きのこクリームスープ・エピソード
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目次 (きのこクリームスープ・エピソード)
きのこクリームスープのエピソード
人型ではない食霊。霊力の弱い彼女は、いつも自分の大きなきのこの下に隠れて、毒きのこのフリをして身を守っている。体はスライムのようなゼラチン状。怯えると隅に体を縮こまらせ、完全に乳白色のきのこのようなスライムに戻ってしまう。
Ⅰ.捕食の森
暗く濁った空はまるで大きな口みたい、分厚い暗雲の舌を動かし、黒霧を吹き出している。
すると、牙や爪を持った怪物たちは長い手足を伸ばして、森全体をめちゃくちゃにする。
あいつらは色とりどりの液体を吐き出し、虫や草或いはわたしみたいなきのこを丸呑みにしちゃう。
あいつらが大嫌い。森で一番怖いものだから。
かつて、通りがかった小鳥さんが「あれらは有毒植物だから、気を付けてね」と親切に教えてくれた。
でもその後、小鳥さんはあいつらに食べられちゃった。
ずっと前から眠っている木の精霊のおじいさんは、ずっとずっと昔にここには外の森と同じように、美しいものがたくさんあったのだと教えてくれた。
だけど、あの恐ろしい植物がすごい勢いで成長して、空を覆い尽くし、森のすべてを無に帰したのだ。
可愛いちょうちょも、跳び回るウサギも、もういない。
美しい花も、綺麗な湖も、消えてしまった。
それでも、時々人間がやってくる。
どうしてわざわざ毒草を摘みに来たのかはわからない。あいつらは生きているものが一番大好きなんだ。
だって少しでも触れると、体中から奇妙な泡を立てて、萎れた草みたいに死んでしまうんだ。
ここは恐ろしいものしかない。いつ爆発するかわからない毒に満ちている。
幸いわたしは毒きのこだから、とても強い毒きのこだから、隅に隠れているだけで済む。
誰も毒きのこには近付きたくないからね!
でも、わたしもここにあるもののほとんどが嫌いだ。
まぁ……雨の日以外はね。
雨が降る時だけ、森は静かになる、怪物たちも枯れた木の穴に閉じこもって居眠りをするんだ。
そういう時、わたしは自分のきのこの下に隠れては精霊みたいな雨粒が空中で踊っているのを眺めるんだ。
ポタポタと、素敵な音色が流れて、透明なドレスがゆっくりと回転し、花のように咲く。
それらは葉っぱの上に落ち、キレイなガラス玉になる。
時々、わたしの肌に飛んでくることもあるけど、嫌いじゃない。
それらがあるおかげで、周りはじめじめして、森全体が霧に包まれているようになるから。わたしはそういう感覚がとても好きなんだ。
冷たくて湿った空気と草木の爽やかな香りが混ざり合う。
わたしも癒されて、呼吸が軽くなる。
きのこの下に隠れて、怪物たちに見つからないようにするのが、何よりの幸せだった。
このまま、森での暮らしが続いていくと思っていた……
彼が……ここを訪ねるまでは……
Ⅱ.雨の森
その日も心地よい雨の日だった、わたしは木の穴に隠れて、小さな精霊たちが回りながら降ってく様子を眺める。
ザァーザァー
雨はどんどん強くなっていく、何かがこちらに向かってくる気配がした。
まずい、場所変えないと!
草むらの後ろに移動すると、雨で包まれた森に白い人影が現れた。
わっ!生きている人間だ!それに彼の手にはきのこみたいな物があった。
今までやってきた人間たちと同じみたいだ。
うーん、でも、何かが違う。
彼は大きな麻袋も、カニのハサミみたいな鋭い道具も持っていない……
それに彼の髪は、春に湖畔で咲く花みたいな色をしていた。
長くて柔らかそう、夕暮れ時に漂うピンク色の雲よりも綺麗だった。
彼は、今まで見た中で一番カッコいい人間だ!
これは嘘じゃない!もし嘘だったら、この森は三日間雨が降らなくなる!
彼はとてもゆっくりと歩いている。歩いては立ち止まるのを繰り返している。
草むらの隙間から観察していると、水たまりに沈んでいた虫を拾って、高い枝の上にそっと置いた。
「また落ちないように気をつけてね。そんなに深くなくて良かった」
あれ……?
今までの人だったら、きっと分厚い手袋で虫を覆っていたはず。
誰も虫の生死なんて気にしない。
彼は歩き続けた。土砂降りで倒れた草を立て直したり、風に飛ばされた花や、木の枝に潰された花も、たくさんの植物を安全な場所に戻した。
彼は歩きながら、ノートに何かを書いたり、絵を描いたりしていた。
何をやっているのかわからないけど、とても真剣な顔をしている。快適な木の穴を探している時のわたしと同じくらい真剣だ。
どうして彼は他の人たちみたいに、大きなハサミで道端の植物を全部摘んで麻袋に入れないの?
ここにあるものは、売ればたくさんのお金になるって聞いたことがある。
お金が何なのかはわからなかったけど、人間がギラギラした目で話すから、きっと彼らを幸せにする物に違いない。
本当のところはわからない。だってわたしはただの毒きのこだから。
大雨が森を濡らしている間、わたしはこっそり彼の後をつけた。
だけど気付けば、彼は一番恐ろしい藤の下に立っていたのだ。
下には凶暴な人食い花が潜んでいる!
「まっ、待ってください!それに触れちゃダメです!死んじゃいます!」
恐ろしいイメージが脳裏を過ぎり、考えるよりも先に飛び出して、彼の前に立ちはだかった。
「えっ?」
流石に驚いたのか、伸ばされた彼の手は空中に止まった。
「食霊……?どうしてこんな所……」
「うん?何のことですか?」
「いや……忠告してくれてありがとうございます。でも、あなたは自分でここにいるんですか?それとも連れ出した方がいいですか?ここは危険です……」
「えっ?わっ、わたしも危険な毒きのこなんですよ!こ、怖がらないんですか!」
と叫ぶと彼は怖がるどころか、にっこり微笑んでくれた。
「少なくとも僕が読んだ植物図鑑の中にはまだあなたのような毒きのこを見かけたことがないですよ。それに、あなたは僕と同じような霊力を感じます。僕たちはきっと……仲間ですよ」
Ⅲ.霧の森
長髪の彼の落ち着いた表情を見て、わたしは目を大きく見開いた。
本当にわたしのことが怖くないの?彼は誰なの?
仲間って……どういう意味?
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
だけど、まだ整理も出来ていないのに、後ろの人食い花は突然頭を伸ばしてきて、黒い口を開けてわたしたちに襲いかかってきた。
すると、細長い人影がさっとわたしの目の前に出てきた。
「気を付けて!」
「うわー!逃げて!!!」
二つの声はほぼ同時に響いた。わたしは本能的に彼の手を取って、外に向かって走り出した。
恐ろしい人食い花に囲まれたら、とにかく走って逃げるしかない!
雨上がりの森は滑りやすいから、逃げるにはもってこい。
「うわっ!ゆっ、ゆっくり!」
「この小道はわたししか知りません、あいつらは絶対追いつけないですよ!」
「あのっ、僕は……あれを眠らせる薬を持っているので……こんなに急がなくても大丈夫ですよ……」
「ええっ?!」
恐ろしい人食い花に追われていない事を確認して、ベリーが実る茂みの前で立ち止まった。
「先程はどうもありがとうございます、僕はマッシュポテトです」
「わたしはきのこクリームスープです。とっ、とにかく!わたしはとってもすごい毒きのこだってことを覚えていてください!……何を笑っているんですか!」
「あっ、すみません。僕の生徒みたいで可愛らしいなと思ってしまいました。別に変な意味はありませんよ!」
マッシュポテトは慌てて手を振った。その顔を見ていると、何故か全く怒りが沸いてこない。
彼の話だと、誕生の仕方は違うけど、わたしは彼と同じ食霊らしい。
「なるほど……きのこになって森で暮らせるのは、わたしが食霊だからですか?」
「そう言えるでしょう」
どうしてか、少し嬉しくなった。不思議な力の正体がわかったからかな。
わたしはここの植物とは違う存在で、わたしにだってたくさんの仲間がいるんだって、そう聞こえた。
でも自分の力を再認識する前に、マッシュポテトの腕に赤い傷が出来ている事に気付いた。
もしかして……さっきかばってくれた時に……
「怪我をしています。早く手当をしないといけません!あなたも枯れてしまいます!」
「大丈夫ですよ。大した傷ではありません。今優先すべきはあなたをここから連れ出すことです……」
「ダメです!あなたみたいな綺麗な人は、今外に出たら怪物に食べられちゃうよ!」
わたしは再び彼の前に飛び出して、力強く語りかけた。
その紫色の瞳は、一瞬躊躇っているように見えた。
「あはは……わかりました。あなたの言う通りにしましょう……あっ!落ち着いて!」
大雨の後、空は晴れなかった。
背の高い植物たちはあちこちまで蔓延している、森全体が迷宮のようになっていた。
「どうしてずっとここに留まっているのですか?外を見たいとは思わなかったのですか?」
大きな岩によって道を阻まれ、振り返るとマッシュポテトが優しく微笑んでいた。
どうしてそんな事を聞くのかわからなかった。だって外は……
「外の世界はここよりもっと怖いからですよ!」
「どうしてそう思うのですか?外には緑の森、綺麗な花園、暖かい太陽……何よりも仲間がいます」
「違います!そっ、外には霧しかありません!」
突然頭が真っ白になり、無意識のうちに服の裾を握りしめていた。
本当は森から出たことは一度もないけど、「外にはもっと酷い世界が待っている」って、どこからか声が聞こえてくるんだ。
触手みたいな蔦と果てしなく続く黒い霧が……
何もかもを食べ尽くすんだ……
だから、わたしは毒きのこのフリをして、隅っこに隠れてたんだ。じっとしていれば、怪物たちはわたしを襲いに来ない……
「怖がらないでください……ここは危険です。もし良かったら、僕があなたをここから……」
霧雨のように優しい声なのに、わたしの心臓は恐怖で爆発しそうになった。
「ダメ!外には人を食べる霧があるんです!あの人たちは……あの人間たちはきっと、霧に食べられちゃったんです!」
「え……?」
Ⅳ.晴れの森
全てが静かになった。
わたしはマッシュポテトの目を見ずに、ただ体を丸めて、きのこのように隅っこに隠れた。
外の世界を考えるたびに、怪物の尖った爪や長い舌を思い浮かべてしまう……
あいつらのせいで、全てがめちゃくちゃになった。
底の見えない闇しかないのに、マッシュポテトが言った世界なんて存在する訳がない……
食べられないように、隠れるしかないんだ。
「きのこクリームスープ、ほら」
マッシュポテトが声を掛けてくる。でも振り向きたくはなかった。
更に体を縮こまらせていると、突然、微かな香りが漂ってきた。
これは……
雨上がりの甘い草の香り、木々の穴に隠れた露を思い出す。
振り返ると、マッシュポテトが木箱みたいな物を持って近づいてきていた。そして、ゆっくりと手をわたしに差し伸べる。
箱の中には、たくさんの花が並んでいた。
色とりどりの花びらは、まるで蝶の羽みたいに、風に吹かれて舞っている。
何もかもが静止しているように感じた。わたしも呼吸を緩め、彼らに触れる勇気が突然湧いてきた。
柔らかな花びらに触れると、木の穴に注がれた温かな光のように感じた。
物語の中でしか聞いた事がなかったものが今、わたしと目の前にある。
外の世界には本当に、こんなにも美しい花が存在していたんだ。
「この綺麗な花の標本たちは、全部外の世界で摘んだ物ですよ。花びらと茎の色は、全て大自然が僕たちに与えられた宝物です」
「ここの植物たちにも生きる理由があります、この厳しい環境下でも、彼らは生き生きと成長しているのですよ」
「ここと外は異なる二つの世界ではありません。僕たちは同じ一つの世界で生きているのです。ただ……ここは環境に恵まれていなかったというだけです」
マッシュポテトは優しく微笑み、木の精霊のおじいさんみたいにわたしの頭を撫でる。
「僕も外から来ました。外から温もりと力をもらいました」
「外の世界はあなたが思っている程怖くはありません、僕を信じてくれませんか?」
「わたし……わたし……」
ぐるぐると考えがまとまらない。
外の世界は……本当に彼の言う通りの場所なのかな……
「このまま恐ろしい環境に居続けるべきではありません。あなたが言っていた人間たちは、きっと何度もここを乱したから、消えてしまったのでしょう。彼らの事を気に掛ける必要はありませんよ」
「本当に……彼らは……外の霧に食べられたんじゃないんですか?」
「もちろんです。外はここよりもずっと優しい世界ですよ」
「だから、その美しい世界を是非あなたに見せたいのです。僕のエデンは近くにあります。素敵な森もあるので、きっと気に入ってくれると思いますよ」
「一緒に来てくれませんか?」
暗雲がゆっくりと払われ、太陽の光が刺し導いてくれているようだ。
マッシュポテトは手にした花よりも美しい笑みを浮かべた。
何かの力に背中を押され、わたしは頷いた。
胸が高鳴る。
本当に綺麗な花が咲いているのなら、一度くらい彼を信じてもいいはずだ!
「でも……まずは帰り道を探さないと、ずっと歩きっぱなしで、道がわからなくなりました……」
「うぅ、その……実はこっそり人間たちをつけた事があるので、出口はわかります、ついてきてください!」
Ⅴ.きのこクリームスープ
神秘的な無名の森には、恐ろしい有毒植物が潜んでいる。それらは他の植物の生命力を奪い、森全体を支配している。
いつしかその土地は枯渇し、太陽と雨も失われ、残されたのはただ暗い空と、全てを飲み込もうとする深淵だけ。
きのこクリームスープは長い間そこで暮らしていたが、偶然森にやって来たマッシュポテトが彼女を太陽と花のある場所へと連れ出した。
その時、彼女は初めて世界中が有毒植物と黒い霧に包まれている訳ではないと知った。
外の青々とした森には可愛らしいリスが駆け回っているし、蝶々は花々の中で踊っている。
それに、優しくて美しい仲間もいる。
この時から、近くのエデンに可愛らしいお客さんが増えた。
或いは、いつも毒きのこのフリをするお客さんと言うべきか。
「だから!わたしはとてもすごい毒きのこなんです!カプチーノ!またリスさんをイジメたら、あなたの……あなたの顔にきのこをいっぱい植えちゃいます!」
「臆病なきのこのクセに!それに、ぼくはリスさんをイジメてなんかないよ!リスさんが勝手に花粉の瓶を倒したんだから」
木々と花々に溢れた庭で、二つの小さな人影が「対峙」していた。
「あなたがこっそりナッツをそこに入れなかったら、リスさんが瓶に入るわけがありません!フンッ!あなたをドロドロのベタベタにしてあげます!」
きのこクリームスープはくしゃみが止まらないリスを降ろし、口を尖らせながら、粘液と共に向かいの者に向かって飛びかかった。
カプチーノは悲鳴を上げて逃げる。
「うわあー!やめて……うぅ……喋れ……ない……!」
「うわっ!くっついちゃいました!」
粘液に包まれもみくちゃになっている二人の悲鳴を聞いて、静かにお茶を飲んでいたマッシュポテトはため息をついた。
世界を見て、仲間も増えたきのこクリームスープは相変わらず臆病だがら少しづつ成長しているようだ。
マッシュポテトは彼女の姿を見て、初めての花の標本を思い出す。
小さな世界に閉じ込められていたが、今光溢れる世界で綺麗に咲いたのだ。
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