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聖なる夜のお話・ストーリー

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聖なる夜のお話


創世日祭典

1.前夜

創世日前夜


 帝国連邦のビクター帝国からの馬車が夜の闇に紛れてそっと城門に入ってきた。

兵士:止まれ!何者だ!

???:……

兵士:帽子を脱げ!創世日の前だ、不審者の入場は一切禁止している!

???:……

プレッツェル:待て。

 槍を持って馬車に座っている青年を取り囲もうとしている兵士たちは、冷ややかな声につられ振り返った。

兵士:あ!プレッツェルさん。

プレッツェル:彼らはクロワッサンの客人です。

兵士:ああ……そうですか……しかし……しかし……

プレッツェル:これは陛下からの書状と法王庁の証明書です。

 プレッツェルが差し出した書類を受け取り、入念に調べた兵士は、やっと警戒心を解いて笑顔を浮かべた。

兵士:申し訳ございません、先程は無礼な事をしてしまいました……

プレッツェル:構いません、これが貴方の職責でしょう。

兵士:今城門を開けます!

プレッツェル:ご苦労様です。

兵士:いえ、とんでもありません!しかしプレッツェルさん、彼らは一体……

プレッツェル:機密ですので、お話出来ません。

兵士:あ、あ!申し訳ございません!私共も機密を厳守します!

プレッツェル:うん。

 プレッツェルが馬車を案内している後ろ姿は、闇に包まれ、消えていった。


オルト帝国王宮

国王の書斎

 コンコン――

エッグノッグローストターキー

エッグノッグローストターキーー?

 エッグノッグが何度呼びかけても、部屋の主から返事はなかった。不審に思った彼は、牛乳とおやつを持ったまま書斎に入った。

エッグノッグ:……どこに行ったのでしょう?

ローストターキー:たす……

エッグノッグ:ん?

ローストターキー:助け…………

 か細い声が聴こえてきて、エッグノッグは一瞬だけ驚いたが、あたりを見回したあと突然クスクスと笑い始めた。

エッグノッグ:ぷっ……ははははは!!!

ローストターキー:……何を笑っておる!!!!

エッグノッグ:ははははは!!アホですか!!!本棚の下敷きになるなんて!!!はははは!!!!

ローストターキー:ほ、本をあんな高い場所に置いた奴が悪い!!!

エッグノッグ:ハシゴがあるじゃないですか、どうして使わずに自分で取ろうとしたんですかははははは!!!!!

ローストターキー:貴様ー!!!笑ってないで早く助けろ!!!

エッグノッグ:コホンッ。はいはい、今助けてあげますから。

ローストターキー:そうだエッグノッグクロワッサンシャンパンが手配した奴らはもう着く頃じゃないのか?

エッグノッグ:はい、安全な場所を用意してあります、問題ありませんよ。

ローストターキー:なら良い。じゃあ余は引き続き、創世日の計画を進めるとしよう。

エッグノッグ:準備に何日掛けてるのですか、あと数日でもう創世日ですし、今から進めても間に合いませんよ。シャンパンに良い印象を与えたいのはわかりますが、やりすぎです、ヤキモチをやいてしまいますよ?

ローストターキー:ほ、ほっとけ!


2.歩行

 プレッツェルは馬車をある通りの脇に止め、馬車の前にいるフードを被っている男に目線を向けた。

プレッツェル:歩けますか?ここから先の道は、馬車では通れません。

 その男は馬車から飛び下り、フードを脱ぎ、紳士的に馬車のドアを開けた。

アールグレイ:可愛らしいお嬢さん方?ここからは歩いて行かなければならないそうですよ。

シュトレン:……

モンブラン:……

メープルシロップ:……

ブリオッシュ:着きましたか?

 仲間たちのなんともいえない表情をよそに、アールグレイは馬車から降りようとしたシュトレンに手を差し出した。

シュトレン:あ、ありがとうございます。

メープルシロップシュトレン、お礼を言う必要はないですよ。こいつは女の子の手を触りたいだけです。手を引っ込めてください!支えてもらわなくても、いっ!いたたた……

アールグレイ:足の怪我まだ治っていないのに、飛び跳ねないでください。ほら、傷に障ったでしょう。

メープルシロップ:……フンッ!

モンブラン:はぁ……

ブリオッシュ:落ち着いてください。メープルシロップも静かにしてくださいね。私たちはこっそり来たんですから、見つかってしまえば、シャンパン陛下に迷惑かけてしまいますよ。

メープルシロップ:あっ……ご、ごめんなさい。

 馬車から降りてきた者たちはそれぞれ怪我を負っていた。

 本来、食霊である彼らは怪我に悩まされることはあまりない。しかし、彼らの傷には黒い靄が薄く掛かっており、その不吉な靄が傷を治そうとする霊力を阻害していた。シュトレンの力があっても、彼らの傷の治りはいつもより格段に遅かった。

 片足跳びをしているメープルシロップを背負おうとしたアールグレイだったが、突然プレッツェルに止められた。

アールグレイ:ん?

プレッツェル:貴方も負傷しているでしょう、私に任せてください。

 反論の隙もなく、その場にいる全員が気付いた時には、プレッツェルは既にメープルシロップを背負って歩き出していた。アールグレイは空っぽな自分の掌を見ながら口を開いたままぼんやりしていた。

ブリオッシュ:完治したと嘘をついてたんですね。ほら、法王庁の七戒律には一目でバレたではないですか。

アールグレイ:……ふふっ、流石法王庁の七戒律ですね。たかが軽傷で……いっ!!!ブリオッシュ?!!!

ブリオッシュ:はいはい、無理しないでください、早く行きましょう。


3.花

数日後

オルト帝国

メープルシロップ:あああああ――――つまらない!!!!

シュトレン:……メープルシロップ……まだ療養中です、もう少し我慢してください。

メープルシロップ:ううう、シュトレンが一緒で良かったです。本当につまらない……

シュトレン:よしよし、完治しましたら、一緒に遊びに行きましょう?

 抱き合っている二人の女の子を見て、モンブランは思わずため息をついた。

 彼のように日頃からじっとしているのが好きなタイプでも、このような隠れて傷が治るのを待ったり、先を急いだりする日々は退屈だった。

 隣のアールグレイは手で顎を支えながら、窓の外の青い空を眺めていた。手にしたスプーンをカップの中で揺らし、お茶をかき回していた。

モンブラン:(本当にすごくつまらなそうだ……)

ブリオッシュ:さて、明日が創世日ですね。ローストターキー陛下は、この創世日の準備を色々していたようですね。外は大変賑やかなようです。

 何か面白い事を言ってメープルシロップを元気づけようとしたブリオッシュだったが、創世日の盛況を聞いた彼女はまたシュトレンの胸元に頭を突っ込んで泣き始めた。

メープルシロップ:うぅぅーー私も行きたいぃぃ!!!!創世日ですよ!!!年に一度の創世日……

シュトレン:……よしよし……あれ、アールグレイさんどこ行くんですか?

アールグレイ:外で散策をしようかと。貴方は怪我していないですし、良かったらご一緒しませんか?

シュトレン:うぅ……私は、ここでメープルシロップの傍にいます。

アールグレイ:安心してください、私は節度のある人ですよ。はっ!ブリオッシュ、何をしているんですか?

 不意打ちで半歩下がったアールグレイは、自分の死角にいたブリオッシュの方を見た。

ブリオッシュ:やはり君の目は、この前の襲撃以来まだ完全には回復していませんね。

アールグレイ:……少しぼやけているだけで、支障はありません。

ブリオッシュ:君は軽重を弁える人ですので、私は君を止めたりしません。しかし忘れないでください、ここには君の帰りを待っている人がいる事を。

アールグレイ:安心してください、散策してくるだけですから。


 小道を抜けてメインストリートに出たアールグレイは、どこもかしこも楽しそうな雰囲気に溢れているのを見て、彼の表情も幾分ほぐれた。

女の子:お兄さん、お兄さん、お花はいかがですか?

 アールグレイの裾を控えめに引っ張っている小さな女の子は、目をぱちくりとさせ、顔にはうっすらと赤みがさしていた。女の子の前に跪いたアールグレイの優しい笑顔を見て、彼女は照れたように半歩下がった。

アールグレイ:小さな姫よ、どうして花を売っているのですか?

女の子:……お母さん、お母さんが、今回花を売って稼いだお金は全部自分で使っても良いって。私、あの綺麗なヘアピンが欲しいの。

 女の子の途切れ途切れの返事を聞いて、アールグレイは笑みを浮かべながら立ち上がった。彼はポケットから金貨を一枚出して、彼女の手の平に置いた。

アールグレイ:そのヘアピンはきっと、小さな姫のためのティアラになるでしょう。

 照れて真っ赤になった女の子は、花を一輪取り出しアールグレイに渡した。

女の子:お、お兄さん、お花。

 アールグレイは優しく花を受け取った。ただその女の子を驚かせたのは、彼は花の枝を折り、その花を彼女の耳に掛けた。

アールグレイ:小さな姫がティアラを手に入れる前、しばらくはこの花をティアラにしましょうか。とても似合っていますよ。

 真っ赤な顔で手を振りながら母親に駆け寄っていく女の子に別れを告げると、隠れて生活しているストレスはなんとか解消された。彼は嬉しそうに目を細めて、街の雰囲気を楽しんだ。

 しかし、突然街を駆けていくある人影のせいで、アールグレイは眉間に皺を寄せ、目を覆った。


4.お茶会

 前回の戦闘で怪我をして以来、アールグレイの左目は何を見てもぼんやりとしか見えず、時にはうっすらと痛みを覚える事もあった。

 走り去っていった人影によって、彼の目は焼けるように痛み出した。

アールグレイ:う――!

 その激しい痛みは、アールグレイの脳を蝕んだ。彼は目を強く押さえ、歯を食いしばって、杖で体を支えながら、その男を追いかけた。

 ――このような強い痛み、もし彼の予想通りなら……

 ――その人物は、きっとあの「神様」と何かしら関係がある筈。

 アールグレイは目の前の手がかりを失いたくなかった。彼にはいつもの余裕はすっかりなく、よろよろとその男の後を追いかけ走っていた。

 タッタッタッ――

アールグレイ:(こ……ここは……)


しばらくして

聖音福祉院

 アールグレイは眼球の痛みを抑えながら、慎重に目の前の黒い服の男性を追った。

 その男性もなんだか緊張した面持ちで、仲間と落ち合った後、二人して福祉院の建物の隅で何かを書いていた。

 二人が不気味な文字を書いていくにつれ、アールグレイの眼球の痛みが増していき、目の前の全てが歪んで見えた。彼は壁に手をついて、体を支えた。鋭い犬歯で自分の舌先を噛み切る事で、強引に意識を保たせその二人の動きを観察した。

 突然、一人が自分の首にかけていたネックレスを引きちぎった。赤い光を見てその人は眉をひそめた。アールグレイがその赤い光に見覚えがあるかどうかと考えている間、その人はポケットの中から数本の試薬を取り出し、力を込めてある方向に向かって掛けた。

???:誰?!

マドレーヌ:まずいわ!

 その蛍光色の試薬が散布された事で、まだ辛うじて我慢出来ていた激痛は更に強さが増した。眼球が破裂するほどの痛みがアールグレイの頭を搔き乱した。痛みから逃れようと首を振ると、いつもきちんと頭にかぶっていたシルクハットが舞い落ちた。

 意識が徐々に遠のき、アールグレイの目の前の世界が歪んでいく。

 意識が途切れる寸前に見たものは、眩い光を放ちながら開いていく小さな宝石箱だった。


マドレーヌ:ねぇーー!

アールグレイ:……

マドレーヌ:ねぇ!どのドレスが似合うかしら?

アールグレイ:……ん?

 ハッと気がついた時、アールグレイの目に映ったのは生花で飾られたアーチの門だった。その門の中からハツラツとした女性の声が聞こえてきた。

ラムチョップ:…………どれも同じだろうが。

マドレーヌ:同じじゃないわ?!これはオブラート生地よ!薄くて軽くて、着ているとなんだか空を飛べるような感じがしますわ!そしてこれはマルトースの薄い生地、透き通るような麦芽の色が出ていますわ!

ラムチョップ:……

 ――今はアフタヌーンティーの時間、今日は魔女たちのお茶会を楽しもう。

 頭の中で突如浮かんだ言葉によって、アールグレイは歩き出し、そのキャンディーと薔薇で出来たアーチの門をくぐった。

 アーチの門を通ると、先程まで見えていた花園は消え、デザートが盛られた長いテーブルが目に入った。アールグレイは真っ白なテーブルを観察した。それは「テーブル」ではなく、綺麗に塗られたクリームで、隅からは甘いクッキーの香りを漂わせていた。

アールグレイ:……甘い匂い。

 彼が何かを発言する前に、言い争っていた二人はエスカレートしていた。

マドレーヌ:私を無視してお茶を飲むなんてどういうつもりかしら!私を見なさいよ!

 ――沈黙をもって対応すると、女の子をもっと怒らせるだけ……

 アールグレイは気怠そうにクッキーで出来た椅子に腰を下ろした。指先を軽く握ると、透明な飴で出来たティーカップが彼の元まで漂って来た。

 目は痛いままだったが、彼は既にその痛みに慣れ、更にはその痛みを無視できる程になっていた。

 彼は首を傾げて、他人事のように二人の喧嘩を傍観した。もちろん、他の女性たちも笑顔で二人の言い争いを興味深そうに注目していた。

ラムチョップ:……十何着以上も着替えただろう!いつもそうだ!鬱陶しいなクソ女!

マドレーヌ:友より女を重視するクズ!もしあなたの愛人が選ぶよう言ってきたら、あなたはそんなに苛立たないんでしょうね!

ラムチョップ:クソ女、私に愛人なんているか?!

マドレーヌ:フンッ!他の人はあなたのように私を蔑ろにしないわ!明らかに私を軽視してますわ!

ラムチョップ:誰であろうとその服の違いなんてわからないぞ?!

マドレーヌ:嘘よ!

 アールグレイは子どものような喧嘩をしている二人を面白そうに傍観していた。突然辺りを見回し始めたマドレーヌが、ドレスの裾を上げてぷんぷんと彼の前に飛んで来た。彼女は顎を軽く上げ、意気揚々としたその様子は高飛車なカナリアのようだった。

マドレーヌ:ねぇ!そこのマッドハッター!どのドレスが私に似合うか言いなさい!


虚妄の国

1.童話

 アールグレイの手の中にあったティーカップはぴくりと震え、そして、すぐに落ち着きを取り戻した。彼は礼儀正しい笑顔で、ティーカップを置いて顔を上げた。

ラムチョップ:フッ、目が痛くて発狂しそうな者にそれを聞くのですか?

マドレーヌ:私の自由よ!言いなさいマッドハッター、どちらが似合うのかしら?!

アールグレイ:魔女グレーテルはもちろん何を着ても美しいですよ。

ラムチョップ:フンッ、綺麗事になんの意味があるんだ。

マドレーヌ:黙ってて、マッドハッター続けなさい!

アールグレイ:オブラートのドレスは、ダンスの時に巨大なバラのように咲き誇るでしょう。マルトースで出来た糸飴のドレスは、より一層貴方の上品さを引き立てさせるでしょう。高い場所から降りた時、貴方はきっと全ての王子の注目の的となりましょう。どちらも美しいですが、それらが最も美しくなる時は貴方がそれらを着る時です。

マドレーヌ:……

ラムチョップ:……

アールグレイ:ん?

マドレーヌ:よく言ったわ!バカひげ!そこのハッタ―さんを見習って頂戴!

ラムチョップ:……さっきまでマッドハッターって呼んでただろうが、もうさん付けか、これだから女は……

マドレーヌ:フンッ、あなたは彼のセンスを妬んでいるに違いないわ!決めたわ!マルトースドレスを着るわ!レッドカーペットを歩いた後にオブラートドレスに着替えてシュールストレミングの貝殻ドレスを抑え込んであげますわ!自分の王子を見つけたって、わざわざ巻貝を送ってお知らせしてくるなんて?!フンッ!

フルーツタルトシュールストレミングは最も美しいドレスを着て、彼女の王子様と共にイルカが引く珊瑚馬車に乗って舞踏会に参加すると言っていた。

マドレーヌ:……うっ……

クッキー:あら、グレーテルちゃん、王子を見付けないと負けてしまうわ~

 アールグレイは明らかに火に油を注いでいる二人の魔女に視線を向けた後、爪を噛んで眉をひそめているマドレーヌを見た。

マルガリータ:グレーテル姉さん、公爵様にお願いしてみたらどうでしょうか?

 マドレーヌマルガリータのアドバイスを受け、席に座ってのんびりとお茶を淹れているラムチョップを見てから思いっきり頭を振った。

マドレーヌ:あのようなセンスのない男はいりませんわ!ハッタ―さん、私と共に魔鏡女王の舞踏会に行ってくださいませんか?

アールグレイ:……?

 突然指名され、アールグレイは顔を上げた。ただ茶番を見ていただけの彼は、思わず自分の乾いた唇を舐めた。

フルーツタルト:あら、ハッターちゃん。淑女の誘いを拒む者は、紳士の風上にも置けぬよ。

クッキー:フフッ、ハッターさん、グレーテルちゃんのお目は高いわ?彼女のお誘いは紳士にとって最高の褒め言葉よ。

 茶番を見ていた二人の魔女の戯言を聞いて、アールグレイは仕方なく軽くため息をついた。彼は手にしていたティーカップを置き、座っている間に少し皺になった裾を軽く叩き、マドレーヌに向けて笑顔を見せた。

アールグレイ:美しい魔女さんの憂を晴らせるのなら、光栄です。

フルーツタルト:マッドハッター……

アールグレイ:ん?

フルーツタルト:真実の愛は、この世の全ての呪いを解くことが出来る。小さな王がハートロックの鍵を探し当てた時、公爵が自分の懐中時計を見付けた時、白き姫が自分の杖を取り戻した時、そして願いが欲望に勝った時。全員が必ずしも良き遠方に向かった時、童話は初めて終章に向かえよう。


2.恍惚

 強烈な痛みの中、アールグレイはゆっくりと目を開けた。

 目の前には先程までのバラ色の森林も、木々の間を飛ぶ精霊もなかった。

アールグレイ:……こ……ここは……

 激しい痛みが目から頭に広がり、アールグレイは壁に手をついてよろめきながら立ち上がった。朦朧としている中、彼はあたりの様子を見渡した。

アールグレイ:グ……グレーテル……さん?

アールグレイ:違う……彼女の事は知らない……魔女……待て……

 アールグレイは壁を使って体を支えながら、ゆっくりと動いた。

 しかし次の瞬間、また激しい痛みが襲ってきた。


マドレーヌ:ハッターさん?ハッターさん!!!!マッドハッター!!!!!

アールグレイ:うわっ――――!

マドレーヌ:……大丈夫かしら?

アールグレイ:……ええ……ただ……少しぼんやりしているだけです。

マドレーヌ:……これを「ぼんやり」と呼ぶにはあまりにも……

 マドレーヌの指さした方向を見ると、茂っていた草むらはまるで嵐に荒らされた後のようになっていた。マドレーヌのキャンディー馬車までもがバラバラに破壊されていた。

アールグレイ:これは、私が……?

マドレーヌ:そうよ。馬車に乗ってすぐ、あなたは突然狂い出して、目を覆いながら、この世界は全て偽りだ、私たちはこのままここにいてはいけないと叫んだわ。私の馬車も破壊されてしまったのよ!

アールグレイ:……えっと……これは……修理出来ますか……

マドレーヌ:出来る訳がないでしょう?!ああああ――私の馬車――

 荒れ果てた現場を見て、アールグレイは頬を掻いた。彼がどうすれば良いか悩んでいると、マドレーヌはわがままな態度を切り替え、ドレスの裾を上げてゆっくりと森を抜ける方向へと歩いていった。

アールグレイ:あの、グレーテルさん?

 広がったドレスと尖ったハイヒールのせいで、彼女はこの魔法の森でうまく歩く事が出来なかった。狼狽した状況でも、彼女は背筋を伸ばし、顎を軽く上げ、ドレスを両手で上げながら歩いていた。まるで柔らかな花の絨毯の上を歩いているように、上品で、優雅だった。

 彼女の後ろにいたアールグレイは、慌てて足を速め自分の腕を彼女に差し出した。

 自然とアールグレイの腕に手を掛けたマドレーヌは、見るからにホッとした表情を浮かべた。傍にいるアールグレイも少しリラックスした彼女に気付いたのか、少しだけ笑った。

マドレーヌ:何を笑ってるのかしら?

アールグレイ:てっきり私に腹を立てているのかと思っていました。

マドレーヌ:その通りですわ、しかしあなたに怒りを向けても何の意味もありませんわ。それとも私の馬車を元に戻すことができるのかしら?

アールグレイ:……いえ、私のせいです。私が貴方の馬車を壊しました。

マドレーヌ:フンッ、わかっているならいいわ。

アールグレイ:どうしてもっと歩きやすい服装に着替えないのですか?或いはもう少しリラックスした方が楽になりますよ。

 マドレーヌは軽く顔を上げて、アールグレイの方をちらっと横目で見た。彼女の顔は相変わらず堂々と、自信に満ち溢れていた。

マドレーヌ:ハッターさん、私たちがなぜ魔女と呼ばれているのかご存じですか?


3.魔女

マドレーヌ:ハッターさん、私たちがなぜ魔女と呼ばれているのかご存じですか?

アールグレイ:詳しくお聞かせください。

マドレーヌ:私たちはこの美貌から魔女の名を冠された、そうする事で無能な者が犯した全ての過ちは魔女への罰となった。

アールグレイ:……それは……

 アールグレイが自分の意見を示す前、マドレーヌは声のトーンを上げた。彼女の声は、自分の身分への誇りが満ちていた。

マドレーヌ:私たちはこの美貌から、魔女の名を冠され、このドレスのせいで、猛獣扱いされた。しかし、そうすればするほど、私の顔は私の槍となり、私のドレスは私の強固な盾となっていったわ。

アールグレイ:……

マドレーヌ:魔女であるなら、私たちこそこの世で最も美しく神秘的な存在。私たちは何よりも美しくあり続けなければならない、手の届ない高嶺の花にならなければならない。このような小さな森に、魔女たる私が簡単に負けるわけにはいかないでしょう?

 軽やかで、自信たっぷりで傲然とした声だったが、この瞬間の彼女は、アールグレイが初めて出会った時のわがままなマドレーヌではなかった。アールグレイは俯き、首を軽く振って、一笑して足を止めた。

マドレーヌ:あら?どうかしました?

アールグレイ:……どうやら私は私たちの魔女を蔑ろにしているようですね。偉大な魔女に向かって普通の淑女のような扱いをしてはいけませんね。この世で最高の馬車を、どうにかしてご用意します。

マドレーヌ:そう?

 マドレーヌは自分の手の甲に口づけをしたアールグレイを見て、自分で念入りに描いた眉を上げた。

 目の底から自信が溢れていたアールグレイは、半歩ほど下がり、マドレーヌに向かって完璧な一礼をした。ただ彼は礼をした時に外したシルクハットをかぶらず、高く空に向かって投げた。

 シルクハットは地面に落ちる事なく、高く空中に舞い上がり、広い森が遮る事のできない空で、色とりどりの花火を咲かせた。

 その点々とした花火は七色の光となって、少しずつ大きなシルクハットの形になっていく。

 空を見上げたマドレーヌは絢爛な天の川をぼんやりと見ていた。彼女のその宝石のような両目は、この時眩く輝いていた。

 まだ目の前の光景に浸っていた時、突然、足元の地面から奇妙な振動が伝わってきた。

 ゴロロロロロ――

マドレーヌ:うっ?!

 マドレーヌは俯いて、振動がする方へと目を向けた。微かな振動は段々と大きくなっていき、二つの丸い黒色の影が、ぴょんぴょんと彼女のいる方に向かって飛んで行った――


4.そり

 マドレーヌは俯いて、振動がする方へと目を向けた。微かな振動は段々と大きくなっていき、二つの丸い黒色の影が、ぴょんぴょんと彼女のいる方に向かって飛んで行った――

マドレーヌ:うわーー!

 避けようとしたマドレーヌは、背後のアールグレイに手を引かれ一つターンをして、ドレスの裾は花びらのように回転しながら舞い降りた。

 ポンッ――

 二人に向かって突っ込んできた黒い影は、二人がよけた後、目の前の大きな木にぶつかり、ウサギの耳が生えているフクロウたちを驚かせた。

マドレーヌ:マッドハッター!

アールグレイ:フフッ、失礼致しました。申し訳ございません、私の友人は少しおてんばな所がある故。

シュトレン:いたたた――

アールグレイ:どうして貴方はいつもこんなにそそっかしいのですか?

 アールグレイの手を引っ張って、立ち上がったシュトレンは少しきまり悪そうに、自分の後頭部をさすった。

シュトレン:えへへ……すみません、トナカイたちは長い間走っていなかったので、少し興奮していました。あら……こちらは?

アールグレイ:この方は魔女グレーテルです。私はうっかり彼女の馬車を壊してしまったので、貴方のそりをお借りできますか?

シュトレン:……また発狂しているのですか?

アールグレイ:えっと……

シュトレン:良いでしょう、どこに行こうとしているのですか?お送りします。

 傍に立っていたマドレーヌは、シュトレンの精緻なそりと、そりと引くトナカイを見て、困ったようにアールグレイに目を向けた。

マドレーヌ:これが……その世界一の馬車ですか?

アールグレイ:もちろん今はまだそうではありません。しかし、すぐにそうなります。ここはまず魔女グレーテルに少しだけ我慢して頂き、冒険に付き合って頂きたいです。

 そりに乗り込み手を伸ばしているアールグレイを見て、マドレーヌはホッと一息をつき、彼の方に手を伸ばした。

マドレーヌ:ハンサムなあなたに免じて、一度だけ信じてあげるわ。

アールグレイ:私たちの目的地は、高塔の魔法使いの空中庭園です。

シュトレン:わかりました。捕まっていてくださいね!トナカイ!行きますよーー!


5.夢中の微笑み

 バラ色のファンタジーな魔法の森の中、二頭のトナカイが引く小さなそりはものすごいスピードで走っていた。

マドレーヌ:こんなに速く走っているのに、まったく揺れませんわ。このそりすごいわね。

シュトレン:これは魔法のマッチを使って祈って手に入れた魔法のそりです。この世で最高のそり、雪の上でも森の中でも、何の問題もなく走れます。

マドレーヌ:えっ――魔法のマッチ?

シュトレン:はい、父からの贈り物で、全部で三本あります。

アールグレイ:うっ――ふぅ……ふぅ……

マドレーヌ:……彼……彼はどうかしたのですか?

シュトレン:ああ、マッドハッターさん。また発作が。

マドレーヌ:あら?彼はずっと病気を患っているのかしら?皆が彼をマッドハッターと呼んでいるのは、それが原因?

シュトレン:ええ、彼はいつも目が痛くなるらしいです。最も痛い時には暴走します。彼は、その時にはいつもこう言います……んっ……

マドレーヌ:ここは本当の世界ではない、私たちはこのままここにいてはいけない?

シュトレン:そうです、グレーテル魔女さん、貴方はどうしてそれを知っているんですか?

マドレーヌマドレーヌで良いわ。彼はそう叫びながら、先程私の馬車を……

シュトレン:はぁ、彼は普段からずっと目が痛いらしいです……

マドレーヌ:えっ――!ずっと痛いのですか?発狂する前の彼は普通でしたわ。

シュトレン:はい、ずっと我慢しているそうです。もし彼の役に立てられたら良いんですけど。

マドレーヌ:えっ……

 マドレーヌの視線の方を見ると、先程までのんびりと淑女たちと会話を楽しんでいたアールグレイは、両目を閉じ、悪夢にうなされているようだった。


???:人間……人間……人間……死……死……死ね……

アールグレイドーナツ、彼女たちを連れて先に逃げてください!

ドーナツ:あなたは?!

アールグレイ:せっかくここまで来たんです!そう簡単に見逃す訳にはいきません。

ドーナツ:……どうするつもりですか?

アールグレイ:早く行ってください、私もすぐに追いつきます。

 落下してきた石によってドーナツは後退せざるをえなかった。彼女は更に奥へと向かったアールグレイの後ろ姿を見て、焦りながら拳を握った。振り向くと周囲には昏睡、そして負傷している仲間たちがいた。彼女は悔しそうに足を踏み鳴らした。

ドーナツ:走って!


アールグレイ:神……神……

シュトレン:あぁ、アールグレイさんお目覚めですか?

アールグレイ:う……痛い……

マドレーヌ:目を覚ましたわね。大丈夫ですか?今夜私と舞踏会に行く予定だったけれど。

アールグレイ:だい……大丈夫です……

シュトレンアールグレイさん、到着しました!

 マドレーヌアールグレイは、シュトレンの指した方向に目を向けると、雲を突き抜ける程に高い塔が森の果てに立っていた。塔の下には緑の海が延々と続いていた、全ての枝にある新芽には白い花が咲いていた。


6.蔓

 アールグレイの手を握ってそりから飛び下りたマドレーヌは、ドレスの裾を上げて雲の中にそびえたつ高い塔を見上げた。彼女は手を上げてあまりに眩い日光を遮り、目を細めて塔の先端にあるガラス玉のような丸い建造物を見た。

マドレーヌ:……あれは……何かしら……

アールグレイ:あれですか、貴方の馬車を作るために必要な方が住んでいる場所です。

マドレーヌ:あら?この上に人が住んでいるの?

シュトレン:これが伝説の空中植物園ですか!本当に高いですね……あれ……ドアがないみたいです、どうやって中に入れば良いのでしょうか?

アールグレイ:フフッ、私のこの友人は、魔法王国の中で最も魔法植物の栽培を得意とする植物学者です。入り方については……

アールグレイ:ダニエル――

マドレーヌ:軽く呼んだだけで、彼には聞こえるのかしら?

アールグレイ:聞こえますよ。

 シュトレンマドレーヌに見守られながら、アールグレイは塔の下にある奇妙な蔓をそっと引っ張った。

 しばらくすると、女の子たちの疑惑の視線の中、一輪のアサガオが高い塔の上から降りてきた。アールグレイはアサガオを手慣れたように引っ張った。

アールグレイ:もしもし――ダニエル、聞こえますか?

アサガオ:あぁ、マッドハッターですか!

アールグレイ:ええ、ある物を取りに来ました、上がっても?

アサガオ:良いですよ、少し待っていてください、今髪を下ろします。

アールグレイ:お願いします。

 ゆらゆらと上に戻って行くアサガオを見て、マドレーヌシュトレンは沈黙していた。そしてマドレーヌは静寂を破った。

マドレーヌ:……アサガオで話せるのにどうして叫んだのかしら?

アールグレイ:儀式的な物に過ぎません、そして声出しも必要でしょう?

マドレーヌ:……

シュトレン:……


7.塔を登る

 シュトレンの背中に痒みを感じさせるほどの気まずい空気の中、一束の長い髪が三人の前にゆっくりと降りてきた。

シュトレン:……?

マドレーヌ:あら?これは何かしら?

アールグレイ:ダニエルの髪は変わらず、触れるとシルクのようですね……

マドレーヌ:……この男は、女だけでなく男にもそういう事を言うのね……

アールグレイ:フフッ、私はただ美しい人たちに対し適切に称賛しているだけです。

マドレーヌ:……クズ。

アールグレイ:ん?

マドレーヌ:なんでもありませんわ、どうやって上がれば良いのかしら?

アールグレイ:どうぞ。

シュトレン:髪で?!ダニエルさんきっと痛いですよ!

アールグレイ:ダニエルを甘く見ないでください。見た目程弱い人ではありませんよ。強い美人です。

アールグレイ:では、美しいお嬢さん方、どちらが先にこのような特殊な塔の上がり方を試してみたいですか?

シュトレン:では、私が……えっ……マドレーヌさん?

 マドレーヌシュトレンを自分の後ろに引き寄せた。微かに顎を上げて、その紳士のような男を睨んだ。

マドレーヌ:やはり男は信用できませんわ、どんなにハンサムな男でも女の子に下心を持っているものよ!

アールグレイ:……それはどういう?

マドレーヌ:私たちはドレスを着ているわ!私たちが先に上るなんてありえない!

アールグレイ:これは……考えが及ばず、申し訳ございませんでした。では私が先に上がらせて頂きます。その後、ゆっくり来てくださいますか?

マドレーヌ:フンッ、言われなくともそうするわ。

アールグレイ:貴方たちお二人だけで大丈夫ですか?

シュトレン:ええ、ハッタ―さんご安心ください。

マドレーヌ:うるさいわ、早く行って!急いで舞踏会に向かうための馬車が必要ですわ!

アールグレイ:はい、仰せのままに。


8.植物

 アールグレイは、マッシュポテトの長い髪を掴んで塔の上に行った。マッシュポテトの手を借りて、彼は不思議な植物で満ちた円形の温室に飛び込んだ。

アールグレイ:ダニエル、お久しぶりです。

マッシュポテト:久しぶりですね。どうですか、まだ目は痛みますか?

アールグレイ:まだ痛いですが、貴方の魔法のバラのおかげで、大分良くなりました。

マッシュポテト:それはよかったです。ああ、私の手を引っ張ってください。

シュトレン:ありがとうございます。

 マッシュポテトの手を借りて温室に入ったシュトレンは、顔を上げて温室にある魔法植物を見て驚いた。

シュトレン:これは空に届く梯子になれる魔法の豆!これは……これは願い事を叶えてくれる魔法のバラ!あっ、これは大きくなったり小さくなったり出来る実が成る魔法の木!信じられない――

 興奮しているシュトレンを見て、マッシュポテトアールグレイは顔を見合わせ、軽く笑った。しかしすぐに、震えてもがいている声が窓の外から聞こえてきた。

マドレーヌ:……わ……私を……引っ張って……

アールグレイ:フッ、ただいま。いっ――痛いです――どうして私をつねっているのですか?

マドレーヌ:笑いを堪えていること位わかっていますわ!

アールグレイ:コホン、親愛なる魔女さん、ダイエットした方が良いですよ。さもなくば貴方のドレスはその豊満な体をさえぎる事が出来なくなるかもしれません。

マドレーヌ:あなた?!!!

シュトレン:クスクス――――

マドレーヌシュトレン?!どうして貴方まで私を笑うのです?

シュトレン:いえ、私はただ、ハッタ―さんはとても仲良しなのだと思っただけです。ハッターさんは他の方とこのような口論はしないので。

マドレーヌ:私が彼と仲良し?!

マッシュポテト:ハハハハ、仲が良いのは良いことですよ。ところで、まだ聞いてなかったですね、わざわざここに来てどうされたのですか?

アールグレイ:はい、ダニエル。ここに来たのは、ゴールデンアップルを一つ頂けないかとお願いしに来たのです。もうすぐ実るはずですよね?

マッシュポテト:良いですよ、持ってきます。こちらでしばしお待ちください。

9.虚実

 マッシュポテトは鼻歌を歌いながら長い髪を引きずって温室の奥に向かった。マドレーヌシュトレンは不思議そうにこの狭い空間を見回していた。

 温室の奥に入っていなくてもわかる、 この小さな場所には魔法王国の人々から愛された無数の珍しい草花が植えられている。森の中に長く住んでいたシュトレンはもちろん、お宝に目が肥えた魔女も、 驚いた顔をしていた。

 彼女たちが興奮しているのを見て、アールグレイは笑った。彼は頭を軽く振って、傍にあったベンチに座ろうとすると、 また痛みに襲われた。

アールグレイ:うーー!

 再び目を覚ました時、 目の前にあったのはバラ色の不可思議な温室ではなく、 薄暗い小さな部屋だった。

 アールグレイは自分の杖で身体を支えて立ち上がった。

 --魔女さんと白雪は?

 --いいえ、 貴方はマッドハッターなんかではない。 白雪も魔女もいない。 貴方はアールグレイ

 --この世界は嘘......また変な夢を見ているのですか......?

 --そう、 こここそが現実だ。

 千鳥足で小さな部屋を出た彼は、 杖があったため辛うじて倒れる事はなかった。

 激痛が走る目は、アールグレイの身体にまで影響を与えた。 彼はよろめきながら建物から出ていった。庭に向かう途中には、 妙に懐かしい姿がちらほらと倒れているのが見えた。

アールグレイ:うさぎ......さん......違う......彼は教皇代理のクロワッサン......私は......

???:ーー帰りなさい、貴方の世界はそっちだ。

アールグレイ:誰!

???:ーーどうして害虫を助けるのか、 貴方の世界はそっちだ。 美しく、 善良で、 そっちで利用されたり、傷つけられることはない......

アールグレイ:......誰?!

???:......悪い子たち......どうして、 あんな害虫を助けるのか......眠れ......眠れ......素敵な夢の中で、永遠に眠るが良い......

シュトレン:ハッターさん!!!ハッターさん!!!起きてください!!!

マッシュポテト:ハッターさん?!ああああフランケンこれは使わないで! メドゥーサの実を使ったら命の危険が!それもダメですそれは私の七色花です!

マドレーヌ:クソハッター!!!目を覚ませーー


10.怪人

 アールグレイが再び目を覚ました時、 美しかった温室は、 嵐が暴れた後のように見えた。彼の前に立っていた人たちは、 まるで大敵が来た時のような顔をしていた。

アールグレイ:ふむ......

 動こうとした彼は、自分が引き伸ばされたキャンディーや、 色とりどりの蔓や小麦、そしてどこからともなくやってきた奇妙なネジによって地面に縛り付けられている事に気付いた。

マドレーヌ:......クソハッター?目が覚めたかしら?

マッシュポテト:ハッターさん?

ミネストローネ:ダニエル、アンタこんな奴に優しくすんな!アンタの温室の半分が壊れてんだぜ!おいっーー!目覚めたか?!

マッシュポテト:彼もわざとではないですし......

シュトレン:......目つきは正常になったみたいです。 ハッターさん!ハッターさん大丈夫ですか!

アールグレイ:ゴホゴホ......そろそろ私を放してくれないと、 大丈夫ではなくなるかもしれません......

ミネストローネ:フン。

 シュトレンの力を借りて立ち上がったアールグレイは狼狽した様子で身体に残された残骸を叩き落した。

ミネストローネ:フンッ、何が言いたいんだ?これは全部アンタがやったことだ。 たまたまオレが帰って来たから良かったけど、 そうじゃなかったらダニエルの温室は全部壊されただろうな。

マッシュポテト:大丈夫ですよ、ただの草花ですし、魔法植物もそこまで弱くないです......フランケンは気にし過ぎですよ。

 マッシュポテトの見えない所で、 フランケンと呼ばれた青年は白目を剥きながら小さな声でつぶやいた。

ミネストローネ:幻の中にいても、このザマか。

アールグレイ:......?

ミネストローネ:何見てんだ?!まだアンタらに聞いてなかったな!ダニエルの温室に何しに来たんだ?!

マッシュポテト:ゴールデンアップルを一つ貰いに来ただけですよ、 フランケンは少し落ち着いてください。他にもたくさんの魔法植物があるでしょう。

ミネストローネ:何が「だけ」だ?!一つ育てるのに何年掛かるのかわかってんのか?!

マッシュポテト:はいはい 落ち着いてください、長年の隣人ですし。

ミネストローネ:誰が長年の隣人だ......ここにあのクソガキは来ないからな、 さもないととっくにアンタを連れてこっから出てたぜ。

マッシュポテト:はい?

カプチーノ:この怪人め!ダニエル姫を解放して!!!


11.ジャック

 マッシュポテトとフランケンの息の合った口論に誰も口を挟むことが出来なかった時、突然、窓の外から騒がしく元気な声が聞こえてきた。

カプチーノ:この怪人め!ダニエル姫を解放して! このぼく、 ジャック王子は決して姫をあなたに渡したりしない!

ミネストローネ:この野郎!どうやって上がってきた?!

 フランケンは、アールグレイたちが来た時に通った窓の方へと走っていく。そこから見えたのは、巨大な蔓が成長し続け、 空までたどり着きそうになっていた様子だった。

 フランケンと呼ばれた青年のこめかみから出た青筋は、 先程まで彼に怯えていたシュトレンを困惑させた。暴走していたアールグレイの時程怒り狂っておらず、強いて言うなら......

ミネストローネ:クソガキ!なんで来やがった! 俺の魔法の豆を盗んだだろう?!

 ーー「言うことを聞かない弟がまた悪戯をした」事に対して腹立っているように見えた。

カプチーノ:あなたの魔法の豆なんて盗んでないよ!それはダニエル姫から頂いた物だよ!彼女はぼくがここに来たいならこの豆を使っても良いって言ってくれた!この怪人!早く姫を解放して!

マッシュポテト:アハハハ......ジャック君、 何度も言ったように、 僕は姫ではなくダニエル教授です......

ミネストローネ:クソガキ!去れ!

カプチーノ:イヤ!イヤだ!姫さま、 ぼくと一緒に行こう! ここから離れよう!ぼくがこの怪人をやっつけるから! 怖がらないで!

マッシュポテト:......ですから、 姫ではないと......

ミネストローネ:クソガキ、オレをやっつけるって?!豆の食い過ぎで頭おかしくなったか?

カプチーノ:誰がクソガキだ!ぼくは偉大なる勇者ジャックだよ!巨人を倒した勇者ジャック!姫さま!早く僕と一緒に行こう!

 頭が痛くなる程に騒がしい喧嘩華をよそに、 アールグレイは耳を抑えているシュドレンと、我関せず魔法の尊を摘んで食べているマドレーヌを見ながら、自分の鼻先を撫でた。彼は一歩引いて、目の前の 「家族喧嘩」に巻き込まれないようにした。

 喧嘩をしていた二人も気づかなかったのは、ついさっきまで笑っていたマッシュポテトの顔が少しずつ強張っていっているという事。

マッシュポテト:ジャ......ジャック......

カプチーノ:姫さま!えっ、ええと、 ダニエル先生......

マッシュポテト:植物学の採集課題は出来ているんですか?

カプチーノ:えっと......

マッシュポテト:では提出する時に、五千字以上の反省文も持って来てください。 今度また姫様と呼んだら、もうここに来なくても良いです。

カプチーノ:うぅ!ダニエル先生!!!

マッシュポテト:フランケン、何を笑ってるんです......

ミネストローネ:え、え......いや、別に......オレは露を買ってくる、 ハートの所のバラ露は多分また......

マッシュポテト:お願いします。ハッターさんのためにゴールデンアップルを摘んで、 それからアップルの木のおじいちゃんに肥料を掛けてあげましょう。

ミネストローネ:肥料ってのは鼻水虫の鼻水か?!

マッシュポテト:もちろんそうですよ、 行きたくないですか?

ミネストローネ:......オレは......行くけど......

 柔らかな物腰でどうにか二人を「宥めた」。マッシュポテトは申し訳なさそうにアールグレイの前までやってきた。

マッシュポテト:すみません、お恥ずかしい所を......

アールグレイ:いえ、私こそ突然暴走して貴方に迷惑を掛けてしまいました。

マッシュポテト:迷惑だなんて......ただ、 一つだけお願いがあります......宜しいでしょうか......


12.請求

マッシュポテト:迷惑だなんて......ただ、 一つだけお願いがあります......宜しいでしょう......

 深刻そうに両手を組んでいるマッシュポテトを見て、 アールグレイは少し不思議に思った。彼は思わず力を抜いていた背筋を再び伸ばした。

アールグレイ:どうぞ仰ってください。 私に出来る事なら全力でお手伝い致します。

マッシュポテト:では......あなたが見ていたもう一つの世界の事を教えてくださいませんか......

アールグレイ:! ! ! ! ! ! ! !

アールグレイ:コホン、貴方......何を言っているのですか?

マッシュポテト:......貴方の見ていた別の世界の事を教えて欲しいです。

アールグレイ:言うまでもなく、それは私が暴走した時の狂言に過ぎませんよ。

 マッシュポテトは軽く首を横に振り、 青筋が出る程強く両手を握り込んだ。

マッシュポテト:フランケンは初めから僕のことを間違って呼んでいた。 彼はあなたと同じ、僕をマッシュポテトと呼んでいたんです。 彼もたまにさっきのような訳のわからない事を言います......

マッシュポテト:あなたたちからすると......彼は実験をし過ぎで狂ってしまった狂人。だからこそ別の世界があるという発想が生まれているのだと。

マッシュポテト:しかし、彼は僕の最も大事な友達です。 ずっと僕を守って、 こんなに広い温室でこれらの植物を研究させてくれて、 苦労して外から魔法植物も持ち帰ってくれています。

マッシュポテト:彼の言っている事は、 きっと本当の事だと僕は信じたいです。 彼のために何が出来るのかをずっと考えてきました......

アールグレイ:......申し訳ありませんが、 私には手伝えません。

マッシュポテト:えっ?!

アールグレイ:こういった言葉は、 やはり貴方自身が彼に伝えた方が良いでしょう。

 アールグレイの指さした方向に振り向くと、マッシュポテトは驚いた顔で肥料の入ったバケツをぶら下げて彼らに近づいてきたフランケンを見た。

ミネストローネ:......ダニエル......

ッシュポテト:......フランケン......ごめんなさい......僕は......

ミネストローネ:............どうして、 知りたいんだ......そういう事を......

マッシュポテト:もしその世界が本当なら、 あなただけが僕たちの過去を覚えているという事でしょう?悪夢を見ている時あなたはいつも怖い顔をしていた......それほどに恐ろしい思い出は......あなた一人で背負うべきではない......僕たちはいつも一緒にいるじゃないですか?

ミネストローネ:......

マッシュポテト:それに、僕たちの過去をあなた一人で覚えているのは、負担が大きすぎます。 例え恐ろしい思い出だとしても、 僕はあなたとの記憶を忘れたくないのです。

 フランケンとマッシュポテトのやりとりを見ながら、アールグレイはそっと半歩退いて、ゆったりとアフタヌーンティーを飲んでいるマドレーヌのそばに近づいた。

マドレーヌ:あら、クソハッターが帰ってきましたわ。 どうです?あのイケメンニ人との話し合いは?

アールグレイ:二人で解決した方が良い事もあります。

マドレーヌ:あら、シュトレンちゃん、 私はいつになったら私のイケメンくんを見つけられるのかしら。どうして私の行く先々のイケメン全員に可愛らしい女性パートナー、 あとは縞麗な男性パートナーがいたりするのだろう......ああああああ!!!

シュトレンマドレーヌさんもいつか自分に相応しいパートナーを見つけられますよ......あ!このクッキー美味しいです!

マドレーヌ:フフッ、美味しいでしょう? これは私の自信作ですわ~魔法で作ったクッキーは太らない絶品のスイーツですわ!


13.声

 お菓子家の魔女のアフタヌーンティーを楽しんでいたアールグレイたち三人は、我が物顔で他人の温室でくつろいでいた。

 三人に近づいて来たフランケンは、 いくつも並べられた茶菓子を見て、口角がピクついた。

ミネストローネ:アンタら、ここを自分家だと思ってんのか?

アールグレイ:それほどでも、私は主人に迷惑をかけないタイプの客です。

 アールグレイと言い合いたくなかったのか、フランケンは三人の方に向かって何かを投げた。

 マドレーヌが手を上げると、 ゴールデンアップルは弧を描きながら彼女の手に落ちた。

ミネストローネ:女、お前のアップルだ。

マドレーヌ:あら!綺麗ですわ!私にくださるの?!本当に?!

ミネストローネ:フンッ、どうせ出て行ってしまえばすべては幻覚だ。 アンタ、 ついて来い。

アールグレイ:私?

ミネストローネ:当然、アンタに決まってんだろう、来い。

 フランケンのそばに行くと、 アールグレイは不思議そうに取り繕う事をやめたその青年を見つめた。

ミネストローネ:アンタもその声が聞こえただろう。

アールグレイ:......何の声ですか?

ミネストローネ:どうして害虫を助けなければならねえのかと聞く声だ。

アールグレイ:......

ミネストローネ:その表情はやっぱり、 聞いただろう。

アールグレイ:......どういう意味かわかるのですか?

ミネストローネ:ケッ、あれらと関係のある人だから、全てを覚えているオレ程じゃないが、アンタはオレに聞かれなくても、 心の底は知ってるのだろう。 マッドハッター?いやアールグレイ

アールグレイ:......

ミネストローネ:アンタは気に食わない訳じゃないから、 忠告をやるよ。

ミネストローネ:願いこそ、この世界の最大の力だ。 どんな小さな願いも絶対甘く見てはいけねえ。


フルーツタルト:願いが欲望に勝った時。全員が必ずしも良き遠方に向かった時、 童話は初めて終章に向かえよう。


 フルーツタルトの漠然とした予言が響いた、 いつの間にか赤みがかった金色の蝶がひらひらと舞い上がり、 温室の窓から飛び出した。

 アールグレイの視線はその蝶に向けられた。その先には、華麗なレースの傘を開いて、ゆっくりと森の中に入っていく者。

ミネストローネ:ああ、あの女か......また芝居を見に来やがった......

アールグレイ:......

ミネストローネ:そんな目でオレを見るな。オレはアンタが思っているような善人じゃねえ。 オレはあの女と同じ、アンタらはどのような結末になるのか知りたいだけだ。 他の奴はオレとは関係ねえ。

アールグレイ:とにかく私は感謝していますよ。 フランケン。

ミネストローネ:オレはフランケンじゃねえ。 オレの名はミネストローネだ。

アールグレイ:はい、覚えました。 もし機会があれば、 是非外の世界でまた会いましょう、 ミネストローネ

ミネストローネ:外でオレと会わない方が良いぜ、 オレが出現するってことは決して良いことじゃねえ。さっさと行け。 魔法王国の姫の誕生日会がもうすぐ始まる。 これは王国最大の舞踏会だ。


14.白雪

 マッシュポテトの長い髪に沿って塔から降りたアールグレイたち三人は、手を振り塔の上のマッシュポテトミネストローネに別れを告げた。

 マドレーヌは目ざとく、 ミネストローネの手の中にある七色の花がを見付けた。彼女は肘でアールグレイの肩をつついた。

マドレーヌ:見て、あの人七色の花を持って何のつもりかしら......? ねえ? クソハッター?また気が狂ったのかしら?

アールグレイ:......彼は......伝説の花にお願いをしてでもジャックに姫様を助けて欲しくないとは......

 笑いながら首を横に振るアールグレイは珍しくマドレーヌの質問には答えず、彼女たちを引っ張って塔から距離を取った。

シュトレン:えっ?そんなに遠くまで歩いてどうしたのですか......えっ?! え! !

アールグレイ:失礼します。

 次の瞬間、大地を震感するような大きな振動が襲って来た。 マドレーヌはいきなり現れたビスケットの椅子にすわり、 アールグレイシュトレンを抱えて落下してくる小石を避けた。

 二人の少女は、ごうごうと崩れ落ちた巨大な塔と、 無数の魔法植物が空から落ちてくるのを見ていた。 知性のある植物は、 このチャンスを逃さず、 閉じ込められてた「艦」から脱出したのだ。

シュトレン:まずいです!ダニエルさんたちが!

 アールグレイは駆け出そうとするシュトレンを引き留めて、 優しい笑顔で彼女の頭を撫でた。そして、 崩れ落ちた巨塔を見上げた。

アールグレイ:安心してください、 彼らは大丈夫です。 ただ自分の帰るべき場所に帰っただけです。

シュトレン:帰るべき場所?

アールグレイ:彼らの事を心配するより、 きちんと白状したほうが良いですよ。 貴方の母上も妹も、どうしたのですか、 白雪。

シュトレン:し、し、し、し、し、 白雪?! 私......何を言っているんですか、 私は......わかりません......

赤ワインビーフステーキ!この野郎!戻ってこい!!!

ビーフステーキ:イヤだ!これは私の肉だ!!!!!

赤ワイン:離せ!

ジンジャーブレッド:......はあ......

 草むらから飛び出した三人は、 アールグレイの言葉を遮った。 言い争っていた三人は、目を細めてシュトレンに近づいているアールグレイを見て、 たちまち騒ぐのをやめた。

シャキンーーーー

 剣を抜いてシュトレンの前に立つ三人を見たアールグレイは、 仕方なく手を挙げ、て投降の姿勢をとった。

ジンジャーブレッド:ねえ!男が女の子をいじめるなんて!恥知らずだ!


15.茨

ジンジャーブレッド:ねえ!男が女の子をいじめるなんて!恥知らずだ!

アールグレイ:......

シュトレン:あ......あの、ハッターさんは私をいじめてないです......ただ......ただ......

ジンジャーブレッド:あれ?いじめてない?ああ......イチャイチャしているだけか、 ごめんごめん。

マドレーヌ:ハハハハハ!よく言いましたわ! イチャイチャ!!ハハハハ!

 無視されていたマドレーヌは、 スイーツを食べるのを止めて高らかに笑い出した。全員が彼女を見ているのを察して、 彼女は一つ咳払いをし、 口元のスイーツの層をペロッと食べた。

マドレーヌ:コホン、長い時間私を無視して、 こんな目に合うのは当然ですわ。 もうアフタヌーンティーも飲み疲れました。一体いつになったら出発しますの? 私は今夜の舞踏会を逃したくありませんわ。

ビーフステーキ:待って!舞踏会って?!誕生日会?!貴方たちも行くのか?!

シュトレン:え?あなたたちもですか?

ビーフステーキ:そうだ、舞踏会は人が多いから、 呪いを解く良い機会だろうな!

マドレーヌ:呪い?

ビーフステーキ:貴方たちまだ知らないか、 あの茨の魔女......いっ! 赤ワイン、 何すんだ?!

赤ワイン:愚か者!こいつらはまだ目覚めていない、 先走るな!

ビーフステーキ:どうせ彼らにはわからない、 心配はいらないだろう......

 アールグレイビーフステーキがぶつぶつ文句を言うのを、 ただ見ていた、まだ何も言ってないうちに、 ひんやりとした剣が彼の首にかかった。

ジンジャーブレッド:あんた、悪い顔して、 何を考えてるんだ?

 首にかけられた剣の冷たさに、 アールグレイは顔色一つ変えず、 相変わらずの優しい笑顔で、剣を軽く押しのけた。

アールグレイ:可愛らしいお嬢さんに見えますが、 力は普通の男より強いのですね、 日頃から鍛えているのでしょう。

ジンジャーブレッド:フンッ、あたしにこんな話し方をしても無用だ。 あんたのような口のうまい男は一番嫌いだ、顔とロ以外使い物にならない。

マドレーヌ:フッ......ハッターがこう言われる日がくるなんて。

アールグレイ:コホン、では、もし貴方たちのしたい事を私が知っていたら? カナン傭兵団......いや、聖剣騎士団の皆さん......


16.バカ

 アールグレイの突然の発言を聞いて、 三人は緊張した面持ちになった。赤ワイン、は半歩進んでジンジャーブレッドを自分の後ろに立たせた。

 ビーフステーキも負けず赤ワインの前に出た。 二人は顔を見合わせてから、少し、幼稚な対決を始めた。

 本来は少し緊迫した空気だったのが、 赤ワインビーフステーキのもみ合いでやや幼稚になってしまった。 ジンジャーブレッドは頭を抱えて、長いため息をついた。

ジンジャーブレッド:ごめん、夢の影響で、このバカニ人の感情は今正常じゃない。

アールグレイ:構いません、彼らは仲が良さそうですね。

赤ワイン:このバカと仲良い訳があるか? !

ビーフステーキ:こんな軟弱な男と仲良い訳がないだろう?!!

アールグレイ:つまり、三人とも現実の事を思い出しているのですか?

ジンジャーブレッド:うん、赤ワインは事件が起こってから来たから、 あたしたちを呼び起こしてくれた。

アールグレイ:事件が起きてから入ってくる人がいる以上......外界は既に統制されているという事ですか?

ジンジャーブレッド:うん、シャンパンが外にいるぞ。 彼がいるから、 もう誰も幻境に迷い込むことはない。これからあたしたちがやるべき事は、 皆を目覚めさせる事だ。

アールグレイ:こんな大事な事を教えてくださって良かったのですか?

ジンジャーブレッド:あんたが悪人だとしても、 長時間ここにいたら霊力が枯渇し、 死ぬだろう。 こんな状況ならあんたは味方にならざるおえないだろう?

アールグレイ:私は本当に貴方のように賢く可愛らしい女の子が好きです。 ダンスの時は私とご一緒しませんか?

ジンジャーブレッド:ごめん、あんたが気に入ったって、 あんたみたいな口がうまくてカッコいいやつ、あたしは好きじゃない。 頼りなさそうに見えるし、 そっちで喧嘩をしている馬鹿たちの方がましだ。

ビーフステーキ:誰がバカだ?!

ジンジャーブレッド:誰だろうな。

アールグレイ:残念ですね。それを私に話してくれたのなら、 貴方たちはもっと多くの人の助けを必要としているのでしょう?

ジンジャーブレッド:流石。茨の魔女の魔法を破壊する必要がある。彼女の娘である白雪姫が白チェスクイーンになるのを阻止しなければ。

 傍で静かに聞いていたシュトレンは「白雪姫」 という言葉を聞いて、少しだけ体を震わせた事に彼らは気付かなかった。 マドレーヌは彼女の手を引き、彼女の口の中に小さなチョコレートを一つ入れた。

マドレーヌ:怖がらないで、怖いなら、魔女にお願いしましょう。お菓子の家の魔女は、 世界中の全ての可愛い女の子のための魔女ですわ。 彼女たちが言っている別の世界でも、今私たちが立っているこの世界だとしても。

17.舞踏会

 アールグレイジンジャーブレッドたちと何かの約束をしたように見えたが、同じ方向に向かわず、ジンジャーブレッドたちは別の方向に去っていった。

 マドレーヌは三人が去った方向に目を向け、そして、ゴールデンアップルを持っているアールグレイを疑わしそうに見た。

マドレーヌ:彼らも舞踏会に行くのでは?どうして私たちと一緒に行かないのかしら?

アールグレイ:彼らはとても重要な仕事をしているのです。グレーテル魔女さん、私がパートナーではまだ足りないのですか?

マドレーヌ:さっきの二人も悪くないけれど、二人がかち合うとバカっぽくなるから耐えられないわ。

アールグレイ:フフッ。

マドレーヌ:さっきから聞きたかったけれど、ずっと「別の世界」とか言って、何を企んでいるのかしら?

アールグレイ:何を企んでいるかは魔女にとってそれ程重要なんですか?

マドレーヌ:私が楽しみにしていたダンスを台無しにしたら、誰だって許しませんわ。

アールグレイ:安心してください、これはきっと世界一の舞踏会になるでしょう。私の命をもって誓います。

マドレーヌ:そう?

アールグレイ:魔女さんもう少しだけ好奇心を抑えて待っていてください。貴方とシュトレンちゃんのために用意したこの舞踏会はきっと、この世界で類を見ない、素晴らしい演出になります。

マドレーヌ:そこまで言うなら、私たちを無視していた事を許してあげてもいいかしら。

アールグレイ:申し訳ありませんが、雰囲気を盛り上げるのが私の仕事です。

マドレーヌ:フンッ、あなたはあの子の言った通り、耳触りの良い言葉しか言わない。そうよね、シュトレン

シュトレン:あ、あ……は……はい……

マドレーヌシュトレン?どうかしました?

アールグレイ:……何があったのですか?

マドレーヌ:あなたたちの会話の後から、シュトレンはぼんやりしていましたわ。

アールグレイ:大丈夫です。原因はなんとなくわかっています、心配する必要はありません。

マドレーヌ:あら?どうして?

アールグレイ:しばらく秘密にしておきましょう。では次に、世界を救うため、二人のお嬢さんをお誘いしてもよろしいでしょうか?


18.馬車

 アールグレイはシルクハットを脱いで軽く回してから、シュトレンマドレーヌに向かって手の込んだお辞儀をした。その後、シュトレンマドレーヌの不思議そうな視線を浴びながら、ゴールデンアップルとマドレーヌのキャンディーを、自分のハットの中に放り込んだ。

アールグレイ:現実でもこういった能力があったら良いのですが……

シュトレン:ん?

アールグレイ:いいえ。瞬きせず、見ていてください。

 アールグレイがハットを空中に放り投げると、それは物凄いスピードで空中をぐるぐると回った。小さなハットはなんと、どんどん大きくなっていき、気付けば人一人分の大きさになり、そしてシュトレンのそりを覆うほどの大きさになった。

 落下後、シュトレンのそりを覆ったハットの中で何かが暴れているように見え、次々と奇妙な突起が現れていた。マドレーヌはドレスの裾を持ち上げ、ハットの中の音を聞こうとしたが何の物音もなかった。

 怪しい動きの後、帽子は再び空中に舞い上がり、アールグレイの手に戻った。この時、シルクハットは普通の大きさに戻っていた。

シュトレン:私のそり?!これ……これは私のそりですか?!

 驚いたシュトレンの叫び声を聞いて、アールグレイは優雅に、金色の蔓に包まれ、金色の果実が実っている豪華なそりに近づき、チョコレートで出来たドアを開けた。

アールグレイ:美しいお嬢さんたち、これは私が創り出した魔法の馬車、今夜の十二時に元に戻ります。その前に、魔法王国の最大の舞踏会に、お誘いしても宜しいでしょうか?

シュトレン:えっ、わ……私も?

アールグレイ:勿論です。今夜の舞踏会のハイライトは、マドレーヌの以外、貴方の助けがないといけません。

シュトレン:……

マドレーヌ:何のつもりかしら?

アールグレイ:シ――少し落ち着いてください、マドレーヌ。最も盛大で、忘れ難い舞踏会を約束したでしょう?


19.来場

チェス兵:三月お茶会の魔女閣下たちがご来駕――

クッキー:グレーテルちゃんはまだ来ていないの?

チェス兵:魔女閣下、申し訳ありませんが、グレーテル魔女はまだ到着していません。

フルーツタルト:焦らずとも、すぐに着くだろう。

マルガリータ:ああ――神様も来ました――

クッキー:まぁ……この子ったら、どうしてガンマンを見た途端に行ってしまうのか……

フルーツタルト:ふふっ、これこそが若者なのかもしれぬ。

チェス兵:ハート王国のエリー様と摂政大臣のチェシャ閣下がご来駕――

ローストターキーエッグノッグクロワッサンたちは?赤ワインが探しに行ったんじゃないのか?どうしてまだ見つからない?

エッグノッグ:陛下、今はまだ舞踏会の時間です。いくら僕たちはトラブルを起こしに来たとしても、見せかけぐらいしといたほうが良いですよ。

ローストターキー:大丈夫だろう、どうせ彼らは余とエッグノッグの事など覚えていない……あ奴は!!!うううう!!!

チェス兵:ハート王国Dr.レイドのご来駕――

ブラッディ・マリー:から~カワイらしい陛下と陛下のカッコいい護衛は、深い眠りから目覚めていたのね~あらゆる呪いを解く力を持っているみたいだ。

ローストターキー:貴様!!

エッグノッグローストターキー!!

ローストターキー:……フンッ、貴様は後で片付ける。

チェス兵:深海王国の王子殿下、魔法使いのナイチンゲール、ハーメルン閣下のご来駕――

オペラ:ハーメルン、君は……あの三人が言っていた事は本当だと思うか……

ブルーチーズ:もし本当でしたら、僕たちは放っておくわけにはいかないでしょう……

スフレ:フンッ、どうしてこんな煩わしい舞踏会に来たんだ。やっぱり海の方が良い。アリエルの歌に勝る物はない……

オペラ:……

ブルーチーズ:一先ず、三人の言う通りにして、様子を見ておきましょう。

隣人:あれ、今年はどうしたんだ、大物たちが一斉に来るなんてね?

隣人:そうよそうよ、今まで着てくれなかった王子や魔女たちも来てるんだよ、もしかして今年は姫の戴冠式だったり?

隣人:あ――見て!ウラ閣下まで来たぞ!!!

チェス兵:深海王国のウラ魔女閣下、白チェス王国王子殿下ご来駕――

 一同の驚きの声の中、数え切れない珊瑚や真珠で飾られた馬車が海馬に引かれ、舞踏会のホールのレッドカーペットの前にゆっくりと停車した。馬車から先に降りてきたのは、金髪の王子ではなく……

シュールストレミング:ダーリン、恥ずかしがらないで、早く下りてきて。

フィッシュアンドチップス:俺……俺……離して!離してください……ふ、触れてます……

シュールストレミング:うん?どこに触れたって?ああ……そうここね、大丈夫、私は貴方の物だから、触れても……さあ、一緒に行こう~

フィッシュアンドチップス:はいはいわかりました、あ、あなた、俺の体にくっつかないでください!

 真っ赤な顔をしたフィッシュアンドチップスの腕に絡みながら、シュールストレミングはのんびりとレッドカーペットを踏みしめた。彼女のドレスの裾がレッドカーペットに触れると、無数の泡が立ち上がった。その七色の泡沫は、舞踏会の雰囲気をますます幻想的にさせた。

シュールストレミング:あら、グレーテルちゃんはまだ来てないの?

フルーツタルト:ウラ、そのドレスは似合っておるな。

シュールストレミング:フフッ、私のドレスがどんなに良くても、彼には及ばないわ。そうよね、私の王子~

フィッシュアンドチップス:お、お、俺は、あなた、もうキスしないでください!

フルーツタルト:ああ、来たようね。


20.勝負

 フルーツタルトの声と共に、皆の視線は会場の前にある長いレッドカーペットに向いた。

チェス兵:三月お茶会のグレーテル魔女閣下とハート王国のマッドハッター閣下、そして……あの……あの……

 ゴールデンアップルと金の蔓、色とりどりのキャンディーで飾られた馬車はホールの前にとまった。ホワイトチョコレートのドアは複雑で豪勢な模様が彫られていた。貴重なゴールデンアップルとキャンディーは完璧な融合していた。ドアが押し開かれた後、最初にドアから出たのは、ブーツを履いた長い脚だった。

 驚きの声の中、アールグレイはゆっくりとその華麗な馬車を降りた。そして、ドアの方を向いて、手を差し出した。

 彼の手に細い手が軽くのせられ、そして、透明なキャンディーで作られたガラスの靴がレッドカーペットの上を踏んだ。その瞬間、レッドカーペットに落ちた足の先から、クッキーやキャンディー、綿菓子などで作られた道が延びた。

 馬車から降りてきた魔女は、少女より大人っぽいが、少女ならではの美しさを保っていた。二つのオーラを交えた魔女の、危うく神秘的な雰囲気に、皆は驚倒した。甘い香りのするドレスにも、女の子たちは羨ましくて目を丸くした。

 それは女の子が憧れるドレスだった。魔法のお菓子で出来たドレスは、綺麗だけでなく、その上のスイーツも太らない絶品だ。

 フルーツキャンディーで作られた扇子を開き、顔を覆ったが、それでも目の端から挑発的な笑いは感じられた。

 本人だけでなく、そばにいる優雅に微笑しているアールグレイも大いに注目された。

 彼女の挑発に気づいた三月お茶会の魔女たちは、フィッシュアンドチップスにお菓子を食べさせようとしているシュールストレミングに視線を向けた。彼女は視線を感じて顔を上げた。

シュールストレミング:あら、素敵な男ね、でも、どんな男も私の王子には及ばない。王子、来て――――

 皆の羨やむ視線の中、マドレーヌシュールストレミングに壁まで追い詰められて冷や汗だらだらになっているフィッシュアンドチップスを見て、そして自分の横にいる優雅なアールグレイに視線を向けた。

マドレーヌ:フンッ、やっぱり私の勝ちですわ。

アールグレイ:……

 いつも女の子に媚びているアールグレイは、なぜあんな簡単に一目で自分が勝ったと分かった理由を問わなかった。なぜなら、時に話しすぎると、命に危険が及ぶ可能性があるから。

 マドレーヌは、誰もが想像していたように、側のアールグレイを引いて、目の前の華やかで魅力的なレッドカーペットを歩くはずだったが、彼女はぐるりとその場を見回した。間もなく、彼女は一人でやってきたある公爵閣下を見つけ、その人と腕を組んだのだ。

ラムチョップ:……クソ女?!あの二枚目と行くんだろう?!

マドレーヌ:フンッ、あなたの愛人が来てないんですから、あなたが笑われないように、このマドレーヌ様がわざわざ付き合ってあげますわ、感謝しなさい!

ラムチョップ:いっ、俺を踏みやがって!!

チェス兵:え、あ!!ハート王国のブルー・ビアード公爵閣下とグレーテル魔女がご来駕――

 ラムチョップと腕を組んでいるマドレーヌを見て、アールグレイは少し感謝の気持ちをこめて、この聡明でさっぱりとした魔女に視線を向けた。

アールグレイ:ありがとうございます。

マドレーヌ:私を勝たせた貴方に免じて、私に最も素晴らしい芝居を見せて欲しいわ。それでは次の舞台を今日の本当の主役に渡しましょう。

 アールグレイマドレーヌの媚びるような目つきを見て、思わずちょっと笑った。

アールグレイ:今回は貴方と一緒に踊る事が出来ず……本当に残念ですね。

マドレーヌ:フンッ、このマドレーヌ様は世界で最も偉大な魔女よ、一般人のようなものには目もくれないのよ。

 マドレーヌラムチョップを見送って、二人が舞踏会のホールに入っていった後、アールグレイは振り返り、再び馬車の方に手を伸ばした。

 白い手袋をした手が躊躇いながらも、慎重にアールグレイの手のひらに重ねられた。

 皆の前に現れたのは、普段の地味な装いから一転し、ドレスに着替えた白髪のシュトレンだった。

チェス兵:ハートの王国のマッドハッター閣下と……と……と……追放された姫さま!!!

 シュトレンは顔を上げ、城のテラスを眺めた。目にしたのは、既に華やかなドレスに着替えていたブラッドソーセージだった。

シュトレン:お母様、ただいま帰りました……


21.姫

 シュトレンの到着と同時に、全てのチェス兵は騒々しくなった。

チェス兵:駆逐!死刑!!!駆逐!!!死刑!!!!

 チェス兵に囲まれたシュトレンアールグレイは後退りをし、観客まで状況が把握できず混乱に陥ってしまう。

 混乱を避けたローストターキーは剣に手を掛けるが、頭を横に振るエッグノッグはそれを阻止し、剣を鞘に戻した。

シュールストレミング:グレーテルちゃん、貴方の王子様を助けに行かないのかしら?

マドレーヌ:彼は私のために最も素晴らしい舞台を見せてくれましてよ。これしきのことも乗り越えられないようなら……ボロボロになっていく姿でも堪能するしかありませんことね~

シュールストレミング:あら、酷い人ね。

マドレーヌ:愛しのウラ、あなたってば私たち魔女に何を期待してらっしゃるのかしら?

シュールストレミング:ふふふ。

 ささやき合う群衆も次の瞬間、暫く動きを止め黙り込む。

チェス兵:皇后陛下並びに白雪姫のご来駕――

 甲高い音が鳴り、混乱していたチェス兵たちは突然手にしていた武器を天に向け、真っ直ぐに整列すると、舞踏会のホールにある華やかな王座に目を向ける。

ブラッドソーセージ:あら……かわいそうな我が子。やっと帰ってきましたね。ずっと探していたんですよ……

チェス兵:陛下!姫様は――

ブラッドソーセージ:静かになさい!ずっと探していたと言ったのが聞こえなかったの!

 ブラッドソーセージの怒りがこもった叱咤に、少し興奮していたチェス兵の頭は宙に高く舞い、ドスンという鈍い音と共にダンスフロアに転がり落ちた。

ブラッドソーセージ:まぁ……ごめんなさい……白雪は自分のお姉さまが戻ってきたのを見て興奮しちゃったのね。早く、掃除して。大切なお客さんたちを驚かせちゃダメですよ。

 群衆は静まり返り、横たわっている頭のないチェス兵がズルズルと引きずられていくのを見守っている。やがてブラッドソーセージの背後に隠れて、恥ずかしそうに彼らを見ている可愛い女の子に目を向けた。

ブラッドソーセージ:白雪、早くお姉さまとお客さまに挨拶をしてくださいね。

スターゲイジーパイ:こ、こんにちは。わたしは白雪、白チェス王国の姫。わたしは女王になりますわ。もしわたしの言うことを聞かなかったら、え~と……あなたたちの頭をちょん切っちゃいますわよ~

 可愛くも背筋がゾッとする挨拶の後、ダンスフロアの中央にアールグレイシュトレンは押し出される。華やかなゲートはズシリと重く閉まり、スターゲイジーパイはちょこんと頬杖をついた。

スターゲイジーパイ:ねぇねぇブラッドソーセージ見て見て!こんなに多くの人たちがわたしの誕生日会に来てくれてますわ!

ブラッドソーセージ:何度言ったらいいのかしら……わたしはあなたの母上ですよ。

 母の優しい言葉もダンスフロアを落ち着かせることはなかった。静かなホールに長い沈黙が続く。

フィッシュアンドチップス:……あなたたち、一体何のつもりですか?

ブラッドソーセージ:あれ?言ってませんでした!白雪の誕生記念舞踏会と、白チェス女王の戴冠式に招待したのよ。この日のために各地からフェアリーや魔女たちを招いてね。みなさんのあたたかい祝福は白チェス王国を幸せな未来へと導いてくれると信じています!

 ブラッドソーセージの堂々とした態度に招待客たちは少しほっとした表情を浮かべた。だが誰一人動こうとする者はいない。

アールグレイ:さぁ、早く舞踏会を始めようではありませんか。皇后陛下、私と踊っていただけますか?

ブラッドソーセージ:あら?シュトレンと踊らなくていいのです?

アールグレイ:貴方にはお聞きしたいことがたくさんございます。

 奇妙な静けさの中で、音楽が流れ始める。アールグレイはゆっくりと王座へ向かい、ブラッドソーセージに手を伸ばした。ブラッドソーセージは目の前のスターゲイジーパイを横にやり、王座からゆっくりとダンスフロアに降りる。

 音楽と共に、周囲で目をギラギラさせるチェス兵の脅威を横目に、舞踏会にやってきた人々は音楽にあわせギクシャクと踊り出した。

アールグレイ:どうしてですか?

ブラッドソーセージ:何がですか?

アールグレイ:どうしてこんな事を?茨の魔法で全ての者を眠らせ、永遠にこの世界にいさせるつもりでしょう。

ブラッドソーセージ:マッドハッター閣下ったら、一体なんのことかしらね?

アールグレイ:私の目が傷ついていなかったら、貴方を信じたかもしれません。

 ブラッドソーセージにはわからなかった、この時のアールグレイには、彼女が黒い気配に包まれているのが見えていた。彼女を包むそれは、以前空中の温室で見たミネストローネのものより酷いものだ。

ブラッドソーセージ:……

アールグレイ:なぜ皆をここに残そうとしているのですか?

ブラッドソーセージ:……外の世界に、思い残すことなんてあるの?


22.世界

ブラッドソーセージ:……外の世界に、思い残すことなんてあるの?

 ブラッドソーセージから溢れんばかりの笑顔は消え、ゾッとする冷酷な表情が浮かんでいる。

アールグレイ:……

ブラッドソーセージ:ここの人間はみんなわたしたちの虜。この世界こそ神からわたしたちへのプレゼントですよ。もう誰からも束縛されたり、傷つけられたりすることはないんです。

ブラッドソーセージ:自分たちだけの暮らし、欲しいもの全てが手に入る。もう敵なんていないし、危険と共に生き、人間から認められる必要もないんですよ~

ブラッドソーセージ:こここそが、わたしたちの世界。ねぇ、違いますか?

???:――ここにいて。

???:――この夢は、わたしからのプレゼント。

???:――ここにいて。ここに苦痛はない。やりたいことをなんでもできる。

アールグレイ:……

ブラッドソーセージ:うふふ、もう人間のために殺しあうこともなく、危険もない。ここはわたしたちだけの世界……

ブラッドソーセージ:茨の魔法で、みんな眠っちゃいました。次に目を覚ます時、もうあなたたちを苦しめてきた記憶は消えちゃいます。ここは、わたしたちだけの世界。

ブラッドソーセージ:もう恩知らずの奴らを守らなくていいの。もう彼らに傷つけられることもない。わたしたちは……自分がなりたい姿になれる…

ブラッドソーセージ:ほら、優雅なお茶会、楽しいおしゃべり、綺麗なドレス、素敵な舞踏会。ここでなら全てが簡単に手に入る……

ブラッドソーセージ:何かに怯えて暮らす必要もないのです。ただただ、すご~く楽しい毎日を過ごせる……

アールグレイ:それは、本当に皆が望むことなのでしょうか?

アールグレイ:本当に欲しかった世界なのでしょうか?

ブラッドソーセージ:そうじゃないって……あなたには言えますか?

 一曲目が終わった。ブラッドソーセージアールグレイの手を軽々と解き、クルっと一回転し片手でドレスの裾を上げて優雅にお辞儀をした。ふと我にかえると、アールグレイの目の前には依然として麗しい女王がいた。

ブラッドソーセージ:あなたが何を知っていようと、もう遅いですよ。本物の白雪を探し出したとしても、もう「白雪」はわたしの愛しい姫のもの。記憶をなくしちゃった奴らを説き伏せるのは難しいんじゃないかな?安心して、あなたたちは一番素晴らしい思い出をあげます。偽物だとしても。

 ブラッドソーセージはドレスを持ち上げて王座に向かった。優しく凛々しい笑顔と、微かに上がった口元は、彼女の自信を誇示していた。

ブラッドソーセージ:皆さん、もうダンスは終わったようですし、これから可愛い娘の戴冠式を始めたいと思います。皆さんから白雪姫に祝福を。

 ブラッドソーセージの自信に満ちた笑顔を前に、何人かは焦った表情を浮かべる。エッグノッグは今にも人混みから飛び出していきそうなローストターキーを抑えつけた。

エッグノッグ:落ち着いてください。

ローストターキー:ぐっ……止めるな……もうすぐ祝福の儀式が終わってしまうではないか!

エッグノッグ:そう焦らずに、これはその世界の法則なのです。あなたがハートの国王だとしても覆せるものではありません。

 人だかりの中、拳を握り締めたエッグノッグの額に浮かぶ汗に気づく者はいない。ブラッドソーセージの進行に伴い、幾つかの人影が人だかりから前へと出てきた。

B-52カクテル:森林の名のもと、「白雪」に危険を解決できる勇気を授けます。

ウォッカ:氷雪の名のもと、「白雪」が吹雪の中でも生きる希望を探し出せる幸運を授けます。

タピオカミルクティー:書籍の名のもと、「白雪」に白チェス王国が永遠に繁栄するための知恵を授けます。

フォンダントケーキ:ランプの神の名のもと、白チェス王国に三つの願いを授けます。一つ目の願いは、白チェス王国が豊かであること。二つ目の願いは、白チェス王国が幸福に満ちること。三つ目の願いは……

 ドゴォオン――

ジンジャーブレッド:やめろーっ!!!!!


23.呪い

 巨大な音とともに、全員の視線は突然押し開けられたゲートに向いた。ゼェゼェと大きく呼吸をしているジンジャーブレッドは王座の前にいる数人に目をやると、口元をヒクヒクさせた。

 その隣には、最後のチェス兵を蹴り飛ばした赤ワインビーフステーキが寄り添っていた。三人は少し浮き足立ってはいるものの、勝利を手にしたであろう自信に満ちた表情を浮かべていた。

 ブラッドソーセージのそばを離れたあと黙り込んでいたアールグレイの口元にも、自信に満ちた優雅な笑みが浮かんでいる。

ジンジャーブレッド:おーい!ハット野郎!彼女たちを見付けた!

 ジンジャーブレッド赤ワインビーフステーキは少しだけ体をずらした。三人が目の前にやってくるとアールグレイは安堵の表情を見せた。

メープルシロップ:意地悪な皇后!私たちが夢に入った途端閉じ込めたんですね!シュトレン!!わぁシュトレン、そのドレスすっごく似合ってます!

 少女はみんなが驚く間もなくアールグレイの隣にいるシュトレンに抱きついた。シュトレンは困惑した表情を浮かべる。

シュトレン:……私……あ……あなたは……?

メープルシロップシュトレン!私たちの事、覚えてないのですか?!

ブリオッシュメープルシロップ、そう焦らないで。この世界では、侵食されていない者に外の世界の記憶がないことをお忘れですか……?

メープルシロップ:あぁ、そうでした…あっ!アールグレイさんもここにいたんですね!どこに行ったのか心配してたんですよ!

 周囲の混乱した視線の中、アールグレイは咳ばらいをし、顔色が豹変したブラッドソーセージの方向へ振り向いた。

アールグレイ:どうやら私の予想通りですね。やはり貴方が白雪の護衛たちを森の小屋に閉じ込めた。そして白雪の名を取り戻せるはずのゴッドファザーも、無実の罪を着せられて監禁された。

ブラッドソーセージ:あなたたち…わざと。

アールグレイ:私たちが舞踏会に現れなかったら、貴方は予定を早めて舞踏会に出てくる事はなかったでしょう。私の三人の友人は、頼りになる傭兵ですからね。

ビーフステーキ:騎士だ!ううぅ――

ジンジャーブレッド:こういう時は黙っててくれないかな……

アールグレイ:貴方はメープルシロップの願いを叶える七色の花を恐れていた。だからうまく彼女に七つの願いを使い切らせ、彼らを白チェス王国のマッチを保管していた小屋に閉じ込めたんです。そして白雪に呪いをかけて彼女の記憶を奪った。

ブラッドソーセージ:今さら、邪魔な奴ら三人を救出してなんになるのかな? 今「白雪」の名は、もうわたしの姫にありますよ。彼女の護衛たちを助け出してももう遅いのです。

アールグレイ:いいえ、まだ遅くはありません。姫を本当の白チェス女王にする最後の願いはまだ唱えられていません。ランプの神のお嬢さんは事情をわかっていらっしゃるはず。

ブラッドソーセージ:……

 全員の視線が自分に集まっているのに気付き、フォンダントケーキは思わず唇を噛み締めた。

フォンダントケーキ:私と白チェス王国の約束は、真の王者に王国を率いる力を授けるというものです。貴方が言っていることは真実だとどう証明するというのですか?

アールグレイ:真実の愛はこの世界の全ての呪いを解くことができると教えてくれた魔女がいました。私たちの白雪は、本当の身分を忘れたとしても、この世界への愛は忘れてはいません。

アールグレイ:白雪。

 シュトレンはずっと自分の首に飾られていた、ドレスに相応しくないマッチを握り締めた。今でも、アールグレイたちが言う「もう一つの世界」について思い出せないし、呪いのせいでどれだけの記憶を失ったのかわからないまま。

 でも……ずっと自分を守ってくれていたハッタ―さんの言うことが……本当だとしたら……

シュトレン:私は、魔法王国の皆さんが、呪いから解き放たれて、故郷に戻れることを祈ります……

 するとシュトレンがギュっと握り締めていたマッチから眩しい白い光がパッと放たれる。光はだんだんと広がっていき、マッチはどんどん大きく、長くなり、王笏への化した。

 シュトレンは両目を見開き、自分と時を共にしてきたマッチが華やかな王笏になる様を驚きの表情で見つめる。スターゲイジーパイの頭の上にあったクラウンも彼女の頭へゆっくり舞い降りる。先程よりもずっと鮮やかな輝きを放ち。

 シュトレンだけでなく、白チェス王国の民の体からも黒い気配が消えていく。黒い気配の出どころは不明だが、最終的に王笏の元に集まり優しい白い光の中にスーッと吸い込まれる。みんなが皇后を見つめる視線にはもう迷いも狂気もない。

フォンダントケーキ:……どうやら、呪いは本当に解けたようですね。

アールグレイ:えぇ、彼女のおかげでね。では、ランプの神のお嬢さん?

フォンダントケーキ:ランプの神の名のもと、白チェス王国の真に仁愛なる「白雪」女王に、全ての困難と呪いを倒す力を授けます。

 七色の光はフェアリーたちの体を流れ、シュトレンを囲んだ。優しい光は彼女を覆い、やがて放射線状に拡がり全ての者を包み込んでいく。


24.乾杯

 暖かい白い光の中で、アールグレイはゆっくりと目を開けた。彼は少し驚いた様子で手を上げ、先ほどまで痛みが止まらなかった目を撫でた。

 霊力を阻んでいた黒い霧は一瞬で跡形もなく消え、くすんでいた視界は霊力のおかげですぐに元に戻った。

 異様な感覚に彼は眉間にシワを寄せる。立ち上がり、夢と現実に目眩がした彼は、杖に支えられ倒れずにすんだ。

 彼はあの小さな庭に向かう。王に急いで駆け寄る少女が彼の足を止める。

 彼はシャンパンの頬を掴んで前後左右確認しているフォンダントケーキを見て、思わず笑い出した。


その夜

創世日祭典舞踏会

 小さな野外舞台の上で、アールグレイは空を仰ぎながら、月を眺めぼーっとしていた。

 ローストターキーたちとひと騒ぎしたシャンパンは、顔に貼られた付箋を剥がして、窓を押し開けバルコニーに出た。

シャンパン:待たせたな。お前たちを悩ませていた問題は……突然解決したらしいな。

アールグレイ:ええ。あの夢は私たちにとって悪い事ではありませんでした。みんながずっと抱えていた瘴気が夢で現れたかと思ったら、一目散に消えたのですから。

シャンパン:めでたい、という事で良いのか?ならやっと今回の創世日を楽しめるようだな。

アールグレイ:そんな話をしに来たのではありません。

シャンパン:もちろんだ。どうした?またあの事か……?

アールグレイ:ええ、今回夢と現実の狭間で……聞こえたんです……あの声が……

シャンパン:……

アールグレイ:外の世界で夢の入口を閉じた者として、貴方も感づいているでしょう…

シャンパン:ああ……あのマドレーヌという女の箱に……

アールグレイ:あの存在の一部がある。

シャンパン:……

アールグレイ:その表情からすると、彼女を逃がしたんですね?

シャンパン:フン、ちょっとした手違いだ。

アールグレイ:貴方みたいに女性の心がわからない人に、あの女を捕まえることは無理ですよ。

シャンパン:ん?あの女を高く評価しているようだな。何があった?

アールグレイ:いいえ、ただ、彼女と、アレとの次の出会いに期待しているだけです……

シャンパン:大丈夫なのか?

アールグレイ:私たちには、貴方という不敗の神がいるんですよ。何を心配する必要があるのです?

シャンパン:お世辞として受け取ろう。乾杯?

アールグレイ:本心からの褒め言葉ですよ。お世辞を言うタイプではありませんから、我が陛下。乾杯!


夢中の奇遇

1.幻の中の真実Ⅰ

 むかしむかし、巨大な魔法大陸は各地方から来たフェアリーの手によって幾つかの王国に分かれた。

 仁愛を持ち、無数の赤いバラが咲くハート王国。

 慈愛を持ち、無数の白いバラが咲く白チェス王国。

 博愛を持ち、無数の七色サンゴが揺れる深海王国。

 そして永遠に三月の午後に時が止まり、全ての王国の外にある謎で好奇心をそそる存在・三月お茶会。

 フェアリーたちは全ての王国の人々が平和で幸せな暮らしができることを祈った。

 そして彼女たちは王国を国王または女王に授けた。

 彼女は全ての国王や女王にこの世で一番素晴らしい品格と、この世で最も強力な力を与えた。

 ハートの国王は時を自由に操れる懐中時計。白チェス国王は三つの願いを叶えられるマッチを、深海の女王は全てを交換できる天秤を授かった。

 懐中時計がウサギの賞品、マッチが女の子の宝物、天秤が魔女のコレクションになった時。

 おとぎ話の物語が黒色に侵食されたあの夜、無数の目が夢から覚めた。舞台は待ちかねたかのように、幕が上がった……


2.幕間劇Ⅰ

 夢から離れたローストターキーは周囲の環境を観察した。地面には彼の仲間たちが倒れており、彼は怪訝な顔をする。

ローストターキー:……シャンパン、余のせいでみんなを、余の国でこんな目に遭わせてしまった。彼らは……大丈夫か?

シャンパン:ああ、ビールが言うに、あいつらは自らの異常をハッキリ認識するか……お前たちみたいに自分の終末を迎えないとここに戻って来られないらしい……だが、お前の話だと、もうずいぶん長い間夢の中にいたみたいだな?

ローストターキー:ああ。夢の中の時間の流れは現実とは違うのだろう……余たちは倒れて間もないとのことだからな。

ローストターキー:そうだ、夢に戻れる方法はないのか?

シャンパン:あるにはあるが……やっと出てこれたのに戻るのか?

ローストターキー:この国に来た者は全て余の客だ。客の安否を守る責任がある。それに……

シャンパン:それに?

ローストターキー:余は夢の中で相当の地位があった。何か助けになれるかもしれない。

シャンパン:ふむ……

エッグノッグ:何の話ですか?

シャンパン:お前のところの陛下がな、やっと脱出できた場所に戻ろうとしてるんだ。

エッグノッグ:じーーっ

ローストターキー:ひ…一人で行くとは言っていない!余が行くなら!貴様も一緒だ!

エッグノッグ:ならいいでしょう。シャンパン、僕たちを戻せますか?

シャンパン:フッ、俺にできないことなどあるはずないだろう? 行ってこい、みんなを本当の世界に連れ戻すんだ!


3.幕間劇Ⅱ

ジンジャーブレッド:チッ、ここのドレス、めんどくさいなぁ!

赤ワイン:まぁまぁ。あいつ、本当に自分が国王になったつもりで、バカみたいに王子を選んで……ププッ――

ビーフステーキ:おい!誰がバカだって?!

赤ワインジンジャーブレッド、手を貸そうか?

ジンジャーブレッド:いらない!

 ビリッ――

赤ワイン:……

ビーフステーキ:……

ジンジャーブレッド:よしっ、良い感じ!

赤ワイン:……一応女の子なんだ、綺麗なドレス破いて……心は痛まないのか?

ジンジャーブレッド:なんで?歩きにくいでしょ?つべこべ言ってないで、早くみんなの目を覚ます方法を探しに行くぞ。ほらぁ、早く!

赤ワイン:……ビーフステーキ……夢の中のお前の行動、正しかったんだな。

ビーフステーキ:あぁ……今でもあれだけは、あの舞踏会だけは必要だった気がする。

ジンジャーブレッド:ちょっと――あんたたち!!! 聞こえてないとでも思ってるの?

赤ワイン:ゴホン、なんでもない。早くチビ陛下とエッグノッグたちを探しに行くぞ。ハートの国王は、どうやら翼が生えた奴らしいな。

ビーフステーキ:ゴホン、行くぞ!もし彼が三大国王の一人だとしたら、ハートの国王の言葉と命令は魔法がある。他の奴らの目を覚ませるかもしれねぇ。

ジンジャーブレッド:ちょっと!!!話題を逸らすなっ!


4.白チェス王国Ⅰ

隣人A:はぁぁっ――皇后陛下、美しすぎますっ――

隣人B:え?皇后陛下なの?以前の文書では陛下だったはずじゃ?

隣人A:白チェス陛下は突然お亡くなりになったの。それから我が国は皇后一人が統治するようになったじゃないか!

隣人B:そうか……そうなら確かに彼女を陛下と呼ぶべきだ。確かに美しすぎる……この世にあんなに綺麗な方がいるものなんだな。

隣人A:そうそう、彼女を初めて見た時からビビビッと深い恋に落ちたんだ……

隣人B:ううむ、前皇后を見た時美しいとは思ったけど、今みたいな、なんていうかこんな神々しいばかりの……あぁ……彼女こそが私の光……

隣人A:彼女の美しさは……全ての人を暗闇から助けてくれるだろう――

隣人B:オイオイ!!!それはオレのセリフだ!

隣人A:いや、おれっちが言いたかったんだ!!皇后の賛美はまるで空にある無数の星みたいに数え切れない――

隣人B:皇后陛下に失礼だぞ!!!!

 住民の通報により、白チェス兵たちは喧嘩をしそうになった二人を連れて帰った。

おばあさん:はぁ……皇后陛下の美貌で発狂したのは、これで何人目かね……でも、皇后陛下は本当にこの世で一番美しい人だねぇ……


5.現実の中の幻Ⅰ

ドーナツ:(……なるほど……情報からすると……この近くのはず……でも……こんなに長い間探しても見つからないなんて……情報に間違いが?)

メープルシロップドーナツ!!ここにはないです!

モンブラン:ここにもない。

メープルシロップ:あっ!ブリオッシュ!怪我をしたのですか?

ブリオッシュ:いえ、私は大丈夫です。怪我をした女の子を見かけたんですが、動かせなくて。

ドーナツ:早く連れていってください!あの存在に襲撃されたのかもしれません!

 ドーナツたちが駆けつけた時、目の前には残された血痕しかなかった。

ブリオッシュ:……あんなに酷い怪我をしていたのに、一体どこへ行ったんでしょう?

ドーナツ:この気配は……まずいです……その怪我した人、侵食されているかも……ブリオッシュ、どんな姿だったか覚えてますか?

ブリオッシュ:彼女は深い傷を負っていました。詳しくは確認できませんでしたが……変わった箱を持っていた気がします。

ドーナツ:箱?

ブリオッシュ:えぇ。変わった箱でした……でも彼女は食霊のような感じがしましたが、でも……なんだか……あの時急ぎすぎて思い違いかもしれません……

ドーナツ:注意するように法王庁にも伝えておきましょう。侵食されていないと良いのですが……

ブリオッシュ:そうするしかありませんね。


6.現実の中の幻Ⅱ

 広い庭に、珍しい花が咲き誇り、淡い香りを放っていた。蝶々が舞い、黒い影が宙から落ちてくる。

ラムチョップ:水はあるか、喉がカラカラだ。

 席についていた、ゴージャスでややこしすぎる洋服を着ているマドレーヌは思わず白目を剥いた。

マドレーヌ:ご自分でどうぞ。

ラムチョップ:フンッ、悪くない庭だな、どうやって騙し取ったんだ?

マドレーヌ:騙すなんて人聞きの悪い。彼は心底望んで私にくれたんです、愛の象徴として。あなたみたいな人に言っても無駄でしょうけど。

ラムチョップ:はいはい、別にわかりたくもない。ところでその服、窮屈じゃないのか?コルセット、苦しいだろう?

マドレーヌ:分からない人ですわ!優秀な淑女は!ドレスを完璧に着こなすものです!

ラムチョップ:……

マドレーヌ:何かしら、その目は。フゥ……

ラムチョップ:ハッ、息苦しいんだろ、自業自得。

マドレーヌ:おだまり!

ラムチョップ:そうだ、あのボロい箱、そろそろ危ないんじゃないのか?

マドレーヌ:フンッ……あら?そのためにわざわざ来たのかしら? これはまたご親切に。あら、もしかして空から幻晶石が降ってきたりするのかしら?!

ラムチョップ:……クソ女。

マドレーヌ:なんですって?

ラムチョップ:上段はもうお終いにしよう。その箱に閉じ込めたやつ、どうするつもりなんだ?

マドレーヌ:どうするも何も、今のままで良くってよ。人気者の暮らしもなかなか楽しいですし。

ラムチョップ:自分の伴生神器に何でも入れてしまうなんて、やはりイカれてんな。

マドレーヌ:フン。あの黒くて醜いヤツを喜んで自分の箱に入れたとでも?私の宝箱がなかったら、とっくに呑み込まれてましたわ。

ラムチョップ:もう無駄話はお終いだ。早めに処理しな。私は忙しいからな。

マドレーヌ:またあの愛人の事かしら~いつか会わせてくださるんでしょ?

ラムチョップ:クソ女!あいつには近づくな!

マドレーヌ:あらあら!怖い怖い。

ラムチョップ:なっ――!


7.深海王国Ⅰ

 透き通った水晶とサンゴを積みあげた宮殿の中、微かな青い炎が前方の道を照らし出した。深海王国の王子は落ち着きを取り戻し、炎の揺れによって歪んでいく周囲の幻影を見ながら濁ったため息をついた。

ブルーチーズオペラ?もし嫌なら、やっぱり戻りましょう?

オペラ:……怖いなら、先に帰っていいぞ。

ブルーチーズ:ちょっと、待ってください。

 ガラ空きのホールに二人の足音が響きわたる。ブルーチーズは胸元の底に溜まった吐息を吐く。周囲は涼しく、寒気すらする。だが心臓はドクドクと鳴り、冷静さを奪っていく。

シュールストレミング:あら、王子じゃありませんか、どうしてここに?

オペラ:……我が国の天秤を返せ。

シュールストレミング:国王陛下自ら私にくれたもの、なぜ貴方たちに返さないといけないの?

オペラ:……

シュールストレミング:それとも、王子、同等の価値がある物と天秤を交換したいとか?

オペラ:……何が欲しい。

シュールストレミング:残念ながら、今はなんにも欲しくないんです……

オペラ:天秤がないと、深海王国の全てのものは陸地にいけない。

シュールストレミング:自分が持ってるものと交換したらいいんじゃない? 私だって、両足を差し上げてもいいんですよ、ちょっとした代価をくれればね。

オペラ:……

ブルーチーズ:……オペラ、他の方法を考えましょう?

オペラ:……ウラ、私は陸地に行かないといけないんだ。どんな代価でも払おう。もうここでは、これ以上のオペラが書けない!

ブルーチーズオペラ

シュールストレミング:いいですよ。なんでもいいんですね?

オペラ:なんでもいい!

シュールストレミング:じゃあ、貴方が一番大切にしてる物と交換しましょうか……


8.深海王国Ⅱ

兵士:王子――ダメです! 陛下はまだ――王子!!!

オペラ:陛下! まさか天秤を……陛下?!

ルートフィスク:うわぁ――こ、来ないで……やめて……やめてったら……

オペラ:…………こ……これは一体……

ルートフィスク:やめて……見ないで……見たらダメだよ……

オペラ:……これは……一体どこから?

ルートフィスク:シッ……シシッ……か、彼らは……お前の歌声を聞いて……お前の歌を聞いて……来たんだ……

オペラ:……

ルートフィスク:離れないでって言ったら……も……もう行くって……

オペラ:……私の歌声を……道具にするなんて……

ルートフィスク:へへ……彼らは……残ったよ……残ってくれた……

オペラ:なぜ天秤をウラ魔女に渡したのですか?

ルートフィスク:シッ……シシ……そうすれば……みんな……離れない……ここで……ずっと一緒……ふふ……

オペラ:……畜生!

ルートフィスク:うわぁ――や、やめて……ぶたないで……

オペラ:この!

兵士:陛下に無礼な!

ルートフィスク:駆、駆逐!駆逐!駆逐してください!

兵士:はっ!!!


9.深海王国Ⅲ

ルートフィスク:眼、眼球さん……シッ、シシッ……

シュールストレミング:国王陛下……

ルートフィスク:だ、誰!?誰なの!?ご、護衛!

シュールストレミング:シーッ、貴方の護衛たちは寝ています。私は貴方の国の魔女、みんなから「ウラ」って呼ばれています……

ルートフィスク:護衛!! 護衛!!

シュールストレミング:陛下……怖がらないでくだいね……ちょっとした取引をしに来ただけですよ…

ルートフィスク:と、取引……?

シュールストレミング:はい…ほんのちょっとだけね。私は両足をくれる天秤が欲しい。そして貴方には、貴方が欲しい魔法の薬を全部差し上げます!

ルートフィスク:全部……魔法の薬?

シュールストレミング:ええ、全ての魔法の薬。何でもできる魔法の薬です。魔法の薬を作る能力を貴方にあげます。そして貴方は、貴方には必要のない天秤を私にくれればいいんです。

ルートフィスク:な……なんで……天秤で交換した両足は……痛いんだよ……

シュールストレミング:それは……天秤ができるのは一番大事なものとそんなに大事じゃないものを交換すること。でも…私の王子は、海岸で私を待っている。彼のためなら、針の上で踊ろうとも、魔女の全てを失おうとも、なんでもしますの。


10.白チェス王国Ⅱ

ブラッドソーセージ:鏡よ鏡……この世界の法則を教えて……

ウイスキー:親愛なる皇后、君はもうこの世界の真相を発見したのでは?

ブラッドソーセージ:……まさかあなただなんて……なんで鏡に閉じこめられているの?

ウイスキー:胡蝶夫人の招待状の誘惑に負けましてね、ここに来たばかりの頃、少し手を抜いていたものですから……

ブラッドソーセージ:プッ、あなたみたいな人も女に騙されるの?

ウイスキー:ここはなにせあの存在が私たちの「幸せ」な生活のために作り出した世界ですからね。結末を変えることなどできないでしょう?

ブラッドソーセージ:……

ウイスキー:もちろん、前提は、君が本来のキャラであること。

ブラッドソーセージ:ということは、もしわたしが別人のキャラを得ちゃったら……

ウイスキー:悲惨な結末が待つ私たちも、「幸せ」な未来を手に入れることができます。

ブラッドソーセージ:あなたがこんなに親切だなんておかしい。いつから儲けのない商売を始めたの?

ウイスキー:君がそう簡単に彼らをここに残せるとは思いません。それに、これはあの存在と接近できるせっかくのチャンスなので……もしこの夢がすぐに崩れてしまったら、チャンスを逃してしまうでしょう?

ブラッドソーセージ:……やっぱり……あなたも目を覚ました……

ウイスキー:シーッ、皇后陛下、この世界がお好きなら、自分の結末を書き直せば良いじゃありませんか?

ブラッドソーセージ:ずっとその調子なのね。他人が自分の計画通りに動いてくれないことなど全く恐れない。

ウイスキー:しばらくの間は、君に仕えることにしますよ、陛下。

ブラッドソーセージ:フンッ、わたしたちは失敗に慣れている。そうでしょう?「悪者」の当然な結末なんだから。

ウイスキー:では……失敗に慣れた皇后陛下が「幸せ」な未来を残すために、どんな醜い悪あがきをするのか見せてください。さぁ……赤いダンスシューズを履いて、死ぬまで踊ってみせてください……

11.白チェス王国Ⅲ

ブラッドソーセージ:ユニコーンの角の粉1スプーンと、人魚の鱗1枚、ガマガエルが月光の下で流した涙と、毒蛇の涙を1粒……

ウイスキー:この世界の材料は奇妙なものですね。

ブラッドソーセージ:赤い月夜の午後、作り出した魔法の薬に最後の一味の材料を入れて……

ウイスキー:本当に効くんですか?

ブラッドソーセージ:試してみて損はないでしょ?ヴィクターさんたら鏡の中にいる時間が長すぎたのかな~?おしゃべりが過ぎますよ。

ウイスキー:申し訳ない。ただ、魔女の呪いにはまだ抵抗できないので。もし君がこの鏡を壊せる糸針を持ってきてくれたら……

ブラッドソーセージ:淑女を怒らせた罰は、自分で味わわないと。騙そうとしてもダメですよ。

ウイスキー:私は陛下にあの邪魔な「夫」を殺せる呪いを持ってきたんですよ。君もそれなりの代価を払うべきでは?

ブラッドソーセージ:糸針なら、赤頭巾先生に任せましたよ。多分もうこちらに向かっているんじゃないかな。でも、最近一匹の野獣が人間王国の王子と一緒に黒魔法を放つ魔法使いを探しているみたい。

ウイスキー:……

ブラッドソーセージ:この世界では、最も有名な詐欺師ですら自分の天敵に敵わないようですね~あぁ、ヴィクターさん、あなたが心配だ。三月お茶会の魔女たちだけでなく、光の陣営の「主役」たちですら、悪者を倒そうとしているみたいだし……チッチッチッ……可哀想に……

ウイスキー:陛下の表情は、とても私の心配をしているようには見えませんけど。

ブラッドソーセージ:あら、気づいちゃった?でも、あなたはそこから出てこれないし、わたしをどうもで~き~な~い~


12.空中楼閣Ⅰ

マッシュポテト:ゴールデンアップルの苗木、七色花の種、魔法の豆の蔓……ふむ……

ミネストローネ:いってぇ……

マッシュポテト:あ!フランケン!あれ……それは……

ミネストローネ:ッ――前に願いが叶う魔法のバラが欲しいって……いってぇ……ハートの王国のやつら、おかしいぜ。白いバラを赤く塗るなんざ!――

マッシュポテト:早く座ってください、手当てをします。

ミネストローネ:大丈夫だ、それにオレの体からは血は流れない。

マッシュポテト:……

ミネストローネ:痛い!染みる!染みる!!!わかったよ、次はもう怪我しねぇ!

マッシュポテト:フン。

カプチーノ:ええい、怪人野郎ー!早くダニエル姫を出しなさい!

ミネストローネ:またか!!!!

マッシュポテト:……ああ、またあの子ですか。ちょっと行ってきます。

ミネストローネ:待て。オレが行く。

ミネストローネ:クソガキィ――!誰が怪人だーー!早く自分の王国に戻れ!!

カプチーノ:イヤだ!!!あなたを倒して姫を助けてみせるんだ!!!

ミネストローネ:フン、姫を助けるどころか、ここにも上がってこれないくせに――!!

カプチーノ:うわぁああぁっ――雨だ!ああああ!どうしたらいいんだ!!!

ミネストローネ:ははははは!クソガキ、そこでずぶ濡れになってろ!!

マッシュポテト:気をつけて、もし落ちたら聖なるローブで身を守ってくださいね――!

ミネストローネ:ちょっと!何をやってんだダニエル!なんで髪の毛を降ろしてるんだ!

マッシュポテト:フランケン、彼はただの子どもです。雨に濡れたら病気になりますよ。ジャック、気をつけるんですよ。

カプチーノ:はい!ありがとうございますダニエル姫!ふふふ、この怪人!見ろ、姫がぼくを助けてくれてる!あっ――!!!

マッシュポテト:あっ!ジャック!フランケン?!!

ミネストローネ:大丈夫だって、あのガキ死なないから。早く家に帰れ! クソガキ――!!!

カプチーノ:イヤだ――――――!!


13.幻の中の真実Ⅱ

 トナカイのスピードは異常に速く、そりに乗ったアールグレイは先ほどの混乱を経て疲れた様子で頭を俯かせていた。マドレーヌは彼の前で手をヒラヒラさせる。

マドレーヌ:ハッタ―さん?ハッタ―?……もう、寝てしまったの?

シュトレン:ハッタ―さんの目、ずっと痛かったみたいです。だから笑顔でいるのは大変だったと思います……

マドレーヌ:おや――全然そうは見えませんわ。

シュトレン:とびっきりの笑顔でなくては淑女に失礼だって。きっと辛かったでしょう。

マドレーヌ:そう……えっと、白雪かしら?彼のこといろいろ知ってるみたいですけど、知り合ってどれぐらい経つのかしら?いつお知り合いになって?

シュトレン:はい!もう長い付き合いです……いつ会ったかは……あれ?えっと、私とハッターさんは……いつ知り合ったんでしょうか……?

マドレーヌ:え、覚えてらっしゃらない?じゃあどうして白雪って呼ばれてるのかしら?あなたの名前、「白雪姫」と一緒じゃない!姉妹なの?

シュトレン:えっと……

マドレーヌ:ああ、ごめんなさいね、こういう情報には本能的に興奮してしまうの。お気になさらないで。

シュトレン:いいえ……ただ……実は……私もよく覚えていないんです……なんだか、大事なことを忘れてしまったような気がしていて……


14.幻の中の真実Ⅲ

 馬車は城門に向かって走る。チェス兵はアールグレイの身分を簡単にチェックした後、彼の馬車を町へと迎え入れた。

マドレーヌ:あなたが白チェス王国の伯爵だなんて。貴族なら、なぜずっと三月お茶会にいらっしゃるのかしら?アフタヌーンティーのためではなさそうね?

アールグレイ:虚名に過ぎません。私にとって、魔女さんたちに人気がある方が大事ですから。

マドレーヌ:お世辞はもうよくってよ……あら。あれ、何してるのかしら?

 騒々しい人だかりが前方の道を塞いだ。アールグレイは馬車から降りて、手を伸ばして同じく興味を持ったマドレーヌシュトレンを馬車から下ろした。

 目の前のチェス兵は長い鎖に繋がれ、元気がなさそうに頭を俯かせて歩いていた。

アールグレイ:あの、すみません。これは……一体何が……

隣人:あぁ、白チェス王国に来たばかりなんだろう。このチェス兵たちは皇后陛下と姫様を怒らせたから、死刑にされるんだ。

シュトレン:……彼らは何をしたんですか?

隣人:一番前のは、歩く時の足音が煩くて皇后をご立腹させ、後ろのは、姫様のダーツ遊びで矢を避けてしまい姫様のリンゴを落としてしまったんだ……

マドレーヌ:ふふふ、この皇后、私たち魔女より自分勝手じゃなくって……面白いですわ……

シュトレン:……そんな……

マドレーヌ:ん?

シュトレン:……ここは……そんな場所じゃないはずなのに……

マドレーヌ:白雪?白雪!

シュトレン:うっ!ハッタ―さん。

アールグレイシュトレン。貴方は彼らを助けられません。

シュトレン:……でも……彼らはこんな……おかしな理由で死ぬべきじゃ……

アールグレイ:では早く、貴方の名前を思い出してください。


15.三月お茶会Ⅰ

 七色のバラでできた巨大なアーチの門はバラ園の迷宮の中にあった。左から右へこの門に入ると、紅茶の香りとスイーツの甘さが充満した世界がひろがる。

 これは魔女の力が作り出した世界。

 お菓子の家の魔女が提供した原材料は、アーティストの魔女の手によって、少しずつ精巧な家具や可愛らしい装飾になっていった。

 胡蝶夫人の金色の蝶々は迷宮の周囲に魔法をもたない者が入れない障壁を設置した。青蒼の魔女はこの世界の時間を永遠に日の光が眩しい三月に留めた。

 魔女たちの魔力は世界を包みこみ、この世界を守っている。この場所は彼女たちにとって、単なる気まぐれで作り出した作品でしかない。

 強大な力を持つ魔女たちは、たまにこの邪魔が入らない世界でお茶会を行う。だんだんと、お茶会も有名になっていった。

 この神秘的で人々の憧れであるお茶会は、お茶会を詳しく知らない人々から――

 三月お茶会と呼ばれるようになった。


16.三月お茶会Ⅱ

 どこかの国の俗語にこうある。綺麗な女が多い場所には必ず素晴らしい演劇が生まれる、と。

 この点に関しては、綺麗な魔女たちですら同じだ。

マドレーヌ:ジャジャーン!これ、新しく手に入れたドレスのデザイン、どうかしら?

キルシュトルテ:どれどれ、これはこの前の物と同じじゃないか?

マドレーヌ:ここのリボン、結び方が変わってるでしょう?フローラったら名前通り愚鈍ですわね!

キルシュトルテ:胸が大きいからってぶたれないと思ってるのか、グレーテル!

マドレーヌ:フン、男女!ねえ、そうでしょう姫~

スターゲイジーパイ:グレーテル姉さん、そのドレスとっても素敵!気に入った~わたしにくださりません?

マドレーヌ:ダ~メ~で~す~!

スターゲイジーパイ:えーっ――――でも本当に気に入ったのに……

ブラッドソーセージ:ふふ、好きなら奪えばいいと思うよ。

マドレーヌ:皇后陛下、そんな風に教育していたら将来ひどい目にあいますわよ!!絶対です!あ、マッドハッター、マッド公爵、ごきげんよう。

ラムチョップ:……

マドレーヌ:なんで目を合わせた途端行っちゃうのよ!

ラムチョップ:今日は騒がしそうだ。

マドレーヌ:誰が煩いって?!!

アールグレイ:……まぁまぁ、怒ると皺が増えますよ。

ラムチョップ:皺ならとっくに生えまくっているぞ。昨日今日の話じゃない。毎日毎日魔法の薬を三瓶も塗りたくってるじゃないか。

マドレーヌ:皺?!!!誰のことを言っているのかしら!

ラムチョップ:もう数百歳のくせに、王子の前で若作りなど恥ずかしくないのか?

マドレーヌ:あああああ!!!マッドハッター!!!止めないで!!目のものをみせてあげますわ!!

アールグレイ:胡蝶夫人、今日も良いお天気ですね。

フルーツタルト:うむ、共にアフタヌーンティーでも楽しもうか。


17.現実の中の幻Ⅲ

 夜中。

 悪夢から目が覚めたシャンパンは広いベッドに座り込んだ。シーツには冷や汗のつくった丸い水玉模様ができている。

シャンパン:はぁ……はぁっ……

 先ほどの悪夢のせいで彼はすっかり目覚めてしまった。体を起こしてコートを羽織り書斎へと向かう。

 額の髪の毛が彼の視線を遮った。デスクに置いてあった誰かさんが残したであろうゴムで髪の毛を括る。

 シャンパンのデスクには書類が山積みにされている。神子が来てからというもの、たまに息抜きする時間もできたが、もう過去の自由はなくなった。

 頻繁に夢で見る、世界の終わりのような光景が彼の脳裏に刻まれる。壊れたクラウン、敗れた翼、散らかったクリスマスの装飾、そしてマグマの温度で地面に溶け流れた蝋燭……

 コンコン――

シャンパン:……こんな遅くに……どうぞ!

フォンダントケーキ:あら、本当にいた。

シャンパン:……

フォンダントケーキ:夜分遅くにどうされたんですか?

シャンパン:そっちこそどうした。

フォンダントケーキ:さっき悪い夢を見たんです、ミルクでも飲んで落ち着こうかと。

シャンパン:悪い夢?

フォンダントケーキ:ええ……世界はまるで地獄絵図でした……炎が充満してて……みんな大変なことになったみたいで、長い間探しても……ずっと探しても……誰も見つからないんです……

シャンパン:……

フォンダントケーキ:夢って全て反対であると言われていますよね?

シャンパン:……あぁ。

フォンダントケーキ:貴方がそう言うんだから、きっと逆ですね。

シャンパン:……

フォンダントケーキ:あれ、どうしたんですか?何か言ってください。

シャンパン:……バカ、俺がいるんだ。そんなこと起きるはずないだろう?考えすぎだ。目の前にいるのは、負けを知らないシャンパン陛下だぞ。

フォンダントケーキ:ちょっと――それ私のミルクです!!

シャンパン:ここは俺の宮殿だ。宮殿にあるミルクも、グラスも、お前が寝ている寝室もベッドも!全て俺のものだ!

フォンダントケーキシャンパン――!!逃げないで!待ってください!!!


18.現実の中の幻Ⅳ

創世日

中央法王庁

イースターエッグキャンディケインキャンディケイン、ご飯の時間ですよ――

イースターエッグ:あれ、キャンディケインは?

 イースターエッグは両腕一杯のプレゼントを抱えながらヨロヨロと中央法王庁の廊下を歩いていた。突然、空からヒラヒラと雪の花が降ってきた。その時、彼は花壇の近くで空をぼーっと眺めているキャンディケインを見つけた。

キャンディケイン:あ……雪……

イースターエッグキャンディケイン?どうしたんですか?

キャンディケイン:……なんでもないです、ただ残念だなと……

イースターエッグ:残念?

キャンディケインフィッシュアンドチップステキーラ、きっと雪が好きなのに……今年の初雪を……見れないなんて……

イースターエッグ:大丈夫、きっと見てますよ。どんなに遠くても、同じ大陸と、空の下にいるんです。それに、彼らが戻ってきた時、一緒に二回目三回目の雪が見れます。そうしたらみんなと一緒に雪だるまを作れますよ!

キャンディケイン:……うん!みんなと雪合戦もしたいです!あっ、イースターエッグ、手にあるそれはなんですか?

イースターエッグ:これは、法王庁近くの住民たちからのプレゼントです!

キャンディケイン:プレゼント?

イースターエッグ:はい!普段の保護と協力への感謝のですって! わざわざ遠いところから来た人たちもいるんですよ!

キャンディケイン:みんなすごいです……わたしなんか……法王庁でみんなの帰りを待ってるだけ……

イースターエッグキャンディケイン

 イースターエッグは突然キャンディケインの頬を両手で包んだ。少女は驚いた、彼の厳しい表情はそうそう見れないものだからだ。

キャンディケイン:うっ?!

イースターエッグ:そんな顔、しないで!

キャンディケイン:……うぅ……でも……

イースターエッグ:ぼくたちはみんなみたいに凄くはないですが、みんながこの家に戻ってくる時、安心できるようにがんばればいいんです。フィッシュアンドチップスたちも言ってましたよね、一番好きなのはキャンディケインの笑顔だって!

キャンディケイン:……うん!

イースターエッグ:だから、泣かないでください。キャンディケインは笑うととびきりかわいいんですから!

キャンディケイン:そ、そう言われると……恥ずかしいです……

イースターエッグ:あ、でも……でも……キャンディケインの笑顔は本当にかわいいです……疲れた時はぼくが相談に乗ります。ずっとここで一緒に、みんなの帰りを待ちましょう……

キャンディケイン:うん!


19.幻の中の真実IIV

シュトレン:ほら!あそこが白チェス王国の王城です!城壁は魔法がかかった蔓に包まれているんです!ああすれば私たちの国は危険に陥る事はありません!

シュトレン:王城のみんなは……良い人たちばかり……

アールグレイ:白雪、そんなに王城のみんなが好きなのに、なぜ王城から離れて森に入ったのですか?

シュトレン:え、えっと……それは……覚えてないんです……でも私、森も好きです。森の動物たち、小鳥さんも白いウサギさんもカッコーさんも毛虫さんも、みんなとても良くしてくれるし。

アールグレイ:……

シュトレン:それに、森の中で自由自在に生きる方が、王冠に縛られた「白雪姫」より、きっともっと幸せですよね?

アールグレイ:……果たしてそうでしょうか……

マドレーヌ:白雪は今のままでいいんじゃないかしら。やりたいことをやって、生きたい人生を生きればいいわ。

アールグレイ:ええ、私の思い込みかもしれませんね……

シュトレン:ん?

アールグレイ:なんでもありません。今の方がもっと楽しいというのなら、そのままでいいと思います。


20.幻の中の真実Ⅴ

ジンジャーブレッド:あれ!ローストターキー

ビーフステーキ:確かに!ローストターキーー!!!ここだ!!!

ローストターキー:ん?誰だ?

エッグノッグ:……彼らは貴方のことをハートの国王ではなく、ローストターキーと呼んでいます。

ローストターキー:ということは?

エッグノッグ:仲間かもしれません!

 ローストターキーエッグノッグは声がした方向へと走った。だが二人は透明なシールドに行先を遮られてしまった。ジンジャーブレッドたちは二人の前に駆けつけた。ステーキは焦りすぎてシールドに体当たりしてしまった。

ビーフステーキ:っ――いてて……

ローストターキー:こ、これはどういうことだ!

赤ワイン:物語が結末を終えていないため、物語の背景である場所から離れられないということだ。ジンジャーブレッドのための舞踏会が終わるまで、国境から離れられないことがあっただろう。

エッグノッグ:……その仕草からすると、貴方たちはもう?

ジンジャーブレッド:ええ、赤ワインがあたしたちを目覚めさせてくれたんだ。もう自分たちの物語を終えてるから、自由の身だ。でもみんなの夢を終わらせることはできないから、チビ陛下の力が必要なんだ。

ローストターキー:余になにができる?

ビーフステーキ:あんたは三大魔法王国の国王の一人だから、命令はこの世界に認められるはず。

ローストターキー:でも……本当にそんな簡単にいくのか?

ジンジャーブレッドチーズから聞いたんだけど、この世界で最も強力な力は願いなんだ。願えば、全ての結末を変えれる。意味はあんまわからないけど、やってみる価値はある。

エッグノッグ:確かにそうかもしれませんが、僕たちは今この土地から離れることすら不可能です。

赤ワイン:安心しろ、もうすぐ来る。

ローストターキー:なにがだ?

ビーフステーキ:白チェス皇后からの舞踏会の招待状だ。白チェス国王には三本の全ての願いを叶えるマッチがあるらしい。

ジンジャーブレッド:そう、もし噂通りなら、慈悲深い白チェス国王なら、あたしたちに協力してくれるかもしれないってわけ。

21.ハート王国Ⅰ 

ピザチーズーーチーズ――

カッサータ:……おかしいな、チーズの奴どこ行った?

ピザカッサータカッサータ!見ろ!

カッサータ:ぐっ――は、放せ――く、苦しい――ぐぅっ―

ピザ:おっとごめん!

カッサータ:……なんだかどっかで見たような光景な気がする。

ピザ:……ん?

カッサータ:なんでもない。どうしたんだ。

ピザ:そうだ!見てみろよ!あそこで踊ってる奴!!

カッサータ:!!!!チーズじゃないか!なんで姫と踊ってるんだ!

ピザ:ダンス……ふふ……

カッサータ:何にやけてんだ……おいおい!あそこはダンスフロアじゃねぇか!

ピザ:女の子二人でも踊れるんだ!オレたちも踊れるって!


22.現実の中の幻Ⅴ

ヴァイスヴルストクロワッサンクロワッサン

クロワッサン:ん?!私は……もしかして眠っていましたか、申し訳ない。

ヴァイスヴルスト:最近お疲れでしょう、もっと休むべきですよ。

クロワッサン:……昔の彼に比べれば、これくらいなんでもありません。

ヴァイスヴルスト:……あなたのせいじゃありません。

クロワッサン:でも私は彼の傍にいられなかった。誓ったはずなのに。どんなことがあろうとも、お互いの力になると。でも私は……あいつらは……私たちを騙した……あいつらは!

ヴァイスヴルストクロワッサン!起きて!!

クロワッサン:……すみません、また瘴気に影響されていましたか……

ヴァイスヴルスト:最近情緒が不安定ですね。キャンディケインがびっくりしてしまいます。

クロワッサンキャンディケインはもう大人になったんです。もう小さな事ですぐにびっくりするような女の子じゃありません。

ヴァイスヴルスト:まだ冗談が話せるみたいなので、そう悪化してはいないようですね。

クロワッサン:これしきの瘴気、すぐ消えます。

ヴァイスヴルスト:無理をすると、治るものも治りません。そうだ、もうすぐ創世日です。シャンパン陛下から、小さな陛下のところでお祝いをしようという招待が来ています。

クロワッサン:しかしまだ……

ヴァイスヴルスト:そこまでです!ちゃんと休みを取るべきです!もう無理を続けないでください、いつか暗黒に侵食されてしまいます……

クロワッサン:暗黒に侵食される……ふふ……

ヴァイスヴルスト:なにを笑ってるんですか?

クロワッサン:いえ、なにも。

ヴァイスヴルスト:このことはさておき、今回の会合はあなたに休んで頂くためだけでなく、神恩軍の聖女も我々との接触を望んでいるのです。我らは「あの存在」と直面してずっと追い続けている極めて少ない組織として、我々の協力を望んでいます……

クロワッサン:……「あの存在」?

ヴァイスヴルスト:ええ、聖女は手紙では詳細を伝えるのは難しいため、我々と二人の陛下に直接会って伝えたいと。

クロワッサン:……やっと、尻尾を掴めましたか。


23.現実の中の幻Ⅵ

 揺れる馬車の上で、アールグレイは少しつまらなさそうに窓に頬づき、外の景色を眺めていた。

ドーナツ:目、痛むなら休んでください。

アールグレイ:ふふ、聖女様に気にかけてもらえて、とても光栄です。

ドーナツ:いくら満面の笑みを飾っても、目が治るまではもう追わせませんから。

アールグレイ:……

メープルシロップ:はははははは!!!!!!アールグレイってば毎回ドーナツに勝てないのに!毎回、毎回!!はははははは!その表情ウケる!!!

アールグレイ:ゴホン、本心を伝えたまでです。ドーナツ嬢、ずっとその本を読んでますが、どのような内容なのです?

シュトレン:光耀大陸の商販から貰った書籍です。とある情報を調べたいとドーナツが言っていたので、探し当てた物です。

アールグレイ:……この文字……いかにも……複雑ですね。ドーナツ嬢、読めるのですか?

ドーナツ:辞書があれば。あと、ドーナツ嬢と呼ぶのはおやめなさい。

アールグレイ:ああ、ではドーナツ様、何か発見はありましたか?

ドーナツ:……「あの存在」は、光耀大陸と関係しているのかもしれません。

アールグレイ:?!!!

メープルシロップ:えっ――?!!!!

シュトレン:!

ドーナツ:まだ推測ですが、ちゃんと確認してみる必要があります。

アールグレイ:……つまり?

ドーナツ:つまり、光耀大陸に行って参ります。あなたたちは、ちゃんと法王庁で怪我を治療しなさい!完治するまではどこにも行かないように!


24.幻の中の真実Ⅵ

創世日

当日

 アールグレイと一緒に買い物に出れなかったメープルシロップは、カフェのテーブルに寄り掛かり、シュトレンとつまらなさそうにぼーっとしている。

 祭りの雰囲気が漂っている。モンブランでさえソワソワして、ブリオッシュは落ち込んでいる彼女に思わず微笑みながら頭を横に振ってみせた。

ブリオッシュ:出かける時は、私の傍にいてくださいね、迷子にならないように。

メープルシロップ:出かける?

ブリオッシュ:はい、アールグレイが戻ってくる頃には、もう混雑も収まっているでしょう。彼に案内してもらいましょう。

メープルシロップ:わぁ!やった!もう待ちきれない、アールグレイ遅いです!

 メープルシロップは興奮してピョンピョン跳ね出した。シュトレンは少し困惑した表情で彼女を見ていた。隣のモンブランも表情が明るくなる。長い休養に、みんなはすっかり退屈していたようだ。

シュトレン:あっ――メープルシロップ!どうしたのですか?

 突然、異変が起きた。シュトレンの悲鳴の中、ブリオッシュメープルシロップが椅子から転げ落ちて上半身がテーブルに寄りかかるのを見た。そしてシュトレンモンブランも倒れた。

 ブリオッシュは状況を確認しようとしたが、目眩が突然襲いかかり、前に踏み出そうとした片足が、いうことを聞かず地面に崩れ落ちる。

 倒れた瞬間、まるで鏡を通過して、もう一つの光のない世界へ入ったような気分だ。ブリオッシュは暗闇の中でどんどん沈んでいき、意識を失くしていく。

(明転)

???:――魔法使いよ、君は白雪姫のゴッドファーザーです。彼女を宮殿まで護衛して、盛大な誕生日会に参加させるのです。

ブリオッシュ:ん?ここは一体?シャンパン陛下の宮殿ではない?

???:――苦しんできた記憶を忘れるのです。ここが君の帰るべき場所なのですから。

???:――ここでなら、君は人々から尊敬される魔法使いです。悩みなどなく、欲しい物全てがあります!

ブリオッシュ:私は……魔法使い?白雪姫のゴッドファーザー?

 ブリオッシュは目を大きく開けた。奇妙な花と樹木に囲まれたジャングル。目の前にあるたき火からは暖かなオレンジ色の炎が出ている。隣りにいる青年魔法使いは居眠りをしていたが、彼が目を覚ましたのをみて、うとうとしながらこう言った。

モンブラン:早く寝て。明日は早朝に白雪姫を迎えに行くんだから!

 ブリオッシュは目をぱちくりさせた。脳裏には白雪姫と彼女の護衛であるジェニーの姿があった。非常に自然な仕草で頷いた後、再び眠りに落ちた。


25.幻の中の真実Ⅵ 

 長い夜の後、空はもう一度明るくなった。

シュトレン:ジェニー?起きて?出発の時間ですよ、早くしないと遅刻してしまいます!

メープルシロップ:うぅん……眠い……もう少し寝かせて――へっ?遅刻!

 メープルシロップは突然座り込んだ。彼女の前に屈んでいたシュトレンはびっくりして後退りした。シュトレンを囲んでいたトナカイたちも驚きのあまりコロコロと遠い場所まで転んで行った。そしてお互いを囲みながらまた転び帰ってきた。

シュトレン:大丈夫ですか、ジェニー?そう急がなくてもいいみたいです。魔法使いさんたちはまだ着いていないみたい。

メープルシロップ:え、なんて?ジェニー?魔法使いって誰……

 大きな目が点になる。メープルシロップはまだ状況が飲み込めず、周囲を見た――部屋はキッチリ整理整頓されていたが、天井は異様に低い。テーブルの足とベッドは全てキノコで出来ている。

 メープルシロップは力を込めて自分の頬をつねった。痛みを感じた彼女はその手でまた頭を叩いてみた。やっと状況が飲み込めたようだ。

メープルシロップ:そうだった。貴方は白雪姫で、私は七色の花を持つジェニー。ここは小人たちの家で、私は魔法使いさんたちと一緒に、貴方を誕生日舞踏会に護送するんだった!ふふふ、全部思い出した!

 メープルシロップの脳裏には、彼女の使命を伝える声が響いていた――白雪姫を誕生日舞踏会に護送せよ――それは魔法王国で最も盛大な舞踏会である。

シュトレン:なんだか忘れてしまっている気がするんです。小人さんたちもいないし……

メープルシロップ:白雪姫ってば、そう深く考えずに。早く舞踏会に行きましょう。他のことは戻ってからで大丈夫ですよ。

 そうは言ってみたが、実はメープルシロップも少し不安だった。彼女は理由もなくポケットを叩いてみた。どうやらそこにはなんらかの植物が入っているようだった。メープルシロップがそれを取り出そうとした時、シュトレンに手を掴まれた。

シュトレン:ええ、その通りだわ。早く行きましょう!魔法使いさんたちと合流しないといけません!

 ギギッ――ドアを開けた瞬間、湿った少し涼しい空気が爽やかな土の匂いと共に二人を包み込んだ。屋外の空き地には二人、メープルシロップがよく知っている人物が立っていた。

メープルシロップ:魔法使いさん?

シュトレン:ああ!もう来ていたんですね!

モンブランシュトレン?じゃない……白雪姫陛下、ジェニーさん、ごきげんよう。もうそろそろ出発の時間だ。

ブリオッシュ:はい、今回の旅路は簡単なものではないという予感が既にしています。姫様、護衛のお嬢さん、早く出発しましょう!

シュトレン:はい、魔法使いさん。もう準備は出来ています!

メープルシロップ:出発するのですか?どうやって行くのですか?

ブリオッシュ:私の魔法のマントに乗れば、暗くなるまでに必ず到着します。護衛のお嬢さん、これから何があったとしても、姫様の傍から離れないでくださいね。いいですね?

メープルシロップ:えっと……誰の傍から?ブリオッシュ

ブリオッシュ:危険に遭った時は、私たちにお任せください。決して七色の花を使わないように!貴重な、願いが叶う花ですから!

 ブリオッシュメープルシロップの独り言を無視した。彼女はずっとこうだからだ。七色の花と聞いたメープルシロップは、ぼんやりした後、ポケットから七色に咲いた花を取り出した。

メープルシロップ:これの事ですか?どんな願いも叶うの?

ブリオッシュ:護衛のお嬢さん、それは君の想像力次第。ちゃんとしまってください、出発しますよ!

 ブリオッシュはマントを広げた。マントはキラキラと輝きながら、宙に浮いた。まるで命があるかのように、キラキラと耀くフェアリーダストを放つ。どうやら早く乗れと催促しているようだ。


26.白チェス王国Ⅳ 

 朝の光は七色のガラスを貫き、華やかな宮殿をより一層美しく見せた。宝石の玉座の上で、ブラッドソーセージは頭を傾けて、人差し指で黄金の手すりを叩いていた。

 ブラッドソーセージの足下には、地面に横たわっていても大人の身長の半分はあるであろう巨大な犬が警戒しながら頭を上げた。続いてふたつ目の頭とみっつ目の頭も首を持ち上げた。

 六個の目がクルクルと周り、三つの大きく真っ赤な口は熱気を吐いている。ネバネバした唾液がノコギリのような牙の間からダラダラと流れ出ていた――これはあの恐ろしいケルベロスだ!

スターゲイジーパイ:まぁ、綺麗で可愛いワンちゃんだこと!

ブラッドソーセージ:この可愛い犬、あなたのお姉さんの白雪にピッタリね。

スターゲイジーパイ:で、でも、白雪姫はもうあなたに駆逐されたんじゃ?

ブラッドソーセージ:ふふふ、白雪は王座欲しさに小人の家からノコノコとこちらへ向かっているわ。こらしめてあげないといけませんね〜

スターゲイジーパイ:ふふふ、頭をちょん切るの?ブラッドソーセージ

ブラッドソーセージ:いいえ、白雪と、彼女のいや〜なお友達のとこの可愛いわんこを森の小屋に閉じ込めてあげる――永遠に出てこられないように!

ブラッドソーセージ:もちろんその前に、白雪姫の身分を剥奪して、あなたに――あなたを本当の白雪姫にしてあげる。そして今晩の誕生日会の後、女王の座もあなたにあげるね!

スターゲイジーパイ:わぁ!じゃあ今晩の舞踏会は誕生会と戴冠式ね!うふふ!王国で一番盛大な舞踏会にしてみせるわ!

ブラッドソーセージ:えぇ、行きましょうか、白雪に「プレゼント」を送りに。

スターゲイジーパイ:で、でも……彼女にはゴッドファーザーがいるし、護衛は願いが叶う七色の花を持ってるし……

ブラッドソーセージ:心配はいらないわ、サプライズをたくさん用意してあるから!

スターゲイジーパイ:ふふふ〜プレゼントを開けた時の表情が見てみたいわね、ブラッドソーセージ

ブラッドソーセージ:今からはあなたこそが真の白雪姫。わたしのことは母上って呼んでちょうだいね。

スターゲイジーパイ:は〜い、ブラッドソーセージ


27.幻の中の真実Ⅶ

 ブリオッシュの魔法のマントはビュンと音を立て空を飛び、一行は小人の家から離れ、王宮へと飛んでいった。彼らは空が暗くなる前に、「白雪姫」シュトレンを王宮の誕生日舞踏会に届けないといけない。

 どんどん小さくなる地上の景色に、シュトレンは興奮し、トナカイたちは楽しそうに飛び回り、落ち着かせるのに時間がかかった。

メープルシロップ:わぁ!空を飛ぶのってこんなに楽しいことだったんだ!

 メープルシロップは興奮しながら周囲をキョロキョロと見ていた。血色の葉っぱが生えた森の近くまで飛んだ途端、マントは制御不能になり、魔力を失ってしまう。一同は地面めがけ真っ逆さまに落ちていく。

モンブラン:なんで?!魔法が効かない!!

ブリオッシュ:まずい!この森には何かある。私の魔法も効かない!ジェニー、早く君の七色の花で試してみてください!

メープルシロップ:飛べ――飛べ――七色の花、みんなを生きたまま地面に降ろして!

 願いを唱えると、メープルシロップのポケットから七色の光が放たれた。一枚の花びらが黄色い光となり、空中で消えた。一同は地面から数メートルの位置で留まり、ドサドサと、ゆっくり落ちていった。

シュトレン:みんな、だ、大丈夫ですか?怪我はない?

ブリオッシュ:……ゴホン、大丈夫です。ですが魔法が使えないままです。

モンブラン:……なんで直接王宮に送ってって言わなかったのさ。

メープルシロップ:わぁ、その手がありましたか!思いつかなかったです――えっと……王宮ってどこにありましたっけ……

ブリオッシュ:無理です。願いは唱える者の想像力を超えられませんから。

ブリオッシュ:まずこの森から出ましょう。ここから出れば、解決するかもしれません。

メープルシロップ:それなら――飛べ飛べ七色の花、この山から遠くへ飛ばして!

ブリオッシュ:いや、待ってください――

 ブリオッシュが言い終える前、一同は崖の上空にテレポートされていた。底がまったく見えず、怪物の鳴き声が聞こえる。

メープルシロップ:わぁあっ――飛べ飛べ七色の花、さっきの場所に戻して――えっ!なんでまた空中に戻ったの?!!!

……こうして、森を抜けようとした時には、七色の花は最後の花びらしか残らなかった。一同はわかれ道の前にやってくる。そびえ立つ木の小屋の周囲には、茨だらけの鉄の柵が。庭へのドアは開いたままで、木の小屋の前には小さな白い犬が鎖で繋がれている。犬の足の傷からは血が流れ、クーンクーンと悲鳴を上げていた。

シュトレン:あれ……あの子犬、怪我をしています!ほうっておいたら死んでしまうかも……ジェニー、魔法使いさん、助けてあげましょう、そう時間はかからないはずです!

 ブリオッシュは仕方なさそうに頭を横に振り、シュトレンに合意した。一同は茨の柵を超えて、小屋へと向かった。柵に入った途端、茨はどんどん大きくなり曲がっていき、一同を庭の中に閉じ込めた。

ブラッドソーセージ:親愛なる白雪、わたしの良い子、久しぶり。いつも綺麗で心優しい。ふふふ、こっちへおいで、母上にお顔をちゃんと見せて!

 ブラッドソーセージスターゲイジーパイと共に、突如一同の前に現れた。ブラッドソーセージを見た途端、メープルシロップは頭部に鋭い痛みを覚える。脳裏にはあまり愉快とは言えない画面が過り、無意識にシュトレンの前へ、彼女を守るように立ちふさがる。

メープルシロップ:貴方は!白チェス皇后、理由もなく白雪姫をお国から追い出しただけでは満足せず、彼女が舞踏会へ行くのも阻止しようというのですか!

ブラッドソーセージ:あら、残念。何か思い出したのかと思ったのに。でも、わたしがお話しているのはあなたじゃないの、淑女は他人の会話に口出ししない……それと、魔法使いさんに愚かなゴッドファーザーさん、大人しくここにいるがいい……

 ブラッドソーセージが手を振ると、黒い霧が実体があるかのように濃くなり、メープルシロップブリオッシュモンブランを包み込んだ。彼らは一瞬でどす黒い茨に絡まってしまう。

 ドアの前にいた「子犬」の傷は消え、体がじょじょに大きくなっていく。首からはヌルッとふたつの頭が生え、六個の瞳で一同を興味津々に見つめている。


28.幻の中の真実Ⅷ

 シュトレンはあまりの出来事に目が虚ろになっていた。トナカイはそりに変身して彼女を何処かへと連れていった。最後の画面がまた脳裏に現れた。シュトレンは何度も考えたが、やはり理解できない。

(暗転)

メープルシロップシュトレン、早く行って、アールグレイを探して――違った――ここではマッドハッターでいう名前なの!彼なら助けてくれるはず!

(明転)

 あの女の子をよく知っている気はするものの、シュトレンは彼女が誰なのか思い出せない。彼女は七色の花の最後の花びらで、自分を皇后の手から助けてくれた……でもアールグレイとは誰だろう?マッドハッターなら知っているが、彼を探して何をしろというのだろう?

 思考が深まるにつれ、シュトレンは自分が誰なのかすら思い出せなくなった。白雪という名前にピンとこないのだ。

シュトレン:私……私は誰?白雪?あれ?なんとか雪?……もういいわ、あの心優しい女の子がマッドハッターさんを探せて言っていたのだから、きっと彼なら何か知ってるはず!

夕方

小屋

ブリオッシュモンブラン?!メープルシロップ?大丈夫ですか?

 木の小屋の中、黒い茨に束縛された三人はゆっくりと目覚めた。先に目を覚ましたブリオッシュは、焦った様子で二人を見ている。

メープルシロップ:あれ?ブリオッシュ?さっき寝てた?違う……ここは一体……

モンブラン:ええ、ここは現実の世界じゃない……

ブリオッシュブラッドソーセージが呪いの力を私たちに使ったせいで、私たちは目が覚めた……なにせ私たちはあれと直面したことがありますからね……印象深いものです……

メープルシロップ:あ、思い出しました。ブラッドソーセージは呪いでシュトレンの「白雪姫」の名前を奪って、スターゲイジーパイにあげた……何をするつもりです?!

ブリオッシュ:……みんなをこの場所に閉じ込めるつもりでしょうね。

ビーフステーキ:それはダメだ!俺たち聖剣傭兵団の意見もなしに!断じて同意しないぞ!

 すると、突然ドアに穴が空き、ビーフステーキは隙間から小屋に入ってきた。続いて、ドアが開き、赤ワインは優雅な足取りで小屋に入ってきた。ジンジャーブレッドも一緒だった。

赤ワイン:フン!何が聖剣騎士団だ!粗野な奴!ドアを使えドアを!

ジンジャーブレッド:ちょっと、二人とも喧嘩しないで。まず目の前の問題を解決しないと!

ビーフステーキ:問題?あぁ――でかい犬な!それにもう知ってるだろ……

 ビーフステーキはやっと地面に寝そべる巨大な犬に気づいた。犬は物音を聞いて、ゆっくりと立ち上がった。巨大な犬は振り返り、三つ目の頭を起こす。ティーカップのような大きさの目が六つ、一同を一瞥した後ビーフステーキに留まった。

メープルシロップ:それは!ブラッドソーセージが私たちを見張るように残したケルベロス!

ビーフステーキ:頭が三つだと?!おもしれぇ!

 ビーフステーキはケラケラと笑った後、そそくさと逃げだした。

赤ワイン:なに逃げてんだ!悪犬を眠らせる魔女のマントはお前が持ってるだろうが?!

ブリオッシュ:どうなっているんですか?

ジンジャーブレッドアールグレイだよ。あたしたちは舞踏会で彼と出会ったんだ。皇后のマントは悪犬を黙らせるってね。ついでにここに来てみんなを助けて欲しいってな。

ブリオッシュアールグレイはやっぱり「目を覚ました」んですね……じゃあ白雪――シュトレンは?

ジンジャーブレッド:彼女は……まだ目を覚ましてない。彼女の目を覚ますにはあんたたちが必要よ!

ビーフステーキ:おいおい、無駄話はそこまで!行きゃあ全部わかる!

赤ワイン:おしゃべりしている暇はない。舞踏会はもうすぐ終わるぞ!急げ!


29.白チェス王国Ⅴ

 白チェス王国の皇后は美しいけれど毒々しい心の持ち主。彼女のもうひとつの姿は、暗黒の呪いの力を持つ茨の魔女だった。

 彼女は白雪姫を駆逐し、呪いの力で白雪の名前を奪い、白雪の記憶をも剥奪した。白雪は自分の身分と仲間たちのことを忘れてしまったのだ。

 そして彼女には人に言えない三つ目の姿があった。

スターゲイジーパイ:――ブラッドソーセージ、わたしはもう真の白雪姫なのよね、誰の頭をちょん切ってもいいの?

ブラッドソーセージ:お姫よ、また忘れちゃった?母上って呼んで!

 スターゲイジーパイは話を聞いておらず、頭を落とすゲームの想像に浸っていた。

ブラッドソーセージ:はぁ、もう少しの辛抱ですよ。今晩の戴冠式が終われば、わたしたちの願いは全て叶うわ。

ブラッドソーセージ:そうすれば、もうわたしたちの統治を覆せる力はなくなる!嫌な奴らが目を覚ましたとしても、この世界の規則に逆らえない!

スターゲイジーパイ:ふふふ、そうそう。白雪のゴッドファーザーと護衛も閉じ込めたし、七色の花も使い切ったし〜

ブラッドソーセージ:残念な事に、七色の花の最後の願いのせいで、白雪は逃げちゃった……でも大丈夫、彼女はもう自分が誰なのか忘れてしまっているから、脅威にならない。

ブラッドソーセージ:ふふ、これからはあなたの時代よ。さぁ、とびきりのお洒落をしてきなさい。素晴らしい夢を見させてあげる。永遠に覚めない美しい夢をね!

 自分の目的を実現するため、皇后は呪いで白チェス国王を殺害し、自らが女王になった。

 彼女は呪いの力で、人々を自らの美貌で魅了し、言いなりにさせた。

ブラッドソーセージ:もう愚かな人間共を守らなくていい。あいつらの言葉に騙されなくてすむ。契約の束縛ももうないし、傷つくこともない……

ブラッドソーセージ:こここそが真実の世界であるべき、外の世界は虚妄でしかない。もうすぐ完成する。もうすぐ全てが手に入る……

ブラッドソーセージ:誰もわたしに計画を阻止させはしない!



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018年10月11日
    • Android
    • リリース日:2018年10月11日
カテゴリ
  • カテゴリー
  • RPG(ロールプレイング)
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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