カッサータ・エピソード
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カッサータのエピソード
ピザの護衛。言動は飄々としているが、行動力があり、戦闘における信頼は強い。何でもそつなくこなせるが、面倒くさがりなのでしない。ピザに出会う前は無口だった。
実は慎重な性格で、他人の心を読むのが得意。
自身の過去が原因で本心をさらけ出したり、他人の好意を受け入れることが得意ではない。
Ⅰ 俺の価値
俺が目を覚ますと、驚いたことにそこはゴージャスな場所だった。
大きな部屋に、1人の男が座っていた。
豪華な服を着ていたが、既に中年に差し掛かった男だ。
奴は俺を見ると、満足そうに頷いた。
「まだ役に立ちそうですね。」
数秒の間に評価を下したらしい。
やつは俺の御侍だ。この国の貴族で、国王の弟だと聞いている。
やつは俺を見ていたが、俺と話をしているようには見えなかった。
やつの「高貴な」目には、俺など映っていないらしい。
こんな人間に召喚されるとは思わなかった。
やつはゆっくり俺に近づき、嫌気が差すような笑顔を浮かべた。
「食霊ならば、我々にはできないことが色々できるのでしょう」
やつは俺がまるで命を持たない人形であるかのように、肩を叩いた。
俺はそういう仕草が嫌いだったが、反抗することもできない。
結局、こいつは俺の御侍なんだ。
食霊にとっては、絶対的な存在だ。
ただ次の瞬間、俺はまた疑い始めた。
こいつは本当に俺の御侍なのか?
そうでなければ、いま俺の腹に刺さっている黒いナイフが、なぜこいつの手に握られている?
「カッサータ、お前のすべてを私に捧げなさい!」
この言葉は呪いのように、俺の意識を闇に引きずり込んだ。
俺はやつの顔を見ることができなかった。
最初に会ったときから、やつの笑顔には尽きることのない欲望があるとわかっていたから。
これはどういう意味だろう。
俺の忠誠心を試しているのか?
「ふふふ……」
やつはナイフを抜き去った。
俺は予想よりも致命的な痛みを感じた。
思わず傷口を押さえて、後ずさった。
かすかな感覚が全身を襲い、抜き去られた感覚が今度は次第に骨身に深く染みる痛みに変わった。
「私は国王の身辺を探る、言うことを聞くスパイが1人欲しいのです。うまいことに兄は可愛い娘のために毎週教会に行きます。お前は不幸な主のない食霊に化けなさい」
やつの話は、まるで美しい童話を話して聞かせているようだった。
「しかし、お前が私の食霊であることを見抜かれてはいけませんよ」
俺は唇を噛み締めた。吐き気のするような鉄錆の匂いが口の中に広がった。
すると、力がなくなっていき、御侍の指示に従う契約も少しずつ引き剥がされていくのを感じた。
「無駄なものはいりません。わかってますよね?」
無駄なもの?
俺の価値は最初から、お前に勝手に捨てられる存在に過ぎなかった。
それから、ゆっくり傷口が塞がり、俺はぼんやりとナイフに2匹の蛇が巻き付いた模様が刻まれているのを見、そして完全に感覚を失った。
俺はなぜこの世界に来たのだろう?
俺の御侍であるこの男は、俺に何の期待もしていない。
やつに必要なのは、他につながりがなく、やつに絶対服従する道具なのだ。
まさか、それが食霊の存在意義なのか?
次に目が覚めたとき、俺は荒れ果てた郊外にいた。
そのときの俺は、まだ引き剥がされた契約から回復しておらず、奴に刺された傷もまだ治っていなかった。
苦労して周りを眺めると、やつの言うように遠くないところに白い教会が見えた。
神聖で美しい陽の光が目に映ったが、ぞっとするほど寂しく感じただけだった。
そのときの俺は、この御侍だった男に感謝することになるとは想像もしなかった。
やつがこの決定をしなければ、俺はあいつらと会うことはなかったのだ。
Ⅱ 逃れられない運命
人気のない郊外は、いつでも堕神が隠れるのにぴったりの場所だ。
俺も災難を逃れることはできないようだ。
堕神は容赦なく俺に攻撃を仕掛け、やっとのことで躱したが、結局さらに酷い状況になっただけだった。
もし俺が人間の争いの道具に過ぎないのなら、ここで終わるのも悪くない。
俺は苦笑いし、ゆっくり近づいてくる堕神を見てから、目を瞑った。
「こんなときに目をつぶっちゃダメだよ!」
笑いを含んだ声が上から下りてきた。
青い武闘用の服を着た金髪の少年が旗を振りながら堕神を撃退していた。
「オレもそんなこと言う資格はないけどな、へへへ~」
やつは振り返り、明らかに初めて会ったばかりの俺に太陽よりも輝く笑顔を見せた。
ああ、なんてザマだ。
やつを見て、頭に浮かんだのはこのセリフだった。
「大丈夫だよな!」
そう言いながらそいつは、相変わらず曇りのない笑顔で、見知らぬ俺をまったく警戒していない。
「うわっ!ひどいケガ!オレについてきて!」
なんと、にぎやかなやつだ……
その呼びかけに、俺はなぜかホッとした。
そして続いて襲う疲れが、残っていた意識を次第に飲み込んでいった。
でも、それがどうした、どうなってもかまわない……
食霊としての体質は、俺の希望を叶えてはくれなかった。
目覚めると、俺は柔らかいマットレスの上に寝ていた。
びっしり彫刻された天井からベッドの脇に視線を移すと、さっきのあいつがベッドの横で突っ伏している。
金色の髪が夕陽に光り、熟睡している横顔は子供のように無邪気だった。
もちろん、口から垂れているよだれがなければ、もっとよかったんだが。
こいつも俺と同じ食霊なのか?
こいつがどんな世界に生きているのか、まったく想像もつかない。
そう考えながら、俺は指でそいつのほっぺたをつついた。ぐっすり眠っていたやつは目を覚まさず、逆に俺の指を振り払った。
「うーん……チーちゃん、もう食べられない……」
「ピザ、怪我人が目覚めてるのに、まだ寝てるの!?」
白いワンピースを着た女の子がぎゅっとピザの顔を抓った。
「うわあっ!!いててて!チーちゃん、なんでオレのハンサムな顔をつねるんだよ!」
ピザはつねられた顔を押さえ、まだ寝ぼけ眼だ。
「まだ目が醒めていないのね?」
チーズの頭の上の耳がかすかに揺れ、意地悪そうな笑顔が浮かんだ。
彼女のしっぽは少し揺れてきれいな弧を描き、彼女は白い煙の上がっている袋を突然ピザの首の後ろにつけた。
「冷たっ!!!何するんだよ、チーちゃん?!」
「ふっふっ、取ってきたばかりの氷よ~早く起きて~」
ピザはまったく怒った様子はなく、突然俺の方を見た。
「あれ?起きたんだ?!よかった!あんなに長く寝てたから、もう起きないかと思ったよ……」
「ひぃ――!」
やつは、なんと力一杯俺の傷口を叩いた。
「ああ!まだ傷が痛むのか?ご、ごめん」
こいつはあらゆる感情を顔に出す。
「ピザ、ばかね、この人は重傷よ」
チーズは手に持っていた氷の袋を俺に渡して続けた。
「ほら、これで傷を冷やして~食霊に効くかどうかはわからないけど」
「チーちゃん、この人喋れないのかな?」
「黙りなさい!」
「ここは?」
こいつらとどれくらい一緒にいるか見当がつかないが、とりあえず今いる場所をはっきりさせておこう。
「しゃべったね!そうそう!お前さん、何ていう名前!?」
ピザが俺を見る表情は、新大陸でも発見したかのようだ。
「ここは王宮よ。ピザと国王陛下がお祈りに出かけて、あなたを見つけたの」
「オレが助けたんだよ、ふふん、大したもんだろ~今度オレと一緒に冒険に行こうよ!いててて――!チーちゃん、放して……」
「この子のこと気にしないで。みんなに冗談を言うのが好きなだけなの。傷がまだ治っていないわ!ゆっくり休んで!」
「チーちゃん――――放して!!痛いよ……」
「他の人が休んでるのを邪魔しないで!」
にぎやかに出て行く二人を見送り、俺は手の中にある氷嚢を見つめた。
運命というのは断ち切ることのできないものだ。
俺はあいつの望んだ通り、王国に潜入した。
じゃあ、この後はどうしたらいい?
扉が再び開き、豪華な服を着たお年寄りが慈悲深そうな笑顔で入ってきて、俺のそばに立った。
「ピザとチーズを見かけたかね。ピザは私の食霊で、チーズは娘の食霊なんだが。君に何があったかは知らないが、差し支えなかったらここにいて、あの子たちの相手になるといい」
「……俺が何を企んでいるか、心配じゃないのかい?」
「ピザは賢い子だ、めったに私に願い事をしない。これは彼の初めての願い事だ。叶えてやらなければ」
「……願い事?」
「君をここに置いてほしいと」
「…………」
「君に何か企みがあったとしても、そんな怪我じゃ大変だろう。ピザは、御侍の契約が無くなって、独りで外を彷徨っているとしたら、君は苦しんでいるはずだと心配している」
お年寄りは優しそうな笑顔を見せ、軽く俺の肩を叩いた。
「私は君の企みを心配はしない、でも私の子どもたちを傷つけないでくれ、いいかな?」
「…………わかった。絶対にあいつらを傷つけたりしない」
そうは言ったが、ここにいるのなら、自分があの男の命令で何かしでかすことはないとは保証できない。
あいつの言葉は呪いだ。
俺にとっては、呪いよりも恐ろしい。
ここにずっといるわけにはいかない。
誰も注意していない時を狙って、こっそり出て行こう。
しかし、物事はうまくいかないものだ。
壁を越えて王国を出て行こうとした俺は、壁の角で、よく知った人影が壁の向こう側から飛び越えてくるのを見た。
その鳥のように自由な人影は、太陽のような笑顔をしていた。
そして、俺の身体の上に直に落ちてきた。
「あ――――!!!」
こいつは多分、俺が決して逃れられない災難なんだろう。
傷口が再び大きく開き、俺は思わず呻き声を上げた。
「ごめんよ~」
こいつは本当に変なやつだ。
ケガをしているのも血を流しているのも俺なのに、やつの顔には涙が流れている。
ぽとぽとと俺の顔に落ちてきた。
「お前…なんで泣いてるんだ?」
俺にはこいつの考えがわからない。
「だってお前さんが泣かないから。傷が痛いはずなのに、堕神に殺されそうなときも…お前さん、笑ってただろ……」
ピザの表情は泣いているようには見えず、ただ静かに涙を流しているだけだった。
あ……まさか?
こいつは、俺のために泣いているのか?
存在する価値もない俺のために泣いているのか?
「痛くない、もうよくなった」
ウソだったが、効果があったようだ。
「本当か?」
「ああ、本当だ。そうだ、国王陛下のところに行くんだろう?」
「いや、王女様を捜してる!」
「お前さんも一緒に行くかい?ん――えっと……」
「カッサータ、俺はカッサータ」
思い出すと、たぶんその頃だろう。
こいつを守ろうという考えが俺の心の中に生まれたのは。
Ⅲ 加害者
すぐに俺はピザのボディガードになり、正々堂々と王宮に住むことになった。
国王陛下はピザの御侍だ。
陛下は、俺の御侍のように、ピザを自分の道具として見るようなことはしない。
陛下のピザを見る目は、いつも父親が自分の子どもを見るようだ。
チーズの御侍である王女様は、チーズを
自分の妹のようにかわいがっていた。
国王陛下は何を考えているかわからない俺を責めたりしなかった。
陛下は温かい部屋と、美味しい食べ物をくれ、新しい服まであつらえてくれた。
俺は彼らのそばにいて、ふざけているピザとチーズを見て気を失いそうだった。
御侍というのは、こういうふうに自分の食霊を気遣い、守ってくれるものなのだ。
食霊は人間の道具として存在するのではない。
ピザとチーズと王女様たちは、俺が思わず浮かべた笑顔を見つけた。
「カッサータ!今、笑ったね!」
「俺って笑わないか?」
「いや、今はいつもと違ったよ。そういう風に笑うと、素敵だよ!」
「以前のカッサータの笑顔は、素敵じゃなかったの?」
「オ……オレそんなこと言ってないよ~」
「よろしい、2人ともケンカしないで。カッサータ)は何かうれしいことを思い出したのね……ホホホホ……」
うれしいこと?
俺にはうれしいことなどない。
俺にとって想い出と言えるものは、全部こいつらに出逢ってからのものだ。
こいつらと過ごしていると、あの不安で苛立つようなことを忘れて、思い切り笑うことができる。
国王陛下と王女様も、俺の経歴がわからないからと言って偏見を持つようなことはなく、自分の子どもや友人のように見てくれる。
俺は生まれてから一番楽しい日々を過ごしていた。
しかし、しばらくすると王女様が病に倒れた。
王女様は生まれつき身体が弱く、国王陛下の心を込めた気遣いにもかかわらず、母親のお腹から持ってきた病は完治することはなかった。
ある日のこと、王女様の咳が酷くなった。
俺は王女様の手を押さえ、必死で隠そうとしていたハンカチを奪い取った。
かすかに花の香りのする真っ白なハンカチには、目を刺すような真っ赤な染みがあった。
ふざけ合っていたピザとチーズは凍りついたが、王女様は苦笑いしながら俺を見た。
「みんなは騙せたけど、あなたは騙せなかったわ。カッサータ」
やつらにとって王女様がどんなに大切な存在か、俺はよく知っていた。
王女様にとっても同じだ。そうでなければ、王女様が俺にやつらの面倒を看てやってくれと頼むはずがない。
王女様がそう頼まなくても、俺はそうするつもりだったが。
王女様の病気はどんどん重くなっていった。
国王陛下は、亡くなったお后によく似た、衰弱していく王女様の顔を見て絶望の淵にいた。
しかししばらくすると、各国を巡り歩いたという商人が、神秘の国で学んだ技術を持ってやってきた。
そいつはウェッテと名乗った。
その技術は、王女様の病気を完治させ、さらに身体を丈夫にすることができるという。
そいつが診ると、王女様の病気は明らかによくなった。しかしそれも長く続かず、王女様の病気は再び悪化した。
国王陛下は、そのために一種の狂乱状態になってしまわれた。
災いは重なるものだ。
すべての人が王女様のために奔走しているとき、突然ピザがいなくなった。
俺は王宮の外にやつを探しに行こうとしたが、門のところで長く会っていなかったあの男を見つけた。
「カッサータ、久しぶりですね」
恐れていたことがついに起こった。
だが、俺はここを離れるわけにいかない。
どんなことが起こってもあいつを守らなければ。
たとえ死んでも。
そこで俺は御侍の意思に従って、深夜にやつの屋敷に来た。
俺の御侍は、国王陛下の信頼する弟だ。
しかしやつは、やつにとって何よりも重要な王位を、信頼してくれる兄の手からこっそり奪おうとしている。
「カッサータ、こちらはウェッテ先生だ。お前との契約を切って王宮に忍び込ませたのは、先生の助言があったからだ。今回、先生も王宮に入り、私を助けてくださる。王位はまもなく私のものになる!」
目の前の男は、普通の人とは違う態度で慇懃な笑顔を見せた。
しかし、やつの持っている箱にあの2匹の蛇が巻き付いたマークがあるのを見ると、俺は思わず拳を握った。
それは、俺を刺したナイフに彫刻されていたのと全く同じ模様だ。俺は一瞬ですべてを悟った。
「各地を巡った伝説の商人が、どうやったら王族の幕僚になるんだ。ウェッテ先生、説明してくれないか」
俺は冷たい目で、眼鏡をかけて悠然とした男を見た。
「答えによっては、相応の代価を払わせてやる」
紅茶のカップを持ち上げて少し啜ったウェッテは顔を上げ、少し驚いたように一方の眉を上げた。
「代価?ハハ……」
やつは何かおかしい話を聞いたかのように、軽い笑い声を立てた。
「私が何か、君を怒らせるようなことをしましたかね?」
「君は、自分の立場を忘れたのかな?王宮の人たちは君が目的を達するための踏み台に過ぎない、そうでしょう?」
「俺は……」
「どうしました?暮らしが快適すぎて、自分が何のために召喚されたのか忘れたのですか?」
悪魔のささやきのように、やつの笑いを含んだ柔らかい言葉が頭の中で反響した。
そうだ、忘れていた。
俺があいつらのそばにいた日々は、巨大な虚構に過ぎない。
「もうすぐクライマックスだ。その時には手伝ってもらうよ」
エレガントに去って行くウェッテを見ながら、以前のように堂々とやつを責められない俺がいた。
俺はピザに本当のことを言っていない。
あいつに、俺がなぜあの日教会のそばに現れたかを。
あの男の王国に対する企みを言っていない。
最初から俺は加害者の側にいたのだ。
だが違う、今ではあの時とは違っている。
俺はピザのボディガードだ。やつを守るために存在している。
「ではカッサータ、計画どおりに……」
「断る」
「カッサータ、今何と?」
満面の笑みを浮かべていた男の顔色が、突然恐ろしく変わった。
「私はお前の御……」
「お前は俺の御侍なんかじゃない。これまでも、これからも」
そう言いながら俺は、振り返ることなくこの忌まわしい場所を離れた。
Ⅳ お前のためにここにいる
屋敷を離れようとしたとき、召使いの手にした血の付いた上着が目に留まった。
その見慣れた青い上着には、点々と血の跡が付いていたのだ。
次の瞬間、俺はたまらず召使いの前に突進し、そいつの襟首を掴んで詰問した。
「これをどこから持ってきた!」
恐れを生した召使いはすぐにその場所を言った。
そいつの言うことに従って、俺は鉄の扉の前に来た。扉に閉ざされていたのは暗い密室だった。
あちこち探して、やっと壁に小さな窓があるのが見つかった。
埃を被ったその窓を除くとずっと探していた人がいた。
ピザは真っ青な顔をして巨大な石の台に寝かされ、目をきつく閉じ、いつも笑っていた顔は眉をしかめている。
俺の歯は「ギリッ」と音を立てた。
鼻を刺すような臭いのする空気を深く吸い込むと腹を決めてそっと周りを窺った。
あのウェッテというやつが、眠っているピザの横に立っている。
やつはピザの額にかかる乱れた髪をそっと払い、何かを確かめるかのようにピザのあごをつまんで持ち上げた。
それは実験動物を観察しているようだった。
何度も確かめると、やつは乱暴にピザの顔を放り出した。
頭が石の台にぶつかる音を聞くと、俺はもう自分の怒りを抑えることができなかった。
なぜそんなことが!?
なぜそんなことができる!!!
気付いたときには、俺はもう壁を破って突入していた。
誰もやつに手を出せなくても、神だけは許さないだろう。
だが、ウェッテは想像したほど簡単なやつではなかった。
俺には躊躇する時間はなく、やつの攻撃を避けながら、ピザのそばに来た。
そのときの俺は、ピザを縛りつけている鎖を解きたい一心だった。
全力で避けていたが、次の瞬間、俺の左目は血の出るような痛みに襲われ、開けることができなくなった。
しかし、あきらめるわけにいかない……
どうしてこの可愛いやつを見放せる?
やっとのことで、俺はピザを忌々しい石の台から
離すことができた。
だが、ウェッテは簡単に俺たちを見逃そうとはしない。
やつは俺たちにやつのやったことを話し出した。
ウィスキーというやつの本当の名前も。
そして、俺は想像もしなかった場面を見た。
泣きだしそうだったピザの顔の、魂のこもらない
両眼は、絶望的な恨みでいっぱいになった。
やつの持っていた旗は黒い炎に包まれ、大きな鎌に変わった。
俺が止める前に、やつはウィスキーに斬りかかっていった。
やつが俺から離れたあのとき、何が起こったのだろう?
なぜこんなことになったんだろう?
どう考えても、俺は答えを出せなかった。
俺は直観的に、起こっているすべてのことはウィスキーと関係があると思った。
同時に、やつがどんなに危険な男かを強く意識した。
このときの俺たちはやつに勝つ術はなかった。
そして、俺は制御できない状態からやっと冷静になったピザを連れて、その場を離れた。
俺たちはようやく隠れる場所を見つけ、息をつくことができた。
「ピザ、大丈夫か?」
ピザは滅多にこんなに動転しない。
やつは俯いてめちゃくちゃになった自分を見て、ちょっと笑った。
「ああ!今のオレって、まるで最初に会ったときのお前さんみたいだ」
いつもと同じ笑顔だったが、俺の目にはこれ以上なく痛々しかった。
「でも、今度はお前さんがオレを助けてくれた」
あのときの俺は、こいつに助けられた。
だから俺はこいつを守ろうと思ったんだ。
すべてを犠牲にしても、こいつを守りたいと。
俺はピザとウィスキーに何があったかは聞かなかったが、もうわかっていた。
やつの表情が俺に答えを教えてくれていた。
ピザ、知らないだろう。
俺にはお前に隠していたことがたくさんある。
でも、今はまだ早い……
いつか……
いつか、すべてをお前に話す……
「俺がずっとお前を守る」
「えっ?」
「だって、俺はお前のボディガードだからな」
「うん、ありがとう、カッサータ」
いつも通りの笑顔が、暗い雲をすべて吹き飛ばした。
俺はお前のために、ここにいるんだ。
Ⅴカッサータ
カッサータにとって、生まれた日は2回ある。
1回目は、彼の御侍に召喚されたあの日だ。
短い契約は、彼があの豪華な服を着た男が自分の御侍だとわかったと同時に、終わった。
そのとき彼は、自分がその人にとって、取るに足りないものだということがわかったのだ。
2回目はカッサータにとって、本当に意味のある誕生だった。
彼があの堕神と向き合い、いっそここですべてを終わらせようと思ったとき、一筋の決して強くない光が、柔らかく彼を
悪夢から目覚めさせた。
ピザの笑顔は、カッサータが闇の世界で見つけた唯一の光だった。
たとえ堕神のように凶暴で凶悪な生き物に向かったとしても、ピザは子どものように偽りのない笑顔を見せる。
本当に世界を愛しているピザだからこそ、人を動かす笑顔を見せられるのだ。
他の人はもしかしたら、ピザは何も考えていないと感じるのかもしれない。
しかしカッサータにとって、これは大きな衝撃だった。
そしてそのときから、カッサータは拒絶することはなくなった。
彼はもう一度この世界を信じてみようと思ったのだ。
彼にとって、その日が本当の意味で生まれ変わった日になった。
ピザには他の人に影響を与える力がある。
彼の笑顔は苦しみの中にある人に、温かさをもたらす。
彼の一挙手一投足は、最初のうち、カッサータにとって一瞬の救いと言えるものだった。
カッサータは無理に自分のすべての過去を封じ込め、思い出そうとしなくなった。
最初のうち、日々の暮らしはピザの笑顔と同様、思い出すと思わず笑顔が浮かぶようなものだった。
果樹園でりんごを盗み、屋根の上で星を見、花畑でお菓子を食べる……
シンプルで美しい暮らしはカッサータに、彼の過去など目覚めた後にはなくなってしまう悪夢だったのだと告げているようだった。
しかし煙が立ち込め、ざわめきが満ちた。
すべてが、彼を美しい夢から容赦なく引きずり出した。
彼が自分の過去を忘れかけたとき、王女様の病気がすべてのプロローグとなったのである。
王女様の病気のためにやって来た諸国を巡る商人、日増しに狂乱していく国王陛下、行方の知れないピザ。
これらすべてがつながり、悲劇の連鎖となった。
あの貪欲な貴族とグルになり、目的を達しようとした商人は、国王を守る忠実な最後の一線を連れ去ったのだ。
しかしカッサータは、かつて自分を闇から救ってくれたピザに真実を語ることはできなかった。
なぜなら、カッサータは彼らを傷つけることを目的として、彼らのところに来たからだ。
彼は、簡単に過去を抜け出し、美しい生活を送ることができると妄想したペテン師なのだ。
いつかある日、ピザが嫌悪するような、あるいは憎むような目で彼を見ることを、カッサータは想像したくなかった。
彼がピザを連れて王宮に戻ろうとしたとき、国王が亡くなったというニュースを耳にした。
彼らに弁解をする機会はなくなり、国王死去の「元凶」として通報されたのである。
彼がカッサータを連れ、彼らだけが知る秘密の小径を通って王宮に帰ろうとしたとき、その道で目を泣き腫らして座っているチーズを見つけた。
「王女様……王女様があなたたちを探すようにおっしゃったの」
王国を離れ、彼らはたくさんの場所に行った。
日付さえ覚えていないごく普通のある日、ピザとチーズは毎日街のおもしろいものを見て歩き、カッサータは木陰で静かに彼らを見ていた。
彼は思わず自分の顔にある、すでに跡になった傷を撫でた。こうするときいつも彼は、あの日貴族の館で起きたすべてを思い出す。
「何を考えてる?」
氷のような、それでいて柔らかな、笑いを含んだ声が、木の向こう側から聞こえてきた。
カッサータにはそれがウィスキーであることが
わかった。ウィスキーは自分の考えを隠そうとはしていなかった。
ウィスキーはカッサータの前には現れず、口角を上げて言った。
「いつか、あの子たちが君の本当の姿を知ったら、どう思うかな?」
カッサータの心は猛然と震えた。
彼は自分が恐れているのか怒っているのかわからず、すぐに木の向こう側へ追っていった。
しかし、ウィスキーはすでにおらず、さっきの話も錯覚だったかのようだ。
「カッサータ、暑い?」
ピザは両手いっぱいに食べ物を抱え、カッサータのところに来た。
カッサータは、自分の額に細かい冷や汗が浮かんでいるのに気づいた。
「これはさっきお姉さんがくれたんだ~チーちゃんにも、たくさんくれたんだ!……あれ?チーちゃんのは?」
「食べちゃった~持ってると大変だから~」
「また食べたの…むむむ……」
「ピザ、元気でいたかったら静かにしてる方がいいわよ~」
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