蛇スープ・エピソード
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蛇スープのエピソード
ハイビスカスティーが召喚した食霊、ハイビスカスティー以外の誰の話も聞かない。蛇スープが傍にいると、ハイビスカスティーは体の苦しみが緩和される。そういう時は大人しくハイビスカスティーに付き添う。彼を召喚した人に対しては刷り込みのような独占欲がある。彼を召喚した相手であるなら。その人に絶対的な忠誠を誓う。彼を召喚した人以外、誰も彼の世界に存在しない。
Ⅰ炎
氷のように冷たい暗闇の中、突然僕の目の前に炎が現れた。
あつあつで、温度は高いけれど、人を傷つけたりしない炎。
目を開けて、目の前の炎を見た。
……両目?
俯いて、自分の両手を見た。
……あ、僕は……あの冷たい混沌から抜け出せたの?
「ほおぅ?蛇スープか?食霊?」
「……」
その赤い炎は少しずつ形を変え、僕の前に立つ男の姿になった。
僕はまばたきをして、眉間に皺を寄せている男を見た。
彼は……僕の事があまり好きではないみたい?
「ははっ、面白い。私の食霊である以上、君は私にだけ忠誠を誓うという事だな?」
その男は急に笑い出した。
うっ……
「……」
「何故黙っている?」
「……赤い、炎」
「あ?もう良い、まず共に部屋に行こう」
僕は本能的に頷いた。身体の中にある微かな感覚が、目の前のこの男が僕の御侍だと教えてくれた……
僕の御侍は、人間であるべき。
だけど……人間はこんなにも熱を持っているものなのか……霊力?
彼について珍しい宝物がいっぱいある部屋を出た。途中で会った人は全員彼に向かって丁寧にお辞儀をしていた。
彼は地位の高い人みたい……
「蛇スープ、何を見ている?早く来い」
「……彼らは、人間?」
「ああ、皆人間だ」
「……人間は……みんな霊力がない?」
「私と同じ者もいる、しかし少数だ。ほとんどの人間は彼らと同じように平凡で、弱く、力がない」
「……」
だから……僕の御侍は、僕と同じ食霊だと感じるのは……僕の錯覚?
Ⅱ 温度
全ての植物、全ての動物は、全く異なる温度を持っている。
もちろん人によっても温度が違う。
だから、僕はぼんやりとしか見えない自分の両目よりも、感じている温度の方を信じる。
ある人は冷たい、またある人は焼かれそうに熱い。
だけど、この男の温度より心地良いものはなかった。
炎のようだけど、熱くはない。
うっ……彼が読んでくれた本の言葉を借りると。
雪が降っている日の暖炉のよう。
彼の後ろに立って彼の温度を感じるのが好き。
だけど、ある日突然この温度は変わった。
あの日、彼はいつものように、あのがらんとして時々反響音が響く宮殿の中で、不快感を覚える温度を持つ人間たちから僕には意味のわからない報告を聞いていた。
彼の体の温度が急に熱くなった。彼の表情は何も変わっていないけど、その温度に思わず半歩下がってしまった。
熱い……
まるで、炭火に焼かれているようだ……
彼も気持ち悪いはず……だけど、彼は笑ったままだった……
いつも彼を「聖主様」と呼ぶ人間たちが去って、傍に仕えていたお付きの男たちを追い払ってから、胸をおさえながら倒れた。
彼の体の温度は、炭火のように熱いだけでなく、全てを呑み込むような炎に変わっていた。
その温かな赤も、段々と濃くなっていき、温度が上がるにつれて漆黒になっていった。
どうしたら良いか悩んでいたら、彼の体の温度はまた変わった。
骨に染みる程の冷気が彼の体から噴き出し、それは僕を完全に包み込み、僕は寒さに震えた。
彼の温度は……まるで人が変わったようだった……
「おや、お前が吾の食霊、蛇スープだったか?そうだろう、ははは、可愛らしいではないか。そんなに遠くにいてどうした、近こうよれ、よく見せて見ろ。あのクズがどんな食霊を召喚したのか見せてもらおうか」
我に返った時、倒れていた御侍は既に僕の目の前に来ていた。彼の表情はいつもと違って、穏やかに笑っているが、骨に染みるような寒さを感じた。
「どうした?そんなに離れて、吾が怖いのか?ははっ、何も怖くない。さあ、来い、顔をよく見せてみろ」
彼は……僕の御侍じゃない……
彼は……きっと僕の御侍じゃないんだ……
「うっーー蛇スープ……今……何が起きた?」
慣れ親しんだ声が聞こえた、御侍が身に纏っていた冷気は徐々に温度を取り戻しているのを感じ取れた。彼は自分の額をおさえ、眉間に皺を寄せていた。
「蛇スープ?蛇スープどうした?」
僕は御侍の服の裾をギュッと握り、骨に染みる寒さが彼の温度によって和らいでいくのを感じていた。この時初めて自分の手、唇、歯、僕の全身が震えている事に気付いた。
「蛇スープ?大丈夫か?」
「……」
御侍は手を僕の頭に置いた、彼の手のひらから伝わってくる温度によって僕の震えが止まった。
「……蛇スープ、彼に会ったのか?」
「……?」
「……いや、今日はゆっくり休め」
Ⅲ薬
それから御侍はいつも何かを探している事に気付いた。
時には変な書籍、時には薬の図鑑をめくっていた。
ごくたまに、花が描いている本を読んでいる事もある。
御侍は唇を尖らせ、筆を口の上に置いたまま、花図鑑を眺めていた。
「これでもない……確か……もっと赤い花だったはず……」
「御侍……何を探してるの?」
「花を探している」
「花?」
「いつも夢に出てくる花だ……一面真っ赤な……」
彼が眺めていた花図鑑を見ると、それはもう最初の花図鑑ではなかった。
彼の傍には数冊の花図鑑が落ちているが、貴重なそれらは彼にとってなんら価値がない事がわかる。
「どんな名前なの?」
「わからない、ただ微かにその見た目を覚えている……いや、説明出来ん!見たらきっと思い出せるはずだ……きっと」
御侍が言っている事はよくわからないけど、なんとなくわかった。
僕があの暗闇の中で見た炎のように、その様子を説明出来ないけれど、その温度を見る度に、僕はその唯一無二の温度をすぐに認識する事が出来る。
突然、傍にあった温度が変わり始めた。
またあの感じだ。
少し動揺しながらも、僕は御侍の方を見た。
予想通り、周りには誰もいなかったからか、御侍は胸元をおさえて、眉間に皺を寄せていた。
彼の温度はあの時と同じように、どんどん熱くなっていった。
ダ……ダメ……
このままだと……
彼はまたあの恐ろしい温度になる……
どうしよう…….僕はどうしたら良いの……
僕は彼から離れたい本能に抗って彼に近づいた。凄まじい熱さによって生まれつき体の冷たい僕も汗が滲み出ていた。
僕は彼の手を掴んだ。
御侍の手は、とてもとても熱かった。まるで焼いている鉄のように熱い、でもあの寒さよりはずっと良い。
突然、熱い手で喉を締められた。
背中からせり上がってくる痛みによって眉をひそめた、僕の霊力は制御不能になり守るべき相手を襲い掛かったが、次の瞬間、その手は引っ込められた。
僕は急いで彼の傍から離れ、混乱した頭で解決策を考えようとした。
だけど、僕が解決策を思いつく前に、彼の体の温度はどうしてか、徐々に下がり始めた……
御侍の温度は、少しずつ、いつもの温度に戻っていった。
あの炎の赤を侵蝕していた黒も、少しずつ消えていった。
「ハァ……ハァ……」
物音一つしない静かな室内で、僕たちの呼吸音だけが響いた。僕は慎重に御侍に近づいた。
「……御侍……」
「ハァーーハァーー先程の……あのひんやりとした霊力は……君のか……」
「今日の聖主はどうしたんだ?機嫌が良さそうだ」
「わからない、少し前まで機嫌が悪かったんだが」
「シーッ、黙れ、早く行こう」
侍者たちは僕が彼らを見ていた事に気付いたのかもしれない、口を抑えながら急いでその場を離れた。僕は用意された食卓の前に座って、嬉しそうに笑っている御侍を見て、首を傾げた。
「おや、今日は機嫌が良さそうだね?」
「はっ、虫茶が他の男と遊ぶのを見張ってなくて良いのか?」
やって来た彼は、冬虫夏草と言う。
彼は僕と同じで、食霊だ。
御侍の話によると、彼はすごい蠱毒使いだそうだ。
僕は彼の事はあまり好きじゃない。彼はいつも御侍と親しくしていて、付き合いの長い古い友人のようで、僕はいつも彼らの話についていけない。
彼らは変に息がぴったりだった。聖女という女がやってくる時はすぐに話題を逸らし、彼らだけにしかわからない言葉で話を続けたりする。
「食事で口を塞げないようだね」
「ははっ、今日はどうした?」
「聖女様から君の状況が不安定だって聞いて、ボクたちの弱い聖主様を見に来るよう頼んできたんだ。でも調子は良さそうだね、傍には可愛らしいのが増えたし」
「つべこべうるさい、早く検査しろ」
「はいはい」
冬虫夏草の傍にはいつも赤い魚のような物が浮いていた、でも御侍は決して触らせてくれない。あれは恐ろしい蠱毒を持つ虫だという。
だけど今、その恐ろしい虫は御侍の切れた指先を通って彼の体に潜り込んでいる。
小さな突起が指先から腕に移り、腕から肩や胸にかけて移っていった。御侍の額には青筋が浮いて来た。
僕が好きな赤色の中に少し暗い赤色の小さな点が泳いでいた。
しばらくすると、その魚のような物は御侍の指先の傷から出てきた。
「おや?なんだか体調が……良くなったようだ?侵蝕しなくなった訳じゃないが、その速度は、遅くなっている」
「やはり」
「なんだ?」
「薬を見つけたんだ」
「本当か?!」
「本気だ」
……彼らはまた僕にはわからない話を始めた。
でも……どうして僕を見ているの……?
Ⅳハイビスカス
あのイヤな蠱毒使いはまた御侍と長く雑談してから帰って行った。離れる前、彼はまた一冊の花図鑑を残してくれた。
「君があいつの食霊だよね?」
「……」
「フフッ、そんなに敵視しないで、ほら、これを」
「……?」
「しっかり読んで、何か収穫があるかもしれないよ」
僕は花図鑑の角を指でつまんで、去っていく彼の後ろ姿を見て、微かに頬を膨らませた。
誰があなたの指図なんか聞くか。
「うん?蛇スープ、それは何だ?」
「……花図鑑」
「ほおお?まだ私が読んだ事のない花図鑑があったのか?」
「あの蠱毒使いがくれた」
「冬虫夏草?」
「うん」
御侍は顎を触りながら「どういうつもりだ?」と困惑そうにつぶやいた。その後、僕の手から花図鑑を受け取った。
「折角だから、一緒に読もう」
図鑑は一枚ずつ捲られていった。僕の頭は知らず知らずのうち揺れていた、いつも僕につきまとっている青ちゃんと白ちゃんさえも服の中に潜り込んで熟睡していた。
突然、ある赤い花から懐かしいという感覚を覚えた。
……これは僕が見た、御侍の炎の様子だ。
僕はこの花の名前を見た。
――ハイビスカス。
僕が炎と花の関係を考える前、御侍はしっかりと花図鑑をギュッと掴んで、見た事の無い顔で驚いていた。
「見つけた!見つけた!これが私の夢に出てきた花だ!」
彼の図鑑を掴んだ手は、興奮で震えていた。彼が探していたのは、僕がさっき見た「ハイビスカス」と呼ばれる花なんだと気付いた。
彼が夢で見た花は、彼の炎の形をしていたの?
でも……あの蠱毒使いはどうして、収穫がある事を知っていたの?
いいや……僕が御侍の傍にいる邪魔をしないなら、彼が何をしていたってどうでもいいや。
Ⅴ蛇スープ
「聖主様、冬虫夏草様はもう外でお待ちです」
チキンスープは優雅に歩いてやって来た。紗布に覆われた寝台の上にいる男は一つあくびをし、だらけていて起き上がろうとする素振りもなかった。
「直接彼を通せ」
「聖主様、近頃冬虫夏草様と親しくされているようですね?」
「なんだ?何か問題でもあるのか?私が誰と親しくするのに、聖女の許可が必要なのか?」
「いえ、とんでもございませんわ。ただ、少し前まで冬虫夏草様とは犬猿の仲でしたので、今のように親しくされているのを見て少し安心いたしました」
「用がないなら下がれ、冬虫夏草をここに連れてくればいい」
「かしこまりました。そうでした、蛇スープはどちらに?久しぶりに彼に会いたいです」
「彼は使いに遣った」
「それは残念ですわ」
門は開けられ、再び閉じられた。冬虫夏草は寝台の上でだらけている聖主を見て口が引きつった。
「聖主様、チキンスープの事を良く思わないのはわかるが、一応女性だ。そんな恰好で彼女の前に出るのは、良くないよ」
「冬虫夏草様の普段の服装も大してかわらないだろう、私の事を言う資格はあるのか?」
「……もう良い、早く起きて。蛇スープは?」
「蛇スープ?蛇スープ出て来い、チキンスープはもういない」
紗布の影の中からゆっくりと蛇スープが現れた、彼は聖主と呼ばれている男の後ろに静かに立っていた。
「どうして隠れていたんだ?」
「チキンスープ、嫌い」
冬虫夏草は聖主の後ろにいる蛇スープを見て、思わず声に出して笑った。
「聖主にべったりなペットがいるみたいだね?」
「スーッーー」
「おっと失礼、早く君の蛇を戻して」
聖主は笑いをこらえながら手招いた。冬虫夏草が来る度に敵意をむき出しにする少年を呼び戻し、その少年のくるっとした髪を撫でた。
「その小僧はどうしてあんなに凶暴なんだ、早く蛇を遠ざけて!わざわざ彼の好きな菊も持ってきたのに」
「少なくとも彼は君に会ってくれる、まだましだろう。ははははは!」
冷たく見える少年は、自分にはよくわからない話を始めた二人を見て鼻に皺を寄せ、少し悔しそうに唇を尖らせながらも、話の邪魔をする事はなかった。
彼は冬虫夏草が持って来た菊を掴んで二人の近くに座った。
いつの間にか、会話している二人を見つめていた少年の足元には、菊の花びらが散乱していた。あの可哀想な姿を見て、たまたま顔を上げた冬虫夏草は仕方なさそうに笑った。
「君が飼っている蛇を見て、彼のために持って来た菊が台無しにされてるよ?」
「いつもそう言うが、来る度に新しいのを持ってくるではないか?」
「フンッ、彼が大人しいのは君の前でだけだ。少し前に彼を借りて堕神を捕まえに行った時、堕神どころか、ボクの屋敷も壊されそうになった」
聖主は顎を支えながら、横目で隅っこに座って菊の花びらを抜いている蛇スープを見た。
冬虫夏草は自分の荷物を片付けながら、上の空になっている男の方を見た。
「君は彼を信頼しているようだね。彼があいつに何か言っているかもしれないって心配じゃないのか?」
「彼はこの聖教の中で唯一、私のであると確信出来るものだ。しかも、彼がいなければ、私は反撃する方法すら見つかっていない、そうだろう?」
「好きにしろ。しかし、情に流されるな、バカハイビスカス」
「私が情に流されるような人に見えるのか?まして私はいつ情に流された事があった!冬虫夏草、私の名誉を傷つけるな!」
騒ぎながら冬虫夏草を送った後、聖主はゆっくりと静かに彼の事を待っていた蛇スープのもとに近づいた。
彼は蛇スープの髪を撫でた。少年の髪は生まれつき巻き毛だが、非常に柔らかい。蛇のような瞳の中には、いつだって永遠に彼一人しか映さない。
「蛇スープ、ずっと私の傍にいてくれるか?他の誰でもない、この私ハイビスカスティーに」
白髪の少年はいつものように自分のひんやりとした手でハイビスカスティーの裾を掴んで、頷いた。
その瞳は澄みきっていて、目の前にいる人物だけを映した。
「あなたの邪魔する者は、殺す」
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