』体質なのです。

湯葉あんかけ:仕事をする上ではもっと早くに伝えるべき内容でしたが、杏子飴にとっては他人に言いふらされたくない事でしたので黙っていました。私的理由を優先してしまい申し訳ございませんでした。


それを聞いた御侍は杏子飴の方に視線を向けた。杏子飴も御侍を見ていた。お互いの目が合うと、先に杏子飴が気まずそうに目をそらし、俯く。


御侍:さっきのが……。


御侍は俯く杏子飴を見つめ続ける。

ふと、妙な事に気づいた。杏子飴の背後十数m先の、雪の積もった地面下で何かが動いたのだ。

雪原が盛り上がり、獣の形に変わった。獣が体を震わすと体にへばりつく雪を回りに吹っ飛ばした。敵が姿を現す。


赤目六本脚の堕神:スィーシィー……。


堕神達の生き残りの存在に御侍以外誰も気づいていない。

血を流す堕神は杏子飴の背中に向かって突進した。数本の突起した爪が光っている。迫る、迫る!


赤目六本脚の堕神:ウガァ!!

御侍:危ない!!


俯く杏子飴を押し飛ばす。次の瞬間、御侍は右膝より上に熱さを感じた。堕神の爪が御侍の太ももあたりを切り裂いたのだ。


湯葉あんかけ:御侍様!

湯葉の野菜春巻き:御侍様!

ライス:おんじさま!

厚揚げ豆腐:この野郎!

赤目六本脚の堕神:ゲロッ!!


厚揚げ豆腐が大砲を堕神に向けて発射する。弾は見事命中。堕神はその場で動かなくなった。


杏子飴:御侍……様?


自分を庇った人間が血を流す光景を目撃して杏子飴の瞳孔が大きく開く。

右脚を抱えて雪原に崩れ落ちる御侍。その姿を見た杏子飴の心の中にわなわなと過去の心傷の波が押し寄せる。


杏子飴:(僕の……僕のせいだ!僕が無能だから……『また』……)

杏子飴の記憶の声:(ボクは無能な貴方の代わりに召喚されたのですかラァ)


杏子飴の顔が青ざめる。倒れた御侍に触れようと手を伸ばそうとしたが途中で止める。杏子飴には傷を癒やす能力は無い。彼には何もできない。


赤目六本脚の堕神:ギグググギーーッ!


妙な大声が聞こえて、倒れる御侍以外の五人が声の方向に首を向ける。声の発信源は初めに杏子飴が先行して攻撃の回避を繰り返していたあたり。討ち損じた堕神がまだいたようだ。

その一匹の堕神は五人より高い傾斜の雪原にて、右腕を天高く掲げている。その右腕はどんどん膨れ上がり、筋肉の筋がむき出しになっていく。

とうとうその筋肉の塊は家一軒分を超える厚さと長さまで膨れ上がった。振り下ろされれば、奴の右腕の射程より遠くにいる六人に命中こそせずとも衝撃波を受けてただでは済まない。

だが堕神は六人に逃げる暇を与えず、その膨張しきった右腕を地面に向けてーー振り下ろした!

ドシンッ!

地面を揺らす音が響く。堕神の肥大化した拳が雪原に叩き込まれたのだ。

その衝撃のせいか、山の上の方から雪の波が押し寄せてきた。雪崩だ。


厚揚げ豆腐:おいおい嘘だろ!

湯葉あんかけ:(これはどうすれば……)


押し寄せる雪崩を見上げる五人の食霊。五人はともかく、人間の御侍が巻き込まれたひとたまりもない。

その事実に誰より早く気づいたのは杏子飴だった。四人より素早く、倒れる御侍の体に覆い被さり、クッションとなる。

ズンッ!

御侍は雪崩に飲み込まれた。


御侍:……だれ?


暗闇の中、誰かが御侍の右手を握ってくれているみたいだ。それも歴戦の猛者のような頼もしい手。だけど異常に冷たい手。

この手に何故か安心感を覚えたため、御侍は眠りについてしまった。

第五話:僕の心傷、彼の心傷

ナイフラスト極雪山

小さな洞窟内


御侍:うっ、うーん……。

杏子飴:お目覚めのようですね。


起床した御侍の視界には大人しい杏子飴の姿が目に移る。周囲を見回すとそこが小さな洞穴の中である事に気づいた。洞窟全体が薄暗く、入り口から僅かながら光が差し込んでいる。

起きてすぐに、御侍は右膝より上の箇所に包帯が巻かれている事に気づいた。隣に御侍が持ってきた救急箱が開いたまま置いてあった。


杏子飴:この洞穴は僕の知り合いの白熊にお願いして貸してもらった洞穴です。

杏子飴:状況を説明しますと堕神の起こした雪崩は僕らに直撃し、僕ら二人と他四人を分断させる形となりました。洞穴の外は見ての通りです。


杏子飴の指先が示す方向に視線を向ける。入り口の先に見える外の景色は豪雪風で満たされていた。今洞穴から出れば飛んでくる雪に視界と体温を奪われ、今以上に困難な状況になる事は明らかだ。


御侍:私達……遭難した!!

杏子飴:落ち着いてください。この天候は一過性です。明日になれば晴れるでしょう。今日一日はここで野宿になってしまいますけどね。

御侍:そうか……。

杏子飴:……。


俯く御侍を見る杏子飴杏子飴は先程の身を挺して自分を庇ってくれた御侍の行動を思い返していた。あんな一撃、食霊ならどうって事もないものだが人間が喰らえば致命傷だ。


杏子飴:あの……先程はありがとうございました。


杏子飴が地面に尻をつけ、体育座りになった。

それを御侍も真似して同じく体育座りになった。二人は横並びになっている。距離は二〜三メートル以上離れている。


御侍:何のこと??

杏子飴:堕神から僕を守ってくれたことです。


不思議な物を見る目で御侍の瞳を見つめる。

人間の肉体に比べて食霊の肉体はとても頑丈だ。契約の強制力を主人に使われ、身を挺して主人を守る事を強いられる食霊は山のようにいる。だが自分達より頑丈な肉体を持つ食霊をわざわざ身を挺して守る人間等、杏子飴は聞いた事がない。


御侍:君も私を救ってくれたじゃないか。当然のお返しだよ。

御侍:それに、私が君達食霊と違って戦闘面では無能なばかりに足を引っ張ってしまっていた事も申し訳なく思ってるよ。


恥ずかしそうに軽く、小さく頭を下げる御侍。そのセリフは深く考える事なく言ったセリフだった。だがその中には杏子飴にとって最も他人の口から聞きたくない言葉ーー『無能』という言葉が含まれていた。


杏子飴:(戦闘面では……無能……?『無能』!?)


杏子飴が苦しみ始めた。口にあんず飴を咥えたまま両手のひらで頭を抑えつけ、膝を地面に付けた。


杏子飴:ウウッ!アアッ!イヤだ……。


杏子飴の記憶


杏子飴の御侍:(まあ、家事ができなくても戦闘面では役に立つだろ?期待してるぜ、杏子飴!)

杏子飴:ウッ!

杏子飴の御侍:(杏子飴!『お前の咀嚼音がうるさくて眠れない』って母さんが言ってたぞ!いい加減治せ!)

杏子飴:ウウッ!イヤだ……。

杏子飴の御侍:(おい杏子飴!冬は俺達から二メートルは離れてろと言っただろう!俺達を凍え死なすつもりか?)

杏子飴:そんな……つもり……。

杏子飴の御侍:(おい、何やってんだ!堕神共はもうお前が殺したんだから敵はいないだろ!拳を降ろせ!暴れるな!契約してるはずなのに何故俺のコントロールが効かないんだ?!)

杏子飴:ゴメン……なさい……。

杏子飴の御侍:(大量の幻晶石が手に入ったぜ!これで少なくともまともな食霊は呼べそうだ!)

杏子飴の御侍の妻:(貴方、おめでとう!)

杏子飴:ハァーッ、ハァーッ……。

杏子飴の御侍:(何だ、『お前』、いたのか。気づかなかったよ。もう行っていいぞ。その仕事は生ハムメロンが代わりにやってくれる。そこら辺で適当に休んでろ。暖炉には近づくなよ)

杏子飴:ハァーッ、ハァーッ……。

生ハムメロン:(先輩、大丈夫ですヨォ〜。これから御侍様のお世話には使えない貴方の代わりにボクが全てやりまスゥ。ボクは無能な貴方の代わりに召喚されたのですかラァ。安心して、『ご隠居』!されてくださイ!)

杏子飴の御侍:(生ハムメロンどこだ!今度のミッションの打ち合わせをするぞ!)

生ハムメロン:(はい、僕は只今参ります!暫しお待ちくださいませ旦那様!……サョナラ)

杏子飴:僕が……無能だから……。


杏子飴(僕):(僕のそこから先の記憶は曖昧だ。僕は自分の部屋に歩いて戻ったらしい。)

杏子飴(僕):(らしいというのは、自室まで戻った道のりの記憶が存在しないからだ。気づいた時には自室で棒立ちしていたんだ。)

杏子飴:僕……なにを……?痛っ!

杏子飴(僕):(すぐに自分の左頬と両腕に痛みを感じた。右隣に姿見鏡があったので振り向き、覗いてみた。)

杏子飴(僕):(鏡の中の僕には左頬と両腕のあちこちに切り傷があって、そこから血が零れていた。)

杏子飴(僕):(そして、左手には血の付いたナイフが握られていたんだ。)

杏子飴:痛い……誰が……何で……こんな事……。僕……?

杏子飴:ハッ!

杏子飴(??):……。

杏子飴:君は……だれ……?

杏子飴:‥…。

杏子飴(??):テメェは……誰……だ……?



杏子飴:ごめんなさい……ごめんなさい……。ごめん……なさい。


俯いて独り言を呟き始めた杏子飴。彼の肩は震えている。


御侍:だっ、大丈夫かい?

杏子飴:ハアーッ、ハアーッ。……すみません、定期的な発作です‥…。


ナイフラスト極雪山

猛吹雪の氷原


湯葉あんかけ:当時、ギルドに『虹飴の在り処を知る者を探せ』と命じられた私はまっさきに数少ない私の友人である杏子飴の事を思い出しました。あんず飴の食霊の彼なら知っているのではないかと。杏子飴の住所の情報を各地から集めました。

湯葉あんかけ:そして水飴が溶けず、かつ人と関わらないで済むこの雪山で自給自足生活を送っていた杏子飴を見つけ出し、冒険家サポーターの職務に勧誘しました。幾度と誘いを断られましたが最終的には半ば強引にスカウトに成功しました。

湯葉あんかけ杏子飴に尋ねたところ、やはり彼は虹飴の在り処を知っていました。知っているどころか何の因果か、『虹飴が在る場所』であるこの極雪山に住んでいたのです。……私はギルドに与えられたミッションに成功したのです。

湯葉あんかけ:ですがギルドに与えられた使命を達成した喜びよりも、『ギルドの命令だから勧誘した』事への彼に対する後ろめたさの方が強く心に残りました。

湯葉あんかけ杏子飴は本当は虹飴の在り処を世に公表したくなかったのです。静かな雪山生活が人が立ち入る事で壊されてしまいますからね。私を信頼してくれる彼の心を利用したという……彼を騙したような罪悪感が私の心に残り続けたのです。

湯葉あんかけ:それに対する償いにもなりませんが、杏子飴の『人間と食霊への不信』を知っていた私は、『彼にこの仕事を通して他者と関わる事で、他者への不信を払拭して貰おう』と決意しました。

湯葉あんかけ:私が彼のサポートに全力で回ろうと決めたのです。

湯葉の野菜春巻き:結果は……どうでした??

湯葉あんかけ:春巻きの想像通りの結果ですよ。過去に、ある国の王が七色虹飴を欲しがり、杏子飴と私、それに自分の兵団を連れて冒険した事がありました。

湯葉あんかけ:その時も先程のように彼の飴が口元からなくなった瞬間、彼は理性を失い、堕神と王の兵団、両方もろとも彼一人で全滅させてしまいました。

湯葉あんかけ:他の依頼主の時も、敵味方問わず、杏子飴が全員殴り飛ばしました。ただし、敵味方全滅させた上で依頼の七色水飴はちゃんと入手し、依頼主に譲渡できていましたが。余計彼の他人不信を強めてしまったと私は感じています。

厚揚げ豆腐:殴り飛ばされた人間達からしちゃたまったもんじゃねえけど、杏子飴自身の為にもならなかったって事か。

湯葉あんかけ:私は、彼にこんな仕事を続けさせるのは『人間に対する安心感』と『己への自信』の両方を彼から徐々に奪っていくだけなのではないかと、常々思っておりました。別に仕事等しなくとも杏子飴なら独りで生きていけますから。

湯葉あんかけ:ですが春巻きと厚揚げから御侍様の話を伺い、御侍様なら杏子飴の心のなかにある『他者への不信感』……『彼のトラウマ』を払拭して頂けるのではないかという期待が産まれました。

湯葉あんかけ:だからこそ、今回の春巻きの計画に乗らせて頂いたのです。

湯葉あんかけ:(それに、彼の劣等感を抱く姿は……春巻きーー貴方と『あの方』と共に三人で過ごしていた頃の私自身を見ているようですからね。『後輩の食霊への劣等感』、『御侍のお役に立てない己への無力感』が特に)

湯葉の野菜春巻き:このミッションを受ける運命を導き出したのは御侍様自身ですよ。私自作の『幻の料理図鑑』から見事『虹飴』のページを選び抜いたのですから。

湯葉の野菜春巻き:(まあ、あの図鑑の中で『夏屋台料理』と『レアな料理』に該当するのは虹飴くらいでしたがね。『夏屋台』は御侍様の目利き力による必然、『レア』は御侍様の運の力による偶然と言えるでしょう)

ライス:おんじさま……さむがっていないかな?

湯葉あんかけライス様、ご安心ください。遭難して離れ離れになった時、落ち合う場所を何箇所か彼との間で相談済みです。手あたり次第スポットに向かってみましょう!


第六話:「君には、人間を」

ナイフラスト極雪山

小さな洞窟内


御侍:そんな事があったんだ……。

杏子飴:はい。僕の『キレ症』が原因でかつての御侍様を傷つけてしまいそうになった事もあります。……僕は……僕は……。

杏子飴の記憶の声:(ボクは無能な貴方の代わりに召喚されたのですかラァ)

杏子飴:……僕は……存在してて良い食霊なのでしょうか……??


目に涙を浮かべる杏子飴の瞳を見るーーそして彼はすぐに涙を左腕で拭い始めた。


杏子飴:すみません、お見苦しい所をお見せして。まだ出会って少しの人なのにこんなベラベラと自分の過去を……。

杏子飴:洞穴に二人きりというこの状況が僕をお喋りにしたのかもしれません。……安心して下さい。依頼遂行のため、貴方は必ずお守りします。


拭い終わった顔中にまだ涙痕が残っているが、笑顔を作って御侍に言った。

御侍はすぐにそれが作り笑いだと見破った。同時に、彼の作り笑いに健気さを感じ取った。

その作り笑った泣き顔はどこか、いつも身近にいるライスの顔と重なった。強がって見せる時のライスの姿に。

御侍はゆっくり立ち上がり、体育座りの杏子飴の前までやってきた。


杏子飴:どうされました?


不思議そうに杏子飴が御侍を見上げる。

素早く、御侍は杏子飴を抱きしめた。


杏子飴:なっ、なにを?!


杏子飴はその包容が苦しくなく、むしろ包み込むように優しい事に気づいた。

さらに、御侍は杏子飴の後ろ髪まで撫で始めた。そして杏子飴にそっと語り掛ける。


御侍:形はどうあれ、君は私達を……私を助けてくれたじゃないか。

御侍:君が君自身で欠点だと思っている事柄が私達を助けてくれたのだよ?

御侍:人も食霊も、短所は使い方次第で最大の長所にもなり得ると私は考えているよ。

杏子飴:な、撫でるのも抱きしめるのもやめてください……子供じゃないんですから。


杏子飴が恥ずかしそうな表情を浮かべた。


御侍:ごめんね、失礼だけど今の君の表情が我慢して笑ってみせる時のライスみたいだったものでつい撫でてあげたくなってしまったよ。でも、肌で触れ合うと安心し合えるのは人も食霊も同じじゃないかな?

御侍:ライスは悲しい時、よく私に抱きしめられて安らいだ顔をするからね。

杏子飴:あ、あんな小さな子と一緒にしないでください!手が邪魔であんず飴が食べにくいです!

御侍:私はね、君のように、人間との間に思わぬ確執があった為に心が傷ついた食霊を今まで沢山見てきた。


回想



麻辣ザリガニ(SP):(こいつらが……俺様が守る相手なのか……)

ペッパーシャコ:(兄貴!早く逃げて!)

グリーンカレー:(シャコ、君は先に兄上を連れて逃げなさい、僕は彼らを引き離す)


カッサータ:(俺はなぜこの世界に来たのだろう?俺の御侍であるこの男は、俺に何の期待もしていない。やつに必要なのは、他につながりがなく、やつに絶対服従する道具なのだ。まさか、それが食霊の存在意義なのか?)

ピザ:(お前さん、何ていう名前!?オレが助けたんだよ。ふふん、大したもんだろ〜。今度俺と一緒に冒険に行こうぜ!いてててーー!チーちゃん、放してくれよ……)

チーズ:(この子のこと気にしないで、みんなに冗談をいうのが好きなだけなの。傷がまだ治っていないわ!ゆっくり休んで!)


ジンジャーブレッド:(人は変わる。やさしい父親は残忍な飲んだくれになる。善良な娘は愛する父親を殺す。親切な村人はあたしを追い出す)

赤ワイン:(くだらん、善意がそんなに大切か)


スターゲイジーパイ:(こ……れは……なに……)

パスタ:(これは卑劣な人間が私たちに反旗を翻した証明だ・ともに人間に復讐をしよう。我が女王陛下、あなたの力が必要ですーーあなたが)


冬虫夏草:(何でも協力しますから、彼女だけは許してください。彼女には霊力はない。なんの価値もないから、見逃してください)

虫茶:(もし……はやく大人になったら……よかったのにな……)


おせち:(わたくしはもう、1人で冷たい神の相手をしたくない……)

土瓶蒸し:(今神に仕え始めても何も変えられません。勝手に身分を変えて、逆に神を怒らせてしまうかもしれませんよ?)


鯖の一夜干し:(ウウ……)

純米大吟醸:(ねえ、あちきとちょっと取引をしないかい?この飴とこの人を交換したいのだけど……)


ミネストローネ:(俺が何をしたか知ってるだろ。俺の体は悪の花に寄生されている……。アイツは最も人気な植物研究者、もしアイツにもう一度連絡したとしても、アイツを害するだけだ)

マッシュポテト:(昔のことはどうでもいいです、これから、時間はまだたくさんあります。僕たいはまた楽しいメモリーをいっぱい作ることができます)


水信玄餅:(私はきっと御侍様を殺してしまいます……そうなる前に私のことを殺してくださいっ……!)


ライス(SP):(御侍さま……あなたと…一緒に…いられて……)


ライス:(ライスの…一番の…誇り、です!)



御侍:君には、人間を嫌いになって欲しくないんだ。

杏子飴:……。

杏子飴(僕):(この人は僕の耳に小声で囁いた。)

杏子飴(僕):(僕の体温は食霊、人間含めた他の生物と比べて圧倒的に低い。人間は勿論、食霊ですら僕を抱きしめる事を躊躇する。)

杏子飴(僕):(この抱擁はきっと、徐々にこの人から体温を奪っている。この人からすれば何も得る物がない。むしろ体温をいたずらに失うばかりだろう。)

杏子飴(僕):(だけど、僕にとっては世界を変える程の抱擁だった。僕は体温が低いだけで人肌が苦手な訳じゃない。ちゃんと他人のぬくもりを感じ取ることができる。)

杏子飴(僕):(雪山に長く住み過ぎたせいか、いつの間にか『体』の温度の低下には慣れてしまっていた。今だ慣れないのは『心』の温度の低下だ。)

杏子飴(僕):(今まで生きてきた中で、僕を抱きしめてくれた人ーーいや、肌に触れてくれた人すら三人しかいなかった。皆、僕の氷のような低体温を嫌い、手を握る事すら拒んだからだ。)

杏子飴(僕):(抱きしめてくれた人間は二人、手を握ってくれた食霊は一人。)

杏子飴の記憶の声:(ウワッ、冷た!)

杏子飴(僕):(産まれた時に言われた言葉を思い出す。あの一度目の抱擁は一瞬だった。今、この人生二度目の抱擁を受けてどれだけの時間が流れただろう?止まった時の流れの中にいるみたいだ。)

杏子飴:(あたたかい……)

杏子飴(僕):(今までの僕なら天変地異が起きようと自ら右手を割り箸から離したりしなかった。他人を抱きしめたりする為よりあんず飴を口に運ぶ為に右手を使いたいからだ。)

杏子飴(僕):(だけど初めて僕は飴より他人を優先した。右手に握る割り箸から手を離し、この人の方に回した。左手もモナカを地面に落とし、この人の肩に回し、この人を抱きしめ返した。)

杏子飴(僕):(『変わってしまう』のが怖いから、あんず飴だけは口に含んだまま。)

杏子飴:(例えこの抱擁が憐れみからでも……嬉しい)

杏子飴(僕):(この世に僕を『抱きしめる事ができる』人も、『抱きしめてくれる』人もいないだろうと、僕は悟って生きてきた。それはとても心細かった。)

杏子飴(僕):(『豹変してしまう性格』、『過剰な飴へのこだわり』、『傍にいるだけで他人を寒くさせてしまう体質』ーーこれらのどれが他人に嫌われる本質的な要因なのか分からなかったけど、それらを全てに心をがんじがらめにされていた。)

杏子飴(僕):(そんな長年抱いてきた不信感からか、この人の抱擁がただの『憐れみから』だと感じてしまう。)

杏子飴(僕):(だけど、今目の前にいる人間に抱きしめて貰えているという事実が……その事実だけが僕にとって喜びだった。)

杏子飴(僕):(雪山の生物や頑強な肉体を持つ食霊なら多少肌が凍える程度の痛みで済むけど、人間が僕の体に触れ続ける事がどれだけ寒気と痛みを伴う事か。)

杏子飴:(この抱擁に裏の意図があるかどうかなんて関係ない。氷のような僕の体温を我慢してでも僕を抱きしめてくれている人間ーーこの人間なら、ほんの少しだけ信じられるかも)

杏子飴:(……はっ!)

杏子飴(僕):(僕はある事に気づいた。この人の表情と体の震えから、この人が僕を抱きしめているせいで寒さを感じ初めている事に。)

杏子飴(僕):(すぐに手を離し、後退った。)

杏子飴:ご、ごめんなさい。あまりに心が温かくてつい……。貴方の体温を奪ってしまっている事に気が回りませんでした……。

御侍:何を謝ることがあるんだ?寒い時は体を寄せ合う物だ。おしくらまんじゅうみたいに。

杏子飴:おしくらまんじゅう?何ですか?それは?

御侍:ええと、おしくらまんじゅうというのは――――


第七話:怒髪天の炎神

ナイフラスト極雪山

小さな洞窟内


御侍:ハー……、ハー……。


御侍は顔を真っ青にしてぐったりと地面に横たわっている。


杏子飴:(御侍様が……。このままだと凍えて死んでしまう!)


既に湯葉あんかけから渡されていたホット.ユズ.ジュースは全瓶空になってしまった。対策もなしに猛吹雪降る雪山の洞窟で長時間過ごせる人間はいない。


杏子飴:(どうしよう!どうしよう!)


御侍の荒い息遣いを聞く度にパニックになっていく杏子飴

ふと、御侍の言葉を思い出した。『短所は最大の長所にもなり得る』という言葉を。


杏子飴:短所は最大の……。


杏子飴が飴を咥えたまま割り箸を握る手を放し、右拳を固めて見つめる。脳内でこだまする御侍の言葉から、たった一つだけの、御侍を助ける方法を閃いた。

作戦を実行するための道具を探し、洞窟内を見回す。そして隅っこにある木の破片と、人の半分くらいの大きさの岩がある事を発見した。

それらのある所まで歩いていき、木の破片を岩の周りに集めて薪にした。

朦朧とする意識の御侍には杏子飴が何をしているのか目が霞んで良く見えない。


杏子飴:これを見張っててください。


薪に囲まれた岩の前に立つ杏子飴がポケットからハンカチを取り出し、横たわる御侍の前に投げ捨てた。御侍の目線の前にハンカチを上手く着地させる事に成功した。

次に自分の右手を口に咥えるあんず飴の割り箸に伸ばし、握る。目を瞑り、顔をしかめながらブツブツと呪詛のように何かを唱えている。


杏子飴:恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない恐くない。

杏子飴:僕は……僕に負けたく……ない……。


次の瞬間、右手に握る割り箸を力強く引っ張り、口の中のあんず飴を取り出した。

その動きは侍が抜刀する時の動作のように鋭い。

さらにゴクリと口の中に残る水飴も飲み込んだ。証拠に、喉仏が動いた。口の中を空っぽにしたのだ。

めきめきと杏子飴の表情が険しい物に変化していく。寝ていた髪は逆立ち、切り傷痕が浮かび上がる。霊力を感じ取れない御侍ですら杏子飴から何か目に見えない力が放出されたのを感じとれた。


杏子飴:ウ”オ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!

杏子飴:ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ーー!!


獣のような雄叫びを杏子飴が上げた。目は白目をむいている。左手に持つモナカは声の振動で粉々になる。右手に握るあんず飴は無事だ。


杏子飴:ふん!


杏子飴があんず飴を投げ捨てた。宙で回転しながら落下するあんず飴は御侍の前に置かれたハンカチの上に奇麗に着地する。

白目をむいた杏子飴はゆっくりと視線を岩に移した。

そして、右拳と左拳を岩に向けて交互に打ち付け始めた。


杏子飴:ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァーー!!


彼の掛け声と共に両拳が岩に向かって振り下ろされる。バキバキという、岩が砕ける破壊音も同時に鳴り響く。

杏子飴の嵐のような連続殴打により粉々になっていくことで、みるみる岩の大きさが縮んでいく。

最期、岩が極小まで縮んだ所で『それ』は起きた。


杏子飴:ウォラァァ!!


ボウ!

強拳の連打を与え続けた末、岩が発火した。

燃え盛る岩の炎は岩を囲んでいた薪にも移った事でさらに広がりを増した。


杏子飴:ハアーッ、ハアーッ、ハアーッ……。


息を切らす杏子飴。火が手にも燃え移り、肘より先が炎に包まれている。

さらに先程杏子飴が起こした焚き火が杏子飴の背中後ろで轟々と立ち込めている。

霞んでいた御侍の目は薄暗い洞窟に明かりが灯された事で、僅かながら杏子飴の姿を認識できるようになった。

その姿を見た御侍は、今の杏子飴の姿を堕神戦の時のような、恐ろしい『鬼神』とは連想できなかった。むしろ彼の燃える両腕と背後の焚火のせいか、神々しい『炎神』を連想させられた。


杏子飴:アッチ!!


杏子飴が両腕をバタバタと上下に強く降る。その強い煽りで炎は鎮火した。

しかし、杏子飴の両腕には焦げ跡と煙、そして痛々しい傷跡が残っている。


杏子飴:ソレ、ソレを……。


痛みで顔を歪めた杏子飴が御侍の方にある何かに向けて指さす。


御侍:え?!ああ!救急箱だね、すぐに腕の手当てを。

杏子飴:ちげぇぇー!!そのあんず飴をすぐによこせーー!!


ハンカチの上のあんず飴を指さしていたようだ。すぐさま御侍はあんず飴の割り箸を拾い上げ、杏子飴に投げ渡した。

空中で回転するあんず飴を髪逆立つ杏子飴は手すら使わずに口でキャッチした。


杏子飴:ム……。ペロペロ……。

杏子飴:……ふぅー……。

御侍:ねえ、その両手、手当してあげるよ。

杏子飴:いいえ、大丈夫です。僕は飴さえ舐めてればすぐに傷が治る体質なんです。

御侍:ホント?!

杏子飴:ウソです。

御侍:なんでウソつくの?!ほら、手貸して!

杏子飴:御侍様だって体温が下がっている上に怪我もしているでしょう。お構いなく。

御侍:いいから!


無理やり杏子飴の右手を引っ張り、傷口に薬を塗り、包帯を巻いていく。治療の間、杏子飴は手を使わずに口だけを使ってあんず飴を味わっていた。


御侍:それにしても、良く暴走せずに済んだね。

杏子飴:ええ、僕も初めてですこんな事は。何ででしょう?


杏子飴はやけどした左腕に包帯を巻いてくれている御侍の顔を見る。


杏子飴:(この人は他の料理御侍とは違う何かを持っている)

杏子飴:(この人といれば、僕は僕自身をコントロールする術を見つけられるかもしれない)

御侍:ねえ、その左頬……。

杏子飴:何ですか?

御侍:傷が消えているね。

杏子飴:何故かいつもあの姿になる時だけ現れるんです。

杏子飴:あれはきっと、僕自身を大切に扱わなかった僕へ神様が『過去を忘れるな、僕だけは僕の味方でいろ』……って、言っているんだと思っています。

御侍:……。


第八話:「一人いれば大丈夫」

ナイフラスト極雪山 深夜

小さな洞窟内


焚き火の温かさのおかげで御侍は少し体力を回復してきた。二人とも地面に横たわり、眠る体勢に入っている。顔を向け合い、両者目を瞑り、小声で話し合う。まだ外からは吹雪の音が聞こえる。


御侍:ねえ、杏子飴

杏子飴:なんですか?

御侍:君は人間が嫌いなのだと思う。だからこんな山奥に住んでいるのだろう?

杏子飴:……。

御侍:食霊の事は好きかい?

杏子飴:あまり……好き……ではないです。

御侍:じゃあ湯葉あんかけは?

杏子飴:彼は……友達です……。食霊は好き……じゃないですが……彼は……嫌いじゃ……ない……。

御侍:そうか、なら安心だ。一人いれば……一人いれば……大丈夫。


第九話:いざ青洞窟へ

ナイフラスト極雪山 翌朝

山頂目前


厚揚げ豆腐:まあしかし二人とも無事で良かったぜ!あの寒さだったから御侍は凍え死んじまうんじゃないかって心配したぜ!

湯葉の野菜春巻き:本当にご無事で何よりです。

湯葉の野菜春巻き:(フフッ、やはり貴方様は運に愛されている)

湯葉あんかけ:あの焚火は杏子飴が起こしたのですか??

杏子飴:そうだよ。岩パンチで。

湯葉あんかけ:パンチ?!

湯葉あんかけ:……。

湯葉あんかけ:(おかしい……。『いつもの』杏子飴の肉体を覆う霊力は私と同等かそれ以下。摩擦で火を起こす事ができるだけの霊力はありません)

湯葉あんかけ:(ならばあの空間で怒髪天モードになって火を起こしたという事です)

湯葉あんかけ:(ですが、どうやって理性を保ったのですか?)

ライス:おんじさま!ごぶじでなによりです!

御侍:ありがとうライス

杏子飴:……。


御侍がライスの頭を撫でる。その姿を隣の杏子飴が眺めている。


厚揚げ豆腐:山の頂上に近いってのに昨日の堕神共現れねえな……。

湯葉あんかけ:この山の堕神達は杏子飴とは長い付き合いですから、本気の勝負では勝てない事を重々理解しているのですよ。一度怒髪天モードの杏子飴と交戦したら一週間は巣の中に引きこもってしまいます。

御侍:どはっ……ん?

湯葉あんかけ:オヤ?皆さん、お喋りしているうちに見えてきましたよ。あれが七色水飴の眠る『青洞窟』です。


ナイフラスト極雪山 山頂 昼間

青洞窟内


御侍:これが……七色水飴?

湯葉あんかけ:ええ、その通りです。


氷柱が地面一杯に何本も広がっている。常識的な氷柱の色である『水色』をしている物はほとんどない。赤、黄、緑、青、藍、紫、橙。それぞれ基軸とした色を持った、青洞窟以外に存在しない氷柱だ。

それらの氷柱の色は絶えず変化している。赤の氷柱は数秒後には黄色に。赤が変われば隣の黄色の氷柱は緑色に。緑もまた同じ繰り返し。その隣の青もまたーー。

まるで規則性のない信号機のよう。

色変わりがあまりに速すぎる為、虹色に見える。


湯葉あんかけ:この氷柱はそれぞれ七色水飴が凝固してできた物です。一定の熱を加えてやれば粘液化します。

厚揚げ豆腐:でもこんだけ数ある氷柱、杏子飴の家に持って帰れねえよ!

湯葉あんかけ:そんな事はしません。いや、むしろやめて下さい。ナイフラストの保護指定食物に認定されていますから、過剰に持っていけば捕まりますよ?

厚揚げ豆腐:え、マジかよ!

湯葉あんかけ:マジです。

湯葉あんかけ:とはいえ、微量の採取は許されています。その可能採取量を見極めるのも冒険者サポーターの私と杏子飴の仕事です。そうですね……まずは皆様、氷柱を手のひらサイズにカットしてください!


湯葉あんかけの声が五人に届くとともに御侍が手持ちのナイフで氷柱の真ん中で割るよう試みた。岩にナイフをさしこむとーー

なんと岩のように固いと思っていた氷柱は弾力性のあるプリンのように柔らかかった。これならライスの力ですら一人で切り取る事ができる。

六人全員がそれぞれ担当量の氷柱の破片を手に握った。

皆の手に握る氷柱の破片は七色に輝いていて、食べ物というより芸術品を連想させる。スライム状の破片の割れ目からゆっくり水飴が流れ落ちて、地面を濡らした。


湯葉あんかけ:御侍様、たったこれっぽっちの量でご不満かもしれませんが自然保護へのご協力を何卒お願いできませんでしょうか?この欠片一つでだいたい千人分の虹飴が作れます。

御侍:せ、千人も!

湯葉あんかけ:我々六人が運んでお客様六千人分……。足りるでしょうか??

御侍:充分だよ! 後は味の問題だけだね。


御侍は地面に滴る七色水飴に左小指で少し触れ、口に運び、味見した。

湯葉あんかけが言っていたように塩の味だった。


湯葉あんかけ:では、杏子飴の家に帰宅し、調理を開始しましょう!


最終話:アナタの短所(ヨワサ)はアナタの長所(ツヨサ)

極雪原、極雪山ふもと 夜

杏子飴の家のリビング


まな板に並べられた割り箸の刺さった果物達。あんず、パイン、すもも、みかん、バナナ……。七色水飴をかける前からバリエーション豊富な材料が揃っている。


厚揚げ豆腐:(うーん……。速いな)


厚揚げ豆腐が液瓶の中一杯の七色水飴を見つめる。瓶の中の物質は絶えず鮮やかな光を放っている。先程まで紫だったのがアッという間に黄色に変色した。そして数秒経つとまた変色。暴走した信号機並みの速度で点滅する色を変える。

液瓶のキャップを外し、フライパンの上に七色水飴を乗せる。このフライパンは水飴製ではなくアルミニウム製。


厚揚げ豆腐:(うおっ、眩しっ!)


フライパンの中の水飴の光のせいで厚揚げ豆腐が目を覆う。だがすぐに、光に負けないようにそっと手を外し、目を凝らしながら水飴に向き合う。

そして割り箸の刺さったすももをまな板上から取り出し、フライパン上の七色水飴に絡められるよう照準を合わせる。杏子飴から教わったアドバイスを思い出しながら。


厚揚げ豆腐:(1,2,3…青色から藍色に変わる瞬間!今だ!)


素早くすももを七色水飴で絡めた。そして完成した。

ドス黒い色のおぞましいあんず飴が。


厚揚げ豆腐:なんでだよ!!もう二十回目だぞ!!

杏子飴:オヤ?まだマスターしてないんですか??


杏子飴が調理台に並べられた、厚揚げ豆腐の作った十九個のあんず飴に目を向ける。全てがドス黒くて、一目で不味い食べ物とわかる。


杏子飴:まあ、他の四人も貴方と同じでしたけどね。


右隣のキッチンに視線を向ける杏子飴に、つられて厚揚げ豆腐も同じ方を見る。

キッチン前で湯葉の野菜春巻きが困った表情で頭を掻く姿が見える。調理台には同じく失敗作のドス黒いあんず飴がいくつも並べられている。


湯葉の野菜春巻き:(クッ!)


杏子飴の自宅のキッチンは全部で六つ。それぞれ家の地下に用意していた。『依頼主に虹飴の生成法を教え込む場』として意図的に用意したキッチンだ。

杏子飴としては基本的に、依頼主に虹飴の生成法を覚えて帰ってもらいたい。『作れないから依頼主の家に来い』などと言われて、極雪山を離れるなんて事にはなりたくないのだ。


杏子飴:(○○王国の○○王の時は面倒だったなぁ。何回教えても覚えられなくて、しまいには『教え方が悪いからだ』って汚い言葉をぶつけてきたり、賠償金請求してきたり……)


依頼主で虹飴の作り方を覚えられた者は誰一人いなかったので、結果この家で多めに作って渡して帰らせるのがいつものパターン。幸にも不幸にも、依頼のリピーターは誰一人いない。


厚揚げ豆腐:おい、杏子飴!わかんねえからもう一度見せてくれ!

杏子飴:……わかりました。


杏子飴がカットパインに刺さった割り箸を握る。そして数秒置きに色を変えるフライパン上の七色水飴を凝視する。


杏子飴:ハアッ!


金魚すくいの名人が素早く水の中の金魚をボールですくいだすかのような、プロの手捌きで、カットパインに七色水飴を絡ませた。

失敗したなら絡まった瞬間に黒く変色する所、それが起きない。

成功したのだ。その証に水飴が絡まったカットパインから七色の光が一斉に発し始めた。ただの果物が虹飴へと変わった合図。


杏子飴厚揚げ豆腐、見ていましたか?何度も言っていますが、コツは『色と色の変化の中間を狙う事』と『粘り気がご機嫌になった時』です。わかりますよね?

厚揚げ豆腐:わからねえよ!粘り気がご機嫌って何だよ!


口論混じりの会話を繰り返す二人。

その様子を左隣のキッチンにいる御侍と湯葉あんかけが観察している。


御侍:ねえ、ちょっと質問して良いかな?

湯葉あんかけ:構いませんよ。

御侍:今まで虹飴を杏子飴以外が完成させたことってあるの?

湯葉あんかけ:……私は見たことありませんね。

御侍:虹飴って、もしかして杏子飴しか作れないあんず飴なんじゃないの?

湯葉あんかけ:そう、かもしれません。依頼はこの家で杏子飴が作った虹飴を渡して完了とさせて頂いてましたから。

御侍:(もし杏子飴しか虹飴を作れないのだとしたら杏子飴をグルイラオに連れて行って彼に屋台の料理番をしてもらわなくちゃいけない)

御侍:(だけど、彼の性格上このナイフラストの雪山からなるべく出たくないはず。果たして一緒にこの山を出てくれるだろうか?)

湯葉あんかけ:御侍様、貴方の心中は察しております。


浮かない顔の御侍に湯葉あんかけが柔らかく微笑んで見せる。


湯葉あんかけ:ですが今貴方が思考を巡らしている事は取り越し苦労になりますよ。杏子飴は貴方についていく事でしょう。


湯葉あんかけの微笑みに背中を押され、決心が固まった御侍。右隣のキッチンに向かって力強い歩みで進んでいく。

そして、口論しあう厚揚げ豆腐杏子飴の間に割って立つ。そして杏子飴の目を真っ直ぐ見る。


御侍:杏子飴!私と一緒にグルイラオに来てくれないか?そして屋台の料理番をして欲しい。君しか虹飴を作れる者はいないんだ。君の腕前でグルイラオの皆を笑顔にして欲しい。お願ーぅぷっ!


言い終わる前に杏子飴が七色の光を放ち続ける虹飴を御侍の口に突っ込んだ。


杏子飴:お味は如何ですか?

御侍:んんーー……、モグモグーー、


口の中の虹飴は触れ込み通りに美味だった。初めはリンゴ味だったが数秒ですももの程良い酸っぱさが、次にメロンのみずみずしさが、次にオレンジがーー、

次にチョコバナナの味が、次に焼きそばやお好み焼きの味が、次にじゃがバター、次にわたあめ、次に次に次にーー、

まるで味のデパート。焼きそばやお好み焼きのような、果物のような甘い食べ物とは食べ合わせの良くない料理の味に変わる時も『味の変わり時』を虹飴ーー料理の方が心得ているようなタイミングの良さ。

普通の料理なら『食べる者が料理に合わせる』所、虹飴は『料理が食べる者に合わせてくれる』。虹飴一つで夏の屋台名物料理の味全てを堪能できるだろう。


杏子飴:その様子ですと『美味しい』ようですね。


杏子飴が微かに笑うと御侍の口に突っ込んだ虹飴の割り箸から手を離す。御侍は虹飴を咥えたまま割り箸を握り、口元から離す。一瞬、あまりの美味さに口から離すのを躊躇してしまった。


御侍:美味しい……君の作ったあんず飴はとても美味しいよ。多くの人に伝えたいくらいに……。

杏子飴:グルイラオに出向くのに一つ条件を付けさせて下さい。お金は要りません。もっと重要な事です。

御侍:何だい??

杏子飴:これから今回のような力のある食霊が必要な冒険に出向く時は僕にも一声かけて下さい。


杏子飴は邪気のない誠実な瞳で真っ直ぐ御侍を見ながらお願いする。


杏子飴:僕は今回の冒険で僕自身をコントロールできる方法を掴みかけました。そんな事は今まで生きてきて一度も起こらなかった事です。

杏子飴:貴方と一緒に冒険を繰り返せば、いつか完全なコントロール方法が見つかるかもしれないーー。


杏子飴の瞳には熱意が宿っていた。必ず自分を変えてやるという強い願いーー願いすら超えた覚悟が読み取れた。

御侍:わかった、約束する。


御侍は自身の両手で杏子飴の両手を握り、包み込む。触れて分かるが、やはり杏子飴の体温はとても低い。この雪山では長時間彼に触れていられないだろう。

だが今年のグルイラオの夏は猛暑。彼に触れずとも傍にいてくれるだけで、彼の体から発する冷気で涼める事だろう。短所は使い方次第で最大の長所にもなり得るのだから。


御侍:行こう、グルイラオへ!!


後日談:アズキ×アツアゲカケル×(ユバ×2)=『四人の団欒』

桜の島 昼間

あずき寒天の修行寺


あずき寒天:そうなんだ……。それで杏子飴さんはどうなったの?


四人の食霊が寺の階段の最上段に座って雑談をしている。


厚揚げ豆腐:屋台の方は大繁盛で終えたらしいぜ。『お菓子食べたまま調理すんな!』つってあんず飴引っこ抜いた客と乱闘になったらしいけど。

あずき寒天:じゃあ、まだその怒りっぽくなっちゃう性格は治ってないんだ……。

厚揚げ豆腐:ああ、でも何故か御侍が1メートルくらい近くに来ると腰のあんず飴を自力で咥えられるようになったらしいぜ。あんず飴なしでも多少理性保てるようになったみたいだ。

湯葉あんかけ:不思議な力をお持ちの方ですね、御侍様は。

湯葉の野菜春巻き:フフッ、あんかけ、私が初めに言った通りだったでしょう?面白い料理御侍を見つけたと。

湯葉あんかけ:ええ。少しだけとはいえ、まさか杏子飴の怒髪天モードをコントロールできる人間がこの世にいるとは。

湯葉あんかけ:……これは私の仮説ですが、もしかしたら杏子飴の怒髪天モードになった時に起こる暴走は『食べ物を口から離す事』自体がトリガーなのではなく、そこから来る不安な精神状態がトリガーなのかもしれませんね。

厚揚げ豆腐:どういう事だ?

湯葉あんかけ:もし『食べ物を口から離す事』が怒髪天モード時の暴走のトリガーならコントロールできる可能性は微塵もありません。ですが御侍様と共に洞窟にいた時、あの姿になっても暴走状態に陥らなかったらしいです。

湯葉あんかけ:それどころか御侍様の為にあの力を使えたようです。杏子飴が御侍様の傍にいる事に安心感を覚えたからこそ、あの姿になっても暴走せず、かつある程度コントロール下におけたのではないでしょうか?

湯葉あんかけ:『安心感』。これが怒髪天モードをコントロールする鍵かもしれません。

厚揚げ豆腐:……てことはアイツが普段あんず飴咥えてんのは自分を安心させる為咥えてんのか?おしゃぶりみてーに。

湯葉あんかけ:……厚揚げ、言い方……。まあ、まだあくまで私の仮説段階ですよ、全て。

湯葉あんかけ:(なにせ杏子飴は……人間にも食霊にも拒絶されて、長らく独りぼっちであの雪山の小屋に引きこもっていた男です。約十年間、生命を維持するだけで、誰との繋がりもない雪山生活)

湯葉あんかけ:(私があの仕事にスカウトし、私と関わりを始めた事で『食霊への信頼』を少し取り戻し、今回の冒険で『人間への信頼』も少し取り戻したばかりですから。世界の良い面を彼はまだまだ知らないのです。)

湯葉あんかけ:……人も食霊も、産まれてすぐ人肌に包まれる事で、世界への安心感を得られるものですからね……。

厚揚げ豆腐:……。

あずき寒天:……。

湯葉の野菜春巻き:……。


帽子を抑え、うつむいて独り言を呟く湯葉あんかけ。彼の物憂げな表情と声色に対し、三人は返答できる言葉を持たなかった。


湯葉の野菜春巻き:……ゴホン。さあて、今度はどんな内容の『幻の料理図鑑』にして御侍様を冒険に導きましょうかね?


暗い雰囲気を変える為、湯葉の野菜春巻きが一つ咳をしてから話題を切り替えた。


厚揚げ豆腐:まだやんのかよアレ!!作るとき徹夜はテメエだけにしろよ!

あずき寒天:春巻き、あまり厚揚げを危ない事に巻き込まないで。

湯葉の野菜春巻き:別に私は厚揚げに対して冒険の無理強いはしていませんよ、あずき寒天。怖いならついてこなくても良いんですよ?厚揚げ。

厚揚げ豆腐:いや怖かねえよ!あずきも俺をいつまでも子ども扱いすんな!

あずき寒天:子ども扱いなんてしてないよ。ただ貴方の事が心配なだけ。

湯葉あんかけ:(フフ、懐かしいですねこの感じ)


湯葉あんかけは『四人でこの寺で過ごす空間』に懐かしさを覚える。最後にこの光景を見たのは湯葉あんかけ杏子飴に出会う前だったか後だったか。『この空間にいつか杏子飴も加わって欲しい』と思った。

湯葉の野菜春巻き:私はですね、御侍様の成長過程を見るのが楽しくてたまらないのですよ。

湯葉の野菜春巻き:今回、無事虹飴を手に入れ、さらに杏子飴の『キレ症』までもかなり改善してくれました。図らずもね。

湯葉あんかけ:春巻き、『キレ症』ではありません、『怒髪天(どはってん)モード』です。


湯葉あんかけ杏子飴のあの姿を『症状』呼ばわりされる事を好ましく思っていない。


湯葉の野菜春巻き:どちらにせよ御侍様は結果を示してくれた。既に私だけでなく、貴方方全員にとっても仕える価値のある料理御侍に成長しているかもしれませんねえ。

厚揚げ豆腐:『相応しい』ならもう茶番は要らねえだろ。

湯葉の野菜春巻き:いいえ、要ります。この幻の料理図鑑には、人を極楽に招き入れる程美味な料理の『本物』の情報がまだまだ存在します。御侍様にはこれら全ての料理を攻略して頂かなくては。


湯葉の野菜春巻きが黒い本を袖口から取り出し、二、三度叩いて見せる。


湯葉あんかけ:……貴方は何がしたいのですか??


怒りからではなく、純粋に湯葉の野菜春巻きの気持ちを知りたくて問いた。湯葉あんかけの推測が正しければ……。


湯葉の野菜春巻き:遊戯(げえむ)ですよ。私は、御侍様を世界一の料理御侍に導くという、育成遊戯(げえむ)をしているのです。

湯葉あんかけ:遊戯(げえむ)……?

湯葉の野菜春巻き:遊戯(げえむ)と言うと聞こえが悪いですが、御侍様が強い料理御侍に育つのですから、結果として御侍様の目的である『レストランの発展』にも繋がります。

湯葉あんかけ:……いいや、その言葉は『嘘』だな。”君”は嘘をついている。

湯葉の野菜春巻き:嘘?

湯葉あんかけ:君と『あの方』とどれだけの時を共に過ごしたと思っている?君の嘘を見抜けないとでも思ったか?何を遊戯(げえむ)だ等と悪者ぶって……。

湯葉あんかけ:君は御侍様を『あの方』の代わりに仕立て上げようとしているのだ。

湯葉あんかけ:春巻き、『あの方』と御侍様は別の人間だ。御侍様をどう育成しようと『あの方』の代わりにはならない。人間同士を……いや食霊同士であっても、比べる物ではない。

湯葉の野菜春巻き:あんかけ……、”君”の憶測……いや、『妄想』には感心しますよ。


『妄想』という挑発の言葉に反応し、湯葉あんかけは少し怒りを露わにした。湯葉の野菜春巻きも表面上は笑っているが内心で怒っている。

二人はお互いを睨み合う。


あずき寒天:はい二人ともちょっと待って。小豆寒天作ってきたよ!


いつの間にかいなくなっていたあずき寒天が盆を持って帰ってきた。盆の上の瑞々しい小豆寒天の乗った小皿を三人に回していく。三人が喧嘩した時、彼女がよく彼らを宥める為にやる方法だ。


厚揚げ豆腐:うまそう!!

湯葉あんかけあずき寒天の作るデザート……懐かしい味です。

湯葉の野菜春巻き:私は、頂くのは三度目でしたかね?

あずき寒天:(へへ!)


三人が集中して小豆寒天を食べる。その姿を眺めるあずき寒天はとても満足そうな笑顔で『うんうん』と頷く。

日光降り注ぐ夏の暑い日に仲間と食べる小豆寒天はとても美味しい。杏子飴もここにいたなら、四人は彼の冷たい皮膚から放たれる冷気のおかげで、内側だけでなく外側からも涼めていたことだろう。


後日談:僕達の冒険はまだまだこれからだ!

グルイラオ 夜

夏祭り


御侍:お客様!美味しいあんず飴、食べていきませんか??


御侍は通りすがる一人ひとりのお客に声をかける。だがそんな事をせずとも御侍の屋台には既に長蛇の列ができている。


土瓶蒸し:――

おせち:――

ブルーチーズ:――

オペラ:――

マンゴープリン:――

ゼリー:――


湯葉の野菜春巻きが事前に宣伝してくれていたおかげか、見知った食霊の姿も列の中にあった。


うな丼:おい、お主!食べ物を口にしながら料理をするものでないぞ!

杏子飴:……。


振り向くとうな丼が屋台内で虹飴を作る杏子飴に絡んでいる。うな丼の顔は赤い。どうやら酔っぱらっているようだ。


うな丼:おい!無視するな!そんなもの引っぺがしてくれる!


うな丼杏子飴の咥えるあんず飴の割り箸を掴む。


杏子飴:や、やめてください!


そして力強く引っこ抜いた。


杏子飴:おい!テェ〜メェ〜……。

うな丼:うお!なんだお主!やめっ、ウワッ!!


喧嘩が勃発した。

食霊同士の喧嘩に野次馬が集まる。


マンゴープリン:オ〜、いいぞーヤレヤレ〜!……って違う違う。ちょっとーケンカは止めなよ〜!

ゼリー:マンゴーちゃん……。

御侍:ハァー……。『あの姿』を克服するまでまだまだ長くなりそうだ……。


ーー「雪山に咲く『虹飴』」、ENDーー

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タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
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ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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