春帰浮雲聚・ストーリー・融雪帰局1~13
初めての山林
半日後
龍脊山麓
険しい道を足早に進んで行く四人の周りには、何も生きているものがいないかのように静まり返っていた。だけどすきま風が入る窓には、時々恐ろしい顔が見える。
金駿眉:見たよ〜
クラゲの和え物:じゃあ、なんで笑っていられるの!家の中に隠れている怪物に食べられちゃったらどうするの!!!
金駿眉:怪物は言う事を聞かない子どもしか食べないよ。特にあなたみたいなもっちりした子は、一口でパクッと食べやすいからね。
クラゲの和え物:うっ、嘘つき!そんな脅し信じる訳ないじゃん!フンッ!怪物はあなたみたいな嘘つきしか食べないし!
松鶴延年:……
松鶴延年:あれらの家屋に怪物はいません、幻覚だと思います。
クラゲの和え物:えっ?
松鶴延年:……龍脊山は水源が乏しい、人間が住みのに適していません。これ程の規模の村が出来るはずもない……
松鶴延年:瘴気の影響を受け、幻覚を見るようになったのでしょう。
クラゲの和え物:えっ……そっ、そんな……
玉麒麟:シーッ。
玉麒麟:……何か聞こえないか?
微かに泣き声が聞こえる。松鶴延年は訝し気に前方を見つめた。
松鶴延年:子ども?まさか、こんな場所に……
クラゲの和え物:もしかして、幻聴?
松鶴延年:しかし幻聴ではなく、本当だとしたら……
金駿眉:幻聴だろうね、ここに子どもなんている訳がない。例えいたとしても、情に流されてはいけない。目先の事に囚われ、目的が達成出来なければ、元も子もない。
松鶴延年:それはどういう意味ですか?
玉麒麟:……欠損した伏魔陣は、いつまで虎蛟を縛れる?
金駿眉:それを考慮しての発言だ。これが遠足なら、何人でも好きに助ければ良い、しかし今は大局を見なければいけないよ。
金駿眉:この道中、似たような状況に何度も遭遇するだろう。その度にこんな些細な事に躓いていたら、最後に笑うのは、きっと虎蛟だろうね。
金駿眉:そうだね、あなたたちが受け入れやすいよう言い換えるとーー時間がない、まずは問題の根源を解決しないと。そうすればより多くの人を救える。
松鶴延年:でも……
玉麒麟:彼の言う通りだ、まずは問題を解決しなければならない。
松鶴延年:……
玉麒麟:しかし、困っている者がいるなら見てみぬフリも出来ない。
金駿眉:……
玉麒麟:松鶴、様子を見に行け、後で龍脊山で合流しよう。
松鶴延年:……わかりました!
金駿眉はそれ以上何も言葉を発さなかった、ただ何か思う所があるかのように玉麒麟を見つめ、相手の判断に疑問があるようだった。
玉麒麟:なんだ?何か問題でも?
金駿眉:いや、島主の思うままに。
松鶴延年:……すぐに戻ります。
松鶴延年は心配そうに玉麒麟を一目見て、立ち去ろうとした瞬間、遠くから忙しない足音が聞こえて来た。
松鶴延年:まさか虎蛟……?!
玉麒麟:危ない!
シュッーー
玉麒麟が叫ぶとすぐに爆風が吹き荒れた。一行が素早く後ずさると、先程まで立っていた場所で何かが爆発していた。
クラゲの和え物:うわーっ!
松鶴延年:あれは……虎蛟ではない!何者だ?!
偶然の出会い
松鶴延年:誰だ?!
八宝飯:マオ・シュエ・ワン!!!雪玉を放って道を探れっつったのに、なに雷火弾なんて投げてんだ?!
マオシュエワン:て、手が滑っちまった……とりあえず、怪我人が出てないか確認しねぇと!
煙が晴れていく。大人たちは素早く避けて被害を免れたが、彼らより一回り小さいクラゲの和え物だけは避けきれずーー
金駿眉:ぷっ……ふふふっ……
クラゲの和え物:…………あああああ!!!金駿眉!笑うな!!!!!
クラゲの和え物の淡く赤らんでいた丸い頬には、炭のように真っ黒になっていた。黒の中に赤も見えて、明らかに怒っている事がわかる。
八宝飯:ぷっ……コホンッ!ごめんな、大丈夫か?
クラゲの和え物:あたしの顔と髪を見て、大丈夫そうに見えっ……うぐ!
金駿眉:あー……大丈夫だよ、しかし……お二人は?
金駿眉は笑いをこらえながら、クラゲの和え物の顔を拭うフリをして彼女の口を塞いだ。珍しく真剣な顔をしていたためか、男たちも身を正して答えた。
マオシュエワン:伏魔陣が弱っているって聞いたから、わざわざ調べに来たんだ。
松鶴延年:夢回谷の者でしょうか?
八宝飯:いや違う、地蔵の……まあ、オイラには色んな物事を感知出来る友だちがいて、はぁ、この話をすると長くなるんだけど……
八宝飯:とにかく、伏魔陣に異変が起これば、彼にも影響が及ぶ可能性があるから調べに来た。
玉麒麟:異常を感知出来るなら、法陣が何故弱まったかわかるか?
八宝飯:それは……法陣を作った者の霊力が弱まったからじゃ……
金駿眉:天幕を張るために大量の霊力を失っても、当時の青龍は虎蛟を封印出来た。まさか今……
金駿眉:神君がこんなにも衰弱しているのか。
玉麒麟:…………
玉麒麟はこの言葉を聞いて顔色を変えた。松鶴延年は彼女が何を考えているかわかり、眉をひそめた。
松鶴延年:あの時、青龍は見て見ぬフリをした訳でなく、何も出来なかっただけかもしれない……
玉麒麟:……彼がどうあろうと、私には関係ない。
松鶴延年:……
マオシュエワン:えーと……そういや、どうしてここにいるんだ?瘴気だらけで、危ねぇだろ!
松鶴延年:申し遅れました、絶境から来た松鶴延年と申します。伏魔陣を補修するために参りました。
マオシュエワン:伏魔陣の補修?!……伏魔陣は青龍が作ったもんだろ、あんたらに直せるのか?
玉麒麟:彼に教わった事がある。
八宝飯:本当か!青龍があんたに法陣の張り方を教えた事があるのか!まさか……あんたが君山銀針(くんざんぎんしん)なのか?
玉麒麟:誰の事だ?
空気を読まない
玉麒麟:?
八宝飯:えっ……違うのか?青龍は一人しか弟子を取った事がなくて、その者は夢回谷の君山銀針だって聞いたけど……
玉麒麟:弟子?いつ取った弟子だ?
八宝飯:多分……少し前かな……
玉麒麟:……
八宝飯:ど、どうしたんだ?オイラなんか間違った事を……
八宝飯(はっぽうはん)は言葉を飲み込んだ。目の前の玉麒麟が氷のように冷たい表情を浮かべ、その冷気に耐え切れなかったのだ。
玉麒麟:前に言っていたな、あの老いぼれは身動きが取れないから、先生を見とりに来れなかったと。
松鶴延年:……ただの憶測に過ぎませんが……
玉麒麟:ハッ……良いだろう、良いじゃないか!
玉麒麟:千万人の命を投げ出したのは、弟子を取るためだったのか?
玉麒麟:良いだろう……その弟子とやらがどんな奴か、見てやろうじゃないか。
松鶴延年:……
八宝飯:……
笑みを浮かべていたが、今の玉麒麟は鬼神以上の恐ろしさがあった。居合わせた者は皆、彼女の殺気に圧倒されて戸惑った。中でも、特に八宝飯が困惑していた。
八宝飯:……伏魔陣を確認しに来ただけなのに、まさかこんな複雑な話に巻き込まれるなんて……
幸い、空気をあまり読めない女の子が彼の窮地を救ってくれた。
クラゲの和え物:うーん……で、子どもは助けるの?
マオシュエワン:子ども?……そうだ!俺たちは子どもの泣き声を聞いたから、助けようとしたんだった!八宝飯、行くぞ!
八宝飯:えっ?ああ!じゃあ、またな!
八宝飯とマオシュエワンを見送った後、金駿眉はまだ心配そうな表情を浮かべている松鶴延年を見て、楽し気な笑みを浮かべた。
金駿眉:島主と青龍神君には悪縁があるとはね……
金駿眉:でも、あなたの方が気になるな。
松鶴延年:私、ですか?
金駿眉:そうだ。さっきまであんなに人間の事を気にかけていたから、彼らについて行くのかと思った。
松鶴延年:事の重大さを弁えています。先ほどあなたが言っていた通り、伏魔陣の補修が最優先です。
金駿眉:ふふっ、弁えていると言うなら聞くけど……もし来るある日、絶境を守るためにある者の命を犠牲にしなければいけなくなった時、あなたはどうする?
松鶴延年:それは……
玉麒麟:ありえない。
金駿眉:おや?
玉麒麟:絶境は私のものだ、私だけが絶境を守る資格がある。他の誰の犠牲も要らない。
暗火の夜話
玉麒麟:絶境は私のものだ、私だけが絶境を守る資格がある。他の誰の犠牲も要らない。
玉麒麟はそう言うと、すぐにその場を離れて行った。松鶴延年も彼女の後を追う。金駿眉だけは眉をひそめて二人の後ろ姿を見ながら、ゆっくりと口角を上げた。
金駿眉:ふふっ、あしらわれてしまった。
クラゲの和え物:……金駿眉、どうしちゃったの!絶境に行ってからなんか変だよ……なんちゃら陣のために子どもを助けに行かないなんて、あなたはそんなやつじゃないでしょ!
金駿眉:シーッ、森で大きな声を出した子どもは黒麒麟に食べられてしまうよー
クラゲの和え物:またそう言って、信じる訳ないでしょ!
クラゲの和え物は顔を上げて金駿眉にあっかんべーをしたが、すぐに相手に抑えられてしまった。
金駿眉:ただ、想定外の展開になってしまってね……少し、面白くなってきた……
金駿眉はクラゲの和え物を片手でひょいと持ち上げ、のんびりとした足取りで先を進む二人の後を追い、龍脊山を目指した。
いつの間にか、日が暮れ……
クラゲの和え物:金駿眉、金駿眉!この曲がった木を見て!見覚えがある気がする!……もしかして、この森の木はみんな同じ見た目をしているの?鬼谷よりずっと面白いね!
松鶴延年:……同じ見た目をしている訳ではありませんよ……
玉麒麟:元の場所に戻ったんだ。
クラゲの和え物:え?なんで……?あたしたちずっと真っすぐ歩いていたし、一回も曲がってないよ……
松鶴延年:瘴気の影響で、いつの間にか道に迷ってしまったのかもしれませんね……
玉麒麟:気をつけろ、瘴気は予想以上に早く蔓延している。
金駿眉:そうだね……そろそろ日も暮れそうだし、そんなに危ないなら、夜道を急ぐのはやめた方がいいかもね。
玉麒麟:……一晩、ここで足を休めよう。
四人は薪を集めて焚き火にし、その場で休み始めた。眠りについた者たちは寄り添って穏やかな呼吸音を発した。炎に照らされ、一つの影だけが揺れている。
玉麒麟:……出てこい、コソコソと隠れるな。
金駿眉:ふふっ、流石に島主の目は欺けないね。
金駿眉:明日朝一に出発するんだ、どうして休まない?
玉麒麟:万が一に備えて、警備している。
玉麒麟:君は?何故寝ない?
金駿眉:眠れないんだ。夢を見ても、別に良い事もないしね。
玉麒麟:ハッ、君でも悪夢を見るのか?
金駿眉:悪夢か……残念ながら、偽物の恐怖は赤子しか驚かせない。本当に心を揺さぶるのは、本当に存在した記憶だけだ。
玉麒麟:と、言うと。
金駿眉:例えば……混沌に帰る時の記憶。
玉麒麟:混沌……?
金駿眉:知りたい?例え……手に負えない代価を払うとしても?
玉麒麟:?
風音がおさまり、炎が明るくなった。玉麒麟は目の端で玉麒麟を捉えたが、突然心が沈んだ。まるで秘密の扉に飛び込んでしまい、当てもなく彷徨う事しか出来ないかのように。
金駿眉:真実を知ったら、もう二度と引き返す事は出来ない。
金駿眉:ーーそれこそ、死よりも恐ろしい代価だ。
水中の幻影
金駿眉:ーーそれこそ、死よりも恐ろしい代価だ。
金駿眉がそう言うと、玉麒麟は眩暈を覚え、体の中である気が蠢いているような感覚がした。眉をひそめて目を閉じ、霊力で気を落ち着かせようとしたが、やがて緩やかに……
そして再び目を覚ますと、金駿眉も、近くで眠っていたはずの松鶴延年とクラゲの和え物も、どこかに消えてしまった。
玉麒麟:……まさか、瘴気か……
???:麒麟。
玉麒麟:!!!
不意に聞き覚えのある声がして、玉麒麟は一瞬にして凍りついたように動けなくなってしまった。
晩春のようにあたたかい火のそばにいるが、彼女はまるで氷の中に封じられた機関みたいに機械的に振り返り、春風のように穏やかな顔を見て目を見開く事しか出来ない。
???:言葉が話せなくなったのか?吾の事を忘れたのじゃな?
玉麒麟:せっ、先生……どうして……
???:汝を探しに来た。
玉麒麟:私を……
玉麒麟はその一言で悟った。目の前にいるのは彼女の先生である仙宿ではなく、単なる……水面に映る幻だという事を。
仙宿:汝は?何故ここにいるのじゃ。
玉麒麟:……法陣を補修し、人々を救うため。
仙宿:この吾に対しても、強がるつもりか?
玉麒麟:……
玉麒麟:この件は青龍からの頼みだ、もし彼が姿を現してくれたら……今の私の霊力では、絶境を守るには足りない。
仙宿:絶境は非力な赤子ではない、誰もが欲しがる宝もない、何故守る必要が?
玉麒麟:しかし、先生が私に残してくれたものだ。
仙宿:なら、師は非を認めよう。
玉麒麟:……
仙宿:経論、時勢、詩歌、吾が残したものはこれらだ。
玉麒麟:それらの記憶は全て青龍によって封印された。自らそれを解いたが、記憶は既にボロボロになっている……先生に関連のあるもので、今私の手の中にあるのは、絶境しかない。
仙宿:……まだ彼を責めているのか。
玉麒麟:彼を責める?フンッ。
玉麒麟は凛とした表情で、鼻で笑った。
玉麒麟:神君であるなら、この上ない法力を持っているはず。なのに蒼生を救わず、借りも返さず、ただ逃げるばかり……気に食わない!
仙宿:蒼生を救うには、神の力があろうと……
玉麒麟:なら、先生は?
仙宿:……
玉麒麟:彼がもし蒼生を救えないとしても、人の数が多すぎる事を言い訳に出来るだろう。だけど、先生は?
玉麒麟:彼が先に先生にちょっかいを出したんだ。だけど最終的に、どうして先生一人すら救えない?
仙宿:……麒麟……
玉麒麟:まあいい、何故君なんかに聞いたのだろうか。
玉麒麟:どうせ、もう死んでるんだ。
そう言った途端、目の前の幻影は煙のように消えて行った。
春風であたたまったばかりの体は再び冷たくなり、玉麒麟は隣でニヤニヤしている金駿眉を見た。
玉麒麟:君は一体、何者だ。
再び前進
朝の光が瘴気の壁を通り抜け、玉麒麟一行に風光明媚な景色を贈った。
松鶴延年はこめかみを擦る。自分の髪を握りしめているクラゲの和え物と手をどうにかどかし、まだ眠ったままの顔を見てため息をついた。
松鶴延年が振り返って玉麒麟を見ると、彼女は疲れ切った顔をしていた。
玉麒麟:……
松鶴延年:昨夜は……よく眠れなかったのですが?
金駿眉:ぷっ……あなたたクラゲこそ、こんな所でよく眠れたね、そっちの方がおかしいでしょう?
松鶴延年:……瘴気のせいか、昨夜はいつもよりぐっすり眠れたような気がします……
玉麒麟:とりあえず、先を急ごう。
玉麒麟は不快そうな顔をしたが、それ以上の感情は見せなかった。単に伏魔陣の補修を急いでいるように見える。松鶴延年は熟睡したままのクラゲの和え物を肩に乗せて笑っている金駿眉を見て、顔を曇らせた。
松鶴延年:お二人こそ……昨夜何かありましたか?
金駿眉:ん?島主ではなく、なぜわたしに尋ねるんだ?
松鶴延年:某は……
金駿眉:何もなかったと言っら、信じるのか?
松鶴延年:この……!
玉麒麟:松鶴。
金駿眉の得意げな顔を見て、松鶴延年は不満を覚えつつも、諦めて足早に玉麒麟についていった。
無言のまま、一行は最も瘴気の濃い方へと向かった。肩の上のクラゲの和え物が目が覚めるより前に、伏魔陣の前に辿り着いた。
金駿眉:夢回谷の周囲には元から瘴気が渦巻いている、しかしそれは迷い込んだ人間を追い払うための障壁に過ぎないり伏魔陣が破れた事で、瘴気がここまで吸い寄せられ、陣内の邪気に染まりわ攻撃的になった。
金駿眉:補修の件、我々が考えていた程簡単ではないかもしれないね。
玉麒麟:どんなに複雑でも伏魔陣を補修する、それが私たちがここに来た目的だ。
松鶴延年:……
金駿眉:うん?今度は島主を止めないのか?
松鶴延年:彼女が出来ると言うのなら、私は彼女を信じます。
金駿眉はもう一度松鶴延年を見つめたが、彼は玉麒麟の事だけを見ていた。やがて彼女は瘴気の中に入り、霧の中に消えた。
金駿眉:ふふっ……島主が意地にならない事を祈るよ。
松鶴延年:どういう意味ですか?
金駿眉:瘴気には幻覚作用がある。何か彼女にとっての辛い事を思い起こさせ、彼女の感情が乱れたら、却って瘴気に呑まれてしまうかもしれない。
松鶴延年:なっ!!!何故今それを?!
金駿眉:何故?見ず知らずの彼女に、何故注意しなければならないんだ?
松鶴延年:……貴方は一体何者だ、目的はなんなんだ?!
金駿眉:同じ質問を、島主からも頂いたね。
金駿眉:あなた方はわたしの事を疑っているようだけど、残念ながらわたしも所詮……輪廻に纏わりつかれた愚鈍な者に過ぎないうよ。
思いがけない誤解
金駿眉:わたしも所詮……輪廻に纏わりつかれた愚鈍な者に過ぎない。
松鶴延年:どういう意味ですか……
金糸蜜棗:伏魔陣を破ったのは!あんたたちね!
松鶴延年:!!!
松鶴延年が金駿眉に問いただそうとした時、突然ハツラツとした女性の声がその場に響いた。黄金色の服を身に纏った少女が二人に襲いかかって来たのだ。
松鶴延年:ーーお待ちください!
クラゲの和え物:うぅ?松鶴延年うるさい……何かあったの……?
金糸蜜棗:なんて卑怯な!小さな女の子を盾にするなんて!お嬢ちゃん怖がらないで、お姉さんが今すぐ助けにいくから!
松鶴延年:お嬢さん、説明を聞いてください……
エンドウ豆羊かん:蜜棗!其奴らの話を聞くな、まずは人質を助けるのじゃ!
二人の少女は共にせっかちのようで、松鶴延年に説明する暇を与えようとしない。混乱した状況の中、金駿眉は突然肩に乗せていたクラゲの和え物を持ち上げ……
クラゲの和え物:えっ?うわぁーー!
金糸蜜棗:えええええーー?!
その場にいたクラゲの和え物を含めた全員が驚いた。まさか目覚めた途端、金駿眉によって投げ捨てられるとは。
金駿眉:彼女が欲しいんだろう?受け取れ!
クラゲの和え物:金・駿・眉!あんたーー!
金駿眉:どうした?飛べるし、怪我しないだろう?
クラゲの和え物:うっ?うーん……そうだけど……わぁ、空からの景色凄く素敵だね……
金糸蜜棗:……
エンドウ豆羊かん:其方らは一体何者なんじゃ?妾たちの夢回谷で何をしておる?!嘘ついたら、この金糸蜜棗(きんしなつめ)が絶対に許さんぞ!
金糸蜜棗:……エンドウ、そんな引っ付かないでよ……
エンドウ豆羊かん:べっ、別に怖がってなんかおらぬ!其奴らが妾を投げて人質にしないようにしているだけじゃ……
松鶴延年:コホンッ……お二人は誤解しています。私たちは青龍に依頼され、伏魔陣の補修に参りました。
エンドウ豆羊かん:青龍?君山姉さんの師匠の、青龍?
松鶴延年:……どういう意味でしょうか、青龍の依頼ではない……
夢回谷への支援を求める手紙を送ったのは青龍だったはずなのに、夢回谷の者は何も知らない……松鶴延年は不審に思ったが、問いただすより先に、金駿眉が言葉を続けた。
金駿眉:お二人が夢回谷の者なら、伏魔陣がどうして破れたか知らない?
金糸蜜棗:……あたしたちも調査している最中で、あんたたちの姿が見えたから、てっきり……
金駿眉:夢回谷の者も伏魔陣が何故破れたか知らないのか……となれば、麒麟島主が出てくるのを待つしかないね。何か新たな発見があれば良いけれど。
金駿眉がそう言うと、重く穏やかな足音が聞こえて来た。松鶴延年が慌てて振り返ると、伏魔陣から玉麒麟がゆっくりと出てくるのが見えたので、急いで彼女を迎えた。
松鶴延年:どうでしたか?貴方は……
玉麒麟:……大丈夫だ……
とは言え、誰が見ても玉麒麟の顔色は平気ではなかった。松鶴延年は彼女を支えたが、更に声を掛けようとした途端、彼女の全身の力が抜け……
尽きない夢
一刻前
伏魔陣の中
玉麒麟:(伏魔陣は補修出来たが、鎮圧すべき虎蛟が見当たらない……瘴気も、禍々しいままだ……)
玉麒麟:チッ……どこへ行った……
ザラ……ザラ……
靴底で枯れた草地を踏みつけている。玉麒麟はこの瘴気の中をどれだけ歩いたかわからない。光が消えた環境に慣れたと思ったら、突然、頭の上から優しい月の光が降ってきた。
青龍神君:噂でここに巨匠が隠居していると聞いたが、まさか……阿呆な麒麟しかおらんのか?
玉麒麟:青龍?!
青龍神君:本座を知っているのか?
玉麒麟:……知っているどころか……
青龍神君:なんだ、貴様も神君の力を借り、出世をしたいのか?
玉麒麟:誰が神君の力なんかを!青龍……
仙宿:麒麟、無礼を働くな。
玉麒麟:せっ、先生……
青龍神君:ほう?これはこれは、噂の仙宿先生か。
仙宿:神君が招かずに来るとは、何事じゃ。
青龍神君:楽しみを見つけに。
仙宿:……
玉麒麟:……今すぐこのクソ青龍を追い出してやる……
青龍神君:待て。本座の問題に答えられるなら、貴様の手を煩わせずにここから立ち去ろう。
玉麒麟:……言ってみろ。
青龍神君:もし、小童の両足が巨大な岩に押し潰され、血が止まらない状況に出会ったら、貴様は小童のために岩をどかすか?
玉麒麟:なんだその問題、どかすに決まっている。
青龍神君:なら、その岩が人を死に至らしめる毒気を封じていて、それをどかすと、周囲数百里に被害が及ぶとしたら?
玉麒麟:なっ……わざと難癖をつけているのか!
青龍神君:答えられなければ負けだ、言い訳はいらぬ。しかし……仙宿先生は、この問題を解く事が出来るかもしれん。
仙宿:……
仙宿:神君は住まいにこだわりはありますか?
青龍神君:まったく。仙宿先生の近く、話しやすい場所ならどこでも。
仙宿:……どうぞ、こちらへ。
玉麒麟:先生!……クソ龍!図に乗るな!絶対に追い出してやる!
パチッーー
青龍神君:貴様の番だ。
玉麒麟:……
青龍神君::誘って来たのは貴様の方だろう、どうしてそんな不貞腐れた顔をしておる。
玉麒麟:天に通ずる神力があるのなら、大事を為したらどうだ?どうしてこんな小さな島に籠って……
青龍神君:勝つためだけに碁を学ぶなんて、つまらないだろう?
玉麒麟:また訳のわからない話を、どうして先生は耐えられるんだ……
青龍神君:ははっ、嫌われたもんだな……こうしよう、もし貴様が碁で本座に勝てたら、この絶境を離れると約束しよう。玉麒麟:言ったな!二言はないぞ!
パチッーー
松鶴延年:神君!近くの漁師たちが脅されています、貴方が絶境から出ないなら、あの連中は彼らを……
青龍神君:松鶴、碁を観る時に言葉を発するな。
松鶴延年:今は碁を打っている場合じゃないです!漁師たちは全員ただの人間です、今まで悪さをした事もありません、なのに貴方のせいで……
青龍神君:もし本座があ奴らを助けたら、光耀大陸は悪の手に握られ、苦難に満ちる……それでも、本座に手を出せというのか?
松鶴延年:某は……
玉麒麟:クソ龍、漁民たちを見捨て、冷血無情と罵られても良いのか?
青龍神君:他人にどう思われようと、本座には関係のない事だ。あ奴らが本座を神と敬っているから、手を差し伸べなければならないのか?可笑しな話だ……
青龍神君:神とは、罪人に試練を与えるための存在であり、世間にこき使われる道具ではない。
青龍神君:だから……神なんぞになりたくはなかった……
玉麒麟:?それは……
パチッーー
青龍神君:貴様の勝ちだ、お暇しよう。
玉麒麟:おいっ……青龍!
玉麒麟:青龍!!!
こう呼びかけた瞬間、玉麒麟は目を覚ました。先程と全く違う場所にいる事に気付き、やがて諦めたようにため息をついた。
玉麒麟:悪夢だ……
君山銀針:あの……目が覚めたようですな?
声がする方を見ると、銀髪の女性が寝台の横に腰を下ろし、少し気まずそうな顔をしながらも、心配そうな顔をしていた。玉麒麟は眠っている間、思わず相手の袖を握っていたようで、素早く手を引いてゆっくりと身を起こした。
玉麒麟:君は……
玉麒麟:……君が、あのクソ龍の弟子か?
虎蛟逃走
玉麒麟:……君が、あのクソ龍の弟子か?
君山銀針:クソ龍?!
呆気に取られた君山銀針は相手に一瞥され、言葉が整うより前に、焦ったような声が聞こえて来た。
玉麒麟:見た通りだ、まだ息が残っている。
松鶴延年:……縁起でもない事を言わないでください。君山嬢、島主がお世話になりました。
君山銀針:いえ……麒麟島主は捨て身で伏魔陣を補修してくださいました、むしろ某たちの方が世話になったのです!感謝致します!
玉麒麟:私はただ害を除いただけ、誰かを助けようとした訳ではない、礼は必要ない。
君山銀針:えーと……
松鶴延年:……
玉麒麟:松鶴、私はどのくはい眠っていた?
松鶴延年:そう長くはないですね、半日程です。
玉麒麟:半日……では、虎蛟は見つけたのか?
松鶴延年:……
松鶴延年:ちょうどそれを話そうと思っていたのです……貴方が陣から出てきて間もなく、虎蛟が現れ、夢回谷で大暴れした後……逃げました。
玉麒麟:……どこへ逃げた。
松鶴延年:絶境です。
玉麒麟:……
それを聞いて、玉麒麟は立ち上がろうとしたが、柔らかな、しかししっかりとした手に押さえつけられた。
君山銀針:島主は瘴気に汚染され、まだ回復していない、どうか……
玉麒麟:手を放せ。
君山銀針:……今の体調で、虎蛟を制圧するのは難しいでしょう。
玉麒麟:君には関係のない事だ。
君山銀針:某は……
松鶴延年:……玉麒麟、焦らないでください。絶境に残した私の霊鶴に異変は起きていません。恐らく、虎蛟は混乱状態のまま、上陸する方法をまだ見つけていないのかもしれません。
玉麒麟:虎蛟の混乱を当てにするのは危険だ、絶境を賭けに出来ない。
玉麒麟:絶境は、無事でなければならない。
松鶴延年:貴方は一体……
ドンッーー
大きな音が松鶴延年の事がを遮った。先程まで立っていた扉が、今や地面に倒れていて、更にその上に青年が乗っていた。
マオシュエワン:いててて……
金糸蜜棗:もうっ!何してくれてんのよ!これはこの谷に残った唯一のちゃんとした扉だったのに!
マオシュエワン:すっ、すまん!わざとじゃねぇんだ……
八宝飯:だから落ち着けって言っただろ、薬草は見つけたんだ、何をそんなに急いで……あれ?起きたんだ!
玉麒麟:……?
松鶴延年:……貴方が陣の補修をしていた時、ちょうど夢回谷の者たちに出会ったのです。彼女たちに事情を説明したら、私たちを受け入れてくださり……その後すぐに、八宝飯たちもやって来ました。
君山銀針:彼らはそなたが昏睡しているのを見て、大慌てで薬草を探しに行ったのですぞ。
八宝飯:ほら、ちょっとまずいけど、霊力を補充する事は出来る!安心して食べな!
玉麒麟:……ありがとう。
八宝飯:へへっ、感謝は良いって。伏魔陣を補修してくれたおかげで、オイラたちも助かったからな!これ位どうって事ないって!
玉麒麟:……
君山銀針:その通りだ、島主が虎蛟の追撃をしようとしているのを止めたい訳ではない……ただ、皆が力を貸してくれると言っている、どうか手伝わせて頂きたい。
玉麒麟:……絶境に力を貸してくれたら、夢回谷はどうするつもりだ?
君山銀針:……
玉麒麟:さっきの小娘の話を聞く限り……いや、見渡すだけでわかる。今の夢回谷は、絶境よりも酷い有様だ。
玉麒麟が窓の外を見ると、元々立派な建物が建っているはずの場所には、今や残骸しか残らない。一行が今いる部屋がある建物位しか、まともなものはない。実に残念な光景だ。
金糸蜜棗:あの虎蛟のせいだ……あんなにいっぱい用意した物が全部パーよ、年越しなんて出来ないよね……
玉麒麟:……君たちは、夢回谷でしか年を越せないのか?
金糸蜜棗:えっ?
唐突な一言に、その場にいる誰もが戸惑った。松鶴延年だけは、少しぎこちない玉麒麟の顔を見て笑った。
松鶴延年:……皆さんが宜しければ、是非絶境で共に年越しをしましょう。
金糸蜜棗:ええっ?!
松鶴延年:皆さんは絶境に恩があり、絶境に力を貸したいと願っているようですし。これこそが一石二鳥の方法かと思うのですが……いかがでしょう?
金糸蜜棗:それは……
失せ物の簪
冰糖燕窩:私たち全員で……絶境ね年を越すのですか?
君山銀針:ああ、谷主はどう思う?
エンドウ豆羊かん:それはいいぞ!絶境へ行くには船で海を渡らないといけないって聞いたし……きっと面白い!
金糸蜜棗:えー!喜ぶのはまだ早いよ!まず師匠の言葉を聞かないと。
冰糖燕窩:……迷惑を掛けてしまうのでは。
君山銀針:某もそれが気になった……夢回谷は人数が多い、絶境は清らかで静かな地だ、恐らく……
松鶴延年:我が島主を助けてくださった諸君は、絶境の恩人です、面倒なんてとんでもない。
金駿眉:どうせこのガキがいるし、絶境が静かでいられる訳がないんだ、いっそもっと盛り上げちゃっても良いんじゃない?
冰糖燕窩:でも……
八宝飯:絶境みたいな神秘的な場所には、きっと珍しいお宝がたくさんあるはず……早く出発しよう!
マオシュエワン:そうだそうだ、これ以上待ってたら……誰かさんが待ちきれなくて爆発しそうだぜ……
玉麒麟:……
冰糖燕窩:……わかりました、では参りましょう。
玉麒麟は一刻も早く絶境の状況を知りたいため、一行は荷造りもせず、必要な物だけを持って道を急いだ。
玉麒麟:……霊鶴はどうだ?
松鶴延年:異常はありません。安心してください、絶境には一応碧螺春もいます、多少は……耐えられる……はずです。
玉麒麟:フンッ、彼が虎蛟に道案内をしなかっただけで、万々歳だ。
松鶴延年:……はぁ……
エンドウ豆羊かん:もうっ、何をグズグズしておる、早くしろ……
君山銀針:えっ……待ってくれ、某は……
エンドウ豆羊かん:麒麟姉さん!君山姉さんが聞きたい事があるそうじゃ!
君山銀針:!
玉麒麟:……なんだ?
君山銀針:……あの、島主が青龍の法陣を修復出来たのなら、某にも……
玉麒麟:学びたいのか?
君山銀針:あっ……はい!
玉麒麟:君の師匠に頼めば良いだろう。
君山銀針:……青龍観で別れた後、もう長らく彼に会っていない。
玉麒麟:今まで?
君山銀針:はい、今まで一度も。
玉麒麟:手紙すらもなかったのか?
君山銀針:はい……
玉麒麟:(妙だ、あのクソ龍は自分の弟子にすら連絡を寄越していないのに、わざわざ金駿眉に連絡するなんて……)
君山銀針:はぁ……話せば長くなります、師匠は……
玉麒麟:長話なら良い、あの老いぼれの話には興味がない。
君山銀針:……
エンドウ豆羊かん:うっ……あはは、君山姉さん、法陣の話はまた日を改めよう!まず麒麟姉さんに休憩してもらおう。一緒に船首に行って海を眺めよう!
君山銀針:……はい。
離れて行く二人を眺め、松鶴延年は思わずため息をついた。口を開こうとした瞬間、玉麒麟によって遮られた。
玉麒麟:小娘、君は残れ。
エンドウ豆羊かん:誰?妾か?
玉麒麟:陣に入った時、その中央付近でこれを見つけた。これは夢回谷の物かどうか、見てくれないか?
エンドウ豆羊かん:どれどれ……うぅ……谷にはこんな物を使っているひとはおらんはず……蜜棗!こっちに来い!
金糸蜜棗:はいはい、それって……金糸胡蝶簪?!
玉麒麟:なんだ?持ち主を知っているのか?
金糸蜜棗:……いや……
エンドウ豆羊かん:妾も見覚えがないのぉ……あっ!もしや凍頂烏龍茶が外で引っ掛けた女子に何かして、追っかけて来たとか?!
エンドウ豆羊かん:うぅ……でもおかしいのぉ、其奴はいっつもロイヤルゼリーと一緒におるし、女子に会う暇なんて……ねぇ、蜜棗どう思う?蜜棗?
金糸蜜棗:えっ?うん……そうだね……
エンドウ豆羊かん:……蜜棗、どうかしたのか?
金糸蜜棗:あたし?……なんでもないよ……
玉麒麟:……私の質問は以上だ、遊びに戻ると良い。
金糸蜜棗:待ちなさい……
玉麒麟:?
金糸蜜棗:その簪、見た事があるわ。
奇妙な連鎖
金糸蜜棗:その簪、見た事があるわ。
エンドウ豆羊かん:ええっ?!
玉麒麟:……どこで?
金糸蜜棗:それはあたしが夢回谷に来る前の事なの……
玉麒麟:詳しく説明出来るか?
金糸蜜棗:ごめんなさい、陣の近くにあったという事は、陣を破壊した者が残した可能性が高い……でも、あたしはそれを……かつての友人が持っているのを見た事があるの。
金糸蜜棗:まだ状況が掴める前に、彼女に疑いの目を向けたくない。
玉麒麟:……
金糸蜜棗:もし、陣を壊したのが本当に彼女なら……島主安心して、あたしが必ず責任をもって彼女を捕まえてくるわ!エンドウ豆羊かん:蜜棗!ねぇ、待って……!
少女が立ち去っていく後ろ姿を見て、玉麒麟は顔色を変えずに冷淡な目つきをしていた。隣の松鶴延年は眉を顰めた。
松鶴延年:どうしますか?
玉麒麟:……いい、彼女は夢回谷の者だ、自分の仲間に害を与えたりはしないだろうりそれより……
玉麒麟:この簪の持ち主より、明らかに怪しい奴がいる。
玉麒麟:その通りだ。
そう言いながら、二人はクラゲの和え物とじゃれている黒髪の青年へと視線を向けた。青年は彼らの視線をものともせず、飄々としている。
玉麒麟:青龍が手紙なんぞを書いたりはしない……もし書いたとしても、どうして自分の弟子に知らせない?このように一方的に援軍を呼んだら、立場が違う者たちに誤解が生まれ、争い始めでもしたら、事が進まないだろう。
松鶴延年:……そうですね。貴方が陣に入った後、金糸蜜棗とエンドウ豆羊かんに敵と勘違いされ襲われました。
玉麒麟:お節介な上に、思慮も足りない……あのクソ龍の性格とは思えないな。
松鶴延年:では、金駿眉が嘘をついていると?しかし……彼の目的は何でしょう?
玉麒麟:好奇心故に同行に応じた。しかし、道中での言動は変人そのものだが、特に邪念はないように思えた……
松鶴延年:いいえ。龍脊山の麓で、彼は瘴気に幻覚作用がある事を知っていたのに、貴方が陣に入ってからそれを説明して来ました。恐らく、彼の目的は貴方にある。
玉麒麟:……
松鶴延年:咲夜、林の中で貴方たちの間に何が起きたのですか?
玉麒麟:……私に妙な事を話して来た。
松鶴延年:妙な事?
玉麒麟:この世界についての、妙な話だ……
林中の夜話
昨夜
林の中
玉麒麟:君は一体、何者だ。
金駿眉:島主はわたしの話を信じる?信じないのなら、聞いても無駄でしょう?
玉麒麟:先に言え、その後信じるかどうかを決める。
金駿眉:ふふっ……簡単だよ、わたしはただの食霊で、小さな書院の長に過ぎない……少し特別な所があるとすれば、この世界の真相を知っている所かな。
玉麒麟:真相?
金駿眉:この世界に未来はない。
玉麒麟:?
金駿眉:この世界はある段階まで発展した時、何かのきっかけで止まり、遥かな過去に戻る。そして、わたしにはその全ての記憶がある。
金駿眉:しかし、世界が一体何のために繰り返しているのかはわからない。何故なら、わたしはその前に……死んでしまうから。
玉麒麟:……何が原因で死ぬんだ?
金駿眉:さぁ、わたしも知りたいよ。
玉麒麟:……生死を何度も経験したと自称している癖に、自分がどうやって死ぬか知らないのか?
金駿眉:ああ、この世界が狡猾だからかもね。わたしは、日々の昼夜の長さも、いつ雨季に入り雪が降るのも、誰とすれ違ったかも、全部覚えている。記憶力が良いからではない、何度も何度も繰り返したかだ。でも……
金駿眉:自分がどうやって死ぬかだけ、わからない。
玉麒麟:例外はないのか?
金駿眉:例外はないよ。
静かな林の中、焚火の音以外、玉麒麟は静寂しか感じられない。顔を上げると、金駿眉は自嘲の笑みを浮かべているのが見えた。
金駿眉:だからね、神は、残酷だ……
玉麒麟:……それは、同感だな。
玉麒麟:だから、それを解明するために来たのか?
金駿眉:そうとも言える。安心して、島主がわたしの死と関係ないのなら、わたしも余計な事はしない。
玉麒麟:……
金駿眉:ただ……もっと知りたくならない?
玉麒麟:何を?
金駿眉:わたしはこの世の真相を知っている、数多くの生死を経験している、つまり他人が知らない事を沢山知っているという事だよ。
金駿眉:例えば、漁師の命を見捨て絶境を離れた青龍が、どこへ行って、何をしたのか、それに……
金駿眉:彼が何故仙宿先生を助けなかったのか……どう、気になるでしょう?
経年の命
数十年前
鬼谷書院
クラゲの和え物:金駿眉、金駿眉ってば!海の向こうの漁師が全部捕まったって!玉京の人が何か青龍を探しているみたいで……
青龍神君:……
クラゲの和え物:うわあああーー金駿眉!あなたの部屋に妖怪がいる!
金駿眉:シーッ、病人もいるよ。
クラゲの和え物:えっ?病人?
クラゲの和え物が金駿眉が指さした先を見ると、頭に角が生えた「妖怪」の後ろには、青白い顔をした上品な青年が寝台に横たわっているのが見えた。
クラゲの和え物:にっ……人間?
金駿眉:うん……病因はわからないけど、体を強くして損はない、まずこの薬湯を飲むと良い。
仙宿:……ありがとう。
金駿眉:クラゲ、この前蓑衣衣黄瓜の酒に酢を入れた事は覚えてる?彼があちこちであなたを探しているみたいだよ、隠れた方が良いんじゃない?
クラゲの和え物:ヒィー!あたしが来た事は言わないでね!
クラゲの和え物は怯えながら逃げて行った。病人の仙宿も既に煎じた薬湯を飲み干し、また青龍の肩に倒れ込んだ。
青龍神君:……病因がわからないのなら、もうここを離れよう。
金駿眉:四聖の中、青龍だけが生き残ったと聞いたが……
金駿眉:天に通ずる力をもっているのなら、必然的に世界の真相を知っているはずだ。
青龍神君:……自分が何故死んだのかを知りたいのか。
金駿眉:流石神君だ。
青龍神君:世の中の出来事は理不尽なものばかりだ、知ってどうする?
金駿眉:なら神君は仙宿が必ず死ぬと知っているのに、何故毎回必死に彼を救うんだ?
青龍神君:……
金駿眉不快にさせるつもりはない……近くに「東籬の国」がある、名を馳せた神医がいるそうだ、仙宿の命を救えるかもしれない。
金駿眉:では、ここでお別れですね。
珍しくまともな礼をしたが、青龍は彼に見向きもせずその青年を抱き上げ、門前で立ち尽くしていた。金駿眉が訝し気に見ていると、枯木のような声が話を始めた。
青龍神君:毎度必死で彼を助けようとした訳ではない、むしろ逆だ……
腕の中で眠りについている青年を見て、寂しい目元に微かに優しさが過ぎった。
青龍神君:この神君の名を欲する輩たちは、玉京で権勢を意のままに振りかざし、数千人の命をも犠牲にしようとしている……もし本座が顔を出してしまったら、あの輩共は天下を手に入れてしまう、だから……
青龍神君:本座は蒼生のために彼を犠牲にして来た、何度も、何度も……
千万年の歳月は彼の目の中で、薄暗い光のように一瞬にして過ぎ去っていく。揺るぎない神君の顔には少しずつ悲痛が現れ、そしてすぐに冷たくなった表情に隠れていった。
青龍神君:今生は、もう……そうしたくないんだ。
松鶴延年:……
長い物語が終え、松鶴延年は沈黙せざるおえなかった。彼は同じく重い雰囲気を纏った玉麒麟を見て、思わずため息をついた。
玉麒麟:金駿眉と言葉通りなら、青龍が何をしようと、先生の結末は変わらないという事だ。
松鶴延年:……私も今知りました、神君は数千年前に大部分の霊力を失った、それなのに必死で貴方を助け、先生の魂を絶境に送り返した……彼は、出来るだけの事をしたのでしょう。
松鶴延年:……実は、神君は確かに似たような言葉を言っていました。
玉麒麟:……いつそんな事を?
松鶴延年:彼が絶境を離れた時……彼は罪のない漁民が捕虜になっている事に耐え切れず、彼を追い掛けました。
松鶴延年:天明には抗えない、だが……力づくでも、天に逆らうつもりだと。
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