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緑豆スープ・エピソード

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緑豆スープのエピソード

元気で明るい女の子。いつも隣にいる『緑豆っち』は家族のような存在。自分の由来を知るためにたくさんの本を読んでおり、知的な一面も見せる。医学にも興味があり、たびたび薬草を取り入れた料理を作っては、残念な結果を残している。



Ⅰ 遥かな旅

ノース大陸には光耀大陸と接する荒れ果てた原野がある。


原野の最奥部には、風砂に埋もれたいにしえの廃墟があった。


規模は小さいが、一度は繁栄を極めた国の遺跡だ。


その国はこの大陸のあらゆる歴史を記録し、自然にも通じていて、その果てしない歴史の中には、人知れぬ秘密も多くあると言われている。


だが、そういった秘密に私は興味がない。私の興味があるのは、廃墟に眠る財宝だ。


――『光耀大陸の旅人、寒煙の自伝』




四、五回は読み返した本を閉じる。心の中のソワソワは、なかなか消えない。


この本に書かれている場所に行ってみたい。


作者とは反対に、私の興味は財宝ではなく、歴史だ。


もしかしたら……自分の出生の秘密がわかるかもしれない。


迷った挙句、私は決めた。


このままぐずぐすしてはいられない。ちょっと遠いけれど、行かなければ自分に申し訳ない。ほんのわずかな可能性でも、あるならば賭けてみよう。


自分がなぜこの世界にやってきたのか、何が何でも知りたいのだ。


思い立って、「緑豆っち~」とドアに向かって呼ぶと、白いお椀がフワフワと外から飛んできて、縁から緑豆っちが頭を出し、寝ぼけ眼でこちらを見た。


「ほら、お出かけだよ。」

私は笑顔で緑豆っちの頭を叩いて話しかけた。

緑豆っちは眉をしかめ、半開きの目をしょぼしょぼさせている。


とにかく、まずは出発準備だ。


新たな旅に出る喜びを胸に、私は寝床から飛び下り、荷物整理を始めた。


Ⅱ 包囲突破

半月後、私と緑豆っちは光耀大陸の辺境を離れ、本に書かれていた原野にやってきた。


原野の近くに小さな村があったので、私は馬車を降りて、宿を探そうとした。少し情報収集をしてから原野に入っても遅くないだろうと思ったのだ。


だが、状況は少し想定外だった。


「ハハ、お嬢ちゃんもあの本に影響されたのかい?」

ちょっと話をしただけで、宿の主人は妙な笑いを浮かべ、そして続けざまに「がっかりするだろうよ」と言った。


「え?どうしてですか」私は驚いて頭を掻いた。心では少しがっかりしていたが、顔には笑みを浮かべたままだった。


もしあの本に書かれていることが嘘なら、ここまで来たのも無駄足になってしまう。


「原野の奥には確かに廃墟はあるが、財宝はなぁ。」

主人のおじさんはまるで私を慰めるみたいに、手際よくお茶を出してきた。

「あの本のお陰で、ここには毎日一山当てたい人間が来るよ。財宝なんてあったとしても、とうに誰かが掘り当てているだろうよ。」

「え……歴史について書かれた古文書もあるって……」

せめてそれだけは本当であってほしい……

「古文書?知らんな、そんなものに興味を持つ人間はいないだろうよ。だがどうしてもって言うなら、物見遊山も悪くないだろうよ。」

主人は肩を竦め、他のお客さんの相手をしにいってしまった。


「……ありがとうございます。」

私のその言葉は、様々な思いがこもった、お礼というより小声の独り言だった。


宿を出ると、おじさんに言われた通り、村の広場までやって来た。ここなら同行者がわりとすぐに見つかるという。

おじさんによれば、廃墟は原野の最奥部にあるので、どう考えても一人で行くのは賢い選択ではないのだそうだ。

緑豆っちを抱き、私はあちこち聞きまわって、これから原野の奥に入るという唯一の隊商を見つけた。出発は明日だという。


「あの……」

隊商の頭領に向かって、話しかけようとした時だった。

「ついて来るのに白銀五十両、護衛は別途。」

頭領は顔も上げないでそう言った。

「え?わ……私そんなお金は……」

途方に暮れてしまう値段だった。


頭領は顔を上げ、こちらを見た。


「ん?ガキか?ガキめ金もないのに生意気な。」

頭領はさっさと失せろとばかりに、イライラと手を払った。

「あの……じゃ、下働きをするってのは……」

私は心配そうにそわそわする緑豆っちを押さえ、何とかならないかとお願いしてみた。

「ガキはさっさと帰りな。」

頭領は相変わらずにべもなかった。

「私、食……」

自分が食霊であることを告げようとすると、突如現れた手に口をふさがれた。耳元で聞こえる優しい男の声。


「お金なら、愚僧が払いましょう。」


Ⅲ 警告

お金を払ってくれた男の人はバター茶、長くて銀色の髪をした、たいへん見目麗しい青年であった。

服に宗教的な文様がついているので、何かの宗教の敬虔な信者であるらしい。


「ありがとう」

帰り道、私は毛先を引っ張って、恐縮を込めた微笑みを向けた。

「ご迷惑をおかけしてしまって。」

「気にしないでください」

バター茶は何でもないという風に首を横に振り、小声で言った。

「必要もないのに食霊だと言うものではありませんよ。世の中、いろんな人間がいますからね」

「わかりました」

「……」




宿に戻ると、私は寝床に寝そべり枕を持ち上げ、ぼんやりとつぶやいた。


「王城の廃墟……私の探している史料はないのかな……」


緑豆っちは私の目の前をフラフラと飛んで、私を励ますかのように乗っている皿を行ったり来たりさせた。

私は思わず小さな笑い声を上げ、枕を手放して緑豆っちを抱きしめ、何気なくその頭を撫でてやる。


「でも、今日のあのバター茶ってさ、優しくて本当にいい人だよね~」


私が言い終えると、目を細めていた緑豆っちが急に不安げに私の手の中から逃げ出し、茶碗に戻って、背中を向け何も言いたくなさそうな様子を見せた。

「え?緑豆っち、どうしたの。」

緑豆っちはちらりと振り返り、私の方を見ると困惑した様子で頭を掻き、それからまた体の向きを変えると、茶碗に乗って机の上に戻ってしまった。


「あう……私、何か悪いことした?」

何が悪いのかわからなかったが、ひとまず私は謝ろうとした。緑豆っちは相変わらず私の意図が読めないでいる。

「わかったよ……じゃ、お休み……」

心にモヤモヤは残ったが、私は蝋燭を吹き消して目を閉じた。


明日も長旅になるのだ。






翌朝早く、私はまだ事態を呑み込めていない表情の緑豆っちを連れて隊商の集合場所へ向かった。


バター茶は広場の片隅にしゃがみ込み荷物の点検をしていた。


手ぶらでやってきた私を見て、バター茶の顔に隠しきれない困惑が広がった。


「な……何も持ってこなかったのですか?」

「え?」

私は呆気にとられた。

「も……持ち物が必要なの?」

バター茶は頷いた。

「愚僧のを使ってください」





私たちは隊商について原野に入ったが、何日も経たないうちに私はあまりの過酷さに音を上げた。


私にとって最初の教訓は、本に書いてあることを鵜呑みにしてはいけないということだった。


こんな特殊な地域のことが、本にすべて書いてあるなんてありえないし「知らない人を簡単に信用してはいけない」なんて、自分で経験しない限りわからないことだ。


「知っている」というのは、本で読んだ知識だけじゃなく、実際に経験して初めてそう言えるものなのだ……


バター茶がいなければ、私はこの無謀な旅に途方もない代償を支払うか、下手をすれば命まで落とすところだった。


Ⅳ 同行

旅の途中、バター茶は幾度となく助けてくれた。


風を防ぐ服、食べ物に飲み水、野外での基礎知識。


本に書いていないこともたくさん教えてくれた。


ただ……私はそれでも足りなかったみたいだ。




「皆さんと狩りに行ってきます。あなたは馬車の中で待ってください。何をしろと言われても相手にしないでくださいね」

そう警告もされていたのに。


隊商の頭領が真面目な顔で助けを求めてきた時、私は慌ててついて行ってしまったのだ。


「すまないが緑豆スープさん、バター茶が怪我をしたんだ。助けてやってくれないか?」


私は頭領と同じ馬車に乗り替えた。とにかく焦っていたので、まったくの無防備だった。


そして……




馬車は爆発し、粉々に砕け散った。


土埃が舞う中、頭領は目を細めた。右手に握られた鉈が振り下ろされようとしたその時。


私の目の前に現れたのは大柄な人影、着ているチベット服が風にそよいでいる。


「仏の前で殺生はやめてもらおうか。」

バター茶がいつの間にか私と頭領の間に入り、片手で仏を拝む仕草をし、もう一方の手を前に突き出している。


体から光が放たれていた。

厳かでしなやか、海のように広がる仏の光。

頭領はじりじりと追い詰められた。

そしてバター茶は親切な口調で私にこう言った。


「お嬢さん、この方達を信じてはいけないと言ったでしょう?」



「ふん……同類か。」

頭領は仏光にやられて火傷した口元をこすりながら言った。傷口は肉眼でもわかる速さで治療していく。

「いいカモだと思ったんだけどな。」

そんな回復能力を持つのは、食霊だけだ。

「食霊?堕落したものですね匪賊になるとは。」

バター茶の口調は淡々としていたが、その中に怒りが感じられた。

「こんなカモを放っておく方が堕落ってもんだぜ。」

頭領は私をちらりと見やると、へらへらした口調で「いい思いもさせてもらえなかったし、もう廃墟も近いんだ。自力で行ってくれよ。」

当たり前のようにそう言われたが、私にはまるで理解できない行動だった。


バター茶はしかしあっさりと「わかりました」と言って、私の手を引いて立ち去った。

その場を離れても、私はまだ呆気に取られていた。




とにかく、私はバター茶に助けてもらった。

わかるのはこれだけだった。




「ごめんなさい……何もわからなくて……」

道中、私はバター茶に謝った。

「気にしないで、あなたは見るからによそ者ですから」

今までと同じ、何もなかったかのような口調だった。

「で、何をしに来たのですか?」

「……歴史を、そして自分の出生の秘密を知りたかったの」一瞬の沈黙の後、私は正直に質問に答えた。

「ここには大陸のすべての歴史が残されているって聞いたから」

「歴史の中に、出生の秘密が隠されているのですか……?」

バター茶も一瞬黙り込んだ。やるせなさを感じているようだった。

「あは……ふふ」

私は舌を出し、きまり悪さに笑い出した。

「他に方法も思いつかなかったから……」





私たちは廃墟の中を幾昼夜も探し回ったが、その歴史とやらは見つからなかった。

だけど、私は今までのようにがっかりしたりしなかった。

それより、私の興味を引いたのはたまたま知った、バター茶がここへ来た目的だった。

ある人の影を追っているという。

その人のことを話す時、バター茶の顔から今までの威厳が消え、瞳に光が走った。

見ていて胸が痛くなる光だった。





「次はどこへ行くの?」帰ることを決めた出発前夜、私はバター茶と廃墟の屋根の上に座り、遠くの斜陽を見つめ、ふと聞いた。


「どこか他を探しましょう」

「その……その人が行ったところ?」

「……ええ」

「……一緒に行ってもいい?」

「ええ……ええ?」

「いいの?」

「わかりました……」



バター茶は複雑な顔をして私の頼みを受け入れた。


だが私はバター茶の隣で、幸せな笑みを浮かべていた。


自分の出生の秘密より大切なものを見つけたと思ったから。


Ⅴ 緑豆スープ

光耀大陸


玉泉村


ここは光耀大陸の有名な大きな村で、商業が発達し人口も多い。


珍しい料理御侍と食霊も、ここではそこかしこで見受けられる。


さほど特別な存在ではないのだ。


だがそれでも、こんなのはそうそういない。


例えばよく知られている、ずっと御侍を持たない食霊とか。


契約はあるのに、その当事者がいないのだ。


その食霊が召喚され生まれた時目の前にあったのは、本でいっぱいの部屋と、それから自分のお供みたいな小さな生き物だけだった。


おっちょこちょいで、孤独な食霊だった。


本なら何冊も読んだ。


ついには、そんじょそこらの図書館より多いこの部屋の本をすべて読んでしまった。


だが自分と御侍に関する手がかりはつかめなかった。


そこで、もっと多くの場所を探してみようと、旅に出た。


きっかけとなったのは、部屋にあった有名な旅人の手記や見聞録だった。


そこでまずはその作者の足跡をたどり、光耀大陸を歩き回った。


だが何年経っても、何の収穫もなかった。


運よく、長い旅の中で、少女は心優しい食霊に出会った。


これ以上御侍を探すのか?


少女は自問自答した。


だとしても、当初のような焦りはすでになくなっていた。


時折、どこに行ったかのかもわからない御侍を恨むこともあった。


けれどいつか彼女は、御侍のことを完全に忘れてしまうかも知れない。






パラータ


堕神の遺骸


荒野の野営地が、闇夜に星のような光を放っている。


雅な感じのする男が一人、明かりを持って出てきた。後ろには背中の曲がった老人がついてきている。

ただっ広い野に吹きすさぶ風を受け、彼らは巨大な亡骸に向かって、ゆっくりと歩き始めた。


「寒煙、堕神の調査記録は?」

「研究は第三段階に入りました。堕神の死体に対する寄生を浄化できないか試しているところです。」

「よくわからぬが、ちゃんと進んでいればそれでよい。」

老人はそう言いながら、突然話を変えた。

「そう言えばあの食霊は。」


雅な男の持った明かりが揺れた。


緑豆スープなら、まだ光耀大陸にいるはずです。」

「薄情なもんだな。」

老人はわざとらしくしみじみと言った。

「何かしてやる気はないのかね?」

「そんな必要はありません。契約も残してあるんです、そのうち役に立つかも知れないと思って。」男は淡々と言った。

「へぇ……そうか。」

老人は目を細めると、よくわからない笑みを浮かべた。

「それが何よりじゃ……食霊なんて手がかかるからな、そうだろう。」


男はポケットに突っ込んだ手を握りしめた。腕に青筋が浮いた。

だが表情は相変わらず淡々としたままだ。


「ええ……」


冷たさの下に隠された怒りは、夜の風に吹かれていく。



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